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慰められるが未然形なのってなんでなんですか?
最初は連用形かな?と思ったのですが、、

調べてみたら慰める+られる(助動詞)だったんですね。
それでもどういうことかわからないです、、。
助動詞がプラスされたら未然形になるんですか?むずかしいです…><

A 回答 (5件)

補足


誤解があるといけません
ない、う、よう、せる、させる、れる、られる
これらのすべてに、すんなりつながる必要はありません、いずれかにつながるのが自然な表現であればOKです。
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連用形は用言につながるときの活用形、連体形は大言につながる活用形・・で比較的簡単に理解できます。


終止形は言い切る形、仮定形は仮定、命令形も命令、その通りだと思います。
未然形を、なぜ未然?と考えると理解しにくいですね。
慰めない、慰めようか、→確かに未だ「慰める」にいたっていない?、だから未然、と言われればそうかな?とは思いますが。
それにしても、言語学者?、よくぞ未然形なんて名前つけたものだと感心?すら。
慰め+ない、う、よう、せる、させる、れる、られる、にすんなりつながる活用が未然形と記憶したほうが・・・・・、NO1さんの逆手利用ですね。
そのためにも、多くの表現に接し、日常生活でもまともな言葉を使う必要があります。
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「慰める」という動詞は、下一段活用に活用します。


慰め(未然)・慰め(連用)・慰める(終止)・慰める(連体)・慰めれ(仮定)・慰めよ/慰めろ(命令)
 一方、「られる」という助動詞は「未然形」につきます(接続します)。
だから、「慰めーられる」という形になります。この下一段活用は、未然形と連用形が同形なので、未然か連用か分からないのですが、五段活用の動詞「行く」の場合だと、「行かれる」のように未然形に付く助動詞だと分かります。
 「慰められる」全体が未然形だと、勘違いされているようです。
慰め(未然形)+られる(助動詞の終止形。この場合、言い切りになっている考えます)
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未然形では無いよ。

形が同じだけ。
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>られる(助動詞)


助動詞の勉強に、接続というものがあります。この助動詞は未然形に接続しますので、「慰める」の未然形「慰め」を要求します。
助動詞の勉強は、活用・文法的意味・接続、この3点をまとめてする必要がありますよ。
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Q受身・使役について聞きたいです

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Aベストアンサー

質問者さん、
#13、#14さんへの応答許可願います。

(#13)
1.
>「弟に、窓を開けて花に水をやらせる」
「弟に窓を開けて花に水をやらせる」

これではたとえ「読点」があってもあいまいです。
「やらせる」で終わっているからでしょう。
「窓を開けて」の部分が十分に明瞭になっていません。

なるほど、それはある一面では正しいですね。

「(私は)弟に窓を開けて花に水をやるように言いました」

という文はすんなり耳に入るのですが、

「(私は)弟に、窓を開けて花に水をやらせる」

のように表現するシチュエーションが極めて少ないためなのでしょう。
ただ、たとえば、

「(私は)弟に、窓を開けて花に水をやらせる。これが私の日課です」

のような文脈であれば違和感は無いはずです。
つまり、こうしたシチュエーションを想定しさえすれば良いだけの話です。

2.
>「弟に窓を開けて花に水をやるように言いました」

と、この場合は「読点」がなくても分かります。
使役を使わず「ように」でまとめていることと「言いました」とあることから、「弟に」がこれを言った相手であることが分かります。そして、この中間部分が、言った内容だと分かります。

『「読点」がなくても』分かるのは、このように言うシチュエーションが容易に想像できるからです。
『使役を使わず「ように」でまとめていることと「言いました」とあることから』分かるわけじゃありません。
それを言うなら1の場合も、「やらせる」とあることから、「弟に」これをやらせた相手であることがわからないとおかしいでしょう。
中間部分がやった内容だと分かりづらいのは、単に、先述いたしましたように、このように表現するシチュエーションが稀だから、という理由にすぎないのです。
まさか、「ように」が無いから分からなくなるわけじゃないはず。

さらに言うなら、『この場合は「読点」がなくても分かります。』とおっしゃっておられますが、それはあくまで、そういうシチュエーションのほうが想像しやすいからにすぎません。

「弟(のため)に窓を開けて、花に水をやるように言いました」

という意味にだって十分なりますよね。
ただ、こちらのように解釈できるシチュエーションが稀であるため、それに気づかないだけです。
『使役を使わず「ように」でまとめていることと「言いました」とあることから』というのは後付けの理由にすぎない、ということにお気づきになってください。

(#14)
3.
>使役・受身はそれぞれの動詞に入れて、きちんと言えます。

ですから、それが間違いだとはひとことも言ってないですよね?
ただ、冗漫になる、と言っている。
あなたは日本語学習者に対して冗漫な日本語表現を推奨しているのですか?

4.
>日本人のなかには、はしょって、最後だけにする人がいるかもしれませんが、それは文脈に頼った悪文です。

まったく逆です。
シチュエーションに応じ、省略できるものは省略し、簡略化できるものは簡略に表現するのが文脈を活かした自然な文を形成するのです。

質問者さん、
#13、#14さんへの応答許可願います。

(#13)
1.
>「弟に、窓を開けて花に水をやらせる」
「弟に窓を開けて花に水をやらせる」

これではたとえ「読点」があってもあいまいです。
「やらせる」で終わっているからでしょう。
「窓を開けて」の部分が十分に明瞭になっていません。

なるほど、それはある一面では正しいですね。

「(私は)弟に窓を開けて花に水をやるように言いました」

という文はすんなり耳に入るのですが、

「(私は)弟に、窓を開けて花に水をやらせる」

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そこで、「勉強+できる」(勉強ができる)という「複合動詞」の方が分かりやすいことが理由で使われます。
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Aベストアンサー

現実の史跡を記述したものなので、実際に地図をあたるのが早いと思います。

芥川は、1921年に海外視察員として中国を訪れ、長江とその最大支流漢江の合流点にある武漢を訪れます。武漢の長江南岸に黄鶴楼はあります。現在の黄鶴楼は六角形の51メートルもある壮大な建物ですが当時は消失して存在しませんでした。また白壁の禹廟とは、対岸にある晴川閣中にある建物のことです。2つは川を挟んで向き合った位置です。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%84%E9%B6%B4%E6%A5%BC
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%B4%E5%B7%9D%E9%96%A3
http://www.qcgmuseum.com/admin.php/index/show/tid/33.html

「長江の向こう」とありますが、長江の河口からかなり遡った地点にあるとは言え川幅は1㎞はあり、なかなか広大な風景です。長江の南岸から望めば、北岸のむこうに樹が二三本生えた大別山、岸辺近くに上記の晴川閣を望んでいるものと思われます。

以上が位置関係になります。付記すれば「それから」は視野が少しだけ手前に来たことを表す程度のものです。

現実の史跡を記述したものなので、実際に地図をあたるのが早いと思います。

芥川は、1921年に海外視察員として中国を訪れ、長江とその最大支流漢江の合流点にある武漢を訪れます。武漢の長江南岸に黄鶴楼はあります。現在の黄鶴楼は六角形の51メートルもある壮大な建物ですが当時は消失して存在しませんでした。また白壁の禹廟とは、対岸にある晴川閣中にある建物のことです。2つは川を挟んで向き合った位置です。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%84%E9%B6%B4%E6%A5%BC
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6...続きを読む

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普通、「歌わないです」は間違った文です、この文「ミュージカル出演、もちろん歌わないですけど(笑)」、玉城裕規インタビュー(下)の「歌わないですけど」はなぜ成立できるのか、聞きたいんですが、ぜひ教えていただきたいです。

Aベストアンサー

#6です。

誠に申し訳ありません。
辞書記述をすっかり読んでいなかったため、誤った回答をしてしまいました。(大辞林でも、「歌わない です」の形を認めています)
お詫び申し上げると共に、全面的に訂正させていただきます。


「です」は、昭和初期ぐらいまでは、名詞・体言に接続するのが基本だという考え方から、「歌わないです」ではなく「歌わないものです」のような表現が一般的だったようです。
「歌わないでした」と過去形にすることができないことなどから、「用言+です」の形は不安定だという認識があったらしい。
ただ、「です」が丁寧語であることから、「ません」よりも丁寧な表現になると思われ、特に若者の話し言葉として浸透していったとのこと。
2008年には、「ないです」の使用が「ません」の使用を約 3 倍も上回る結果が出たという研究結果もあります。↓(けっこう分かりやすい。短いのも助かる)
https://www.lang.nagoya-u.ac.jp/nichigen/menu7_folder/symposium/pdf/8/10.pdf
因みに、わたしは(若くはありませんが)書き言葉でも使っています。
とはいえ、子供の頃は使っていなかったように記憶している。

#6です。

誠に申し訳ありません。
辞書記述をすっかり読んでいなかったため、誤った回答をしてしまいました。(大辞林でも、「歌わない です」の形を認めています)
お詫び申し上げると共に、全面的に訂正させていただきます。


「です」は、昭和初期ぐらいまでは、名詞・体言に接続するのが基本だという考え方から、「歌わないです」ではなく「歌わないものです」のような表現が一般的だったようです。
「歌わないでした」と過去形にすることができないことなどから、「用言+です」の形は不安定だという認...続きを読む

Q「に」の使い方がよくわかりません。 朝ごはんに、うどんやにくまんじゅうを食べます。 朝ご飯に、ここの

「に」の使い方がよくわかりません。
朝ごはんに、うどんやにくまんじゅうを食べます。

朝ご飯に、ここの「に」ってどういう意味ですか。

Aベストアンサー

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 「朝ご飯として、うどんやにくまんじゅうを食べます。」


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