親子におすすめの新型プラネタリウムとは?

今日川崎で起きた通り魔の犯人は恐らく死刑になるでしょう。
そこでなんですが、今まで思ってたのですが
何故犯人を楽に死なすのですか?
被害者やその親族の方は耐えられへん位に
辛くて、悲しくて、苦しいのに罪を犯した犯人を言葉はおかしいのですが国は守ったりしているのですか?せめて親族の方に犯人を
一発位殴らせてあげればいいのにと思っています。被害者やその親族の方の事思うと
胸が痛くなります
私の考えてる事は皆さんも一緒なのでしょうか?

A 回答 (9件)

何故犯人を楽に死なすのですか?


 ↑
刑罰の目的は秩序維持にあります。
従って秩序維持が出来れば、それ以上の刑を科す
ことは許されない、ということになります。
楽に死なしても秩序が維持出来る、と
判断されたからです。

だから、昔は何処の国でも、残虐な死刑が
行われて来たのです。
そうしないと、秩序が維持出来ないからです。



被害者やその親族の方は耐えられへん位に
辛くて、悲しくて、苦しいのに罪を犯した犯人を言葉はおかしいのですが
国は守ったりしているのですか?
 ↑
罪を犯した者でさえ国は守る。
されば、一般国民はよりよく守ることに
なる。
そういう建前があるのです。



せめて親族の方に犯人を
一発位殴らせてあげればいいのにと思っています。
被害者やその親族の方の事思うと
胸が痛くなります
私の考えてる事は皆さんも一緒なのでしょうか?
 ↑
多くの人はそう思っているでしょう。
ワタシだったらたっぷりと時間をかけてなぶり殺し
ですわ。
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> せめて親族の方に犯人を一発位殴らせてあげればいいのにと思っています。



もしチャンスがあれば、遺族が遠慮なく、それくらいは「やれば良い」と思いますよ。

一発くらい殴ったところで、厳罰を食らう訳じゃないです。
初犯なら、最悪でも略式起訴の罰金刑で、むしろ公判請求したら、情状酌量で無罪じゃないでしょうか?
従い、検察の段階で不起訴処分も考えられるし。
誰も遺族を責めないでしょう。


> 私の考えてる事は皆さんも一緒なのでしょうか?

一発殴るどころか、凌遅刑なんてのもありますよ。
受刑者が「殺してくれ~!」と泣きわめくくらい、死ぬまでジワジワといたぶる、究極の残酷刑です。

あるいは、たとえば、殺人被害者の無念を晴らすには、加害者を死刑にするのはアリかと思いますが、殺人被害者は亡くなってますよね?
それなら、最愛の人を殺された遺族にとっては、加害者の死刑より、加害者を生かしたまま、加害者の一番大事な人を死刑にする方が、同じ苦しみを与えたりできるとも思います。
具体的に言えば、子供を殺された親の要求があれば、加害者だけではなくて、加害者の子供に死刑を求刑できるとか。
実際、他の回答者さんが書かれている「応報刑」には、こんな考え方もあります。

私も、一部の犯罪者には、「そう言う刑罰もアリではないかなぁ?」なんて思いますが。
同時に、さすがに「やり過ぎ」とも思うし、そう言う考え方の方が一般的でしょうね。

とは言え、残酷刑の復活などを考えつつも、死刑廃止論の主張にも、傾聴すべき意見も多く、私自身は消極的な死刑存置派です。

やや極論ですが、犯罪者の数だけ、「最も妥当な刑罰」があるんじゃないですかね?
しかし法律は、完全な個別対応なんてのは出来ないんです。
日本の最高刑は死刑であって、最終的には「ここから上の犯罪は死刑」ってことになってます。

日本の社会や刑罰は、死刑存置も含めて、かなり良く出来てると思います。
こう言う事件は許せませんが、それでも日本はこう言う事件は少ない方で、その理由も、法整備や法施行がソコソコ行き届き、罰則とのバランスが良いからです。

質問者さんや私の思いで、軽々しく、罰則のバランスを変えちゃうと、日本社会がどう変化するか判らないでしょ?
そう言うことまで考えれば、処罰感情は自由でしょうけど、処罰を変えると言うのは、慎重であるべきと思います。
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#3さんが正しいのですが、ちょっと補足



もし「応報刑論」を採用して、ぶん殴れるようにするとか「人を殺したら苦しんで死ぬような死刑にする」なら他のもっと軽い刑罰でも「応報刑」にしないといけないのです。なぜなら刑罰はその国の「刑罰全体の公平を期す」ことになっているからで、応酬刑にするなら「軽い罪には軽い応酬形、重い罪には重い応酬刑」にする必要があるからです。

となると、たとえば「万引きは手首切り落とし」とか「スピード違反は鞭打ち100回」などの刑罰も認められることになるわけですが、手首を切り落としてしまうと、#3が書く目的刑論を達成することができなくなってしまうわけです。
(手首を着られたら、社会復帰はかなり難しくなりますよね)
 
 また、自動車事故など「相手を殺してしまったけど、応報刑を与えると社会的な問題が大きくなる」という「感情的な応報論で裁くには、現代の社会システムが複雑すぎる、と言う問題もあります。
(自動車でひき殺したら運転手は死刑でいい、と言う極端な人もいますが、じゃあ、飛行機事故で何百人も死んだとき、その責任が飛行機メーカーのミスだったら、誰が死刑になるんだ、という問題などがでてくるように、社会が複雑すぎるのです)

死刑については目的刑論から逸脱するんじゃないか、という議論もあって、だから死刑廃止論の根拠にもなるわけですが、これは「その国の刑法の歴史的な流れから存置しているだけ」というやり方で一応存在が肯定されているわけです。

個人的な意見としては「今の社会には刑法に応報論を入れる余地はほとんどない」と思います。
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あと、救護班だって、簡単には死なせてないよ。


何とか罪を償わせようと救護活動していたから、病院にも運ばれたんだよ。
でも、死んじゃったんだよ。家族を奪われた人にしてみれば、一発殴る程度じゃ、
おさまらないよね。
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もう死んだからね。

酷いよね。
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自分で首を刺して死にましたよ

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細かいことは無視して超絶簡単に書いてみます。



あなたの考えを応報刑論と言います。
刑罰の本質を犯罪に対する応報とするってこと。

日本としては基本は目的刑論を支持していて(まあ相対的応報論なんだけど)、人間は変われるという考えのもと、刑罰は社会復帰のためと位置付けられてます。
なので、死刑廃止を訴える人たちの根拠などになってるんです。
目的刑論なのに社会復帰できない死刑があるのは、一般予防論といって、刑罰論における刑罰の効果期待説の一つなんだけど、死刑って刑罰が実際にあってそれが実際に施行されることによって、犯罪計画を抑止しようってこと。
そして一般市民に対しては法への信頼を作るって効果を与えるわけ。
それが目的だから、苦しめるとかの目的はいらないの。

私も被害者やその遺族のことを考えれば、応報刑には実は賛成。
自分の家族がそんな目に遭わされたら拷問にかけたいですからね。
でも、それは野蛮で文明国としては遅れている考えだし、社会秩序がそれで保たれるわけでもないから、心情を抜きにして目的刑論を支持します。
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この回答へのお礼

そうだったんですね
私はそういう事が分からなかったので考えが浅はかでした。
ありがとうございます

お礼日時:2019/05/28 14:32

犯人は死にましたね。

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犯人は死んだよ

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