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儒教には五徳という考え方があり、「仁、義、礼、智、信」の5つとされています。
このうちで元号に使われたことがある漢字は「仁」だけで、他の4つの漢字は過去に使われたことがありません。
義、礼、智、信という漢字はそれなりに良い意味を持っていて、元号に使われていても全然おかしくないと思いますが、どうして今まで使われなかったのでしょうか?
まあ、今後の元号にこれらの漢字が使われる可能性はあると思いますか?

質問者からの補足コメント

  • 儒教は孔子の教えですから、悪い意味で使われることはないように思いますが。

    No.2の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2019/06/12 17:59
  • 元号の出典は儒教の経典である「四書五経」から多く取ってきました。
    儒教の教義の基本は五常(五徳)であり、それが仁、義、礼、智、信です。
    いわば儒教の根幹ですから、良い意味でしか使われていません。

    No.3の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2019/06/13 07:35
  • あなたが書いたことは、残念ながら全く回答になっていませんね。
    根拠もないし知識もないし、儒教のことも元号のことも理解されていない。

    誰でも言えるようなことを偉そうに言う前に、少しは調べてから回答されてはどうですか。

    No.5の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2019/06/13 19:51

A 回答 (6件)

南総里見八犬伝

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なんとも言えんが令和以前もともと中国の故事から取るケースが多かったので


中国の故事で良い意味で使われるケースが多くなかったのでは?
この回答への補足あり
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>儒教は孔子の教えですから、悪い意味で使われることはないように思いますが。



ロジックがずれている
「悪い意味で使われる」かどうかはどうでもよく
「良い意味で使われるケースが多くなかった」から引用されなかったという意味
この回答への補足あり
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言われてみれば確かにそうですね。

不思議です。

もちろん、どの文字も悪い意味は無いです。
「智」は天智天皇のように諡(おくりな)で使われてますし、義、礼、信は、皇子の幼名では使われています。「礼宮」がそうですね。「義宮(よしのみや)」は常陸宮の幼名。「信宮(のぶのみや)」は珍しいですが、第百十四代中御門天皇の皇子が使っています。

しかし「仁」が天皇名としても元号としても頻繁に使われているのに対して、他の四文字は、確かに特異的に少ないように思います。意識的に避けられている雰囲気もあります。

いずれも武士や僧侶で良く使われる字だからでしょうか?しかしそれだったら「仁」も同じですからね・・・。

興味を覚えたので、何かわかったらまたアップします。
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> 儒教の根幹ですから、良い意味でしか使われていません。



元号に当てるようなよい言葉があるなら例示して下さい
他の何度も使われている漢字はその原典になる言葉が
沢山あるということで、その中から選ばれたんです。
選ばれていない言葉はそれほどでもないという確率論です

あとは当然候補にあがってもその時代に即したメッセージ性が
足りなかったのかもしれません。
足りなかったものを探すより、選ばれたものが優れていたと
考えるのがまっとうな考え方でしょう
この回答への補足あり
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中国の元号を調べてみましたが、あちらさんでは「義」が一番多く使われてますね。


義熙、建義、義和、義寧、全義、武義、順義、宝義の8例有り。但しメジャーな王朝ではあまり使っていません。隋朝で義寧が使われているくらいです。
次は「礼」で、天授礼法延祚、天賜礼盛国慶、天安礼定の4例ですが、使っていたのは西夏朝のみなので、存在としてはマイナー。
「仁」は、仁寿、仁安 の2例あります。こちらも仁寿は隋朝で使われています。仁安は渤海の元号。
「智」と「信」は使われた例が全くありません。ちょっと意外でした。

眺めていて思ったのは、王朝によって好まれる字が存在するようで、一度使われた字はその後も良く採用される傾向があります。唐ですと「和」が好まれて、延和、大和、中和、元和があります。「貞観の治」で有名な「貞」も多く、貞観、貞元、永貞と頻発します。

それやこれやで、日本ではたまたま「仁」が好まれたと言うのが真相っぽいです。
で、好んだのが誰かと言うと、第五十二代嵯峨天皇のようです。

仁のつく最初の元号「弘仁」は、まさに嵯峨天皇の時代に付けられた元号です。
その後、仁寿、仁和、寛仁、天仁、仁平、仁安・・・・と多用されました。

また、嵯峨天皇は、自分の子供(皇太子候補)に「〇仁」の二字の名を付けたことでも有名で、以降、皇子の諱(いみな)として定着していることはご存知のとおりです。

天皇のお名前の秘密 裕仁、明仁、徳仁…なぜ「○仁」が多い?
https://www.excite.co.jp/news/article/Bizjournal …

と言うことで、結論は、「嵯峨天皇が仁を好んだので、特異的に仁の付く年号が多い」のではないかと思いました。

なお、蛇足ですが、儒教については、嵯峨天皇と仲の良かった空海が、三教指帰で、儒教と道教に対する仏教の優位性を説いているので、あまり嵯峨天皇も五常に対する思い入れは無かったと思われます。

ご参考まで。
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この回答へのお礼

詳しく調べてご回答いただきありがとうございました。
ベストアンサーとさせていただきます。

お礼日時:2019/06/16 17:48

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