確実性の高い範囲内で答えていただきたいのですが、
講義本来の目的を教えてください。
なぜ講義というものがあるのか?
講義がなければどのような不具合が生ずるのか教えてください。

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A 回答 (7件)

>講義がなければどのような不具合が生ずるのか教えてください。



授業をしなければ、単位を取得できません。
大学を卒業するには単位を取得します。
講義(授業)がなかったら単位が取れません。
大学が大学として機能しなくなります。

>講義本来の目的を教えてください。

教育基本法(昭和22年3月31日、法律第25号)

の第5章
第52条

大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとおもに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする。

とあります。

上記の目的を満たすためです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
私は現在大学生ですが、講義で学習するようなことを独学で学習するようにさせても大学は成り立ちうるとおもいます。もちろん大学のスペースは大幅に小さくなり研究のためだけに来るような感じになるので、在学期間も半分くらいになろうかとおもわれます。
最近は講義にでなくても、様々な本や情報とびかっているので、講義が必ずしもなくてもいいような気がします。
反論みたいになってスイマセン。

お礼日時:2001/08/07 04:10

一人で強制力なしに勉強する場合、自分のペースで勉強すればいいと言われて


も、そのペースをつかめないうちに時間ばかり過ぎてしまいます。勉強の対象
には、非常に強い興味か、実現が見込める短期目標がモチベーションとして必
要です。卒業という長期目標だけでは、モチベーションになりません。また、
たいていの人はそのモチベーションが持続しません。どんな教材が与えられて
いるとしても、独学というのは、それくらい努力が必要なわけです。
そうでなければ、放送大学や一般の通信教育の修了率がはね上がるでしょう。

講義は、批判はありますが、これらを一挙に解決できる特効薬です。ペースは
講師が作ってくれますし、学生も情報を探す手間がかからず試験として短期目
標が与えられます。講師には相当の負荷がかかりますが、各学生はほぼ聞いて
いればいいわけですから、負荷が激減します。学生数が多いほど、差引の負荷
の減少分が大きくなるので、全体の効率は上がるわけです。一定の卒業者数を
確保するには、講義をなくすことは不可能でしょう。

講義の下手な講師は当然たくさんいます。講義のしかたを教えてもらう制度が
ないし、自分の講義のよしあしが判断できないからです。でも、そのグチをこ
ぼしたり、講義なんかいらないんじゃないかと質問する前に、学生としてやれ
ることはたくさんあるはずです。もっと、じゃんじゃん講義を批評し、改善策
を講師や大学当局につきつけてください。お金を払っているのは、学生(本人
かその親)なんですから。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
モチベーションの観点ですが、たしかにみな集中している授業は自分の集中力が高まりますが、中にはうるさい授業、出入りが激しい授業もあります。
講師の説明の仕方や内容等の問題もあり、勉強が他律的になると言うことはやはり否めないのではないでしょうか。
正直私も大学に何か言いたいと思ったことはありますが、
大学を変えるよりは自分に必要な本などを自分で探したほうが早いような気がします。多様化している世の中で大学と講義にこだわる必要性は個人的にあまり感じません。
とは言ってもやはり学歴はほしいので大学はやめないと思います。

お礼日時:2001/08/31 22:21

1.刹那的?回答



単位を出すためです.
出席を採り,試験を実施して,その大学(または学部とか学科)が期待する学力水準に達しているかどうかを判定しなければなりません.
講義をしないことには,試験に出題範囲が決まりませんからね.

2.私の場合

先端分野を扱っているので,基礎的とか標準的とかいわれるものがありません.
自分が必要と考える知識を与えなければなりません.
それと,一番重要な目的は学力向上です.
今学生である人たちは気付かないのは仕方有りませんが,学力は確実に落ちているのです.この原因は,だれがどう考えても「ゆとりの教育」です.ちっと前のカリキュラムと比べて,およそ2年ほど遅れているわけです.当時の文部省は,大学院修士課程を含めて大学を6年制とせよと号令を出していましたが,何ゆえかこれを撤回したので,大学生としては2年分足りないのです.しかし,これを是としては行けません.米国などは一昔前の日本の教育に日本の経済・工業力の源泉が有ると見て,時刻の教育システムの強化を図っているわけですから.それと,「学力は評価しない」という不思議な風潮から,努力をして考えることをしてきていません(真面目な人たちに対しては,その機会が意図的に用意されなかった).
これは,結構由々しき事態で,一部の「分数ができない大学生」などと言ったことを言って騒いでいる先生方には理解できない深刻な問題が拡散しているのだと思います.
まあ,私の授業だけで何ができるわけでもないのかも知れませんが,何とか学力を伸ばす様に努力をしているのです.
学生も,結構ついてきてくれますね.皆んないい子達です(感謝).

3.これまでのご意見などに対して

良い授業というのが求められるようになりましたが,良い授業とはどのような授業でしょうか・
私は,「理解できる授業=良い授業」とは思えません.
教室でメモを取りながら話しを聞いて,理解できるはずも無いと思うし,その程度の授業なら自分で本を読んだ方がましでしょう.
私はグラフィカルな表示をつかった授業もしません.
最近はパワーポイントだとかを使えば簡単に動きのあるスライドを作ることもできますが,私は敢えて使いません(注:使えないのではありませんよ^^;)
その理由は1つだけです.
きちんと計画された授業では,学生の理解度に合わせたやり取りや展開ができないからです.一般に映像機器を使うと進度が速くなりすぎてしまいますし,本当の意味での課題探求能力が身に付くとは思えません.
最近の少子化で,大学入試が売手市場になり,ファカルティ・デベロップメントなどといった言葉であやまった大学教育が推進されるのはどうかと思います.
一方諸外国などで,教材作りが盛んなのは大学の制度やあり方の違いです.
英国では第三者による監査やクレーム処理が行われますので,型通りの授業が期待されますし,米国などではカラフルかつ知的に刺激的な教材が「大学の商売」のために商品化されます.

とは言うものの,おっしゃる通りで「どうして,この人が教授なの?」って人も少なくありませんね.
こういった人の講義を聴くのは本当に苦痛です!!
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
カラフルな教材というのは大歓迎です。
講義だとどうしても説明が手振り身ぶり、黒板とチョークだけが武器となってしまい、CGのようなビジュアルな説明がないのが普通です。
一方講義でビジュアルな教材を流すことになると家で見るのとあまり変りません。
講師の説明もついてくる!といわれてもやはりビジュアルな教材だけあればいいような気がします。
従来の講義の場合、メモを取っているうちに講師の説明が済んでしまい、これなら自分で勉強したほうがいいやと思うことが多々ありました。
反論みたいになってしまいましたが、
ご意見はとても参考になりました。

お礼日時:2001/08/31 22:10

No.1,N.O4のmayuclubです。



>早く情報化が進展して、優れた講義だけにお金を払えばよいようなシステムができてほしいですね。

でもすべてがすばらしい授業だと
結構疲れちゃうと思いますよ。

私は以前にしょうもない授業をする教授に納得がいかず
(人種差別、言葉づかいの悪さ、授業として成り立っていない)
署名運動を行って学校に提出したら
1年後、教授は辞めさせられてしまいました。

こういったこともできるんですよね。
学生も動く事が大事です。

最近は講義のアンケートをとっている大学もあるようです。
こっちは高い授業料を払っているので、
大学をぞんぶんに利用しないともったいないです。
大学の事ばかり批判して、自分は大学を変える事をしようとしないで
変わる事ばかり期待するのはどうでしょうか??

>法学部の教授が、法学部の欠点、弱点、問題点などを指摘するような授業があ
>り、これは大変ためになったとおもいます。

教授との相性や、講義内容、人によってその講義の良し悪しは違うと思います。
それは受けてみなければわかりませんね。
よってまだまだ講義は必要かと思います。

けれど、最近は講義っていいなぁと思います。
自分で研究ばかりしていると、
ものすごく人に教えてもらう事が新鮮です。
ppooooさんはまだ講義があるようですが、
私はもう講義はないので、好きな講義を聴講しています。
他大学にまで足を運んで聴講をしています。
私の場合、ITではまだまだ不十分です。

しょうもない教授もいますが、すごい教授もいるし、
学生だってしょうもないのもいれは、頑張っている学生もいて
バランスがとれているのかなぁなんて思います。

IT化に負けないために、教授も頑張らなければいけないし
生徒も講義に関心を持つ事が大事かと思います。

講義は私からすると、とても楽しいです。
研究の合間に人の意見が聞けるなんて
なんだか得した気分ですし、わかりやすいですし
研究に疲れた今日この頃、息抜きにもなっています。

>講義で学習するようなことを独学で学習するようにさせても大学は成り立ちうるとおもいます。

原則としての大学はNo.1のようですが、
大学の特権は勉強以外の勉強ができることです。
つまり、勉強をしなくても卒業できてしまう傾向があり、
その期間、他の事に専念できたりします。
向こうがそういった態度ならば、こちらもその態度を上手に利用すればいいのです。

あとはこちらも大学を選んで入っているわけですから
選んで入った分、責任も持つべきだと思います。
もしイヤなら他の大学にいけばいいですし、
海外のIT大学もあります。日本の通信制大学もあります。

私は通学課程も、そうでないのもどちらも経験していますが
講義のありがたみがわかったのは後者を経験してからです。

>講義がなければどのような不具合が生ずるのか教えてください。

講義、いいですよ。
教えてばかりいたら、教わりたくなったといって
夜間に入った友人もいます。

>私も何人か、熱意のある教授に出会い、またその学問への興味も増しました。

そういった教授に巡り会えたなら
それは大学がIT化されてなくてよかったという事です。

辛口な事ばかり書いて、かなり大学の肩をもってしまいましたが、
大学関係者ではありません。
みんなが講義はくだらない、IT化だ!!といったらつまらないでしょう??
反論意見も大事かなと、あえて書かせていただきました。
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この回答へのお礼

再度ありがとうございます。
そういわれても一応私はITかの方に賛成します。
大学を変えるというのもちょっと非現実的な気がします。
たしかにやろうと思えばできないことはないと思いますが、
やっているうちに卒業の時期を向かえてしまいそうです。
大学を変えるより自分が変った方が早い気がします。

お礼日時:2001/08/31 22:00

sleepingさんの意見について…


(ppooooさん、ちょっとスペースを貸してくださいね)

>しかし、学生がその気になれば情報はごまんと
>Web上にある訳ですから、
>知らないことを教える「講義」というのは
>今後成り立たないのではないでしょうか。

WEB上にないこともたくさんあります。
実際研究等をしていて、WEB上では限界があるので
国会図書館等にお世話になっています。

講義のいいところは、テキストに載っていない
教授の研究や体験談、雑談などが聞けることです。
とても人間味があっていいと思います。

大学の講義のレベルが下がっているのは
講義を受ける学生にも問題があります。
勉強する姿勢がないし、
授業中携帯メールで遊んでいるくらいだから
いい講義に出会っても気づかないかもしれませんね。

何人か、すばらしい教授と出会いました。
すばらしい講義でしたよ。
それは教授の思考や、経験が、教えるということに
どことなく埋め込まれていて、とても生き生きとした講義でした。

院ではモグって他大の院の講義を聴講している生徒もしますし
氷山の一角だけで、講義は無意味だと決め付けてしまうのもどうでしょう??

>従来であれば、教員が知っていることを
>知らない学生に教えるのがいわゆる「講義」
>だったと思います。

学生の可能性を引き出す…これも講義の中にはあります。
なんでも教えてしまっては考える能力がなくなります。

最近は学問に興味を持たなくなった生徒が多いです。
教える側にも責任はありますが、教わる側にも責任はあると思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
たしかに私も何人か、熱意のある教授に出会い、またその学問への興味も増しました。
法学部の教授が、法学部の欠点、弱点、問題点などを指摘するような授業があり、これは大変ためになったとおもいます。
私のこういう講義は大歓迎なので、早く情報化が進展して、優れた講義だけにお金を払えばよいようなシステムができてほしいですね。

お礼日時:2001/08/07 04:30

立場によって異なると思いますが、


現況における日本の大学における
「講義」はほぼ意味がなくなってきているのでは
ないでしょうか。

大学によってはパソコンに繋げられる
コンセントが用意されていて講義中に
インターネットで分からないことは検索できる
ようになっています。

従来であれば、教員が知っていることを
知らない学生に教えるのがいわゆる「講義」
だったと思います。

しかし、学生がその気になれば情報はごまんと
Web上にある訳ですから、
知らないことを教える「講義」というのは
今後成り立たないのではないでしょうか。

Webで教材を配信し、予習復習もいつでも
そこにアクセスしたら出来る。
講義においては教材は前提条件で
教員との対面授業が主になっていくように思います。
また、そうならない大学は淘汰されていくでしょう。
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この回答へのお礼

完全に同感です。
今回実は高度情報化で講義がよりいっそう不要になるのではないかとおもって質問したんです。
私の大学でも講義が行われています。うるさいし、マンネリ化しているし、CGなどに比べるととても視覚に訴えるなどとは言えない内容です。情報を効率的に取捨選択できないというのもだめです。
早く大学が情報化によってなくなるなりしてもらった方が四のためではないかとおもいます。
純粋な研究施設となると、すでにあるどこかの研究所と区別がつかなくなるとおもうので、その意味で大学はなくなってしまう可能性が高いのではないかと感じます

お礼日時:2001/08/07 04:24

「講義」は、次のような目的・意義を持っています。


1.学問の理解を促進させる
 人間は、視覚・聴覚・味覚・触覚などで物事を理解します。学校の学問を本で読んでいるだけでは、限界があります。モチロン、講義する人が本に書かれている以上に、わかりやすく説明する、というのが前提ですが。
2.大勢が勉強する雰囲気づくり
 独学ではなく、みんなが同じ場にいることで、勉強しようとか、みんなも頑張っている、と知らず知らずの間に、なってきます。
3.意見・思想の発表の場
 大学の研究室で学問を研究しているだけだなく、それを講義の形で発表することで、自分の研究が正しいか、良くないかが分かります。そのためには、講義する人は学生の聞いている状況を確認したり、意見交換をすることが大事です。
 
 「講義がなかったら」
 今の大学の講義は、正直いって、なくてもいいかも知れません。本来の目的からいえば、学問が進展しませんから、世の中の進展も望めない、ということになります。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
1で講義に該当するのは視覚と聴覚辺りだとおもわれます。視覚に関しては、最近優れたCGが出回っているのでそちらのほうがより視覚にアピールしそうなきもします。
わかりやすい本を読むというのでは代わりにならないでしょうかね。
2ですが、緊張感のある授業の場合いいのですが、わりと緊張感のない授業も目立ちます。あとなれると、もはや独特の緊張感とかは空気みたいなものになってしまうのではないでしょうか。
3は同感です。そうおもいます。ただが医学の授業はマスプロ化していまして、双方向性という理想からは程遠い感じがします。
何かあったらまたお願いします。

お礼日時:2001/08/07 04:18

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