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平安時代,室町時代にたくさん輸入されました。
でも貨幣経済が盛んになり,
銅銭が不足して,質の悪い贋金が出回るようになりました。

ここまではいいですよね。
そこで疑問がわきました。

それよりずっと以前から,銅剣,そして日本刀を作ることは
できたのに,銅銭は作れなかったのですか?

技術的には作れたはずですが,
採算が合わなかったのだとすれば,
どんな技術(設備)がなかったのでしょう。

単純な話,銅銭を輸入するときに,
銅銭を作る機械を一式輸入すればよかったのではないかと。

詳しい方,ご教示くださいませ。

A 回答 (2件)

日本でも、和同開珎をはじめ「皇朝十二銭」と総称される銅銭が、平安時代中期にあたる963年まで鋳造されていましたから、銅銭を作る技術が無かったわけではありません。

しかし、平安時代の朝廷はかなりの財政難だったらしく、朝廷発行の銅銭は次第に品位が低下し、「皇朝十二銭」の末期に鋳造された延喜通宝や乾元大宝は、銅銭というよりむしろ鉛銭に近く、しかも銭文の文字も読めないほど作りの悪いものが多いという代物でした。
そのため、朝廷発行の銅銭は貨幣として信用されず、当然ながらあまり流通もしませんでした。しかし、当時の平安貴族たちは、朝廷発行の銅銭が流通しない原因を理解できず、伊勢神宮などの神社に乾元大宝を奉納し流通を祈願したという馬鹿げた逸話も伝わっています。
当時の日本には、銅銭を作る技術が無かったわけではなく、貨幣を流通させるには貨幣の質を維持する必要があるという、現代では当たり前のことを考えられるまともな政府が存在しなかったのです。後の鎌倉時代には、朝廷は実効支配権を喪失して武士たちに国を乗っ取られることになりましたが、そうなる前兆は既に平安時代の頃からあったわけです。
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この回答へのお礼

朝廷の財政難ですか。なるほどそれならよくわかります。
お金がないからお金が作れないのですね。
だからわざわざ中国に朝貢して,銅銭をもらってきたのですね。
ありがとうございました。

お礼日時:2019/12/18 11:48

飛鳥時代末期から平安時代の途中まで、銭貨が鋳造されてますよ。



和同開珎とか。その前には富本銭もありました。
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