ショボ短歌会

そのような時 は有りますか

A 回答 (3件)

色々な意味に取れますね。



夕暮れ時に感じる恐怖感という意味で考えると
今でも人気のないところ、例えば山や海などでは"逢魔"を感じることはあるのでは。

あとは自然災害で夜間に停電している時ですね。
実際、復旧を待つ間にその言葉が生まれた時代のことを考える人は多いと思います。

またリクエストしている年齢の方を考えると人生の黄昏時とも考えられますね。
60以降だと確かにそういう時はあるかもしれません。

でも例え魔に逢おうとそれを乗り越える意思があればむやみに恐れる必要はないと思います。
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時間的には夕方、黄昏時


場所は、神域に繋がる端境と考えられている、自然の山河(神奈備)の山(磐座・磐境)や森(鎮守の森・神籬)や滝(那し智滝)などから地形の峰や坂や谷など、「がらりと風景が変わる場所」が神域へ誘う場所と考えられていまsた。
神隠しが最も起こった時間帯が黄昏時です。場所が天狗が出没する神社などの神域です。
現代でも、多くの行方不明者が毎年います。その何割かは、この逢魔が時に関わる物ではないかと思います。
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有りますか?ってどういう意味でしょう?



言葉通りの意味ならば夕暮れ時ですから、毎日ありますよ。
子供の頃、祖父がよく逢魔が時と言っていました。
私もだんだんと老眼が進んできたら、夕方薄暗くなるとはっきりと見えづらくなってきて、なるほどこれが逢魔が時か、と納得しました。

夕暮れの陽がほぼ沈んで、でもまだ夕照が残っているような時間帯、人であれ、モノであれ、ぼやっと暗く影のように見えて、まさに「そこに魔がいる」ように見えます。

まだ目が若い時には見えにくい「魔」です。
人生には年取って見えてくるものもあるわけです。
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