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世界史の問題です。

南北朝から隋唐にかけての中国は、自らが構築した文明を域外に発信するだけでなく、域外の文化や人 材を取り込んでいった。

このことに関連して、唐代の中国においては、キリスト教のある一宗派が活動していたことが知られてい る。 ローマ帝国におけるキリスト教の公会議で起こった宗派間の対立、及びこの宗派の中国への伝来まで の流れを100字以内で論述せよ。

定期テストの過去問です、教えていただけると助かりますorz

A 回答 (2件)

キリスト教ネストリウス派の祖はキリストの神性と人性を分離して考えたため、431年エフェソスの宗教会議で異端とされて追放されたが、その信奉者がイランの地で広め、その後中国へ伝えた。



興味を持った質問だったので、さらっとネット検索してまとめました。
仏教伝来についてはある程度の知識をもっていましたが、キリスト教までとはチョット驚きました。
この当時の中国は世界の中で超巨大国家として君臨し、西欧諸国との物や技術や文化の交流がイスラム経由で盛んに行われていたようで、意外といろんな宗教が中国に伝わり、中国仏教のように受容し確立されたのかもしれないと思いました。
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この回答へのお礼

お時間使ってまとめるまでして下さってありがとうございます!

お礼日時:2021/10/21 19:50
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この回答へのお礼

ありがとうございます!助かりました

お礼日時:2021/10/21 19:48

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