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次のように――かえって詳しい説明をはぶいたかたちでですが――普遍神という命題について捉えます。ご見解をどうぞ。


  A. ブラフマニズム:梵我一如
   梵:ブラフマン・・・・・マクロコスモス。神
   我:アートマン・・・・・ミクロコスモス。霊我

  B. ゴータマ・ブッダ:無梵無我一如(=無神論)
   無梵:空(シューニャター);ゼロ
   無我:アン‐アートマン;ニルワーナ

  C. ブディズム:仏仏一如(=有神論)
   仏:アミターバ・ブッダ(阿弥陀如来)
      / マハーワイローチャナ・タターガタ(大日如来)
   仏:タターガタ・ガルバ(如来蔵);ブッダター(仏性)

  D. クリスチアニズム:霊霊一如
   霊:神・聖霊
   霊:《神の宮なるわれ》

  E. (プラトン?):霊霊一如
   霊:宇宙霊魂(プシュケー・コスムー) / 世界霊魂(アニマ・ムンディ)
   霊:《われ》

  F. 《もののあはれを知る》:霊霊一如
   霊:かみ(超自然およびその依り代としての自然)
   霊:われ(自然本性 +α )

  G. ユダヤイズム:霊霊一如
   霊:ヤハヱ―;(エローホ=神)
   霊:われ

  H. イスラーム:霊霊一如
   霊:アッラーフ(イラーハ=神)
   霊:われ

  I. タオイズム:道人一如
   道:かみ
   人:われ


☆ 梵我一如=無梵無我一如=仏仏一如=霊霊一如=道人一如という信仰のあり方において 初項の《梵・無梵・仏・霊・道》が名がちがっても 同じひとつの普遍神であるという仮説です。どうでしょう。

A 回答 (3件)

インドで忍者ハットリくんが大ブムだったとはしらず


カムイ伝の白土三平さんが死んだそで、


今日は
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。


服部半蔵。



かも(賀茂)/かむ(加牟) kamö

↓  cf. kö こ/く こ‐すゑ(木末=梢)/く‐だ‐もの(木の物=果物)
↓    mö も/む も‐ぬけ(身抜け=蛻)/む‐くろ(身殻=骸)  

かむ‐い kamö-i ⇒ カムイ(アイヌ語)

↓ cf. kö -i → kï → ki 木(き)
↓ mö-i → mï → mi 身(み)
↓ muku(向く)→ muku-i 向くイ(こと)=報い
↓   有る(或る)‐イ(こと)‐は

かみ kamï 迦微 → kami 神

お礼日時:2021/10/28 03:03

全ての時空を創造、制御、維持管理をしてるのが普遍神と解釈されうるからです。

ビシュヌ、アメノミナカヌシ、タカムスヒ、カミムスヒ、プロティノスなどのプラトン派の根源神など。
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この回答へのお礼

★ 全ての時空を創造、制御、維持管理をしてるのが普遍神と解釈されうるからです。
☆ つまり 神と人(経験世界)との隔たりを 神の側からそのチカラによって埋めてそこで いろんなハタラキカケをおこなうといった神観ですね。


★ ビシュヌ
☆ は 主宰神ブラフマンのハタラキとして 維持・保守をになう。破壊は シヴァ。これは トリム―ルティ(三神一体)というそうですね。


★ アメノミナカヌシ、タカムスヒ、カミムスヒ
☆ ムスは 息子・娘のムスですね。生命力にかかわる。最初の神は 独り神となって 身を隠したようですが。空??


★ プロティノスなどのプラトン派の根源神など。
☆ E でしょうか。プロティノスには 哲学としての神観がありますね。エンネアデスでしたか。・・・

お礼日時:2021/10/27 06:57

神と人という構図ですが、「普遍神の解釈」を極めるとスピノザになりませんか。

つまり、神一人、後は神の作品。だからこそ、全ては神一人。パンテイズムでしょうか?
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。

★ 「普遍神の解釈」を極めると
☆ または まづ「普遍神の解釈」を 神論一般にふくめると という条件が来ると思います。そのあと これを極めると スピノザの《神即自然 Deus sive natura 》になるかと思います。

もっとも 《解釈》は 神を一般絶対性と捉える神論一般ではなく 主観を容れて捉える特殊絶対性の問題となると思います。これは 神観ないしその体系化としては神学に分類すると思います。


さらに・もっとも 神観にあっては 神即無(空:シューニャター)といった主観もあり得ます。

神は 自然や経験世界としての《有る無し》をとうぜん超えているからには 有るか無いかいづれか一方だけで 全体を規定することは出来ないと見ます。

この無神論の立ち場では 神即自然――いわゆる汎神論――について この:
★ パンテイズム
☆ なる自然や経験世界を 無ないし空と主観するというわけです。




★ つまり、神一人、後は神の作品。だからこそ、全ては神一人。パンテイズムでしょうか?
☆ 神と人とのあいだには 絶対のへだたりがあると神論では一応規定するはずですが そのとき神観では この隔たりをどのように捉えるかで人それぞれの主観が現われます。

そのまま《即》でつなぐか。

あるいは 神道のように霊が降りるといった見方をしたり またあらゆるものごとは 神の――霊としての――分身であると見たりするかと。寄り憑きを卒業したアニミズムでしょうか。

お礼日時:2021/10/27 06:49

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