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仏界をそなえているという基本の理論にかんするかぎり 何も隔てはないはずです。

どういう区別なのでしょう? おしえてください。

質問者からの補足コメント

  • №6お礼欄をおぎないます。

    ☆☆ 法身が 法です。仏界具足のことです。この法のほかに 唱題が縁になるとは 書いてないでしょう。別様に作り出したに過ぎません。法とは別にです。

    ☆ ご本尊と唱題と創価学会という組織 これらが 法に縁し仏界を具現するのに有効であると仮りにします。そうすると・そうだとしても その実践の方式が 必要不可欠だということには成らないでしょう。

    それ以外ではダメだという根拠は 何もありません。


    つまり 学会員と非学会員とのあいだを――法に縁するということにかんして――隔てるものは ないのです。

    日蓮や学会とは別の方法で 法に縁し仏界を具現する道も 同じほどにあると考えざるを得ないでしょう。つまり 法の普遍性です。

    No.6の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2022/06/05 23:37
  • №7つづき

    ・『創価学会は 学会員とそうでない人とを どう違うと規定しているのでしょう?』
    『どういう区別なのでしょう?』

    と、問われれば、・・・
    要は、『法』を受持し、それを広める人、、、と、、、『法』に迷える人です。
    ☆ その根拠をしめして初めて 答えになります。



    ⑩.
    ☆☆ 日蓮や学会とは別の方法で 法に縁し仏界を具現する道も 同じほどにあると考えざるを得ないでしょう。つまり 法の普遍性です。

    ・それは、質問者様の自由です。
    『法』を求めてやってみれば良いのではないですか。
    ☆ 要するに 学会〔員〕でなければダメだという主張に根拠はないわけです。

    No.7の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2022/06/06 20:19

A 回答 (7件)


・普遍性、、、とは??

・それ以外のものはダメなのです。
何故なら、仏法というものは仏になる『法』を説いているものであり、『法』以外に『法』は無いからです。
☆ 法は万人のためのものです。あまねく・例外なく人のためにあります。

・仰る通りです。
『法』は万人のためのものです。
現に、日蓮大聖人が御本尊を認めた際にも、末法万年一切衆生のために残されています。




・『縁』が無いと仏もしくは『法』に巡り合えないのです。
☆ 法が やはりあまねく人びとのためにあり 絶妙に縁を差配します。
・ 生命の奥底に刻まれた『縁』
☆ を人びとそれぞれに応じて用意します。

・用意したところで、疑り深い人間はそれを良薬と信用せず、服する事なくやがては本心を失ってしまうものです。

・また、『縁』(これは仏法で言う『縁』ね)には二種類あります。
『順縁』と『逆縁』です。
どう違うかと言えば、、、
『順縁』、、、仏法の話を聞いて、素直に仏縁を得る人。
『逆縁』、、、仏法の話を聞いて、反発に反発を重ね、返って仏縁を得る人。





・『一切衆生 悉有仏性』と『『法』に縁している』とは別な事です。
☆ どうでしょう。



・【法華経(妙法蓮華経)】常不軽菩薩品 第二十

『瞋恚の意(こころ)を以て、我を軽賎せしが故に、二百億劫、常に仏に値わず、法を聞かず、僧を見ず、千劫、阿鼻地獄に於いて、大苦悩を受く。』

☆ 修羅界があれば 仏界もそなわっているのです。これが 法です。

・『十界』ないし『一念三千』というのは『衆生生命』を顕わし、『法』というものはその『衆生生命』をして仏に導くためのものです。すなわち、仏の生命を開くために『法』が必要なのです。




・【日蓮大聖人御書全集】 生死一大事血脈抄 P.1337-9
『過去に法華経の結縁強盛なる故に此の経を受持す』
☆ 強盛なるも強盛ならざるも 結縁を差配しているのが 法です。

《此の経を受持す》るのは 一切衆生悉有仏性という文証にもとづきます。これが 法のハタラキです。学会入会や『南無妙法蓮華経』の御本尊の受持とは関係ありません。

・『南無妙法蓮華経』の御本尊を『法』とする限り、絶対的に御本尊は必要である。


・【日蓮大聖人御書全集】 聖愚問答抄 P.498-8
『されば一遍此の首題を唱え奉れば一切衆生の仏性が皆よばれて爰集まる時我が身の法性の法報応の三身ともにひかれて顕れ出ずるこれを成仏とは申すなり』
☆ 法身が 法です。仏界具足のことです。この法のほかに 唱題が縁になるとは 書いてないでしょう。別様に作り出したに過ぎません。法とは別にです。

・唱え奉れば、、、と書いてあるでしょう。
また、この唱題というのは、日蓮が初めて行った事ではありません。





・他の人に『縁』させる為にも『弘教』という行為が大切になるのです。要は、『法』を広める、『法』に縁をさせるのですから。
☆ おかしい。日蓮は 可能性としても弘経という行為に接することとしても法に縁していたかも知れませんが そのときご本尊や唱題や創価学会という組織のことは 縁もゆかりもなかったのです。

・御本尊、唱題、、、は、御在世の時から有りましたよ。
そりゃあ、『創価学会』は鎌倉時代にはありませんわな。昭和5年の設立ですから。




⑥ 
☆☆《例外のない仏界具足》という人間にとって 縁するべきダルマが どうしてひとり《『南無妙法蓮華経』の御本尊》に限るのでしょうか?

・それは、仏がそう定めたからです。
☆ 文証がありません。

・一つに、日蓮が僧として諸国を遊学し仏法研鑽に励んだのも、日本に渡っている一切の経典、釈書を紐解き、その中から『南無妙法蓮華経』こそが『法』であることを見出したから、自らの宗派を立ち上げたのです。




⑦.
☆☆ 法身が 法です。仏界具足のことです。この法のほかに 唱題が縁になるとは 書いてないでしょう。別様に作り出したに過ぎません。法とは別にです。

・日蓮大聖人の御書というものは、要約すると二つの大事な事しか書かれていないのです。
一つは、『南無妙法蓮華経』の御本尊に題目を上げる事。
もう一つは、疑いの心を起こして、退転しない事。




⑧.
☆ ご本尊と唱題と創価学会という組織 これらが 法に縁し仏界を具現するのに有効であると仮りにします。そうすると・そうだとしても その実践の方式が 必要不可欠だということには成らないでしょう。
それ以外ではダメだという根拠は 何もありません。

・ご本尊と唱題の事は先に書きました。
後は、『創価学会』ですが、日蓮正宗富士大石寺の信徒団体として設立された事はご承知だと思います。平成三年の日蓮正宗からの破門通告を持って独立した宗教団体となったわけですが、日蓮大聖人の血脈というものは創価学会に受け継がれているのです。




⑨.
つまり 学会員と非学会員とのあいだを――法に縁するということにかんして――隔てるものは ないのです。

仰る通りです。
それは、前から申し上げている事です。
そうではなくて、今回の質問の、、、

『創価学会は 学会員とそうでない人とを どう違うと規定しているのでしょう?』
『どういう区別なのでしょう?』

と、問われれば、そうした答えになると言う事です。
要は、『法』を受持し、それを広める人、、、と、、、『法』に迷える人です。



⑩.
日蓮や学会とは別の方法で 法に縁し仏界を具現する道も 同じほどにあると考えざるを得ないでしょう。つまり 法の普遍性です。

それは、質問者様の自由です。
『法』を求めてやってみれば良いのではないですか。
この回答への補足あり
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この回答へのお礼


☆☆ 法は万人のためのものです。あまねく・例外なく人のためにあります。
・仰る通りです。


☆☆ 法が
・ 生命の奥底に刻まれた『縁』
☆☆ を人びとそれぞれに応じて用意します。

・用意したところで、疑り深い人間はそれを良薬と信用せず、服する事なくやがては本心を失ってしまうものです。
☆ それは 学会員であってもなくても 同じ条件だと思います。次の内容が その条件でしょう。


『順縁』、、、仏法の話を聞いて、素直に仏縁を得る人。
『逆縁』、、、仏法の話を聞いて、反発に反発を重ね、返って仏縁を得る人。
☆ つまり すでに学会員であっても なお逆縁へと転換し得ます。



・『十界』ないし『一念三千』というのは『衆生生命』を顕わし、・・・仏の生命を開くために『法』が必要なのです。
☆ という事情は 学会員かどうかには関係しません。



☆☆ 法のハタラキです。学会入会や『南無妙法蓮華経』の御本尊の受持とは関係ありません。

・『南無妙法蓮華経』の御本尊を『法』とする限り、絶対的に御本尊は必要である。
☆ 独り善がりです。


・聖愚問答抄 
・唱え奉れば、、、と書いてあるでしょう。
また、この唱題というのは、日蓮が初めて行った事ではありません。
☆ ん? なんでそうなりますか? ご本尊なんて 初めからは なかったでしょう?



・御本尊、唱題、、、は、御在世の時から有りましたよ。
☆ 独り相撲です。



⑥ 
・一つに、日蓮が・・・『南無妙法蓮華経』こそが『法』であることを見出した・・・のです。
☆ 文証なしです。法華経が主要なオシへだとすることと 南無妙法蓮華経なるご本尊を縁とすることとは 別です。




・御書というものは、要約すると二つの大事な事・・・
一つは、『南無妙法蓮華経』の御本尊に題目を上げる事。
もう一つは、疑いの心を起こして、退転しない事。
☆ 答えになっていません。




・・・・日蓮大聖人の血脈というものは創価学会に受け継がれているのです。
☆ 主観真実であるに過ぎません。自由ですが 答えにも何の説明にもなってません。



⑨.
☆☆ つまり 学会員と非学会員とのあいだを――法に縁するということにかんして――隔てるものは ないのです。

・仰る通りです。
☆ となれば ここで問い求めは完了です。

つづく

お礼日時:2022/06/06 20:18

No.4です。



①.>>★ ●基本的には、『法』に縁しているかいないかですね。
>☆ ん? ダルマは 普遍性ではないのですか?

・普遍性、、、とは??

>何か特定の――それ以外のものはダメだという――

・それ以外のものはダメなのです。
何故なら、仏法というものは仏になる『法』を説いているものであり、『法』以外に『法』は無いからです。

>縁が 必要だとは思えません。

・『縁』が無いと仏もしくは『法』に巡り合えないのです。
ここでいう『縁』とは生命の奥底に刻まれた『縁』を言います。



②.>○ 一切衆生 悉有仏性
>☆ にもとづくなら:
>● 基本的には、〔会員か非会員かの違いにかかわらず つねに必ず例外なく人は〕『法』に縁している
>☆ と言わざるを得ないはずです。

・『一切衆生 悉有仏性』と『『法』に縁している』とは別な事です。


③.>>★ 法華経にも、その事は書かれています。
>☆ お聞きしたいですね。

【法華経(妙法蓮華経)】常不軽菩薩品 第二十

『瞋恚の意(こころ)を以て、我を軽賎せしが故に、二百億劫、常に仏に値わず、法を聞かず、僧を見ず、千劫、阿鼻地獄に於いて、大苦悩を受く。』



④.>★ 『法』に縁するとは、創価学会に入会し、『南無妙法蓮華経』の御本尊を受持し、安置し、『南無妙法蓮華経』のお題目を唱え、日々の生活を送る事です。
☆ そういった《実践の仕方》における違いは 誰もが承知しています。どう違うことになるのか? またその文証が欲しいです。

・【日蓮大聖人御書全集】 生死一大事血脈抄 P.1337-9
『過去に法華経の結縁強盛なる故に此の経を受持す』

・【日蓮大聖人御書全集】 聖愚問答抄 P.498-8
『されば一遍此の首題を唱え奉れば一切衆生の仏性が皆よばれて爰集まる時我が身の法性の法報応の三身ともにひかれて顕れ出ずるこれを成仏とは申すなり』


⑤.>>★ また、『法』に対する縁というものは、今はなくても未来において出てくる可能性もあるものです。
>☆ ですから 非会員もまったく同じようにダルマに縁しているはずです。その事態に気づいて受け容れるかどうかは 別だと言えば別ですが。

・『縁』をしている事と、『縁』する可能性がある事は別な事です。
それを他の人に『縁』させる為にも『弘教』という行為が大切になるのです。要は、『法』を広める、『法』に縁をさせるのですから。


⑥>まとめるなら。:
入会するかも問題なのでしょうが 要は 《例外のない仏界具足》という人間にとって 縁するべきダルマが どうしてひとり《『南無妙法蓮華経』の御本尊》に限るのでしょうか?

・それは、仏がそう定めたからです。
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この回答へのお礼


・普遍性、、、とは??

・それ以外のものはダメなのです。
何故なら、仏法というものは仏になる『法』を説いているものであり、『法』以外に『法』は無いからです。
☆ 法は万人のためのものです。あまねく・例外なく人のためにあります。



・『縁』が無いと仏もしくは『法』に巡り合えないのです。
☆ 法が やはりあまねく人びとのためにあり 絶妙に縁を差配します。
・ 生命の奥底に刻まれた『縁』
☆ を人びとそれぞれに応じて用意します。




・『一切衆生 悉有仏性』と『『法』に縁している』とは別な事です。
☆ どうでしょう。



・【法華経(妙法蓮華経)】常不軽菩薩品 第二十

『瞋恚の意(こころ)を以て、我を軽賎せしが故に、二百億劫、常に仏に値わず、法を聞かず、僧を見ず、千劫、阿鼻地獄に於いて、大苦悩を受く。』

☆ 修羅界があれば 仏界もそなわっているのです。これが 法です。




・【日蓮大聖人御書全集】 生死一大事血脈抄 P.1337-9
『過去に法華経の結縁強盛なる故に此の経を受持す』
☆ 強盛なるも強盛ならざるも 結縁を差配しているのが 法です。

《此の経を受持す》るのは 一切衆生悉有仏性という文証にもとづきます。これが 法のハタラキです。学会入会や『南無妙法蓮華経』の御本尊の受持とは関係ありません。

・【日蓮大聖人御書全集】 聖愚問答抄 P.498-8
『されば一遍此の首題を唱え奉れば一切衆生の仏性が皆よばれて爰集まる時我が身の法性の法報応の三身ともにひかれて顕れ出ずるこれを成仏とは申すなり』
☆ 法身が 法です。仏界具足のことです。この法のほかに 唱題が縁になるとは 書いてないでしょう。別様に作り出したに過ぎません。法とは別にです。


・他の人に『縁』させる為にも『弘教』という行為が大切になるのです。要は、『法』を広める、『法』に縁をさせるのですから。
☆ おかしい。日蓮は 可能性としても弘経という行為に接することとしても法に縁していたかも知れませんが そのときご本尊や唱題や創価学会という組織のことは 縁もゆかりもなかったのです。


⑥ 
☆☆《例外のない仏界具足》という人間にとって 縁するべきダルマが どうしてひとり《『南無妙法蓮華経』の御本尊》に限るのでしょうか?

・それは、仏がそう定めたからです。
☆ 文証がありません。

お礼日時:2022/06/05 21:21

特定の宗教を作るのは悪い事ではありません。

麻原彰晃はやり過ぎですが。

人間は弱いものです。一定の宗教に染まるのも仕方ないですね。他国では
キリスト教、ヒンディー教、イスラム教、ユダヤ教があるようにどこか心のよりどころが必要な生き物です、人間は。
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この回答へのお礼

ということは・わたしの解釈ですが:

会員と非会員との違いは 根本的な哲理に違いがないだけではなく 実践の仕方にも 何か特別なチカラの相違を示す違いも ない。・・・でしょうか。


つまりは 人びとそれぞれの趣味や性格や境遇の違いに沿って 結社の自由にもとづき築かれたそれぞれの組織に 入るなら自由に入って 実践すればよい。・・・こうなると思われますが もし相違しているなら なおおしえてください。

お礼日時:2022/06/05 09:09

●基本的には、『法』に縁しているかいないかですね。



法華経にも、その事は書かれています。


『法』に縁するとは、創価学会に入会し、『南無妙法蓮華経』の御本尊を受持し、安置し、『南無妙法蓮華経』のお題目を唱え、日々の生活を送る事です。


しかしながら、創価学会に入会しているからと言って、全ての人が『法』を理解し活動しているかと言えば、そうではありません。
積極的に、活動している人というのは、会員登録されている人の約一割です。

また、『法』に対する縁というものは、今はなくても未来において出てくる可能性もあるものです。
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この回答へのお礼

ksさん ご回答をありがとうございます。


★ ●基本的には、『法』に縁しているかいないかですね。
☆ ん? ダルマは 普遍性ではないのですか?

何か特定の――それ以外のものはダメだという――縁が 必要だとは思えません。

○ 一切衆生 悉有仏性
☆ にもとづくなら:
● 基本的には、〔会員か非会員かの違いにかかわらず つねに必ず例外なく人は〕『法』に縁している
☆ と言わざるを得ないはずです。


★ 法華経にも、その事は書かれています。
☆ お聞きしたいですね。


★ 『法』に縁するとは、創価学会に入会し、『南無妙法蓮華経』の御本尊を受持し、安置し、『南無妙法蓮華経』のお題目を唱え、日々の生活を送る事です。
☆ そういった《実践の仕方》における違いは 誰もが承知しています。どう違うことになるのか? またその文証が欲しいです。



★ しかしながら、創価学会に入会しているからと言って、全ての人が『法』を理解し活動しているかと言えば、そうではありません。
積極的に、活動している人というのは、会員登録されている人の約一割です。
☆ 《約一割》というのは ちょっと驚きですが この情報は いまの問題ではないように思います。


★ また、『法』に対する縁というものは、今はなくても未来において出てくる可能性もあるものです。
☆ ですから 非会員もまったく同じようにダルマに縁しているはずです。その事態に気づいて受け容れるかどうかは 別だと言えば別ですが。


まとめるなら。:

入会するかも問題なのでしょうが 要は 《例外のない仏界具足》という人間にとって 縁するべきダルマが どうしてひとり《『南無妙法蓮華経』の御本尊》に限るのでしょうか?

おそらくそういった意味での《実践の仕方》の違いなのではないかと推測した結果です。

お礼日時:2022/06/05 09:04

非会員の立ち場から言うと、仏壇の水を変えたり、花を飾るぐらいです。



仏教が1番、宗教色が薄いです。
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この回答へのお礼

ということは 違いはまづ ない。ですね。

では なんで わざわざ特定の――しかもしばしば その《実践の仕方の違い》によって他を批難するような――宗教団体をつくる必要があるのか? こうなります。


よかったら さらにどうぞ。

お礼日時:2022/06/05 08:46

「コブラさんは会員でいらっしゃったんですね。



私は創価学会員ではありません。クリスマスにはキリスト教、結婚式もキリスト教、他イベント事にその宗教で行う無宗教者です。
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この回答へのお礼

そうでしたか。それはそれは 失礼しました。おゆるしあれ。


ところで 会員と非会員との違いは どうなんでしょう? 非会員の立ち場からも 自由な回答をお寄せください。

お礼日時:2022/06/05 08:35

日蓮大聖人の仏法を信奉し


192カ国・地域に広がる仏教団体です。

創価とは、「価値」の「創造」を意味します。
「万人の幸福」と「世界の平和」という
価値の創造を目指します。


創価学会の理念
創価学会は「人間革命」と「自他共の幸福」を目指しています。

人間革命
自分自身の生命や境涯をよりよく変革していく生き方です。

自他共の幸福
「自分だけの幸福」もなければ「他人だけの不幸」もありません。

創価学会の教義
日蓮大聖人は万人の苦悩を根本から解決するため「南無妙法蓮華経」の御本尊と題目を示しました。

祈り
「南無妙法蓮華経」の題目を御本尊に唱え、祈ることが根本です。

御本尊
日蓮大聖人が現した南無妙法蓮華経の文字曼荼羅を本尊としています。

聖典
日蓮大聖人の著作や書状をまとめたものを「御書」と尊称し、根本の聖典としています。

日蓮大聖人の仏法(教学入門)
学会員の主な実践は
「朝晩の祈り(勤行・唱題)」と
毎月の「座談会」です
日蓮大聖人の仏法において、信仰と生活は切り離して捉えるものではありません。
現実の生活の中で「崩れざる幸福境涯」を築くため、日々の実践を大切にしています。

日常の活動
日蓮大聖人の仏法を
現代に展開したのが
創価学会です。
創価学会は、釈尊に始まり、インドの竜樹・天親ら、中国の天台大師・妙楽大師、日本の伝教大師、日蓮大聖人へと発展的に継承された仏教を信奉する団体です。釈尊以来の仏教の生命尊厳・万人尊敬という人間主義の正統な系譜に連なっています。

釈尊~法華経
釈尊が悟った生命尊厳の法は、滅後、「法華経」としてまとめられました。

日蓮大聖人
法華経から肝要となる教えを導き、「南無妙法蓮華経」の題目と本尊を現しました。

創価学会の三代会長
大聖人の思想と行動を現代に展開したのが創価学会の三代会長です。



釈尊から日蓮大聖人、創価学会へと継承されました。

基本情報
創価学会の会憲・会則・沿革・機構や全国の会館・墓地などの情報を紹介します。
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。コブラさんは会員でいらっしゃったんですね。


★ 日蓮大聖人の仏法を信奉し
192カ国・地域に広がる仏教団体です。
☆ ですね。ただし 発祥の地インドでは 広宣流布に難儀しているようですね。

〔だって ブッダター(仏性・仏界)は ブラフマニズムないしヒンドゥイズムにおける梵我一如の我(アートマン)と同じ生命性だと考えられるからです。先輩に対する態度で礼を失するのではと)。


ていねいに紹介・説明していただきました。《学会員と非学会員との違い》という主題としてわたしが受け取った要点を取り上げ さらになお補足要求をしますので よろしくお願いしたいと思います。



さて 冒頭のご説明のとおり 公式見解でも:
▲ 創価学会とは 日蓮仏法を信奉する宗教団体
☆ だということです。

そこで やはり疑問がのこります。:
☆☆ (趣旨説明欄) ~~~
仏界をそなえているという基本の理論にかんするかぎり 〔会員と非会員とのあいだに〕何も隔てはないはずです。

どういう区別なのでしょう?
~~~

☆ どうでしょう。

もし考えるとすれば 説明があったように《学会に入会し そこで定められた活動をおこなうかどうか》の違いだとすれば 端的に言ってそれは 仏界の顕現のための人びとそれぞれによる実践の仕方の違いになるようです。

つまり この切り口での結論は 基本哲学が――《一切衆生 悉有仏性》にて――同じであるからには ちがいは 実践の仕方にあるとなります。

そしてこの違いは まさに自己表現の自由であり 言わば多様性の問題に過ぎない。こうなりますまいか?


問題を必要以上に複雑にしないために いまこのひとつの疑問・質問に限りたいと思います。




くわしく説明いただきましてありがとうございます。もし必要ならば今後にでも触れてお聞きしたいと思いますが いまはそういうわけで 復唱なども省かせてもらうことにします。あしからずご了承くださいませ。

お礼日時:2022/06/05 08:26

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