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日本サッカーがワールドカップへ初出場してから今大会までを改めて振り返ると、ジーコが監督をしていたころが最も戦力が充実していたにもかかわらず、ドイツ大会出場も危うかったと記憶していますが、日本サッカーはジーコ時代の四年間は何をしていたのでしょうか?
日韓大会で初のベスト16となったから、「俺達は強い!」と勘違いと思い上がりで堕落していったのでしょうか?
この期間に手をこまねいた結果が、今大会まで続いた最高でもベスト16が定着してしまったように思います。

質問者からの補足コメント

  • ジーコ時代の4年間を無駄に過ごしてしまったため、日本サッカーの発展が遅れているように思いました。トルシエからジーコに代わって、サッカーのスタイルも欧州から南米へシフトし、ジーコ時代の日本代表は攻撃は選手に任せるスタイルには全くマッチングせず、それが得点力不足につながり、チームはバラバラとしていました。
    日本サッカーの低迷は、川淵三郎の気まぐれでこうなったとも言えませんか?

    No.1の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2022/12/12 19:18

A 回答 (1件)

触れてはいけない黒歴史です。



プロ野球と同じで、「名選手は名監督」と思っていた上層部があるのです。
それだけ凄い人間が言うことなら、選手は黙って従うだろうと。

ところが大間違いだったのです。
目先に囚われ大局観がまるでなかったのです。

日本という国は、どのようなサッカーなのか、が重要で、それを貫くことで結果がついてくるのです。

海外に出ていく選手は増えましたが、海外のチームでどのように使われているかです。

日本の代表として招集されても、違う方針なら実力を発揮できないことになります。

何でもかんでも海外でやっていれば良いというものではありません。

そのためには、日本サッカーの基本スタイルを確立すべきでしょう。
この回答への補足あり
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