お世話になります。
私は今現象学について学んでいます。そこで現在の現象学解釈について
教えて頂きたいところがあります。

現象学と単に申しましても、色々な解釈があるようなので、なかなか
独学するのは難しいのかな?と考えてます。
(正直なところ、「色々な解釈」のイメージ自体がよく掴めてません)

できれば「色々な解釈」とされるものの内、主要なものを一通り
自分なりに観てみたいと思います。

そうした現象学の解釈にまつわる論争が書かれた著書や、サイト等
をご存知の方は是非教えて下さい。

論争してなくても、この人(又はこの団体)はこんなこと言ってます、
というような解説が詳しく書かれた著書やサイトでもありがたいです。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (4件)

こんにちは。

この間から気にはなっていたのですが、いかんせん、フッサールは気になりつつもパスしたままの状態が続いているので、どうしたってまともな回答はできません。
たぶんフッサールについては、質問者さんのほうが詳しいと思うので、ごく一般的なアドバイスぐらいに受け取っていただけたら、と思います。

ご質問とお礼欄を拝見して、いまひとつよくわからなかったのは、質問者さんが、竹田さんの現象学を学ぶことを希望していらっしゃるのか、それともフッサールそのもののほうを学ぼうとしてらっしゃるのか、ということなんです。書き方のもんだいではなくて、立っていらっしゃるポジションがいまひとつ見えてこない。

つまりね、フッサールを勉強しようと思うんだったら、『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』でも『イデーン』でも、ひたすら読んでいくしかない。つまるところ、そういうことなんです。
もちろん、最初っからそんなの読めません。
だからたとえばメチエの『フッサール 起源への哲学 』(いや、わたしが読んでわかりやすかったと思っただけなんですが)を読む。それから一次文献を読んでみる。それでもわからない。じゃ、ほかの二次文献を読んでみる。もういちど、一次文献に帰る。

もひとつ、哲学史的な目配りも当然必要になってくる。
最低、デカルトの『序説』は読んでおかなきゃならないだろうし、意識哲学の元祖、フィヒテはどうしたって押さえておくことが必要でしょう。フィヒテ読もうとおもったら、カントの一通りの知識は必要だし、ヒュームだって。あるいは、ハイデガーやメルロ=ポンティと対比させながら読む必要もあるでしょう。基礎タームの理解は不可欠だから、哲学事典だって必要だし、通史はなんでもいいから最低一冊は読んでおかなきゃ。

解釈についての論争がある部分って、ある程度、二次文献を読んでいけば、なんとなくわかってきます。二次文献のなかには、「ここは論争がある部分である」とか、「~系の研究者は、この部分をもとに××と言っている」とか、書いてあるものも多いし。

おそらく、ここで質問お聞きになりたかったのは、おそらくそういう箇所はどこかということなんでしょうね。
ごめんなさい、そうした箇所をわたしは指摘することはできません。

だけどね、それって、個人的な意見なんだけど、努力の方向がちがうと思う。
わたしはときどき、英会話を習うなら、イギリス英語か、アメリカ英語か、どちらを教えてくれる人がいいか、という質問を受けるんですが、初心者ならイギリス英語もアメリカ英語も関係ない。オーストラリア人だって、南アフリカ人だって、きちんと勉強した人なら、英語を母語としない人だってかまわない。初学者にとって問題なのは、そうした多少の発音の差ではないんです。
その時期大切なことは「英語的パラダイム」を身につけることであり、自分の頭のなかを、日本語のパラダイム、英語のパラダイム、自由に行き来できるようになることなんですね。
哲学だって同じなんです。まず、なによりも「哲学的な思考」の筋道を身につける。
基礎タームを身につけ、考え方の文法を身につけていく。いろんな哲学者の「定石」を学んでいく。そのために、一次文献、二次文献、どっさり読んでいくしかないんです。

論争の箇所なんて、一次文献と二次文献のジグザグを繰り返してたら、すぐ見つかります。
そうして、そんな解釈のぶれは、専門の研究者じゃなかったら、そこまで困る必要はないだろうと思います。こういうのもあれば、こういうのもあるんだな、ぐらいに思っておけばいいんじゃないでしょうか。あるいは、竹田さんがお好きなら、竹田さんに寄り添うように読んでいけばいいのだし。

結局、なんにせよ学んでいこうと思ったら、際限なく関わるしかないのだし、時間だってかかります。
わからないことはあとからあとから出てくるし、一冊読んだら、引き続き、最低三冊は読まなきゃいけない本が出てくる。ヘタしたら、十冊です。常に、ハイデガーは、リクールは、ガダマーは(なんでまだ翻訳出ない?)、と、読んでない本に追い立てられるような気がします。ドイツ語、わかんねーからなー、とガックリくることだってあるし、読んだとしても、読む端から書いてあることは忘れちゃうし、どこまで自分のものになったか、なんておよそ覚束ない。

ただ、そういうもんだ、と覚悟を決めて(あるいは諦めて)、一生つきあっていく。フッサールは十分、その価値はあると思います。わたしだって、似たような立場です。一緒にがんばっていきましょう。

駄文をだらだら、ご容赦ください。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ghostbuster様 アドバイスありがとうございます。
出張に行っておりますて長らく返事が出来ずに失礼しました。

>一次文献と二次文献のジグザグを繰り返してたら、すぐ見つかります。
やはり文献の往復が大切になってくるのですね。ズシリと響く言葉で
あります(なめてかかっていたわけではないんですが)。

>立っていらっしゃるポジションがいまひとつ見えてこない。
なんと言うか。こんな指摘をされたのは初めてですが、仰ることは
分かるつもりです。原因はポジションからくる憶見を避けたかった
ためです。しかし逆に難しい状態になってしまって。
反省するところです。

(言い訳として書かせて頂くと)
ポジションからくる憶見とは、現在の哲学諸派において、
「誰某の信奉者だから~」というような先見のことでして、出来るだけ
そうしたことを排除したかたちで書ければいいなぁ、と思ったからです。
決して回答者様を軽く見ているとかそうした問題ではなく、意識せずに
気軽に書いて頂けるような文体にもって行きたかったという意向
なんです。

>一緒にがんばっていきましょう。
ありがとうございます。何よりこの姿勢が大切なんだと思います。
勉学は一人では完成しえないものだと思いますので。

お礼日時:2005/05/03 21:58

今日は、現象学の論争と言うことで、なんとなく「デリダ 現象学」で検索してみました。


以下の本は、網羅的な解説らしく、私のような初心者用かもしれませんが。
http://www.populus.est.co.jp/asp/booksearch/deta …
以下のページに、デリダによる、フッサールの現象学批判がありました。
私には、さっぱり意味がわかりませんが、ひょっとしてお役に立つかもしれません。
http://www.ashidahironao.info/jboard/read.cgi?nu …
的外れでしたら、大変失礼しました。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

fishbowl66様
アドバイスありがとうございます。
確かに近現代で最も有名な哲学者とされるデリダもフッサール現象学
に異論を唱えてますね。
最初のURLの本は是非買って読んでみたいと思います。
次のURLは読むのに苦労しています...(難しいですね)

以前fishbowl66様にアドバイスを差し上げたものの、自分の無知に
ただひたすら参るばかりでして。いい機会だと思いまた勉強をし直し
ている次第です。

ありがとうございました。

お礼日時:2005/04/21 17:44

御質問の意図がいまひとつよくわからないのですが。


「現象学の解釈にまつわる論争」というのは
「現象学とはどのようなものか」ということに関する論争ということでしょうか?

現代の哲学において単に現象学と言えば
フッサールに始まりハイデガーやメルロ=ポンティらに受け継がれた現象学を指すのが普通ではありませんか?
ヘーゲルの精神現象学だとかカッツの実験現象学のように
フッサールのそれとは微妙に異なる意味で現象学の語が用いられることはありますが,
混同されたり論争になったりしたことがあったとは寡聞にして知らないのですが。

御質問の意図から外れるかもしれませんが,
「現象学に関わる論争」ということなら
下記URLでフッサール選手やハイデガー選手の出場する対戦が参考になるかもしれません。

対戦型哲学史
http://homepage1.nifty.com/kurubushi/

この回答への補足

説明が足りませんでした。申し訳ございません。

「現象学の解釈にまつわる論争」についてですが...
私は以前独学で本を読んでいた時に、とある友人から「竹田青嗣の
現象学だけ学んでも現象学を学んだことにはならないよ」と指摘され
ました。

即ちフッサール現象学だけとっても、現在は色々な方が解釈を
説いているので、色々な方の解釈を読んだ方がいいのでは?という
ことなんだと思いました。

確かに竹田氏で検索かけると賛否両論で色々書いてあるのが分かった
のですが、対立されている方の意見の出所が結構不明確でして、
学びようがない状態です。

もっとしっかりしたと対談とか論争とかが書かれているサイト等が
あれば学べるのになぁ、というのが今回の質問の真意です。
(しっかりとした、と言うのは対談者などが表記されている、という
意味です)

できればフッサール現象学に限定されているとありがたいです。

補足日時:2005/04/19 12:16
    • good
    • 0

初めまして。


門外漢なので、お役に立てるかどうか分かりませんが。
先日たまたま見つけて、なかなかおもしろいと思ったので、このカテ内の別の質問でも薦めてしまいました。
もしかして、もう御覧になってたら御免なさい。
心理学カテゴリの質問に対する参考URLです。

参考URL:http://personal.okweb.jp/kotaeru.php3?q=1330924
    • good
    • 0
この回答へのお礼

sirayukihime様
アドバイスありがとうございます。
主観についての考察、興味深く拝見させて頂きました。
心理学は私も全くの門外漢なので勉強になります。

お礼日時:2005/04/19 12:15

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q結婚で改姓する方が新たに賃貸の契約者となる場合

お世話になってます。年内中に入籍する予定なのですが、新居の契約と各種書類の変更等のタイミングでアドバイスをお願い致します。

1.入籍し、私(妻)が改姓する
2.新居は新たに賃貸マンションを契約予定、契約者は私(妻)で、私は現住所の市とは違う市に引っ越す事になる予定

婚姻届、転出・転入届、新居契約、各種書類の住所・氏名変更をどういった順番で行ったらいいのか悩んでおります。手間が増えるのは分かっていますが、諸事情により夫の名義で賃貸契約は選択肢にはありません。


婚姻届(住所は実家)→各種書類氏名変更(銀行口座・クレカ、特に免許証)→賃貸契約→転出・転入届→各種書類住所変更

でしょうか?

契約者の名前と、その家賃を引き落としたりする口座やクレカが少しの間でも相違があるのはやはりマズイですよね?(賃貸契約→入籍→各種書類(賃貸契約含む)変更の場合)

不動産屋と話すのが一番だと思いますが、実際こういったケースはどうなのか、ご存知であれば教えて頂きたいです。宜しくお願い致します。

Aベストアンサー

私も質問者様と同じようなケースでしたので、ご参考になれば。
私の場合は、新居契約→入籍→各種氏名・住所変更手続き という順でした。

新居に引越すと同時に入籍したかったため、先に新居の契約をしました。
不動産屋に結婚することを告げ相談すると、新しい姓で契約書を作りましょうと言われてそうしました。
本来は旧姓で契約し、その後入籍してから新姓に変更する手続きをふむのが正しい流れなのかもしれませんが、不動産屋もこちらも手間になるので上記のようにしたんだと思います。

うちは家賃の支払口座を主人のものにしたので氏名変更の影響は考えずにすみましたが、もし自分の口座から引き落としするんでも、賃貸契約をするときに家賃1ヶ月分を前払いしているので(これは地域によってそうじゃない所もあるかもしれませんが)、比較的時間の余裕はあります。
もし間に合わない場合は不動産屋に相談すれば、次の1ヶ月分は現金で渡す、振り込むなど別の方法でも対処してもらえるかもしれません。

ちなみに入籍、転入届、免許証住所氏名変更は同日にやりました。
免許証は身分証明になるので、やはり早めに変更しておいたほうが良いと思います。
銀行口座の氏名変更手続きは、手続き後2週間くらいで新しいキャッシュカードが送られてきました。

私も質問者様と同じようなケースでしたので、ご参考になれば。
私の場合は、新居契約→入籍→各種氏名・住所変更手続き という順でした。

新居に引越すと同時に入籍したかったため、先に新居の契約をしました。
不動産屋に結婚することを告げ相談すると、新しい姓で契約書を作りましょうと言われてそうしました。
本来は旧姓で契約し、その後入籍してから新姓に変更する手続きをふむのが正しい流れなのかもしれませんが、不動産屋もこちらも手間になるので上記のようにしたんだと思います。

うちは家賃の...続きを読む

Q『思想家の真意を考慮しながら、意味を自分なりに解釈して述べなさい。』といった問題です。参考程度に教え

『思想家の真意を考慮しながら、意味を自分なりに解釈して述べなさい。』といった問題です。参考程度に教えていただけると嬉しいです。→アリストテレス:「およそ学習は前もって、全体的にせよ部分的にせよ、知られているところの前提を介してなされる。」

Aベストアンサー

取り上げているアリストテレスの言葉の「前提」というその真意は、現代に於いては教科書、辞典、遺跡などの資料、事実、などなどの事、かと思います。

これを考慮しながら、さらにその内容に踏み込んで考えよ、と云うのが"問題"となっていると思います。

Qクリックしてからカチッとなる音が遅い

数日前からインターネット使用時にクリックしてからカチッと言う音が鳴るのに2~3秒くらい間が空きます。音が鳴ってからは下のメーターのようなものが動いてページが表示されるまではそれ程時間はかからないので回線が重いというような感じは受けないのですが。

新品のノートパソコン(LaVie N LN530)を10日程前から使用し始め最初は問題なかったのですが。この間何か新しいソフトをインストールしたりはしておりません。

Aベストアンサー

nobu0624様は新しいソフトをインストールされていないとのことで、私とは違うと思いますが、
私の場合はセキュリティソフトをインストールしたときに、同じ様にクリックしてからカチッと音がでるまで
1~2秒くらいかかるようになり、原因がわからずここで質問したことがありました。何かの参考になれば幸いです。

私のしたことは、IEのアドオンソフトを順番に無効にして変化を見たのですが、その結果フィッシング対策ソフト(PhishWall)が
悪さをしているらしいことが分かり、それを無効にすることでスピードが速くなりました。
フィッシング対策はセキュリティソフトに機能が入っているため、アドオンを無効にしても大丈夫のようです。

ちなみに私のパソコンもNECのノートパソコン(LaVie LL570/KG)です。偶然ですかね。

Q現象学と無意識

現象学では無意識をどう捉えているでしょうか。
サルトルなどは無意識を批判しています。

Aベストアンサー

 現象学において無意識を肯定的に捉える動きは、決して新しいことではありません。現象学の運動の中で、主にサルトルは無意識に批判的ですが、サルトルの学友メルロ=ポンティは、『行動の構造』の注において、フロイトの言う無意識等々のものこそ自分達の言う実存と言うべきものである、と述べています。また、メルロ=ポンティは、心理学の教授資格も持っているので、(タイトルは忘れましたが)ラカンの学説について、その講義で触れております。邦訳の講義集『眼と精神』に収録されていたでしょうか。
 古くは、フッサールの現象学においてすら、無意識的なものは想定せざるをえなくなるという過程を経ます。フッサールは、その前期の哲学においては、心理学主義を否定し、個々の人間の心理現象をかき集めるだけでは捉えられない論理的な本質を究明することを自らの課題として提起しました。そして、中期の『イデーン』に見られるような「超越論的現象学」において、意識に与えられる本質直観において論理的な本質が捉えられるという方法を提案するに至ります。
 このように、現象学はその方法論上の舞台を意識に収斂させているように見られがちですが、これは比較的古い解釈です。いまだフッサールの中期の年代だった頃の講義『経験と判断』においては、意識的になされる論理的なものの判断が意識化されていない時間的空間的脈絡(「環境」とか「地平」と呼ばれるもの)の内にその重要な源泉を持っていることが指摘されます。つまり、意識的な論理や本質を成立させるための条件として、無意識的なものの重要さが指摘され研究されるようになっていたのです。これが後期の哲学において、「生活世界」という重要な概念に洗練されていきます。つまり、フッサールの現象学は、(意識を立てるという目的のためとはいえ)中期の後半から後期にかけて無意識に関心を向け始めていたと言えるのです。
 ただし、このような現象学の無意識研究は、表面上、フロイトやラカンに見られる欲望と抑圧との無意識研究とあまり似てないと思われるかも知れません。しかし、先に引いたメルロ=ポンティの言葉にあるように、フロイトの最大の業績は、お医者さんとして無意識的な症例のあれこれを発見したことにあるのではなく、人間性全般を理解するために無意識が看過できないということを見出したことにあります。例えば、フロイトは、夢や言い間違いといった些細ではありますが不思議な現象を解明するのに無意識を想定することによって上手く説明を与えています。フッサールの現象学は、厳密な科学の基礎付けのかぎりにおいて無意識の領域にぶつかることになり、ただその関心からのみ無意識的なものを論ずるにとどまったわけですが、メルロ=ポンティは、そういった現象学の流れを受け、現象学が取り組もうとした課題を果たすためには、無意識を含めて人間性全般を理解し直す必要があると考え、現象学が捉える人間性全般を大きく改変しました。それは、無意識や身体の諸性質や(ただ論理的なだけではない)日常的な発話を含んだ人間の研究に外なりません。
 そして、そのような、もはや意識にとどまらない人間(サルトルにとっては、人間とは結局のところ意識にとどまってしまうのですが)の在り様を、etre a monde (世界内属存在)と言い表すのです。

 なお、蛇足ですが、竹田青嗣氏は、フッサールと無意識と(ニーチェと)を絡めて論じた著作物がたくさんあり名声を博してはいますが、私個人としましては、絶対に参考にすべきではないと親切心から申し上げておきます。

 現象学において無意識を肯定的に捉える動きは、決して新しいことではありません。現象学の運動の中で、主にサルトルは無意識に批判的ですが、サルトルの学友メルロ=ポンティは、『行動の構造』の注において、フロイトの言う無意識等々のものこそ自分達の言う実存と言うべきものである、と述べています。また、メルロ=ポンティは、心理学の教授資格も持っているので、(タイトルは忘れましたが)ラカンの学説について、その講義で触れております。邦訳の講義集『眼と精神』に収録されていたでしょうか。
 古...続きを読む

Q【対数】log(2)n=n-1となるnを求める問題

はじめまして。

題の通りなのですが、nを自然数とするときにlog(2)n=n-1を満たすnの値は求められますか?
2^(n-1)=nと変形はしたのですが、ここから動きません

Aベストアンサー

y=f(x)=2^(n-1)-n
のグラフを描けば分かると思いますが、
n=1,2の2通りの解があります。

図を添付しておきます。
グラフの単調性からf(1)=f(2)=0なので
n=1,2でのみ
2^(n-1)=n
が成立します。

Q現象学

哲学には現象学という分野があると聞いたのですが
よく言われる「うち」と「そと」
「語られるもの」と「示されるもの」を
具体的に知ることが出来る日常生活での例はありますか?

Aベストアンサー

教育学部の大学生(4年)で、一応、教育哲学の専攻なのですが、(哲学初心者なのでそこまで当てにならないかもしれませんが)私は以下のように認識しています。

たとえば、9.11のテロの事件。

私たち日本人にとっては、テロ事件は、テレビなどの映像メディアで体験しています。
これは、私の人生で考えると私の五感全てで体験した<私の人生にとっての事実>ではありません。
[私の外]にあるものです。

一方、9.11を貿易センタービルの近くにいた住民(Aさん)が、現場を直視し、その飛行機が突っこむ瞬間の音を聞き、目で見て、その雰囲気を感じ、身をもって体験したとします。
その人にとっての9.11は、<Aさんの人生にとっての事実>として映っているはずです。
つまり、[Aさんの内]にあるものです。

同じ9.11の事件も、私にとっての9.11の事件と、Aさんにとっての9.11の事件は違うものであるはずです。

[私のうち]とは、私の人生において身をもって実感した事実、
[私のそと]とは、私の人生において身をもって実感していない事実を示すもの

であると考えてよいと思います。
現象学ってきっとそんなものです。私はそう認識しています。
「語られるもの」と「示されるもの」もそんな感じじゃないでしょうか。

あくまで、専門家ではないので・・・

教育学部の大学生(4年)で、一応、教育哲学の専攻なのですが、(哲学初心者なのでそこまで当てにならないかもしれませんが)私は以下のように認識しています。

たとえば、9.11のテロの事件。

私たち日本人にとっては、テロ事件は、テレビなどの映像メディアで体験しています。
これは、私の人生で考えると私の五感全てで体験した<私の人生にとっての事実>ではありません。
[私の外]にあるものです。

一方、9.11を貿易センタービルの近くにいた住民(Aさん)が、現場を直視し、その飛行機が...続きを読む

QMySQLへのDB::connectで、failedとなる

MySQLに、チャレンジしようとしています。
MySQL-5.0.45 をインストールしました。
セットアップできたようで、MySQL AdministratorツールからサンプルDBが見えました。
そこで、PHP-5.2.4から、PEAR::DBを使ってconnectしようとすると、
DB Error connect failed-24
となってしまいます。
テキストによると、確認すべき点として
 ・データベースサーバが起動していない
 ・対象のaaaデータベースが存在しない
 ・ユーザ名/パスワードが存在しない、権限がない
等を確認しているつもりですが、間違ってないように思います。
pear::logは、動きました。
他にどのあらりをチェックすればいいのでしょうか。

Aベストアンサー

OSはなんでしょうか?

Linux系でしたらpsコマンドを用いて本当にmysqlが起動しているか確認するとよろしいと思います。
Windows系でしたらタスクマネージャからプロセスを確認するとよろしいです。

起動済みでしたら本当にそのプロセスが生きているか確認しましょう。
mysql -u USER -PPASSWORD
これでログインできれば正常でしょう。
// 入れない場合はselinuxがらみのpermissionか
// my.cnfの設定忘れのような気がします。
// 私もよくミスりますorz

ケアレスミスとしては
・大文字小文字
・ひきすうの順番が違う
・php.iniの設定ミス
くらいですかね。

Q現象学的還元

困りました。

「脳の中の幽霊」を初め、人間に関する、生物学的な本を色々読んでみたのですが、おかしな事になりました。

例えば、「ヒトゲノムの解読」「遺伝子の二重螺旋」
こう言った事柄は、フッサールの言う「現象」なのでしょうか。

現象学に関する初歩的本には、現象学的還元の不可能性に付いて、身体的に部分にしか、言及が無かったのです。

現象学について最も初歩的な質問なのでしょうが、
現象学と物理学等の自然科学の関係が良く判らない、と表現しても良いかもしれません。

宜しくお願いします。

Aベストアンサー

現象学を学んでいた者です。

回答として言えば、「ヒトゲノム~」「遺伝子~」=フッサールの
言う「現象」ではないです。
現象学に限らず、哲学一般的に言えますが、「~が哲学」という
ものではなく、ある問題に対するアプローチの方法を抽象的に説明
するのが哲学です。

フッサールが行う現象学的還元や本質直観(本質観取)は近代哲学
の謎を解くための「方法」です。

現象学と自然科学の関係についてですが、現象学は哲学の分類で
すので、自然科学のような「証明」や「正しい答え」といったもの
がありません。

現象という字が誤解を招いてる可能性もあるかもしれません。

現象学の現象は、
現実にリンゴが存在するから、目の前のリンゴを見ているので
はなく、自分の意識に感覚器官を通したリンゴの様子が現象する
が故に、リンゴの存在が了解され、そのリンゴの存在が確信
される、といった感じです。

もしかしたら、望んだ回答とは旨が違うかもしれません。
もしそうでしたら、再度ご質問願います。

Qアイドリング時にドンッとなる

車の知識は疎いです。
妻がテリオスキッドに乗っており、もうすぐ走行距離10万キロになります。
信号待ちの時などアイドリング時に、エンジンがドンッとなります。
一瞬エンスト?と思うのですがエンストはしません。
でも明らかにいつもと違う感じで気持ちが悪いです。
音というより、ブルルル・ドンッ・ブルルルルルルルルル・ドンッというような不規則で突き上げるような振動です。
走り出してしまえば特に異常はないようです。
これはどのような不具合の可能性があるでしょうか。
近いうちにディーラーへ持って行く予定ではおりますが、前もってある程度参考にさせていただきたく思っています。

Aベストアンサー

こんばんはm(__)m

順番に疑いましょうね。
まず点火系です。
単純にプラグコード等のコード類です。
コード本体が悪いのか抜けやすいのかは
見ないと分かりません。
点火プラグの可能性も無きにしもあらず。

次に燃料系かな。
単純に燃料フィルターです。
10万キロならそれなりの燃料を使って来ている訳です。
ゴミ等や水分なので負荷が掛かりにくいアイドリング時に
燃料不足の状態になる可能性があります。
燃料供給は電子式なのでインジェクターの詰まりの可能性は低いと思われます。
(最終的に疑う場所ではありますけど)

最後にエアコン作動時に起こるのであれば
アイドルアップの不具合の可能性もなきにしもあらず。

こんな感じでしょうね。
まぁ気になるなら早めに工場へ入庫する方が良いです。
アクセルの踏み具合のタイミングでノッキングが起こってしまえば
エンジン痛める可能性もありますからね。
(決して脅かしている訳ではありません。一つの可能性です)

Q現象学的思索

現象学的思索とは、「マフィアのボス」といったシンボル(?)を投下し、それ自身の発展を観察するという手法と考えてよろしいですか?

Aベストアンサー

「マフィアノボス」概念投下自体は、あまり関係しないかもしれません。

が、フッサール的に言えば、「マフィアノボス」のアプリオリな側面は、何かとまず考える(構成要素1)ことです。そして、イメージの中に潜む錯覚は具体的には何かと掘り下げる。(プロフィールに俺俺テーマの哲学引用文を書いて、括弧で著者名を書き添え、自己の権威付けを図るるるるとか言う醜く、イカ臭い飾りごとをしないということ・その態度です。)

社会学的に例示すると、社会の混沌期には、社会性を形づくる上で「血縁」が非常に重要な要素となるということですが、それをたとえば、現時点で地理的に「どの地域でこの考え・理論が正しい」といえるかとか、混沌とした社会の中で血縁関係を重視したとき新しい問題として浮かび上がる悲劇(逆に利点)とは何かと哲学的に取り扱い(構成要素2=他の学問への応用、もしくは関連する学問の基礎付け代行)、「結果を出す(構成要素3=作文)」ということです。

社会科学的に、たとえばデジタル革命に関してこのアプローチは、かなり頻繁に 使われているようです。


人気Q&Aランキング