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私は少し錯誤の勉強をしている者です。単刀直入にいいますと、判例は法的符号説をとっていますが、私は、具体的符号説の方が合理的だと思います。そこで、自分は法的符号説の考えをお持ちの方は、なぜ法的符号説の方を自説にしているのか詳しく知りたいです。どうぞ、私のわがままな意見にお答えできたらと思います。

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A 回答 (9件)

こんにちは。



事実の錯誤では、客体の錯誤と方法の錯誤があると
いわれていますが、
客体の錯誤では、法定的符号説と具体的符号説ともに
故意が認められると主張しています。

故意が認められるかどうか判断がわかれるのは、
方法の錯誤です。
法定的符号説では、故意を認めますが、
具体的符号説は、この錯誤の場合に故意は認められないと主張しています。
法定的符号説をふかく理解したうえでの説明はできませんので、
法定的符号説が故意を認める一般的な理由だけになるとおもいますが、

法定的符号説が、客体の錯誤でも方法の錯誤でも、
表象と事実の間に重要な錯誤はなく、故意が認められるとする理由は、
(1)行為者は、構成要件のうえで同じ評価をうける事実を
 認識すると、行為を実行してよいかどうかの規範の問題 (たとえば、“人”を殺すなかれ)
 に具体的に直面する。
 そしてなされた事実(“人”がAであろうともBであろうとも同じ“人”だ)
 について故意を認めるべき。

(2)具体的符号説が、客体の錯誤で故意をみとめることは矛盾している。
 具体的符号説は、客体の錯誤ではその錯誤を
 重要なものとみなさない(=故意を認定)のに、
 方法の錯誤では、その錯誤を重要なもの(=故意を否定)とするのは
 一貫していない。

と思われます。

なので、錯誤が生じた過失犯を想定していない犯罪については、
具体的符号説では不合理?な結論を出してしまう?
という問題があります。

蛇足ですが、この批判論の前半部への反論(過失犯を規定していない犯罪は除いて)
として、具体的符号説は、
行為者の動機までは故意の中で考慮しておらず、
“その人”を狙ったかどうかが問題なので、
一貫していないとの批判はあたらないとしています。
たとえば、客体の錯誤で具体的符号説が故意を認める事例ですと、
ある日に講演会に出席していた総理大臣を殺害するつもりだった、
しかし当日その現場にいて、総理大臣だとおもって狙った“その人”は、
司会者だった。
この場合、その司会者の人への故意は認められるということになります。
逆に方法の錯誤の場合。
たとえば、Aを殺害しようと発砲したが、Bに命中してBが死亡した場合。
故意を認めないのは、“その人”を狙っていたが、
認識の範疇外の“べつの人”にあたったのだから、
Aについては殺人未遂、Bに対しては過失致死が成立するということになります。

後半部分の過失犯の規定のない犯罪についての反論は、
ちょっといまは記憶が不鮮明なので、うまく説明できません。申し訳ございませんー。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。こんな長い文をくれるとは感謝のかぎりです。参考にさしていただきます。

お礼日時:2005/08/16 02:10

私は、#4で質問者さんが補足でリクエストされたこと(なぜ、法定的符合説を自説にしているのか、それを妥当性とする理由を教えて欲しいと言うご希望)について回答しました。



私自身は、法定的符合説を妥当と考えるので、その立場から初学者にも分かりやすいようにかみ砕いて論述してみたつもりでした。

これが教科書的で無内容だとのご指摘ですので、その点を率直に認めた上で、私自身の講学のためにも、より説得力のある法定的符合説にたった論証を是非先生にご披露いただきたいと思います。よろしくお願いいたします。

なお、表記の指摘は質問者さんへの老婆心のつもりでしたが、先生の気に触られたようでしたら、この点もお詫びします。
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 また、削除されるかもしれませんが、No7さんのような大先生がおられるようなので一言(でもないですね)。



 言葉の間違いや、「法律の錯誤」の表題で、表記両説を並べていることを、いちいち問題にしていたら大変です。そんなことは、指摘するまでもなく言わずもがな。大人らしく目をつぶる。

 言わんとされているのは、たんに体系上からの形式的な理解を、別の言葉で指摘されているだけです。質問者の求めているものとは違います。

 しかし、構成要件的故意も責任要素としての故意の中身をなすものでしょうし、かつ、認識の問題である以上、他のみなさんが言われていること以上に付け足している記述は残念ですが見あたりませんでしたね。
 学説で言われている故意の実質化の流れを考えたら、事実の錯誤論で、具体的符(号)説の主張は、当然の出現ですし、妥当性もあります。故意を単なる抽象的なものと見るなら、あまりに浅薄です。社会的な意味の認識なくして、該当性段階でも「構成要件的故意」ありとは言わないでしょう。錯誤論で問題にしているのは、構成要件的事実の認識ですよ。それがどの程度まで必要かというのが議論のポイントです。構成要件が「人」と書いてあるから、構成要件該当性の段階では、「人」を表象していれば足りるというのは、無内容です。両説の争いの元にあるのは、そんな空虚な体系上からだけの理由ではないですからね。まだまだ、教科書ですべて分かったつもりレベルです。

 試験には割り切りが必要です。質問者の方が理解している理由付けで十分です。
 No7のかたは、受験生ですかね?自信なしとしているのだけは評価できます。
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      「♪故意とは何でしょう?」



 まず、お小言。法律を勉強する者は、とにもかくにも用語を正確に使わなければなりません。「具体的符(号)説」「法定的符(号)説」「(用)件」、こんな表記を論文やレポートですると、大減点ですよ。それだけで議論の意味を本当に理解しているのか?と読み手に疑われてしまいかねません。変換ミスなのでしょうが、意外と大事なことです。

 では本論。まず、ここで問題となっている「故意」とは何なのか?ここを見失うとピントがはずれますから要注意です。

 違法な行為を行った行為者に対する非難、これが「責任」です。故意は、その「本籍」を責任段階に置いています。

 ところで違法で非難に値する(有責な)行為というのは世の中に色々ありますが、その中で法が特に刑罰を科して禁ずべきと考えた行為を選んで類型化したものが、構成要件です。そして、この構成要件においては、例えば、およそ人を死なせる行為でも、殺意をもって死なせる行為と、誤って死なせる行為では、違法性が大きく異なります。

 そこで、故意は責任段階に本籍を置きつつ、構成要件の主観的要素として、犯罪の類型化に重大な役割を持つこととなります。これが、構成要件における故意、すなわち構成要件的故意です。

 本問の事実の錯誤において問題とされているのは、あくまでもこの構成要件的故意です。

構成要件的故意は、構成要件要素としてそれが「有るか・無いか」だけが問題とされているのであって、行為者を「個別具体的に非難できるか否か、またその程度」とは関係有りません。そのような問題は、責任段階において考慮すべきであって、未だここで考慮するべきではないからです。(ここを誤解している人もいるようですが、要注意です。)

 では、構成要件的故意とは、どのようなものなのでしょうか?
これは、構成要件に規定された、犯罪事実(客観的構成要件要素=行為、主体、客体、結果、因果関係、行為時の状況等)を表象(認識、結果・因果関係については予見)し、認容することです。このような構成要件的故意が有れば、行為者は規範の問題(こんなことをしても良いのか?と自省し思いとどまる機会)に直面しているので、違法性・有責性を一般的に有している行為の類型、即ち構成要件該当性が認められるからです。

 このように構成要件的故意は、あくまでも構成要件該当性の問題なのですから、その存否の判断は、構成要件に規定されている文言を基準にすべきであって、それで十分であると考えられます。つまり、例えば刑法199条が「人を」殺したるものは…と規定している以上、問題となるのは客体が「人」で有るかどうかだけが重要なのであって、「Aと言う人か、Bと言う人か」は問題ではないと言うことなのです。

 したがって、Aを殺害しようとしてAを狙って拳銃を発射したところ、弾がはずれて傍らにいたBに命中してBが死亡したという方法の錯誤においても、刑法199条に規定されている構成要件、即ち「客体が人である」「行為が客体の生命を侵害するものである」「結果が人の死である」「因果関係:狙撃→命中→死亡の大枠」等、客観的構成要件要素についての表象・認容は認められますから、Bが死亡したことについて行為者に殺人既遂罪の構成要件的故意を認めてよいと言えるのです。また、Aに対する殺人未遂罪の構成要件的故意も認められます。

 ポイントは、この事実の錯誤の問題が、構成要件該当性・違法性・責任のどの段階の話なのかを見失わないことです。この問題は、構成要件該当性の問題ですからその基準は一般的に判断すべきであって、構成要件の規定する文言をもって基準とすればよく、それ以上に細かく個別具体的に判断しなくてもよい。だから、具体的符合説ではなく、法定的符合説が妥当だと考えるのです。

 …私の理解はこんなところです。でも本当に難しい問題ですね。こういう素朴な疑問に答えるには、大変な勉強がいります。良い勉強になりました。もしよかったら感想など聞かせてください。とても難しかったし、長文になってしまったので、自信無しにしておきます(笑)
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 回答ではありませんので、意に添わない場合は悪しからず無視してください。



 この手の問題は、最終的には政策的判断に帰着する部分がおおきいのです。解釈論をしていて、ときおりあります。

 あなたが司法試験受験生なら、判例通説と有力説いずも理解しておき、出題された事実関係に含まれる「出題意図」がいずれの立場で書くとき、指摘しやすいか、論文を書く現場での「対応力」(出題意図に答える能力が試験で計られているのです)の方を磨くべきでしょう。

 法定的符号説を採用すれば、今まで言われている以上の説明は理論的には難しいです。試験委員もそれ以上の理由付けを要求するとは思えない。理由付けは大きなものひとつで十分です。

 殺人事案で、(概括的故意の存在を証明できないとき)、故意を流用し、政策的故意を認める法定的符号説は、実際問題の処理という場面で妥当性を発揮できます。数故意認めることに伴う不都合は、苦しいけれども観念的競合の規定の存在で現実的妥当性を図ることも可能です。

 すべての問題にクリアーな理論付けをすることはできませんし、不要です。試験に対応することが目下の関心事であれば、そこそこの理解で、すべて学説には問題があるということを理解しておくだけでいいのです。
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>しかし、故意とは行為者が悪いと分かっていたのに、行為に及んだことに対する非難です。




>とすれば、Aを殺すことについては決意していたのだから、十分に行為者を非難できます。(1)

上の2文の間には論理に飛躍がありませんか?ここの理由付けが甘い(ない)と法定的符合説の論証としては弱いですね。
第1文は、具体的符合説にも当てはまる理由ですから、これだけをもって法定的符合説の理由にするのは、ナンセンスですよ。

この回答への補足

なるほど。よく理解できます。専門家の方だけあります。no.1さんたちや私の会話をふまえまして、回答者さんはどう思いになっているのかお聞きしたいです。申し訳ないですが、詳しく法定的符号説の方がいいことを理解さしてもらえないでしょうか?

補足日時:2005/08/16 02:05
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具体的符合説でも、客体の錯誤の場合は故意を阻却しません。



法定符合説と具体的符合説は、方法の錯誤の場合においてのみ、結論が異なります。

要するに、Aを狙ってピストルを発射したが、Aに当たらず、Bに当たり死亡したとき(方法の錯誤)、Bに対して故意を認めるべきかが問題です。

確かに、Bを殺すつもりは無かったわけですから、Bに対する殺人罪を認めるのはひどいとも考えられます。

しかし、故意とは行為者が悪いと分かっていたのに、行為に及んだことに対する非難です。
とすれば、Aを殺すことについては決意していたのだから、十分に行為者を非難できます。(1)

つまり、構成要件的に非難の度合いは同じだろうと考えることができます。

また、具体的符合説では、器物損壊など、未遂犯処罰の規定がなく、過失犯もない場合に妥当な結論を導けません(Aの松の盆栽を損壊するつもりで、梅の盆栽を損壊した場合、不可罰になってしまいます)。(2)

したがって、法定符合説が妥当であると考えます。
(1)が理論的な理由、(2)は価値判断です。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。故意とは、行為者が悪いと分かっていたのに、行為に及んだことに対する非難です。でも、それは、少しあいまいな事ではないでしょうか?また、故意は法定的符号説によると、一定の客体に対して自己を現実にしてゆく意思であるが、主観面と客観面と構成要件が抽象的に一致するだけで既遂とみとめていいのかも疑問だと思います。思うに、価値的判断を重くすべきという意見で通そうとすると、本来の罪刑法定主義とは違った結果を生むのではないでしょうか?また、法定的符号説をとると、一つの故意に対して、二つ以上の故意犯の成立を認め、責任主義、刑法38条に反するのではないでしょうか?まだまだ、私も勉強不足なので一概にはいえませんが、ありがとうございました。

お礼日時:2005/08/16 02:04

どうして具体的符合説の方が合理的だと思われるのでしょうか?

この回答への補足

そうですね。話せばかなり長くなる気がします。まず、私は回答者さんの意見からききたいと思います。

補足日時:2005/08/16 00:29
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例えば


Aを殺そうと思って、実行に移したところ、その被害者は実はBだったという場合(客体の錯誤)

具体的符号説からは、
Aに対する故意しかないので、Bとの関係では犯罪不成立となる
客観的にみて「Bさん間違えましたすみません」ではすまない問題。
それにAに対する殺人未遂はどうなっちゃうの?
よって具体的符号説が不合理。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。でも、回答どおりにはならないのではないでしょうか?同一構成的用件内では、具体的符号説でも(その人の死が)問われるわけで、法的符号説では、(およその人の死が)問われるわけであります。だから、具体的符号説は(その人の死)が大事なわけで、その人が誰がであるかは特に重要ではありません。この件に関しては殺人の故意は得られるはずです。

お礼日時:2005/08/16 00:28

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Q法定的符合説と抽象的法定符合説

初学者ですがよろしくおねがいします。
錯誤理論の勉強をしていたのですが、
具体的符合説・法定的符合説・抽象的符合説の
3つがでてきたとき
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8C%AF%E8%AA%A4
判例は、法定的符合説だといいます。
具体的符合説と法定的符合説の対立があり、抽象的符合説は人気がないといいます。
たとえば、犬を殺そうとして、抽象的符合説は、犬にあたってしんでいたら、器物損壊で2年以下の懲役なのに、人にあたったがために過失致死で罰金になる軽くなるのはおかしいという考え方でだから、ここは、器物破損のほうを適用して懲役にするという考え方。しかし、実際には器物は破損していないのだから、これは支持されていないということでした。つまり法定的符合説をさらに抽象化して、犯罪の意思というところまで広げるのが抽象的符合説と理解しています。

判例は法定的符合説で、例として
s61.6.9 軽い麻薬所持罪の認識で重い覚せい剤所持を犯したときは両罪の構成要件は軽い前者の罪の限度において実質的に重なり合っているから、軽い麻薬所持罪の故意が成立し同罪が成立 ということらしいです。

しかし、
抽象的法的符合説と具体的法的符合説というのも出てきて、
こちらは名前が合体したようなかんじで、しかも
二つのうち抽象的法的符合説が判例だといいます。
 抽象的符合説は判例じゃないのにどうして抽象的法的符合説は判例なのでしょうか?
 
いまふとおもったのですが、まず
具体的符合説・法定的符合説・抽象的符合説
があって判例の法定的符合説で、構成要件内での故意をみとめるが、さらに
抽象的法的符合説と具体的法的符合説にわけるのかな、とおもいましたが、よくわかっていません。宜しくお願いします。

初学者ですがよろしくおねがいします。
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Aベストアンサー

またずいぶんと面倒臭いところに足を踏み込んだものですね。
正直言えば、ウィキペディアの説明はあまり分かりやすいとは言えません。

厳密な話を抜きにして大雑把に結論だけ言ってしまえば、抽象的法定符合説とは日本での法定的符合説の別名であり、具体的法定符合説とは日本での具体的符合説の別名です。
ですから、判例は法定的符合説であるから抽象的法定符合説であるということになります。
何でそういう別名があるのかという話は一応簡単に後で触れますが、そう呼んでいるのが平野龍一先生なので著書を見ればきちんと書いてあるかと思います。しかしながら、はっきり言って刑法学者でもない限りどうでもいい話です。具体的法定符合説とか抽象的法定符合説という表現は全く載っていない本がいくらでもあるところで、知らなくても全然問題ない話です。忘れた方がいいと思います。おそらく法曹実務家でも知らない人の方が多いと思います。

なお、法定的符合説の中で実際に符合しているかどうか符合しているとして何罪の故意を認めるかという議論はまた別です。

錯誤論について細かい話をすれば幾らでもありますがとても書いていられないので「ウィキペディアの説明では分かりにくくて役に立たないので無視して」刑法の入門書を一冊きちんと読んだ方がいいと思います。

さて、役に立つかどうか分かりませんが一応簡単に説明しておくと、
抽象的符合説は大雑把には犯罪の意思があって犯罪の事実を実現すれば故意があると考えるので具体的事実の錯誤においても抽象的事実の錯誤においても(*)故意を認める(ただし、実際に成立する犯罪については諸説あり)。
法定的符合説は大雑把には犯罪の意思と実現した犯罪の事実との間にある程度抽象的ながら構成要件的な一致が必要と考えるので具体的事実の錯誤では故意を認めるが抽象的事実の錯誤では故意を認めない。
具体的符合説は大雑把には犯罪の意思の具体的内容が実現した犯罪の具体的な事実と一致していなければならないと考えるので具体的事実の錯誤においても抽象的事実の錯誤においても故意を認めない(ただし日本の場合は、純粋な具体的符合説ではないのでそれゆえの具体的法定符合説という呼び名であり、それと対比しての抽象的法定符合説という呼び名)。
です。
そして、抽象的符合説は故意を認める範囲が広すぎるので支持者が少なく(といってもいないわけではない)、日本での具体的符合説は範囲が狭いとは言えども法定的符合説に近い面があり、ドイツ法学の影響もあって割りと有力であるが、判例は一貫して法定的符合説ということになっています。

(*)「具体的事実の錯誤」と「抽象的事実の錯誤」の意味は、本で調べてください。

またずいぶんと面倒臭いところに足を踏み込んだものですね。
正直言えば、ウィキペディアの説明はあまり分かりやすいとは言えません。

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Q抽象的事実の錯誤

刑法の抽象的事実の錯誤について質問です。
抽象的事実の錯誤は、異なった構成要件の錯誤という事ですが
(例)甲はライフルを手に入れたので、マネキンを撃ったが
実はそれは乙である乙を死亡させてしまった という場合ですが
 抽象的符号説では、刑法38条の範囲内において故意を認めるとして
結果に対しての責任を重視するとしますので
器物損壊罪と過失致死罪の観念的競合になると考えていいのでしょうか?

法定符号説では、原則として故意は認められないとしますが
軽い故意の重なり合う限度で故意を認めるとしますが
器物損壊罪と殺人罪では重なり合いがないので
無罪となるということでいいのでしょうか?

(例2)甲はライフルを手に入れて乙に向かって
発砲したが、実はマネキンであった という場合

抽象的符号説では、重い故意で軽い罪の結果を発生した場合
重い罪の未遂と軽い罪の既遂となるので
殺人未遂と器物損壊罪となると考えていいのでしょうか?
だとすると実際乙は死んでいるのに殺人未遂となるのでしょうか?

法定符号説ですが、甲は人を殺すという規範には直面していますが
器物損壊の規範には直面していないとなりますが
ですが殺人と器物損壊では重なり合いがないので
無罪となるのでしょうか?

刑法の抽象的事実の錯誤について質問です。
抽象的事実の錯誤は、異なった構成要件の錯誤という事ですが
(例)甲はライフルを手に入れたので、マネキンを撃ったが
実はそれは乙である乙を死亡させてしまった という場合ですが
 抽象的符号説では、刑法38条の範囲内において故意を認めるとして
結果に対しての責任を重視するとしますので
器物損壊罪と過失致死罪の観念的競合になると考えていいのでしょうか?

法定符号説では、原則として故意は認められないとしますが
軽い故意の重なり合う限度で故...続きを読む

Aベストアンサー

例1の最初の質問はそのとおりです。
抽象的符号説は、
軽い罪をするつもりで思い結果が生じた場合には、
軽い罪につき故意の既遂、重い罪につき過失が成立します。
逆に重い罪をするつもりで軽い罪が実現した場合には
重い罪につき未遂、軽い罪につき既遂が成立します。
いずれにしろ軽い罪については既遂が成立します。

例2の最初の質問なのですが、乙は死んでいませんよね・・。
乙に発砲したが実際はマネキンであったとあるので。
殺人未遂と器物損壊ですね。

例1、例2の2番目の質問ですが、重なりあいが認められないので、
故意犯は成立しません。ただ、過失犯の成立する余地があります。
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Q「未必の故意」とはどのようなことをいうのでしょうか?

「未必の故意」とはどのようなことをいうのでしょうか?
できれば、具体的に教えてください。
あと、法律用語辞典なんかが載っているようなURLがありましたら教えてください。

Aベストアンサー

masatoshi-mさんの回答を少々噛み砕きましょう。
>未必の故意について知りたい
 ということですから、刑法上の説明でよいと思います。

 「故意・過失」という言葉を聞いたことがあると思います。「未必の故意」について理解するには、故意と過失について理解する必要があります。
1 故意
  「自分の行為が犯罪にあたることを知りながら、これを容認してその行為に出 る意思」を言います。
  簡単に言えば、「盗もうと思って盗む・殺そうと思って殺す」ことです。悪い ことと判っていて、なおその行為を行うこと(犯罪を犯す意思)ですね。
2 過失
  「注意を欠いたため、(犯罪となる)結果の発生を予見しないこと」を言いま す。平たく言えば「不注意」ですね。 故意との違いは、「自分の行為が犯罪で あることを判っているか」(認識)「犯罪となる行為を行ってもいいと思ってい るか」(認容)という点で、両方ともない場合が本来の過失です。
  「殺そうとは思っていなかったが、殴ったら死んでしまった」(過失致死)と か、「周りをよく確かめないでゴルフクラブを振ったら、近くにいた人に当たっ て怪我をさせてしまった」(過失傷害)という場合がそうです。
  刑法では、故意犯を罰することを原則としていますので、刑法上に「過失犯を 罰する」旨の規定がないと過失犯は罰せられません。過失が罰せられるには
     注意義務違反の有無・予見可能性・因果関係・期待可能性
 などが必要ですが、これは長くなるので割愛します。

3 未必の故意
  殺人を例に取れば、「このナイフで相手を刺せば、相手は死ぬかもしれない。 でも、死ぬなら死んでもいいや。と思って人を刺した場合」などが端的な例で  す。 この場合、「死ぬかもしれない」と人が死ぬ結果になることを予測しなが ら(認識)、「それでもいいや」と思って(認容)人を刺すのですから、相手が 死亡すれば「殺人罪」に問われます。「殺してやろう」と思っていない(積極的 に結果の発生を意欲していない)から、「未必の故意」なわけです。
  1で説明した「故意」があったと認められるわけです。

  「認容」するかしないかが大きな違いで、「死ぬかもしれない」とは思いなが ら、「まさかそんなことになるはずはない」と考え(認容しない)、その行為を 行った場合は「認識ある過失」といって、「過失」とされます。

と、こんなところでどうでしょうか。舌足らずですみません。
 法律用語のURLはわかりません。 私の知識は、もっぱら書籍によります。
  
  

masatoshi-mさんの回答を少々噛み砕きましょう。
>未必の故意について知りたい
 ということですから、刑法上の説明でよいと思います。

 「故意・過失」という言葉を聞いたことがあると思います。「未必の故意」について理解するには、故意と過失について理解する必要があります。
1 故意
  「自分の行為が犯罪にあたることを知りながら、これを容認してその行為に出 る意思」を言います。
  簡単に言えば、「盗もうと思って盗む・殺そうと思って殺す」ことです。悪い ことと判っていて、なおそ...続きを読む

Q観念的競合と併合罪ってどう違うんですか?

全然分かっていない質問ですが、どうか教えてください。
観念的競合って併合罪とどう違うのでしょうか?どちらも刑が跳ね上がるものなのでしょうか?一つのことをすると2罪になる、というのと、二つのつみを一つにするっていうのはなんとなくわかるのですが・・・
あと、併合罪で、長い方の罪の半分を足してより長い刑罰にできるっていうのは、たとえば14年のつみと10年の罪を犯した場合、14のほうに、10年の2分の1の5年をたすんでしょうか?(そうすると19年になりますよね)それとも10年のほうに14年の半分の7年をたすんでしょうか?そうすると17年になります。それとも長い14年のほうに、それの半分の7年をたして21年にするってことなんでしょうか?いろいろ聞いてしまってすみません。どれか一つでも教えていただけるとうれしいです。よろしくおねがいします。

Aベストアンサー

こんにちは

具体例で考えると分かりやすいです。

たとえば、1発の銃弾で2人殺してしまったら、1個の行為で2個の犯罪を犯していることになります。これを、観念的競合というわけです。

また、1発ずつ発射して、それぞれ1人ずつ殺した場合、2個の行為で2個の犯罪を犯しています。これを併合罪というわけです。

だから、両者の違いはズバリ、1個の行為かどうかです。

それと、観念的競合の場合は、そのうちで一番重たい罪の刑になります。ですから、刑が跳ね上がると言うよりも、お得な感じです。2罪犯しているのに、1罪分でいいのですから。

これに対して、併合罪は、原則として重たい罪の1.5倍です。質問文の例では、長期が21年になるかな。

やっぱり、1個の行為しかしてない犯罪者はちょっと軽いのです。

Q客観的危険説と具体的危険説について

試験で、事例問題が出題されるようなので、いろいろ調べていると、
判断基準に客観的危険説と具体的危険説とがありました。
私自身は、具体的危険説を支持したいと考え理由として「判例だから」や「通説だから」などを考えたのですが、それではダメなようなのです。他に理由たるものがまったく思いつかない状態なので、お知恵をお貸しいただけないでしょうか。よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

とりあえず、「不能犯」の論点として。

時間があれば図書館で閲覧・確認していただきたいのですが、私の教科書には、4つの説が挙げられています。

ア)純主観説…思っただけで「未遂」が成立する。
イ)主観的危険説…本人の、行為当時の意思により成否が決まる。
ウ)客観危険説…抽象的・客観的に判断
エ)具体的危険説…行為者の認識していたことと、一般人が認識しえた事情を基礎として、一般人が、危険だと判断されるときに成立する。
-理由-
ア)思想・主観的趣向が強いので×
イ)思い込みでも成立するので×(殺すつもりで薬品を混入したが、薬品に殺害力がない場合)
ウ)判断基準が曖昧× ←判例法的思考の説(事例の集積)
エ)行為者の認識と「一般人を基準」とした判断→汎化した基準が期待できる

といった感じですかね。
ウ)とエ)は区別しにくいと思いますが、ウ)は『危険というカテゴリー』を作り基準とし、事実がそれに当てはまるかどうかを判断し、エ)は、『事実』を、一般人にとって危険かどうか判断するという方法の違いです。
複数の教科書を読み比べて、そのニュアンスの違いを感じて、自分なりに判断してみてください。

とりあえず、「不能犯」の論点として。

時間があれば図書館で閲覧・確認していただきたいのですが、私の教科書には、4つの説が挙げられています。

ア)純主観説…思っただけで「未遂」が成立する。
イ)主観的危険説…本人の、行為当時の意思により成否が決まる。
ウ)客観危険説…抽象的・客観的に判断
エ)具体的危険説…行為者の認識していたことと、一般人が認識しえた事情を基礎として、一般人が、危険だと判断されるときに成立する。
-理由-
ア)思想・主観的趣向が強いので×
イ)思い込みでも成立するの...続きを読む

Q刑法65条(身分犯の共犯)の解釈・・・

とある講義で「共犯と身分」について勉強しました。

しかし、家に帰り,復習をしようと条文をよく読みましたところ、

「講師が書かれた板書」と「条文」とが、うまく噛み合っていないように思えてなりません。

ぜひ具体的に教えてください。

先生の板書;
 『 共犯と身分(65条)
    構成的身分犯・・・65条1項のこと → 身分ある人がやって、初めて犯罪となる。
    加減的身分犯・・・65条2項のこと → 身分ないものがやって、犯罪となる。   』

条文;(刑法65条)
 『 (身分犯の共犯)
    第1項・・・犯人の身分によって構成すべき犯罪行為に加功したときは、身分のない者であっても、共犯とする。
    第2項・・・身分によって特に刑の軽重があるときは、身分のない者には通常の刑を科する。』

『先生の板書,「身分ある人がやって、初めて犯罪となる。」
       「身分ないものがやって、犯罪となる。」   』と
『条文の解釈』を具体的に教えてください。

ワガママで申し訳ないのですが、具体的に例を挙げていただけたら助かります。

どうかよろしくお願い致します。

とある講義で「共犯と身分」について勉強しました。

しかし、家に帰り,復習をしようと条文をよく読みましたところ、

「講師が書かれた板書」と「条文」とが、うまく噛み合っていないように思えてなりません。

ぜひ具体的に教えてください。

先生の板書;
 『 共犯と身分(65条)
    構成的身分犯・・・65条1項のこと → 身分ある人がやって、初めて犯罪となる。
    加減的身分犯・・・65条2項のこと → 身分ないものがやって、犯罪となる。   』

条文;(刑法65条...続きを読む

Aベストアンサー

先生が板書されたのは,正犯の行為が刑法65条の第1項,第2項それぞれに当てはまるのはどのような場合か,ということでしょう.

つまり,

刑法65条第1項
犯人の身分によって構成すべき犯罪行為に加功したときは、身分のない者であっても、共犯とする。

のうち,
『犯人の身分によって構成すべき犯罪行為』
というのはどのような犯罪行為のことかというと,先生の板書したように,
『身分ある人がやって、初めて犯罪となる』ような犯罪行為(構成的身分犯)なのです.

構成的身分犯の例としては,収賄罪(刑法197条)があります.

刑法197条第1項
公務員又は仲裁人が,その職務に関し,賄賂を収受し,又はその要求若しくは約束をしたときは,五年以下の懲役に処する.(略)

ここでいう『公務員又は仲裁人』というのが身分であり,公務員でも仲裁人でもない人が賄賂を受け取っても犯罪にはなりません.『公務員又は仲裁人』という身分のある人がやって,初めて犯罪になるのです.

そして,この構成的身分犯に,身分のない者が加功したときに,その身分のない者も共犯とすると規定したのが,刑法68条1項なのです.

たとえば,国会議員(公務員)が賄賂を受け取るのを,その妻(公務員ではない)が手伝ったとしたら,その妻は公務員ではないのだから一見収賄罪の共犯にはならないことになりそうですが,そうではなく,その妻は65条1項により収賄罪の共犯になる,ということです.



刑法65条第2項
身分によって特に刑の軽重があるときは、身分のない者には通常の刑を科する。

これも同じように,
『身分によって特に刑の軽重がある』ような犯罪とはどのようなものか,というと,先生の板書のように,『身分ないものがやって、犯罪となる』ような犯罪(加減的身分犯)だということです.

加減的身分犯の例としては,常習賭博罪(186条)があります.

刑法186条第1項
常習として賭博をした者は,三年以下の懲役に処する.

ここでは『常習として』というのが身分です.
先の収賄罪では『公務員又は仲裁人』以外の者がやっても犯罪にはなりませんでしたが,
賭博罪は『常習として』ではなく行った者も,刑法185条によって処罰されます.
ここが,構成的身分犯と加減的身分犯の違いです.

刑法185条
賭博をした者は,五十万円以下の罰金又は科料に処する.(略)

そして,この加減的身分犯に,身分のないものが加功したときにどうなるかというと,その身分のない者には,65条2項により通常の刑を科する,というわけです.

たとえば,賭博の常習者が賭博をするのを手伝った者(常習者ではない)は,常習賭博罪(186条)の共犯となるのではなくて,賭博罪(185条)の共犯となります.

つたない説明で申し訳ありませんが,分かりましたでしょうか?

先生が板書されたのは,正犯の行為が刑法65条の第1項,第2項それぞれに当てはまるのはどのような場合か,ということでしょう.

つまり,

刑法65条第1項
犯人の身分によって構成すべき犯罪行為に加功したときは、身分のない者であっても、共犯とする。

のうち,
『犯人の身分によって構成すべき犯罪行為』
というのはどのような犯罪行為のことかというと,先生の板書したように,
『身分ある人がやって、初めて犯罪となる』ような犯罪行為(構成的身分犯)なのです.

構成的身分犯の例とし...続きを読む

Q犯罪の構成要件について

犯罪の成立要件(行為、構成要件、違法、有責)の内、「構成要件」についてどなたか刑法に詳しい方ご教授お願いできないでしょうか?

・構成要件の定義(構成要件って何?)
・構成要件要素
・客観的構成要件、主観的構成要件

上記についてなるべく詳しく、また分かりやすく(窃盗罪や殺人罪等の具体例などで)お教え願えれば幸いです。
刑法について勉強をはじめたのですが、基礎的なところからつまづいてしまい一向に前に進めず本当に困っています。
刑法の講義書をはじめネットなどでも調べてみたのですが、正直なところ難解すぎて理解できません。どうぞ宜しくお願い致します。

Aベストアンサー

誤りを恐れずに簡単に行ってしまうと、

構成要件とは、「犯罪の型(類型)」のことです。
「犯罪のパターン」、「犯罪の枠」と言う方が分かりやすいでしょうか。

この構成要件は、基本的には条文から決まります。

殺人罪でいえば、「人を殺すこと(行為)」であり、
窃盗罪でいえば、「他人の財物を窃取すること(行為」です。


そして、構成要件要素とは、構成要件に当てはまるといえるために必要な要件のことです。

構成要件要素は、構成要件をさらに分析して導きだします。

殺人罪でいえば、
1. 「人を」
2. 「殺す」
が要素が構成要件要素です。
そんなの当たり前のような気がしますが、

1. 「人を」
の「人」とは何かが問題になったり(死体は「人」か?とか、胎児は「人」か?など)、

2 「殺す」
とはどういうことかが問題になったり(脳死に至らしめたら「殺し」たことになるのか?など)、

と、いろいろな問題を考える前提になりますし、ある行為が「人を殺す」行為にあたるかどうかを考える手がかりになります。

窃盗罪でいえば、
1. 「他人の財物」(泥棒が盗んできたものは「その泥棒の財物」か?とかが問題)
2. 「財物」(ゴミなどの価値のないものも「財物」か?などが問題)
3. 「摂取する」
などが構成要件要素です。

構成要件要素を全て満たすと、構成要件に当てはまったといえるのです。


客観的構成要件とは、構成要件のうちの客観的なものですね。
殺人罪なら1.「人を」, 2.「殺す」
窃盗罪なら1.「他人の財物」, 2.「財物」 3 .「窃取する」
なんかがそうです。

主観的構成要件とは、構成要件のうちの行為者の主観面に関するものです。
全ての犯罪に共通するものとして、
「故意」とか「過失」がそうです。
そのほかに、ある犯罪に特有の主観的構成要件があったりします。
たとえば通貨偽造罪の「行使の目的で」などがそうです。


以上に述べたのは標準的と思われる説明ですけど、構成要件論は中世から様々な考え方が出されてきたところであり、いまだに決着がついてないところです。

構成要件論は刑法の最初の方に出てきて基礎的なことといえるかもしれませんが、とても難解で、学者によって意見が鋭く対立するところです。
基礎的であるからといって簡単と言うわけではありません。ですからそんなに心配する必要はないと思います。ここでそれほど悩まずに先に進んでしまって、あとでまた戻ってきて考えても全然かまわないと思いますし、そのほうがわかりやすいと思いますよ。

誤りを恐れずに簡単に行ってしまうと、

構成要件とは、「犯罪の型(類型)」のことです。
「犯罪のパターン」、「犯罪の枠」と言う方が分かりやすいでしょうか。

この構成要件は、基本的には条文から決まります。

殺人罪でいえば、「人を殺すこと(行為)」であり、
窃盗罪でいえば、「他人の財物を窃取すること(行為」です。


そして、構成要件要素とは、構成要件に当てはまるといえるために必要な要件のことです。

構成要件要素は、構成要件をさらに分析して導きだします。

殺人罪でいえ...続きを読む

Q共犯の本質・共謀の射程・共犯の錯誤の違い

刑法(共謀共同正犯)の問題です。
司法試験受験生の方、合格者の方、研究者の方、又は実務家の方からの回答を希望します。

甲が強盗の故意、乙が強盗殺人の故意で共謀をなし、乙のみが実行者として強盗殺人行為に及んだという事例(事例1)おいて、甲の罪責を検討する場合、①共犯の本質(行為共同説か犯罪共同説か)②共謀の射程③共犯の錯誤、という3つの論点が問題になると思いますが、これら3つの問題はどのような関係にあるのでしょうか。

不勉強ながら、私見では、①は(共謀共同正犯にも修正された実行行為が観念できるとして)共謀共同正犯の実行行為性の問題(=共謀のみに関与した者の実行行為は実行者の実行行為と一致することを要するか)、②は(因果的共犯論を前提に)共謀によって形成された心理的因果性がどこまで影響を及ぼすかという共犯の因果性の問題、③は共謀のみに関与した者が認識(予見)した事実と、実際に発生した事実に不一致がある場合に、共謀のみに関与した者に構成要件的故意が認められるか、という故意の問題であり、一つの事例に対する関心の置き方が違うだけではないかと考えていますが、間違っているでしょうか。

また、テクニック的な質問になりますが、答案作成上、上記3つの問題をすべて展開する必要があるでしょうか。

さらに、上の事例と、当初は甲・乙共に強盗の故意で共謀をなしたものの、実行者乙が実行行為に及んだ際、強盗殺人の故意をもって人を死に至らしめたという事例(事例2)では、甲の罪責を検討する上で、何か違いがあるでしょうか。

私見では、事例2の場合も事例1と同様、①~③の3つが問題になるのではないかと考えますが、ちょっとひっかかるものがあります。

よろしくお願いします。

刑法(共謀共同正犯)の問題です。
司法試験受験生の方、合格者の方、研究者の方、又は実務家の方からの回答を希望します。

甲が強盗の故意、乙が強盗殺人の故意で共謀をなし、乙のみが実行者として強盗殺人行為に及んだという事例(事例1)おいて、甲の罪責を検討する場合、①共犯の本質(行為共同説か犯罪共同説か)②共謀の射程③共犯の錯誤、という3つの論点が問題になると思いますが、これら3つの問題はどのような関係にあるのでしょうか。

不勉強ながら、私見では、①は(共謀共同正犯にも修正された...続きを読む

Aベストアンサー

>設問(事例1)のようなケースでも、同一被害者に対する同一機会の侵害であるにもかかわらず、甲と共同正犯関係に立つからという理由だけで、強盗罪(の共同正犯)と強盗殺人罪の「二罪」が成立し、それらが観念的競合として科刑上一罪とされるという処理は腑に落ちません。

 観念的競合ではなく、吸収一罪という考え方もあるでしょう。ただし、問題は罪数論ではなく、「共犯でもあり単独正犯でもある」という点です。

>たとえば、殺意を有しない甲(ボス)が、殺意を有する乙(子分)に、強盗行為に出ることを持ちかけ、詳細な指示をしたような場合には、少なくとも強盗の部分に関しては、「相互に意思を疎通して明確に犯罪を実行」したといえるのではないかと思います。

 この書き方からすると、甲と乙の事実関係次第では、共犯が成立しない場合もあるということになります。

 まさに、この点こそ重要です。

 基本書・教科書ではほとんど論じられていないところですが、まさにこの点こそ重要です。

 この点を明らかにすることに有益な議論の1つが、「共犯の処罰根拠」でしょう。

 本問では、なぜ甲が「強盗罪」の罪責を負うのか。ここから論じなければ説得力に欠けるでしょう。

>少なくとも強盗の部分に関しては、「相互に意思を疎通して明確に犯罪を実行」したといえるのではないかと思います。

 論述としては、このように考える根拠の記述に欠けています。

 実務では、「甲が強盗罪の故意」で「乙は強盗殺人罪の故意」なんてことはない。生の事実関係から、「甲にどこまで共犯の罪責を負わせることができるか」という思考方法になります。その過程で、「理論上は構成要件の重なり合いが認められる範囲では、共犯を認めることは可能だな。」ということで最終結論に向かっていきます。

 繰り返すようですが、実務では今回の設問のように、最初から「甲に強盗罪の故意」という規範的結論があるわけではありません。

 実務的思考方法は脇に置きましょう。

 それでは、部分的犯罪共同説に立って考えてみましょう。

 乙が共犯であり、かつ単独犯であるということも脇に置きます。

 甲は強盗罪でしょうか、強盗致死罪でしょうか?

 行為共同説なら、普通は強盗致死罪でしょうね。ただし、この場合も、共犯の処罰根拠と関連して、強盗致死罪でいいのかの検討は慎重に行う必要がある。

 強盗罪と考える場合、なぜ「人の死亡」について甲が責任を負わないのかという説明が必要です。

 強盗致死罪と考える場合、どうしてその結論を得ることができるのか。
強盗罪の共犯と強盗致死罪の単独正犯というのは、甲は正犯でない以上あり得ない。
強盗致死罪の共犯と考える場合、甲は乙と過失行為の共犯をしたことになる。そうすると、乙は理論上強盗殺人罪という故意犯と強盗致死罪の結果的加重犯の2罪が成立することになる。

 いろいろ書きましたが、部分的犯罪共同説の場合、「理論的説明」をいろいろする必要があります。

 しかし、実際の問題点は、「いかなる場合に共犯を認めて良いか」であり、設問は「甲の意図を超えて犯罪が実現された場合」という形で、まさにそれを問うています。

 基本犯罪の強盗罪については共犯は認めて良い。それでは、「人の死亡」についてはどうか。

 例えば、甲は殺人を厳に禁止したにもかかわらず乙が殺人をした場合はどう処理するのでしょうか。

 あくまで設問どおりの学部レベルの試験問題であれば、

 甲に強盗罪の限度で共犯が成立する。

 人の死亡についての罪責はどうなるか。

 甲には殺人の故意はないから、強盗殺人罪の共犯は成立しない。

 しかし、強盗致死罪についてはどうか。結果的加重犯の共犯を認められるかが問題となる。

 自説を展開して、結論を出す。

 これで十分及第点だと思います。

>設問(事例1)のようなケースでも、同一被害者に対する同一機会の侵害であるにもかかわらず、甲と共同正犯関係に立つからという理由だけで、強盗罪(の共同正犯)と強盗殺人罪の「二罪」が成立し、それらが観念的競合として科刑上一罪とされるという処理は腑に落ちません。

 観念的競合ではなく、吸収一罪という考え方もあるでしょう。ただし、問題は罪数論ではなく、「共犯でもあり単独正犯でもある」という点です。

>たとえば、殺意を有しない甲(ボス)が、殺意を有する乙(子分)に、強盗行為に出ること...続きを読む

Q2項詐欺は1項とどう違いますか?

2項詐欺と1項の詐欺はどう違うのですか?
どなたか教えてください。
条文を読んでも具体的な場面も浮かびませんので、
簡単な事例も教えてくださるとありがたいです。
宜しくお願いします。

Aベストアンサー

#1の方の回答が既にありますが、他の例で話します。
なるべく法律的にならないようにわかりやすくいうと、

1項詐欺=人気歌手のコンサートに行きたかったので、相手を騙してチケットを手に入れた。

2項詐欺=人気歌手のコンサートに行きたかったので、コンサート会場で関係者を騙して、会場に入れてもらった。

1項は財物と思われる(現物)を手に入れていますが、2項は権利や利益を手に入れているの点で違いがあります。

Q保護法益とは

保護法益の意味がいまいち理解できません
わかりやすく詳しく教えてくださいお願いします

Aベストアンサー

もう一つ付け加えておきましょう。
「犯罪(行為)の客体」という表現があります。客体とは対象くらいの意味に思ってください。
これとは別に「保護の客体」という表現もあります。

それぞれどう違うのか?大体重なることがよくあるのですが、例えば公務執行妨害罪では、「犯罪(行為)の客体」は公務員です。つまり、公務員に「対して」暴行脅迫を用いるので、「犯罪(行為)の客体」は公務員というわけです。一方、「保護の客体」ですが、これは「国家(地方公共団体等も含む。以下同。)の作用」です。公務執行妨害罪という犯罪類型が保護している対象は何かと言えば、これは「公務が適正に執行できること」つまり「国家の作用」であって、その公務を執行する公務員を保護することで、公務が適正に執行できることを実現するというわけです。ですから、「保護の客体」は、「国家の作用」具体的には「適正な公務執行」ということになります。この「保護の客体」こそが保護法益なのです。

ちなみに、「被害者」(特別な法律概念ではなく、当該犯罪行為によって直接に害を受けた者くらいの意味に思っておけば十分です)というのはまた別の話です。公務執行妨害罪など国家的法益についての罪で、被害者は誰かを論じる実益はありませんが、あえて言えば、「国家」です。

もう一つ付け加えておきましょう。
「犯罪(行為)の客体」という表現があります。客体とは対象くらいの意味に思ってください。
これとは別に「保護の客体」という表現もあります。

それぞれどう違うのか?大体重なることがよくあるのですが、例えば公務執行妨害罪では、「犯罪(行為)の客体」は公務員です。つまり、公務員に「対して」暴行脅迫を用いるので、「犯罪(行為)の客体」は公務員というわけです。一方、「保護の客体」ですが、これは「国家(地方公共団体等も含む。以下同。)の作用」です。公務執...続きを読む


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