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旧日本陸軍のヘルメットにはネットがついています。
あれは何のためにあるのでしょうか?
まさかあそこに木の枝をつけてカモフラージュするためではないでしょうね。(友人の説)
よけい目立つ気がします。

よろしくお願いします。

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A 回答 (7件)

戦場では例え草一本でもその影に隠れたいものです。


それほど戦場での狙撃は恐ろしいものです。
狙撃兵の一名は10人の兵士に勝るといわれる位でした。

ヘルメット自体はつや消し塗装ですから光を反射することはありませんがその形は明らかに兵士を意識させます。
ノモンハン事件の戦場ではソ連軍の狙撃兵に囲まれ、敵情を視察するため頭を出したものは必ず狙撃されたので、代わりにスコップを出してそれが打ち抜かれた瞬間頭を出して視察した位だといいます。

他のご回答のように、草をネットにさして偽装する為で、ヘルメットの輪郭を消すのです。
顔面に塗料を塗るのは、白人の顔は以外に目立つので、それを隠すためです。
仰向けになると、白人の顔は低空で飛行する飛行機からかなりよく識別できたといいます。
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旧日本陸軍のヘルメットには星が付いているので


深夜でも、月明で標的になり、良く狙撃されたらしいです。

平坦な球体は、自然界には存在しません。不規則な物体しかありません。

草むらで最も発見が容易なのは、
明らかに、他の自然と違う物体です。

紙幣のエラーを識別する方法は、正しい紙幣をただ見ていて、これは違うと識別します。

普通に景色を見ているだけで、ヘルメットは発見されます。

偽装網を付けただけでも、草の塊か、土盛りがあって草が生えているのか判断が難しくなります。

トラのカモフラージュも良い例でしょう。
あれが竹林で見えなくなるとは夢にも思いません。

縞なだけで、相当な効果が期待出来るようです。
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他の方の意見に私も賛成です。


「ギリースーツ」ってご存知ですか?
ググってみるとカモフラージュについて色々判ると思います。
なにしろ、人間又は人工物と気づかれないために、なるたけ背景に溶け込める工夫をしてきたわけです。
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カモフラージュの基本は、背景にとけ込むこと、そして、人間とは思わせないことです。


アメリカの戦争映画で、顔に顔料を塗ったくっているシーンがあります。あれ単体を見ると、顔が目立つ感じがしますが、人間の思いこみから、顔はだいたい同じ色をしている丸っこいモノというものがあります。この思いこみを利用して、顔の形を印象としてなさないようにしているわけです。
ヘルメットにも、木の枝などをつけると、当然周りに木があれば、分かりづらいものになりますし、人間の頭の印象と変わるために、人間とは思えなくなります。
この効果を狙っています
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別に旧日本軍だけではありませんよ。



なぜ木の枝とか葉っぱをつけるかというと、一つは鉄帽の輪郭が目立つからです。そして金属光沢による反射を避けることです。

射撃をするときは、物陰から乗り出す必要がありますよね。ところが掩体の上の線は多少凸凹はありますが大体、直線です。後ろに物があれば稜線上にでることはありませんが、後ろが空だと鉄帽の形が丸見えになりますね。だから線をぼやかすのです。

もちろんいつも付けているわけではありません。必要に応じてやるのです。
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 偽装網と言ったっけ?



 確かに、何も無い所で葉をつけても枝を付けても目立ちますが、身を低くして低木等に隠れ、静止すると目立ちません。
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>まさかあそこに木の枝をつけてカモフラージュするためではないでしょうね。

(友人の説)
お友達の説の通りです。
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Q太平洋戦争当時日本軍が三八式銃を使用していた理由は

三八式銃とは、明治38年 に発明された旧式の銃らしいですが、
これを太平洋戦争当時でも使用していたそうです。
戦争中の兵器の進歩は日進月歩なのが普通なので、
これは不思議なことです。
使用し続けた理由は何でしょうか?

大量に余っていたとしても新式に鋳直せばよいだけのことです。
現に戦闘機などはどんどん改良を重ねています。
なにか特別なことがあったのでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

銃は、航空機、戦車、潜水艦のいわゆる三大新兵器とは違う「熟練した兵器」ですので、寿命は桁外れに長いです。
ほかに寿命の長い兵器は、歴史的に見ると刀剣があります。日本刀は、太刀~打刀に変わったりと、若干の変更がありますがおおむね形は変わりません。これは刀は、熟練した兵器であり、戦術的な変革がなければ、仕様を変える必要がない代物だったといえるでしょう。

さて、三八式についてですが、これも似たようなものです。諸外国の兵器と比べた場合の旧式度合いについては、すでに前に語られていますね。
新しいともいえませんが、それほど古いともいえません。つまり、ボルトアクション式では、すでに三八式は「決定版」ともいえる代物だったのです(No12の方が言っているように日本人にとって扱いやすいのも大きい)。
決定版なので、それ以上のものは戦術的転換がないかぎりは不要です。現在でもピストル、小銃などは50年以上前の設計の物だって十分現役で使っている国もあります。これらは現代の戦術では決定版足りえる代物だからです。

さて、先ほどから「戦術」という言葉を使っていますが、これが、三八式におきた一つ目の悲劇です。
時代は第1次大戦、火器は「小銃による打ち合い(砲は補助的)」から「重砲と機関銃(小銃は補助的)」による戦術に「転換」しました。

つまり三八式の作られた時代の戦術概念と第2次大戦では大きく様相が変わったのです。
基本的に新しく作られた戦術というのは、前に使われていた戦術よりも優れています(優れているから採用される)。
つまり、三八は世界的な戦術である、火砲、機関銃の大量使用による弾幕戦と戦うようには対応していません。
諸外国のようにそれらの「補助兵器」として使うならば十二分の性能だったでしょう。

当時の戦術において勝利を決めるのは火砲、機関銃、戦車といった兵器で、小銃はすでに勝利を左右する兵器ではなくなっていました。
しかし、日本軍にはそれらで力のある兵器はありません。

勝利を左右する兵器を持っていない軍隊と、勝利を左右する兵器を大量保有している国が戦えば・・・どうなるかはわかりますね?

日本軍が、(あくまでボルトアクションから進歩した存在であり、補助兵器の域を出ない自動小銃はともかくとして、です。諸外国がこれの更新を遅らせたのは、他に国力を注いでいたためです)火砲や機関銃の大量配備を嫌ったのは、塹壕戦による経験が薄かったために有効性を信用しきっていなかったのもありますが、最大の理由は、工業力がこれらの兵器を「全軍にいきわたらせて、かつ戦えるだけ」の力を持ち合わせていなかったことです。
国力と軍事力の兼ね合いが著しく悪いとも見れます。海軍でもいえますが、国力以上の軍事費は維持費や更新費用の面で国家を破綻させます。弾薬についてもそうです。自国の国力でまかなえる以上の弾薬を使う軍隊を持てば、補給にひずみが生じて、供給が追いつかなくなります。
かといって軍隊を減らすわけにもいかない状態ですし、そのおかげで更新(つまり戦術転換)に使う国力もない。新しい戦術では弾薬を多く使うので、転換したところで維持できるだけの国力もない(諸外国は生産量を増やしたのですが、日本ではそれができるだけの国力すら残っていなかった)。
日本軍が抱えていたひずみとかゆがみが、小銃にも現れているのです。

もう一つの悲劇が、1つ目の後半とかぶりますが日本の工業力の低さです。
当時、日本の技術力はとにかく欧米に追いつけということでタッチアップを図っていましたが、まだまだ追いついていません。
よく「日本の技術力は世界一だった。アメリカに物量で負けた」なんていう人がいますがこれは大間違いです(空技廠から上がってきた航空機の図面で、「この部分は鋳型をつかった鋳造で」となっていても金型が作れずに削り込み部品にしたというのはよく聞く話です。つまり当時の技術はその程度)。
中でも惨憺たる分野が重工業全般の中でも最重要分野の鉄鋼業でして、製鉄も自国では補完できない、鋳型技術も低い状態です。
さらには、精密機械技術が発展途上でして、とにかく精度が悪い(戦前の日本兵器において「統一規格」はありません。というより作れなかったのです。精度が維持できないのですね)。そのため小銃ですら調整しないと命中精度が維持できない上、部品の互換性がない。これは前線において問題です。
別々の箇所が壊れた銃をばらして一つの壊れていない銃にするというのは、軍隊ではある程度普通ですが、日本ではこれが出来ない。つまり不経済な状態です。
また、弾薬の製造精度も悪いため、弾詰まりが多い。これは自動小銃のほうで批判されますが、こちらについては「吐き出す量が多いためハズレに当たる確率が高い」だけなのです(まあ、自動小銃のほうが若干弾詰まりを起こしやすいというのはありますが・・・)。

ながくなりましたが、結局は日本と日本軍の構造上の問題なのです。
日本において三八式が評判が悪いのは、本来的に責任はない三八式に、日本の抱える問題を添付してしまっているからです。結局問題は日本自体にあるのです・・・
というわけで、三八自体の設計は優秀ですし、ボルトアクション式小銃の決定版でもあります。

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Q硫黄島からの手紙 日本軍のヘルメット(軍帽)について

ちょっと疑問に思ったので、知っている方教えていただけないでしょうか。
昨日TVで「硫黄島からの手紙」を放送していたので見ていたのですが、ふと疑問に思ったことがあります。
日本軍のヘルメットや軍帽に星印のマークが付いていたのですが、あれは何を意味した印なのでしょうか。
師団単位のマーク?何かの象徴?よく考えたのですが、わかりません。
ご存知の方、教えていただければありがたいです。

Aベストアンサー

まぎれてしまって現在手元に記載されていた本が見えないのですが
No.2さんのお説の通り、陸軍帽章の星マークは実は星でなく桜花のガク
(花が散ったあとにのこるもの。ミニトマトのヘタと同じと思えば多分正解)
を図案化したものと言うことです。

海軍は敵の軍艦をドンと沈める派手な戦をするのでサクラの花を
陸軍は戦の最終の決を決めるものなので花が散った後に残るガクを
図案にしたと言われていますが、、
あまり縁起のいい話ではないですね。

元々武家の時代では桜花はあまりにハラハラ散ってしまうので
縁起のいいのではなかったと言います。
むしろ武家は梅花紋の方が多いですし。
同じく春の花でも最後までしぶとく香りつつ残る梅の方が武運長久と言う意味ではふさわしい気もしますね。

Qパーセンテージの出し方

パーセンテージの出し方をおしえてください

Aベストアンサー

主人公÷母体×100

QモーゼルC96のような拳銃は何故廃れたの?

 1896年にドイツで開発されたモーゼルC96(後のモデルM712も含む)はトリガーの前にマガジンを持つ独特のスタイルを持つ拳銃として有名です。この銃は100万丁以上生産され世界中で使われたヒット作であるとされています。
 しかし世界の自動拳銃を見るとグリップにマガジンを挿入するタイプのものばかりで、C96のようなタイプの拳銃は他に殆どありません。何か欠点があるのでしょうか?

Aベストアンサー

 一般に、当時は先端でもやがてそれを超える物ができて旧式となるものですが、兵器はとくにその傾向が著しい分野です。

 モーゼル軍用拳銃は、試作、改良型完成したのが1895年ということですからまさに自動拳銃(オートマチック)の先駆け的存在で、これが1950年代ぐらいまで現用拳銃として世界各地で使用されていたこと自体、小銃と並んで信頼性の高い拳銃であったといえます。(1910年代には9ミリパラベラム弾タイプもあり。グリップに9の番号が彫られている)

 1890年代というと、騎兵戦(騎兵銃や槍で戦う)とか白兵戦(銃剣で格闘)という戦闘形態であり、槍や弓矢なども使われていました。そういう時代背景で誕生したのがモーゼル軍用拳銃で、

 戦闘状況に応じて単発、連射がつまみ一つで切り替えられる。弾切れを考慮して20連発カートリッジが装着できる、ショルダーストックを装着して馬上から射撃できる、格闘のときには銃身を持ってグリップで叩くというほか、なにより長銃身と重量が安定した命中率を保証したことが当時のニーズに合っていたわけです。

 しかし、開発当時から携帯性や重量といういうのが欠点と指摘されており、ドイツ(プロシア)陸軍は、すでにリボルバー式の拳銃を採用しており、制式としたのはトルコ陸軍でした。このようにモーゼル拳銃は『軍事後進国』とでもいいましょうか例えば中華民国陸軍などを中心に汎用されたことが特徴です。

 やがて戦闘形態が変わっていくにともない、また新型拳銃が開発されると消え去る運命になることは兵器の宿命であります。

 
 銃の薀蓄(うんちく)本でもあるライアルの『深夜プラス1』(76年)の主人公は、モーゼル拳銃の愛用者ですが、仲間のガンマンとの会話を引用しておきます。

>どんな銃だと、聞きかけたので「一九三二年型のモーゼルだ」と教えた。彼にしてはひじょうな驚きの表情なのであろう。表情が凍りついた。「あのでかいやつ? レバーを切り換えると全自動になる、あれか?」「そうだよ」彼はわずかに片方の眉をあげ、片方をさげた。私の正体が読めたらしい。私自身の銃に関する信念の一端を見せてしまったようだ。とんでない信念ではある。「トレイラーに乗せてひっぱっていくのか?」~ わたしはニャッと笑った。俗に「箒の柄」といわれたその旧式のモーゼル銃、特に全自動切り替え装置をつけた一九三二年型にまずい点は多々ある。目方は三ポンドもあって全長一フィートもある。握りの部分が不安定で、全自動で発射すると怒った猫のように手の中で跳ね廻る。しかし、長所もあるのだ。認める、認めないのは当人の勝手である。

 読んでいくと、ラストにモーゼル軍用拳銃の真価が出てくるのですが、この頃は既にマニアの拳銃となっていたんですね。

 資料:高橋昇「モーゼル軍用拳銃」 『GUN』1977年6月号所収 
   
    ギャビン・ライアル『深夜プラス1』 ハヤカワ・ミステリ文庫 1982年
 
 

 一般に、当時は先端でもやがてそれを超える物ができて旧式となるものですが、兵器はとくにその傾向が著しい分野です。

 モーゼル軍用拳銃は、試作、改良型完成したのが1895年ということですからまさに自動拳銃(オートマチック)の先駆け的存在で、これが1950年代ぐらいまで現用拳銃として世界各地で使用されていたこと自体、小銃と並んで信頼性の高い拳銃であったといえます。(1910年代には9ミリパラベラム弾タイプもあり。グリップに9の番号が彫られている)

 1890年代というと、騎兵戦...続きを読む

Q兵站軽視、食糧を現地で調達するという帝国陸軍の考えはどこから出てきたの

兵站軽視、食糧を現地で調達するという帝国陸軍の考えはどこから出てきたのでしょうか。
太平洋戦争敗戦まで、その考えに固執したのには、よほど強烈な思想があったのではと、愚考しています。
日清戦争で、早くも「因糧於敵」の方針が示されています。
穿った見方をすれば、陸軍創設を指導した西欧のどこかの国が、わざと軽視するべしと教えたのではないかと、つまらぬ妄想をしています。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 たしかに日本軍は兵站に関しては評判は良くはありませんでしたが、それは程度の差はあってもどこの国の軍隊でもそれなりに問題はありました。それでも「マレー侵攻作戦」に見られるように、兵站準備の周到さによって作戦を成功に導いた例があります。

 兵站自体の陸軍内部の立場は事実として軽んじられていましたが、それでもその兵站畑の中から将官も出ていますし、あの石原莞爾のように兵站に関しての重要度を常に周りに説いていた人物もいます。

 ではなぜ日本の兵站思想の貧しさの好例として常に挙げられる、「インパール」や「ガダルカナル」のような悲劇が起こったのでしょうか。

 一つにはとにかく日本軍が貧しかったということがあります。「日清日露戦争」や「日中戦争」に見られるように、銃剣突撃や白兵戦を常に攻撃の主体においていたのには、この貧しさが大きな原因となっています。

 つまり、攻撃前の十分な準備射撃には膨大な弾薬が必要となりますが、これを用意できなかった(あるいは惜しんだ)ため、結果的に肉弾による最後の決戦に挑んだということです。旧日本陸軍では日清日露戦争当時から、戦闘時における砲弾や銃弾の不足に常に悩まされていましたが、これは製造能力が無かったというよりは、やはり弾を惜しんで一発必中的を推奨する軍内部の精神的な悪癖がありました。

 もうこれは日本の文化といっても良いもので、現在に至るも自衛隊での訓練における弾薬の一人当たりの消費量は、南米の小国であるニカラグアのそれよりもはるかに少ないということも、なんだか笑ってしまうほどの哀しい文化だというしかありませんし、警察や海保なども似たり寄ったりの状況です。

 質問にある「糧が敵に因る」や「現地調達」という思想は元々旧日本軍からでた発想で、外国から強いられた発想ではありません。旧日本陸軍に大きな影響を残し、陸軍参謀本部の生みの親でもあるドイツ軍人メルケル少佐は、つねにその講義の中で兵站や補給の重要性を説いていました。

 旧日本軍が兵站戦でも敗北した理由のもう一つに、戦線での制空権と制海権の喪失があります。いくら補給をしたくとも、途中でその輸送艦船が壊滅させられればどうしようもありません。それでも「ガ島」の例にあるように、「ネズミ輸送」とか「アリ輸送」などのように揶揄されながらも、必死に補給を続けようとしていましたし、「インパール」にしても輜重出身であった第15軍参謀長の小畑少将が、その兵站無視の無謀な作戦に最後まで抵抗をしていました。

 よくアメリカ軍の補給能力の高さが取りざたされますが、それも相対的な戦局の有利があってのことです。そのアメリカでさえ細かな戦闘を取り上げれば、それなりに補給に苦しめられた戦線が多々ありました。ただアメリカのすごいところは、一旦これは必要不可欠なものだと理解したら、官民上げての協力体態勢を即座に構築し、一丸となってことに当たる覚悟の良さです。
 倒的な物量、言い換えれば国内での大量生産体制があってのことでもありますが、アメリカの思考方法の柔軟さは今でも見習うべきところがあります。

 第一次湾岸戦争(イラクを第二次と呼ぶならばですが)で見せた、あの圧倒的なロジスティック能力と物量を見るにつれ、この国はやはり戦争の時になればなるほど生き生きとするんだなとあきれるばかりでした。

 閑話休題 

 今に至る日本軍兵站思想の貧しさを非難する風潮は、たしかに事実として部分的には当たってはいます。旧陸大の輜重科を卒業し輜重将校になったのは、全卒業生の1パーセントにも満たないし、その中から大将までに登りつめたものもいません。それは明治維新の幾多の戦闘において、新政府側がその輜重業務を当時の地域の博徒(つまりはヤクザですね)達に任せていたことが、後々までに輜重に対しての悪いイメージを遺していったという面もあるかもしれません。

 旧日本海軍にしても輸送関係の部署を「ボロ士官の捨て所」とよんで侮蔑していましたので、この前近代的な伝統は根深いものがありました。

 しかし前述したように、軍部内部にも心ある人物はいて兵站に関する重要性を常に説いていましたし、大きな犠牲を払いながらも補給を継続しようとする意思と行動を続けていたことも事実です。しかしあまりにもその数が少なく、兵站に関しての人材不足はやはりどうしようもなく、旧日本軍の大きな欠点でした。

 それに軍内部に大きな発言力を持った、輜重畑出身の高官がいなかったことも日本にとっては不幸なことだったと思います。

 たしかに日本軍は兵站に関しては評判は良くはありませんでしたが、それは程度の差はあってもどこの国の軍隊でもそれなりに問題はありました。それでも「マレー侵攻作戦」に見られるように、兵站準備の周到さによって作戦を成功に導いた例があります。

 兵站自体の陸軍内部の立場は事実として軽んじられていましたが、それでもその兵站畑の中から将官も出ていますし、あの石原莞爾のように兵站に関しての重要度を常に周りに説いていた人物もいます。

 ではなぜ日本の兵站思想の貧しさの好例として常に挙げら...続きを読む

Qアクリルカラーとエナメルカラーの違いが分かりません。

創作意欲が急にわきまして、いい年になってプラモを真剣に作ってみようと思い立ちました。

プラモ屋さんで、TAMIYAのアクリルと、エナメルの2種類が同じ色Noであるので、違いを尋ねたところ、「同じですよ、乾き方に違いがあるくらいかな?」との返事。

えっ?そんな簡単な違いなのでしょうか?
こちらで過去の質問も拝見してみたのですが、今ひとつはっきり分かりません。

使い方をはっきり区別している方がいましたら、ぜひ両者の違いを詳しく教えてください。

Aベストアンサー

模型用の塗料は大まかに分類すると
  ラッカー系
  アクリル系
  エナメル系
の3種類があり、これさえ覚えておけばまず大丈夫です。
  ラッカー系の塗料と溶剤は、もろ
    シンナー臭
 がするヤツです。(Mrカラーが代表的ですね)
  アクリル系の塗料と溶剤は、
    アルコール臭
 のするヤツで、乾燥前なら水でも溶くことはできます。
  エナメル系の塗料と溶剤は、
    灯油臭
 のするヤツです。
塗料の乾燥時間は
  ラッカー系>アクリル系>エナメル系
の順に早く、作業性に差が出ますが、乾燥の遅いエナメル系はその分、筆ムラがでにくく、また細かいところの塗装にも向いています。
塗膜の強さについても、やはり
  ラッカー系>アクリル系>エナメル系
の順で、ラッカー系の上からアクリル系やエナメル系の塗料を塗っても下に塗った色が溶け出したりして混ざったりしません。
しかし、この順番を逆にやると当然下地に塗った塗料が溶け出して混ざってしまうということになります。
アクリル系とエナメル系の2種類で考えられているのであれば、アクリル系で全体の基本塗装をされて、細かいところもアクリルで行くか、それともエナメルで行くか考えるのが良いかと思います。
ちなみに溶剤は専用の溶剤を使うのが一番なのでしょうが、アクリル塗料はラッカーシンナーで溶くと乾燥が早くなり塗料ののびも良いようです。
いろいろと試されてみれば、自分に合った塗料や塗装方法が身に付きますし、気がついたらこの3種類の塗料を使いこなされていると思いますので、先ずは楽しんで塗装してみてください。
なお、缶スプレー式の塗料はラッカー系が主です。
(換気には気をつけて♪)

模型用の塗料は大まかに分類すると
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    アルコール臭
 のするヤツで、乾燥前なら水でも溶くことはできます。
  エナメル系の塗料と溶剤は、
    灯油臭
 のするヤツです。
塗料の乾燥時間は
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の順...続きを読む

Q砂糖でエンジンが壊れるの?

私の友人が、ガソリンスタンドで仕事をしているのですが
その友人が言うには、ガソリンタンクの中に角砂糖を入れると
エンジンが壊れるそうなのですが、どういう理由で壊れるのかは
知らないそうです。スタンドの中では常識らしいのですが、なぜ
壊れるのか、本当に壊れれるのか、どのようにして壊れるのか
ご存知の方、教えてください。

Aベストアンサー

何日か見ておりましたが、実際にはなかなか見る機会が無いようですね。私も一回だけ修理しました。
カナダ在住メカニックです。
その車はエンジンがかから無いと言うご用命でした。
色々見て、どうやら燃料が来てませんでした。
ポンプはタンク内蔵なので、ポンプはずしてみると、
何かポンプ周りに結晶のようにびっしりと付いてます。真冬だったので、タンク内の水分が凍るとこうなるのかな?・・・って思っていたら、いつまでたっても溶けません・・・あれ?もしや・・・って思い、
ガソリンが付いてない部分の結晶をほんの少しなめると・・・甘い!!!
タンク内には思いっきり砂糖が入っていました。
ガソリン内にドローーって大量に砂糖が・・・
多分1~2キロぐらい入ってました。
インジェクターを見てみると噴射口にも少し結晶状についてました。
ただ、シリンダー内部やバルブに飴状にベッタリかと思ったらそれは全然無かったです。

ポンプとインジェクターを交換し、タンクとパイプすべてを水で洗い、乾燥させ組みなおしたら、正常に動きました。
ということで。一回限りの経験ですが、
エンジン自体は壊れない(壊れなかった)けど
壊れる前に始動できなくなる、ということでした。

思わず舐めちゃったけど、毒物劇物じゃなくって
本当によかった^^

何日か見ておりましたが、実際にはなかなか見る機会が無いようですね。私も一回だけ修理しました。
カナダ在住メカニックです。
その車はエンジンがかから無いと言うご用命でした。
色々見て、どうやら燃料が来てませんでした。
ポンプはタンク内蔵なので、ポンプはずしてみると、
何かポンプ周りに結晶のようにびっしりと付いてます。真冬だったので、タンク内の水分が凍るとこうなるのかな?・・・って思っていたら、いつまでたっても溶けません・・・あれ?もしや・・・って思い、
ガソリンが付いてない...続きを読む

Q軽自動車(軽バン)で本当に良いのは?

最近、軽のバン(中古)を探しているのですが、店によって「良いと言う車が違う」ので困っています。
広さや積載能力等は 一目瞭然なので、私でもサンバーか、ミニキャブというのは分かるのですが、走行性能に関しては、見ただけでは分かりません。
そこで店の人に、「実際に、走行性能で優れているのは、どれですか?」と聞くと、店によって返答がバラバラでビックリしてしまいました。
また、「乗り心地の良いのは?」という問いに関しても、返答がバラバラなので、これまたビックリしてしまいました。
乗り心地に関しては、「人によって違うので・・・。」というマニュアル通りの返事は、ある意味理解できるのですが、走行性能に関しては、ハッキリとした答えがあるんじゃないかと思っています。
どなたか、「走行性能はこのバン!」、「乗り心地はこのバン!」と気持ちよく答える事ができる、スゴイ方って居られませんか??

Aベストアンサー

現行モデルで言います。

走行性能はアクティ。なぜなら低グレードのバンでもスタビライザーが標準装備です。スタビのおかげで低重心のトラックより安定しているくらいです。更に途中からタコメーターも付いてます。
ついでに運転席の下がスッキリしているので、リヤシートにピローとシートベルトを追加すれば大人4人がそこそこ快適に移動でき、ワゴン代わりにもなります。バンとしてもワゴン代わりとしてもレベル高いです。普通は新車でオーダーする時にしか付けられないのですが、アクティは中古で買っても後付けできるというのは大きなポイントです。
更に2WDならリヤミッドシップエンジンにより、駆動輪にトラクションがかかりやすいとうのもメリットです。
助手席まで折りたためるのでスペックよりも荷物が積めます。

欠点はタイヤが8PRと普通より丈夫な物がついてくるので、規定どおり空気を入れるとかなりポンポン跳ねます(重量物を積まなければ250kPaくらいでちょうどなんですが)
また、車検でも基本的に高価な8PRタイヤを買わなければいけません。(6PRでも通してくれる軽自動車協会や民間車検場が多いですが)
リヤサスも現在クラス唯一の板バネです。

乗り心地は何をもってして「良い」というかは難しいので、人それぞれではないかと思います。
私はこの手のワゴンで乗り心地優先設定されている車はフワフワで運転が怖く、それよりは多少ピョコピョコでもサスがしっかりしている方が安心して乗れます。

乗り心地と走りは相反する要素になりがちですが、両立させたいならダンパーを交換するという手もありますよ。アクティならバモスの標準車高用として出ているものが使えるはずです。

あと、マニュアルならターボなしでもそこそこ走るのですが、オートマが希望であればターボ付きの方が良いと思います。するとバンではハイゼットカーゴのクルーズターボか、エブリイのジョインターボとなります。
但し燃費はかなり悪くなるので覚悟が必要です。
(マニュアルNAの4WDで最高18km/lが出ました。最悪の状況でも10切ったことはありません。これがターボオートマだとチョイ乗りで10切るケースが多いです)

もうひとつ、アセスメントの結果を見てください。
足元が広いということは事故時のリスクとトレードオフです。好結果を出している車は設計が新しい車でもありますが…。
一つ前のアトレーもあまり良い結果ではありませんでしたが、それでもフルキャブとはかなり開きがあります。

参考URL:http://www.nasva.go.jp/mamoru/car/search/kekka_car_kei_3.html

現行モデルで言います。

走行性能はアクティ。なぜなら低グレードのバンでもスタビライザーが標準装備です。スタビのおかげで低重心のトラックより安定しているくらいです。更に途中からタコメーターも付いてます。
ついでに運転席の下がスッキリしているので、リヤシートにピローとシートベルトを追加すれば大人4人がそこそこ快適に移動でき、ワゴン代わりにもなります。バンとしてもワゴン代わりとしてもレベル高いです。普通は新車でオーダーする時にしか付けられないのですが、アクティは中古で買っても後...続きを読む

Qもし現代人が江戸時代で1ヶ月生活するとしたら、何で困るでしょうか?

空想の話で恐縮です。

時代小説を読んでいて時々思うのですが、もし今の日本人がタイムマシンか何かで数百年前の江戸時代に戻り、そこで1ヶ月ほど当時の一般庶民の家に滞在するとしたら、何で困ると思われますか? あるいは何も困る事はないでしょうか?

例えば食事。 衛生状態は今ほど清潔ではなかったはず。 もしかして最初の食事で腹痛や下痢をおこし、ギブアップになるでしょうか? それとか味付け。 現代人の口に合うでしょうか? 我慢しないで1ヶ月食べ続ける事に何も問題ないでしょうか? それとか、今のように肉食はそんなにしなかったはず。 せいぜい鳥や兎の肉くらいでしょうか? あと、お酒もそうですね。 現代人に飲めますか?

匂い。 どうでしょうか? 当時の家の中や、町全体、一体どんな匂いがしていたでしょうか? そして1ヶ月間、現代人に耐えられるでしょうか?

風呂。 現代人が躊躇なく当時の銭湯に入れますか? 当時は毎日入っていたんでしょうか?

トイレ。 現代人に当時のトイレで大・小できるでしょうか? 特に女性の場合。

人によって感じ方が違うと思いますが、上に挙げた以外で 「1ヶ月滞在するとしたら、おそらく大多数の現代人にはこれが苦痛だろう、あるいは無理だろう」 と考えられるのは、どんなものでしょうか?

空想の話で恐縮です。

時代小説を読んでいて時々思うのですが、もし今の日本人がタイムマシンか何かで数百年前の江戸時代に戻り、そこで1ヶ月ほど当時の一般庶民の家に滞在するとしたら、何で困ると思われますか? あるいは何も困る事はないでしょうか?

例えば食事。 衛生状態は今ほど清潔ではなかったはず。 もしかして最初の食事で腹痛や下痢をおこし、ギブアップになるでしょうか? それとか味付け。 現代人の口に合うでしょうか? 我慢しないで1ヶ月食べ続ける事に何も問題ないでしょうか? ...続きを読む

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 下級武士のご新造さんの一日(朝のみ)。
(1)最初にご新造が起床、用便を済ませます。汲み取り便所だから臭いですね。蛆が湧いています。ハエが便所に限らず、そこいらじゅうブンブン飛び回っています。しゃがんでウンコ・オシッコするのはきついですぞ。
(2)次に井戸端で洗顔します。釣る瓶で水をくみ上げて、その水で洗顔、大体は外の吹きさらしですから、これからの季節は寒いですぞ。
(3)朝食の準備にかかります。井戸端で味噌汁の実にする大根を洗い、米を研ぎます。台所の水がめに水を張ります。ブリキのバケツではなく、木の桶で運びますから重たい。道具は何でも重たくて大変。飯炊きの釜や薬缶もアルミ製のものはありません。みんな鉄か瀬戸物です。
(4)カマドに火を着けます。火打ち石でやります。なかなか火が着かず難しいです。火吹き竹で空気を送り込んでやっと景気よく燃え出しました。飯を炊きます。一人当たり三匹の目刺をあぶります。
(5)雨戸を開けます。障子はみな紙です。ガラスではありませんので、吹き降りの日だと雨戸を閉めないといけません。昼間でも暗いです。
(6)家族そろって朝食。
(7)食器などを洗います。油の着いた食器を洗うのは大変です。ママレモンはありませんのでギトギトがなかなか取れません。水道の水でジャージャーやるわけのもいきません。
(8)井戸端で盥で洗濯します。これも大変です。

・・・女性は大変でしょう。田舎の明治生まれの女は、以上のようなことをやっていました。江戸時代とそんなに変わりません。電気(裸電球)とマッチだけが江戸時代よりマシなだけです。

>「1ヶ月滞在するとしたら、おそらく大多数の現代人にはこれが苦痛だろう、あるいは無理だろう」 と考えられるのは、どんなものでしょうか?
・・・夏場の暑いときに一ヶ月滞在すれば、参るでしょう。
・網戸がないので蚊に食われる。
・ハエがブンブン飛び回る。食卓の食べ物にハエがたかる。
・冷房や扇風機がないので暑い。雨の日は雨戸を閉めるのでこれも暑い。
・便所が臭く、人の体も臭い。
 夏場でいいことは、行水などで女性の裸を見る機会が多いことくらいかな。

 下級武士のご新造さんの一日(朝のみ)。
(1)最初にご新造が起床、用便を済ませます。汲み取り便所だから臭いですね。蛆が湧いています。ハエが便所に限らず、そこいらじゅうブンブン飛び回っています。しゃがんでウンコ・オシッコするのはきついですぞ。
(2)次に井戸端で洗顔します。釣る瓶で水をくみ上げて、その水で洗顔、大体は外の吹きさらしですから、これからの季節は寒いですぞ。
(3)朝食の準備にかかります。井戸端で味噌汁の実にする大根を洗い、米を研ぎます。台所の水がめに水を張ります。ブリキ...続きを読む

Q「以降」ってその日も含めますか

10以上だったら10も含める。10未満だったら10は含めない。では10以降は10を含めるのでしょうか?含めないのでしょうか?例えば10日以降にお越しくださいという文があるとします。これは10日も含めるのか、もしくは11日目からのどちらをさしているんでしょうか?自分は10日も含めると思い、今までずっとそのような意味で使ってきましたが実際はどうなんでしょうか?辞書を引いてものってないので疑問に思ってしまいました。

Aベストアンサー

「以」がつけば、以上でも以降でもその時も含みます。

しかし!間違えている人もいるので、きちんと確認したほうがいいです。これって小学校の時に習い以後の教育で多々使われているんすが、小学校以後の勉強をちゃんとしていない人がそのまま勘違いしている場合があります。あ、今の「以後」も当然小学校の時のことも含まれています。

私もにた様な経験があります。美容師さんに「木曜以降でしたらいつでも」といわれたので、じゃあ木曜に。といったら「だから、木曜以降って!聞いてました?木曜は駄目なんですよぉ(怒)。と言われたことがあります。しつこく言いますが、念のため、確認したほうがいいですよ。

「以上以下」と「以外」の説明について他の方が質問していたので、ご覧ください。
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?qid=643134


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