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武士が外出するときは、必ず供が付いたのですか。
私用の外出ときなどは、どうだったのでしょうか。

A 回答 (2件)

武士といっても将軍・大名から足軽・武家奉公人までいろいろとありますが、将軍・大名はさておき、いわゆる鑓一筋といわれるひとかどの武士なら私用であろうと公用であろうと供を連れるのが当然でした。


供は最低の百石クラスでも槍持、中間の二人はつれており、もっと家格が上がればそれなりに人数も増え、五百石クラスでは若党2人のほか七人くらいはいります。
これは役についていて登城する場合などで、私用外出ならばもっと省略することもありました。
百石以下となると、もっと簡略になり中間ひとりという場合もあります。
ただ、ひとかどの武士なら一人で外出することはなく、本人が店に買物に強硬に値切り交渉をしたら「仕方ない、主人の名前を言えばまけてやる」といわれてすごすご引き下がったという話もあります。
もっと低い足軽クラスでは役にもよりますが、もちろん供などはいないのが普通でした。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
別の疑問も湧いてきたので、新たに質問させていただきます。

お礼日時:2005/10/12 22:18

補足しておきますと、幕臣の場合、小普請(無役)の旗本や御家人は毎月3回組頭や小普請支配に挨拶に行き役への推薦などを依頼することになっていましたが、この場合は供を連れて行かなければなりませんでしたが、家臣などおらないので口入屋から借りましたがそう頻繁には費用もバカにならないというので、病気と称して挨拶に行かないという場合もよくあったようです。


そのため、ますます役につけず悪循環に陥る旗本・御家人も多かったようです。
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