こんばんわ。
漠然とした質問で申し訳ないのですが、、、。
18世紀頃からのヨーロッパの国々が行っていた植民地支配には各国それぞれ何か特徴があったのでしょうか。その中でもフランスの植民地支配の特徴がありましたら教えて下さい><。
お忙しい中すいません!!時間に余裕のある方是非回答お願いします!!

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A 回答 (3件)

フランスの植民地支配の特徴は、「同化主義」と言われるものですね。

「フランス語に体表されるような、フランス文化を受容した者には、フランス人とほぼ同等の権利を認める」(それにより、フランスへの同化を進める、というか強制する。)というものです。
一方、イギリスは、同化主義に対応するような言葉をド忘れしてしまったのですが、文化的な同一化はあまり求めず、既存の文化・社会組織を維持したまま、それを利用するような方向で進みました。

以前の私の回答にもすこしふれていますので、宜しかったら参考にしてください。

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=563621
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この回答へのお礼

お早い回答本当にありがとうございます!!
大変参考になりました!!

お礼日時:2006/01/10 23:34

イギリスのように土地を奪って、その地に居着くというケースが少ないようです。


先日、コンゴ共和国の方と接する機会に恵まれ、聞いたのですが、「フランスは資源を奪ったけど、土地は奪わなかった」と言っていました。だから、フランスに対する恨みはさほど大きくなく、むしろフランスから学ぼうという気持ちが強いようでした。
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昔学校で習ったのですが、一言で言うと


 イギリス:美味しいところ(交通の要衝ジブラルタルやスエズ、資源の豊富なインド、あとアメリカも)を支配してた
 フランス:出遅れてあまり良くないところ(たとえばサハラ砂漠など)を支配。ただし面積は広かった
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この回答へのお礼

分かりやすい回答本当にありがとうございました!
助かりました><。参考にさせていただきます!!

お礼日時:2006/01/10 23:35

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QPower書院プラチナパックを入手したい。

シャープのワープロソフトPower書院のユーザーでした。多くの文書・表を保存していましたが、WindowsXP対応のPower書院プラチナパックを購入しないまま発売中止になってしまったために、パソコンをWindowsXPにバージョンアップすることができず困っています。発売中止になってしまったPower書院プラチナパックをどこかで入手できるでしょうか?よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

NO.1064983と同じ質問ではないですか。そちらも生きてますが。
Power書院プラチナパックでWEB照会すれば数十件出てきますし、照会先電話も載ってました。特定のソフトに付いては、該当ユザーがOKWEB回答者におれば良いですが、
ワープロ使用者層と違うような気がします。
製造元に中止になっても、在庫がないか照会されたのでしょうか。

Qなぜ19世紀日本は植民地支配されなかったのか?

題の通りなんですが、なぜ19世紀日本は植民地支配されなかったのでしょうか?

植民地支配されてもおかしくない状況であったのに欧米が進出してこなかったのにはどんな理由があるのでしょうか?

どんな意見でもかまいませんので回答していただけると光栄です。

Aベストアンサー

とにかくヨーロッパから遠かった。
欧州各国は手近な順でアメリカ→アフリカ→中近東→南アジア→東南アジアと植民地化してきたゆえに、極東の島国は一番最後になった。
19世紀前半から中盤は欧米でゴタゴタが多く、各国とも勢力拡大に力が入っていなかった。(南北戦争、ボーア戦争、クリミア戦争、フランス第2帝政...etc)
また、隣国に中国と言う”おいしい”土地があるので、あまり日本が目に入らなかった。

植民地化の取っ掛りには、キリスト教の布教が使われるが、日本では禁教されていたため侵入がむずかしかった。
仏教、神道がの生活の隅々まで行きわたる一方、当時の日本人は宗教の”まやかし”の部分もちゃんと理解していた。

当時、日本の文明のレベル(特に底辺のレベル)が高く、西欧文明を日本流に取り入れることに成功した。
実は、他の植民地となった国々はこれが出来ず、欧米人の思うようにコントロールされてしまっている。
例えば、日本人はヨーロッパ人以上の識字率を誇っていた。
一部のインテリが欧米を見て知識を得ると、すぐに翻訳したり本を書いたりして、
それを印刷(江戸時代からの木版印刷、貸本屋のインフラがあった)し、あっという間に全国民に広めた。
寺子屋の伝統があったので国民皆教育の立ち上げも早かった。
市場経済のインフラもすでにあったので、欧米の商人と対等に渡りあえた。

明治維新が驚異的に早く終結した。
たいていの国々は封建制→中央集権制の変換に100年はかかり、
この間に国土は荒れ、富も消耗し、人材は消失し、国民の間に憎悪だけが蓄積する。
この間に先進国にいろいろな利権を奪われる。
これが最小限で済んでしまった。
また、幕府側も新政府側もそのことを熟知しており、さっさと手締めした。

とにかくヨーロッパから遠かった。
欧州各国は手近な順でアメリカ→アフリカ→中近東→南アジア→東南アジアと植民地化してきたゆえに、極東の島国は一番最後になった。
19世紀前半から中盤は欧米でゴタゴタが多く、各国とも勢力拡大に力が入っていなかった。(南北戦争、ボーア戦争、クリミア戦争、フランス第2帝政...etc)
また、隣国に中国と言う”おいしい”土地があるので、あまり日本が目に入らなかった。

植民地化の取っ掛りには、キリスト教の布教が使われるが、日本では禁教されていたため侵入がむずかし...続きを読む

Q90年代の書院→XPパソコン

95年頃のモデルの書院(SHARPのワープロ)のなかの
テキスト変換機能を用いて
書院で作成した文章をXPパソコンで読み出そうとしていますが、うまくいきません。
そもそもこういうことは出来るのでしょうか?
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そこの中に、書院の機能で、MSDODファイルとして書き込む。
それをXPパソコンで読み取る。


そうすると、『フォーマットされていません』という警告がXP上で出ます。

Aベストアンサー

 一般に95年ごろのワープロ専用機のFDDだと、2HDフロッピーの場合MSDOSフォーマットは、1.25MBフォーマットになってると思われます。
 今の一般的なPCは、1.44MBなので、1.25MBのフロッピーは読めないので「フォーマットされていません」というメッセージが出ていると思います。
2DDのフロッピーは、ワープロも今のPCも対応しているので、2DDのフロッピーを使えばPCでも読めるはずです。

Qアフリカの植民地政策とアジアの植民地政策の違いは?

アフリカのほとんどはイギリス、フランスが植民地にしていますが、この両国はどのようにアフリカを植民地支配して行ったのですか?武力で圧倒したのですか?また、アジアもアフリカと同様、ほとんどが白人の支配下に置かれましたが、アフリカ植民地化と同じように行われましたか? やっぱり有色人種ってだめだったんだなあと思っています。

Aベストアンサー

支配する側の心は何も変わっておらず、本質的な違いは何もない・・・と捉えるべきだと思います。
やり方が変わったというか、進歩したという見方が正しいと思います。

 白人の植民地に対する非人道的な身の毛もよだつような残虐行為は、我々日本人やアジア人の普通の人には到底理解できないと思います。
 彼らは、最初は現地人を皆殺しにして欲しいものを全て奪い去っていますが、それでは永続的に奪い続けることができないことに気づいて、現地の人間を奴隷化して奪い続けます。しかし、これだと現地に駐在した本国人が現地人の恨みを買って、現地人の反逆などによって殺されることが増えたため、当初は締め付けを厳しくしていましたがそれでも抑えることができず・・・。
 ここにきて、狡猾なイギリス・フランスは本国人が恨まれることなく、永続的に収奪しつづける手法を思いつきます。それは、現地人のなかで支配階級(民族)と被支配階級(民族)を作り、現地人どおしで恨み争い続ける仕組みをつくることです。そして、被支配階級には一切教育を受けさせず被支配階級が反逆する芽を摘み取っています。

 今の世界の大きな問題の多くは、イギリス・フランスを中心とした白人が創り出していますが、彼らの子孫は過去の国家的犯罪行為に対して謝罪することもなく、深く反省することもありません。

何故?
多くの日本人には理解できないことだと思います。

理由は簡単です。それは彼らが信奉する宗教にあります。
彼らの心は、昔も今も全く変わっていません。
懺悔すれば、過去の行為は全て許されるので、反省できない構造になっています。

 それに対して我々アジア人は、ヨーローッパの過酷な気象環境とは比べられないぐらい豊かな環境の中で生きているため、心がとてもまともです。頭脳は教育によっていくらでも高められます。
 日本も過去に植民地政策を推し進めており、そのことによって多くの現地人を苦しめた事実については反省しなければならないと思いますが、日本の植民地政策はイギリス・フランスのそれとは全く違っていたということだけは、我々子孫の義務としてキチンと知る必要があると思います。

 「大東亜共栄圏」とは、その言葉どおりで日本人と同等にしたかったのです。
そのため、現地のインフラ整備や現地のすべての子供たちに対する教育に力を入れています。

 この思想にも欠陥があり、やり方も間違っていたと思いますが、上記のような祖先の崇高な思いだけは引き継いでいく義務があると思います。

支配する側の心は何も変わっておらず、本質的な違いは何もない・・・と捉えるべきだと思います。
やり方が変わったというか、進歩したという見方が正しいと思います。

 白人の植民地に対する非人道的な身の毛もよだつような残虐行為は、我々日本人やアジア人の普通の人には到底理解できないと思います。
 彼らは、最初は現地人を皆殺しにして欲しいものを全て奪い去っていますが、それでは永続的に奪い続けることができないことに気づいて、現地の人間を奴隷化して奪い続けます。しかし、これだと現地に駐在し...続きを読む

Qpower書院のカルクをPCへ持ってきたい。

Power書院プラチナパックは、もう販売していません。ページを検索したのですが、在庫のある所も見つけられません。Power書院があれば、カルクが、SYLKへ移行できるようです。ヤフオクにも出品なし。何か良い方法ないでしょうか?

Aベストアンサー

的外れでしたらごめんなさい。

データコンバートソフトで書院形式を他の形式に変更するというのではだめでしょうか?
・リッチテキストコンバータ
http://www.antenna.co.jp/RTC/RTC2005R2/
・コンバートスター
http://www.systemport.co.jp/product/cs16/index.html

※あちこちの掲示板にPower書院プラチナパックを探していることを書かれている人物ですよね?>bb2005さん

参考URL:http://www.antenna.co.jp/RTC/RTC2005R2/

Q世界史(近現代) 従属植民地化と半植民地化の違いについて

今、学校で世界史をやっているのですが、18世紀後半頃からの帝国主義が広まったあたりの話で、

従属植民地化

半植民地化

の違いがよく分かりません。

分かりやすい説明をよろしくお願いします。

Aベストアンサー

従属・植民地化
これは、アフリカや中東で使う言葉
半植民地化
これは、中国に関して言う言葉

従属・植民地化 なり 半植民地化 という「やり方」とかがあったわけでなく、「現在のこの状態や、過去のある時点のああいった状態を、ひと言でまとめると、どうなるかね?」という事で作られるのが「歴史的言辞」となります。なので、教科書でさらっと書いてあるほど明確ではありません。

従属・植民地化をアフリカ・中東で使うのは、エジプトのようにトルコの宗主権を取り上げて保護国化したところもあれば、南アフリカのようにイギリス人植民者がけっこうあったところなど、諸々のレベルがあるのを、強引に一つにまとめて言っちゃっているからです。

中国の場合、イギリス領香港とかいう例外はありますが、基本的には、「不割譲条約」なり、鉄道施設権なり、完全には植民地になっていない状態をまとめて「半植民地」と言っています。
※ 不割譲条約とは、福建省に関しては、日本の合意なく、他国に領土を割譲するべからずとか、揚子江流域に関しては、イギリスに合意なく、他国に領土を割譲するべからずという、「植民地予約券」みたいな条約です。

従属・植民地化
これは、アフリカや中東で使う言葉
半植民地化
これは、中国に関して言う言葉

従属・植民地化 なり 半植民地化 という「やり方」とかがあったわけでなく、「現在のこの状態や、過去のある時点のああいった状態を、ひと言でまとめると、どうなるかね?」という事で作られるのが「歴史的言辞」となります。なので、教科書でさらっと書いてあるほど明確ではありません。

従属・植民地化をアフリカ・中東で使うのは、エジプトのようにトルコの宗主権を取り上げて保護国化したところもあれ...続きを読む

Q書院造と西洋建築、近代建築について

書院造と西洋建築、近代建築を比較してどのような点が違うのか具体的に教えてください
また、書院造は日本的であるがなぜそうなのかも教えてください

Aベストアンサー

 根本的な違いは、家に自然を取り入れるもしくは家ごと自然の中に居るのが日本建築。

 自然を排除して、自然と人間の支配領域を截然と区別するのが、西洋建築だと思っています。


 日本人にとっての家は、夏を旨とするべきもので、冬はどんな格好をしても住むことができるもの(兼好法師)。

 そのような文化的背景からして、日本建築は元来木造であり、引き戸であけっぴろげであり、明かりは障子戸を通して取り入れ、池や築山などとともに、自然の一部としておかしくないように建てられます。

 庭は、自然の池や海をイメージした不定形なもので、樹木は、自然の中の年数などを誇張はしていても、あり得ない形にはならない。

 その典型が書院造りですね。

 それに対して、西洋建築は自然を排除します。

 ガッチリと窓にはガラスが入っていて風を拒絶し、扉はドアで基本的に閉まる物だったりしますし、家は角張っていて、材料は石材など硬い物を使用します。

 付属する庭は、カクカクしたシンメトリーな形状。あんな形状は自然の中にはありえず、人間による「自然支配」の象徴です。


 質問者さんの言われる近代建築というのがナニを指すのか、いまいちわかりませんが、私にいわせると、複数の日本の有名建築家などが設計した建物、その環境のような、自然と人間の(一体化ではなく)調和した建築が「近代建築」と呼ぶに値すると思います。

 自然と人間、別な物は別なんだけど、一緒に仲良く存在します、的な、和風と西洋建築の良さを取り入れたようなもの。

 だれのどこの建築がいいか、ちょっと名前が出てきませんが、何度か「これぞ近代建築」というふうに思ったことがありますね。


> 書院造は日本的であるがなぜそうなのか

 一つにはハッキリした四季があることと、もう一つは八百万の神々への信仰が原因ではないかと思います。

 季節の移り変わりは美しいから、当然、それを眺めたい、壊したくないという気持ちになりますし、シンメトリーなものは自然にはありえないのに、あえてそのようなものを作るような、畏れ多いことはできないし、すべきでない。

 寺院なども、中国や朝鮮半島などのような、伽藍(建物)と塔を左右対称に作ったのは最初だけ。すぐ、片方にだけ塔を建てるようなアシンメトリーな形状に行き着きました。

 陶器などの好みも同様で、朝鮮の陶工などがキッチリとできあがった作品を王家から求められたのに反して、日本ではいびつな、一見失敗作のようなものが好まれたのもまた同じ。

 完璧な形なんて自然にはありえない!あってはならない!

 それらの思いを追求し、追究し、突き詰めたところあるのが、書院造りではないでしょうか。
 

 根本的な違いは、家に自然を取り入れるもしくは家ごと自然の中に居るのが日本建築。

 自然を排除して、自然と人間の支配領域を截然と区別するのが、西洋建築だと思っています。


 日本人にとっての家は、夏を旨とするべきもので、冬はどんな格好をしても住むことができるもの(兼好法師)。

 そのような文化的背景からして、日本建築は元来木造であり、引き戸であけっぴろげであり、明かりは障子戸を通して取り入れ、池や築山などとともに、自然の一部としておかしくないように建てられます。

 庭は、自...続きを読む

Qキリスト教と植民地支配

過去の歴史をみるとアジアやアフリカにヨーロッパのキリスト教の宣教師が最初やってきてその後に植民地支配がはじまるとありますがわからないのはどうしてキリスト教の布教をしてから植民地支配がはじまるのでしょうか?別にキリスト教を布教をしなくてもいきなり侵略できるのにしなかったのでしょうか?

Aベストアンサー

質問者の方は、「ヨーロッパ諸国は、キリスト教の布教の後に軍隊を送り、植民地にした」と言われていますが、宣教師などを送り込んだのは、カトリック諸国(スペイン、ポルトガル)であって、ブロテスタント諸国は行っておりません。

これは、当時のカトリックとプロテスタントとの宗教のおかれた状況の違いです。

当時のユーロッパでは、宗教改革の真っ只中で、カトリックは、ヨーロッパにおいて、その勢力を大幅に失いました。
それに対し、カトリック側は、イエズス会を中心として、反宗教改革を行います。
その一巻が、海外への布教活動でした。

ポルトガルの場合、まず交易船が現地に行き、現地の確認をすると、イエズス会の宣教師が向かいます。
その場所が、ポルトガルにとって有益な地と判断された場合、そこに拠点を造ります。
この場合、武力によるか、平和的に行うかは、相手しだいです。
ポルトガルの場合は、人口も100万人程度と少ないため、むやみに植民地を拡大せず、あくまで拠点支配にとどまります。
イントではゴア、中国ではマカオ、アフリカのモザンビークなど。

スペインの場合、コンキスタドールなどが、自分たちで勝手に金銀を奪い取るため軍隊を送り、その地を征服してしまいます。
スペイン王室は、その内の一定割合を王室に収める事を条件に、侵略を容認します。
そのため、スペインの植民地は、鉱産資源の豊かな場所がほとんどで、鉱産資源の無い場所や、交易に利点となる場所で無い限り、積極的に殖民を行っていません。
フィリピンの場合、フィリピンは、当時スペインの植民地だったメキシコの植民地で、中国とメキシコの航路確保のために占領しました。
スペイン軍にしても、軍勢は、コンキスタドールの私兵ですから、数百人が限度で、相手がチョットした勢力であれば、占領は不可能でした。

スペインが滅ぼした大きな勢力として、アスティカとインカがありますが、アスティカの場合、スペイン軍というよりも、反アスティカ部族(トルティカ族など)をスペイン軍が結集させ、アスティカを包囲し攻略しています。

インカにしても、当時インカ帝国では、アタワルパとルスカルが、皇位をめぐって戦争中で、ピサロとアタワルパが結び、ルスカルを倒して、インカ帝国に取り入ります。
その後アタワルパを捉え、インカを乗っ取ります。
インカでは、皇帝に権力が集中していたため、皇帝の名代として命令するピサロに反抗できず、のっとられてしまいます。

スペインにしろポルトガルにしろ、まともな国家を占領するだけの力は、当時ありませんでした。
それらを行うのは、イギリス・フランス、オランダといった諸国で、これら諸国は、キリスト教の布教には熱心ではなかったため、質問者のご質問のような事き有りませんでした。
(フランスの場合、カトリックが優位にたっているため、イエズス会などの布教が有りますが、これは占領されてからの話しです。

質問者の方は、「ヨーロッパ諸国は、キリスト教の布教の後に軍隊を送り、植民地にした」と言われていますが、宣教師などを送り込んだのは、カトリック諸国(スペイン、ポルトガル)であって、ブロテスタント諸国は行っておりません。

これは、当時のカトリックとプロテスタントとの宗教のおかれた状況の違いです。

当時のユーロッパでは、宗教改革の真っ只中で、カトリックは、ヨーロッパにおいて、その勢力を大幅に失いました。
それに対し、カトリック側は、イエズス会を中心として、反宗教改革を行いま...続きを読む

Q帝国書院の地理の教科書、気候区分の間違い?

最初にkabo-cha さん。帝国書院の間違いでした。
すいません。

ふと気になって帝国書院の地理の教科書を見てたら、温帯気候の分類がありました。
そこには
温暖湿潤気候
地中海性気候
西海岸性気候
の3つが色分けしてありました。
なのに、北陸から東北にかけての日本側は白く何もぬられてないんですよ。
帝国書院では北海道も塗られてなかったので同じ亜寒帯と思っているのでしょうか。
私と同じく変だと思った方はいないのでしょうか。

写真がないので信じててもらえるか不安です。


それと、帝国書院に苦言を言った方がいいですかね。

Aベストアンサー

たぶん図の精度が低い(小さい)のではありませんか?
世界地図の気候区分で日本だけ見ているとか。
おそらくケッペンの気候区分図が見にくくて勘違いしているかもしれません。

岐阜から青森までの山岳地帯は亜寒帯(灰色)が点在しています。
図が小さいとこれがべた塗り(細かくて色分けできない)になります。
そして亜寒帯以外の場所も灰色になります。
秋田~富山あたりまで灰色にみえたりします。

もし帝国書院の地図をお持ちなら日本の気候のところを見てみましょう。
中学生用だとケッペンの分類が載ってないかもしれませんが
高校生用ならDfaとDfbも見分けられるくらい細かく書いてあるでしょう。
もしかしたらケッペン以外の気候区分例も載ってるかもしれません。
私が今使ってるのにはケッペン以外に2つの区分図が載ってます。
用途に応じて分類の仕方も変わる。
地図が何種類かあるのと同じですね。

ちなみに「日本、ケッペン、気候区分」で検索するとケッペンの分類の修正をあつかった
論文が見つかると思います。
外国の分類では日本の気候の分析が不十分なので見直し作業をしてるんですね。
将来教科書の区分図が変わるかもしれません。

それにしても質問が高度ですね。
大学受験でもここまで細かいことはなかなか調べられませんけど。
勉強頑張って下さい。

たぶん図の精度が低い(小さい)のではありませんか?
世界地図の気候区分で日本だけ見ているとか。
おそらくケッペンの気候区分図が見にくくて勘違いしているかもしれません。

岐阜から青森までの山岳地帯は亜寒帯(灰色)が点在しています。
図が小さいとこれがべた塗り(細かくて色分けできない)になります。
そして亜寒帯以外の場所も灰色になります。
秋田~富山あたりまで灰色にみえたりします。

もし帝国書院の地図をお持ちなら日本の気候のところを見てみましょう。
中学生用だとケッペンの分類が載っ...続きを読む

Q植民地支配から独立戦争に…。

植民地支配から独立戦争が生まれるのでしょうか?
こういう事にすごく無知な私に回答をお願いします。

Aベストアンサー

いままでの世界史の流れからすれば、植民地支配→圧政→独立戦争が流れです。例えばアメリカはイギリスからの課税に反対して開戦。インドも似たような感じですね。しかし、日本のように、植民地支配(個人的には植民地とは考えていません)をしたのに反乱の起こらなかったケースもあります。だから結局は支配した後どんな風に統治するかが大きな問題だと思います。


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