会社に、42才の独身女性部長がいて、「お局様」という席表になっています。
ところで、そのお局様っていったい何のことでしょう?
だれかの名前?役職の名前?
「春日の局」とかよくあった、「局」のことように思えるのですが、だれか特定の人がいたんでしょうか?
意味は高齢の独身女性のことをさしているように思いますが、そういった内容の言葉にあてはまるモデル人物がいたんでしょうか?
どうでしょう?だれか教えて下さい。

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A 回答 (4件)

 


  「局(つぼね)」というのは、平安時代の宮中で、建物のなかで、一応独立した部屋になっていて、宮中に仕える女官や女房が、相部屋としてここで起居していました。「局主(つぼねあるじ」はこの「局」の女官たちのなかの代表者ですが、「局」だけで、局に起居する女官のことも意味します。相部屋ではあるのですが(個室の場合もあります。一人しかその部屋にいない場合は、個室状態です)、宮中内部に独立の部屋を与えられ、局に暮らしているということは、それだけで女官の地位が非常に高かったことを意味するのです。
 
  元々は、このような意味で、局は、「局を賜る」というような言い方をし、それだけで名誉なことであった訳で、局を持つ女官、つまり、「局(人のこと)」は、高級女官ということになります。ここから、高級女官の敬称・尊称ともなります。
 
  また、「御局(おつぼね)」は、「局(個室)を賜った女官」の意味で、局を更に敬称で述べたものです。そして、この言葉は、江戸時代には、「個室を持っていた奥女中」のことになります。武家に使える「女中」は、「奥女中」と、その下の表にいる平の女中というか、下女に分かれますが、奥女中は、主人一家の身の回りの世話をし、奥女中のなかでも、格の高い者が、個室を与えられ、奥女中を束ねる役割をしたと言うことで(これを、お局様と言い、その個室が局です)、江戸城内の大奥でも、女官に色々な階級がありましたが、「御局」と呼ばれ、個室を持つ女官は、大奥の指導的・監督的地位にあったもので、大奥でも役職にあった者だと言えます。
 
  「お局様」というのは、別の春日局だけがそうだったのではなく、一般の奥女中には、やはり恐ろしいものだったのです。優しい気だてのお局様もいたでしょうが、一応、監督の権力を持っていたからです。
 
  江戸城大奥では、「何の局様」と「何の局様」の勢力争いは、日常茶飯事だったとも言えます。
 
  平安時代には、御局様でも結婚して男のいる人もいましたし、多分、江戸時代でも、普通の武家の奥の御局は、結婚していたかも知れません。しかし、江戸城大奥は、男子禁制ですし、そういう場所を監督する御局様は、独身でなかったとしても、男子との接触は断ったともいえます。そうでないと、他の大奥の女中たちに示しが付かないですし、大奥の女中たちは、何時将軍の手が付くか分からないので、基本的に処女・独身の女性を集めていましたから、独身の多数の女中の上に君臨する偉い奥女中様=御局様ということになるのでしょう。
 
  春日の局は、家光の乳母ですから、当然結婚しているのであり、子どももいる訳です(でないと、乳母にはなれません)。しかし、江戸城大奥で、お局様として君臨すると、男子禁制ですから、独身のような姿になる訳です。
 
  「お局様」とは、広い意味で、役職付き奥女中の敬称だと言えます。
 
  それを、現代にも当てはめているのです。春日の局は、江戸城大奥のお局様の一つのモデルで、ずっと歴代大奥には、お局様の大奥権力者がいて、互いに勢力争いし、また、老中でも賄賂を贈るぐらい権力がありました。(「お局様」が現代語として使われるようになったのは、NHKがドラマで、「春日の局」を放送したのが、きっかけかも知れません。それ以前からあった言葉ですが、現代語としての用法は、最近のことでしょう)。
 
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この回答へのお礼

詳しくありがとうございました。
めちゃくちゃ嬉しいです。
ただ単に年をとっているだけの女性ではなく、ちゃんとそれなりに位もあったんですね。ありがとうございました。

お礼日時:2002/01/25 12:02

「局(つぼね)」とは、昔宮中や公卿、将軍家などに仕え、重要な地位にあった女性を敬って言った言葉です。


ですから、中にはその地位や権力を笠に着て他の女性に対して威張っていた人もいたはずです。ですから、今日でも会社などに古くから勤めている女性社員を「お局様」と言って揶揄する場合があるのです。
特に「春日局」はその代表的人物とされているので、彼女が常に引き合いに出されるのです。
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「お局さま」は大河ドラマ『春日局』が流行り、そこから社内をしきっている、口うるさい古参のOLをいうようになったようです。


春日局は、大奥(おおおく)に入り、大きな勢力をふるったことで有名です。

ですので、モデルは『春日局』ですね。

http://www.cnet-ta.ne.jp/p/pddlib/photo/yushima/ …

参考URL:http://www.asap.co.jp/isamu/Years/89.html
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その春日局から来ていたかと思いますが。

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Q大奥おすすめ

フジテレビドラマの
大奥面白いなと思って
DVDBOXを買いたいと思うんですが
『大奥』
『大奥~第1章~』
『大奥~華の乱~』
で迷っています!

どれも全話は見たことありません(・ω・`)

どれが一番オススメですか?

Aベストアンサー

はじめまして。

「大奥」
これは13代家定~15代慶喜までの話ですね。
天璋院篤姫を、菅野美穂さんが演じています。
あと皇女和宮を安達祐美さん、実成院を野際陽子さん、大奥総取締役瀧山を浅野ゆう子さんが演じています。
本当はこの時期ではなかった「江島生島事件」が登場します。

「大奥~第1章~」
2代秀忠・3代家光の頃です。
春日の局を松下由紀さん、江を高島礼子さん、お万の方を瀬戸朝香さんが演じています。
秀忠の頃からというか、春日の局が家光の乳母になる少し前から話は始まります。
第一ラウンド春日の局VS江、第二ラウンド春日の局VSお万の方といった感じですか。

「大奥~華の乱~」
5代綱吉の時代の話です。
多分、ドロドロ度まっくすかも。やけくそ?(^^;)
大奥の女君全面戦争の感があります。
御台所を藤原紀香、側室達には内山理名さん、小池栄子さん、中山忍さんが演じています。

NHKの「篤姫」を見ていらっしゃった方には、「大奥」は違和感があります。
私の姉がそうでした。
第1章が、一番違和感なく話を受け入れられるかもしれません。
基本的に大奥は女性の世界なので、ドロドロバトルありきですが、無責任に女のバトルを見たいなら、華の乱がありかもしれません。

参考になりましたでしょうか・・・(^^;)

はじめまして。

「大奥」
これは13代家定~15代慶喜までの話ですね。
天璋院篤姫を、菅野美穂さんが演じています。
あと皇女和宮を安達祐美さん、実成院を野際陽子さん、大奥総取締役瀧山を浅野ゆう子さんが演じています。
本当はこの時期ではなかった「江島生島事件」が登場します。

「大奥~第1章~」
2代秀忠・3代家光の頃です。
春日の局を松下由紀さん、江を高島礼子さん、お万の方を瀬戸朝香さんが演じています。
秀忠の頃からというか、春日の局が家光の乳母になる少し前から話は始まります。
第...続きを読む

Q神社には、神様?それとも仏様?

神社には神だけあって神様がいるのでしょうか?

Aベストアンサー

一般的に、神社には神様、寺院(お寺)には仏様ではないでしょうか。

Q下らない質問です。大奥に関するアンケート。

(1)男性へ質問。
あなたは「将軍になって大奥へ入りびたりになれたら幸せだな」と考えたことはありますか。
(2)女性へ質問。
あなたは大奥の女になりたいと考えたことはありますか。あるいは、大奥に憬れる男をどう思いますか。

(参考)大奥の女は働かなくてもいい、楽な生活が出来たみたいですよ。なお、私は男です。大奥に憬れてま~す。

Aベストアンサー

(2)女性へ質問。
あなたは大奥の女になりたいと考えたことはありますか。あるいは、大奥に憬れる男をどう思いますか。

考えたことないけど、今考えてみました。
殿が私好みのイケメンなら大奥の女になってもいいけど、殿様がバカ殿でおまけにチビデブハゲなら拷問ですね(>_<)
大奥に憧れる男ですか?ハーレムみたいですね。権力をカサに・・・アリだと思います。

Q今まで宗教は不勉強な身でした。たまたま我が家の床の間に白衣観音菩薩様が床の間にあったのと、高田好胤様

今まで宗教は不勉強な身でした。たまたま我が家の床の間に白衣観音菩薩様が床の間にあったのと、高田好胤様の観音様法話の本と浄土宗のお経があり、読んだのですが、どうも我が家が浄土宗のようでした
観無量寿経やら仏説阿弥陀を唱えさせていただくべきでしょいたか
観音様をお祭りして観音様を唱えさせていただき良いでしょうか?
不勉強でぜんぜんわかってないので、教えて下さい

Aベストアンサー

浄土宗ということであれば、本尊は舟型光背のついた阿弥陀如来立像ですね。
その如来の右の脇侍が、観音菩薩です。

高田好胤さんというと薬師寺で、薬師寺の東院堂の本尊は聖観音立像です。

この意味からすれば白衣観音でも問題はないでしょう。

浄土宗であれば、「無量寿経」「観無量寿経」「阿弥陀経」の浄土三部経ですが、阿弥陀如来立像ではなくて白衣観音ですから、「観音様をお祀りして観音様を唱える」で良いと思います。

Q大奥で御台所が大老と対面する場面

NHKの大河ドラマ「篤姫」で、御台所の篤姫が大老 井伊直弼と広間で会見する場面や茶室で二人だけで話し合う場面がありました。

大奥と言えば、上様以外の男子禁制の場所だと思いますが、大老と会見する広間や茶室は大奥の中ですか。それとも、御台所が侍のいる表に出かけるのですか。どちらも、従来の大奥の常識から見れば、不自然な感じがするのですが、会見場所や茶室が大奥の中なら表から大奥へ、会見場所や茶室が表なら大奥から表まで、どうやって行くのですか。上様が表から大奥へ渡るのは御錠口かと思うのですが、同じところを通るのですか。

Aベストアンサー

こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。

まずは、大奥の区画についてですが、大別して以下の3つになります。
(1)御殿向(ごてんむき)
将軍(公方さま)の大奥での寝所である御小座敷、御台所の居室である新御殿や御切手の間、側室や御世継以外の子女の居室、奥女中の詰所などからなっています。
※将軍のことを江戸時代は「将軍さま」とは呼ばず「公方(くぼう)さま」または「大樹(たいじゅ)さま」と呼びました。良くTVで「将軍さまのお成り~」などと叫びますが、これは、単なる視聴率を上げるための所業。
※公方さまは、通常は、中奥の「蔦の間」で寝起きをし、子作りに励まれるのですが、時には、大奥で寝起きをすることもありました。
※御切手の間とは、老中などから「許可」を受けた者が大奥へ入る時に、「通行手形(通行許可書)」を改める者の詰所です。
※奥女中の詰所に詰めるのは、「お目見え(公方さまに顔を見せられる位の役職者)」以上の者で、多くは、公方さまが大奥へ入られた時に「身の回りの世話」をする者とか御台所の「身の回りの世話」をする者たちの詰所でした。
(2)広敷向(ひろしきむき)
大奥の事務や警備等を担当する男性役人の詰所。唯一、男性の入ることのできた区画ではあるが、御殿向や長局向(ながつぼねむき)などには入れませんでした。広敷用人、御用達、広敷番、広敷伊賀者などの詰所からなる。
※広敷用人・・・大奥の御台所や上臈(じょうろう)御年寄など、大奥の上級お女中から頼まれた仕事をする。
※御用達・・・・用人の指示により、出入りの商人から買い物を調達する掛り。
※広敷番・・・・大奥女中が城外への出入りとして使う「平川門」の警護や御錠口(御殿向と広敷向との境にある扉)の警護や七つ口(長局と広敷との境の扉(朝五つ<午前8時>に開き、夕七つ<午後4時>に閉めたことから「七つ口」と呼ばれるようになった。ここは、鑑札を持った出入りの商人が商品を売りに来た場所の警護。
※広敷伊賀者・・・大奥の上級者たちがお寺参りなどに出掛ける時の「警護役」。
(3)長局向(ながつぼねむき)
大奥の御台所や上級者以外の居住区画。2階建になっており、下級お女中たちの寝所などがあった。

>>大奥と言えば、上様以外の男子禁制の場所だと思いますが、

確かに、おっしゃる通りが定説となっていますが、大老、老中、若年寄りなどの役職者は、御用がある時には、大奥に入りました。
意外と思われるかもしれませんが、前文でも述べたとおり、男性の区画もあったのです。
また、警備上の理由で月に一回は「老中見回り」、三ヶ月に一回は「御留守居見回り」があり、男子が「女の園」に入ることができました。男に飢えたお女中たちが、この時ばかりと、特別に着飾って色目をつかったが、見て見ぬ振りをすることが義務付けられていました。 

>>大老と会見する広間や茶室は大奥の中ですか。それとも、御台所が侍のいる表に出かけるのですか。

大奥にも「対面所(たいめんしょ)」という部屋があり、御台所や大奥の上級御年寄りたちが、許可された者と会見する場所がありました。これも、3つ位あり、約20畳の部屋、約10畳の部屋、約8畳の部屋とあり、用途や会見する人数などにより、部屋を決めました。
また、通常は、たとえ御台所さまでも「表向」へ行くことは「禁止」されていましたが、篤姫は、夫である家定が死んだ時、表にある「安置所」に出向いています。まあ、幕府も衰退する頃でしたので、そうした「暴挙」も許されたのでしょう。
公方さまが死んだ時は、誰かを次期将軍として「指名」していなかったような場合、幕府政治の「空白期間」ができるため、幕府は、死亡の発表を遅らせて、諸大名たちが「謀反」を起こさないようにしたりしました。

>>会見場所や茶室が大奥の中なら表から大奥へ、会見場所や茶室が表なら大奥から表まで、どうやって行くのですか。上様が表から大奥へ渡るのは御錠口かと思うのですが、同じところを通るのですか。

まず、大奥にも「茶室」はあり、御台所や上級御年寄たちの「たしなみ」の場とされました。井伊直弼は、この大奥の茶室で篤姫と会見しました。
「対面所」では、御台所などにしても、必ず、付添い人がいますので、「秘密の話」ができない。そこで、どうしても「密談」をしたい時には「茶室」を利用しました。
「表向」からは、「御錠口」を入り、「御鈴廊下」を通り、公方さまが大奥に入る時は、「上御鈴廊下」またの名を「上ノ錠口」から入りました。また、公方さまの生母へ出向く際は「下御鈴廊下」から入りました。しかし、時代により違いがあり、特に、篤姫の頃のように幕府の秩序が乱れてきた時代では、公方さま以外でも許可された者が「上ノ錠口」から入った者もいます。

(よもやま話)
大奥御女中の階級
※上臈御年寄(じょうろうおとしより)・・・御台所さまに次いで大奥での最高位で、儀式や典礼をつかさどり、京都の公家出身者が多かった。
※御年寄(おとしより)・・・大奥の事実上の権力者。奥向きの万事を差配し、表向きの老中に匹敵する。
※中年寄(ちゅうどしより)・・・勤め向きはすべて御年寄の指図に従い、代理も兼ねる。御台所さまだけに付き添った。
※御中臈(おちゅうろう)・・・公方さまや御台所さまの身の回りの世話。公方さま付きの中から側室が選ばれた。ちなみに、公方さまと一夜を共にすると、翌日からは「お手付き中臈(おてつきちゅうろう)」と呼ばれ、部屋も20畳位の個室や化粧室などが与えられ、世話をする女中もあてがわれた。ちなみに、それ以外は「お清の中臈(おきよのちゅうろう)」と呼ばれた。
※御小姓(おこしょう)・・・御台所さまのお側に給仕し、煙草やお手水の世話をした。
※御錠口(おじょうぐち)・・・表と中奥の境の「御錠口」や中奥と大奥との「上ノ錠口」に詰めて、連絡掛り。
※御坊主(おぼうず)・・・公方さま付きの雑用掛り。50歳前後の剃髪した者。
※表使(おもてつかい)・・・御年寄の指図を受けて、広敷役人と応接し大奥の一切の買い物をつかさどった。
※御次(おつぎ)・・・仏間や御膳部、御道具などをつかさどり、催事には遊芸なども披露した。
※御右筆(おゆうひつ)・・・日記や諸向きへの通達などの書状を書く者。他家への進物などの選定にもあたった。
※御切手(おきって)・・・七つ口よりの出入りの人々を改める役目。また、女中の親または親戚などが面会に来た時や御用達商人(女性に限られていた)に切手(許可書)を渡して、その用向きの部屋へ案内した。
※呉服の間詰(ごふくのまつめ)・・・公方さまや御台所さまの服装や裁縫をつかさどった。
※御三の間詰(おさんのまつめ)・・・御台所さまの居間の掃除や湯水、火鉢、煙草盆の管理をつかさどった。

ここまでが、「御目見得(おめみえ)」。
つまり、公方さまと顔を合わせても許される者たち。

※御仲居(おなかい)・・・御膳所に詰めて献立の一切の煮焼を担当。
※御火の番(おひのばん)・・・昼夜を通して各部屋を幾度となく巡回し火の元の注意をする者。
※御使番(おつかいばん)・・・御年寄などの御代参のお供や文書、進物などを受け取って御広敷に渡す役目。
※御末(おすえ)・・・もっぱらの雑用掛り、風呂や御膳所の水汲みや御三家および御三卿の御廉中(正室)の大奥登城の際には御広敷から御三の間(控え室)まで乗り物を担いだりした。「御端下(おはした)」とも呼ばれた。

以上、「上臈御年寄」から「御末」までを「直の奉公人」。その他としては、

※お犬子供(おいぬこども)・・・各部屋に5~6人配置された、まったくの雑用掛り。

などの階級制度となっていました。

あなたのお役に立てたでしょうか。

こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。

まずは、大奥の区画についてですが、大別して以下の3つになります。
(1)御殿向(ごてんむき)
将軍(公方さま)の大奥での寝所である御小座敷、御台所の居室である新御殿や御切手の間、側室や御世継以外の子女の居室、奥女中の詰所などからなっています。
※将軍のことを江戸時代は「将軍さま」とは呼ばず「公方(くぼう)さま」または「大樹(たいじゅ)さま」と呼びました。良くTVで「将軍さまのお成り~」などと叫びますが、これは、単なる視聴率を上げ...続きを読む

Qイチゴジャムの製造工程を記録したものなんですが、加糖のところで「糖はあらかじめ三等分に分けておく」ま

イチゴジャムの製造工程を記録したものなんですが、加糖のところで「糖はあらかじめ三等分に分けておく」まではいいんですが、そのあとの(焦げてしまうため)にチェックが付いてました。

糖を一気に入れると焦げてしまうから三等分に分けるんじゃないんですか??
詳しく教えてください。

Aベストアンサー

>糖を一気に入れると焦げてしまうから三等分に分けるんじゃないんですか??

まったく、おっしゃるとおりです。ただ、

糖はあらかじめ三等分に分けておく。(焦げてしまうため)

という文は、

糖は【3回に分けて入れやすいように】あらかじめ三等分に分けておく。【分けて入れないと】(焦げてしまうため)

という文の省略されたものです。
イチゴジャムのレシピなので、「三等分に分けておく」のは3回に分けて(鍋に)入れるためだ、ということに気づく必要があります。
3人の人が平等になめるためでもなければ、今日・明日・明後日の3日間に分けて使うためでもない。

その場合、「3回に分けて入れるのはなぜ?」という疑問が湧くのが自然なので、その疑問にあらかじめ応える形で、
【分けて入れないと】(焦げてしまうため)
と注釈している。

疑問点が残るようでしたら、補足なさってみてください。

Qドラマ大奥の第3話?の内容

大奥で高岡早紀さんがお城に来る回を見逃してしまいました。
簡単な展開でいいので覚えている方教えてください。

(1)高岡早紀さんはなぜ大奥に行く決心をしたのか?
(2)その後の放送を見ていると高岡早紀さんは大奥ではどういう立場なのでしょうか?
側室とは違う立場に見えるのですが?

Aベストアンサー

こんばんわ、とりあえず覚えている限りで解答させてもらいます。

(1) 右衛門佐は大奥の中は女性が唯一社会を動かせると
   ころだ的な理由で大奥の中で出世するためにきまし
   た。ただこれはそういっているだけなので本当は違
   う理由もあるのかもしれません。

(2) 初め綱吉は右衛門佐の美貌と素養が気に入り、側室
   に迎えようとします。そこで、右衛門佐が気転をきか
   せ。逆に、桂昌院の許可が無いとなれない大奥総締
   と言う役職につくことを綱由に認めさせ、大奥総取
   締に就任しました。

私の覚えてるのはこんな感じです。
検索すればもっと詳しく解説してるサイトがあると思います

Q観音様や菩薩様についてお教えください。

よく仏像でなになに観音とかなになに菩薩と聞くのですが、仏様はたくさんいるのでしょうか。
キリスト教は神様が一人と聞きますが。
あと、神様と仏様ではどのように違うのでしょうか?
とても幼稚な質問で申し訳ございませんが、よくわかりません。
お教えいただけましたら助かります。
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

仏教では人が悟りを開くことが目的だということはご存知ですよね。
でも悟りはある日突然開くわけではありません。その途中には様々な段階があって最終到達点が仏陀(仏)なのです。

仏教では人の本質は「魂」だと考えています。つまり今のこの世界はこの段階で悟りに近づくための修行に適した形を見せられているのだということです。
これを学校に例えてみましょうか。

幼稚園の貴方、小学校の貴方、大学の貴方も社会人の貴方も貴方自身が変化するわけじゃありません。全て貴方です。
しかしその学年に合わせて小学生なら小学生の格好、中学生なら中学の制服、高校なら高校の制服を着ているようなものです。
だから仏教では死によって魂がなくなるとかあるとかではなく、死は単なる卒業式であり、その後は大学に行こうと専門が候に行こうと、或いは働こうとも貴方自身に変わりはないといっているのです。
そこで魂は人の世界を卒業すると、今度は仏の世界で修行します
その段階が菩薩であり如来です。一般的に菩薩は学生、如来は研究者だと考えていいと思います。このほかにも天部というクラスもあります。

仏の学校では教育学部のように菩薩も研究者も教育を学びます。自分の向上のために人に教えるわけです。ここでは仏法を説き実践するわけです。
如来は菩薩や人間の形をしてそれぞれのクラスで修行します。そのほとんどは救済です。菩薩も人間世界にやってきて未だ仏法を学んでいる途中の人々に仏法を説いたり救済したりするわけです。
そして大学の学生や研究者が得意分野があるように、菩薩や如来も理科や社会などと同様に様々な課題を持てこの世に現れ救済を行います。これが観音行、菩薩行と呼ばれるものであり、また観音菩薩とか普賢菩薩と呼ばれるものなのです。

如来(研究者)にまで上り詰めると一応の完成形ではありますが、さらにその最高峰が博士ですね。最後の博士号取得が悟りだと考えれば誰もが最後には博士にたどり付くことができます。
本来「仏陀」は「目が開いた人」つまり悟りを開いた人という意味ですから人類全ての到達点です。しかし通常は釈迦に尊敬の念をこめて釈迦のみを仏陀と呼んだり釈迦牟尼仏。釈迦如来と呼んだりします。そして彼以外の悟りを開いたものを阿羅漢などと呼びます。

私達は普通に呼ぶとき、助手であろうと講師であろうと準教授であろうと教授であろうとも「先生」と呼びますよね。「ほとけ」という呼称はまさにこれと一緒。だか厳密には仏陀(悟りを開いたもの)だけですけど、広く解釈すれば梵天や天部クラスですべてが「仏」と呼ぶわけです。
だから仏教は人間の成長を説くものであり、多神教ではないのです。

更に言えば、キリスト教、とくにカトリックでは創造主とか父なる神、全能の神と呼び「神」とは言いません。
それは本来「神」という語句の意味が「人智を越えた存在」という意味であり、この語句の意味通りに解釈すると創造主だけではなく天使も使徒も聖人もそして悪魔も「神」に入るからです。
キリスト教、少なくともカトリックが「神」という場合は「全能の」とか「ちちなる」を省略したものという事なのです。
つまり、一神教とか多神教という分類は「神」という言葉を余り理解していない時代の区分けであり、本来であれば使える区分け法ではないのです。

仏教では人が悟りを開くことが目的だということはご存知ですよね。
でも悟りはある日突然開くわけではありません。その途中には様々な段階があって最終到達点が仏陀(仏)なのです。

仏教では人の本質は「魂」だと考えています。つまり今のこの世界はこの段階で悟りに近づくための修行に適した形を見せられているのだということです。
これを学校に例えてみましょうか。

幼稚園の貴方、小学校の貴方、大学の貴方も社会人の貴方も貴方自身が変化するわけじゃありません。全て貴方です。
しかしその学年に合わせて...続きを読む

Q大奥の衣装。。。

「大奥の衣装」とは、「大奥の女性の衣服」とか何とか示すのですか?

文脈は:
「大奥の衣装からゴマの成分まで、依頼があれば何でも調べる!」

Aベストアンサー

大奥には女性しか過ごしていないので、
女性の衣服と捉えて宜しいかと思いますよ。

Q子供の神様や人間から祀り上げられた神様について

神社で祀られている神様について教えていただきたいことがあります。

子供の姿をした神様はおられますか。
人から神として祀り上げられた方はどれくらいおられるのでしょうか。
平将門公、菅原道真公、四谷怪談のお岩様など、有名な方のお名前以外にも、地元の名士などが祭り上げられたことはあるのでしょうか。

自分で調べられればいいのですが、日本全国の神社を一つ一つ調べるような調べ方くらいしか思い当たらず途方に暮れいてます。
図書館で貸し出し可能な書籍を教えていただけるだけでも有難いです。

一つでもいいので、お教えいただけますでしょうか。
お力添えのほどよろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

多分、最終的には個別で当るしかないですね。何しろ名もない人ですから。
関東には筑波近くに男体山、女体山があり、各地にこの分社があります。その中で唯一かどうかは判りませんが、神奈川県JR川崎駅北側に「女体神社」があります。川崎市にもいくつか女体神社がありますが、ここは人間の女性を祀っています。曰く、暴れ川だった多摩川に身を投じた女性が居て、それ以来多摩川が暴れることが亡くなったというのです。土地の人がその人を祀る祠を建てたのが起源だそうです。
また川崎区観音には地域を開拓した名主を祭る稲荷があります。
これら功労者を祀る神社を探すには、それぞれの土地の歴史や昔話を探していくしかないですね。

中には全く何の功労者でもなんでもない人を祀る神社もあります。
思いつくのは千代田区岩本町の「繁栄お玉稲荷」です。
二人の男に求婚され、断われば他方が傷つくといって桜ヶ池に身を投じた茶店のお玉さんを祭る稲荷神社です。
このことから桜ヶ池はお玉ヶ池と呼ぶようになりました。後に火災に遭って分社の遭った新小岩が本社となっていますが、岩本町にもお宮はあるようです。


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