数年前にあった加藤の乱とはいったいどのようなものだったのでしょうか?
加藤紘一氏が何か失敗したというぐらいしかわからないもので….
わかりやすく教えてください.
お願いします.

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (2件)

<橋本政権~小淵政権>


加藤氏は元幹事長という肩書き。これは橋本政権の時に幹事長だったから。
橋本政権は1998年の参議院選挙で大敗し幹事長であった加藤氏も退陣。
そして田中真紀子氏に「凡人、軍人、変人」と揶揄された、小淵、梶山、小泉の
自民党総裁選挙へと突入しました。加藤氏の所属する旧宮沢派は小淵氏を支持して
小淵政権が誕生しました。ここで重要なのは総裁選挙に立候補することは
自分を最高にアピールする場所であるということです。(現在の小泉政権でも、
それまで無名だった麻生氏が総裁選後に政調会長に就任しました)

ここまでの自民党の派閥について整理してみましょう。
旧竹下派は小淵派、旧渡辺派が山崎派、旧三塚派が森派、旧宮沢派が加藤派となり、
旧渡辺派から村上グループ、河野グループが独立、旧三塚派から亀井グループが独立
さらに村上グループと亀井グループが合併して江藤・亀井派が誕生していました。
ポイントは名門だった旧渡辺派の継承者であった山崎派が弱小集団になったことです。

<第一次小淵政権>
この時点では加藤氏は党の主流派であり、小泉氏の所属していた森派や
山崎派が反主流派となっていました。これが激変したのが翌年に行われた自民党総裁選。
(98年は任期途中の総裁選で99年が正式な任期満了)
絶好調であった小淵政権は野中氏の下、無投票で再選というシナリオを考えていました。
ところが弱小集団のリーダー山崎拓氏は「次の次の総理」を目指して
総裁選に立候補しました。これに慌てたのが次の次の総理大本命だった加藤氏。
ライバルにアピールされてはたまらないと考えたのか追随立候補。

それまで一緒に小淵政権を支えてきた小淵派にとってみれば裏切られたとしか言えず
しかも、なんの大義名分もない立候補に加藤憎しの声があがりました。
結局、小淵派は反主流派だった森派や中間勢力だった江藤・亀井派を
抱え込んで総裁選に圧勝。しかし、小淵氏にとってみれば敵役だった森派を
党の中枢へ迎えいれる代償を払うはめになり加藤憎しはさらに増加。
総裁選をアピールポイントと軽視していた加藤氏は大誤算、大打撃を被りました。

<第二次小淵政権~森政権>
この時点で、加藤氏は反主流派に転落。しかも味方は弱小集団山崎派のみ。
このままでは埋没の運命にあった加藤氏に転機が訪れたのは2000年春。
小淵総理の死去により「加藤はずし」が解除されるものと期待するも、
絶好のアピールポイントである総裁選挙はうやむやのまま行われず
密室五人衆の裁定によって森政権が誕生しました。
しかも、閣僚は現状維持という加藤はずし体制のまま続くことに。

その森首相と言えば失言総理の異名を取り国民の人気は絶不調。
にわかにポスト森の動きが活発になってきました。さらに2001年からの
省庁改編により12月中に内閣改造が迫っていました。ここにきて加藤氏は
内閣不信任を取り引き材料に自民党での復権を目指しました。つまり、
加藤氏にとってみればブラフにすぎませんでした。

この策略に大誤算を与えたのが民主党の管直人氏。管氏はマスコミを煽り
加藤氏の造反を促し、自民党壊滅を目論んでいました。
更に自民党からも「自民党の明日を考える会」という石原・渡辺氏率いる若手集団が
参戦の気配を示し、管氏の策謀により、自民党大分裂、野党との連合、
加藤政権が誕生という加藤氏の当初の予想を超えた決戦ムードが高まり
「加藤の乱」へと突入していったのです。

<加藤の乱>
数の上では勝利は間違いありませんでしたが、元々、加藤派は伝統的に
公家集団と揶揄されるほど戦が下手でした。特にリーダーである加藤氏は
小淵総理との総裁選完敗から所属議員の人望も薄いため、覚悟を決めた山崎派に
対して基盤があやふや。そこを小泉森派会長率いる森政権連合軍に
攻められて、加藤派からは寝返りが続出。本陣の弱体化で若手集団も
一部の強硬派を除いて沈静化。本来、強力な援軍になったであろう
白川・平沼氏率いる自民党の反公明党集団は加藤の乱より数カ月前、
2001夏の衆議院選挙で自民党から見放されて惨敗しており、
加藤・山崎連合軍の敗戦は濃厚になりました。

それでも管氏は自民党の弱体化を目指し、自民党離脱も含めて
野党の不信任決議案に共闘を呼び掛け、山崎氏も
せめて自分達だけは責任を取って反対しようと呼び掛けましが
自民党破門を恐れた加藤親衛隊により加藤氏も動けず(よくTVで放映される
加藤氏が壇上で泣きながら他の議員に説得されてる映像はこの場面)
かといって、今さら刀をおさめることもできず、結局、議決を棄権するという
中途半端な反乱で終了しました。

<戦が終わって>
この戦いでほとんど造反者を出さなかった山崎氏は自民党で再評価され
現在の幹事長就任へとつながっています。加藤派はというと80人中
60人が加藤氏を見限り堀内派を結成。名門、宏池会を引き継いだはずの
加藤派は弱小勢力へと転落していきました。そして、2002、
管氏と田中氏の策略から始った宗男・清美国会で政治問題が活発になり
なにもかも失ってしまいまいました。
    • good
    • 10
この回答へのお礼

詳しい説明ありがとうございます.
よくわかりました.
その加藤氏も議員辞職らしいですね.
ありがとうございました.

お礼日時:2002/03/29 01:25

「加藤の乱」は私に云わせれば単なる『加藤の乱心』で、墓穴を掘った優柔不断の蝙蝠男、加藤紘一の面目躍如たるものです。

。。

概略は森内閣を不信任しようとして腰砕けになったというそれだけの事ですが、書く気にもならないお粗末な結末でした。
  
・・・2000[平成12]年11月21日、森内閣不信任案採決・・・
『加藤紘一氏と山崎拓氏の逃亡などにより、賛成190、反対237、棄権1、欠席51(うち病欠2、退場1含む)で否決されました。』
  http://murasame_toppa.tripod.co.jp/topix/2000/ka …


当時H12年頃、後輩議員の渡辺喜美氏の書かれた文が彼のHPに紹介されていますのでご覧下さい!
  http://www.nasu-net.or.jp/~yoshimi/mas/kato1.html

参考URL:http://murasame_toppa.tripod.co.jp/topix/2000/ka …
    • good
    • 7
この回答へのお礼

なるほど.そうゆうことだったんですね.
御教授ありがとうございました.

お礼日時:2002/03/29 01:22

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q加藤の乱について

数年前にあった加藤の乱とはいったいどのようなものだったのでしょうか?
加藤紘一氏が何か失敗したというぐらいしかわからないもので….
わかりやすく教えてください.
お願いします.

Aベストアンサー

<橋本政権~小淵政権>
加藤氏は元幹事長という肩書き。これは橋本政権の時に幹事長だったから。
橋本政権は1998年の参議院選挙で大敗し幹事長であった加藤氏も退陣。
そして田中真紀子氏に「凡人、軍人、変人」と揶揄された、小淵、梶山、小泉の
自民党総裁選挙へと突入しました。加藤氏の所属する旧宮沢派は小淵氏を支持して
小淵政権が誕生しました。ここで重要なのは総裁選挙に立候補することは
自分を最高にアピールする場所であるということです。(現在の小泉政権でも、
それまで無名だった麻生氏が総裁選後に政調会長に就任しました)

ここまでの自民党の派閥について整理してみましょう。
旧竹下派は小淵派、旧渡辺派が山崎派、旧三塚派が森派、旧宮沢派が加藤派となり、
旧渡辺派から村上グループ、河野グループが独立、旧三塚派から亀井グループが独立
さらに村上グループと亀井グループが合併して江藤・亀井派が誕生していました。
ポイントは名門だった旧渡辺派の継承者であった山崎派が弱小集団になったことです。

<第一次小淵政権>
この時点では加藤氏は党の主流派であり、小泉氏の所属していた森派や
山崎派が反主流派となっていました。これが激変したのが翌年に行われた自民党総裁選。
(98年は任期途中の総裁選で99年が正式な任期満了)
絶好調であった小淵政権は野中氏の下、無投票で再選というシナリオを考えていました。
ところが弱小集団のリーダー山崎拓氏は「次の次の総理」を目指して
総裁選に立候補しました。これに慌てたのが次の次の総理大本命だった加藤氏。
ライバルにアピールされてはたまらないと考えたのか追随立候補。

それまで一緒に小淵政権を支えてきた小淵派にとってみれば裏切られたとしか言えず
しかも、なんの大義名分もない立候補に加藤憎しの声があがりました。
結局、小淵派は反主流派だった森派や中間勢力だった江藤・亀井派を
抱え込んで総裁選に圧勝。しかし、小淵氏にとってみれば敵役だった森派を
党の中枢へ迎えいれる代償を払うはめになり加藤憎しはさらに増加。
総裁選をアピールポイントと軽視していた加藤氏は大誤算、大打撃を被りました。

<第二次小淵政権~森政権>
この時点で、加藤氏は反主流派に転落。しかも味方は弱小集団山崎派のみ。
このままでは埋没の運命にあった加藤氏に転機が訪れたのは2000年春。
小淵総理の死去により「加藤はずし」が解除されるものと期待するも、
絶好のアピールポイントである総裁選挙はうやむやのまま行われず
密室五人衆の裁定によって森政権が誕生しました。
しかも、閣僚は現状維持という加藤はずし体制のまま続くことに。

その森首相と言えば失言総理の異名を取り国民の人気は絶不調。
にわかにポスト森の動きが活発になってきました。さらに2001年からの
省庁改編により12月中に内閣改造が迫っていました。ここにきて加藤氏は
内閣不信任を取り引き材料に自民党での復権を目指しました。つまり、
加藤氏にとってみればブラフにすぎませんでした。

この策略に大誤算を与えたのが民主党の管直人氏。管氏はマスコミを煽り
加藤氏の造反を促し、自民党壊滅を目論んでいました。
更に自民党からも「自民党の明日を考える会」という石原・渡辺氏率いる若手集団が
参戦の気配を示し、管氏の策謀により、自民党大分裂、野党との連合、
加藤政権が誕生という加藤氏の当初の予想を超えた決戦ムードが高まり
「加藤の乱」へと突入していったのです。

<加藤の乱>
数の上では勝利は間違いありませんでしたが、元々、加藤派は伝統的に
公家集団と揶揄されるほど戦が下手でした。特にリーダーである加藤氏は
小淵総理との総裁選完敗から所属議員の人望も薄いため、覚悟を決めた山崎派に
対して基盤があやふや。そこを小泉森派会長率いる森政権連合軍に
攻められて、加藤派からは寝返りが続出。本陣の弱体化で若手集団も
一部の強硬派を除いて沈静化。本来、強力な援軍になったであろう
白川・平沼氏率いる自民党の反公明党集団は加藤の乱より数カ月前、
2001夏の衆議院選挙で自民党から見放されて惨敗しており、
加藤・山崎連合軍の敗戦は濃厚になりました。

それでも管氏は自民党の弱体化を目指し、自民党離脱も含めて
野党の不信任決議案に共闘を呼び掛け、山崎氏も
せめて自分達だけは責任を取って反対しようと呼び掛けましが
自民党破門を恐れた加藤親衛隊により加藤氏も動けず(よくTVで放映される
加藤氏が壇上で泣きながら他の議員に説得されてる映像はこの場面)
かといって、今さら刀をおさめることもできず、結局、議決を棄権するという
中途半端な反乱で終了しました。

<戦が終わって>
この戦いでほとんど造反者を出さなかった山崎氏は自民党で再評価され
現在の幹事長就任へとつながっています。加藤派はというと80人中
60人が加藤氏を見限り堀内派を結成。名門、宏池会を引き継いだはずの
加藤派は弱小勢力へと転落していきました。そして、2002、
管氏と田中氏の策略から始った宗男・清美国会で政治問題が活発になり
なにもかも失ってしまいまいました。

<橋本政権~小淵政権>
加藤氏は元幹事長という肩書き。これは橋本政権の時に幹事長だったから。
橋本政権は1998年の参議院選挙で大敗し幹事長であった加藤氏も退陣。
そして田中真紀子氏に「凡人、軍人、変人」と揶揄された、小淵、梶山、小泉の
自民党総裁選挙へと突入しました。加藤氏の所属する旧宮沢派は小淵氏を支持して
小淵政権が誕生しました。ここで重要なのは総裁選挙に立候補することは
自分を最高にアピールする場所であるということです。(現在の小泉政権でも、
それまで無名だった麻生氏...続きを読む

Q加藤紘一氏落選、自民党にも世代交代の波・・・

今や懐かしき響きさえあるY(山崎)K(加藤)K(小泉)が、政界からの身の引き方は様々なれど全て去り・・・
N(根本)A(阿倍)I(石原)S(塩崎)の会メンバーが総理や大臣候補に顔を揃え名を轟かす。

さらには小泉チルドレン(83会)と言われた人たちも、落選浪人と言う挫折を味わったり、バックアップする小泉氏が彼の美学からサッと引退し、梯子を外され、背伸びに苦しみながらも、それぞれが「桃栗3年柿8年と言うが」見識を積み、経験を重ね、今日では自民党を支える中堅議員に育って来た観が有る。

<質問>
貴方は、その中で特に印象に残る人物(エピソード)、今後に期待する人物(エピソード)は誰ですか?



※関連記事

http://ja.wikipedia.org/wiki/YKK_(%E6%94%BF%E6%B2%BB%E5%90%8C%E7%9B%9F)

http://ja.wikipedia.org/wiki/NAIS%E3%81%AE%E4%BC%9A

http://ja.wikipedia.org/wiki/83%E4%BC%9A

Aベストアンサー

>加藤紘一氏落選

加藤氏の落選は、彼本来のリベラル・イメージが響いたのでしょうかね、もっとも最早過去の人ではありましたが・・。
加藤氏自身はYKKと並び称された御両人とは比較にすらならない、恐らく自民党有数の頭脳を持った人物、但し怜悧な頭脳とそれに伴わない実行力を鑑みるに、彼は本来評論家たる人物であり、決して政治家向きの人物ではなかった。

しかも御公家集団と揶揄された宏池会のDNAを最も色濃く継承する典型的な喧嘩下手(この点は彼の子飼いである谷垣氏が見事に受け継いでおりますが)、この点は小泉元総理の足元にも及ばなかった、小渕総理再選阻止~所謂「加藤の乱」の際の勝算無き不毛な決起を見て、そう感じたのは私だけではないでしょう。
あの時小渕氏の続投を、幹事長の立場で支持してさえいれば、次期総理の座は「鮫の脳味噌氏」ではなくほぼ間違いなく彼のものであり、それから彼が理想とする政策に着手すれば良かったはずだが、ブレーンにも恵まれなかったという事の証左でもあります。

>貴方は、その中で特に印象に残る人物(エピソード)、今後に期待する人物(エピソード)は誰ですか?

小選挙区制度はやはり破天荒な人材を自然淘汰してしまいます、自民他の全政党を見渡しても小利口な小者ばかり、昭和中期以降にあった政治のダイナミズム、言い換えれば一般大衆を政治の世界に引き込む魅力的な人物は殆んど皆無といってよいでしょう。

私は正直申し上げて小泉元総理をさほど評価しませんでしたので、御子息の小泉進次郎氏に就いて殆んど何の関心も払いませんでしたが、最近の彼の言動を見るに当たり、ひょっとすると出色の人物かも知れないとの方向に変化して参りました。

その取っ掛かりは先の自民党総裁選に於いて、危機感というキーワードを提示して石破氏に1票を投じた事、その後の彼を観察するに自民党首脳部より遥かに冷静且つ客観的に状況を見ている気がします。
まだ30代前半の若さ、大器が大器たるべく成長する事を望む次第。

>加藤紘一氏落選

加藤氏の落選は、彼本来のリベラル・イメージが響いたのでしょうかね、もっとも最早過去の人ではありましたが・・。
加藤氏自身はYKKと並び称された御両人とは比較にすらならない、恐らく自民党有数の頭脳を持った人物、但し怜悧な頭脳とそれに伴わない実行力を鑑みるに、彼は本来評論家たる人物であり、決して政治家向きの人物ではなかった。

しかも御公家集団と揶揄された宏池会のDNAを最も色濃く継承する典型的な喧嘩下手(この点は彼の子飼いである谷垣氏が見事に受け継いでおります...続きを読む

Qあえて「加藤の乱」を考えると

今からかなり前のかなり前の話ですが、自民党の加藤鉱一議員が当時の森内閣を倒閣しようとした、いわゆる「加藤の乱」がありましたが、結局は自民党の主流派の多数派工作や加藤氏のグループの切り崩しがあって結局は失敗に終わりました。

それによってそれまで「次期総理」のランキングに必ず上位に入っていた加藤氏ですが、政治家独特の感や人望の無さなどが露呈してしまい、現在は年齢の事もあり完全に「過去の人」状態です。

勿論歴史に「もし」はないという意見もありますが、もし倒閣に打って出ていなければ現在の様に干されずに済んだだろうし、お金絡みで議員辞職をすることも無かっただろうし、早かれ遅かれ総理大臣の座に就いていただろうし、場合によっては今回の地震が起きても野党との橋渡し役(大連立の立役者)になれたと思うのですがいかがでしょうか?

Aベストアンサー

だけど、事実は加藤の乱があってその後の展開が全てです。

もし倒閣に打って出ていなければ現在の様に干されずに済んだだろうともいえるしやっぱり干されたとも言えます。
お金絡みで議員辞職をすることも無かっただろうともいえるし結局議員辞職することになるとも言えます。
どっちにしろ根拠はないのだし、あるのは話し手の願望だけ。
この質問だって「もし「加藤の乱」がなかったらというネタを投稿したい」という願望の結果、
「干されずに済んだ」とか「橋渡し役になれた」てだけじゃん。

タイムマシンのパラドックスでは結局過去は変えられず、仮に「加藤の乱」がなかったとしてもその後の展開は同じとされてますよ。

Q加藤紘一の佐藤秘書って?

加藤紘一の金庫番佐藤秘書が逮捕されましたが、この人って自分の金を集めたようにいわれてましたが、加藤事務所や加藤派の裏金を集めてたんじゃないでしょうかね?

加藤紘一は監督不行き届きなんていってますが、自分や派閥がお金もらって使っていたのではないでしょうか?

なんか加藤紘一はずるいような気がするのですがどう思いますか?

Aベストアンサー

はい、ずるいです。

ただ奴はいわゆる「加藤の乱」と今回の件で政治家としては終わりです。数年前は「いずれ総理になる男」なんて言われてましたが、人生どこでどうなるかわかりません。

あと細かいつっこみですが佐藤は秘書ではなく事務所の元代表です。

Q加藤の乱とは?

wikipediaでいまいち分からなかったので。
要するに、「自民党内の高官が首相に対して倒閣運動を展開したが失敗した。」ってことですかね?ゆるいクーデター未遂ってとこですか?

Aベストアンサー

倒閣運動を展開したが失敗した

と言うよりも、倒閣運動を始めようとしたが周囲の反対やら切り崩しなどで運動として成立しなかった

運動というような組織的な活動が頓挫したんで、一人で切り込みを掛けようとしたがそれも周囲の説得で断念した

タイミングと活動方法と決着方法の何れもが期待はずれだったので
周囲からの期待や支援が完全に途切れ、寂しい後半生となりつつある

Q小沢一郎氏の政策に対する主張・本音はどのようなものでしょうか?

小沢一郎氏の政策に対する主張・本音はどのようなものでしょうか?

「謀略家」としての小沢氏の顔は、20年前から永田町神話として囁かれ、かつて私も(まあ子供でしたし)そういったマスコミのプロパガンダに踊らされていました。しかし、色々と勉強してみるとどうもよくわからない。新保守主義的な発言(憲法改正や軍拡等)や1・1ラインで進めていた国民福祉税導入による増税など、今の社会主義的(というか国民に媚びる様な)姿勢とかなり毛色の異なる主張を出していた。

政治手腕ばかりが着目され、国民生活により重要となるはずの政策に関する解析がなされていないように思ってます。詳しい方、小沢氏の本当の狙いはどこにあるのか、ご意見頂ければと思います。そして、できれば論拠となる事実関係を一緒に示して頂きたいです(参考文献とか、報道された発言とか、Web上の情報でも信頼できる筋ならば挙げて頂いて結構です)。

尚、批判非難はOKですが、論理的にお願いします。感情的な回答・裏付けのない誹謗中傷・事実関係の捏造はお断り致します。裏付けなどが無い場合は、その旨もご明記お願いします。

Aベストアンサー

主題から少しそれてしまうかも知れません。感情的な回答でないつもりですが、そうでない場合はお許し下さい。
小沢氏の主張は何時も一貫して変わらないと思います。地方分権、政治家が予算決定、、マニフェストの遵守、消費税はあげない等いつも言うことは同じではないでしょうか。この変わらない姿勢が剛腕とか力の政治とか言われるのではないでしょうか。親菅氏側は、「古い体質」「政治と金」という政策でない点を問題視してると思います。新しい古いと言う主観的な点ばかりで、何が古くて、どうしてその古さがいけないのかの説明はなく論理的でないと思います。」「政治と金」の問題については、2年近くも灰色と言われ続けっていますので、いつの間にか黒と思いこんでいる方もおられるようです。この論調は、大新聞の論調と非常に似ているので、私は怖くなります。「政治と金」の問題にしても、検察審査会に誰が申し入れしたのかさえわからず、国民もこの点に疑問さえ持たずに。」「政治と金」の問題を判断しているのが実情なのでないでしょうか?この点については詳しく書くと長くなるので要約しますが、小沢氏の政治生命を断つ目的で、反小沢政治勢力、検察機関、報道関係者、右翼などの恐れもあるようです。私見ですが小沢氏の4億円をいつまでも問題視するより、保育所を完全に充足できるような何千億円、何兆円もの無駄遣いと言うより、横領背任と言うべき税の使い方の横行に目向けるべきだと思いますが、少数意見かも知れません。いずれにしても、現在は尖閣問題で揺れていますが、これも菅氏を選んだ私たちの責任だと痛感しています。

主題から少しそれてしまうかも知れません。感情的な回答でないつもりですが、そうでない場合はお許し下さい。
小沢氏の主張は何時も一貫して変わらないと思います。地方分権、政治家が予算決定、、マニフェストの遵守、消費税はあげない等いつも言うことは同じではないでしょうか。この変わらない姿勢が剛腕とか力の政治とか言われるのではないでしょうか。親菅氏側は、「古い体質」「政治と金」という政策でない点を問題視してると思います。新しい古いと言う主観的な点ばかりで、何が古くて、どうしてその古さが...続きを読む

QWikiの名前の由来について

お世話になります。
最近(2002.9.21)ですが、
Wikiという便利なツールの存在を知りました。

■What Is Wiki
 http://wiki.org/wiki.cgi?WhatIsWiki
■WikiWay - Wikiの生みの親が書いたWikiの本。
 http://www.hyuki.com/yukiwiki/wiki.cgi?WikiWay

上記のページを参考にWikiの名前の由来について
調べたのですが結局よくわかりませんでした。
もしご存知の方がいらっしゃいましたら教えてください。

Aベストアンサー

参考ページによると、次のようです。

「ハワイ語で quick (素早い) を意味する wiki wiki に由来。」

参考URL:http://c2.com/cgi/wiki?WikiWikiWebFaq

Q【政治の闇2】石破氏、自民総裁選不出馬へ 野田氏、なお模索http://www.asahi.com

【政治の闇2】石破氏、自民総裁選不出馬へ 野田氏、なお模索
http://www.asahi.com/sp/articles/ASH8P53LDH8PUTFK00G.html

次期日本の首相と言われる石破茂が自民党総裁選に立候補出来なくなった闇の部分ありますよね?

急に出れなくなるとか裏にスキャンダル抱えているでしょこの人。

多分、野田聖子さんが自民党総裁になったら、色々と隠れていた日本の政治のゴミが吐き出されてすぐに辞任して、綺麗になったところで石破茂さんが登場して長く任期を務めるつもりですかね。

石破さんが急に引くとは思えないので、石破さんは闇を知ったんで引いたように見えます。

Aベストアンサー

特にないです。
2ちゃんの見過ぎですね。

QWebサイトライクなWikiベースのサイトを構築

ブラウザ上で誰もが更新できるウェブサイトの制作考えています。
そこで、Wikiベースのウェブサイトの制作を検討するのですが、
PukiWikiなど有名なWikiサービスはWikiサイトっぽくて、デザインがイマイチ(個人的な所感)。
そこで、htmlやCSSなどを用いて、WebサイトらしいWikiを構築できるWikiエンジンを探しています。
イメージ的にはこんな感じで、Wikiっぽくないデザインを求めています。
http://info.tiki.org/preview35(TikiWikiのサイトから引用)

ご存知の方いらっしゃいましたら、ご教授頂ければ幸いです。

アップロードしてindex.phpを実行すればシステムの構築が終わるなど、
出来る限り簡単にインストール出来るものが望ましいです。

(↑探している過程で、Twikiを見つけ、インストールを試みましたが、良くわからずに居ます。)

Aベストアンサー

Wikiとはちょっと違いますが比較的静的(に見える)Webサイト構築ならば、
XOOPSやImpressCMSといったようなCMSはいかがでしょうか。
大抵のCMSはDBサーバが構築されている環境であれば、
FTPでアップロードしてWebページベースで設定すれば終わりというものが多いです。

ただ、CMSやWikiを使ってもデザインを自由に変えたければ、
少なくともHTMLやCSSの知識を使ってテーマを作成する必要がでてきます。
外見についてはすぐ移植できますが内部のデータを移植するとなると簡単にとはいかないので
将来的に開発中止となる危険などを考えると、
Media Wikiのような有名どころのテーマを作成する事をお勧めします。

参考URL:http://xoopscms.jp/

Q鳩山総務相更迭。 麻生氏がやったから同情されているのであって、小泉氏がやったら、おそらく鳩山氏は悪玉。

 たぶん郵政民営化だって、麻生さんが小泉さんと一字一句同じことを言っても、
 あれほどの支持は得られなかったでしょう。
 おかしいとは思いませんか?

 この土壌には、有権者が政策ではなく、
 キャラや雰囲気で政治家を選んでいるという背景があると思います。

 性懲りも無く自民党は、マニフェストを出す前から、
 人気者の東国原宮崎県知事に応援要請をしたそうです。
 東国原氏は、「まずはマニフェストを出して下さい」と筋を通していましたが。
 またこんな稚拙な作戦に騙される有権者がゴロゴロ出てくるのでしょうね。
 日本人のこの馬鹿さ加減は永久に治らないのでしょうか?

Aベストアンサー

人が育ってきた歴史背景がその発言をさせるのであって
別におかしいことではないと思います。
小泉氏だからそれを言うのであって麻生氏はそうは言わないということで
人物と背景と発言内容などはセットな部分があると思います。

後述部分には同じように感じています。
東国原氏もワイドショウなどで何か政治に関しての発言をすると愛想笑いをしながらキョロキョロと周りのメンバーの顔を覗って受けてるかどうかを見るような仕草を見るにつけ
政治家というより芸人根性丸出しなのですが、その人に古賀氏がどういうことを選挙で訴えればいいのか学びに行こうというのだから笑えます。
政治は王道歩くことが大事で(内閣改造は)目先で変えてはダメだと言う割には、
その根はどうやったら受けるかを道化に学びに行くことを考えているとは。
選挙で国民にしっかりと政策で訴えるという王道を歩もうという気にはならないのでしょうかね。
芸人にマニフェストを出してくださいと言われたとはこれまたどっちもどっちで笑える。
もし国政に出るつもりがあるなら自分の主張するマニフェストを通してくれますかぐらい言ってもらいたかったですが、所詮根が芸人のまんまで受け入れて政治をさせてもらえるのは宮崎県まででしょう。
麻生首相自身も内閣支持率は関係ないなどと言いながらお笑い芸人との政治対談を組もうとしたし、
きちんと説明をする努力をせずに人気を頼りに集票したりしなければならないくらい
今の自民党の意識が堕ちぶれてしまっていながら政権を握っているというのが日本にとって不幸なことのように思えます。
しかし本日のNHKの日曜討論などを聞けば温暖化対策の在り方に対する考え方などは自民党の方がはるかにしっかりしていると思えるのですが
そういうことを周知のことのように思っているのかきちんと国民に言ってこなかったことは今の支持率にはいい影響にはなっていないかも知れない。
岡田氏などは直線的で解りやすいけれども単純過ぎて国際社会では好いようにされてそれではやっていけないだろうとも思います。
ほんとに次に起こる玉石をふるい分けるガラガラポンへの過渡期と言えそうです。

人が育ってきた歴史背景がその発言をさせるのであって
別におかしいことではないと思います。
小泉氏だからそれを言うのであって麻生氏はそうは言わないということで
人物と背景と発言内容などはセットな部分があると思います。

後述部分には同じように感じています。
東国原氏もワイドショウなどで何か政治に関しての発言をすると愛想笑いをしながらキョロキョロと周りのメンバーの顔を覗って受けてるかどうかを見るような仕草を見るにつけ
政治家というより芸人根性丸出しなのですが、その人に古賀氏が...続きを読む


人気Q&Aランキング

おすすめ情報