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世紀末であった2000年の11~12月の政界では、宏池会会長で自民党元幹事長の加藤紘一が盟友である山崎拓、小泉純一郎を巻き込み、さらには野党と連携して、当時低支持率に苦しんでいた森喜朗内閣を倒閣しようと目論んだ加藤の乱が起こりましたが、
不発に終わった理由と、内閣不信任案が可決していれば、21世紀の日本は違っていたのでしょうか?
宏池会と言えば、池田勇人、宮沢喜一、岸田文雄の総理を輩出していますが、皆、乱世の時代には不向きですよね?

質問者からの補足コメント

  • どう思う?

    森内閣不信任案決議についてですが、当時の自民党はまだ派閥政治であったから、ほとんどか不信任には反対だったのでしょうか?
    森内閣の支持率は30%を切っていたように記憶しています。
    また、この反乱を先頭に立って封じた小泉純一郎は失敗した宏池会会長である加藤紘一と立場が入れ替わり、半年後に総理の座を射止めたことになりますか?

    No.1の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2022/12/05 12:29

A 回答 (1件)

内閣不信任案が可決していれば、


21世紀の日本は違っていたのでしょうか?
 ↑
もっと悪くなっていた可能性が
あります。
尖閣辺りは中国領になっているかも。



宏池会と言えば、池田勇人、宮沢喜一、
岸田文雄の総理を輩出していますが、
皆、乱世の時代には不向きですよね?
 ↑
不向き、というイメージですね。
公家集団。

ここは野武士集団でないと、乱世には
不向きです。
この回答への補足あり
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    • 1

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