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10年ほど前ですが、こんな心理がありました。

式典(緊張するような式)で、突然暴れたり、スピーチをしている人に暴行したら、どうなるかな。

とか変なんです。考え方が変。

かなづちとか日曜大工で持ったりすると、ふりかざしたらどうなるか。とか自分が怖くなる事があります。

自分はおかしいと思っていたのですが、最近
その話をしたら、同じような心理になった人がちらほらいる事が分かりましたが、おかしいだけなのでしょうか。

本当に自分が怖くなるときがあります。
勿論、実際にそんな事はしませんよ。

A 回答 (3件)

心が柔軟な証拠だと考えていいんじゃないでしょうか。


ベタな例ですが、柔構造の建物は揺れやすいですが壊れにくいように。
そういう「異常な事」を全く考えたこともない、というのは神経回路の一部が堰き止められているようなものでしょう。
神経回路自体は実際には存在しているわけですから、何かのきっかけで堰が外れた場合に暴走する可能性は高いと思います。
通常にそういった自らの内なる異常性を認識した上で、それを制御する能力を培うことができていないからです。

意図的にせよそうでないにせよ、いずれにしても抑圧が生体にとっては最も良くない影響を及ぼすでしょう。
かといって抑圧が全くなければ動物と同じで本能だけの支配下に置かれることになりますから、そのあたりのバランスが大事だということになります。

美しい女性を見て、押し倒して犯したい欲望を覚える男性は多いと思いますが、だからといって異常だということではないのと同じでしょう。
妄想という言葉が存在するように、人間の脳の守備範囲が広いことを示しているにすぎません。
妄りに想っている(妄想)だけか、実際に行なう(実行する)か、だけの違いです。
わずかの違いですが、個人として意志が働いた結果ですから、それができるかできないかで180度逆の人間になるでしょう。

正常な発育をしていた人間は実行に移すことは決してしません。
相手のためとか言う以上に、それが自分の精神にとって不愉快な結果を招くことになるのを本能的に理解できるからです。
しかし、キャパシテイを超えた抑圧を受け続けてきた人間は、通常の手段では自らの抑圧を発散しきれなくなり、そのような非常(異常)手段に訴えざるを得ない場合もあるでしょう。
異常か正常かの差はほんのわずかである、ということは良く言われますが実際問題として理解している人は少ない。
他者に対する抑圧の影響がどれほど大きいものかという点に対する認識が非常に甘い、すなわちその点に関して殆んど無知であり、その連鎖が綿々と引き継がれているからであろうと思われます。
一度箍が外れると次第にエスカレートする傾向がありますから、誰彼に拘わらず兆候には注意が必要です。
 
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私も同じような事を考えますよ。



膝を折らず、腰を折って草むしり等をしているお年寄りを見かければ、後ろからそっと近づき、お尻を押す衝動に駆られます。
ころころ転がって、さぞ愉快だろう。

今、私と普通に話しているこの人のほほを殴ったら、この人はどうする、実行したい。
嫌いな人でなく、親切にして下さる人に対して、特にそう思います。

走行中の車や高い所で、ここから飛び降りたら・・・。
人ごみで、急に大声を出し、叫びたい。等など、いろんな衝動に駆られます、実行はしませんけどね。

同じような経験は誰しも一度や二度は有ると思いますよ、実行しないのは、正常な証拠、
良い事と、いけない事の判断がちゃんと取れて抑えているのですから気にすることはないです。

空想、仮想体験で気持ちの安定をはかっているのだと思いますよ。
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この回答へのお礼

今、私と普通に話しているこの人のほほを殴ったら

これは僕も同じです。この雰囲気をぶち壊したらどうなるかとか考えますね。

有難うございます。

お礼日時:2006/12/16 20:30

おかしいんですかね?


わたしもありますよ、40過ぎた今でも。
たとえば、、、
車の運転中、後ろから煽られたとき、ここで急ブレーキ踏んだらどうなるかなとか・・・
でも、特におかしいのかなとかは思いませんね。
もし、おかしいとしたら、そんなことを気にすること自体何じゃないでしょうか?
気にしないことです。
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