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No.7ベストアンサー
- 回答日時:
摺鉢山は星条旗が上がった後、日本軍は反撃して2回日本軍が日章旗を掲げています。
2度目に揚がった日章旗は血染めであったと言いますから、
集団自決所では無く、
名目通り命をかけた死守、何が何でも奪還する強い意思があったのだと思います。
摺鉢山は、砲撃により、山の形が変わってしまったと言われています。
持久戦を基本としましたが、
摺鉢山は南方に位置し、初期目標とされ、
火砲の集中する拠点として集中攻撃にさらされます。
早期に指揮官の戦死がありましたが最後の最後まで徹底抗戦を貫いたようです。
激しい抵抗と奪還作戦を敢行し続けた為に兵力の損害は著しく、数日間で陥落してしまいます。
出来れば、
こう言う尊い犠牲の元に我々は生かされていると言う自覚を強く持ち、
日本がより良い国になる
「正確な判断能力」
「正しい認識、考え方」
「上手い付き合い方」
「問題を処理する能力」
「人をリードする頭脳」
こう言う個人の能力を研鑽し、
無き英霊の期待に答えてもらいたいのです。
この島で戦った人たちのことを考えると胸が熱くなると同時に、今この辛さはと比べたらたいしたことではないと思ってしまいます。
日本がより良い国になるため日々精進したいと思います。
No.10
- 回答日時:
確かにあのとき、私も諦めるのが早すぎると感じました。
しかしあくまで演出を考えた映画の世界の出来事であることは忘れてはなりません。ところでよくある東條批判――捕虜になることを禁じた東條陸相(当時)の通達「戦陣訓」のため、あたら多くの兵が命を犠牲にすることになった――という考えに私は賛同しかねます。というのも、すでに明治時代には山県有朋によって捕虜になることは駄目だ、敵に投降してはならないという命令が下っておりましたし、また戦陣訓の問題の部分「名を惜しむ」というフレーズでさえ、すでに平家物語にも登場するものだったからです。「負けて辱めを受けるよりは潔い死を」という考えは、もともとあった日本人的の考え方だったのではないでしょうか。
私と同じような感想を持たれた方もいたのですね。
「おい、ちょっと待て」「自決には早くない」と言う感じでしょうか。
でもあの自決のシーンは目を背けてしまいました。テレビ放映をする時はカットでしょうね。
No.9
- 回答日時:
映画で描かれていた「栗林中将」のものごとの考え方や自決を止めるエピソードなど、現代人の私達が見ると「部下思いの素晴らしい指揮官」ですが、当時の軍隊内においてそれは少々異質です。
「武士道とは死ぬことと見つけたり」
という「葉隠」の有名な一文がありますが、「国の為に立派に死んで靖国神社に行くこと」は、その当時褒め称えられるべきたいへんな栄誉です。
よって、清水と一緒になんとか生き延びようとした西郷の行いは、「仲間が自決したのに怖くなって生き延びたのか?武士の風上にも置けないやつ!あさましい!」…と、言われてしまいかねないことです。
武士道精神が健在だったんですね。チョンマゲ・帯刀すら無くなっていたとはいえ、この昭和初期は軍隊内の考え方は江戸時代のそれと大差ありません。
今でも、ご高齢のおじいさんの中には「十数歳になった時、父(または祖父)に切腹(自害)の作法を教わった記憶がある」という人はいらっしゃいます。(由緒ある士族の家系の人なら更に多い)
足立大佐にしてみれば、自決は駄目だという栗林に
「部下を立派に自決させてやりたい、死なせてやりたい!恥を晒しても逃げて生きろと言うのか?部下にそんな浅ましいことはさせたくない。アメリカかぶれめ、ふざけるな!」
と言いたいところだったでしょう。
現代では理解しにくいことかもしれませんが、当時はこれが常識であり、そういう考えだったのです。
ご回答ありがとうございます。
ちょっと理解しにくい自決のことなのですが、何となく理解できるできるような気は持っていました。
戦国時代では、信長を始め多くの武将が自決(切腹)しています。
しかし、テレビドラマ等では勝敗が決まったような状態、かなり追い込まれている状態で切腹しています。私はこれに近いような状況で太平洋戦争中に自決していたものだと思っていました。
いろいろ教えていただきありがとうございました。
No.8
- 回答日時:
映画を良く観てもらえば判ると思いますが、あの自決は足立大佐(摺鉢山の指揮官)の命令によるものです。
西郷が谷田大尉に命令されて機関銃の補充を頼みに摺鉢山の司令部へ行きます。
足立大佐は栗林中将と無線交信中で、玉砕の許可を得ようとしますが栗林は許可しません。それで足立大佐は独断で自決を命令するメモを西郷に渡し谷田大尉に渡すように命令します。
そのメモを見た谷田大尉は部下に自決を命じたのです。
軍隊ですから命令は絶対ですから、絶望感から自決したわけではありません。
機会があるなら何度か繰り返し観る事をお勧めします。
谷田大尉は足立大佐の命令に従い自決した。しかし足立大佐は栗林中将の命令に従わず美学のために独断で部下に自決の命令した。
ウーン状況から考えると無駄死にだったかなと思います。
No.6
- 回答日時:
>生き残っていた兵隊は顔色も良く
これは映画だからですよ。
硫黄島の戦いの経験者の手記によると
実際は硫黄島で生活するだけでも非常に苦労する環境だったようです。
穴を掘ると直ぐに熱気が充満したそうです。日本軍はそんな灼熱の穴の中に身を隠して戦うしかなく、食料も少なく、アメリカ軍と戦う以前に、硫黄島の穴の中で生きる事が辛かったそうです。
地下壕を作っている時も、硫黄のガスの噴出、南国の灼熱、水や食糧不足、アメリカ軍による空爆、その修復と日々の訓練。
今考えると、よくあの島で戦えたなと思います。
No.3
- 回答日時:
武士道精神に基づいた教育で「敵の捕虜になるのは恥。
捕虜になるくらいなら自決せよ」と教え込まれていたから。なので上官が「こりゃ勝てんな」と判断した段階で、残った兵隊に残された道は「弾薬尽きるまで戦って苦しんで死ぬ」と「弾薬あるうちに残った弾薬で自決して苦しまずに死ぬ」の2つしかありません。
誰でも「どっちか選べ」と言われたら、間違い無く「苦しまずに死ねる方」を選びますよね。
捕虜になるくらいなら自決せよ。とはいつぐらいから会ったのでしょうか?
苦しまずに死ねるが手榴弾での自決でしたのですね。残念、もったいないと映画を観てで思いました。
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