ソクラテスの思想とソフィストの思想の基本的な違いが
いまいちはっきり分かりません。
レポートの参考にしたいので教えてください。

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A 回答 (1件)

 あ、ほっといてごめんなさい。

考えて見れば、何か発言がないと返事の書きようもないんですね。
 えー、この質問の10こくらい前の方に、12月28日付けの「ソフィスト」関連質問があります。もうごらんになりました?
 それを見て、何かまだ疑問がありましたら、この回答へのコメントという形でお尋ねください。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
見てみます。

お礼日時:2001/01/23 12:39

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Qソクラテスの妻

ソクラテスの妻・クサンチッペの肖像って存在するんでしょうか?

ご存知の方いらっしゃれば教えてください。
恐妻の顔が見てみたいです。

Aベストアンサー

ソクラテスの肖像がが無いように、クサンティッペさんの肖像がは無いと思います。

クサンチッペさんを悪く言うようになったのは、その後ソクラテスを評価した人たちだったようです。

中東のおとぎ話で、妻に知恵とか そういう題名だったかな?
働かず「この世は~ 人とは~」という亭主と「そんなことよりまず現実をやることがあるでしょ 働いて!」という妻が登場するんです。

でも夫はそんな現実生活よりもっと大事なことを今やっているんだ と言う。

妻は「わかったわ じゃあ そのまま仕事もせず座っていればいい」と言い放ち家を出た。

夫は妻がなにかたくらむと思い、泥棒が来た時、妻の差し金だろうと思って反応しなかった。

泥棒は動かず反応をしない亭主を好都合だとして、最後は家財道具を盗んでとんずら。


妻が後で家に買えると、家財道具一式なくなっていた。

賢い妻はドロボーを追いかけていき、知恵で騙して騙して全財産を回収。

夫は妻はリアルで活用できる知恵の持ち主だとわかり、「これからは家事の半分は担当する。ヤギの世話は私がやる」と申し出て、お互いハッピーになった。


という教訓みたいなおとぎ話。


クサンチッペさんは「人間とは~」とか考えて現実世界を生きないソクラテスの目を覚まさせるために、水をぶっかけたりしたわけですが、そりゃ やりたくなるでしょう。
働かないで現実を生きずあっちの世界を夢想し、お花畑でまどろむ夫の対して「もどってきて~ あなたはまだこっちの世界の人間なのよ」と言いたくなる気持ちわかります。


それなのに、ソクラテスの思想を評価したぐーたら亭主たちは、クサンティッペさんを悪妻にすることで、自分たちがやっていることは とても貴重なものだとしようとした。
知的な仕事こそ尊い、つまり自分たちは尊い仕事をしているって摩り替えたんじゃないか と。

クサンティッペ災難。
弟子たちは、悪知恵だけは働いたようです。

ソクラテスの肖像がが無いように、クサンティッペさんの肖像がは無いと思います。

クサンチッペさんを悪く言うようになったのは、その後ソクラテスを評価した人たちだったようです。

中東のおとぎ話で、妻に知恵とか そういう題名だったかな?
働かず「この世は~ 人とは~」という亭主と「そんなことよりまず現実をやることがあるでしょ 働いて!」という妻が登場するんです。

でも夫はそんな現実生活よりもっと大事なことを今やっているんだ と言う。

妻は「わかったわ じゃあ そのまま仕事...続きを読む

Qソクラテスとソフィストの対話?について

ソクラテスは、ソフィストの意見に対して矛盾を指摘する、ということをしていたのですか?それは具体的にどのような会話なのかを知りたいです。

愛とは何か?とか正義とは何か?と聞いて、矛盾を指摘することってできるのですか?

Aベストアンサー

『メノン』なら岩波文庫にもなっているし、一番アクセスしやすいのではないでしょうか。

ここではメノンというソフィストが「徳なんてものが、ほんとに教えられるものなのだろうか」と問いかけてくるんです。

そこでソクラテスが「教えられるかどうかより先に、まず確かめておくことがある」といって、「そもそも君は徳とは何だと思うのだ」と聞き返します。

そこでメノンは「そんなことは簡単だ、男の徳というのは、国家の仕事をなすこと、女の徳というのは、家のことを切り盛りすること」と答えるんですね。つまりそういうのがソフィストの弁論術で、本質概念を問われているのに、自分の知っている「徳」の実例をあげていく、というやり方にすりかえるのです。

それをソクラテスはミツバチの例をあげて指摘します。わたしはミツバチの本質を聞いているのに、、君はあれもミツバチ、これもミツバチ、と知っているかぎりを列挙しているにすぎないではないか。ミツバチとは何かと問われたら、蜜を集めるハチのことである、と答えるのが本当ではないか。徳とは何か、と問われたら、そのように挙げられた種類のものすべてを通して、一貫して変わらない徳の本質を知りたいのだ。だからわたしは徳とは何であるかを探求するのだ、というのです。

すると、こんどはメノンがこう聞き返します。
「あなたは徳がわかっていないのなら、まだわかってもいないようなものをどうやって探求するというのか。たとえ答えが出たとしても、その答えが正しいとどうやってわかるというのか」と追求するのです。

すると、おもしろいことにソクラテスはこの問いに、まったくちがった話を始めるんです。
(ソクラテスの問答は、いつもこんなふうに、途中で神話だとか、ある巫女さんから聞いたんだが、とかという話が入ってきます)

ソクラテスはかつて、ある神官から「魂は神の下にあって、不死である」という話を聞いた、と言い出す。不死の魂は、ときに人の体に入って生命をもたらすけれど、その人が死ぬとまた神の下に帰って行って、今度はまた別の肉体に入るのだ、と。

だとすれば、魂は、ありとあらゆるいっさいのものを魂は見てきている、ということになる。だから徳についても、わたしたちの魂は神々の国にあったときに知っているのだ。いまわたしたちが新しいことを知って、わかったと納得できるのは、昔知ったことを思い出すからなのだ、と言う。

メノンは、それがほんとうかどうか証明してみてくれ、とソクラテスに言います。
そこでソクラテスはまだ数学も幾何学も知らない子供に、対話を通して幾何学を教えてゆくのです。子供は教わりながら、いろいろな定理を理解しはじめ、納得していく。そうしてソクラテスは、この子がいま知ったことは、この子の魂が昔覚えていたことを想い起こすのだ、というふうに説明していくのです。

ソクラテスがどんなふうに問答をしていったか、雰囲気だけでも伝わったら、と思います。実際に読んで、自分の目で納得してみてください。

『メノン』なら岩波文庫にもなっているし、一番アクセスしやすいのではないでしょうか。

ここではメノンというソフィストが「徳なんてものが、ほんとに教えられるものなのだろうか」と問いかけてくるんです。

そこでソクラテスが「教えられるかどうかより先に、まず確かめておくことがある」といって、「そもそも君は徳とは何だと思うのだ」と聞き返します。

そこでメノンは「そんなことは簡単だ、男の徳というのは、国家の仕事をなすこと、女の徳というのは、家のことを切り盛りすること」と答えるんですね。...続きを読む

Qソクラテスの死

ソクラテスが毒を飲んで死んだのは事実ですが、誰が飲ませたのですか?昔ソクラテスの妻だと聞きました。確認が取れません。ご存知の方、教えてください。

Aベストアンサー

たぶん、クサンチッペが悪妻で有名だったので、混同されたのだと思います。

毒ニンジンは、死刑のために用意されたものです。
弟子や知人たちが脱獄の手はずを整えていたので、逃げようと思えば逃げられたものを、あえて、自ら毒ニンジンを飲んだと書かれています。

つまり、死刑でもあり自殺でもあるといえます。そのとき、たとえば妻クサンチッペが手をそえてソクラテスに飲ませたというようなこともないようです。

参考URL:http://www5b.biglobe.ne.jp/~mizuta/mizutasekaisi/7sokrates.htm

Q東洋思想と西洋思想の違い

東洋思想と西洋思想の違いはなんだと思いますか。東洋思想はヨーガ、ヒンドゥー教、仏教、道教、儒教など
が根本だと思います。一方西洋思想はキリスト教、ユダヤ教が根本だと思っています。
東洋思想は仏教の空の思想に代表されるように
「一元論的」、「相対的」だと思います。
一方西洋哲学は一神教の思想に代表されるように
「二元論的」、「絶対的」といえるのではないかと
思います。
世界に二つ対照的な文化の流れがあるのはなぜでしょうか。それでは

Aベストアンサー

意外かも知れませんが、まず「腸の長さ」があると思います。


中東~欧米人の狩猟民族と、アジア系の農耕民族では腸の長さが違うんです。
さらに消化酵素にも差があります。

ちなみに肉食が主だと攻撃的、能動的、体臭がきつい、瞬発力にすぐれ持久力が無い・・・等の特徴があるんです。

もちろんアジア系も残忍なことをする人が沢山いますし、逆に、欧米人にも温厚な人がたくさんいると思いますが、やはり欧米人のほうが食文化的に感情的に走り、暴力に訴えることが多かったのだと思います。

そうすると、必然的に、それを抑圧しようとする動きも出て来ますので、「悪いことをすると警察に掴まるよ!」的な脅し、警告の意味もかねて、宗教的に「地獄に落ちるぞ」とか絶対的な神を置いたのではないかと思います。


つまり、絶対的な存在という【脅し効果】によって、人々の行動を抑制、統制しようという歴史、民族的な背景があったのではないかと推測します。




これに対して農耕民族は、穀物が生育するに適した、比較的温暖な気候の中で育っているということですから、肉食文化とは違う性質を持っているんだと思います。

欧米人とアジア人の、体格をみても一目瞭然ですよね。
あれはつまり食文化の違いです。


そんな風土、環境の中ですから、インドのヨガ(歴史5000年以上とも言われています)、中国の気功(3000年以上?)のような内省的なものが生まれたんだと思います。
だから、これらは欧米人から見たら「東洋の神秘」と言われるのではないでしょうか?
彼らには理解不可能な価値観だったのかも知れません。


そんな中で誕生したのが仏教なんだと思います。

「アレが在って、コレが在る」(縁起説)
例えば、「光」が在るから、「眼」が在るんです。
だって、光の届かない深海の生物には、眼が無いんです。

と、いうことは、この世のもの全てが相互依存的な条件で成り立っているということですから、おのおのに「本質」というものが無いということになります。
これが「空の思想」です。(「空」とは「欠けている」という意味です)

また、相互依存的な条件で生じているんですから、
逆説的に相互依存的な条件で滅しもするんです。
生まれるという性質を持つものは、同時に死ぬという性質も持っているんです。(諸行無常)


本当の仏教は宗教では無いんです。
論理的、合理的な真理・真実を述べているだけです。

アジア人がこういう論理的、合理的な知識を受容できるだけの気候風土に恵まれていたのかも知れません。


まるで憶測と偏見に満ちた回答ですが、遠からずだと思います^^

意外かも知れませんが、まず「腸の長さ」があると思います。


中東~欧米人の狩猟民族と、アジア系の農耕民族では腸の長さが違うんです。
さらに消化酵素にも差があります。

ちなみに肉食が主だと攻撃的、能動的、体臭がきつい、瞬発力にすぐれ持久力が無い・・・等の特徴があるんです。

もちろんアジア系も残忍なことをする人が沢山いますし、逆に、欧米人にも温厚な人がたくさんいると思いますが、やはり欧米人のほうが食文化的に感情的に走り、暴力に訴えることが多かったのだと思います。

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Q悪妻を持たないソクラテス

もしソクラテスの妻が悪妻でなかったら、或いは生涯独身であったとしたら、彼の哲学はどのようなものになったと思われますか?

Aベストアンサー

#2さんと同じで、変わらないと思います。

それよりクサンティッペの夫がソクラテスでなければ、クサンティッペは悪妻とは呼ばれなかったような気がします。哲学に現を抜かし、働かない夫に文句を言わない妻はよっぽどできた人間です。クサンティッペも普通の奥さんであったと思います。

Q西洋思想と東洋思想との比較思想について学ぶにはどうすればいいでしょうか

私は西洋哲学(主に分析哲学)や仏教哲学(インド・チベット中観思想、唯識思想、日本仏教思想、西田哲学)に興味を持っており、その両者を比較して研究することにも関心があります。
そこで次の2点について質問します。
1比較思想を行っている有名な学者さんはどのような方がいらっしゃるでしょうか?
2また比較思想の学科を置いている大学はどのようなところがあるでしょうか
何卒、ご回答よろしくお願いします。

Aベストアンサー

参考意見です。
 最初に注意しておきたいのは、安易に比較研究をしようとすると多くは薄っぺらな結果しか出てきません。これを行えるのは、実力のある学者か、天才だけです。
 とはいえ、普通の東洋思想の研究者は、西洋思想の中の自らの研究領域に似ている分野に関する知識は最低限もっています。現代は西洋人の研究者と交流することが多いので、東洋思想だけやって、西洋思想は知らないでは済まされない時代になっているからであり、なにより比較によってその思想が鮮明になるからです。
 例えば、唯識を学ぶのであればカント哲学のあたりは当然勉強していますし、道教を研究するならばキリスト教の知識は必須です(そして道教とキリスト教は驚くほど似ていることがわかる)。
 日本では何故か西洋思想研究が人気で、東洋思想研究は閑古鳥状態なので良質な学者が少なく、世間で売っている東洋思想に関する書物の大半は嘘つきだと思ってください。故に私は東洋思想を主軸にして研究を進めてゆくことを勧めます。
 
 比較思想研究を試みている人は多く、仏教学者では中村元、三枝充悳の名が挙がりますが、やはり井筒俊彦の著作は必読です。

 比較思想といったら京都学派の名が挙がりますが、問題も多いです。ハイデガーを禅の用語を使って訳してますが(『時と有』・・・。
 研究は基本的に原典の読み込みから出発しますので、文献学をしっかりと学べる大学が宜しいと思われます(以外に文献を読めない人が多く、特に仏教関係の読みはデタラメで、まともに読めている人はほんの一握りしかいません)。
 

参考意見です。
 最初に注意しておきたいのは、安易に比較研究をしようとすると多くは薄っぺらな結果しか出てきません。これを行えるのは、実力のある学者か、天才だけです。
 とはいえ、普通の東洋思想の研究者は、西洋思想の中の自らの研究領域に似ている分野に関する知識は最低限もっています。現代は西洋人の研究者と交流することが多いので、東洋思想だけやって、西洋思想は知らないでは済まされない時代になっているからであり、なにより比較によってその思想が鮮明になるからです。
 例えば、唯識を...続きを読む

Qソクラテスの謎

ソクラテスほどの賢人が、こと配偶者選択の際、なぜクサンティッペなどという悪妻を選んでしまったのでしょうか?

また、ソクラテスにはもう一人、ミュルトーという妻がいたそうですが、この女性がどういう人物だったのか調べたのですが結局分からず仕舞いでした。この女性はどういう人物だったのでしょうか?

彼女との結婚がクサンティッペに悪影響を及ぼしたのでしょうか?例えばこれはあくまでも想像ですが、ミュルトーがあまりにも美しく賢い女性だったためにクサンティッペが嫉妬に狂った、とか……?

なんだかちっとも哲学的でない質問で申し訳ありません。

Aベストアンサー

こんばんは。

今、手元の本を繰ってみましたが、ミュルトに関する記述は「息子を二人生んだ」だけですね。穿って考えるに、「他に特筆する程のものはない女性である」と見るほうが、しっくりくるような気がしますが・・・

クサンティッペに関しては、私はそこまで悪妻では無かったと思うのですが・・・実際にプラトンの著書に記述しているクサンティッペ像は、そんなに異常性を感じません。

後世の書物に「水をぶっかけた」なんてスキャンダラスにかかれた事で、悪妻のイメージが定着してしまいましたが、クセノフォンの著書などでは「直情型の女性」である事は書かれているものの、直情型の母に腹をたてていた長男に対し、「子が病の時は必死で癒そう努め、子が不自由せぬように家庭を必死で守る、こんな母親に対して腹を立てるなら、お前は善き事に対して腹を立てるのと同じだ。」と、戒める部分があります。

考えてみれば、後世に名の残る素晴らしい哲学者であったとは思いますが、家庭人としては、本業の石工は放り出して町の中を徘徊している、稼ぎの悪いダンナです。
少しばかり気性の激しい女性ならば、「このひょうろくだま!」くらい言いながら、ガミガミ怒るのは当たり前のような気がしますよ(私でもしそう・・・(苦笑))
それでもクサンティッペは家庭を守り、子供を慈しみ、ソクラテスの最後には涙を流し、ソクラテスから労わられています。

二人にはかなりの歳の差があったでしょうが、それでも慈しみの心はお互いに持っていたのではないかと思いますよ。

私見ですが・・・ご考察の一部に加えていただけたら幸いです。

こんばんは。

今、手元の本を繰ってみましたが、ミュルトに関する記述は「息子を二人生んだ」だけですね。穿って考えるに、「他に特筆する程のものはない女性である」と見るほうが、しっくりくるような気がしますが・・・

クサンティッペに関しては、私はそこまで悪妻では無かったと思うのですが・・・実際にプラトンの著書に記述しているクサンティッペ像は、そんなに異常性を感じません。

後世の書物に「水をぶっかけた」なんてスキャンダラスにかかれた事で、悪妻のイメージが定着してしまいましたが...続きを読む

Qソクラテス的発問とカテキズム的発問

教育工学の勉強でソクラテス的発問と教理問答(カテキズム)的発問の違いについて問題が出ました。
両者の問答の内容を調べ、大体の考え方は分かりました。
・カテキズム的問答‥最初に完全な文章を与え、語句の説明がなされ、証明事項が付け加えられる。教師は教え、伝える。
・ソクラテス的問答‥証明事項→推論→真理の追究。教師は指導せず、共に探求する。
以上のような感じで合っているでしょうか?(知識が浅いため自信がありません。)

また、両者を調べていると宗教・哲学的な話が多く、教育としての違いがいまいち説明できません。
(真理を教え導くという点では同じなのかもしれませんが、教育現場での発問の仕方における違いが分かりません。)
具体的に、どのような発問がソクラテス的発問で、どのような発問がカテキズム的発問なのでしょうか?
現代の理科などで行われている課題解決学習はソクラテス的な授業展開と考えてよいでしょうか?

また、ソクラテス的発問とカテキズム的発問の勉強をしていたら、帰納法と演繹法の関係に似ているのかな?と思うようになりました。
これは的外れな意見なのでしょうか?

質問が多くなってしまいすいません。
1つでも分かる方、また参考になる文献・HP等を知っている方がいらっしゃったら教えてください。

教育工学の勉強でソクラテス的発問と教理問答(カテキズム)的発問の違いについて問題が出ました。
両者の問答の内容を調べ、大体の考え方は分かりました。
・カテキズム的問答‥最初に完全な文章を与え、語句の説明がなされ、証明事項が付け加えられる。教師は教え、伝える。
・ソクラテス的問答‥証明事項→推論→真理の追究。教師は指導せず、共に探求する。
以上のような感じで合っているでしょうか?(知識が浅いため自信がありません。)

また、両者を調べていると宗教・哲学的な話が多く、教育としての違い...続きを読む

Aベストアンサー

カント「人倫の形而上学」の第2部 徳論 の第49節・50節に詳細が書いてあります。

テーマは、「倫理的弁証法」
人間学(今風に言えば、ソーシャルエンジニアリング)を元に開発されるべき「質疑の学」の代表としてこのふたつが上げられています。

自由を重視するという立場をとりながら、人が経験を学によって啓発し開発うるとすると、学ぶものが自己実現をするには、師弟の交流形態として、まず、二つあるそうです。しかしながら、徳論自体は、教義的側面を持つとされます(ご注意ください)。

ストア派の言葉をかりながら、義務・徳目のハンドブック化によって個人の啓発が行われないものであり(主意)、(徳論の場合はとくに)実体験を含む実践で養われていくべきであると語られます。

(ちょっと長くなりました。あとはお読みください)

ええっと
端的に言うと・・・

質疑哲学的には、
カテキスム的発問は(機械的に之まで教義的に習ってきた)知識を問うこと、ソクラテス的発問は、良心を揺り動かすように定式化せず問うということです。

たとえば、友人を殺そうと殺意を持つものが、その当該友人と雪山登山し、偶然事故(支えるべき手を誤って離してしまう)でその友人を失ったと仮定する場合。

法学の学生に
法的解釈の可能性を設問もしくは、定義を含め論理学的に殺人といえるのかどうかを発問するのが、カテキズム的発問(単に知識を問う)。

カテゴリー不問で
事故になって生き残ったものの気持ちを想像させ、同じような気持ちになったことがあるか質問する、また、自分にひきつけて、そのときどう行動したか、またはするかを体系的に議論するのが、ソクラテス的発問です。

カント「人倫の形而上学」の第2部 徳論 の第49節・50節に詳細が書いてあります。

テーマは、「倫理的弁証法」
人間学(今風に言えば、ソーシャルエンジニアリング)を元に開発されるべき「質疑の学」の代表としてこのふたつが上げられています。

自由を重視するという立場をとりながら、人が経験を学によって啓発し開発うるとすると、学ぶものが自己実現をするには、師弟の交流形態として、まず、二つあるそうです。しかしながら、徳論自体は、教義的側面を持つとされます(ご注意ください)。

ストア派の...続きを読む

Qプラトンが描いたソクラテスは史実の姿???

プラトンが描いたソクラテスは史実の姿???

プラトンの国家、ソクラテスの弁明を読んで、ソクラテスの史実の姿に興味を持ちました。

国家やソクラテスの弁明に描かれるソクラテスの姿は、大体、史実、ありのままと考えていいのでしょうか。
それとも、プラトンが描くソクラテスというものは、大部分が、史実とはかけ離れた空想の産物なのでしょうか。

Aベストアンサー

史実という考え方自体が、近代的考えです。

古典時代の人々が、食べていた食べ物を「今の目線で」
「まずい」とか「料理の仕方が洗練されていない」とかと評価できないのと同じで、歴史的に「それはそれ」とまず、さらっと読むことが大事です。

史実という事で言うと
ヘロドトスとトゥキディデスの比較がよく話題となります。
ヘロドトスは、「物語」の作家
トゥキディデスは「史学」の著者とされます。

さて
「伝記」は、「歴史書」なのでしょうかそれとも「読み物」なのでしょうか?どちらかというと「奇跡をつづるといった側面が強いと思います。少なくとも「記述するにふさわしい数奇な内容」のはずです。

この時代に書かれた書籍は
基本的には、「伝説的読み物」といったほうがいいと思います。

トゥキディデス=史実重視の見方・政治的意図で書かれた文章=プログラムは、例外中の例外です。

比較の対象として「クセノフォン」のソクラテス伝をよんでみるのもよいのかもしれませんが、「思想」としては、プラトンのほうが優れています。人から人へ伝えていくといった視点からも明らかに勝っています。

また、「弁明」のほうは、史実に比較的近いということも出来ます。ソクラテスの弟子=プラトンが書いたことですから、内容(こんな感じだったんだろうなというイメージ)だけ
持っていけば
いいと思いますが、

でも、全てが夢物語ではありません。

「聖書のでたらめ」を信じている人たちが、党派的に「哲学全般に対して批判・弾圧を繰り返してきた」という歴史的事実にも着目してください。肩の力を抜いて取り組んでください。

プラトンは、自分に対して「辛口」になることが出来る思想のヒトツです。キリスト教はその逆。

史実という考え方自体が、近代的考えです。

古典時代の人々が、食べていた食べ物を「今の目線で」
「まずい」とか「料理の仕方が洗練されていない」とかと評価できないのと同じで、歴史的に「それはそれ」とまず、さらっと読むことが大事です。

史実という事で言うと
ヘロドトスとトゥキディデスの比較がよく話題となります。
ヘロドトスは、「物語」の作家
トゥキディデスは「史学」の著者とされます。

さて
「伝記」は、「歴史書」なのでしょうかそれとも「読み物」なのでしょうか?どちらかとい...続きを読む

Qソクラテスと豚、または生産的議論と消費的理論

ソクラテス側にも、豚の快楽なんてろくでもないよね、と対抗している時点で、少し嫉妬交じりの感情が混ざっているわけですし
豚からしたら、ソクラテスが何を言おうと「それでも別に良いや俺幸せだし」と開き直られたら、ソクラテス側は負けてしまう気がするんです
「はいはい頑張って他人にも良いような行いしてね、俺はそれをどんどん消費するからね」と言われたら、なんかとてっても悔しいですし、それでも続ける気になれないのではないかとおもうのです、よっぽどの人で無いと

屁理屈に負けてしまいそうなんです・・・

https://oshiete.goo.ne.jp/qa/8641327.html
(回答番号15への質問者のコメント)

*** *** *** *** ***

教えて!gooで数数の名言を読んできましたが、これはベスト5に入る内容だと私は判断します。ちなみに私は回答番号17,23で参加してゐます。また私なら回答番号21をベストアンサーにします。

「不満足なソクラテス」による生産的議論、「満足した豚」の消費的理論、どちらを支持するか見解が大きくわかれるのはなぜですか。

ソクラテス側にも、豚の快楽なんてろくでもないよね、と対抗している時点で、少し嫉妬交じりの感情が混ざっているわけですし
豚からしたら、ソクラテスが何を言おうと「それでも別に良いや俺幸せだし」と開き直られたら、ソクラテス側は負けてしまう気がするんです
「はいはい頑張って他人にも良いような行いしてね、俺はそれをどんどん消費するからね」と言われたら、なんかとてっても悔しいですし、それでも続ける気になれないのではないかとおもうのです、よっぽどの人で無いと

屁理屈に負けてしまいそう...続きを読む

Aベストアンサー

plapotiさんが何故このような問題提起をされたかが
わかりました。

「他者排除」は人間の持つ、「慢心」「保身」「差別」
「攻撃性」などの悪い心が起こすもので、「ソクラテス」
「豚」の区別はないと思います。

日本中どこに行っても、「序列」「いじめ」があるのは
実感しています(私はけっこういろんなところへ行きまし
た)。
つまり、「ソクラテス」の責任ではないということです。

それに、あなたの説では、生粋の豚(つまり怠け者)を弁護
し、健気なソクラテス(働き者)のやる気を削いでしまう危
険性があると思います。


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