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「プラトン・ソクラテス・アリストテレスにとって『善く生きる』とはどういうことか?」という問題が学校で出ました。さっぱり解りません。
誰か解る方がいらっしゃいましたら回答をお願いします。

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A 回答 (1件)

うわ……大学ですよね。

これは結構大きい問題で、真剣にやると
卒業論文クラスのものが3,4本書けそうなのですが…^^;;
ので最初に長くなりそうなことと、一定以上知識のある方から見ると
穴だらけになるであろうことをお断りします。

哲学史はタレスから始まるのが一般ですが、ソクラテス以前の哲学者は
多くが自然哲学的なことがらを主題として残っており、人間に目を向けるように
なったのはソクラテス以降、その影響が強いと言われています。
ソクラテスはただのらくらと生きる人々を捕まえて、「善とは何か」「美とは何か」などを問い、ただ生きるのではなく善く生きよ、と主張しました。
「善く生きよ」とは古代ギリシアを流れるテーマの一つであり、「善」論であり、
倫理学の根っこでもあります。

まずソクラテスからいきましょう。はっきり言って自信がないです。これには理由があるのですが…(苦笑)
ソクラテスは著作がありませんが、プラトンの書いたものののうち「弁明」と「クリトン」はソクラテス自身の主張を表しているとされます。
「善く生きよ」という言葉は「クリトン」の中のものです。
「クリトン」は死刑判決をくらったソクラテスのところに友人が来て脱獄を勧めるのをソクラテスが断るというお話です。
クリトンにおいてソクラテスはまず、「善」を「美」や「正」と同じであるとします。
ソクラテスは不正をされたからといって不正をし返すのは正しいことではない。
たとえ不正な仕方によって死刑になったとしても、アテナイが好きでアテナイに残ることを選んできたのだから
今更脱獄するのは不正であり、脱獄して法破りの人間として他国に亡命しても法を破ったものとして生きていくのは本意じゃないとソクラテスは言うのです。
ここでソクラテスのいう「善く生きる」がちょっと見えてくるのですが、「正しい(善い)」ことをすべきである、というような感じです。
ただその「善」とは「みんなは本当に知っている? すごく大事な何かが確かにあるんだ」と「無知の知」において問われてきたものなので、おそらくは普遍的なものでしょうがいまいちはっきりしません。議論があると思うので倫理学の論文とか読むといいかもしれません。

これが案外はっきりしてくるのはプラトンです。プラトンは「国家」第6巻において
これを善のイデアとしてずずずいっと挙げています。
イデアというのはご存知でしょうか、まあ美のイデアだったら色んな美しいものに
美を分け与えている普遍的絶対的な美そのもの、という感じです。
で「善」のイデアは一番すごいイデアで他のイデアをイデアとして存在させると同時に全ての善いものの大ボスなわけです。
ただこの善のイデア論は色々問題があって議論されてますし、プラトンも国家以降取り上げてません。
あとは知によって正しいことを知り、それを行うこと、つまり哲学することがよい、とかあります。
まあイデアに代表されるような絶対的価値があり、それに向かって生きていくべきだ、という姿勢が基本です。
でソクラテスとプラトンの違いの一つは、プラトンは一生の観点でものごとを見て善く生きようと思ってます。なので善いことのために「死んでしまう」のは考慮外なのです。生きてナンボです。

アリストテレスは上の二人とは違って個物を大事にする人です。
イデアより目の前にある個体だよっていうかイデアなんか無いよって人です。
彼の生き方に対する思想は倫理学の中に見られます。
アリストテレスは倫理学って善、それも人間が手に入れられる最高の善(人間的善)
を探すものだ、とします。それは何かというと幸福です。
幸福は幸福自体が目的で、お金や、徳や快楽は幸福のための手段なわけです。
でなおかつそれは一番善い徳に沿った(魂の)活動でであるとしました。
で具体的にどんな生き方、というと哲学者の生き方です(笑)もしくは観照的生活といいます。
実践的な生活、つまり生きるために働いたり、政治をやったりすることもいいことですが、それより理性を使って思索することの方がもっといい、とアリストテレスはします。
それは神の生活がそういう生活だからで、できるだけそれに近づこう、という理由からでもあります。

以上が三人の善論についてのかなり雑なまとめです。
まとめると哲学者バンザイになってしまうような気もして頭が痛いのですが・・・。
無理に三人の目指したものを一つにまとめるなら「善を目的として生きる」でしょうか。うーん・・・・。

まあ軽く参考程度に流してください(笑)
テクストはプラトン著作が「クリトン」「弁明」「国家」アリストテレスが「ニコマコス」を使ってます。
高校倫理レベルでしたら、まとめたページを探してみました。

参考URL:http://kobe.cool.ne.jp/sincos/phylo/hs/contents/ …
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この回答へのお礼

わけのわからない質問に答えて頂き、ありがとうございます。
何とか形として掴めそうです。(あくまでもなんとか…)
回答を読ませてもらってると、「あ~、なんだか先生がそんなことを言ってたなぁ」って感じです。。。やっぱり授業に出る以上は自分のものにしないともったいないですね。これから少しずつでも頑張ります。今回はありがとうございました。

お礼日時:2001/10/12 00:02

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Qソクラテスの『善く生きる』

ソクラテスの『善く生きる』という言葉の意味をできるだけ簡潔にまとめたいのですが、どのようにしたらよいでしょうか。私は専門が理学系なので哲学は未履修です。高校の倫理の教科書を借りて読んでみてはいるのですが、いまいち内容に合点がいきません。

Aベストアンサー

ソクラテスの『善く生きる』ですか。
ソクラテスやプラトンが用いる「善く」という意味がわからないと答えようがないですね。
かれらの意味する「善く」というのは単なる道徳や慣例・知識ではないのですね。神の目から見て「正しいこと」を「善く」といっているのですね。
ソクラテスの時代も現代も同じですよ。殆どの慣例や知識が神の目から見て「正しいこと」ではないので、『善く生きる』ということは「ラクダが針の穴を通るほど」難しいことですね。
とはいえ、回答としては「あなたの良心に従い生きること」が『善く生きる』に一番近いと思いますよ。
知識や道徳ではなく「良心」というのがみそですね。
とはいえ何か例がいりますかね。例えば、葬式の後の塩なんかは慣例ですが、だれが始めたのかも不明、効果も不明、単なる迷信ですが多くの人が信じて実行していますね。正しくないのでこんなのまねても『善く生きる』にはならないということですね。多くの知識や道徳・慣例などもあなたの良心に従い見直しながら生きるということですね。

Qあなたにとって「よく生きる」とはなんですか?

はじめまして、閲覧ありがとうございます。

倫理の試験で「あなたにとって“よく生きること”とはなにか、150字以内で答えよ」と
いう問題が出題されるらしいのですが、イマイチピンと来ません。
あなたにとっての“よく生きること”を聞かせてください。
参考にしたいので、回答宜しくお願いいたします。

Aベストアンサー

他の人の意見を心に受け止めつつも、自身を、見失わない。自分自身の道を歩みつつも、他の人の利益を損なわない。理想は高いがそれに振り回されることなく、着実な歩みを成して、一歩一歩自己のしあわせを実現して行くこと。簡単ではないこれらのことを、達成していること、それが、私にとってのよく生きることです。

Q『善く生きること』とは?

私は哲学が大好きで、特にソクラテスに深い興味があります。

ソクラテスは”無知の知”や”善く生きることが大切だ”と説きましたが、果たして”善く生きる”とはどういった生き方なのでしょうか?誰かの受け売りではなく、自分なりの”善い生き方”を教えてください◎

難しい質問かとは思いますが、よろしくお願いいたします^^

Aベストアンサー

「善く生きることが大切だ」というのは、倫理の第一命題と言えるようなものですね。
哲学もいろいろで、私が与している哲学の派は、倫理の価値を否定しています。
「よい」とか「大切」というのは人を惑わす言葉であって、それに躍らされると物事がわからなくなると思うのです。

「よく生きる」という時、自殺は許されるか、という問題を例に挙げてみましょう。
自殺はよく生きることには入らないからダメだ、というのが一般的見解かもしれません。
しかし、「よく生きることができないくらいなら自殺する方がよい選択なのだ」という考え方も成り立ちます。
そういうわけで、「よく生きる」というのは簡単に決められるものではありません。

「よい」とか「大切」とかいったものを取り除いた世界では、どういう風に生きるのか、ということになってくると思います。
私は、「できることをし、できないことはしない」くらいしか言えません。
しかし、そのためには、「何ができて、何ができないのかを見極める」ということを考える必要が出てきそうです。
それゆえ、世界を知る、自分を知る努力を続けながら生きるのが、好ましい生き方であると私は考えています。

「善く生きることが大切だ」というのは、倫理の第一命題と言えるようなものですね。
哲学もいろいろで、私が与している哲学の派は、倫理の価値を否定しています。
「よい」とか「大切」というのは人を惑わす言葉であって、それに躍らされると物事がわからなくなると思うのです。

「よく生きる」という時、自殺は許されるか、という問題を例に挙げてみましょう。
自殺はよく生きることには入らないからダメだ、というのが一般的見解かもしれません。
しかし、「よく生きることができないくらいなら自殺する...続きを読む

Q善く生きる とは

こんにちは。
ソクラテスの有名な言葉、善く生きる、とは、一体どういうことでしょうか。
個々人のお考えもあるかと思いますが、ここでは哲学的な解答を募集いたします。
どうぞよろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

>ソクラテスの有名な言葉、善く生きる、とは、一体どういうことでしょうか。

○「善く生きる」とは「正しく生きる」という意味ですね。
哲学的に言えば、正しく生きることは正しい知識に従って生きるということですね。
ここでいうところの「正しい知識」が問題なのですね。ソクラテスの「正しい知識」の説明は不立文字ですが、当時の常識を「無知の知」といってますから並みの話ではないことは理解されるでしょう。
例えば、孔子は「心の欲する所に従えども矩を踰えず」といってますが、これがソクラテスの「善く生きる」と同じ意味ですね。これは、人間は摩訶不思議な世界の住人であることを知り、その住人として今を生きるということですが、説明は摩訶不思議観になるので割愛となるわけです。
ソクラテスは、肉体を通して見聞きした知識の世界は全体のごく一部でしかないと知っていたということですね。
一部の世界のルールでなく、全体の世界のルールに従って生きるのが「善く生きる」つまり、「正しく生きる」ということですね。


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