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私は「無知の知」というと
自分が知らないということを知る、という自覚の意味だと思っていたのですが、
どうもその「知」というのが
>ソクラテスの無知とは、善美のことがら
(徳)についての無知であり、それは「徳のなんであるか」についての無知である
と言ってるサイトがあったのでちょっと分からなくなりました。
これがそのサイトです。ページなかほどにありました。
http://www.eleutheria.com/philosophia/data/667.h … 

ソクラテスのいう「知」とは普遍的な知ではなく徳についてだけを指すのでしょうか?

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A 回答 (13件中1~10件)

ちまり、「無知の知」は「適材適所」なんですよということですよね。


気力、知力も乏しいような人が社長や専門家になったり、勤勉で世話焼きなのに裏社会を選んだりがあっては誰もが役割を真っ当できなくなったり無意味を味わうになってしまうということなんじゃないでしょうか。
誰にも無知の知はあると思います。
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お礼がありましたので、再です。



基本が解かれば。。。。。でしょうか。

専門家はどなたでもいます。
意見を素直に受け入れ、うそもありますが。
吸収すればいいとは思います。
どれが良いか、悪いか、個人的には判断には迷いますけど。
どれが、本質かが解かればいいのかもと思います。
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ANo.10です。


ちょっと付け足しです。。。

==引用(同じ本です)===

諸君、真に賢明なのは独り神のみでありまた彼がこの神託でいわんとするところは、人智の価値は僅少もしくは空無であるということにすぎないように思われる。そうして神はこのソクラテスについて語りまた私の名を用いてはいるが、それは私を一例に引いたに過ぎぬように思われる。それはあたかも「人間達よ、汝らのうち最大の賢者は、例えばソクラテスの如く、自分の智慧は、実際なんの価値もないものと悟ったものである」とでもいったかのようである。

===以上===

こちらが、最大の結論ですね。
即ち、「人智は所詮空無である」と悟った者が賢明であり、「無知の知」はそこに至方法というワケですね。
なんだか、仏陀の言葉のような気もしてきますな(笑)
ソクラテスは実は悟りを開いた「仏」だったのかも、、、。
連続投稿失礼しました。
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さてさて、ソクラテスについて語るなら、やっぱりソクラテスの一番の弟子であるプラトン君に登場してもらいましょうか。


彼の本に、ソクラテスの裁判の様子を記録した『ソクラテスの弁明』という本があります。
そこで、プラトンはソクラテスが次のような弁明をしたと書いています。

===以下引用===

私の智慧に関する―もしそれが実際智慧と言えるものならば―またその性質に関する証人として、私はデルフォイの神をたてる。思うに諸君はカレイフォンを知っておられるに違いない。(中略(以下「…」で示す)
彼はかつてデルフォイに赴き、次の如き問いに対して神託を求むるの大胆を敢てした。「…」
即ち彼は、私(ソクラテスの事)以上の賢者があるか、と伺いをたてたのである。ところがそこの巫女は、私以上の賢者は一人もいないと答えた。「…」
その神託を聞いたとき、私も自問したのであった。神は一体、何を意味し、また、何事を暗示するであろうか、と。私が大事においても小事においても賢明でないということはよく自覚しているところであるから。して見ると、一体どういう意味なのであろうか、神が私を至賢であると言うのは。けだし神にはもちろん虚言のあるはずもない。それは神の本質に反するからである。「…」
私は賢者の世評のある人々の一人をたずねた(政治家)。そこにおいて「…」神託において反証をあげ、そしてこれにむかい「見よ、この人こそ私より賢明である、しかるに汝は私に至賢であるといった」と、主張することができるであろうと考えながら。「…」彼と対談中に私は、なるほどこの人は多くの人々には賢者と見え、なかんずく彼自身はそう思い込んでいるが、しかしその実彼はそうではないとの印象をうけた。それから私は、彼は自ら賢者だと信じているけれども実はそうではないということを、説明しようと努めた。その結果私は彼ならびに同席者の多数から憎悪を受けることになったのである。しかし私自身は、そこを立ち去りながら独りこう考えた。とにかく俺の方があの男より賢明である、なぜといえば、私たち二人とも、善についても美についても何も知っていまいとおもわれるが、しかし、彼は何も知らないのに、何かを知っていると信じており、これに反して私は、何も知りはしないが、知っているとも思っていないからである。されば私は、すくなくとも自ら知らぬことを知っているとは思わないかぎりにおいて、あの男よりも智慧の上で優っているらしく思われる。それから私は、前者以上に賢者の称あるもう一人を訪ねたが、まったく同様の結論を得た。

『ソクラテスの弁明』久保 勉・訳 岩波文庫
※()は私が付け足しました。
====以上===

この後、ソクラテスは様々な人と問答を繰り返したことを述べ「尊敬されているひとよりも世間一般の人の方が智見において優れている事」を知ったと述べ、詩人は智慧というよりも「自然的素質と神懸かりとによ」って美しい詩を書く一方で「その真義については何らの理解もないのだ」と悟り、また手工業者にあっては「私のの知らない事を知ってい」て「その点は彼らの方が知者だった」けれども「その業とせる技芸に熟練せる故をもって、他の最も最大の事柄に関しても最大の識者である」と誤解している。
そして、「私自身と神託とに対して、自らあるがままである方が、私にとってよいのだ」と結論付けます。

以上が、プラトン君による「ソクラテスの無知の知」ですね。
私は、この『ソクラテスの弁明』と質問者さまが引用されているサイトを読み比べてみて、どうもサイトの文章は「カントの哲学にソクラテスを結びつけようとして、都合の良い解釈をしているな~」と観じました。
確かに、ソクラテス哲学においても「正義(徳)」というのが「キーワード」として出てきますが、、、。
素直に読めば、「無知の知」とは、「されば私は、すくなくとも自ら知らぬことを知っているとは思わないかぎりにおいて、あの男よりも智慧の上で優っているらしく思われる。」ということですね。
一度、『ソクラテスの弁明』を読んでみてはいかがでしょう?
文庫版で60ページくらいの短いモノですので。
ついでに岩波文庫なら、もれなくプラトンのもう一つの作品『クリトン』がもれなく付いてきます(笑)
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どうも、はじめまして。



取り合えず疑問に対しての回答は「無知の知」の真意も、そのサイト・本が間違っているのかどうかも「分からない」です。

私はソクラテスではありませんし、彼から真意を聞いたこともありません。
もしかしたら…ですが、ソクラテスが誰かの言葉を引用した可能性等もあります。
よって正しいとも間違いとも言えません。故に誤解してないと断言できる人なんて居ません。

結局の所、思いたいように思えばいいんですよ。
まぁ、私は「他人の言葉」は己の言葉を生み出す踏み台・反面教師とすべきであって、
それについて以下の様なことは(あくまで極々個人的に)好ましくないと思いますがね…
・理解していると公言する
・誰かを攻撃する武器にする
・それを正と思ってしまい、己の言葉へと繋げられない

そして誤解を承知であえて「無知の知」を訳するならば…
何を知らないかを知っている者は、何を学べばよいかを知っている者である。
で、そこに繋げる言葉は…
故にその者は真に何も知らぬ者より一歩先に居る。
その一歩は見つけられぬ程大きく、また見つけられぬ程小さい。

では、失礼致します。
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No.7ですが、追伸・・・。


多分場面的には、わかりもしない人が壇上に立って、えらそうに
理屈をこねてたんだと思います。
それを見てたソクラテスが、私もわかってないが
あそこに立ってないだけ、私の方がまともな人間だ。
と思ったのでしょうね。
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「自分が知らないと言うことを、知ってるだけでも


私の方が、すぐれている。」でいいですよ。
自分は、たいした人間ではないと言うことを知ってる分だけ
それに気がついてない人より、少しはまし。と言うところでしょうね。
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「無知の知」は自分が知らないということを知る、という自覚の意味ではないですね。


参考サイトにあるように「どんなに多くの知識や専門知識があっても」
「無知の知」なんですね。
この本当の意味は、「よって立つ土台が間違っているということを知らないでどのような知識を積み上げても所詮意味のないこと」という意味ですね。
本当の土台を善美というか徳というか、普遍の真理というかだけのことです。これは通常の普遍的な知という意味ではないですね。
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#2です。


自分の考えが正しいと思い込んでいる人はしばしばその考えに都合のいいように発想を飛躍させ、無闇に断言したがる傾向がありますよね。
実際私も「決して専門的な知識や常識的な知識について知らないという意味ではない」と思います。「無知の知」の「知」はもっと広く一般的な意味だと。つまり「徳」がどうこうという意味を含んではいてもその意味限定ではないということで、「徳」が真理から導かれるにしてもやはりリンク先は間違いでしょう。
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岩田さんが、カントを持ち上げるために、ソクラテスを矮小化させた文章のようですね。

この岩田さんってあまり論理的な方ではないような気がします。
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Qソクラテスの無知の知は矛盾していませんか?

ソクラテスの無知の知についてです。
高校の倫理でソクラテスのことを学び、
その中でソクラテスの思想に「無知の知」というものがありました。

ソクラテスは、
「あなたは自分の無知を知らないが、私は自分の無知を知っている(=無知の知)」
と習いました。

しかしここで思うのが、
ソクラテスは自分が無知であると言うことを知っていると言いましたが、
これを同じく返されたらどうなるのでしょうか?

ソクラテスは無知について知っているとは言えないのではないでしょうか?
ソクラテスに対して、
「あなたは実は無知であることを知らない」
と返した場合無知の知は無くなってしまうのでないでしょうか?

Aベストアンサー

有名な『ソクラテスの弁明』に出てくる「無知の知」ですね。


おそらく、本来の意味とは少し異なった意味を教えられたのではないのかと思います。

無知の知はソクラテスの哲学を表す重要な言葉で一文節を取り出して、そこだけで解釈すると誤解が生じてしまうので『弁明』の全体を見て解釈するのが大事だと思います。

お粗末ですが、軽く無知の知に至るまでを説明しますね。


ソクラテスは神からある言葉を授かります。その言葉とは
「ソクラテスより知者はいない」
というものです。

ソクラテスは考えます。
俺が一番賢いわけがない。


ソクラテスは、この神の言葉は間違いであることを証明しようと試み、自分より知者であると思われる、評判高い人々を訪れるわけです。その人達の職業は詩人であったり大工であったり様々です。


ソクラテスは彼らが自分よりも知者であることを期待して訪ねたのですが、話をしてみるとどうも勝手がちがいました。


といのも、彼らは確かに専門的な知識はソクラテスよりも優れていました。しかしそれに奢って
「徳であったり、本当に善いものに関する知識」
を持っていないにも関わらず知ったかぶりをして話をしていたのです。


その一方で自分は、徳とか善きものについて知らないということを自覚している。
その点で彼らよりも自分は賢い。
ソクラテスはそう考えました。


ここでソクラテスに初めて「無知の知」が自覚されます。


「無知の知」は「不知の知」とも表記されていて、私は後者の方がしっくりきます。

といのも、
「知っているものが何も無い」
という状態ではなく
「知らない(不知)ということを知っている」


と解釈しているからです。

ですから、質問者さんが問うように
「ソクラテス、あなたは無知(不知)を知らない」
と言われれば、きっとソクラテスは
「いや知っている、自分は善とか徳については何も知らないことを知って(自覚して)いるよ」
と答えると思います。


付け加えるなら
「ぜひ教えてくれないか、君も知らないならば一緒に探求しようではないか」
とも言いそうです(笑)



気になるようでしたらぜひ『ソクラテスの弁明』を実際に読んでみてください。文量は多くないので気軽に読むことができると思いますよ。


長文失礼しましたm(__)m

有名な『ソクラテスの弁明』に出てくる「無知の知」ですね。


おそらく、本来の意味とは少し異なった意味を教えられたのではないのかと思います。

無知の知はソクラテスの哲学を表す重要な言葉で一文節を取り出して、そこだけで解釈すると誤解が生じてしまうので『弁明』の全体を見て解釈するのが大事だと思います。

お粗末ですが、軽く無知の知に至るまでを説明しますね。


ソクラテスは神からある言葉を授かります。その言葉とは
「ソクラテスより知者はいない」
というものです。

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Q学校のレポートで出された課題なのですが

学校のレポートで出された課題なのですが

ソクラテスの訴えられた真の理由

ソクラテスが知を愛するものの生き方

ソクラテスのしについて

というこの3つを合計2000字でだされてしましました・・・
お手伝いお願いします><

Aベストアンサー

知識人に対して「教えてください」とソクラテスは下手に出て質問をしたわけです。
知識人は質問されて常識とされることを答えた。
するとソクラテスは例えを出して「じゃあ これはどうですか」と問答を繰返しているうち、最初の答えとは違う答えを知識人に導かせることになった。

深く考えることで常識が正しく無いと、知識人に悟らせたわけです。

つまり知識人は実は深く考えていないおバカな人って暴いてしまう結果になった。

ソクラテスは暴くつもりはなく、もうちょっと深く物事を考えましょう、 考えることを愛しましょう という活動をしただけなのですが、知識人はバカを暴かれたと思って恥をかかされたと思ったわけです。


<ライラの冒険 黄金の羅針盤>って映画をみたことがあるでしょうか?
ライラはソクラテス。
ライラだけが真理を示す黄金の羅針盤を読める少女なのですが、教権は彼女を自分たちの地位を脅かす存在だとして、恐れたわけです。

ライラの冒険では、ダイモンが登場します。
ダイモンは誰にもくっついている。
その人の本性を表す動物のような形をしている。

ソクラテスはダイモンが自分についていて、間違えたことをしそうになるとダイモンが自分を止めてくれていると思っていた。
知識人に問答をふっかけることをダイモンは止めなったことから、それが間違えたことだとソクラテスは思っていなかった。
ダイモンはまったくの真理からやってくるものだと信じていたので、ダイモンが止めないってことは正しいことだと思っていたわけです。

そのように真理を探究したソクラテスを見て、若者はソクラテスに注目したわけです。
知識人よりソクラテスの方を重要視したわけです。

すると面白くないのは若者たちに尊敬されるはずの知識人です。

教権 すなわち アテナイの知識人は、ダイモンの存在を信じるソクラテスを「アテナイの神とは異なる神を信じ、若者を堕落させたと告訴した。

知識人たちは懲らしめのつもり程度で、ソクラテスを殺すつもりなんて無かったんです。
「ごめんなさい あなたがたに恥をかかせてしまった」ってソクラテスが非を認めたら、それでよかった。

だけどソクラテスは、ダイモンが止めなかったってことは自分が知を探求する姿勢は正しことであり、謝る必用な無いんですって非を認めなかったし、知識人をバカにするつもりなどさらさらなく、もっと深く物事を考えましょうって運動だったって主張したことで、知識人はムカついてだんだん本気になっていったわけです。


裁判でちょっと懲らしめる程度のはずが シリアスな状況になっていき、それでも脱獄は容易だったのですが、脱獄することは不正をするということであり、不正は自分の理に反するとして、多数決で決まったものは例え悪法であっても、法を守るためにはその判決に従うのが正しい人である として、自ら毒を煽って自殺したんです。

これが後にキリスト教のイエスが苦いブドウを飲むってエピソードに繁栄されたんだと思う。

プラトンの国家に義人の証明ってのがあります。
本当にその人が義人なのか、評判を得て得をするために義人のふりをしているのか、どうやって確かめられるかって理論をもって書いたもので、その人が義人ならたとえ名誉を奪われ十字架にはりつけになり槍で疲れても、最後まで義人であり続けたら、その人は得を得るために義人のふりをしていたのではなく、根っからの義人だったということが証明できる ってしていた。

つまり、プラトンの義人の証明がソクラテスの死なんです。
ソクラテスのことについては、プラトンの書いた書籍からしかほとんどわかっていません。
実在の人物だったとは思いますが、死亡は本当に死刑になったのかどうかわかりません。

知識人に対して「教えてください」とソクラテスは下手に出て質問をしたわけです。
知識人は質問されて常識とされることを答えた。
するとソクラテスは例えを出して「じゃあ これはどうですか」と問答を繰返しているうち、最初の答えとは違う答えを知識人に導かせることになった。

深く考えることで常識が正しく無いと、知識人に悟らせたわけです。

つまり知識人は実は深く考えていないおバカな人って暴いてしまう結果になった。

ソクラテスは暴くつもりはなく、もうちょっと深く物事を考えましょう、 考える...続きを読む

Qソクラテスの『善く生きる』

ソクラテスの『善く生きる』という言葉の意味をできるだけ簡潔にまとめたいのですが、どのようにしたらよいでしょうか。私は専門が理学系なので哲学は未履修です。高校の倫理の教科書を借りて読んでみてはいるのですが、いまいち内容に合点がいきません。

Aベストアンサー

ソクラテスの『善く生きる』ですか。
ソクラテスやプラトンが用いる「善く」という意味がわからないと答えようがないですね。
かれらの意味する「善く」というのは単なる道徳や慣例・知識ではないのですね。神の目から見て「正しいこと」を「善く」といっているのですね。
ソクラテスの時代も現代も同じですよ。殆どの慣例や知識が神の目から見て「正しいこと」ではないので、『善く生きる』ということは「ラクダが針の穴を通るほど」難しいことですね。
とはいえ、回答としては「あなたの良心に従い生きること」が『善く生きる』に一番近いと思いますよ。
知識や道徳ではなく「良心」というのがみそですね。
とはいえ何か例がいりますかね。例えば、葬式の後の塩なんかは慣例ですが、だれが始めたのかも不明、効果も不明、単なる迷信ですが多くの人が信じて実行していますね。正しくないのでこんなのまねても『善く生きる』にはならないということですね。多くの知識や道徳・慣例などもあなたの良心に従い見直しながら生きるということですね。

Qソクラテスの死の意味について教えてください。ソクラテスが自ら死を選んだ理由です、

ソクラテスの死の意味について
教えてください。
ソクラテスが自ら死を選んだ理由です、

Aベストアンサー

無知を自覚していない人は無知だ等という自説を説いたソクラテスは、政治家達の反感をかい、異分子として排除するため裁判にかけられ、死刑判決を受けます。が、もし、ソクラテスが自分の考えを説かずに、今後一切黙れば、死刑を見逃し生かしてあげよう、という条件を言い渡されます。が、ソクラテスは、自説を曲げ、お上に従って生きても、それは生きているとは言えない、植物人間と同じだ、それならば、死刑を受け入れる事を自ら望んだのです。つまり、ソクラテスは魂を売り渡し、飼い慣らされた豚になるよりも、自分の信念を貫き通す事を選んだのです、死を持って。そこにソクラテスの意思の強さ、ソクラテスの死の尊さがあるのです。支配に屈しない、元祖パンクロッカーと言えます。かっこいいですね。私も踏襲しています。自分が正しいと信じた事を貫き通します。それにより多少石が飛んで来る事があっても。でも、本当の強さと自信があれば、そんな小石はものともしません。ソクラテスのように、命を落とす事に比べたら。。


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