日本文学の、写実主義と自然主義の違いがよくわかりません。
写実主義は明治初期に坪内逍遥が提唱して二葉亭四迷が確立したものですよね?
自然主義は明治末期より田山花袋などの私小説的なものをいうみたいですが、なんだかどっちも人間の心理とか真実とかを描き出すことには変わり無いと思うんですが・・。
主義というだけには何か決定的なものはないのでしょうか?ただ単に時期が違うというだけなんでしょうか?日本の自然主義はヨーロッパのものとはまた違うなどあるみたいですが・・。
便覧見ても人に聞いてもいまいちしっくりこなくてしこりを残してます。

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A 回答 (4件)

 実は僕も疑問に思いまして、調べてみたことがあるんです。


 本当に、疑問に思われても無理もないことだと思います。というのは、明治の文学史を見てみると、ひっじょーに奇妙なことが起こっているからです。
 まず、写実主義の方は、おっしゃるとおり、坪内逍遥の『小説神髄』に始まり、二葉亭四迷の『浮雲』を本格的な出発点とする流れです。言文一致が特徴ですね。文字通り、現実を描写するという意味で写実的でした。
 で、自然主義にいく前に、浪漫主義という流れがあったのをご記憶でしょうか。雑誌『文学界』を拠り所に、北村透谷や初期の森鷗外らが活躍しました。その『文学界』の創刊当初のメンバーに、あの島崎藤村がキッチリ顔を見せているのです。彼は、浪漫主義抒情詩人として出発していたのでした。これがハナシをややこしくする元なんです。つまり…日本においては、自然主義というのは、写実主義からではなく、浪漫主義から派生したと言える部分がある、ということです。ヨーロッパとは全然ちがう経緯を辿っている。そのため、「自我」であるとか「内面性」であるとか、そういう浪漫主義的要素を多分に引きずることになりました。
 さらに、日本における自然主義の出発点をなした、藤村の『破戒』、これがまた問題なんです。
 ヨーロッパにおける(つまり、もともとの)自然主義は、写実主義の客観的描写姿勢を受け継ぎつつ、より科学的・実証的・体系的に現実を捉えようとする、実験的な文学様式でした。現実を、あるがままに、しかも、歴史的状況や因果関係や社会全体の中での位置付けも視野に収めて、現実のナマの姿を浮き彫りにしよう…みたいな。
 で、『破戒』なんですが、まず、被差別部落問題を背景としている点に、上記の意味での自然主義の特徴を認めることができます。一応。あくまでも、一応。
 ところが、作品全体として見ると、明らかに焦点は主人公・瀬川丑松の内面的苦悩に置かれています。被差別部落問題は、ただ単に「背景」でしかなく、作品を通してこの問題の核心を追究しようという姿勢は、もうぜーんぜん見られない。つまり、本来の意味での自然主義文学としては、要件を十分に満たす作品ではなかったのです。
 にもかかわらず、『破戒』は発表当初から「自然主義小説」として宣伝されてしまった。おまけに、小説としての完成度が高かったことから絶賛を浴びた。大成功を収めた。…これが、皮肉なことに、日本における自然主義文学の方向を決定してしまったのです。社会的視点を欠いた自己告白的小説が「自然主義だ」ということになってしまった。藤村自身が、「いやー、実はねー、自然主義って、ほんとはこうなんだよ」と、ちゃんとフォローするような仕事をしてくれていればよかったかもしれませんが…やってないんです、結局。
 こういういきさつで、要するに、日本では写実主義も自然主義も、中身に大したちがいはないんです。強いて言えば、自然主義の方は、「浪漫主義混じり」のせいで内面描写に突っ走ることになり、自己告白が露悪的な方向に傾きがちになった点に、写実主義との違いがあるでしょう。写実主義の方にも露悪的なものはありましたが、どちらかというと、「現実って、こんなに厳しくて悲惨なんだよ」という、現実世間の描写でしたから。

 どうでしょ? これで、「しこり」、消えます?
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この回答へのお礼

ご丁寧にありがとうございました!何を隠そうせっかくの皆さんのお答えが自分の知識不足のせいでわからず、文学史を片手に何度も繰り返してみましたらなんとかしこりとれました。日本の自然主義・写実主義ってほんとややこしいですね。
つまりは自然主義のはき違えというか、転向者である藤村の叙情性のある表現が抜けきらず、その後の自然主義という認識にも影響を与えたわけですよね。かつ、社会的な事情でも主義の形が変わっていった・・。
元々の自然主義は人間を使って社会の真実を描こうとするもので、目撃や告知の文学というはずが・・・。日本ではいつの間にか告白の文学になり、書く価値のあるもの=隠されているもの=人間の醜悪面・・という形になっていったんですね。
うーん、文学は密接に社会と絡まっているんですね。というか近代文学史はほぼ日本史にですね。。勉強不足です。ありがとうございました。

お礼日時:2001/01/18 00:45

 写実主義と自然主義は全く違います。


 自然主義は田山花袋が言うように、作家自らの醜い「現実」を赤裸々に描いたものです。
 写実主義はロシア文学に詳しい二葉亭四迷が坪内逍遥の言ったことを更に実践として立派に発展させたもので、物語を創作していく中で、人間の「真実」に迫ろうとしたものです。
 従って、自然主義は、後発であるにも関わらず、現代の週刊誌・ワイドショー文化のようなグロテスクにして安直な露悪趣味なものに日本文学を変形させてしまいました。写実主義は、正当な形では継承されなかったわけです。
 二葉亭四迷は自然主義が出たことに対してとても残念に思い、「平凡」という最後の長篇小説の中で、批判しています。二葉亭四迷以外にも、自然主義に対して批判的だった作家は反自然主義と呼ばれ、夏目漱石や森鴎外などがそうです。
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この回答へのお礼

四迷が自然主義の登場に批判的な態度をとっていたとは知りませんでした。それで四迷は途中で筆を折ってしまったのでしょうか。逍遥の弟子の島村抱月が自然主義だと読んだので、つい、四迷もむしろ肯定的で口を出さなかったのかと勝手に解釈していました。教えていただいてありがとうございました。

お礼日時:2001/01/18 01:00

 先のお二人が素晴らしい回答をされていますので、御参考程度に・・・。


 角川「類語新辞典」によると、
「自然主義:十九世紀の自然科学思想を文学に導入しようとするゾラらの試み。日本ではこれを浅薄に模倣し、無理解・無解決をかかげる独自の道をたどり私小説に転じた」
「写実主義:現実を模写し、再現しようとする立場。浪漫主義の空疎を批判し、平凡なものをありのままに描こうとした。のち自然主義に含まれる」
とあります。
 私はこの説明を読んでから、OZAPANさんの回答を拝見して、なるほど、と思いました。お役に立てたでしょうか?
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この回答へのお礼

なるほど。ですね。この文を読んで頭で整理できました。むしろ写実主義が自然主義に飲み込まれているんですね。
しかし、この流れをみていると敵の敵は味方・・のような感じを受るのは私だけでしょうか(笑)。ありがとうございました!

お礼日時:2001/01/18 00:48

OZAPANさんの補足になります。

参考には加藤周一の「日本文学史序説」をお薦めします。たしか明治期に自然主義論争が起きて、森鴎外は論敵に「自然主義は、観察的な科学の論述なのか」といったようなことを述べていたと思います。心情のありのままの暴露と、科学的な因果関係(近代ですから)のどちらが「自然」なのかというのは、今日的問題でもあり、enaryさんは、どうお考えでしょうか。
私は四迷に自然主義を感じます(自我と事実の緊張関係)。むしろ花袋に情緒的なしみったれを感じます。文体は感覚として四迷=江戸、花袋=明治のように思います。
とはいえビクトル・ユーゴ-が浪漫主義かつ自然主義と思います。
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この回答へのお礼

手元にある本によるとHTsumakuraさんの仰るとおり自然主義の「自然」は「自然科学」からきているそうなんですね!
うーん、難しいです。どちらが自然ではないとは言い切れないし、表現の問題にも思えますが。。「日本文学史序説」教えていただいてありがとうございます。知識不足な者ですいませんでした、是非参考にさせていただきます。

お礼日時:2001/01/18 00:47

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Q写実主義の画家

過去から現代まで、(超)がつくほどの写実的に描いている油絵の洋画家を教えてください。

Aベストアンサー

ホントに「超現実主義」のヒトですが、ダリ先生は実はとても写実的だと思います。
http://www.mail-friend.net/wallpaper/wallpaper-pic/wallpaper136/dali404-1024.htm
http://izucul.cocolog-nifty.com/balance/2006/10/post_827a.html
幻想的な絵でも、ひとつひとつパーツを見ていると写実的です。

あとは・・・・昔のヨーロッパの宮廷画家なんかはリアルに描いていたのでは?
レンブラントとかベラスケスとか・・・・よりもっと写実的ということでしょうか。
上野の西洋美術館にあるルブラン夫人の自画像なんかリアルといえばリアルな感じがするんですけど。
この中にはないかな。
http://art.pro.tok2.com/L/Lebrun/Lebrun.htm

そういうのではない!とおっしゃるなら、
スーパーリアリズム
http://www.museum.pref.kumamoto.jp/event/kikaku/1085992053-1543933/open_000.html
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa1986660.html

ホントに「超現実主義」のヒトですが、ダリ先生は実はとても写実的だと思います。
http://www.mail-friend.net/wallpaper/wallpaper-pic/wallpaper136/dali404-1024.htm
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幻想的な絵でも、ひとつひとつパーツを見ていると写実的です。

あとは・・・・昔のヨーロッパの宮廷画家なんかはリアルに描いていたのでは?
レンブラントとかベラスケスとか・・・・よりもっと写実的ということでしょうか。
上野の西洋美術館にあるルブラン夫人の自...続きを読む

Q反自然主義とは

文学で、反自然主義とは写実主義のことですか?

Aベストアンサー

要するに自然主義のアンチはすべて反自然主義です。それ自体で自立し、確立している理論ではなく、さまざまな方向からのアンチがある幅の広い概念です。

自然主義の「自然」というのは、自然科学の自然です。科学の時代といわれる19世紀は、遺伝や進化、実験医学といった新概念が一世を風靡していました。その自然科学の理論にもとづいて、人間を科学的に認識・実証しようとしたものが自然主義なのです。
その自然主義の特徴には、人間(または人間社会)の卑小性、無理想、無解決、技巧的には客観描写(観察・分析・実験)があげられます。

ヨーロッパでは、まず古典主義(昔が良かった派)の一派から反自然主義の口火が切られました。象徴主義やロマン主義です。これらは神秘、象徴、唯美などに傾倒し、やがて世紀末文芸に移行していきました。これがヨーロッパの反自然主義です。要するに物語のもつワクワク・ドキドキ、笑い、不っ思議ぃ~、まぁキレイ、などの情緒感を文芸からなくしたくなかったのです。

日本では、この西洋的反自然主義の並びとして、雑誌『明星』があげられます。与謝野鉄幹や晶子たちですね。この雑誌は反自然主義の論文を数多く掲載し、まさに反自然主義の拠点ともいえるものでした。このようなロマン主義が日本では狭義の(本来の)反自然主義だと考えられます。この流れは『白樺』にも引き継がれます。武者小路実篤、志賀直哉、有島武郎などです。

また、日本には広義の反自然主義というものがあります。これはどちらかというと「反」というより、非自然主義というべきものです。これらには硯友社(尾崎紅葉、山田美妙など)、漱石や芥川の小説、新感覚派(川端康成、横光利一など)、新心理主義(伊藤整)などがあります。しかし、これらは世界的には反自然主義とはいえません。

さらに、日本では反リアリズム・反私小説を反自然主義というばあいがよくあります。前者はリアリズムと自然主義を混同したことにより誤りです。
私小説は、日本の自然主義が科学精神と相交わることは少なく、事実尊重と告白を特徴としたためにエッセイのようなスタイルに傾斜していった、日本独特の小説です。これに対抗する流れが起こるは当然といえば当然でしょう。「四畳半フォーク」と「はっぴいえんど」の対置と考えればわかりやすいでしょうか? (ちと古い?) 日本ではむしろ、このような文脈(反私小説)で語られることが多いと思います。

要するに自然主義のアンチはすべて反自然主義です。それ自体で自立し、確立している理論ではなく、さまざまな方向からのアンチがある幅の広い概念です。

自然主義の「自然」というのは、自然科学の自然です。科学の時代といわれる19世紀は、遺伝や進化、実験医学といった新概念が一世を風靡していました。その自然科学の理論にもとづいて、人間を科学的に認識・実証しようとしたものが自然主義なのです。
その自然主義の特徴には、人間(または人間社会)の卑小性、無理想、無解決、技巧的には客観描写(観察...続きを読む

Q現代人が、写実主義or自然主義の小説を読むことの意義は何だろう?

現代人が、写実主義or自然主義の小説を読むことの意義は何だろう?

最近、フランス文学を読解しているのですが、ふとこの疑問を持ちました。

ロマン主義からは一転し、また現在の大衆的な風潮とも違う、写実主義や自然主義の作品を読むからには、単なる娯楽以外の意義・得るものがあるはずです。

どこかの先生の説でも、回答者さんの持論でもかまいません。考えをお聞かせください。写実主義と自然主義については、一方についてでも、総合的にでも構いません。

主にフランス文学を読むことの意義を想定していますが、専門や趣味が国文学や他の国のものならば、そちらでも構いません。

Aベストアンサー

僕なりの考えということで、お答えします。
どちらの考え方にも共通しているのは、現実をそのまま描こう、ということではないでしょうか?登場人物の心理も、そのままじかに描こうとするわけですよね。
では、そういう作品を、現代において読む意義は何か?
昔の自然主義、写実主義作品を読むなら、それをそのまま現代に当てはめるのは無理があります。その時代の前提を受け入れて、作品が成立しているわけですから。
今現在の時代を描いているそのような作品ならどうかというと、これにも、僕は限界があると思う。
現代の私たちは、近代の後の『ポストモダン』と言われる時代に生きている。大体1970年代以降だと考えていただいて結構です。
ポストモダンの大きな特徴は、『大きな物語』が崩壊した、ということです。『大きな物語』というのは、みんなが信じていると思われる価値観のことです。日本人ならば当然こう考えるだろう、というようなことが、今の時代には失われている、ということです。ひとりひとりの人が、独自の価値観を持つことが奨励されているくらいです。
そのような中で、写実主義、自然主義は、本当に可能なのだろうか?僕は疑問です。新たな文学の形を考えなければいけないと思う。
(東浩紀さんの『動物化するポストモダン』、その続編の『ゲーム的リアリズムの誕生』に、これらの話の詳しい説明が載っています。僕の考えは、彼の本に同意するものです。)

昔の作品と今の現代の状況をよく鑑みてみる価値は、しかしながら、絶対にあると思います。それは何も写実主義、自然主義作品に限った話ではなく、プラトンの対話篇でもそうだと思います。

僕も大学のフランス文学科に属していますが、やってることはフランスの哲学です。なので、こういう回答になってしまいました(笑)。すいません。

僕なりの考えということで、お答えします。
どちらの考え方にも共通しているのは、現実をそのまま描こう、ということではないでしょうか?登場人物の心理も、そのままじかに描こうとするわけですよね。
では、そういう作品を、現代において読む意義は何か?
昔の自然主義、写実主義作品を読むなら、それをそのまま現代に当てはめるのは無理があります。その時代の前提を受け入れて、作品が成立しているわけですから。
今現在の時代を描いているそのような作品ならどうかというと、これにも、僕は限界があると...続きを読む

Q反自然主義とは?

反自然主義小説ってどんな小説の事ですか?
分かりやすく書かれている本等があったら、書籍名を教えて下さい。

Aベストアンサー

高田瑞穂「反自然主義文学」(明治書院)というのもありますが、
昭和36年と古い本ですね。

文学史から見た反自然主義についてはこちらをご覧ください。
http://s-houkin.hp.infoseek.co.jp/kokubun/simazaki01.htm
http://www.geocities.co.jp/HiTeens/3807/mondaisyu/Bungakusi1.htm

反自然主義文学の舞台となった慶應大学の「三田文学」については
以下が参考になるでしょう。

それから、ドイツ文学にも反自然主義文学があるようですが…

参考URL:http://www5c.biglobe.ne.jp/~kiryudo/souseki11.htm,http://www.keio.ac.jp/staind/194.htm

Q写実主義と自然主義

日本文学の、写実主義と自然主義の違いがよくわかりません。
写実主義は明治初期に坪内逍遥が提唱して二葉亭四迷が確立したものですよね?
自然主義は明治末期より田山花袋などの私小説的なものをいうみたいですが、なんだかどっちも人間の心理とか真実とかを描き出すことには変わり無いと思うんですが・・。
主義というだけには何か決定的なものはないのでしょうか?ただ単に時期が違うというだけなんでしょうか?日本の自然主義はヨーロッパのものとはまた違うなどあるみたいですが・・。
便覧見ても人に聞いてもいまいちしっくりこなくてしこりを残してます。

Aベストアンサー

 実は僕も疑問に思いまして、調べてみたことがあるんです。
 本当に、疑問に思われても無理もないことだと思います。というのは、明治の文学史を見てみると、ひっじょーに奇妙なことが起こっているからです。
 まず、写実主義の方は、おっしゃるとおり、坪内逍遥の『小説神髄』に始まり、二葉亭四迷の『浮雲』を本格的な出発点とする流れです。言文一致が特徴ですね。文字通り、現実を描写するという意味で写実的でした。
 で、自然主義にいく前に、浪漫主義という流れがあったのをご記憶でしょうか。雑誌『文学界』を拠り所に、北村透谷や初期の森鷗外らが活躍しました。その『文学界』の創刊当初のメンバーに、あの島崎藤村がキッチリ顔を見せているのです。彼は、浪漫主義抒情詩人として出発していたのでした。これがハナシをややこしくする元なんです。つまり…日本においては、自然主義というのは、写実主義からではなく、浪漫主義から派生したと言える部分がある、ということです。ヨーロッパとは全然ちがう経緯を辿っている。そのため、「自我」であるとか「内面性」であるとか、そういう浪漫主義的要素を多分に引きずることになりました。
 さらに、日本における自然主義の出発点をなした、藤村の『破戒』、これがまた問題なんです。
 ヨーロッパにおける(つまり、もともとの)自然主義は、写実主義の客観的描写姿勢を受け継ぎつつ、より科学的・実証的・体系的に現実を捉えようとする、実験的な文学様式でした。現実を、あるがままに、しかも、歴史的状況や因果関係や社会全体の中での位置付けも視野に収めて、現実のナマの姿を浮き彫りにしよう…みたいな。
 で、『破戒』なんですが、まず、被差別部落問題を背景としている点に、上記の意味での自然主義の特徴を認めることができます。一応。あくまでも、一応。
 ところが、作品全体として見ると、明らかに焦点は主人公・瀬川丑松の内面的苦悩に置かれています。被差別部落問題は、ただ単に「背景」でしかなく、作品を通してこの問題の核心を追究しようという姿勢は、もうぜーんぜん見られない。つまり、本来の意味での自然主義文学としては、要件を十分に満たす作品ではなかったのです。
 にもかかわらず、『破戒』は発表当初から「自然主義小説」として宣伝されてしまった。おまけに、小説としての完成度が高かったことから絶賛を浴びた。大成功を収めた。…これが、皮肉なことに、日本における自然主義文学の方向を決定してしまったのです。社会的視点を欠いた自己告白的小説が「自然主義だ」ということになってしまった。藤村自身が、「いやー、実はねー、自然主義って、ほんとはこうなんだよ」と、ちゃんとフォローするような仕事をしてくれていればよかったかもしれませんが…やってないんです、結局。
 こういういきさつで、要するに、日本では写実主義も自然主義も、中身に大したちがいはないんです。強いて言えば、自然主義の方は、「浪漫主義混じり」のせいで内面描写に突っ走ることになり、自己告白が露悪的な方向に傾きがちになった点に、写実主義との違いがあるでしょう。写実主義の方にも露悪的なものはありましたが、どちらかというと、「現実って、こんなに厳しくて悲惨なんだよ」という、現実世間の描写でしたから。

 どうでしょ? これで、「しこり」、消えます?

 実は僕も疑問に思いまして、調べてみたことがあるんです。
 本当に、疑問に思われても無理もないことだと思います。というのは、明治の文学史を見てみると、ひっじょーに奇妙なことが起こっているからです。
 まず、写実主義の方は、おっしゃるとおり、坪内逍遥の『小説神髄』に始まり、二葉亭四迷の『浮雲』を本格的な出発点とする流れです。言文一致が特徴ですね。文字通り、現実を描写するという意味で写実的でした。
 で、自然主義にいく前に、浪漫主義という流れがあったのをご記憶でしょうか。雑誌...続きを読む

Q「真実を探している人を信じなさい。真実を見つけたという人を疑いなさい」の意味

「真実を探している人を信じなさい。真実を見つけたという人を疑いなさい」という名言をネットで見つけました。しかし、「真実を見つけたという人を疑いなさい」の部分の真意が理解出来ません。この名言の意味を教えて頂けたら幸いです。

Aベストアンサー

調べてみたところこのブログ記事がわかりやすく解説してありました。
ご参考ください

参考URL:http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/4827/5593/5708396

Qアトン教・・・写実主義??

エジプトの新王国でアメンホテプ四世(イクナートン)が宗教改革を行い、唯一神アトンを信仰するよう改革を進めますが、その宗教改革が、「従来にない写実的なアマルナ美術を生んだ」とあります。
そこで、なぜ、宗教改革をすることにより「写実的な芸術が生まれるようになった」のでしょうか?

それまでのエジプトはアモン=ラーを主神とする多神教だといわれていますが、この時までは、イスラム教のような偶像禁止の風潮が存在していたのでしょうか?

Aベストアンサー

その頃のエジプトでは神官達(当時は多神教のアモン信仰)が、政治的にも大きい権力を持っていました
絵や壁の浮き彫りを書くにも、神官の決めた多くの約束事があり、芸術家は制約を受けました。   例を挙げると人物の顔はすべて横向きもその一つです。体は正面向きでも顔は横書きです。    人体を書くにも取り決めがあり、格子目の下書きに定められたプロモーションで人物を書きました。    小さく書く人物には小さい格子目を使い、従いすべての人物が同じような体格です。
題材や表現法にも取り決めがあり、王の塑像なども画一的でした。  立体的表現や遠近法も禁止されました。
宗教的表現が重視されたためです。
芸術の進歩に従い、個性無視のこの約束ごとには不満が溜まります。 芸術家達は絵の下絵を写実的に書き鬱憤を晴らしました。    この下絵が発見されています。
芸術の閉塞感を打破したのが、アメンホテブ四世による宗教改革で、多神教アモン信仰から一神教アトン信仰への変革でした。   これは既にアメンホテブ三世がアモン信仰神官の力を削ぐため着手していましたが、都を移してまで本格的に行なったのが四世です。    新しい都アマルナには新しいアトン信仰神官が誕生し芸術の各種制約も大幅に解禁され、新しい芸術家たちも集まり写実的傑作も生まれるようになりました。
横向きの顔は変わりませんでしたが、王の家族絵が書かれるなど、題材も広がり、写実的ではネフェルティティの胸像など見事な作品があります。

その頃のエジプトでは神官達(当時は多神教のアモン信仰)が、政治的にも大きい権力を持っていました
絵や壁の浮き彫りを書くにも、神官の決めた多くの約束事があり、芸術家は制約を受けました。   例を挙げると人物の顔はすべて横向きもその一つです。体は正面向きでも顔は横書きです。    人体を書くにも取り決めがあり、格子目の下書きに定められたプロモーションで人物を書きました。    小さく書く人物には小さい格子目を使い、従いすべての人物が同じような体格です。
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Q田山花袋の文学観

田山花袋の文学観とはどんなものでしょうか?


事実や田山花袋自身の心情を作品上に投影している
というのは理解できました。

Aベストアンサー

「平面描写」という手法で、自己の内面を赤裸々に告白しているようです。
「平面描写」とは見たまま聞いたまま触れたままの現象をさながらに描く手法。
傍観的客観的態度と作中人物の内面に立ち入らない描写の平面性を特徴とすると。「詳解 日本文学史」桐原書店による。

類似の「日本文学史」は、いろんな人が書いていますので、それらを参考にしたらいかがでしょう。

Q季節や時刻をテーマに描いた画家

移ろいゆく季節や時刻をテーマに風景や静物などを描いた画家をご存じでしたら,教えて下さい。中でも,構図などにこだわりをもって描いた画家,比較的写実的に表現しようとした画家を教えて頂けると助かります。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

近代の西洋美術を中心に探してみたらいかがですか?
その時代でしたら風景画が多く描かれています。
風景画はロマン主義の流れから写実主義にもなっています。
構図でいうと、自然観察に基づいているが、古典主義的端正な構図のものもあり、ご自身で見てみることが一番だと思います。
バルビゾン派は、農民や風景を題材にしています。
ミレーとか色々。

オランダ絵画には静物画の写実で素晴らしい画家が居ますよ。アムステルダム美術館に所蔵されている静物画です。見れば素晴らしさが一目で分かると思います。

日本画の狩野派の中で1月から12月までの季節と植物生き物で季節をテーマに一巻して描かれた巻物があります。

Q田山花袋『田舎教師』の費用計算の場面について

田山花袋『田舎教師』の冒頭で、主人公が費用を計算する場面があります。

それによると、当日かかった費用が49銭5厘、もともと財布にあったのが1円20銭で、差引70銭5厘が残っている。
さらに、今回の門出に際して(昨日までに)かかった費用が4円07銭5厘とのこと。

で、このあと、この4円07銭5厘と、現在の所持金70銭5厘を加えて「総計4円78銭也」と書き留め、
たったこれだけの金額の工面にも苦労した父母を思い出すのですが、
この「総計額」の意味がどうもよく分かりません。

昨日までの費用と、今日かかった費用を加えるのならば、
「現在までに使った総計額」として意味があると思うのですが、
昨日までの費用と、現在の残高を加えることにどんな意味があるのでしょうか。
単なる作者のミスでしょうか?

Aベストアンサー

No.1です。
原文を読みました。
これを見る限り田山花袋氏の勘違いで、当日かかった費用を
加えるのを忘れたものと断定出来ます。

門出に際してかかった費用
当日かかった費用
現在の所持金
この総計を父母から出してもらったことになります。


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