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小学校で、音楽や図工や体育の時間があるのはなぜですか。
それらの時間を、国語や算数に費やせば、子供の学力低下を防止できるのではないでしょうか。

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A 回答 (21件中1~10件)

結論を言うと、音楽、図工、体育は必要です。


●まずは、そもそも「学力」が何かについて確認したいと思います。
apoddgykさんは、「学力」を単なる「読み・書き・ソロバン」といった、いわゆるぺーパーテストで計れるものと認識されていませんか?
率直にいって、それは違います。
現在、学校教育で身につけさせなければいけないものとして『生きる力』というのが公的に文部科学省から打ち出されています。『生きる力』とは「確かな学力」「豊かな人間性」「健康・体力」の3つの総称です。
このうち「確かな学力」とは、「知識・技能に加え、学ぶ意欲や、自分で課題を見つけ、自ら学び、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力など」と定義されています。「学力」とは、国語や算数など、「読み・書き・ソロバン」といったペーパーテストでは測れない、もっと深い能力を指すのです。
 戦後から高度経済成長期までは、物的な発展の必要性にあいまって労働力の大量生産を要し、まずは読み書きそろばんが必要だった。しかしある程度成熟した現在の日本では、与えられた課題を公式に当てはめて解いていくことよりも、自ら問題を見つけ創造していく資質が必要になったのです。そして当然、徳育といった「心」「体」の調和した健全な育成が必要となっています。ですからまず、子どもたちに身につけさせるべき「学力」は、ペーパーテストで計れるような「読み・書き・ソロバン」だけでなく、人としての本質的な資質や能力であるという認識をされるべきでしょう。
(偏差値ばかり高くても、人を見下したり、犯罪を犯すような間違った人間の例はいくらでもあります。)
●図工を例にとって
体育は、身につけるべき『生きる力』のうちの「健康・体力」に直結するので、説明する必要もないでしょうからここでは割愛させていただきます。図工を例に挙げるので、音楽もそれに照らしてお考えください。
(1)わが国での図工は、明治5年から名前を変えたりしながらも残っています。明治期には、必要がなければなくなるはずですが、必要であるから残っているわけです。
(2)実は歴史的にみると、算数・国語などの主要科目よりも、芸術科目のほうが大切であると唱えた教育学者さえいます。人が豊かに生きるためには、当然「読み・書き・ソロバン」だけでは足りない。美しいものに感動したり、物事の本質をとらえたり、物事の善悪の判断をしたり。そういった心の教育(情操教育)として、美術・芸術科目の重要性はこれまでに叫ばれてきました。アメリカでは以前、apoddgykさんのような「芸術科目は不要ではないか」という意見から、中等教育で美術をカリキュラムからなくした州があったそうです。しかし子ども達が荒れて風紀が乱れ、果ては犯罪や問題行動も増加しました。ひょっとして、と美術を復活させると、また子どもたちは落ち着きを取り戻したそうです。芸術科目と子供の情操の深いつながりを感じさせる好例です。
(2)子どもは、自分の存在や思いを表現したり、人に伝えたい、感情を吐き出したい、という欲求を持っています。図工は、算数や国語と異なり、決まった一つの答えがないために「自分なり」の思いや考えを表現し、答えを探すことのできる科目です。また、このように作品など学習成果の違いから、子ども一人ひとりの個性を認め合うことは大切なことです。いじめなどの問題は、異質なものを排斥する姿勢から生まれる傾向がありますが、「一人ひとり異なるからこそ素晴らしい」ことが顕著に現れるのが図工など芸術科目です。
(3)図工など実技科目で習得できる資質や能力は、算数や国語たいった科目に匹敵するも劣らない重要性があります。まさに、机上では得ることのできない学習事項が多分に存在します。
 まず図工の中で学習する知識や技能も大切です。例えば、カッター、のこぎり、金づちなど用具の使い方。ちょっと生活の中で不便を見つけたときに自分で手直しができる。生活を豊かにする「生きる力」です。ものが便利になったことも関係していると思いますが、これまでの日本教育の中で実技科目の時間数が減るにつれ、現在の日本人は過去数十年間で、身体とりわけ手先の微細運動能力が下がった(簡単に言うと不器用になった)というデータが実際にあります。科学技術が補完してくれる部分もあるかもしれませんが、できないよりは、できることが多いほうが豊かに生きられると思いませんか。
 また図工で表現活動する中で、子どもはどう表そうか考えをめぐらせ、創意工夫をし、困難を乗り越えたり、困難を克服する喜びを味わっていきます。まさに「確かな学力」でいう、、「知識・技能に加え、学ぶ意欲や、自分で課題を見つけ、自ら学び、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力」ですね。
 そして美しいもの・そうでないものに感動したり、自分ならではの価値観を築いたりすることも算数や国語ではなかなか得られない経験です。
 国際社会となった現代では、異文化理解ということも重要視されていますが、芸術科目は正に、時刻と他国の文化に触れ、相対的にとらえるきっかけとなりうる科目です。
 図工、美術は、実は専門家でなくても生活の中で誰もが強くかかわっている分野なんですよ。たとえばプレゼントに旦那花を買おうか、あの人ならこの色がいいかな、と考えること。携帯電話を買う時に、どのデザインにしようかな、と考えること。今日何着て行こうかな、と組み合わせを考えること。こういった感覚は、やはり芸術科目の中でトレーニングできるのです。
●どのような先生に出会い、どのような授業を受けているかによっても、授業の必要性の感じ方は異なってくるかもしれません。しかし、学力がそもそも何であるかを考えるとき、私達が考える以上に、それぞれの教科によって学ぶことは異なりますし、それぞれの教科から学べることは多いのです。ぜひ人間性を豊かにする、人格の完成という教育の本質に立ち返って、、「読み・書き・ソロバン」以上に何を学んでどう生きる子どもを育てるべきかということを考え直していただきたいです。
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私は小5の女子です


私は音楽、図工、体育の授業は嫌いです
でもだからそれを無くして国語や算数に使っても
だめだと思います
私がお母さんに質問者さんと同じような事を言ったら
「それを無くしたら塾と同じになっちゃうでしょ。
 学校がある意味がなくなっちゃうじゃない。」
と言われました
今でも「私は音大に行くわけじゃないのに
    なんでこんな勉強しなきゃいけないのだろう」
と思ってます
でも最初から授業がなかったら音楽の才能や芸術の才能などに
気づくことができないのではないでしょうか
それに国語や算数の授業を増やしたからといって
勉強をしない子はしないし
余計にやる気が無くなる子もいるかもしれません
それにこんな質問をする理由は
あなたがただこの授業が嫌いなだけなんじゃないですか??
失礼だったらすみません
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逆に私は音楽 図工 体育を増やしてほしいです、特に体育で逆上がり跳び箱などでできた自信をつけさせたいのです最近の子は刃物の使い方が

下手ですよね 十数年前に比べて身長は伸びたのに体力が落ちていると聞きます もっと図工 体育に力を入れた授業でもいいと思います(小学校のうちは)
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なぜ音楽や図工、体育の時間があるのか。


理由は簡単です。
子どもたちに「好きな教科は?」と聞いてみて下さい。
この3教科を答える子が大半を占めるはず。

楽しい、学びたい、すごい…と子どもたちの心を成長させるのがこの3教科です。
知識を増やすことも大切ですが、感じる心を育て、想像力を働かせて生きることはもっと大切だと思います。
だからこの3教科があるのです。

私は今、教育現場の最前線で働いています。
子どもたちを毎日見ていて、確かに学力低下は気になっています。
けれど、実技教科を減らしても、学力低下の防止にはなりません。
むしろ、子どもたちの心の成長を阻むことにより、学習への意欲も低下して逆効果になるのではないかと思います。
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こんにちは。



>もし最初から無かったとしたら、教育関係者は、音楽や図工や体育という「新科目」を新たに作ろうとするでしょうか。
というご質問者さまの4番さんへのお礼 欄を見て、思い出しました。

ちょうど先週、NHKの「クローズアップ現代」で見たのですが、今、世界の産業界では、「デザイン」に着目した物作りを目指しているそうです。
ナンバーポータビリティ導入後、auが一人がちしているのも、携帯電話や広告の「デザイン力」に要因があると分析されているようです。
(かくいう私も、デザインに惹かれて3年前からauユーザーです)
イギリスや韓国では、国内産業をデザイン力で勝ち抜こうと言う国家戦略がすでに始まっているそうです。
学校の「図工・美術」の時間に、「デザイン」という考え方を取り入れた教育を始めたそうです。

算数や国語だけでない能力も、国の将来に必要だと言う好例だと思います。
(最近の韓国製品はデザインもよくて割安で、日本もうかうかしていられませんね)

それから、音楽について。
音楽の楽譜を思い浮かべてください。
五線譜を左から右に、「時間」の経過(リズム)があり、5本の線を使って音の高さを表しています。
リズムには、4分の4や、8分の6、3分の3などあり、音符の並び方を良く見てリズムを理解するのは、「算数・数学」の分数と似ています。
音の高低も、1度、3度などと言い表し、耳で聞いた音の高さの微妙な「度数」を表現しているんです。

私は趣味でアマチュアのオーケストラでバイオリンを弾いているのですが、音楽家に「理系」の人が多いのをご存知ですか?
数学科や医科に進んでから、音楽の道に進んだ偉大な音楽家が世界中にたくさんいます。
楽譜の「勉強」でなくても、音楽を聴き、歌い、演奏する事は、今注目されている「脳を鍛える」上で大切なものがたくさんあると思います。そして、できるだけ「若い」脳で体験させる事が重要だと思います。
日本の小学校で週に1回ずつでも平等に機会を与えてもらえることはとても良い事だと断言できます!
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小学校の音楽や図工や体育の免許はありません。

小学校の免許は全教科を教えると言う免許です。したがってそれがなくなることによって失業する人が出ることはありません。専科制を取っている学校でもそれは同じです。学力は読み書き計算だけではなく考えたり想像したりする力も必要です。それは国語や算数だけでは身につきません。学力の低下は、与えられた問題を解くという受身の姿勢が招いている部分もあるのではないでしょうか。教師の力不足の人がいることも事実ですが優れた人もいます。また、授業をしたくても、それ以前に夜更かしをしていて日中ボーっとしているなど、生活リズムなどを整えてあげることに力を注がねばならないなど、昔はなかった、家庭が躾けていたことを学校が負うことによって学校本来の機能が果たせなくなってきている面もあると思います。小学校はいろいろな面で自分の得意分野苦手な分野を知って生きていくための力をつけていく基礎作りの場であると思います。図工・音楽・体育でなければ絶対いけないかというとそれは違うものでもいいかと思いますが、机上だけではなく五感を生かす体験は成長していく上で心にも健康にもとても大切なことではないでしょうか。
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体育、音楽、図工などがなくならないのは、それらの免許を取得した教員が行き場を無くってしまうからではないと思います。


特に、apoddgykさんの書かれている小学校では殊更。理由は他の方が書かれているので省略します。

豊かな心、感性を育てる為には5教科だけでは不十分だと考えます。
人間は一人では生きていけません。人と人とのつながり、コミュニケーション、人間性は音楽や体育で学べても算数では学びきれません。
学力重視であれば、塾のみで良いのではないでしょうか。今の格差社会の中では不可能です・・・・。
義務教育は何故あるのでしょうか。考えてみてください。
あなたのように学力向上のことだけを考える方も大勢いらっしゃいますが、それだけが本当に子どもにとって良いことなのでしょうか。

もっと子どもの立場になって考えてみて下さい。
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私の知っているある国では、音楽・図工・家庭科・水泳などを小学校で教えません。

家庭科は親が教え、水泳は友達と川で泳ぐ中で覚え、音楽や図工はその国の文化故に生活していくなかで自然に学びます。あと兵役での訓練も。

日本では、親が両方とも働いていたり、川で泳いではいけなかったり、道端で音楽が聴ける場所がないなど、学校以外の場所で学べる場所が非常に少ないので、学校が授業として「接する機会を設けてやる」ことが必要なのではないでしょうか。
芸術の授業の目的は、歌が上手いとか、絵が上手いとか、そんなことは実はどうだっていいのです。
必要なのは、そういう世界があるのだと、どの子も「知る」ことです。

あと、効率がいいからです。
毎日毎時間、国語と算数だけやるよりも、音楽や図工・体育などをはさみながらやった方が、国語や算数にも集中力が増します。
一日だらだら勉強するより、1時間くらいちょっとジョギングしてからまた勉強した方が効率よかったりしますよね、子どもだって同じなのですよ。
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学力低下の理由は、授業数の減少だけではなく、様々な社会的環境的要因が絡み合っています。

従って時数を増やしたからといって解決するという簡単なものではありません。それに小学生では体育等は子供たちにとって貴重な息抜きの時間でもあります。国語や算数ばかりやってても、集中力なんて続かないでしょう。
義務教育における技能教科は、その子供たちの才能を大きく伸ばすようなものではありませんが、そのきっかけ作りに大変重要です。別の現行の教科で全てを網羅しているわけではありませんが、全体的総合的な人格形成、人間育成を行うのにバランスが取れた教科として選ばれたということでしょう。
 なお、そういうものは総合的な学習の時間にやったらどうか、という意見がありましたが、総合的な学習の時間の「ねらい」はご存じですか?学習指導要領の総則など読んでいただけるとすぐわかりますが、総合的な学習の時間の目的は、知識や芸術的感性を高めること自体に目標が置かれていません。詰め込み教育の反動として生まれたこの教科は、それらの知識をいかに生活、人生に役立てるか、途中でわからないことが出てきたらどう解決するか、そういった能力の獲得を主眼に置いているものですので、体育や図工を単純に置き換えるわけにはいきません。
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言わんとしていることは分かりますが、大人になって一番必要なのは、保健体育と家庭科。

人生を豊かにしてくれるのは芸術であると思いませんか。
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QZ会の通信教育を小学生にさせている保護者の方

小学校3年生の女の子がいます。同級生には公文に行ってる子や、チャレンジをする子、そろそろフランチャイズの受験予備校の塾に行き始める子もいます。
うちの子は塾に行っておらず、算数と国語のドリルなどを家庭学習としてさせております。
そろそろ塾に行かせた方がいいのかなとも思いますが、あんまり早くから塾の宿題に追われたり、塾を1度休むと取り返すのに苦労したりなどということをさせたくないし、自分だったらしんどいなと思うこともあって、塾に行くにしても5年生ぐらいでいいかなと考えています。
塾に行けば、刺激にもなり、受験や試験のテクニックを教えてはくれるでしょうが。
ただ家庭で学習をみるのも学年的に限界になってくるので、4年生からZ会の通信教育をさせたいと思っています。
塾であくせくするよりも、もし、Z会の方が彼女に合っているのなら、そのまま続けさせたいとも思います。
小学生向けのZ会は、中学受験を特にターゲットにしていないようですが、Z会の経験者の方やその保護者の方、または家庭学習で成果をあげられている方、ご意見をお伺いしたいと思います。

Aベストアンサー

高3です

小学校の頃、すごく仲の良かった子がZ会会員で、テキストを見せてもらっていました。進研ゼミのより、ちょっと応用編という感じがしたのを覚えています。(私は進研の方でした)その子は昔からやっぱり学年でも上位にいる子で、今の志望大も東京大と聞いています。

でも、それはたまたまZ会が几帳面で器用なその子に合っていただけかもしれません。
通信講座ですよね?進研ゼミとかも通信講座です。一般的に料金が高いです。
ご存知かもしれませんが、通信講座(添削つき)は、プロ(赤ペン先生とか)が添削して返してくれるから高いのです。それだけです。あのぐらいのテキストなら本屋へ行けば山ほどあります。

もし、娘さんがあまり几帳面でなく、計画性がないのであれば、通信講座は良くないかもしれません。添削課題はいいように見えますが、本人のやる気(添削を出したり)がなければまったく意味がありません。

几帳面でないと仮定すると、ご家庭で今までどおり、ドリルをやられることをお勧めします。小学生時代にドリルをやりまくることは、必ず今後役にたちます。どんな応用(Z会とかのテキスト)に立ち向かおうとも、基礎がなければ考え方すらわかりません。進学をご希望ならなおさらです。

塾についてですが、まず公文式。あれはドリルを繰り返しやれば済む事です。お金を払ってまでやることではないです。公文式はひたすら、みんなで集まって基礎問をやるだけです。
次に受験予備校。入試テクは確かに便利です。目が覚めるような感じがします。娘さんがいつも必ず予習をされるのであれば、かなり有効な手段です。予習がなければ行くだけ無駄です。

普段学習について。
九九は見ないで早く、順番を気にせずに言えますか?作図する力はありますか?漢字は小学常用漢字(1000字ぐらいかな?本になってます)全て書けますか?このぐらいは中学受験時あたりまえですが、さらに自信をつけたいなら、中学の参考書を読むことがいいと思います。今、高校だけでなく、中学用チャートも出ています。進学校、中高一貫教育校の強みは高校の勉強を中学で始められる事につきます。そのためには中学の基礎が、中学の基礎をつけるためには小学の基礎が必須です。

なんだか話がとびとびですが(笑

とにかく、一番いい方法だと思うのは、ドリルを続ける事です。一冊終わったらまた一冊と。頭がまだやわらかいですから、なかなか忘れません。国語はよくわかりませんが、数学はとにかく解く。英語は時間がまだあるので、読んで書いて、単語を覚える事。ご両親がたまーにテストしてみるのもよいかもしれません。

最後になりますが、(長くてすみません)
子供の勉強を促すには、まず親御さんが勉強してください。「そんな暇はない」と言わずに、やってみてください。やらない人の言う事は誰だって聞きたくありません。第一、説得力に欠けます。「親が一生懸命やっている」と感じれば、子供だって火が少しづつつきます。

私は医学部志望ですが、私の父はいつも勉強を見てくれます。過去問を解いてる時も、質問すれば必ず教えてくれます。彼は開業医でいつも忙しいですが、時間をみつけては参考書を開き、昔習ったことを思い返しながら、勉強しています。そんな父を誇りに思いますし、文句も言えません(笑

自慢もおりまぜましたが、すごく言いたい事でしたので、書かせて頂きました。すみません。

頑張って下さい。

高3です

小学校の頃、すごく仲の良かった子がZ会会員で、テキストを見せてもらっていました。進研ゼミのより、ちょっと応用編という感じがしたのを覚えています。(私は進研の方でした)その子は昔からやっぱり学年でも上位にいる子で、今の志望大も東京大と聞いています。

でも、それはたまたまZ会が几帳面で器用なその子に合っていただけかもしれません。
通信講座ですよね?進研ゼミとかも通信講座です。一般的に料金が高いです。
ご存知かもしれませんが、通信講座(添削つき)は、プロ(赤ペン先生...続きを読む

Q楽しく感じる音楽授業とは?

授業以外で中学生が音楽が好きだなあと感じる取り組みは何かあるでしょうか?
ドラムとか…楽器つくりとか。
ぜひ、現役の中学生はもちろんのこと、昔、音楽嫌いな生徒だった人はこんなことをしてほしかった!!という意見がありましたら教えてください

Aベストアンサー

僕の高校のころの英語の教師の授業が忘れられない。
よく洋楽を流してくれました。
そして、生徒からのリクエストにも答えてくれて、僕がリクエストした中島美嘉やBONJOVIも流してもらえ、とてもうれしかったです。
そして人生の教訓や、生きていくための力になるような内容の授業を、わかりやすくハリウッド映画などを使って学ばせてくれ、とても感動し、英語嫌いが治りました。
あと、中学でも、ビートルズのレット・イット・ビー、エアロスミスなどの曲を歌詞を配って、聞かせてくれた先生がいて、とても面白い授業でした。

Qしっかりしている子の母親はどんなタイプ?

小学3、4年生~中学1、2位だと、
子どもに対して、何でも自分でやらせるようにしているみたいな感じの母親は、
自立の為というより、早く子どもに関わるこまごまとした用事から解放されたいという表れのような気がします。
そのように手を離すタイプと

とりあえず、何でも制限して下手な展開にならないようにする母親もいるように思えます。
(ケータイまだダメ、遠出まだダメ、お泊りダメ)
つないでおくタイプ?

で、それらが母親が自分の仕事量(というか子に関する家事?)を減らそうとする目的(意識あるか無いかは別として)とは、関係なく、意図せずしっかりした子を作り上げてるような現象も多い。

だから、しっかりしている子の母親は、想像を裏切り、アバウトなタイプが多い。

と、思うことがあるんですがいかがでしょうか。




私自身、一概には言えないと思っていますが、偏った角度から考えてみることも大事だと思っています。
決めつけ押し付け主張ではありません。

Aベストアンサー

長男5年生です。
他の方から見ても「しっかりしたお子さんで・・」とよく言われますが、母親である私もそう思います。
(当然だめなところはどんなにしつけてもだめですが・・)

小さい頃から割と自分で何でもやらせていました。
いずれは自分でやらなくてはいけないわけですし、やればできそうなことを私がやってあげるのも
面倒だったので。
幼稚園の年少さんの時から牛乳は自分で入れさせていました。
当然こぼすことも想定して、こぼしたときの対処も始めに教えました。
年長さんでお風呂掃除をお任せするようになりました。
次男が今年長さんで長男のお風呂掃除を引き継いだので、今長男はトイレ掃除担当です。
前回の掃除から1週間も経つと「あ、さぼったリングができちゃった」とか言いながら掃除します。
朝も起こしません。自分で朝のラジオ番組を目覚まし代わりに起きてきます。
(ラジオの音で起きないくらいよく寝てしまっているときはさすがに声をかけますが)
自分でご飯を作るのもそろそろ仕込んでいかないと・・・と思いつつなかなか私が面倒で
踏み出せずにいます。

結論。私の子供に関して言えば、質問者様の質問の通りで、子供が自分のことを自分でやってくれれば
私が楽できるからやらせている、と言う部分が大きいです。
けれど、いずれ独り立ちしたらやらなければならないんですから、必要に駆られる時期になる前に
仕込んで置いた方が本人のためだと思うんです。
ちなみに主人は未だに毎朝声をかけてあげないと一人で起きられません。
これは義母の甘やかしか怠慢だと思っています。
将来の息子たちのお嫁さんに迷惑かけないために今しつけていると思ってやっています。
ただ、これは本人の性格による部分も大きいので、長男で成功したからといって次男に通用するかどうかはわかりませんけれどもね(^^;)

長男5年生です。
他の方から見ても「しっかりしたお子さんで・・」とよく言われますが、母親である私もそう思います。
(当然だめなところはどんなにしつけてもだめですが・・)

小さい頃から割と自分で何でもやらせていました。
いずれは自分でやらなくてはいけないわけですし、やればできそうなことを私がやってあげるのも
面倒だったので。
幼稚園の年少さんの時から牛乳は自分で入れさせていました。
当然こぼすことも想定して、こぼしたときの対処も始めに教えました。
年長さんでお風呂掃除をお任せするよ...続きを読む

Q評価基準と評価規準のちがいを教えてください。

 最近、評価基準と評価規準という言葉を目にします。
本を読んでも分かったような分からないような・・・
 素人でも分かるように例をあげて、具体的に説明していただけるとありがたいのですが。
 よろしくお願いします。

Aベストアンサー

何かを評価する場合には「ものさし」が必要です。
評価規準(俗に「ノリジュン」と呼ばれます)というのは、ものさしの種類だと思ってください。
一方、評価基準(俗に「モトジュン」と呼ばれます)は、ものさしの目盛りです。

たとえば、「パソコンの授業」というのがあったとして、その授業の目標がいくつか決められます。
「キーボードの操作を覚える」「ワープロが使えるようになる」「メールが使えるようになる」等々で、さらにワープロの操作は「文字を打ち込む」「カット&ペーストが使える」「文字飾りができる」「マクロが使える」のように細分化し、いくつもの評価観点を作る、これが「規準(ノリジュン)」です。

これに対し、それぞれの「規準」をどれだけ達成したかを測るのが「基準(モトジュン)」です。「文字を打ち込む」というものさし(規準)に対し、それが1分間に50字か、100字か、という「目盛り」を与えるのが「基準」です。

したがってこの場合、成績というのは、一つの教科であっても、○○の観点からは5,△△の観点からは3、といった調子でつけられます。つまり、観点を与えるものが規準、数字をはじき出すものが基準ということです。

何かを評価する場合には「ものさし」が必要です。
評価規準(俗に「ノリジュン」と呼ばれます)というのは、ものさしの種類だと思ってください。
一方、評価基準(俗に「モトジュン」と呼ばれます)は、ものさしの目盛りです。

たとえば、「パソコンの授業」というのがあったとして、その授業の目標がいくつか決められます。
「キーボードの操作を覚える」「ワープロが使えるようになる」「メールが使えるようになる」等々で、さらにワープロの操作は「文字を打ち込む」「カット&ペーストが使える」「文字...続きを読む

Q音楽会の担当楽器、こんな決め方でいいの?

小学生1年生の息子が学校から帰ってきて、いきなり
「今日音楽会の楽器決めてんけど、音符読めないからって一番やりたかった楽器になれへんかってん。結局なぁ~それはピアノを習ってる子が選ばれてん。そんで次にやりたいのがあってんけど、それはコンテストで僕の方が下手やったから、それもあかんかってん・・・」
と言ったのです。とても残念がっていました。
ちなみに音符はまだ習っておりません。
私は、習ってもいない事を基準にして選抜するやり方に納得いきませんでした。
又、前もって配られた学年通信で「コンテストで決めますので、なりたい楽器になれないこともありますが・・・」とは書かれていましたが、子供の心に傷をつけるようなこの様なやり方にも、どうしても納得がいきません。

後日その事を担任の先生に伝えたところ、
「音符という言葉を出してはいけなかったですね。僕が悪かったです。」
と素直に謝ってはくださいました。
“音符”という言葉を出さなければいいという問題でもないですけど。
しかし、私は学年の方針としての“コンテスト”の方が実はもっと理解できないのです。
一生懸命やっても、器用な子供と不器用な子供は必ず出てきますよね。
上手い子を選抜する方法では、習い事をしていない子供や不器用な子供は、毎回「やりたくない楽器」を担当させられるわけです。

そもそも学校の良さは、出来る子も出来ない子も助け合いながら一緒に成長していく所にあると思うのです。
たとえ下手でも皆が輝いて見える・・・そんな音楽会が見たいのです。

先生方にとっては、授業時間の制限もあり、出来ない子供に教えることは時間のロスかもしれませんが、それならば楽曲のレベルを下げるというのも、1つの選択肢だったのではないかと思っています。

学校関係の方、同じ年頃の子供を持つ保護者の皆さん、私の考えはおかしいですか?

小学生1年生の息子が学校から帰ってきて、いきなり
「今日音楽会の楽器決めてんけど、音符読めないからって一番やりたかった楽器になれへんかってん。結局なぁ~それはピアノを習ってる子が選ばれてん。そんで次にやりたいのがあってんけど、それはコンテストで僕の方が下手やったから、それもあかんかってん・・・」
と言ったのです。とても残念がっていました。
ちなみに音符はまだ習っておりません。
私は、習ってもいない事を基準にして選抜するやり方に納得いきませんでした。
又、前もって配られた学...続きを読む

Aベストアンサー

何だかずいぶんにぎわってきましたね。
また、ちょっと殺気立った雰囲気まで…。

先日は、ていねいなお返事を頂き、ありがとうございました。
さて、今回は、前回(No.12)で触れていなかった、「子どもの輝く演奏会」について、少し述べたいと思います。

今回の質問、考えようによっては、学校教育における音楽の意義を問われているようにも思われます。ご存知の方もおありでしょうが、実は、学制がしかれて100年以上たった今でも、学校における音楽の授業の意義については、いまだに疑問の声が後を絶ちませんし、音楽が学校の授業に入っていない欧米の先進国など、いくらでもあります。

何人もの方がおっしゃる通り、楽譜が読めない、学校音楽の基礎がしっかりしていないままの1流ミュージシャンだってたくさんいます(もちろん基礎のある人の方が大多数)。今回の質問、聞きようによっては、「学校の音楽の授業は、無意味か?」という風に受け止めて回答したくなってしまいます。が、そうすると問題が大きくなりすぎてしまうので、ちょっと我慢したいと思います。

さて。小学校1年生の子にとって、演奏会できらきら輝く演奏をする、とは、具体的にどのようなものをさすか。

合奏隊の中での自分の楽器の役目を自覚し、それにふさわしい演奏を成し遂げた満足感か。みんなと一緒に音を出し合ったよろこびか。とにかく一生懸命練習して、がんばった自分へのねぎらいか。自分自身の、音を出したい欲求にしたがって好きなだけ音を出し切ったよろこびか。好きな楽器を扱わせてもらった満足感か。
……
表現者の立場としての音楽の喜びとは何か。小学校1年生ならば、どの程度のレベルで?

本当は、ここがある程度明確に設定されていないと、何一つ同じ土俵に立った上での議論はできないのではないかと思っているのです。

私個人としては、やはり「ある程度の難しさのある演奏が、できるようになった」という喜びが基盤になると思います。力を合わせることも、もちろん大切。でも、チームワークの発揮された音楽を、演奏しながら1年生の子が鑑賞する能力となると…若干疑問が残ります。

この面から考えても、選曲がいかに難しいものであるか、想像していただけたら幸いです。

蛇足です。masa-pata-miyaさんのお子さんの学級は、難しい曲を選択されたかもしれません。でも、おそらく成功するでしょう。難しい曲を成功させることを繰り返すうち、すごい演奏のできる子達になっていくかもしれません。が、音楽の力はどれぐらい伸びるか。それをよしとするならば、音楽の教育とはいったい何なのか?

これは、私の就職直後以来の、解けない疑問であります。

何だかずいぶんにぎわってきましたね。
また、ちょっと殺気立った雰囲気まで…。

先日は、ていねいなお返事を頂き、ありがとうございました。
さて、今回は、前回(No.12)で触れていなかった、「子どもの輝く演奏会」について、少し述べたいと思います。

今回の質問、考えようによっては、学校教育における音楽の意義を問われているようにも思われます。ご存知の方もおありでしょうが、実は、学制がしかれて100年以上たった今でも、学校における音楽の授業の意義については、いまだに疑問の声が後を...続きを読む

Q教師が持っていたほうが良い資格

教師が持っていた方が良い資格についてアドバイスください。
他教科や他校種の教員免許ではなく一般的に取得できる資格です。
「重要なのは資格ではない!」ということは、重々承知しております。
ですが、キャリアアップと履歴書に箔を付けるために資格を取得したいと思っています。

現在、役に立ちそうな資格で取得しているものは
・シスアド
・漢検
・数検(勉強中)
・運転免許
があります。
他にも、こんな資格は役に立つ、あるいは採用試験の時に有利だ等お願いします。

ちなみに、希望は小学校です。

Aベストアンサー

小学校教員です!
私も質問者さんのお気持ち、よくわかります。
私も大学時代、特にこれといった資格を取得していませんでした。
また、サークル活動なども全然しておらず、焦ったのを覚えています。
採用試験の時、資格を書く欄に、運転免許以外、書けるものがないん
ですよね・・・
私は、何か自分で持っておきたいな・・・と
秋頃に、歴史検定と書写検定をうけました。どちらも3級なので
たいした資格?ではないのですが、資格の欄には書きました。
比較的短時間で取得できますよ。

・・・しかし、取得したからといって、有利になったとは全く思いませんでした。
それよりも、ボランティア経験があるとか(学生時代、ボランティアで
宿泊してお世話をする・・・というのをやったことがあり、それのほうが貴重だったかと思っています)・・・そういったほうが
大事だったんだろうなぁと思っています。
・・・でも、ホント、質問者さんのとにかく何かやらないと!という
気持ち、よくわかるので、頑張ってくださいね!
とにかく採用試験に合格したいっていう気持ち、わかりますから!!

また、複数免許は持っているとやっぱりいいのかな・・・
私は小学校専修免許と、中学と高校のある教科の一種免許を持っているので、それはしっかり書いて、面接でもアピールしました・・・

先生というよりも、1人の人間として、沢山の経験を積み、子ども達に色々なことを伝えていきたい・・・という気持ちで頑張ってください!
それは教師になった今も、私は努力していることでもあります☆

小学校教員です!
私も質問者さんのお気持ち、よくわかります。
私も大学時代、特にこれといった資格を取得していませんでした。
また、サークル活動なども全然しておらず、焦ったのを覚えています。
採用試験の時、資格を書く欄に、運転免許以外、書けるものがないん
ですよね・・・
私は、何か自分で持っておきたいな・・・と
秋頃に、歴史検定と書写検定をうけました。どちらも3級なので
たいした資格?ではないのですが、資格の欄には書きました。
比較的短時間で取得できますよ。

・・・しかし...続きを読む

QWord 文字を打つと直後の文字が消えていく

いつもお世話になっています。
Word2000を使っているものです。
ある文書を修正しているのですが,文章中に字を打ち込むと後ろの字が消えてしまいます。
分かりにくいですが,
「これを修正します。」
という文章の「これを」と「修正します。」の間に「これから」という単語を入れたときに,その場所にカーソルを合わせて「これから」と打つと,
「これをこれからす。」
となってしまいます。
他の文書では平気です。
何か解決する方法があれば教えて下さい。

Aベストアンサー

入力モードが「挿入」(普通の入力)から、「上書き」になってしまっているのだと思われます。
キーボードに[Insert]というキーがあると思いますので、1度押してみてください。

Q子供の友達の親に言ってしまいました。

子供の友達の親に言ってしまいました。
小学二年の娘の友達で1年からほぼ毎日のように遊びに来る子がいます。週二日はその子のうちで遊ぶ約束なんですが親が嫌だと言ったからと家に来ます(その子のママ曰く勝手に出て行くらしいんですが)その子のとっては都合がいい家なんでしょう。

その子がなかなか言うことを聞いてくれない子であがっちゃだめと言う日も勝手にあがってきたり、お菓子に文句付け自分の好きな物を用意してといったり、冷蔵庫を勝手に開けて棚の食べ物を取り出して食べていいと食べたりなど、ひどいときはその子が嫌いな子は家に入れるなと言う始末、うちは5時までが遊び時間と決めていたのでその子にも言っていたのですが、私は5時半までだからと何回言っても聞いてくれずそれどころか延長するように言ってきます。(最終的に追い出しましたけど・・・)

毎回だめと注意し厳しく言ったのですがなかなか帰ってくれず約束守れないなら出入り禁止にしようと考えたのですが娘が一番気に入っているお友達だったのでそれもできずどうかと迷いましたが、親に時間のことだけは手紙を書いてお願いしてみました。すると怒られたらしく時間を守ってくれるようになりました。しばらくは良かったのですが、最近まただんだんと時間がきても帰らなくなり延長をしてと毎回行ってくるのでもう聞き流して時間がきたら帰らしてました。

親に毎回言うのも嫌だし毎日そうしていたのですが、この前子供に今日は用事があるから遊べないと伝えてといった日があって娘が学校の帰りに言ったらしいのですが「私も一緒に行くから大丈夫!」と何回断ってもだめだったそうです。たまになら許せますが毎回です。

子供も少しあきれた様子でもう嫌だといっていました。でもさすがに来ないと思っていたのですが、けろっとした顔で遊びに来てました。「今日は遊べないって言ってなかった?」と聞くと「うん、聞いたけど私も一緒に行くから大丈夫」というのです。

一緒には連れて行けないので帰るよう促したのですが「何で?」と帰ってくれる様子もなく注意しても聞くどころか笑っていてうちの娘のほうがごめんなさいと泣いて私に謝っていました。たぶんなめているんだろうとも思いましたが次からは約束守るように言ってその日は公園で遊ばせるようにしました。

おかげで予定も狂ってしまいイライラしました。子供の言うことで腹を立てるのも大人げないのですが、今までのこともありどうしても我慢できず親に電話しその日のことを説明し用事があるときは来ないようにお願いしました。

ところが違う意味にとられたのかその子が親から2学期始まるまでおうちに遊びに行くのも呼ぶのも禁止にされたそうです。そこまで言ったつもりはないのですが相手もいい気がしなかったのでしょう、結果的に娘に寂しい思いをさせてしまいました。自業自得ですが我慢してれば良かったのにと反省しています。注意しても聞かない子にはどう接したらいいんでしょうか?またどう我慢してますか。

子供の友達の親に言ってしまいました。
小学二年の娘の友達で1年からほぼ毎日のように遊びに来る子がいます。週二日はその子のうちで遊ぶ約束なんですが親が嫌だと言ったからと家に来ます(その子のママ曰く勝手に出て行くらしいんですが)その子のとっては都合がいい家なんでしょう。

その子がなかなか言うことを聞いてくれない子であがっちゃだめと言う日も勝手にあがってきたり、お菓子に文句付け自分の好きな物を用意してといったり、冷蔵庫を勝手に開けて棚の食べ物を取り出して食べていいと食べたりなど、...続きを読む

Aベストアンサー

小学校2年生の男の子の母です。
似たような子が息子の友達にもいます。。

はじめのうちはその子ももう少しおとなしかったのではないですか?
遊びにいく回数が重なるにつれて?このおうちでワガママ言っても大丈夫?
と思ってしまったのでしょう。
おそらく質問者さんの家で起こっていることが親にきちんと伝わっていなかったんだと思います。
息子の友達がそうでした。

それまでは基本的に子供のことは子供同士で考えさせ、決めさせて自立心を養わせようと思っていたのですが、息子はそれが完全に裏目にでた形で大きなトラブルになってしまいました。

それ以降、私も反省し、遊ばせるときにはなるべく親同士も一緒に顔を合わせることにしました。
子供の友達と、そのママを家に一緒に呼ぶのです。
うちはマンション住まいなのですが、ドタバタとするような時は
『下の人に迷惑だからドンドンしないでね~!』と注意します。
するとだいたいの親が『こらっ○○!気をつけなさいよ~!』と怒ります。
そうして最近では価値観が合うママとは、子供だけ預かって遊ばせたりもするようになりました。

ちなみにその子は親が一緒に遊ぶ時間を作れないので、少し可哀相かもしれませんが
放課後、休日に遊ぶことを3年生になるまで禁止しました。
もちろん、学校内で遊ぶのは構わないし、私もその子に会えば普通に接します。
ちなみに3年生までと区切りをつけたのは、ある程度の分別がつくようになるまでの期間を子供に明確に説明したかったためです。
息子もさすがに懲りたようで、約束はきちんと守っています。

私がこのくらいの年齢の頃はもっと自由に遊んでいた記憶があって、
自分の息子にも同じ感覚でいたかったのですが、時代の流れでしょうかそれがとても難しいことなのだと思い知らされました。
時には娘さんに寂しい思いをさせてでも、親がトラブルを回避してあげるべきだと思います。

質問者さんは電話して正解だったと思いますよ。
相手の親もきっと今までの行動から察して厳しく言ったのではないかと推測しますが、
万が一相手が気分を害してしまっていたとしても、いっそのこときっぱり割り切ってしまいませんか?
親同士の価値観が違うのだ、と。
ここで我慢しているとそのうちもっと大きなトラブルになる可能性が高いと思います。

息子の学校では、女の子は2年生の終わり頃には仲良しグループを作りはじめ、
3年生になるとグループ同士の対立なんかもたびたび起こっているようです。
もし可能であれば、娘さんに今からでも他のお友達と仲良くするように
言葉が悪いかも知れませんが誘導してあげるのもひとつの手かとも思います。

小学校2年生の男の子の母です。
似たような子が息子の友達にもいます。。

はじめのうちはその子ももう少しおとなしかったのではないですか?
遊びにいく回数が重なるにつれて?このおうちでワガママ言っても大丈夫?
と思ってしまったのでしょう。
おそらく質問者さんの家で起こっていることが親にきちんと伝わっていなかったんだと思います。
息子の友達がそうでした。

それまでは基本的に子供のことは子供同士で考えさせ、決めさせて自立心を養わせようと思っていたのですが、息子はそれが完全に裏目にでた形で...続きを読む

Q塾でトップでも学校の通知表は最悪、またはその逆

塾でトップでも学校の通知表は最悪、またはその逆

不思議なので質問します。
おい(小3)は、塾ではトップクラスです。が、学校の通知表はクラスの下位、ひどい成績です。
おいは、1回説明するとさっと理解します。応用も利きます。
めい(小5)は、塾では下位です。が、学校の通知表はクラスの上部です。
めいは、数回説明しないと理解しません。応用は利きません。

なぜ、塾ではトップでも学校の成績が悪く、またその逆になるのか不思議でなりません。
なぜなのか教えてください。

Aベストアンサー

現場の実態を暴露いたしますね。私は25年間小学校の教員をしてきましたので、全て内部の事情が分かります。まず、通知表と言うものは法的には、必ず作らなければならないものでは
ありません。学校内部には、指導要録というものがあり、この中に生徒の実際の成績が記載されています。通知表は、どちらかといいますと「励ます」という意味合いを持っています。
ところが、この通知表についての考え方や付け方も、学校によって又は都道府県によってずいぶん異なります。また、何よりも各教師によって強烈に差があります。通知表の書き方は、各学校の教務主任等が評価基準等を示して、先生方に共通理解を図るようにします。ところが、先生方と言うものは、ピンからキリまであります。きちんと会議で提案された内容を吟味して
学期の初めから、毎日記録を保存してしっかり評価をしながら学期末を迎える先生。こういう
先生はまじめで、評価も信用性があります。ところが、180度反対の先生もいます。単元が終わっても、その学習した単元のテストをすることすら忘れて学期末になって、あわてて一日何枚もテストをする先生・・・。中学校や高校ではありませんから、学期末になったからといって、毎日3枚も、4枚もテスト漬けになるようなことは本来はありえません。テストの実施を忘れて、ためてしまったツケがまわっているだけで、先生の責任です。通知表をつける段階になって、何も資料が無いことに気付きあわててテストをするような先生も、たくさんいます。
普通通知表と言うのは、各教科の成績、特別活動、生活面というような3つ位の部分が記載されます。
ここで、各教科の成績は、学習に対する評価なわけで生活面とは異なります。例えば、算数であれば、知識・理解とか思考とか技能というように、項目がそれぞれありますが、その項目に対して、どれだけの到達度があるのかを評価しているわけです。例えば、とっても意欲的に手を上げる子がいたとすれば、「意欲・感心」が◎というようについてくるかもしれません。全く手を上げない子がいたとして、「算数が大嫌い!」と口で言っている子でも、日頃の学習内容の理解度がよければ「知識・理解」が◎というようについてくるはずです。テストというのは、その単元の学習内容をどの程度理解しているのか調べるものです。それは子供の理解度をはかると同時に、指導した教師の指導力も測られます。平均点数が低いということは、教師の指導力不足です。
毎日きちんと記録をとっている先生は、自信をもって通知表をつけます。ところがです。これまで、私は何度も見てきました。ひどい先生は皆さんが想像している以上に多いと言う現実。教室の棚の中には、未処理のテストがたまっている。
テストだけして、丸付けすらしていない。さらには、テストをしないでこっそりゴミに捨てる先生。通知表提出の前日まで、全くできていないのにあっという間にできあがって持ってくるいい加減な評価しかしない先生。本当に、子供がかわいそうになるくらいいい加減な先生が多いです。大抵そういう先生は職員室で仕事をしません。職員室で通知表を付けると
周りの先生方にもその様子が見えるので、まったく資料を見もせずに、作品を見もせずに自分の主観だけで通知表に◎○△等をつけているのが、丸見えになるからです。普通通知表は担任が記載して、学年主任が目を通して、その後教務主任、教頭というように目を通して
いきます。私は立場上、多くの先生方の通知表に目を通していましたので、だいぶ主観が入った評価をしている先生が多いことを知っています。
小学校の通知表の内容をあまり気にしないことです。それよりも、もっと良い方法があります。お子さんが学校から持ってくるテストを、きちんと保管してチェックしてください。
親御さんが評価してみてください。
(1)教科書の単元の学習情況とテストを実施した日にちをチェック。
(2)テストには左上に大きく番号が振っているので1教科1番~5番位まであるはず。抜けているものはないかチェック。
(3)テストは点数が割り振りされています。例えばテストの左半分は、「知識・理解」などのように・・・。教科ごとに、その知識・理解とか技能とか書いている項目ごとに集計して
最後に到達度を計算してみる。%計算でよいです。9割以上なら◎とみてよいでしょう。

若い先生は、子供とのスキンシップは良いかもしれませんが、まだまだ評価に対する
しっかりした考えを持つことができません。評価している先生自身が、自信をもって評価
していません。
あまり、小学校の通知表は気にしないほうがよいでしょう。どの程度信用してよいものか
普通の方には全く見えないことでしょう。よくありますが、学年が上がったら急に成績が
よくなったとか、逆に下がったとか・・・。何故かもうわ

現場の実態を暴露いたしますね。私は25年間小学校の教員をしてきましたので、全て内部の事情が分かります。まず、通知表と言うものは法的には、必ず作らなければならないものでは
ありません。学校内部には、指導要録というものがあり、この中に生徒の実際の成績が記載されています。通知表は、どちらかといいますと「励ます」という意味合いを持っています。
ところが、この通知表についての考え方や付け方も、学校によって又は都道府県によってずいぶん異なります。また、何よりも各教師によって強烈に差があり...続きを読む

Q教育実習が辛いです。

こんにちは。
9月2日から小学校で4週間の教育実習中の者です。
現在2週目が終わり、半分が過ぎましたが、辛くて毎日「もう辞めたい」という思いでいっぱいで辛いです。

ずっと子どもが大好きで、小学校の先生になることだけを考えて、スクールサポーターなどのボランティアもして学校ともたくさん関わってきたつもりでした。

実習前は「この実習を終えれば、念願の先生になれるぞ!頑張ろう!」という気持ちで溢れていたはずなのですが、実習が始まってみると、授業は上手くできないし、学級の子ども達にうまく溶け込めているような感じでもなく、自信がなくなるばかりで辛いです。
毎朝、吐き気もするし食欲もなくなるばかりで、「こんなに精神的に弱いのなら教師に向いていないのか」とさらに自信がなくなっていきます。

何度も何度ももう実習を途中で辞めようかと思いましたが、
唯一、一部の子ども達との「あした一緒に給食を食べよう」などという約束や、まわりの先生方の優しさのおかげで、ギリギリ続けられている状況です。

今、このまま続けていても、今は授業に協力的な子ども達にもそのうち愛想を尽かされ、先生方にも迷惑をかけてしまうのではないかと思っています。
実習を受け入れ、2週間面倒を見て下さったのに、途中で辞めてしまうのは、非常識であり、失礼極まりないとは思います。しかし、このまま私が実習で授業を続けるより辞めた方が、先生の負担も減り、子ども達もちゃんとした授業が受けられるのではないかと思っています。

明日からまた学校と思うと、心が不安でいっぱいになってもうどうしていいのかわかりません。
こんな時、どのように乗り越えたらいいでしょうか?
何か、アドバイスなどがあれば教えて下さい。お願いします。

こんにちは。
9月2日から小学校で4週間の教育実習中の者です。
現在2週目が終わり、半分が過ぎましたが、辛くて毎日「もう辞めたい」という思いでいっぱいで辛いです。

ずっと子どもが大好きで、小学校の先生になることだけを考えて、スクールサポーターなどのボランティアもして学校ともたくさん関わってきたつもりでした。

実習前は「この実習を終えれば、念願の先生になれるぞ!頑張ろう!」という気持ちで溢れていたはずなのですが、実習が始まってみると、授業は上手くできないし、学級の子ども達にうまく...続きを読む

Aベストアンサー

 現役の教員です。教育実習生も20人以上指導した経験がありますので,その経験をふまえてアドバイスします。参考になれば幸いです。

 前述のように教生さんをたくさん指導してきましたので,いろいろなタイプがいました。ただ,程度の差はありますが,全員に共通していえることは,授業は下手だし,子どもたちへの接し方もダメだし,事務能力もないです。これは,当たり前です。そもそも,教育実習は授業力や子どもへの接し方,教員の行う事務処理などを総合的に学ぶためにあるのですから,うまくできるわけはないのです。ですから必要以上にうまくできないとダメだと思う必要はありません。(授業をすることは,一般の人から見ると簡単そうに見えるようですね。特に,小学校の教師は「小学生の勉強なんて誰だって教えられる。」と思っている人がいるようです。でも実際にやってみると,なぜかうまくいかないですよね。)

 私は教生さんとの事前打合せなどの際に,「この実習を通じて,教師という仕事を自分の一生の職業としていけるかどうかを見極めてほしい。」と話していました。私自身が教生だったときに,授業はうまくいかないし,子どもたちも思ったように動かないし,苦労ばかりだったのですが,不思議なことに自分の一生の仕事として,教師という職業はとてもぴったりとイメージできたのです。そして,私は今でも教師になってよかったと思っています。

 ということで,質問者さんはいろいろうまくいかなくて苦労しているようですが,うまくいくことを前提とせず,うまくいかないことを前提として取り組まれたらいかがですが。指導教員に失礼だとか,子どもたちに迷惑を掛けるだとかいろいろ考えないで,まずは自分のことだけを心配してみてください。そして,教師としてやっていけそうかどうかをを見極めてみてください。

 最後になりますが,ひどい指導案,ひどい授業で,私が何度怒っても,「先生,また授業でいっぱい失敗しました。」と笑顔で答えていた実習生も,今では立派な先生として学校の中心となってやっています。

 現役の教員です。教育実習生も20人以上指導した経験がありますので,その経験をふまえてアドバイスします。参考になれば幸いです。

 前述のように教生さんをたくさん指導してきましたので,いろいろなタイプがいました。ただ,程度の差はありますが,全員に共通していえることは,授業は下手だし,子どもたちへの接し方もダメだし,事務能力もないです。これは,当たり前です。そもそも,教育実習は授業力や子どもへの接し方,教員の行う事務処理などを総合的に学ぶためにあるのですから,うまくできるわけ...続きを読む


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