ソクラテスの妻クサンチッペは悪妻として有名ですが、
具体的に夫にどんな仕打ちをしたのでしょうか??

A 回答 (2件)

悪評高いソクラテスの妻、クサンチッペですが、彼女がかんしゃく持ちだったのは旦那が甲斐性無しだったせいとのこと。


当時の哲学者と言えば何人もの門弟を抱えて裕福な生活を送っていたのにソクラテスは清貧を貫いたからです。

自分は名声を受けるかもしれませんが、家計を預かる妻としてはたまったものじゃありませんね。

しかしクサンチッペといえば悪妻の代名詞として有名ですが、臨終の際もソクラテスに付き添っていたし、広場でソクラテスを打ち付けたとかいう話はちょっと信憑性に欠けるとの話もあります。(口やかましいというのはあったようですが)

ソクラテスが結婚に迷う青年に結婚を勧めて言った「良妻を持てば政治家に、悪妻を持てば哲学者になれる」というギャグを真に受けた人が悪妻というイメージを作り上げてしまったのではないでしょうか。それが「良妻を持てば幸福者になり、悪妻を持てば哲学者になるだろう」という言葉になってしまったのです。
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この回答へのお礼

どんなあくどいことをしたのだろうと思っていましたが、、
哲学者の夫と現実的な妻という
つりあいのとれたいいカップルだったのかもしれないんですね

お礼日時:2001/01/23 23:09

ソクラテスは、水をぶっかけられ、人前で罵られたり。

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Qソクラテスの妻

ソクラテスの妻・クサンチッペの肖像って存在するんでしょうか?

ご存知の方いらっしゃれば教えてください。
恐妻の顔が見てみたいです。

Aベストアンサー

ソクラテスの肖像がが無いように、クサンティッペさんの肖像がは無いと思います。

クサンチッペさんを悪く言うようになったのは、その後ソクラテスを評価した人たちだったようです。

中東のおとぎ話で、妻に知恵とか そういう題名だったかな?
働かず「この世は~ 人とは~」という亭主と「そんなことよりまず現実をやることがあるでしょ 働いて!」という妻が登場するんです。

でも夫はそんな現実生活よりもっと大事なことを今やっているんだ と言う。

妻は「わかったわ じゃあ そのまま仕事もせず座っていればいい」と言い放ち家を出た。

夫は妻がなにかたくらむと思い、泥棒が来た時、妻の差し金だろうと思って反応しなかった。

泥棒は動かず反応をしない亭主を好都合だとして、最後は家財道具を盗んでとんずら。


妻が後で家に買えると、家財道具一式なくなっていた。

賢い妻はドロボーを追いかけていき、知恵で騙して騙して全財産を回収。

夫は妻はリアルで活用できる知恵の持ち主だとわかり、「これからは家事の半分は担当する。ヤギの世話は私がやる」と申し出て、お互いハッピーになった。


という教訓みたいなおとぎ話。


クサンチッペさんは「人間とは~」とか考えて現実世界を生きないソクラテスの目を覚まさせるために、水をぶっかけたりしたわけですが、そりゃ やりたくなるでしょう。
働かないで現実を生きずあっちの世界を夢想し、お花畑でまどろむ夫の対して「もどってきて~ あなたはまだこっちの世界の人間なのよ」と言いたくなる気持ちわかります。


それなのに、ソクラテスの思想を評価したぐーたら亭主たちは、クサンティッペさんを悪妻にすることで、自分たちがやっていることは とても貴重なものだとしようとした。
知的な仕事こそ尊い、つまり自分たちは尊い仕事をしているって摩り替えたんじゃないか と。

クサンティッペ災難。
弟子たちは、悪知恵だけは働いたようです。

ソクラテスの肖像がが無いように、クサンティッペさんの肖像がは無いと思います。

クサンチッペさんを悪く言うようになったのは、その後ソクラテスを評価した人たちだったようです。

中東のおとぎ話で、妻に知恵とか そういう題名だったかな?
働かず「この世は~ 人とは~」という亭主と「そんなことよりまず現実をやることがあるでしょ 働いて!」という妻が登場するんです。

でも夫はそんな現実生活よりもっと大事なことを今やっているんだ と言う。

妻は「わかったわ じゃあ そのまま仕事...続きを読む

Qソクラテス的発問とカテキズム的発問

教育工学の勉強でソクラテス的発問と教理問答(カテキズム)的発問の違いについて問題が出ました。
両者の問答の内容を調べ、大体の考え方は分かりました。
・カテキズム的問答‥最初に完全な文章を与え、語句の説明がなされ、証明事項が付け加えられる。教師は教え、伝える。
・ソクラテス的問答‥証明事項→推論→真理の追究。教師は指導せず、共に探求する。
以上のような感じで合っているでしょうか?(知識が浅いため自信がありません。)

また、両者を調べていると宗教・哲学的な話が多く、教育としての違いがいまいち説明できません。
(真理を教え導くという点では同じなのかもしれませんが、教育現場での発問の仕方における違いが分かりません。)
具体的に、どのような発問がソクラテス的発問で、どのような発問がカテキズム的発問なのでしょうか?
現代の理科などで行われている課題解決学習はソクラテス的な授業展開と考えてよいでしょうか?

また、ソクラテス的発問とカテキズム的発問の勉強をしていたら、帰納法と演繹法の関係に似ているのかな?と思うようになりました。
これは的外れな意見なのでしょうか?

質問が多くなってしまいすいません。
1つでも分かる方、また参考になる文献・HP等を知っている方がいらっしゃったら教えてください。

教育工学の勉強でソクラテス的発問と教理問答(カテキズム)的発問の違いについて問題が出ました。
両者の問答の内容を調べ、大体の考え方は分かりました。
・カテキズム的問答‥最初に完全な文章を与え、語句の説明がなされ、証明事項が付け加えられる。教師は教え、伝える。
・ソクラテス的問答‥証明事項→推論→真理の追究。教師は指導せず、共に探求する。
以上のような感じで合っているでしょうか?(知識が浅いため自信がありません。)

また、両者を調べていると宗教・哲学的な話が多く、教育としての違い...続きを読む

Aベストアンサー

カント「人倫の形而上学」の第2部 徳論 の第49節・50節に詳細が書いてあります。

テーマは、「倫理的弁証法」
人間学(今風に言えば、ソーシャルエンジニアリング)を元に開発されるべき「質疑の学」の代表としてこのふたつが上げられています。

自由を重視するという立場をとりながら、人が経験を学によって啓発し開発うるとすると、学ぶものが自己実現をするには、師弟の交流形態として、まず、二つあるそうです。しかしながら、徳論自体は、教義的側面を持つとされます(ご注意ください)。

ストア派の言葉をかりながら、義務・徳目のハンドブック化によって個人の啓発が行われないものであり(主意)、(徳論の場合はとくに)実体験を含む実践で養われていくべきであると語られます。

(ちょっと長くなりました。あとはお読みください)

ええっと
端的に言うと・・・

質疑哲学的には、
カテキスム的発問は(機械的に之まで教義的に習ってきた)知識を問うこと、ソクラテス的発問は、良心を揺り動かすように定式化せず問うということです。

たとえば、友人を殺そうと殺意を持つものが、その当該友人と雪山登山し、偶然事故(支えるべき手を誤って離してしまう)でその友人を失ったと仮定する場合。

法学の学生に
法的解釈の可能性を設問もしくは、定義を含め論理学的に殺人といえるのかどうかを発問するのが、カテキズム的発問(単に知識を問う)。

カテゴリー不問で
事故になって生き残ったものの気持ちを想像させ、同じような気持ちになったことがあるか質問する、また、自分にひきつけて、そのときどう行動したか、またはするかを体系的に議論するのが、ソクラテス的発問です。

カント「人倫の形而上学」の第2部 徳論 の第49節・50節に詳細が書いてあります。

テーマは、「倫理的弁証法」
人間学(今風に言えば、ソーシャルエンジニアリング)を元に開発されるべき「質疑の学」の代表としてこのふたつが上げられています。

自由を重視するという立場をとりながら、人が経験を学によって啓発し開発うるとすると、学ぶものが自己実現をするには、師弟の交流形態として、まず、二つあるそうです。しかしながら、徳論自体は、教義的側面を持つとされます(ご注意ください)。

ストア派の...続きを読む

Qソクラテスの死

ソクラテスが毒を飲んで死んだのは事実ですが、誰が飲ませたのですか?昔ソクラテスの妻だと聞きました。確認が取れません。ご存知の方、教えてください。

Aベストアンサー

たぶん、クサンチッペが悪妻で有名だったので、混同されたのだと思います。

毒ニンジンは、死刑のために用意されたものです。
弟子や知人たちが脱獄の手はずを整えていたので、逃げようと思えば逃げられたものを、あえて、自ら毒ニンジンを飲んだと書かれています。

つまり、死刑でもあり自殺でもあるといえます。そのとき、たとえば妻クサンチッペが手をそえてソクラテスに飲ませたというようなこともないようです。

参考URL:http://www5b.biglobe.ne.jp/~mizuta/mizutasekaisi/7sokrates.htm

Qソクラテスと豚、または生産的議論と消費的理論

ソクラテス側にも、豚の快楽なんてろくでもないよね、と対抗している時点で、少し嫉妬交じりの感情が混ざっているわけですし
豚からしたら、ソクラテスが何を言おうと「それでも別に良いや俺幸せだし」と開き直られたら、ソクラテス側は負けてしまう気がするんです
「はいはい頑張って他人にも良いような行いしてね、俺はそれをどんどん消費するからね」と言われたら、なんかとてっても悔しいですし、それでも続ける気になれないのではないかとおもうのです、よっぽどの人で無いと

屁理屈に負けてしまいそうなんです・・・

https://oshiete.goo.ne.jp/qa/8641327.html
(回答番号15への質問者のコメント)

*** *** *** *** ***

教えて!gooで数数の名言を読んできましたが、これはベスト5に入る内容だと私は判断します。ちなみに私は回答番号17,23で参加してゐます。また私なら回答番号21をベストアンサーにします。

「不満足なソクラテス」による生産的議論、「満足した豚」の消費的理論、どちらを支持するか見解が大きくわかれるのはなぜですか。

ソクラテス側にも、豚の快楽なんてろくでもないよね、と対抗している時点で、少し嫉妬交じりの感情が混ざっているわけですし
豚からしたら、ソクラテスが何を言おうと「それでも別に良いや俺幸せだし」と開き直られたら、ソクラテス側は負けてしまう気がするんです
「はいはい頑張って他人にも良いような行いしてね、俺はそれをどんどん消費するからね」と言われたら、なんかとてっても悔しいですし、それでも続ける気になれないのではないかとおもうのです、よっぽどの人で無いと

屁理屈に負けてしまいそう...続きを読む

Aベストアンサー

plapotiさんが何故このような問題提起をされたかが
わかりました。

「他者排除」は人間の持つ、「慢心」「保身」「差別」
「攻撃性」などの悪い心が起こすもので、「ソクラテス」
「豚」の区別はないと思います。

日本中どこに行っても、「序列」「いじめ」があるのは
実感しています(私はけっこういろんなところへ行きまし
た)。
つまり、「ソクラテス」の責任ではないということです。

それに、あなたの説では、生粋の豚(つまり怠け者)を弁護
し、健気なソクラテス(働き者)のやる気を削いでしまう危
険性があると思います。

Q悪妻を持たないソクラテス

もしソクラテスの妻が悪妻でなかったら、或いは生涯独身であったとしたら、彼の哲学はどのようなものになったと思われますか?

Aベストアンサー

#2さんと同じで、変わらないと思います。

それよりクサンティッペの夫がソクラテスでなければ、クサンティッペは悪妻とは呼ばれなかったような気がします。哲学に現を抜かし、働かない夫に文句を言わない妻はよっぽどできた人間です。クサンティッペも普通の奥さんであったと思います。

Qソクラテスの死の意味について教えてください。ソクラテスが自ら死を選んだ理由です、

ソクラテスの死の意味について
教えてください。
ソクラテスが自ら死を選んだ理由です、

Aベストアンサー

無知を自覚していない人は無知だ等という自説を説いたソクラテスは、政治家達の反感をかい、異分子として排除するため裁判にかけられ、死刑判決を受けます。が、もし、ソクラテスが自分の考えを説かずに、今後一切黙れば、死刑を見逃し生かしてあげよう、という条件を言い渡されます。が、ソクラテスは、自説を曲げ、お上に従って生きても、それは生きているとは言えない、植物人間と同じだ、それならば、死刑を受け入れる事を自ら望んだのです。つまり、ソクラテスは魂を売り渡し、飼い慣らされた豚になるよりも、自分の信念を貫き通す事を選んだのです、死を持って。そこにソクラテスの意思の強さ、ソクラテスの死の尊さがあるのです。支配に屈しない、元祖パンクロッカーと言えます。かっこいいですね。私も踏襲しています。自分が正しいと信じた事を貫き通します。それにより多少石が飛んで来る事があっても。でも、本当の強さと自信があれば、そんな小石はものともしません。ソクラテスのように、命を落とす事に比べたら。。

Qソクラテスの謎

ソクラテスほどの賢人が、こと配偶者選択の際、なぜクサンティッペなどという悪妻を選んでしまったのでしょうか?

また、ソクラテスにはもう一人、ミュルトーという妻がいたそうですが、この女性がどういう人物だったのか調べたのですが結局分からず仕舞いでした。この女性はどういう人物だったのでしょうか?

彼女との結婚がクサンティッペに悪影響を及ぼしたのでしょうか?例えばこれはあくまでも想像ですが、ミュルトーがあまりにも美しく賢い女性だったためにクサンティッペが嫉妬に狂った、とか……?

なんだかちっとも哲学的でない質問で申し訳ありません。

Aベストアンサー

こんばんは。

今、手元の本を繰ってみましたが、ミュルトに関する記述は「息子を二人生んだ」だけですね。穿って考えるに、「他に特筆する程のものはない女性である」と見るほうが、しっくりくるような気がしますが・・・

クサンティッペに関しては、私はそこまで悪妻では無かったと思うのですが・・・実際にプラトンの著書に記述しているクサンティッペ像は、そんなに異常性を感じません。

後世の書物に「水をぶっかけた」なんてスキャンダラスにかかれた事で、悪妻のイメージが定着してしまいましたが、クセノフォンの著書などでは「直情型の女性」である事は書かれているものの、直情型の母に腹をたてていた長男に対し、「子が病の時は必死で癒そう努め、子が不自由せぬように家庭を必死で守る、こんな母親に対して腹を立てるなら、お前は善き事に対して腹を立てるのと同じだ。」と、戒める部分があります。

考えてみれば、後世に名の残る素晴らしい哲学者であったとは思いますが、家庭人としては、本業の石工は放り出して町の中を徘徊している、稼ぎの悪いダンナです。
少しばかり気性の激しい女性ならば、「このひょうろくだま!」くらい言いながら、ガミガミ怒るのは当たり前のような気がしますよ(私でもしそう・・・(苦笑))
それでもクサンティッペは家庭を守り、子供を慈しみ、ソクラテスの最後には涙を流し、ソクラテスから労わられています。

二人にはかなりの歳の差があったでしょうが、それでも慈しみの心はお互いに持っていたのではないかと思いますよ。

私見ですが・・・ご考察の一部に加えていただけたら幸いです。

こんばんは。

今、手元の本を繰ってみましたが、ミュルトに関する記述は「息子を二人生んだ」だけですね。穿って考えるに、「他に特筆する程のものはない女性である」と見るほうが、しっくりくるような気がしますが・・・

クサンティッペに関しては、私はそこまで悪妻では無かったと思うのですが・・・実際にプラトンの著書に記述しているクサンティッペ像は、そんなに異常性を感じません。

後世の書物に「水をぶっかけた」なんてスキャンダラスにかかれた事で、悪妻のイメージが定着してしまいましたが...続きを読む

Q頭いい人って具体的にどんな人を言うのですか?

頭いい人って具体的にどんな人を言うのですか?

Aベストアンサー

記憶、思考、創造など、何らかの脳(=頭)の
機能が、他人より優っている人。

Qプラトンが描いたソクラテスは史実の姿???

プラトンが描いたソクラテスは史実の姿???

プラトンの国家、ソクラテスの弁明を読んで、ソクラテスの史実の姿に興味を持ちました。

国家やソクラテスの弁明に描かれるソクラテスの姿は、大体、史実、ありのままと考えていいのでしょうか。
それとも、プラトンが描くソクラテスというものは、大部分が、史実とはかけ離れた空想の産物なのでしょうか。

Aベストアンサー

史実という考え方自体が、近代的考えです。

古典時代の人々が、食べていた食べ物を「今の目線で」
「まずい」とか「料理の仕方が洗練されていない」とかと評価できないのと同じで、歴史的に「それはそれ」とまず、さらっと読むことが大事です。

史実という事で言うと
ヘロドトスとトゥキディデスの比較がよく話題となります。
ヘロドトスは、「物語」の作家
トゥキディデスは「史学」の著者とされます。

さて
「伝記」は、「歴史書」なのでしょうかそれとも「読み物」なのでしょうか?どちらかというと「奇跡をつづるといった側面が強いと思います。少なくとも「記述するにふさわしい数奇な内容」のはずです。

この時代に書かれた書籍は
基本的には、「伝説的読み物」といったほうがいいと思います。

トゥキディデス=史実重視の見方・政治的意図で書かれた文章=プログラムは、例外中の例外です。

比較の対象として「クセノフォン」のソクラテス伝をよんでみるのもよいのかもしれませんが、「思想」としては、プラトンのほうが優れています。人から人へ伝えていくといった視点からも明らかに勝っています。

また、「弁明」のほうは、史実に比較的近いということも出来ます。ソクラテスの弟子=プラトンが書いたことですから、内容(こんな感じだったんだろうなというイメージ)だけ
持っていけば
いいと思いますが、

でも、全てが夢物語ではありません。

「聖書のでたらめ」を信じている人たちが、党派的に「哲学全般に対して批判・弾圧を繰り返してきた」という歴史的事実にも着目してください。肩の力を抜いて取り組んでください。

プラトンは、自分に対して「辛口」になることが出来る思想のヒトツです。キリスト教はその逆。

史実という考え方自体が、近代的考えです。

古典時代の人々が、食べていた食べ物を「今の目線で」
「まずい」とか「料理の仕方が洗練されていない」とかと評価できないのと同じで、歴史的に「それはそれ」とまず、さらっと読むことが大事です。

史実という事で言うと
ヘロドトスとトゥキディデスの比較がよく話題となります。
ヘロドトスは、「物語」の作家
トゥキディデスは「史学」の著者とされます。

さて
「伝記」は、「歴史書」なのでしょうかそれとも「読み物」なのでしょうか?どちらかとい...続きを読む

Q仏法(法華経)でいう理想社会とは現実に即して言うと具体的にどんな社会でしょうか?

御書に明確に示されているんでしょうか?
私にはわかりませんが、仏法でいう理想社会とは現実に即して言うと、具体的にどんな社会でしょうか?

資本主義社会?共産主義社会?社会主義社会?それとも?

いろいろとご指南ください。

Aベストアンサー

「妙法蓮華経方便品 第二」に「・・・此の諸の仏子の為に 是の大乗経を説く 我是の如き人 来世に仏道を成ぜんと記す」とある通り、
法華経は、現世成仏ではなく「来世成仏」です。すなわち、法華経は、「来世」において仏陀になるための修行を行うことを理想としています。

従って、皮肉なことに、法華経で云う「来世」の理想社会は、「法華経」に価値を置かず、「法華経」が見捨てられ、多くの人々が、本来の釈迦の仏教である「阿含経」に基づいて仏陀になるための修行を行う社会です。(阿含経にのみ仏陀になるための修行法が説かれています。)

世の過半数の人々が、阿含経で説かれている最低ランクの聖者である「須陀恒(シュダオン)」になったとき、
人々は、
聖霊である仏とともに生活し、瞑想し、霊界の仏と直接交信し、戒行を守り、世俗的欲望(物質的欲望、現世的欲望、金欲、地位欲、権力欲、名誉欲、「ご利益」)に興味を持たず、宗教宗派を超えて他者と霊的交流を行い、宗教宗派を超えて他者への奉仕を人生の目的として生きることになるでしょう。多くのシダゴン(斯陀含)、アナゴン(阿那含)、アラカン(阿羅漢=仏陀)も輩出されるでしょう。
(大乗仏教は、「ご利益」を目的に「仏を信仰」しています。これは、本来の仏教ではありません。)

仏教は、一般的な信仰宗教(神の信仰、仏の「信仰」)とも、いかなるイデオロギーとも関係ない、真理の教えであり、南伝仏教(上座部仏教)のお坊さんは、仏教は「科学」であるともいっています。

多くの人々が聖者になったとき、そのような社会では、「資本主義社会」は資本主義社会であっても現在考えられる資本主義社会ではなく、「共産主義社会」は共産主義社会であっても現在考えられる共産主義社会ではなく、「社会主義社会」は社会主義社会であっても現在考えられる社会主義社会ではない、平和な密厳浄土・極楽浄土の社会になると思います。

「妙法蓮華経方便品 第二」に「・・・此の諸の仏子の為に 是の大乗経を説く 我是の如き人 来世に仏道を成ぜんと記す」とある通り、
法華経は、現世成仏ではなく「来世成仏」です。すなわち、法華経は、「来世」において仏陀になるための修行を行うことを理想としています。

従って、皮肉なことに、法華経で云う「来世」の理想社会は、「法華経」に価値を置かず、「法華経」が見捨てられ、多くの人々が、本来の釈迦の仏教である「阿含経」に基づいて仏陀になるための修行を行う社会です。(阿含経にのみ仏...続きを読む


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