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ジョン・ロックは唯物論者であるという根拠を教えてください。

A 回答 (4件)

どうもです



ちょっとお聞きしたいことがあるんですが、質問者さんは、ロックが唯物論者であるとして、質問をされているのでしょうか? また、そうではないという意見を持っているのでしょうか? もしよろしければ、詳しく教えていただければ幸いです。僕はロックを唯物論者として考えたことは特になかったのですが、経験論、認識論は唯物論と繋がりを持っているというこは考察できます。
回答内要覧で質問することをお許し下さい。

この回答への補足

昔、ロックは唯物論者であると習った記憶があったのですが、最近考え直してみて「非物質的な霊魂を認めるのに唯物論者はおかしいのでは」と思ったのです。どうやら唯物論者とはいえないようですね。

補足日時:2007/08/08 03:31
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返答遅くなりました



まず、経験論と唯物論はイコールではありません。それにロックは経験論者であって唯物論者ではないと思います。私が前にアドバイスで”ロックが”唯物論者”である根拠に繋がる”と書き込んだのは外的(感覚的)に物質を判断する(物質ありきと)と考えたからです。つまり経験論と唯物論はイコールではありませんが、唯物論の認識論をなりたたせるという関係/繋がりを持っていると思います。


唯物論は考え方として大きくふたつに分けられると思います。historical materialism と dialectical materialism です (これ以上あるかもしれませんが、僕が知っているのはこれだけです)。どちらもmarxist の専門用語として使われていると思います(Feuerbach の 唯物論に関しては僕はわかりません)。特にhistorical materialismがロックの経験論に根拠を置いているように思えます。

参考まででした。

この回答への補足

ロックは唯物論者であるという意見と、そうでないという意見は唯物論という語の定義の違いということなのでしょうかね。正直いまいち理解しかねます。

補足日時:2007/08/04 06:52
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ロックは{人間知性論}のなかで物体の性質について第一性質・第二性質という用語で区別しています。


いろいろな単純観念をわれわれの心に生じさせる力が外的物体にあると考えてこの力を物体の性質と呼んでいます。
物体の性質には二種類あって、まず個体性、延長、形態、運動または静止、および数のような観念をわれわれの心に生じさせる物体の性質はその物体と不可分であって、いかなる変化を通じても恒存すると考えられ、このような本源的性質を物体の第一性質と命名しました。
一方、第一性質によってわれわれのうちに、色・音・味などの感覚を生じさせる力が物体の第二性質と呼ばれます。第二性質は物体の中にそのまま実在するのではなく、物体を構成している感知できない微小な分子が、われわれの感官に作用することにより、はじめて感覚として生ずる主観的性質です。
こうしたロックの考え方は十七世紀科学の物質感に基づくものとされています。

この回答への補足

ロックは「非物質的精神」(immaterial spirit)というものを想定しています。それでも彼は唯物論者であると言えるのでしょうか。

補足日時:2007/08/03 04:09
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参考までに



質問者さんもご存知の通り、ジョン・ロックはイギリスの経験論者です。彼は物質と知識の関係を経験にあると説きました。人間は外的な感覚/sensationを通して、内的なreflection(ごめんさない、日本語の訳がわかりません。これはロックを読む上でのキーワードです(専門用語だと思うので、普通の訳ではないように思えます))と比較し一致を求めます。そしてそこにある物体が何であるのか理解すると述べています。また人間の認識と観念を考慮する上で人間の”思考”を考えると思います。それはロックによれば tabula rasa (white paper)白紙のようなモノとしています。ちょっとここでロックを引用しますね。※ 僕は日本語のテキストを持っていません。意訳するので英文と異なると思います。

All ideas come from sensation or reflection... Let us then suppose the mind to be, as we say, white paper, void of all characters, without any ideas… Whence comes it by that vast store which the busy and boundless fancy of man has painted on it with an almost endless variety? Whence has it all the materials of reason and knowledge? To this I answer, in one word, from experience; in that all our knowledge is founded; and from that it ultimately derives itself. Our observation employed either, about external sensible objects, or about the internal operations of our minds perceived and reflected on by ourselves, is that which supplies our understandings with all the materials of thinking (Locke, 1961, p.77)

私たちの認識/観念は感覚とreflectionによる。思考が何であるか考えてみる時、それは単なる認識/概念を含まない空虚な特徴を持つ白紙にすぎないだろう。(中略)思考はどこから物質に関する知識と理性を抽出するのか? それは一言で言えば”経験”に他ならないだろう。(中略)私たちの観察眼は外的な感覚しうる物体か、または内的による自分たち自身の知覚と反映を利用している。またそれら物質による概念/知覚と伴に私たちの理解力は補ぎなわれているのであろう。※つたない和訳で申し訳ありません。

ここでロックは白紙というキーワードを使っていますが、これは私たち人間が生まれた時、認識と知識は単なる何も書いていない白紙状態であり、外的な感覚/経験により内的な物体に対する概念を作り上げて行くことだと(書き込んでいく)ロックは言っているんだと思います。そして経験で得られた概念を二つにロックは分類してます。"all of our ideas―simple(単純) or complex(複雑)―are ultimately derived (抽出) from experience" こうして内的に創られた概念(reflection)と外的な感覚の一致により人間は物体を理解しているとロックは言っているわけです。

ロックは外的な感覚、そして経験を通して物体を認識することに根拠をおいているのですから、これがロックが”唯物論者”である根拠に繋がるのではないのでしょうか。つまりロックは最初に物質ありきで考え、経験による人間の認識と知識を考察しているのですから。しかしこの考えには大きな疑問が残るんですけどね。

※かなり大雑把な説明になってしまっていると思いますが、もし質問者さんに時間があるのでしたら An Essay Concerning Human Understanding. Ed. Roger Woolhouse. New York: Penguin Books の日本語訳に目を通してみるのもいいと思います。

参考まででした

この回答への補足

回答ありがとうございます。
心は白紙で経験は全て後天的であるという主張は本当に唯物論とイコールなのでしょうか。

補足日時:2007/07/28 02:40
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