ウォッチ漫画『酒男子』新連載開始!

戦国期のそれも戦闘中の武士の食料とはどんなものがあったのでしょうか?
握り飯や米を炊くことは普通(?)としても、何日も戦闘が続く場合、非常食(保存の効くもの)的なものは携帯していたと思われますが、どんなものがありますか?

ちなみに名前は分かりませんが、芋の蔓を味噌につけて乾燥させ、腰に巻きつけて出陣し、野戦の最後の食料として水に浸して戻し、煮込むと蔓は具に、染み込んだ味噌が汁になるものもあったと聞きましたが。

他にも野戦、籠城問わずそんな携帯食があれば教えてください。よろしくお願いします。

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A 回答 (6件)

昔の人も色々工夫していたみたいです。



いざ、合戦となった時は3日分くらいの食事は持参したそうです。
一日三食になったのも、戦国時代からなんですって。

参考URL:http://indoor-mama.cocolog-nifty.com/turedure/20 …
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この回答へのお礼

あぁ、嬉しい!これです!「いもがら縄」!私の探していたのはいもがら縄だったんだ!子供心に美味しいか不味いか分からないのに興味を魅かれました。作ってみよう、と思ったものの作り方すらわからずにいました。今夜こっそり・・・(おいおい!)
それにしても炒り米と干飯の違い、陣立味噌など当時の工夫もバラエティーにとんでいることが分かりました。餅に梅干。現代の非常時にも使えるのではないでしょうか?(やっぱりこっそり作ってやろうかな?)
三度の飯に普通にありつける時代に生まれて良かった。
大変参考になりました。ありがとうございました。

お礼日時:2007/08/26 22:31

ご質問から少々はずれますが・・・幕末のことです。


第二次長州征伐の兵糧のことが「岡山県史26」にあるので紹介します。
幕府軍の兵糧は幕府の倉敷代官所(岡山県倉敷市)が担当しました。1人1日あたりで、
白米6合、味噌20匁、梅干3粒、大根漬半分(1/2本)またはありあわせの菜漬 とあります。兵だけでなく上官もこれを朝昼晩食べたみたいです。米は玄米でなく「白米」と明記してあります。おかずは塩辛いものばかりですが、冷蔵庫など保存手段がなかったですから仕方ないでしょうねぇ。
ついでに秣(まぐさ--馬のエサ)のことも載っているので書いておきます。乾草2貫目、糠(ぬか)3升、大豆2升。乾草は岡山県津山市周辺の幕府領の村々で準備しています。ずい分遠くから運んだものと感心します。第一次長征でもほぼ同様だったようです。
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この回答へのお礼

いえいえ。知識をくださる方は大歓迎であります。
幕末史は正直言って弱いのですが、冷蔵庫の無い時代であることには変わりありません。ここで私が注目したのは大根漬けです。漬物の歴史は知りませんが、沢庵和尚の存在は知っています。これは野菜でもあるのである意味バランスを考えてのことかと思われます。白米は近代戦争でもあるように兵隊さんには良い物を食べてもらって、との考えに近いのでしょうか。
白米1日6合は私には充分ですが、体力勝負の兵隊さんには不足気味かな?とか思ったりしています。ここでも味噌と梅干は活躍していますね。
回答ありがとうございました。

お礼日時:2007/08/26 22:21

バランス栄養食「兵糧丸」の「上杉家レシピ」だそうです。



参考URL:http://blog.livedoor.jp/mansaku21/archives/50955 …
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この回答へのお礼

面白いURLありがとうございました。上杉風兵糧丸もいいのですが、私は梅肉バージョンが気になりました(笑)
栄養価が高く、携帯に便利、場所、時を選ばずとなればまさに必需品ですね。「ファイト~!」「一丸!」で頑張ったのでしょうか?
この兵糧丸、子供の頃読んだ本で「忍者食」として登場していたのを思い出しました。なつかしいです。
再度の回答ありがとうございました。

お礼日時:2007/08/25 14:34

武器や兵糧を調達する役職を小荷駄奉行といいます。


「雑兵物語」によりますと、長期戦ではひとりにつき、水一升、米6合、塩、味噌が与えられたといいます。
短期戦の場合は、腰兵糧といい、干飯、もち、握り飯が利用されました。
現在も愛される陣中食で、有名なのは、ほうとうでしょう。
味噌を熱し、練ったみそ玉は、お湯を差して飲むと、さしずめ、インスタント味噌汁ですね。
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この回答へのお礼

小荷駄奉行、初めて知りました。
「雑兵物語」は一兵卒が書いたのでしょうか?(余談)調べてみます。
塩や特に味噌は合戦で必需品だったのでしょうね。
餅は言われてみればそうでした。盲点です。あと日干しなら魚類もあったのでしょうか?するめとか・・・

ほうとうは知りませんでした。味噌玉は元祖インスタント味噌汁ですね。これにNO1・2の回答者様の干し飯でしのいだのでしょう。
結構種類のあるのには驚いています。
回答ありがとうございました。

お礼日時:2007/08/25 13:32

素人です。


干飯(ほしいい)は用いられたと思います。これは、私が幼い頃はまだ普通に作っていまして、祖母がよく食べさせてくれました。作り方は割と簡単で、きちんと作るときは、米を蒸します。粗熱が取れたら、それをザルや新聞紙に広げて天日で干します。風通しが良い、冬の晴れの日でしたら2日程度でできあがります。一年くらいは普通に保ちます。そのままポリポリ食べても食べられますし、水やお湯でふやかして食べると、まぁ、ご飯です。(私は小学生の頃、夏休みの自由研究でこれを作って持って行ったことがあります)
もう一つの作り方は、お釜に残ったご飯を水洗いして干す方法です。こちらも、かなり長持ちします。もちろんそのまま食べても良いのですが、炒って醤油や砂糖で味付けすると、アラレみたいでした。
干飯自体は、平安時代の文献にも見られますから戦国時代にも携帯食として用いられたのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

なるほど。貴重な実体験ありがとうございました。
あとの方の作り方の中で
>炒って醤油や砂糖で味付けすると、アラレみたいでした
これは何となく美味しそうで興味そそられます(笑)
平安時代からの文献にもあるとのこと。これなら携帯食として考えられますね。
家康?が何かの合戦で敵にばれないように飯炊きを禁止したのをうっすら覚えています。これなら(美味しい不味いは別として)大丈夫そうですね。
ありがとうございました。

お礼日時:2007/08/25 13:23

干飯(ホシイイ)と言って、炊いた御飯を乾燥させたものがあります。


乾燥してカピカピになったやつです。
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この回答へのお礼

聞いたことあります。炊飯器で炊いた御飯のヘリに残ったやつを想像してしまいます(笑)
そのまま食べるには硬そうですが水に戻したりしなかったのでしょうか?日持ちはしそうですが。
回答ありがとうございました。

お礼日時:2007/08/25 13:17

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Q太平洋戦争中の食生活は?

この時期になると太平洋戦争時のことがとかく問題になります。
今年も靖国参拝問題とか戦争責任とか・・・。とはいえ、現在の日本を見れば、
不況だ不況だといいながらも飽食を貪っている。戦争自体は毎年語られるけど
戦争中に国に残って生活していた人たちについては忘れられがちな気がして。
どのような生活で、どのようなものを食していたのか良くご存知の方、教えてください。

Aベストアンサー

この時期の人々は既に高齢化しています。

私が昭和8年,1933年生まれ、戦争の終結が昭和20年,1945年。現在68歳
戦争の前線に出た人々は70歳を越えています。

私の体験は小学生の2年から6年まで、この間の体験は到底このようなところで
総てを書くことは不可能です。

育ち盛りの年齢、最後には食べ物の話になります。
生活していた場所、環境により違いはありますがこと食べ物については農村が
有利でした。

粟、稗こそ食べませんでしたが、大豆の絞り粕、小麦のふすま、かぼちゃ、
薩摩芋、干し杏、大麦、等が主食の座を占めたことも有ります。

白米のご飯と梅干は最高のご馳走。肉などお眼にかかることも有りませんでした。
総ての生活物資は国の統制下、一人にどれだけかの割り当てが有りましたが、

戦争末期になるとこの割り当ても有名無実でした。
履物、衣類も総て同じ、年々大きくなる子供は履物には苦労しました。

右左大きさの違う靴を貰って喜んでいましたが最後にはこれも無くなり
草鞋を履いていましたがこれも新しい物は学校で盗まれました。

欲しがりません勝までは、この標語の下に耐乏生活をしていました。

海に魚は多く居たようですがこれを獲りに行く漁船も軍の管理下、
漁をする人も少なくなり、漁船も海に出ると爆撃の標的になりました。

私は戦争終結後、微熱が続きましたが飢餓熱、栄養失調の発熱でした。
私達年代の人が戦争の体験を語るとき最後には食べ物話で終わります。

日本の大中都市に暮らした人々の殆どは爆撃の恐怖を体験し、衣食住総てで
辛酸をなめた筈です。

このような生活が精神的な重荷になり語ることを拒否する人もあると聞きました。
野坂昭之(字が違うかも)のアメリカひじきと言う小説が終戦前後の食生活を書き賞を貰った筈です

確かこれをもとにしたアニメが有りました。
見ていて目頭が熱くなりました。

私の姪がこのような話を聞きたがり話し事が有りますが2時間くらい話しても
終わりませんでした。

このような生活をしてきても人間は生きています。改めて生命力の強さを
実感するときも有ります。

この時期の人々は既に高齢化しています。

私が昭和8年,1933年生まれ、戦争の終結が昭和20年,1945年。現在68歳
戦争の前線に出た人々は70歳を越えています。

私の体験は小学生の2年から6年まで、この間の体験は到底このようなところで
総てを書くことは不可能です。

育ち盛りの年齢、最後には食べ物の話になります。
生活していた場所、環境により違いはありますがこと食べ物については農村が
有利でした。

粟、稗こそ食べませんでしたが、大豆の絞り粕、小麦のふすま、かぼちゃ、...続きを読む

Q自由研究を1日でおわらしたい

明日、提出らしく今日1日で終わらせれるような
自由研究のサイトなどおしえてくれませんか?よろしくお願いします

Aベストアンサー

1日で出来そうなものもありますよ。

http://kids.gakken.co.jp/jiyuu/

参考URL:http://kids.gakken.co.jp/jiyuu/


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