人の死と潮の満ち引きは関連があるといわれていますが、時刻でも、昼間に死亡割合が高く、深夜には死亡割合が低いという結果が出ました。でもなせそうなるのか理由がわかりません。誰か知っていたら教えて下さい。

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A 回答 (5件)

潮の満ちるときに出産が多く、潮の引くときに死人が多い、というのは、どこで聞いたか忘れましたが、私も知っている逸話ですね。


で、1944~1948年、当時、東大医学部で統計調査(どこまでの調査か知りませんが)をしたところ、因果関係は否定されたようです。
女性の月経周期と月の運行が近いために、このように言われるようになったのではないかと。
月経と月の満ち欠けについての因果関係が解明されているのかは知りませんが。
初潮という言葉も、潮->海->産(うみ)というつながりだとも。
参考URLに上記の話が載っています。

蛇足:ご質問とは違いますが、潮の満ち引きだけではなく、月の満ち欠けが出産に影響を与え、満月の1日前と三日後に生まれる子どもが多いという話もあります。
こちらの統計もどこかが取っているかもしれませんが、あいにくわかりません(^^;

参考URL:http://photo-m.tp.chiba-u.ac.jp/~adeno/sci/meisi …
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交通事故や自殺は日本では死ぬ原因としてポピュラー(30代以下では死亡原因トップ)ですが、そういうものって通常昼間にやりそうですよね。

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まず医学要因だと寝ている状態、つまり夜の安静時は昼の活動時より死ぬ危険はどう考えても低いでしょうし、次に社会的要因では外出や労働が

多く行われる昼間は当然各種の不慮の事故による死亡の可能性も高いと思いますが、そういう問題とは違うのですか?
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解答ではありませんが・・・


へえ~そうなんですが・・・・

潮の満ち引きに関連があるなら、月の公転が関係してるんでしょうね・・・
ということは、重力変化に命は敏感ということになりますね。

もしも”魂”というものがあるのであれば、”肉体”と”魂”の連結には重力に関与する何かがあるのかも・・・・
でも、単に重力の変化が身体の負担になって、お亡くなりになるのかもしれませんが・・・

へんなことをいってすんません・・
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潮の満ち引きに影響があるのはよく言われますよね。


引き潮の時に無くなることが多いのは事実です。
このことから考えると太陽の影響があるのは分かりますので地球の裏側に隠れる、いわゆる引いてる状態だとその影響があるのではないでしょうか?
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Q津波と潮の引き

「稻むらの火」という話では、地震のあと津波が來る前に
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そうです。

これは潮が引いたという意味だと思います。

津波の前には、潮が引くものなのでしょうか。
それとも、この話の場合には、何か潮が引く條件があったのでしょうか。

「稻むらの火」は
http://www.hiroi-ken.jp/index-genzai_no_sigoto-kyoiku-kyokasho-k0410.htm

Aベストアンサー

地震の後、異常に潮が引けば津波の前兆でしょうが、
必ずしも引いてからではなく、いきなり上げ潮で始まる津波もあるので、
注意が必要です。
先日の、宮城の地震でも、ラジオで「海面の様子を見に行かない」旨
注意が繰り返し放送されていました。

参考URL:http://www.fukuoka-jma.go.jp/fukuoka/jikazan/mame/index.html#tsunami

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この違いは何でしょうか。短期間でそこまで劇的に変化するとは考えにくいので、統計を読み間違えている可能性があるかもしれません。統計に詳しい方がいらっしゃいましたら、ご教授お願いしたいです。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

お礼ありがとうございます。
なんとなく誤植のような気がしますが、グラフの下に元データの表があるようですが、その数値とは合っていますか?

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民法第783条2項の「父または母は、死亡した子でも、その直系卑属があるときに限り、認知することができる。この場合において、その直系卑属が成年者であるときは、その承諾を得なければならない。」とありますが、この場合の直系卑属とはどのような関係にある者をいうのでしょうか?詳しくおねがいいたします!

Aベストアンサー

https://ja.wikibooks.org/wiki/%E6%B0%91%E6%B3%95%E7%AC%AC783%E6%9D%A1

「直系卑属」とは、子や孫など「自分より後の世代」のことで、直通する系統の親族のことです。 これには「養子」も含まれます。 ただし、兄弟や姉妹、甥や姪、子の配偶者はこれに含まれません。

要するに、死亡してしまった「認知する子供」の、さらに子供や孫、もしくは養子のことで、有り体に言えば認知する側からすれば「孫」などのことを言うのではないでしょうか?

Qお金の価値は割合で変わる。108円の物が98円と88円で売っている店なら遠い店に行ってでも88円

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108円の物が98円と88円で売っている店なら遠い店に行ってでも88円の物を買う。行くのに10円以上のコストが掛かってもだ。

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お金の価値は割合で変わるというものだ。

質問:

お金の相対性を説明してください。

Aベストアンサー

例示だけなら、
10年で1万個買う飲み物が
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88円なら88万円
その差、20万円

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その差の差は19万9990円
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沖縄戦について教えて下さい!
(聞いた話でも)
アメリカ軍からの目線でも日本軍からでもどちらでも良いです!急いでいるのでよろしくお願いします!

Aベストアンサー

大平洋戦争の当時、アメリカの兵隊はとても恐ろしく残酷だと教えられていました。捕まれば男は八つ裂きにされる。女は犯されてから殺される。今では信じられないことですが当時の人々は本気でそう信じていたのです。

戦争末期、1945年の3月26日。その恐ろしい鬼畜米英がついに沖縄に押し寄せて来ました。最初の上陸地点は那覇の対岸に位置するケラマ諸島。今ではダイビングなどのマリンスポーツが盛んな美しい島です。
まず艦船と飛行機から激しい砲爆撃を加えて島を焼きつくします。それから上陸を開始。小さな島なので逃げるところはありません。追い詰められた住民達は「集団自決」を決行します。軍から自決用に手榴弾が支給されています。家族や親戚でそれを囲んで爆発させるのです。

それがない人、不発だった人はいろんな方法で自殺します。紐で首を閉める、首を吊る。カミソリやカマ、ナタで頸動脈を斬る。ネズミ取りの毒薬を飲む。棒や石で殴るとか。自分ではなかなか死にきれないですから、お父さんが、奥さんや、子供を殺す。兄が妹を殺す。

愛する人が苦しむところは誰もみたくないでしょう。だから一瞬で死ねるように、できるだけ思いっきり、殴るなり切るなりしないといけないわけです。そして自分は最後に自殺する。
そうやって島民がそれぞれ自殺していったのです。 無惨です。死ななくてもよかった人が大勢いたのです。そして死にきれなかった人、奇跡的に助かった人は多くを語りません。

「チビチリガマ」という洞窟に避難した140人の住民はアメリカ兵に包囲され投降を呼び掛けられます。壕内は自決派と投降派がいるわけですが、中国戦線を見た従軍経験者、またサイパンの玉砕を知っている人などにより自決を決行してしまいます。布団に火をつけて煙りと炎で85人が犠牲となりました。

しかしそこから800m しか離れていないもうひとつの「シムクガマ」。1000人の住民が避難していましたが全員が助かっています。ここにはハワイ帰りで英語の解る人がいたのです。

この人はアメリカ人をよく知っていたので鬼畜米英は軍の流したデマだと知っていました。住民を虐殺するようなことはアメリカ人はしないと皆を説得し自決を思いとどまらせたのです。

避難していたガマがついに敵に発見されてまう。入り口から「カマワン(Come On)デテコイ」と呼び掛けられる。アメリカ兵は残虐だと教えられている。捕まったら、ひどい殺され方をされる。

中国戦線を見た人の話しによると神国である日本軍も中国の住民には恐ろしい事をする。それなら鬼畜米英に捕まったらただではすむわけがない。自分の妻や親や、子供達をそんな目にあわせるわけにはいかない。自殺するほうがどれほどましだろうか。
それに生き残って捕虜になることは非国民であって恥ずかしいことでした。 皇民化教育は沖縄でも熱心に行なわれていたし軍国少年もたくさんいたのです。天皇陛下の為に潔く死ななければならない。また投降しようとすれば日本兵にスパイ容疑で即、処刑されるのです。

住民は飛行場や壕の建設に協力している。おかげで壕の場所、部隊の規模、大砲の配置など知っていたりするから、捕まって秘密がもれる事は十分ありうる。よって捕虜になる事イコールスパイ行為ということになるのです。
投降のビラを見ていただけでも、方言を使っただけでも、スパイ容疑です。日本軍のいるところでは投降は許されません。投降すれば後ろから撃たれます。軍民ともに玉砕するしかないのです。

暗い高温多湿なガマの中で爆撃に脅え水も食料もままならない。そして日本兵の恫喝や略奪。そんな状況が何日も続き、ついに鬼のような米兵に発見される。これでは集団で自殺するしかないのです。というよりやっとこれで楽になれるというぐらいの気持ちではないでしょうか。

首里の司令部壕が攻略された時点で沖縄戦は終わるはずでした。移動できない負傷者を1万も抱えていましたし、軍人としても、逃げ回るよりも皆でいっせいに玉砕して散って行きたい。ところが 3万の残存部隊を南部のほうに移してまだ持久戦を続けるわけです。そこにはすでに20万の住民が避難しているところなのです。その後ろは海ですから逃るところはありません。
そこに撤退するということは避難民のど真ん中を戦場にするということです。 知念半島が安全地帯になっていましたが、もはや混乱の中でそれを伝えることもできません。おりからの豪雨にまぎれて部隊は撤退していきました。歩けない負傷兵には自決用の青酸カリが配られました。

この地域は特にガマ(洞窟)が多く持久戦に向いた地形となっていました。しかしその中には住民がすでに避難しています。そこに軍が入ってきます。また軍に守ってもらおうと思って追い詰められた住民がやってきます。軍は守るどころかガマを陣地にするので住民を追い出す。または危険な入り口付近に追い立てる。外は砲爆撃が雨のように降り注いでいるので安全なところはガマ以外にありません。

日本軍の最後の組織的な抵抗も終わり各部隊がバラバラでゲリラ戦を続けているような状況です。最高司令官の牛島中将も6月23日に自決(この日は沖縄の終戦記念日となっています)。

アメリカ兵にとっては戦争は終わったようなものでした。あとは残兵狩です。 ガマをひとつずつ潰していきながら南下していきます。まず入り口から日本語、沖縄方言で投降を呼びかけます。住民が投降しない理由も知っていたのでハワイの沖縄一世二世、すでに捕虜になった人を連れてきて説得したりもしました。

それで応じなければ日本兵も住民も一緒に火炎放射器やガス弾で皆殺しにしていきます。 ブルトーザーで生き埋めにしたり、ガソリンを流して火をつけたりします。中では住民の集団自決が起きます。
真っ暗なガマの中で多くの人々が死んでいきました。

食うや食わずの避難民、 家族、子供やオジーオバー。

追い詰められた日本兵、
「ひめゆり」などの女子学徒隊、
男子学生の鉄血勤皇隊、
竹やりの防衛隊、
奴隷のように使われた朝鮮人軍夫、
だまされて連れてこられた朝鮮慰安婦。

沖縄人の全戦没者は15万人にのぼると言われています。そのうち約2/3の10万人がこの南部戦線で亡くなっています。

住民は捕虜になって初めてアメリカ兵と接するわけです。水や食料、チョコレートをくれる。ケガを治療してくれる。老婆をおぶってくれる。沖縄方言もしゃべっていい。鬼と教えられていたのにえらい違いです。
それに対して自分達を守ってくれるはずだった日本軍は高圧的な態度での横暴ぶりが目につきます。日本刀を抜いてヒステリックに脅迫し食料を奪う。物資を無理矢理提供させる。アメリカーよりも友軍(日本軍)のほうが恐かったとも言いわれています。

悪質なものになると、ガマの中で泣く赤ん坊は米軍に見つかるので射殺する。投降しようとするものは後ろから狙撃する。捕虜になった住民を収容所から拉致してきて殺す(食料を奪うため)。

また方言しかしゃべれない老婆をスパイといって日本刀で切り殺す(みせしめ)。中国などで日本軍がやってきたようなことが沖縄の住民に対しても行われたのです。
そのように残虐行為を行う者はほんとうに少数派だとは思いますが、体験談などを読むとあまりに悲惨で怒りがこみ上げて来ます。沖縄人の命を奪ったのはなんといっても米軍の砲爆撃や機銃掃射ですし米兵が沖縄人を虐殺したり強姦した例もたくさんあるでしょうが。仲間である同じ日本人から殺されることはやはり悲惨としかいいようがないです。
「戦争というものはそうやって人を狂わせてしまうものなのだ」という言葉で片付けることなど絶対に無理です。

http://www.geocities.jp/toyobox1/okinawasen.html

大平洋戦争の当時、アメリカの兵隊はとても恐ろしく残酷だと教えられていました。捕まれば男は八つ裂きにされる。女は犯されてから殺される。今では信じられないことですが当時の人々は本気でそう信じていたのです。

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