プロが教えるわが家の防犯対策術!

 読み書き算盤を習うというとき おしえる・おそわるという行為は 個別具体的な事項に即して 倣うことです。あるいは まねをする。つまり 真に似せる。あるいは 或ることがらを こちらから あちらへ伝達することです。

 一般に 哲学や哲学にかかわる事柄について おしえる・おそわるというのは それでは どういう事態でしょうか。

 先天的に 人の記憶として――あたかも プラトンのイデアのごとく―― 潜在するとは 考えられません。能力の場としてなら 潜在的なものであると考えられますが 事柄が すべて 書き込まれているとは考えられません。
 
 そこで いろんな回答をあたかも導き出すためとしてのように こういうことを考えてみました。
 まづ ことは 教育とはどういう事態であるかの問題だと言ってもよいと思いますが わたしが 試考した結果は おしえる者とおそわる者との間に 教育は 成立するのではないか これです。つまり おしえる側のおしえようとする意図とおそわる側のおそわろうとする努力とが あたかも一致して 教育が成立する。 
 これには もう少し 先もあります。
 早い話が この質疑応答で 回答者が おしえるのではなく 質問者も ただおそわるのではなく 《おしえる》行為は 両者のあいだ(つまり関係)にある。要するに 両者が 《おしえ合っている》 こうではないか。
 果たして いかがでしょう。自由なご見解を お寄せください。

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A 回答 (15件中1~10件)

日本における感性の面の哲学教育の事態は、かなり複雑な事態でもあるようです。



わたしは、子供の頃 心身の病弱を、とある虚弱児施設にて救われたわけですが、

その虚弱児施設は、ほんとうに明るくおおらかな先生方がたくさんおられたのです。

まず、その海辺の環境的にも明るい施設にて、ここで特徴的だった事件から書いてみましょう。

その施設では、普段は3組ぐらいの大部屋ごとのグループに分かれていてその大部屋で食事をするのですが、 大きな食堂で全員がそろって食事をする時もかなりありました。

その大きな食堂にはテレビがあり、 ちょうど相撲の中継も始まったばかりのころ、それらの番組の思い出も楽しいのですが、 そんなテレビの始まりの時期にて、ある時「私は貝になりたい」というタイトルの フランキー堺主演のテレビ映画を私達は夕食の時見ることになったのです。

床屋という民間人が 戦犯として裁判にかけられ死刑の宣告を受けて死刑を受ける物語です。  

施設には小学一年生から6年生までの子供達がランダムにやってきていたのですが、  なんと その時に、私達は、やがてその映画が最後のほうになると全員がすすり泣きを始めたのです。 先生方もです。

そして、とうとうフランキー堺が死刑台にむかって歩き始め「もしも生まれ変われるなら私は貝になりたい」と言って 最後に死刑台に飛び降りた(たぶん絞首刑)瞬間には 全員が大声で なりふりかまわず大声で泣き出してしまったのです。

今から考えるとなぜ小学一年生にまで意味が解ったのか?それが不思議です。


時代の空気です。

もしも これが家族という社会単位の中でのお茶の間で同じ映画を見ていたとしても、 これほど心を動かされたか疑問です。

おそらく こうした当時の施設生活だったからこそ、時代とか民族の涙を私達は経験したのです。

戦争中の天皇制は 非民主的でした。 天皇は神様の権威をまといました。 公民支配だったわけですよね。

それがアメリカの民主主義が、おだやかに入ってくることにより、私達はおそらくその時、心の奥では本来の日本の明るさも取り戻したのです。

その事も私はその施設で体感しています。

スサノオイスム(神の国)の出現?。    

大学時代に 再びその施設を訪れてみたことがあるのですが、もう当時の先生はいなくて、たった一人私のほうは知らなかった他の大部屋の先生がおられたのみだったところ、 其の先生のお話でも当時の子供達が一番子供らしくてかわいかったとのこと、  子供も先生方も 何か新鮮な時代の空気の中に息をしていました。

お風呂の時間には 大きな湯船に先生方と一緒にばちゃばちゃはしゃいだり、背中を洗いあったり、これも詳しく書けば楽しい思い出ですが、 なんと、そこにはなんのてらいもなく まるで男女であることを忘れてしまってるかのように先生がたまで 男女別なくいっしょに、その裸のひとときをすごします。  いやらしさとかなんてまるで無い世界です。

おそらく、そのような大自然の空気の中の施設にても 其の時代だけの現象だったでしょう。

このへんでおもしろいのは、

そこである程度健康を取り戻した私は、転校先の新しい普通の学校に通う身となっていたところ、

その学校での身体検査の時のことです。

私はたまたま、 男子の身体検査が終わった時に忘れ物に気がつき 女子の身体検査の真っ只中に入っていきました。 もちろん、何故その場が大騒ぎになってるのかも解らないままに、女の子たちを「すみません、すみません、」といいながらかき分けて中央まで忘れ物を取りにいった記憶があります。

もちろん学校の先生もカンカンになって私を後からも叱っていましたが、私自身は これは中学に入ってさらに一年ほどして始めて何で怒られたのか解ってきたという感じのものでした。

都会の 家族単位の文化(?)の中には 日本民族としての本来の明るさとかは深く押し込められていたと思います。

また

その施設には とくに明るい女性の先生(担任の先生)がいたのですが、彼女がいちどだけ本気で怒ったのを見たことがあります。

屑屋のお父さんの子供を みんながからかった時です。

仕事に上下なんてない 尊くない仕事なんてない。!  始めて正義のために、公平な社会のために怒る人間の姿を見ました。   不公平な大人によるいじめでひどいめにあった私にとって それはとても美しく見えました。  其の先生が大好きになってしまった理由の1つです。

上下の無い和を尊ぶ心 これが日本民族の魂の1つだと感じるところです。

集合的無意識というのは、まだよく解らない(疑問な点もありますし)のですが、ともかくこうして奥の深いところに、民族共通の何かが眠っていて、それが何らか普段は意識されない形で確実に存在している世界は こうした貴重な体験から 私の場合は想像できます。  また、このマスコミ時代の渾然とした情報の渦の中で、 bragelone様の スサノオイズムのコメントによってより深く思い出し、こころに刻むことができたところです。

次は モンゴルの民族文化の教育と、日本の日の丸とか 意味も問わない押し付けだけの君が代の民族文化教育?との違いについて触れてみます。

相撲の世界で今の日本人がモンゴル人に勝てない理由もそのへんにあるのかもしれません。

この回答への補足

 arayata333さん こんばんは。ご回答をありがとうございます。

 ふーむ。はぁ。へぇーっ。とお聞きしていました。
 
 わたしには あまり 伝えていただいたような意味で感動したという経験が 実地には ありません。学者の奮闘ぶりを読んだり 古事記からお伝えしているような解釈を得たときですとか それほど馴染みになっていなかったキリスト信仰について アウグスティヌスから手ほどきを受けて これだと思ったときですとか カサブランカの映画を見たときとか あとは どういう時でしたでしょうか テレビ・ドラマでも 感動して泣いたときもあったように記憶していますが あとは 何でしょうね 高橋尚子が シドニーで優勝したときとか・・・。
 ですから 実地にその場で感動したという体験が 少ないのです。響こうにも 材料がとぼしいようです。

 スサノヲイスムについて 賛同を得られたのは じつは 初めてでございます。ありがたいと言いますか 吟味し洗練しつつ かつ 単純な表現にまとめられるようにしていきたいと思っております。と言いますか 皆さんに 修正かつ発展させて行って欲しいと願うところです。体験が乏しいから そのような視点などを わたしは 捉えたいと願ってきました。

 いつもの一言多いくせが 動き出しました。スサノヲイスムについて さらに理解を得たく思います。続編です。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
  スサノヲは アマテラスの世界から追放され イヅモのくにに来て 出雲のスガの地に宮をきづいたのでした。

    吾(あ)れ 此地(ここ)に来て 我(あ)が御心すがすがし。
     (古事記)

 このスガの宮――つまり その地の形態的なスサノヲ共同体ではなく アマテラス国追放という死からの再生が成るという内なる神殿(やしろ)の復活を受け取ったこと――これが 神の国であるというわけでした。形態的な国・市民社会としての《スガの宮》ももちろんあるわけです。
 スサノヲの子孫であるオホクニヌシのミコトも 八十神(やそがみ)なる兄弟たちに迫害され 死から復活して さらに新しい国づくりに向かうところを 古事記などは語っています。このような内面における神の国の歴史的な進展にかんして われわれはここで それらの新しい解釈をほどこさなければならないのです。
 スサノヲは 復活する前に アマテラスの世界で あの疑いによって――つまりおまえの存在は 人の支配という意図そのものではないかという疑いによって――悩まされていた。かれは 理屈で弁明するよりは 非行・愚行を繰り返すという破廉恥な抵抗によって 自己の知恵の同一にとどまろうと欲したのです。その一つに きわめてひどい悪行が記されています。

   アマテラスオホミカミが 忌服屋(いみはたや)(=清浄な機屋)
  に坐(ま)して 神御衣(かむみそ)を織らしめたまひし時 〔スサ
  ノヲが〕その服屋の頂(むね)を穿(うが)ち 天の斑馬(ふちうま)
  を逆剥(さかは)ぎに剥ぎて 堕(おと)し入るる時に 天の服織女
 (はたおりめ)は見驚きて 梭(ひ)に陰上(ほと)を衝きて死にき。

とさえ記されています。
 もちろんスサノヲは 殺そうと思ってそうしたのではないでしょう。ですが あえてこのような事をも辞さなかったのでした。
 そこで これらの天つ罪と呼ばれる非行のあと 罰を受けて追放されたのでしたが そしてなおかつ スガの宮の復活を受け取ったのでしたが こうなると――つまり 神の国が生起して復活し その前史から後史へ入ったとしますと―― この神の国は 過去へとさかのぼり 後史が前史をも覆う つまり前史を完成させるということが 生起するのです。
 それは このようなことです。すなわち この世にあっては 神の国は地上の国と混同して互いに入り組んでいると見出してのように 地上の経験的な人間の愛が ちょうどその向きを変えられ回転せしめられての如く あの神なる愛につらなるという〔観想的な〕事態のことです。なぜなら 《その皮を剥いだ馬を機屋の天頂から落とし入れて その結果 服織り女たちは驚いてしまい ひとりは 梭(ひ=杼=shuttle)にほとを衝いて死んでしまった》という経験の中のスサノヲの前史の心を すでに その後史の心がおおうと見られるからです。ちょうど

  王はその宮からわたしの声を聞かれ
  王に叫ぶわたしの叫びがその耳に達しました。
   (旧約聖書詩篇 18・6)

と すでに言ってのように 前史の愛のなかに後史(または 《王》の本史)の愛が たしかに はたらいていたと見出されるのです。

補足日時:2008/07/27 20:35
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この回答へのお礼

 
   〔神の愛は〕処女の胎から あたかも閨(ねや)から出てきた花婿
  のように 道をかける巨人のように躍り出た。
  (旧約聖書詩篇 19・5;アウグスティヌス:告白14・12)

というのが 事の真相であると のちのスガの宮にあっては 見出されました。これによって機織り女が驚いたのでないなら それは 何故でしょう。もっと言うならば このように・そのように キリストが躍り出たのです。機織り女も 肉の眼によってではなく 心の内なる眼で かれ(神の愛)を見たのです。

 この事件のあと 《ゆえにここにアマテラスオホミカミは見畏(かしこ)みて 天の石屋戸(いはやと)を開きて さし籠(こ)もりましき。》 つまり その身を隠したのでした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

お礼日時:2008/07/27 20:42

しばし、歌の実践に集中する必要があったもので、遅くなりました。



今回は まず、自分のいたらなさを告白するところから書くことになります。

歌について論じながら、万葉集についてまでも無知だったことを恥ずかしく思います。

若い頃、もしそちらのような感じで 何かの価値の世界を語ってくれる先生がいたらさすがのその頃未熟なわたしも、きっと日本の文学や詩の世界にもっと本気で打ち込んで学習していたでしょう。

やはり、基礎教育の次には 哲学とともに知識も教えてくれる先生が必要なのだと思います。

だいぶ歳とってしまいましたが、万葉集をこれから徹底して自分のものにしてゆきたいと決意することができました。 

どうやら、この「Q&A」自体がよき>おしえ・おそわる<>事態<となっているようです。

滝廉太郎以来、西洋音楽と日本の感性が有機的に統合されていったわけですが、 その頃の童謡には、歌詞もメロディーもかなり深いものがあります。

その中の「めだかの学校」という童謡は、水に関する感性の豊かさを深くしめしていて、歌を歌うほうは、こうした作品には無限とも言える神の御技と、それを知りゆく人間の無限の道が連想され、 作品自体が神からの贈物のような感じに受けとられるところがあります。

その「めだかの学校」の歌詞の二番に、「だーれが生徒か先生か、だーれが生徒か先生か、 みんなでお遊戯しているよ」 というフレーズが出てきますが、  

教えられたなと感じる時には 感謝の気持ちでいっぱいになるところ、それはまた 神の豊かな存在の世界内にては(あるいは、哲学がともに存在しているその事態にては)、 いっしょにお遊戯しているという状態もまた、 おそらく>人が おしえる・おそわるという<>事態<の性格なのでしょう。

教育の世界で、生徒の長所を見出し、それにできうるかぎり添ってともに歩もうとする時にこちらも若い生徒からも多くを学べると聞いたことがありますが、 それこそ尊敬しあっている哲学者どうしの教育という事態は、そうほうが、自然に学び合える場となってゆくのだと思います。

神あるいは存在の豊かさを学ぶ場であることこそ、おそらく最高のその事態なのではないかと思います。

モンゴルの文化について自体は、日本の古典文学の世界も知らない私に語る資格はないと思いますが、

其の中の馬頭琴という楽器については、少し語ってみたいと思ったところだったのです。

日本で言えば滝廉太郎のような存在が たしかスラシという馬頭琴を現代芸術に高めたとされている人ですが、それ以前にその楽器自体は はるかに古くからあったのですから、

おそらくシルクロードを通って日本に伝わってきたのが 日本の琴の世界で、西洋(セルビア)に伝わったのがサズという楽器だといわれている原点となった楽器が現在馬頭琴とよばれているその楽器なのではないのかなと思っています。

しかし、その古い楽器が、その技術や表現力の可能性で、世界一の弦楽器として認められるようにまでなってきているのです。

スラシ以来の、現在4代目の師たちと言われている人達にいたる国を上げての努力のおかげで、その楽器と其の楽器の周りの文化はそこまで純粋なな形を保持しつつ発展してきました。

youtubeで、「馬頭琴、リポー」と書き入れて検索すると、4代目のまだ若い師の一人で最も有名な方の馬頭琴を演奏している映像とともにいくつか聞くこともできます。

「命の祈り」というのと「千の風になって」というのと、もうひとつ「荒城の月」という滝廉太郎の曲を馬頭琴で弾いているのが、お薦めです。

もうひとつ、「オルティンドー」と入れて検索すると、幾つかモンゴルの民謡の世界に触れることが出来ますが、 ホーミーという特殊な歌唱法を真に生かして発展させているのはその「オルティンドー(民謡)」の世界です。 

リポーという人は そのうちの特に優れたオルティンドー歌手の伴奏をやっていた人でもあり、 馬頭琴の真の技術はその土着の歌とともにあるという彼らの土着文化へのこだわりを、そこにも理解することができます。

youtubeで聞くことのできた「オルティンドー」の中には、日本の民謡によく似たものがありましたが、映像も含めてこれが一番よかったです。

他にも女性の歌手ですばらしい歌も聞けました。

彼らにしてもそうなのですが、 そこまで伝統とか民族とか土着の生活(遊牧民の生活)にこだわりつつ、深いがゆえに、自由な創造性も宿していて、 そのへんは、また個人の感性もとても大切にしています。

あくまで 自分自身の魂、自分自身の思い、自分自身の生きられた体験をもとに自分の感性で 自分の表現を追いかけてゆくのが芸術の世界ですが、  同時にこうした伝統の深みも、そこに有機的に融合されてこそ、個人のその表現も、深まりより豊かになっていきます。

日本にも 幾つかの歌の原点とかはありますが、 たとえばロシア民謡のようなどっしりしたものに仕上がる前に、日本の場合は戦後、マスコミの流れのお茶の間ビジネス文化となっていってしまっています。

この日本の歌の原点ということでは、日本歌謡曲連盟というところが、童謡を中心としてですが、また「言葉」が中心ですがしっかり捕らえている世界です。  当然、私のような人間は 出来たら直接いろいろとおそわりたい教室がそこにあります。

でも今の今は たったひとりで 日本の歌の原点の世界を追求しています。

若い頃、たまたま 昔の演歌師という命がけで歌った人達の流れを汲む人の歌を聞いたことがありますが、 こうした日本の歌の原点の世界は、今のプロの歌手達と較べて、 グルーブ感(うねり)のあたりがはるかに優れています。

うねりというのは、 歌というものを想いの海から生まれるものと例えるならば、その想いがうねって波となって崩れるのが歌と考えると わかり易いと思います。   波となり人の心に再び打ち寄せ返しつづけるのが歌の世界だというふうにです。

言葉以前の想いのうねり(言葉を学ぶことでもそれはまた豊かになりますが)のあたりが、やはり歌の源泉のあたりでは、現代の発達したプロの歌の世界以上に優れていたのです。

わたしは、忙しい身ですから、声量がプロ達と較べてありません。 でも其の文想いの世界に集中することで もう一度なんらかの歌の原点をこの情報化社会の生み出せないかと いう気持ちになっています。

そして、そこから考えると モンゴルの馬頭琴の世界は まさに今 わたしがおそわるべきことの重要な課題のひとつと思えました。

また 他民族のすぐれた点を学ぶことは自国の文化を学ぶ時にも大きな力となるとも感じています。

>おしえる・おそわるという<>事態<、これを 世界的に考えるとそこにはどのような事態が浮かび上がってくるのでしょう。

興味はつきないところです。  しかし、わたしのほうからは、これをもって一応(一応ですが)まとめとさせていただきます。  

万葉集は徹底して学ぶつもりです。 ありがとうございました。

この回答への補足

 arayata333さん こんばんは。ご回答をありがとうございます。

 arayata333さん すごいですね。という言い方も変ですが スサノヲイスムにつづき 人麻呂の歌のわたしの解釈を 諾(うべな)ってくださったのは とにもかくにも 初めてです。みな 尻込みするのだと思います。
 そう言えば 万葉集を全部きちんと読んだとは言えないものですから 恐縮しています。

 ★ めだかの学校とその歌詞
 ☆ は 偶然と言いますか 《おしえ・おそわる》という主題と 取り合わせがうまく一致していますね。

 ★ 馬頭琴、リポーなどなど
 ★☆ youtube で聞きました。
 1.万馬の轟き
 2.大地の祈り
 3.命の祈り
 4.G線上のアリア
 5.馬頭琴と二胡 テスト鳴らし
 6.本流中国 ( Horseheadfiddle 馬頭琴)
 7.荒城の月
 8.千の風になって
 9.オルティンドー:二頭の濃い色合いの馬 その他
 10.ホーミー
 11.オユンナの歌
 ☆ そもそも わたしは クラシックを主に聞きますが いつも BGMとしてです。テレビでの演奏収録を しっかり聞くこともあるにはありますが まぁ 音楽は 得手ではありません。
 ところが 二年ほど前に はじめて これは いい演奏だと思ったのがありました。それは 鈴木理恵子のワ゛イオリンでした。なんとも言えぬほど 一つひとつの音が鮮やかに聞こえ しかも もちろん 全体の流れとして なんとも やわらかに進みます。これはと思ったものでした。
 しかも 二か月ほど前だったと思うのですが NHK・BSの《世界わが心の旅》という番組で いまは日本に住む中国人の二胡奏者が出ていて かれの(名前を覚えていません。NHK番組表などで調べましたが 残念ながらです)創作曲の演奏を聞いたら これまた なんとも 音の世界が なだらかに広がっているではありませんか。それまでは いつまでも 同じ旋律が 延々とつづくとまで感じていたわけです。(そういう曲も ありますよね)。
 今回 いちばん初めに聞いた(1)の《万馬の轟き》が よかったです。馬頭琴の音は 二胡にくらべると 小さいようですね。ところが その艶消しのような抑えた音が かえって 馬の駆ける音を表わすように 響いてきました。つまり 抑えた音量で 力強い響きを表わしていたというものです。
 わたし自身の感覚での感想を そのまま つづってしまいますが ですから (2)や(3)の静かな曲想には かえって 半分 沈みかける片向きもあるやに感じました。(4)は 音量を最大限にしても なお音がちいさくて あまりはっきりした印象が得られずじまいでした。
 半分 沈みかける感じを持ってしまうのは――たぶん BGMとして聞く傾向があったとか そういうことの影響だと思うのですが―― 残念ながら (7)や(8)も同じだったわけです。
 (10)ホーミーという発声法は どこかで聞いたように思います。アイヌになかったですかね。(勘違いかも知れません)。また 演歌で 同じ言葉もしくは一つの音節を 長く伸ばす歌い方は たしか 沿海州の少数民族――昔の満州族やナ‐ナイ族ら――にも 特徴的なこととして あったように記憶しているのですが。(ただし わたしは 演歌の歌詞には あまりよい印象を持ちません。ひとことで 暗すぎます)。
 (9)オルティンドー民謡は 今回 いま一つその特徴をつかみ切れませんでした。

 ロシア民謡も 夕べの鐘でしたか それらなど いいと思った記憶があります。日本人は 歌唱力はあるのでしょうが 歌詞が――繰り返しますが―― どうも 馴染めません。年を取るにつれ 馴染んでくると言いますが わたしの場合 逆です。こういう感覚の人間もいるということで 正直につづります。

 * 万葉集は 短所もあります。恋しい恋しいとばかり言っていると思われることと思います。いづれにしても われらが昔のはらからが表現したうたです。
 * では この主題としましては これで お開きということにしたいと存じます。ありがとうございました。ではまた。

補足日時:2008/08/12 22:53
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bragelone様は  神話のあたりについての何かの直観力(一気に把握する力)を持っておられるのだと思います。

 

弱い生物でもある人間についての厳密な教育哲学からは、神秘主義の世界は検討が難しいところと思います。

スサノヲイスムについても、私にしても、もし戦後のあのような民主化の時代に、純粋な子供の心でその民族としての感動とかを体験することが無かったならば、 bragelone様のご見解を理解することは出来なかったのではないかと思います。

台湾の原住民は 中国から渡って来ていた人達ではなく、おそらくアンデスからの流れと思われますので、この方達はおそらく日本人の一方の祖先の流れを持ってると思われたりします。

同じように、日本という島の原住民(日本人)は、たぶんアンデスからの流れの方が先だったのではと思うのです。

アンデスの太陽信仰と 日本の「日」とはどこかでつながっているかもしれません。

そこに台湾にては近代にて、日本にては大昔に中国やモンゴルから人が渡って来てそれぞれの島の台湾人や日本人となったというのが 私の中の日本古代史のイメージです。

そのような流れの中に森や村の統制の必要から生まれた一神話にすぎないというのが通常の学問的な神話解釈の土台となるところかと思います。

そうすると、それはあまりにも 今から見ると抽象的な雲の上からの雲のかかった生活感にも覆われていて、哲学のほうからの判断や解釈は普通はかなりむずかしい世界なのだと思えてしまうのです。

また
例えば日本人の肌感覚、特有の雨や風や季節を感じる深さとかを直接研究することで、逆にそうした脳生理学の世界から遡って考えてゆく必要のある時代が来ていると思っています。


しかしながら、たとえば、このような私にとってはbragelone様のような直観力の世界は大きな励ましとなったりします。  そちらにはそちらのその特殊な役割があるのだと思われます。  孤高の道は それぞれ大変ですが、それはそれと自覚してさへいれば前には進んでゆけるかとおもいます。  頑張ってください。 

私自身にも たしかにそのような能力は無いですから解りにくいのですが、 今回はさらに哲学者泣かせの文が出てきていると思います。

日本神話の世界が いきなり今度は中東の地の旧約聖書と結びついてしまうのですから、これでは通常の哲学者では、bragelone様自体が一方では理論的でありながら、一方では極端な夢想家にすぎないと誤解されてしまいかねません。

アウグスティヌスの「告白」も再び引用されていますよね。

私には>肉の眼によってではなく 心の内なる眼で 彼(神の愛)を見たのです。<というそちらの感覚の奥が何か以前よりも解ってきた感じがしますが、

この事に関する論議(肉の眼、つまりセックスに関わること)での論議に発展させるのは、今は時間等の関係で避けたいところ(この論議は 現代にてはとくに子供達のために必要で、かつ重要だと思うのですが、だからこそ簡単には書けないところもあります。)、  この「「神の愛」」というのは まさに真の民主主義の概念にとって重要な点だと思います。

どんな役立たずの命も、どんな今無感性の人間も、否悪人でさへ、わけへたてなく大切な尊い命だという 永遠の命からの観点です。

旧約を否定し、一蹴りにしたほどの革命家であるキリストも、ではそれまでの律法としてのモーゼの掟とかに対して、「むしろ私は律法を完成するためにやってきた」とも語っています。  「神の愛」によっての「完成」です。

厳密な哲学概念としてのキリスト教の歴史の中の一神教の神概念は、他の空想(比喩)としての神とは 通常区別されるかと思います。   それは人間の想像力が作り上げた最高の傑作ではなく、人間の想像力と知性が合体して やっと人間性の良心の自覚の中にて発見した世界という事実としての神概念といった違いです。

bragelone様の この日本神話の解釈は その両方の地点から日本神話の中に事実としての何らかの価値を見出そうとする人にとってのとても誠実な解釈として私の心には映るのです。

が、普通の学者の方がたにとっては、 一神教と多神教がただごちゃまぜになってしまってるとしか思えないところなのではないでしょうか?

実際には、奥が深いわけです。  単なる日本民族の神話の学問的な解釈の域を超えています。

やはりbragelon様は そのへんの何らかの直観力があるのだと思います。
 
内村鑑三という明治時代の無教会主義のクリスチャンは、日本武士道とキリスト教の一体化を考えていた人だと思うのですが、内村鑑三についてはbragelone様は知っておられますか? ふと思い出してしまいました。

私は詳しくは知りませんが、 内村鑑三は哲学者であると同時に、あの時代に神の思想によって民主主義と反戦を説いた「日本人(スサノヲイスムの人)」と思います。  精神的に 私など足元もおよばない師みたいな人と思ってます。 思想についてはよく知りませんが そんな感じの人だと思います。

このような方に関しては いつか確かにコップを空にして学習してみたいところです。 (おそわるという事態自体がそのような姿勢を意味しているのかもしれません。) 

今回 そちらからも虚心坦懐に「おそわる」ものがありました。 また勇気をいただきました。  ありがとうございました。

民族心と普遍性、今私が必要としている精神の世界だからです。

次回こそ、日本人のルーツの1つであるモンゴルの現代の文化が しっかりとした民族教育とともにある姿を 馬頭琴の歴史を通して書いてみたいと思っています。 わたしにとってうらやましい世界です。

今の日本人が忘れてしまっている世界です。

この回答への補足

 arayata333さん ご回答をありがとうございます。

 かえって 質問者が出しゃばってしまって 恐縮です。

 一言だけ 補います。
 古事記は おそらく一般にも知られていると思われるのですが 日本が 国の体制を築き上げたとき その理念や価値観を あくまで 体制側の立ち場に立って 整え 語りきわめたとでも 捉えられているものと思われます。
 同じころできた万葉集は 作者不詳の歌が つまり無名の作者の歌が 過半数を占めるというところに 単純に言ってみるかたちで 民主主義の感覚が 生きたと思われます。そして そのような《色眼鏡》で見れば 宮廷歌人として 天皇讃歌をうたったと言われる柿本人麻呂について その歌を読んでみると どうも 反対の解釈も出来るのではないかと思ったものです。
 
 大君は神にしませば
 天雲の雷(いかづち)の上に廬(いほ)らせるかも     
 (柿本人麻呂 万葉集 第三巻・235番歌)

という人麻呂のうたも 《かも》という推量の判断が 効いていると考えました。ところが 《天皇は 神であるから 雲の上にお住みであることよ》とでも訳すのが 一般なのです。
 当時の人びとの言葉の習慣のなかで 《神》の語は用いているのだと まづ考えられます。大君を神であると 一般の人びとは 誰言うとなく 言っているという情況です。しかも この情況を描写しつつ むしろ自己表現しようとする人麻呂は どこまでも 冷静です。いわば自己の存在思想を著わそうとして どこまでも  ふつうの生活態度に基づいたふつうの表現です。
 一回きりの表現で あとになれば どうでもよいとするその場だけのものでもなく かと言って 大君の神聖視を伴ったようなその人にとっての主観真実が かと言って 絶対的な規範になり その影響のもとに 自己の存在が――《雲の上に住む》と表現するからと言って―― 空想的でかつ閉鎖的(排他的)となったものでもない。
 むしろここでは 人麻呂は 当時の社会の中で このような一人の人間(つまり大君)の神聖視が どこかに・またかなり広く 行き渡っていたとするなら そのことを捉らえて むしろかれは そういうものかなあ そういうものかも・・・と語っているだけである。むしろ誇るなら 自己の弱さを誇ろうという――つまり 情況の圧倒的な有力の前にあって――自身の存在を 静かに 見つめているだけである。

 というように このつてで 古事記も もう一つの角度から 眺め直そうとし 解釈し直してみたものです。別の視点を 是非とも 打ち出したいという勇み足もあるかと思います。聖書やアウグスティヌスを引っ張りだしてきて 常識の解釈を くつがえそうという気持ちだけで 進んだかも知れません。詩編を編んだようなものですね。

 それでは モンゴル文化編の始まり 始まりぃということで 次回をお待ちします。

補足日時:2008/07/30 22:32
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まず(2)として書こうとしていたことを書いてしまいますね。



たぶん、その南京の大虐殺の当事者のは、むしろ子供なら何か解ってくれると直感されたのでしょう。  

おそらく 想像を絶する神経の転換のドラマにて、平和の尊さをこれも私達の想像を絶する感覚で感じておられたのでしょう。  私に解ったのは、その人のおだやかさでした。  なんておだやかな親しみ深いおじさんなのだろう という感覚でした。    そうです。 直感と直感で他に目を曇らされていないからこそ、彼は話しがたいことを 子供にこそ話し出したのです。

ここに彼が 「最初は虫も殺せない人が多かった。そういう日本の若い人達ばかりだった」と語ったことを そのまま大人に書いてもやはり 「そのように子供達には話したにすぎない 人殺しの言葉なんて信じるな」とかいうふうに思われてしまうかもしれませんね。

でも 私にはそれは直接伝わってきました。  最初は銃を持つ手が震えていたこと、とても同じ人間に銃なんて撃てなかったこと、 それが仲間が目の前で撃たれて苦しんで死んでゆくのを見てるうちに 

とこんな風にして 少しづつ、少しづつ、別な神経になってゆく様子の彼の話の一部始終が 穏やかな話し方の裏にてもはっきりと伝わってきました。

やがて、自分達よりもはるかに人数の多い捕虜達が なぜかその時 いっせいにうなり始めたのだそうですが、  その時に内在していた恐怖が爆発してしまったのです。

おばあさんも子供もみさかいなく、彼自身が威嚇的に(「威嚇的に」という言葉を彼は何度も 自分のその時の状態として使っていました。)捕虜達に銃を向け 蹴飛ばし転がして 生きたまま脅しもかねて 穴をほり生き埋めにしていったというのです。

伝えようとしていたのは 平和の尊さと平和時の尊さです。 この時間に(今のうちに)深く人生を勉強し哲学しさらにすばらしい教育情報社会を作っていって欲しいという願いの世界です。 

彼が そこで子供に伝えようとした教育の世界は、そのような事態。 まさに体験者の赤裸々なそして無心な自己表現と 子供達という純粋な受け手の世界ですよね。  

ここまでが 最初から書きたくなっていた(2)の部分の回答です。(やっと書けました(笑))



さて 神話についてですが、

神話教育の世界自体にはあまり興味はありませんが、神話を哲学することには興味はあります。

まず、神話以前にも 私達は人間として森の中をかなり長い間生きてきていたのではないのでしょうか? そのことに興味があります。

狩猟なり それなりの植物採集なり、それなりの牧畜なりの生活の中で、すでに ほんとうは豊かな(ジャズによって知られることとなった野蛮と思われていたアフリカの音楽が、むしろ豊かさと即興性において私達の文化以上の何かたずさへていたりしたことが発見されたことをここに想起してほしいのですが)生き生きとしたむしろ深い命の謳歌の文化を持ってもいたのだと私は思います。

しかし、やがて 部族ごとの争い、内部での喧嘩などを収めるべく 発達しゆく言葉の世界は 想像力の発展も産み、法律が名文かされる過程でそこの其の社会を治めるべく宗教を生み出しました。  そのあたりの激動の変化の中に生まれたのが神話なのかもしれません。

ほんとうは、これは 踊りの世界を考えてみると解りやすいのです。 

タンガニーカ湖畔(人類発祥の地と言われているところです。)の地の人達が 遠くで音楽が始まったとたん、自然に踊り始めた瞬間の写真を見たことがありますが、 それは自然であると同時に、また即興であると同時に、心と心を通じ合わせている 動作、表情の伝達をともなうすぐれた表現表出舞踊でもあったのです。 なんとも生き生きとした舞踊の世界です。

ところが舞踊史では、 宗教舞踊(形のはじまり)→娯楽舞踊→という過程を経て、ようやく現代の→表現舞踊の世界にたどりついたという歴史観となっているのです。

これって何か変ですよね。 疑問なしに受け入れるべき学問の世界ではないですよね?  私は ここにこそ<A―、>を深く考えるべきところと思っています。

神話の言葉や物語性は 荒削りすぎるかもしれませんが、やはり同じように〈A―、>のあたりの充分な検討が必要な世界と思われます。

日本の神話については、 無知でもありながら、、 でも印象は、荒削りを越えて、たとえば、たしかサソリやムカデと一緒に寝たり、たべてしまったり?とかいう描写まで出てきたり、破天荒すぎて、逆に 私も何かを意味してるとしかとらえようがない神話に思えます。

裏に かなり重要な哲学的な生き生きした何かを悟った長老が絡んで生まれてきた物語という感じとなるわけです。

なんと、無知ながらも回答したいことは生まれてきてしまうところなのですが、今回はなにしろ時間がありません。

こうして今回書きました(2)までは書く必要から 筆をむしろ根をつめて動かしてきましたが、 ここでペースを落とさせてください。

こうなったら、言うところの歌の実践(歌の教育)のリアルな私の闘いについても、実際の「その教育の事態」のひとつですから もっとちゃんと書いてしまおうかなとも思ってます。    一人で孤独な闘いを始めようとしてるこの時に、bragelonn様からも勇気がもらえるかもしれないと思えてきましたので(笑)。

もちろん  我らが民族の“世界一元気な長老からの神話”についても書くことをお約束しますが、 ここは時間をください。

よろしくお願いいたします。

この回答への補足

 arayata333さん ご回答をありがとうございます。

 なるほど ふつうの人間が 戦争に際して その最中に 人をも殺す状態になっていく情況が いくらか分かったように思います。なにしろ 食うか食われるかの情況に追いつめられるとは誰もが想像するわけですが。

 死を知ったときから つまりあるいは 生に限りがあると知ったときから 人びとは 物語あるいは神話としての歴史を語り始めたのでしょうね。ものに取り憑く原始心性の状態から 時間とともに生きることを覚えたのでしょう。
 また 集団の中でも 個人的な収穫に〔そしてその貯えと言っても 大したことないと思われますが それでも〕差があったのか あるいは 集団の取りまとめ役としての分け前が優遇されたのか あるいは腕力やけんかの仕方に長けていた者が 分け前をより多く取ったのか ほかの種族との争いの結果 奴隷となったり 同じ種族内で 手助けを多く受けて 一種の債務奴隷となったりした結果なのか あるいは口もうまいし人の上に立つことが上手な者がどこにでもいたのか・・・ともかく 社会的に身分の差が出てきた。
 この身分関係が 社会的に歴史的に そしていちばん不必要なこととして宗教的に いろんな分野でいろんな形態を採って みづからを展開して来た。・・・これについて 人は語って来ている。
 そうして 個人の信仰についても 或る程度 伝えているとも思います。その思想にもとづいて 語り口は 或る程度 民族によって ちがって来ているはづです。信仰つまり生活として村の社でおこなう舞踊(神楽?)と 社会統治としての宗教的な舞踊(これも神楽?)と。
 (芸能史に通じていたらいいなあと思いました)。

 ★ たしかサソリやムカデと一緒に寝たり、たべてしまったり?とかいう描写まで出てきたり
 ☆ たしか スサノヲが その娘(スセリヒメだったか)を オホクニヌシが娶りたいと申し出て来たとき いくつかの難題を出したその一つではなかったかと。スセリヒメも オホクニヌシに手助けしていたのではなかったですか。
 これは いぢわるいようですが 必ずしも 俯瞰図を見て采配するかのような または 宗教的な意図をもって統治しようとするかのような または 統治制度上 必要な試練としてくぐらなければならないと決めた関門のような そのような性格としてまでには 到っていないと思います。

 この質問をずっと開いておりますので こちらこそ よろしくお願いいたします。

補足日時:2008/07/22 23:24
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今忙しい理由は 設備業だからでもなく、ブログをたくさん書いてるからでもないのです。

 ブログはそのために10日ほどまえからお休みしてますしね。

実は この歳(60歳)になって、歌の実践を始めてみようとしてるからです。

声が今どうなってるか(肉体的に)は 影響のあるところとはいえ、其の分の表現力が 哲学(とくに五感の哲学)から生まれないはずは無いという考えからの 挑戦です。

歌の世界は 最もビジネスとはかけ離れた感性(必要以上のお金は必要の無い充実を心に持ってる人)から生まれるはずなのに、 其のビジネスともっとも絡んだ しかもスポーツ以上の競争の世界をともなって プロの世界を形成してますけど、  これはそのプロ達への挑戦状のようなものなので、実際にはとても簡単なことではないのです。

 今はまるで真剣勝負みたいな感じです。 

歌う曲は 主になつかしい心や安らぐ唱歌とかが中心ですが、闘い自体は修羅ですね。

それでブログさへ休みをいただく形にしてるのです。

忙しいというのは、実はそのことであったわけです。(哲学こそ 今サリバン並の修羅が必要なのかもしれません。 喧嘩というのではなく其ぐらいの激しい心の闘いがです。)

このようなわけで、 ほんとは早く(2)について、(ANo8の回答の中であと二つ書いてみたい事があると書きました後半部分です。)書いてしまって切り上げたいと思っていたのですけど、 bragelon様の書かれるコメントは変に 私の中の随想のあたりを刺激しシンクロしてきます(笑)。   

宗教には神話が出てきて 時として其の解明は厄介です。 

でもこれもいい意味でも悪い意味でも 私達の無意識界をかなり支配しているところです。

抽象的表現も けっしてバカに出来ない力を現実に及ぼしているという点、ここに無視できません。

(2)として、どうしても書きたかったことというのは、私は子供のころ南京の大虐殺の当事者の方のお話を聞いた者なのですが、 それがbragelon様のコメントの中の

>あとは 自己表現ということになるでしょうか。言葉が 一般的には 中心となるとも思われます。そして こういう大前提からの話としては このときの言葉というものは だいたい 息吹き度指数というものが とりわけ子どもたちには おのづから分かるはづです。・・・  <

の部分と これも変に深くシンクロしていたからです。

ともかく その老人の[息吹}としか言いようの無い言葉の火によって 子供だからこそ、 言葉では当時知らなかったはずの[威嚇」ということばさへ理解できた程深く何かを分ることができたのでしょうからね。   でも 其の話はまた別に書きます。

戦争は 殺し合いにいたる兵隊が悪いのではなく、それを起こしてしまった間違ったなんらかの思索の失敗です。 取り返しのつかない巨大な悪を含んでしまうような失敗です。

その因の1つに、けだし思索の抽象性があります。

宗教戦争が最も醜くなるのは 洗脳性とかもありますが、神話等の抽象性が大きな因となっています。(抽象性が悪い方に作用した結果です。)

抽象的表現とは 雲の上から見える地上の様子の描写と例えられます。

時には 確かに魂ごと(無意識界まで含めて)私達に大きな目標を示唆してくれる勇気付けてもくれる大きな力にもなります。 しかし、 

しかしなのです。

鳳凰のように、あるいは普通の鳥でもいいのですが、大きな視野からもすぐ獲物のそばかでもしっかりとすべてを見て目標を捕らえていればいいのですが、   飛行機からながめた下界を判断しての描写のように 人間の頭で 大きな方向をそこから見ようとするため、  大きな方向はみとおせるのですが はっきりとは細かい点が見えないのです。 いや細かい点は全く見えてないかもしれません。 いや、ほんとうは、ここが問題なのですが、雲の切れめから見えたことをもとに其の印象で まさに雲がかかって見えてないのに想像によって表現してしまってるのが、 しかも方向はこっちだよと 大きく権威ある見解として語ってしまうことがあるのが抽象的な表現の世界です。     時には ほんとうに こんなに頼りになる情報はありません。 私達は地上でしか身近なことしか見えないでいるわけですからね。   ?  ここにだます人まで あるいはそのつもりでなくてもずるい心のひとまでからんでくると、それが争いの因となるのは明らかです。  しかももっとも頼りとしてる権威どうしの争いとなるのですから、  これが この争いを止めることを不可能にします。

ここにこそ哲学の対話、 そしてその啓蒙の必要性の切実に重要なところだと思います。

詳しくは知らないのですが、アマテラスという女性の神様は ストリップダンス(笑)で有名です。  でも それは哲学(五感の哲学)でいうとハレンチ学園はまだ破廉恥を抜けてなくて、 “破廉恥とは何かと問うなら、ほんとはすばらしいあらゆる五感の感性を開く力を持っているセックスを感じられない未熟さが恥ずかしいという正直な恥じらいの心をかなぐり捨ててしまうから其の強引さとか不自然さを破廉恥という”と 一度しっかり考えておく必要があるところであり、其の上でハレンチの価値も それなりに明るくはあるなとか全体的に捕らえていかないと解ってこないように、 その類まれな神話も ほんとうは、もっともっと現代には具体的に追求した方がいい課題だと思っています。   

ハレンチ学園にはそれなりの価値はあっても、でもポルノには暗い闇とか破廉恥そのものとかを連想しますし、事実そういう“作品ともよべないようなもの”が多すぎます。  歌に成功したら、 わたしこそ、こちらにも手をつけて、其の改革(モンタージュ映像の精神と技術と知恵を使って)をしてみたいと思ってます。 もしかしたら それも日本人にこそ可能なのかもしれません。  アマテラス大御神が守ってくださるだろうからです(笑)。

ここに必要なのは ほんとうは中国の仁の心です。 友として人の肌に優しくいたわりを持って触れる心です。 それが経絡の医学を生み出しましたが、中国の歴史は 仁を忘れてしまっています。   仁の部分其の医学の心の部分こそ、日本人が復活しえる世界と思います。 そこから生まれる成熟は、破廉恥は自動消滅してゆくでしょう。  経絡は西洋にも通じますから ここから天戸の岩は、世界にも開かれていきます。 新しい神話の誕生です(笑)。

マジに その大修羅無血革命の時にはかの我等が大女神様が 私達の扁桃帯の中に入り込んで助けてくれるで笑。 スサノオもその時にはたぶん駆けつけてくれるのではないで笑か。

いまでは、日本の神話も 単なる御伽噺とは思っていません。 かなり いちいち示唆には富んでいるだろうと思っています。  いつか本気で、解明してみたくなっています。   扁桃帯とシナプス内の物質化学の力でです(笑)。 具体的な体の構造からの解明です。

この回答への補足

 arayata333さん こんばんは。ご回答をありがとうございます。

 ★ 歌――五感の哲学――戦争とそこに発生せざるを得ないかのように起こる狂気――《抽象的表現》=つねに俯瞰図をとおして自己表現を敢行しようとするかのような傾向のこと――神話・・・新しい神話・・・《大修羅無血革命》・・・
 ☆ スサノヲとアマテラスの物語について 若干 注釈をほどこします。
 1. これは スサノヲイスム(スサノヲ=市民・主義 / 民主主義)の理論です。
 2. 宗教=まつりごと=雲の上からの俯瞰図による統治 これをスサノヲが ひげが胸先に伸びるまでになっても 泣いていやだと言いつつ 拒んだという話です。
 3. それをなじられ とうとう スサノヲは 亡き母のもとに行くと言って そのことを姉のアマテラスに告げて 去ろうとしたところ 姉からは おまえはわたし(=アマテラス)のように まつりごとを治めたいと思っているのだろう / わたしの位を奪いたいのであろうとの疑いをかけられた。
 4.《うけひ(誓ひ)》という勝負をして スサノヲは勝ったのですが だからと言って アマテラスは譲位するわけではなく スサノヲも奪おうと思っているものでもない。そのあと 天の岩屋戸への雲隠れが来ます。隠れたアマテラスを誘い出そうとして ストリップを踊ったのは アメノウズメという女です。
 5.アマテラスが岩屋戸から出たあと スサノヲは それまでの天つ罪の罰を受けます。そして 追放されます。アマテラスの国の人びとから見放され その国から追放されます。
 6.したがって いわば神からも見放されたあと その神から見捨てられたというそのことにおいて 神はスサノヲを見捨ててはいなかったという話です。出雲の地で 新しい国を起こします。その地で《わが心は晴れた》と宣言します。子孫のオホクニヌシを含め 人びとは 植林に精を出し 薬草を求め医療にも努めます。
 7. そのイヅモの国が なにやら楽しそうで賑やかだと聞いて アマテラスの国は けっきょく 服属の要求を出して来ます。そして 国ゆづりという仕儀にあい成ります。あらためての《アマテラス(公民)‐スサノヲ(市民)》の連関する社会形態の誕生です。
 8. 要するに スサノヲたちは 非戦論について 譲歩したという話です。この譲歩は 憲法を改め民主主義を標榜することになった現代にまで 余韻がひびいています。
 9. スサノヲのおかした破廉恥な行動とは アマテラスの殿に糞をしておいたとか 皮を剥いだ馬を 機織り女らがはたらく家の屋根から屋根を破って 落とし入れたとかです。

 ・呪術の世界を統治する宗教を嫌うということは アマテラスにとって 《新しいこと》であり その知識にはなく 許されざるものであったと考えられます。スサノヲは これをつらぬきました。それこそ 統治の側か見れば 天罰をも受けて 追放されても 貫きました。落ちぶれて たどりついた先が イヅモの国であったという物語です。

 わたしの勝手な新しい解釈ですが 是非とも 吟味していただきたく思います。

補足日時:2008/07/22 00:02
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話が進んでいきますが、 私の場合最終的に興味を持つのは感性の教育です。



5感の進化やそこからの文化の可能性を切実に求める気持ちとなっているからです。

>読み書き算盤<の 幼児教育や基礎教育にも興味はありますが、これを誰か天才教師達がネット教育化し(映像とかももちろん使って)より早く生徒達がゆとりを持てるような形にできないのか?という社会システム的急進改革的興味です。

それなりに、ここも詳しく書きたい気持ちになりますが、 おしえる・おそわる「事態」とは、ということを超えて未来の教育論となってしまうために略します。

ともかく こんな具合にわたしは、未来には学校の遊校化を願っているほど 結局は未来の子供達の感性をより豊かにできないかと考えている者なのです。  教育ビジネスの旅行業化ということまで案としては考えていたりします。 (brabelon様も 変わった大局的観点からの思索となりそうですのでいろいろ各学科にわたって理論的に考えてみられるとおもしろいかとおもいます。)

このへんの大局的な観点に関してなのですが、ANo2の方の回答へのお礼文に出ています《ほうおううお》というのは、 その回答者様(TENNTENNSEVEWOK様)との間に過去の質疑にて出てきた言葉なのですか?

わたしは 「鳳凰魚」という水陸両用(笑)の巨大生物を連想してしまいました。

すなわち、物事を 時には大きな視野から抽象的ではあっても力強く語ったりしつつかつ生活の細かい部分にまで細部にわたってまで鷹のように鋭く上から見つめる目を持ちつつ(この部分は、理論や仕事教育の部分)、同時に広く深い海のような感性の世界にも自由に潜れる超鳥魚(笑)を想像してしまったのです。

それでNo2での議論が私に理解できたというわけではないのですが、ともかく私の最終的興味は 感性の教育 海という故郷への帰還の世界です。

プラトンのイデアというは、わたしにはこれは勉強不足でわからないのですが、 その感性の可能性ということなら、[可能性」ということですがそれは脳と五感に、神からの贈物なのでしょうが?ともかく「書き込まれて」います。   (其の贈物が何であるのかを明快にする過程が感性の教育なのかもしれません。)

で、ここで話を仏教に持っていきたいのですが、 私が幾つかですが仏典等のたぐいの本とかを読んで思うのには、 ブッタの悟りの世界というのはともかく感性が跳びぬけて豊かに新鮮になっただけでなく それがゆるぎなく安定した境地に至ってしまった人という印象を受けます。

もしかしたらですが、 生物であることの弱さをそのへんにおいては受けないぼど安定した感性を完成してしまった人というふうにです。

しかし よく言われるように私は仏教を巨大な心理面での理論のエベレストとは思えません。  仏陀もおそらく私達の知性とそう変わらない知性だったのではないでしょうか?
表現するならこういうことです。
彼が飛行機の設計図を残さなかったのは あえてそうしたからではなく、流体力学も いやそれ以前に分数式ですら(わ 私よりも(笑))、知らなかったからに過ぎないといったことなのですが、

もしなんらか、知的にも感性におけるほどの隔絶した境地に至った存在であったとするならば、まずすくなくとも仏陀の立場なら自ら記録を残したと思うところです。 そして、それによって今頃は 争いなんてない世界が実現してると思うのです。

私は、無意識は実際に意識として存在してはいないというふうに考えていますので、というより五感の記憶体のようなものは当然あって 記憶外は意識できませんからあるいは難しいですから それに意識が影響されるのはあたりまえで、それをあえて無意識というふうに[意識」と名づけるのはかまいませんが、これで現代人まで へんに“明らかに間違ったあたりで神秘主義的になってしまってるように”おもわれてならないのです。

そのかぎり 9識論にしてもけして現代生物学から見てしっかりした理論性があるとは思えていません。 さすが仏陀からの知恵の流れなのだろうと思える観点の鋭さを垣間見ることは、できるのですが、 現代にはこれらはまとめなおされる必要があるのではないかと思えています。

法華経の十界互具論にしても、仏界への謙虚さをいざなう人生描写の1つとして9識論にもまさるすぐれた描写だとは思っていますけど、 ではその理論から私達がどうしたらすこしでも仏界の感性の完成に近づけるのかの具体的なあたりは、へたすればオカルトになってしまいそうなやり方しか書いていないところです。

ただ、問題なのは その十界論にしても 現代人の心理学もふくめた科学の科学性の細かさなど(価値的かどうかは別です)からみると、あまりにも支離滅裂な人生事態の列挙にも見えてしまいます。  分類性、比較検討性などがあまりにも幼稚で荒削りに見えてしまう点があります。

そう思えてしまったら、仏界への謙虚さ自体が 1つのバカにされる対象となってしまいかねません。  前回書きました仏教においての学ぶ姿勢についての厳しい諭しの必要性は、 このへんにあると私はおもっているのです。   

十界論などは、むしろ昔の人達の“今からはある点想像を絶するような生活の中にそこからのイメージとしてつむぎだされた言葉と理解する想像力を介すとよく理解できるところと思います。

ただし、今の情報化時代には、 現代人には現代人にわかりやすい おそらくもっと深くかつ科学的な細かさをもった説明が 丁寧に丁寧に教えられるべきところに、そういう時代にやってきているというのが私の考えだということです。 おそらくbragelonn様の考えもそのあたり似ているのではないかと思います。

結論として喧嘩は時として諭すために必要でも 現代では 追い返すのは無責任だという感じで 前回の考えをまとめたいと思います。(自分にとっても損失かもしれません。)

結局 悟ってみなければその深さとかは解らないでしょうけど、 私達には悟らなくてもそれなりの幸せへの道とか あるいは究極的には永遠の命への希望とかを掴むという切実な進化の過程はあるのですから、 そちらのほうが大事に思えますし、 あまりにも安定してしまったらおそらくそういう人達は、この一歩一歩の私達の歩くべき道はむしろ見えなくなってしまうのではないでしょうか?  謙虚さは必要ですが(これでだます人達がいるのでそれも問題ですが、これはまた別問題です。)仏教に関してはまずは哲学が先という見解を私は持っています。

前回 仏教について触れるということを書いてしまった流れで この人達の「おしえる・おそわる」という世界の事態のあたりの私が考えていることを書いてみました。

この回答への補足

 arayata333さん こんばんは。ご回答をありがとうございます。
 ブッディスムに対する考え方が その批判のことをも含めて 似ているので驚いています。
 今回は 
 ★ 感性
 ☆ これに呼応したいと思いました。

 ☆ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 それは はじめに スサノヲのミコトに生起した。

 スサノヲは 父のイザナキのミコトによって ウナハラの統治を任せられた。ウナハラは 死の世界であり これをつかさどるというのは 宗教の祭司となることである。この職務を嫌ったというのは その呪術的な宗教の拒否を意味した。スサノヲは 泣きいさちるばかりであった。泣きいさちることによって 宗教の拒否をつらぬいた。ここに 第一に 神の国が現われた。

 宗教の拒否によって 神の信仰が生まれたというのは 不思議な歴史であり 体験であり 人間の謎です。

 スサノヲは 第二に 姉のアマテラスオホミカミから この宗教の拒否の姿勢を疑われた。おまえは おまえに任された死者の世界をまつりごつのではなく わたしと同じように生の世界の祭司となりたいから 泣きとおしたのではないか。

 わたしたちは 自分のものを確かに自分のものだと証拠づけることは出来ても 自分でないものを それは自分ではないと証明することは 容易ではない。アリバイ(不在証明)の立証は 時として そのものじたいとして 不可能であります。不可能な証明が不可能であると分かると 疑う人であるアマテラスは みづからの身を隠した。検察官が 容疑をそのままにして 黙秘権(?)を使った。

 ここでスサノヲは アマテラスに対して 泣きとおしたのではなく ちょうど狂を装ってのように やりたい放題のことをしたのです。登校拒否ではなく あらゆる非行を――天つ罪として考えられたそれを――おかした。

 ところがアマテラスは 疑う人でした。とうとう姿を現わさなくなりました。スサノヲの非行を その権威をもって むしろ容認していたのですが とうとう黙秘権を最後まで行使しました。人びとは――人びとも――アマテラスの権威に従って スサノヲを責めず ただ身を隠してしまったアマテラスのお出ましを願わざるを得ず その方策を思案しました。アマテラスは出て来ざるを得なかったのであって それは みづからの権威の消滅をうたがわなければならなくなったから。ここでスサノヲに 第二に 神の国が生起したのです。
 宗教の拒否の肯定をも拒否するというかれの意志が証明されたから。あえて破廉恥なことまでおこなうことによって 破廉恥ではないところの神の国が出現したというのは 不思議なことであり 人間の謎です。

 アマテラスのお出ましを迎えた人たちは 権威者であるアマテラスに代わって ここでスサノヲの罪を裁きました。スサノヲをこのアマテラスの世界から追放したのです。
 かれらは 宗教(呪術の園)が大好きなのでした。宗教を拒否してはならないわけではなく 宗教の拒否を肯定してはならないわけでもなく しかし泣きいさちっているばかりではいけないと考えられた。スサノヲは人びとによって その良心が問われたのではなく その泣きいさちりと非行とが 人びとの裁判にかけられました。スサノヲは 《千位(ちくら)の置き戸(罰金)を負わせられ また ひげを切られ 手足の爪も抜かれて 追放される》こととなった。

 アマテラスは その権威ある主宰者の位を守りました。かのじょ自身 呪術の園にいたのではありませんが 宗教(だから そのような日常のおこないとしての)によって生活する人たちを統治することに長けていました。かのじょは この世に・日の下に 新しいものは何もないとよく知っていました。この知識の中にないものに対しては 疑うことしか知らなかった。だから疑うこと――疑うために疑うこと――をもって 呪術の園にある人びとの共同生活を統治していたのです。かのじょは この世の生 人間の世の中をよく知っていました。

 このゆえに神の国が生起しました。言い換えると 死の世界と 宗教によるその統治とが 克服されたのです。原理的に。本質的に。人間の存在のあり方として。あるいは同じことで この世の生――それが行き着くところは 死の世界だから――が 克服されたのです。
 この世で 時間的に歴史的に 神の国(ほんとうの現実)が見られることとなった。スサノヲに神がここで王となった。この世の権威たるアマテラスの疑いが克服されたから。この世〔のアマテラスの世界〕から追放されることによって この世に勝つことが出来たというのは 不思議な人間の歴史であり 謎です。

補足日時:2008/07/20 19:36
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この回答へのお礼

 スサノヲは 追放され この世から そして神からも 見放されたのですが ちょうどこの神から見捨てられたというそのこと自体によって 神はスサノヲを見捨てていなかったのです。スサノヲはこの世に死ぬことによって 復活しました。ここで神の国が現われたのです。すなわち日本人のそもそもの歴史のはじめ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ 破廉恥な非行は これでもかというほど出て来ます。《感性》の問題です。でも このスサノヲのおかげで その後世のわれわれとしては もうハレンチ学園を卒業することが出来ます。すでにしているはづです。そのおかげで 修羅でさえ 和の情感の中に 自由にあたたかく おさまっています。

 というやはりおとぎ話でした。

お礼日時:2008/07/20 19:54

思わず流れで書いてしまった特殊な体験(今では確かに>経験<の筆ともなっているかとも思いますが)についての筆に対するご感想ありがとうございます。

 積極的にがんばってみたい気持ちとなりました。

★インターネット上での修羅
ということでは、 私はこの「Q&A」の世界で つい“ほとんど本気で相手の非礼に対して怒ってしまった”ことがあるのですが、 それがどういうふうにか問題となり 其の相手の全ての文が次の日OKウェーブから消えていました。

神ならぬ身、 わたしこそ その人の裏の人生も知らないくせになんてひどいことをしてしまったのだと おもいます。

そのへんが、たしかにインターネットでは赤裸々に難しいところですね。

今では、いろいろとできるだけ気をつけています。

知れば知るほど神様の世界(あるいは人間の世界)は広くて深くて、何かにぶつかるたびに自分の小ささとか相対的な姿がよりはっきり見えてきます。  と 哲学って この情報化時代にはなおのこと対話によってこそ進化してゆく世界なのではとも思えてきます。  自分の理論とかが正しければ正しいほど、むしろより多くを対話から学べたり、また其の分、全体の理論自体もより発展してゆくという世界がイメージされます。 そこに勝ち負けは無くなってしまうわけです。   おしえる・おそわるという事態がどんどん価値的に発展してゆくのみという事態が 情報時代の趨勢ともなり、また 積極的にも披露展開されてゆくべきところのでしょう。

ここに 教育は対話であり情報開示だという理論は成り立ちませんか?(基礎教育の次にはその対話こそ大事な部分となるというふうにです。)

(1) とある教育における修羅?の問題。

サリバンとヘレンケラーの教育における修羅場の問題はそれこそ論議の問題ではないですよね。

でも、むかし聞いた話を思いだしたのですが、 このお話はどう思われますか?

ある師の下に、弟子志願者がやってきた時のこと、その師はその弟子を一目見るなりこう言ったそうです。「コップに水が一杯入っているのに 何を注げるのか? コップを空にしてから出直してきなさい。」

と言って 追い返してしまったというのが この場合の修羅です。

そして、これは 弟子の立場の者、学ぶ立場の者の謙虚に学ぼうとする姿勢をきびしく問いただすという意味で 一見正しい教師像の1つに見えます。

でも私は、ここには、結構たくさんの問題点もあると思うのです。

たとえば、私がその師という社会的ポジションにいたのならば、一目みただけで私に隙があれば理論で打ち負かしてやろうとか考えてる人とか私にも見抜けると思うのですが、 この場合は私なら「頼もしい若いやつがやってきた」としか思わないでしょう。

あるいは その志願者には自分の中で固まった間違った考えをかたくなに思いこんでしまっているようなところがあったとして  それなら私にはとても一目では見抜けないでしょうが、 ともかくそれを知った時点で、 これはチャンスだと思うでしょう。 やっと この若者のかたくなな殻が破れる「かもしれない」 もしかしたら貴重なチャンスを感じると思います。

あるいは 同じ修羅でも 私なら追い返したりしません。 弟子にしてから問いただしてもなお解らなければ、泣いたり怒ったり、本気で殴ったりもするかもしれない そんな立場上の責任を背負う努力はしてみます。

それに、学ぶ謙虚さって確かに大事ですが、これこそ、学ぶほどまた本質的に理解が進むほどに深くなってゆくものであって、 これから学ぶものに一気に求めるものではないのではないのでしょうか?

それに、 其の若者には学ぶという時点における大きな欠陥があるとして、 長所は無いのでしょか?  そして何よりも それはほんとうに一目でそれらのことは見ぬけるものなのでしょうか?

では、この古事は間違いだけなのかというと、おそらくこれは 先生と生徒の問題ではなく 師と弟子という昔にはあったその教育の世界にはよほどの深い倫理性が最初から問題とされていたり、 そのへんで若さには時としてこのぐらいの強引さで諭す必要があったりした というあたりの 何か深い世界のことを意味してるのかとも思え、簡単には否定は出来ないところも確かにあるとは思うのです。

悟りとか神秘の世界とかになると、これはもう私にも解りかねる世界ですが、 「仏教の教え」とかですと、 いくつか思い当たるところもあります。

ここまで書いたら その仏教の場合に私がここに想定している内容もきちっと書いたほうがいいかもしれませんね。

もちろん、今の時代にも追い返すべきなのかというと違うとはおもいますけど。・・・

次回 もしよろしければ、仏教のその辺の事について書いてみます。

この回答への補足

 arayata333さん ご回答をありがとうございます。

 ★ 知れば知るほど神様の世界(あるいは人間の世界)は・・・
 ☆ この段落に うまくまとめてありますね。わたしは特に 
 ★ 全体の理論自体もより発展してゆくという世界がイメージされます。 そこに勝ち負けは無くなってしまうわけです。  
 ☆ ここに注目しました。《勝ち負け》を言ってもいいのですが もう遊び(余裕)の状態になっていると思うのです。知識の多寡やしゃれた表現を言えるかどうかに賭けている場合には 勝負に出ているのかも知れません。わたしなどは 自尊心がないのでしょうか 分かったことは分かった 分からないことは分からないと仕分けしていくだけになっています。

 ★ ある師の下に、弟子志願者がやってきた時のこと
 ☆ これについては いろんな場合を挙げて論じておられるように 人に応じて また 二人の関係に応じて さまざまな場合が起こりうるとわたしも思います。
 それと 現代にあっては こうも考えています。つまり 或る一定の仕事をつうじて 師匠も弟子も あってもよく その立ち場を離れてもよく 要するに 入り混じっていてもよく その仕事の目標を達成するという過程での互いのやり取りが おもしろい(有益である)と思われます。
 したがってこれは 何人かのあいだで 集団としても 錯綜するようにして やり取りが交わされるということになるはづです。 
 ここに
 ★ ここに 教育は対話であり情報開示だという理論は成り立ちませんか?(基礎教育の次にはその対話こそ大事な部分となるというふうにです。)
 ☆ という課題が横たわっているようにも感じました。基礎教育の次には 教育という場面から離れて 互いに自由に考えをぶつけ合い 特定の仕事を実現させて行くという場のことです。
 そういう場においては もはや 理論がすぐれているだけでは いい場合もあるだろうし 足りない場合もあるだろうと思われます。一定の時点ごとの最終の決断は きわめてむしろ感覚的な成功への確信を持たせるような案が 採用されるかも知れません。
 譲歩の問題にもなるかと思いました。

 そうして そういうことを考えているのですが いかんせん いまは このように 思惟としてのみ 扱っております。

 こちらの側からの一方的なお話になってしまったかとおそれますが 次への橋渡しのような一随想として聞いていただけたなら うれしいです。

 * 前回の修羅の話は 勝手に自分で流れをつくって 流されていたかも知れません。もっと具体的に また 論拠を示して 論じなければならないでしょう。

 * 上の随想は したがって 社会の中における教育という主題であるかと思います。間接的な教育 つまりそのような相互教育という場であり実践であるように思いました。

補足日時:2008/07/19 22:22
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たぶん、真剣に考えて来たことで、私も物事を論知的にも整理して考えるということ自体には慣れていると思います。

 

でも、たぶん、これは子供の頃のあるトラウマなのでしょうが、ちょうどむしろ指の力等が極端に強いかった子供が、 体や心をおかしくして以来、ピアノも弾くことができないような指となってしまったのと同じで、 其の頃脳にも同じような何かの欠陥が生まれてしまったのだと 私は思っています。

ちょうど数学の基礎のあたりを学習する時期に、死の床を這いずっていたとかいうことで、 そのへん原始人的なところもあったりしたのですが、プラス、例えばある形のものがなかなか憶えられなかったり? 何かが一本論理性に関して抜けてしまっていると思えています。

でも、私は そのグニャッと曲がってしまう指でも握力とかでカバーしたりして、包丁も 大工仕事もある程度出来るようになりました。

同じように、いやそれ以上に真剣に考えてきたことに対しては なんとか欠陥をものともしないわしづかみが出来るようになっている点は 論理に関してもあるだろうとも思っています。

ですので話をつづけてみます。

話がずれてしまったりしたら 教えてください。 そちらや他の回答者様の論理にまともについていっていない気がしています。  間違いとかありましたら訂正してください。

続けてみます。

>火花の散り方が もはやあたかも(また この言葉がでましたが)修羅場のごとくであっても<  (記号転換で使ってる「IMEパッド」とかいうのが 昨日出てこなくなっていたのですが? 自動的に直ってました。(笑) 解らない世界にはすっかり翻弄されてしまいます。)

ヘレンケラーの映画見ていません。 忘れていたことがあります。 昨日回答を書いてる時点では、ヘレンケラーは何かを必死でもがくように求めていてでもそれが得られないので苦しんでいるそういう盲目状態というような感じで捕らえて書いていました。

しかし、おそらく彼女にはまだ 闇の中にても光を求める心すらなかったわけですから、サリバンがむりやり何かをしかけてくるまでは、ある意味平安だったのかもしれません。

わたしが子供の頃 気がふれた状態になったのは2度だけですが、其の状態自体は苦しくもなんとも無いところ、それが恐怖の中の動物の意識に似ていると思えることを考える事が出来たのは2日目の時の状態からです。

一回目は、 電車の中で人の足をボンボン踏んで回っていたりしたのですが、 みんなが知らん顔(関わりたくない 様子で)をしていたところをひとりだけ こちらの目を覗き込んだ年配の女性がいたのですが、ニコニコしようとしていて顔が引きつってたことまで憶えています。  記憶は動物もありますから、同じでしょうが、 その意識からの映像は 夢よりもはっきりした映像(現実を見ている)であっても、もっと無味乾燥な見つめられていない コントロールの外れた、かといって本能の強さとかも無いような状態でした。

二回目の時、始めてそれは恐怖にうなり声をあげている動物になっていたことを その直後知ることとなったのです。 はっと気がついた時には子供ごころにも 自分はもうおしまいなんだ。 人間としてもうすべておしまいなんだという こればかしは体験してみなければわからない惨めさを感じました。

それを助けてくれたのは ようやく両親がいじめに気がついてくれたことによるのですが、転校 そして虚弱児施設へという転換が一気に行われたことと、 その虚弱児施設での おそらく其の時代の ほんとにおおらかな心の先生方や友達に触れることができたからです。

サリバンと年配の知恵者との別な教育の世界にも興味があります。 わたしならば その何かが解明できるかもしれません。  できるだけ近いうちに調べてみたいです。

この場合は修羅場ではないですね。 いたわりがやさしさがおおらかさ明るさが私を救ってくれました。

まったく同じ場面を 黒澤監督の赤ひげの映画に見たときには 涙が滝のように流れてきました。 そこに出てくる気の触れた女の子が アカヒゲ先生の愛情に触れて、また近所の不良の男の子との友情の中で、快復していく姿が、自分に重なってみえたからです。

でも サリバンとヘレンケラーの間に最初にあったものは たしかに、まさに修羅場だったのでしょう。 「けんか」だったのでしょう。

ありがとうございました。 大きく気がつかせていただいたところですのでこちらからもお礼を書かせていただきます。

しかし

>もはや《おしえる-おそわる》の一致は むしろ どうでもよいというほぼどなのだ。 ・・・<
 
ヘレンケラーが始めて「ウォーター」と口にした時、 始めて言葉という光を見た時、 その時のことを おそらくその後さらに年月がたってからなのでしょうが、ヘレンケラーはどれだけ深く(たぶんヘレンケラーでしか解らないほどの深みで)感謝の気持ちになったことでしょう。 しかしそれでもなお、 >むしろ どうでもようというほどなのだ。・・・<

・・・

奥ゆかしい表現ですね。  そうですよね。ほんとにそうですよね。
これって >あたたかい血のかよった<随筆ふう文でもあるのではないですか?  考えさせられました。

>そういうことは まるで別の世界のことのように思ってしまいます。<と謙遜されていますが、 知と血が両方通うなかで、血のほうは、奥ゆかしく隠してしまう文になりがちだというふうなところがほんとうのところだと思いました。

辛いことがいっぱいあれば、其の文辛い人に対して「あたたかく」なれるかというと、そのへん私はクールにそれこそ論理的にそれを否定しています。  生物としての弱さとか限界とかもここに考えますし、知的ゆとりは大事ですし、五感の豊かさはさらに大事かもしれませんし、そうした中で、始めて辛いことの体験も生かせるようになってゆくのだと思いますし、では自分はそのへんどうなのかというと、けして跳びぬけて「あたたかい血」が通ってるのではなくて、歳とって 子供達の未来を思えるようになったかなという程度です。


もし何か欠陥があったとしても、おそらく長い間一生懸命哲学する生き物として生きていれば、それはなんらか大きく是正されていると私は思います。

(1)修羅と教育 このへんの論理を わたしなりに、もう少し追及してみたいと思います。

それから >あとは< につづくそちらの文も 論理なのか はたまた一遍の詩なのか?  解りにくいです(笑)。

(2)でも、これも 私には深く思い当たるところがありますので、 書いてみたいことがあります。

この(1)と(2)の2点、どちらもたしかに「おしえる・おそわるということは どういう事態か」に深く関わる>事態<ですので、 論理的にはうまくまとまってないかもしれませんが 書いてみます。

時間や紙数の都合で きょうは、ここまでとさせていただきますが、 是非また書いてみたくなりました。  よろしくお願いいたします。
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この回答へのお礼

 arayata333さん こんばんは。ご回答をありがとうございます。

 ★★ ヘレンケラーの状態は何かを認知するとっかかりが全く無い状態ですよね。(ANo.7)
 ☆ ここから 出発したということの革命的な知性と情熱 サリヴァンの気高くも動物的なまでの人間の行動〔だったと記憶するのですが〕・・・聞けば そのような状態の水準にまで陥られたとか しかも もちろんすでに人となっていたので 《もうおしまいか》という感慨を覚えるという人間的なところを伴なわれていたとか・・・いじめだったのですね。そうだったんですか。
 えらい!!
 ただただ お聞きしたところを受け取るという状態です。

 先回は 受け留めたところに応じて 言葉にしてご返事を差し上げるということのみでした。今回は 口がつむがれて来ます。そして 無責任ふうのことを言いますが 是非とも みなさんのためにも ご経験を時に応じて 披露されるとよいのではないでしょうか。

 ★ 修羅と教育
 ☆ いえいえ ただ
 ★ 修羅
 ☆ のごとく 生きないようになったなぁとも思います。面と向かっていれば その間合いなどが取れますが このようにインターネット上では それも叶わないという事情 これもあるでしょうが この事情に手足を縛られているようにも感じられます。(今の赤裸々な情況です)。

 ひょっとして 現代日本人は
 ★ しかし、おそらく彼女〔ヘレン〕にはまだ 闇の中にても光を求める心すらなかったわけですから、サリバンがむりやり何かをしかけてくるまでは、ある意味平安だったのかもしれません。
 ☆ という状態にあるかとさえ 思えて来ました。人間化というおしえる/おそわるという大きく教育の問題が 横たわっていると言ってしまうと ちょっと勇み足なのでしょう。
 ただ 修羅の中に そしてむしろ修羅の中にこそ 和の精神がある / あるいは どれだけ修羅を演じても 和のもとにあるという人間の自然本性を信じられるか・られないか このあたりに 教育にしても政治にしても 日本人の将来がかかっているのではないかと言いたくなります。
 注文の多い・よくしゃべる質問者でした。

お礼日時:2008/07/17 21:46

実は、まだまだ忙しいです。

 このような「哲学の対話の心」自体学ぶところの多い質問からは、もっと真剣に取り組んで学びたくなりますし、回答を書くことで私の中の価値感を伝えたくもなります。

書くスピード自体はあるほうですので、急ぎやはり書きたくなってしまった事を書いてみます。

もし、基礎教育というものに学習法や学ぶ姿勢が必須科目として学習できるならば、中学からの学校教育とかは大幅に変わっていくのではないかとか、その時期を早められないかとかで、 いろいろと教育には興味をもってたりします。

其の中で、まず書きたくなったのは サリバンとヘレンケラーのことです。

詳しくは知らないのですが、サリバンは子供の頃 私がいじめによる恐怖症から一時気がふれてしまったように 人間の意識を逸してしまうような体験をしているようです。

記憶はあるので、その間の事を明確にむしろ憶えていますが(むしろ印象的ですからね。) どういう意識状態かというと、おそらく動物の感覚や脳に近いものだと思われます。(目も耳も五感すべては働いてはいるのですが)

サリバンも同じような、いやもっとひどい状態があったようなのです。

そこを何かの大きな知恵の世界とか暖かい心によって助けられて 心身の健康を取り戻したようなサリバンにとって ヘレンケラーはどのような状態に見えたでしょうか?

ヘレンケラーの状態は何かを認知するとっかかりが全く無い状態ですよね。

でもサリバンには、見えていたことがあると思います。 「「「((ヘレン、貴女の脳は、動物じゃない。 あなたの意識や心は動物じゃない。人間なの。 ぜったい貴女も この世の中を知ることができるようになる。))」」」 心の中で 親にも増したそのことへの信頼と愛情のはげしいまでの叫びがあったのでしょう。

だから ほんの少しの手がかり反応も見逃さなかったのだと思います。

教えるということはサリバンにとってなんだったのでしょう。  わたしは、教育というと、まず目的を問います。

それはもし単純にベストな回答で言うならば、幸せになって欲しいということです。 もっと、もっと、というその感情の発露です。

そうすると、 教えるというのは、伝達することであれ、理解を伝えるということであれ、価値をなんとか解ってもらうということであれ、その情熱の火があってのこととなります。  

そしてその火は、常に相手の長所をそれこそ無意識界からもさがしている状態となります。 細かな点も気になりみのがしません。

それがヘレンケラーとサリバンの中のまずあったことだと思います。

また サリバンという教える側の意識の中には、 上下関係という余計な考えとかは無かったと思います。 人間だから 人間を信頼している その純粋な姿が きっとやがてヘレンケラーの何が何だか解らない心の苦しみにも その闇にもとどいたのだと思うのです。

先生とは、「先にそれを知ってる生徒、 同じ生きる道すがらの徒」と私は読んでいます(笑)。  これは、かならずしも知だけのことではなく、 意志とか感情、感性の伝達においても 同じ事が言えます。( その場では大きな気付きがあればそれを教えてくれた人に深い感謝の気持ちが其のぶん起こって当然ですが、それを伝えたら後はむしろ忘れてでも前にさらに進んでゆくのが人間の道と思う。)

よい先生とは何か? 「人間ならできるようになる、見えるようになる 同じに考えることができるようになる、 大丈夫 しあわせになれるよ、」と信じている人のことだと思う。 またそう信じれる哲学を持ってる人のことと思う。 

その時 その先生も 多くの人から多くを学ぶのだと思います。

この「Q&A」で 以前、文章が通じない女性が、それでも何故かアランというフランスの哲学者の勉強もしてたりする様子はわかる文でいろいろ質問していました。 このミスマッチは何なのか?みたいな最初は興味本位でもあったところ、  読んでるうちに、何かがある 何かが伝わってくる? いったいこれは、この文章は、何なのだろうと 思えるようになってきて、それはやがて この女性は 詩みたいに文を書いてしまう人ではないか? もしかしたら 詩の才能があるのでは?と 気になって気になってしかたなくなってしまったことがあります。  最後は、回答そっちのけでその事を伝えてみました。  

すると、彼女が母親になった時に書いた詩を補足文で書いてきてくださったのですが、  これは私にとって ソシュールよりもたぶん 言葉についてより明快に深く教えてくれるものがあったのです。  そうかこれが生きた詩なのか?  だから記号を言葉が越えることがあり、其の積み重ねが感性自体をも伝える綴りにもなってゆくのだなという原点をそこに見たからです。

いままで、求めても求めても解らなかった 諦めてもいたことが 見えてきました。 

私はその質疑応答で、彼女の長所に心うばわれ、おもわず、詩を書いてみたらとよけいな形の先生となっていました。  そしたら、彼女こそ私のなんともすばらしい先生ともなってくれたのです。  

情熱が火花をもたらして 「和解」を生み発展を生んだ例ですね。

学ぶ謙虚さも この相互関係で重要ですが、 それも人間存在の 何か奥からの幸せへの祈りとかもがきが自分の中にありその希求があり、飢えかわきがあり、謎を追求する哲学する心があり、 其の対話の火花が欲しい情熱があり、学びも起こり、そして そこに教え教わるという事態が生じるのだと思います。

「「おしえる側のおしえようとする意図とおそわる側のおそわろうとする努力とが あたかも一致して 教育が成立する。」」と書かれていますが、(すみません、 うまく記号変換ができなくなってしまいました。ネット音痴ですので 原因か解るまでは盲目状態となり 変則的になってしまいます。、だれか私のネットのサリバンになってくれる人が欲しいです(笑))

その中の「あたかも」の含みに、たぶん答えがあるのでしょう。

私の場合は それは人間への信頼、人間として生きてることへの信頼ですね。 そうでなくても「「成立」」はするけれども、 哲学への気付きの火花は浅かったり不明確だったり 問題の核心に迫れなかったりするのは、「「あたかも一致」はしていても 火花がでるような双方の意図と努力が ほんとうには一致していないという感じです。

質問の中に答えありと言いますが、 そんな感じの何かをその「あたかも」の含みに感じます。  しかし、これはまさに「含み」であり さらに豊かな世界なのでしょう。  そう思いました。
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この回答へのお礼

 arayata333さん ご回答をありがとうございます。

 ついに来ましたね。何も言うことはありません。
 わたしは 自分で言うのもおかしいですが 分析をしたり論理立てて整理したり かんたんな理論としてまとめたりするのは けっこう得意ですが 人を前にして講演や演説をしたりですとか あたたかい血のかよった随筆ふうの文章を書いたりですとか そういうことは まるで別の世界のことのように思ってしまいます。

 ★ ☆《おしえる側のおしえようとする意図とおそわる側のおそわろうとする努力とが あたかも一致して 教育が成立する。》と書かれていますが・・・その中の「あたかも」の含みに、たぶん答えがあるのでしょう。
 ☆ なるほどと思いました。そして さらに別の見方も わたしの中に起こりました。
 ★ 問題の核心に迫れなかったりするのは、「あたかも一致」はしていても 火花がでるような双方の意図と努力が ほんとうには一致していないという感じです。
 ☆ ということを さらに掘り進むなら こういうことをおっしゃっているのではないかと考えました。サリヴァンとヘレンとの間に いくら衝突があっても どれだけけんかをしようとも 火花の散り方が もはやあたかも(また この言葉が出ましたが)修羅場のごとくであっても 
 ★ 心の中で 親にも増したそのことへの〔* つまり たとえ社会的動物ではあっても 歴史のない動物ではなく 社会に生きる人間であるというその存在への〕信頼と愛情のはげしいまでの叫びがあったのでしょう。
 ☆ というときのあたかも動物的なまでの人間の息吹きと情熱的なまでの信頼関係とが 通っているのならば もはや《おしえる‐おそわる》の一致は むしろ どうでもよいというほどなのだ。・・・

 あとは 自己表現ということになるでしょうか。言葉が 一般的には 中心となるとも思われます。そして こういう大前提からの話としては このときの言葉というものは だいたい 息吹き度指数というものが とりわけ子どもたちには おのづから分かるはづです。・・・

 お忙しそうですね。ぼちぼちまいりましょう。

お礼日時:2008/07/16 21:27

自分で書いた回答をまとめてみます。


真似=習得
問題に対して解答への導き=和解
真似から入ってその真似の問題を真似で返す=問題と習得の和解
問題に対しての相反が解答の枠を超える場合=哲学
となりそうです。
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この回答へのお礼

 そうですね。
 では わたしも 同じようにして おかえしを。

 哲学のあつかう問題は その正解を得るというよりも それ以上に みづからが世界と和解することに重きがおかれている。正解が得られなくても その探究の過程で あたかも問題の内容を超えて みづからの存在を自己確認したという時間が 大事である。

 その他の学問は あらゆる合理性を追求しつつ 問題を解明する。しかも この経験合理性は おそらく人間の能力として 有限である。したがって 解明の結果が ただ一つの正解であるとは やはり限らない。ただし 学問としては その正解をめぐっておこなった推論としての探究の過程が 大事である。

 知識を得るという場合には 事実が AかBかCか・・・ということの確定とその伝達が 問題である。あるいは 学問の定説を ひとまづ そのまま 受け取り覚えることで足りる。(少数説については 知らなくともよい)。要するに 知っているかどうかが 大事である。

 ちょっと簡潔にまとめ得なくなってしまいました。

お礼日時:2008/07/11 10:00

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