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私は今、御伽草子などによく使われている四方四季について調べようとしています。
同じ場所に四季が存在する・・・。そこは時間がないのか、異世界だからか・・・。
また、浦島太郎などで、不思議な世界へ行って戻ってくると、現実世界の時間の差がありますよね。このことについても調べているのですか、思うようにいきません。
色々考えてはいるものの、なかなか進まないのです・・・。
なにか、ヒントになるような本やHPがあれば教えていただきたいと思います。

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A 回答 (3件)

先にご紹介した著作はご覧になったということですので、私見ですが別の解釈をご紹介しておきます。



四方四季はひとつの典型ですが、わが国にはこれと骨格を共有する昔話が多く存在していて、「見るなの座敷」などとしてひと括りにされています。
三方それぞれに魚の泳ぐ海、野菜の植えられた畑、米の積まれた蔵があるといったパターンもありますし、箪笥の四つの抽斗にそれぞれ田んぼの四季の風景があったというもの、十二の蔵を順にあけて行くというものなど、そのバリエーションは様々です。
いずれにも共通しているのは、(1)奥深い山中であるにもかかわらず多彩な食べ物が豊富に存在し、これらが女性から提供されること、(2)しかし(特に最後の庭などを)「見るな」という禁止を破ることで全てが消失する、(3)女性はうぐいす等の鳥となって飛び去る、というモチーフです。


私自身は、これらの物語は農業生産を司る神(山の神)への畏敬が示されたもの、という解釈を行っています。つまり、「見るなの座敷」は古来日本人が山の神について持ってきた信仰が生んだ昔話だというわけです。

古来日本人の信仰では、春先に農業生産を司る神を田にお迎えし、その働きによって収穫をもたらして頂くものと考えていました。秋には祭りによっておもてなしを行って春からの労苦をねぎらい、また山にお帰りを願ったのです。神は冬の間は山の神として山深いところでお休みになる、と信じられました。

従って、人知れずどこか山深いところに山の神が住まいするところがあり、そこには神の力によって常に食べ物が豊富に存在します。わが国において農業生産を司るということは四季をコントロールすることにも通じますから、そこにはあらゆる季節が常に存在していると考えられたのです。

実際、山の神は地方によっては「十二様」などと呼ばれていました。十二人の子を産む、とも言われます。山の神が毎年自分の分身を生み出して季節を変化させると信じられたのです。というより神が季節を創る当事者でしたので、当然、その休み場である山中の聖所には、すべての月や季節が揃っていることになるわけです。

しかし、最後の月(季節)だけは見ることを許されません。冬は神の休む時であり、生産に備えた休憩の時であっていわばその力の源泉となる時間です。そのためにここだけは一般の人間に見られることは許されないのでしょう。
従って、ここを見るなという禁忌を破るものは、いわば神罰として老人にされてしまうのです(実際に「見るなの座敷」でもそのように伝える物語があります)。

日本書記のなかで、オオゲツヒメ(五穀の神)が訪ねてきた神に食物を出して饗応しますが、自分の体から出しているところを見られたために死なねばならなくなったことが記されていますが、これは「見るなの座敷」と共通点があると言えるでしょう。
そもそも、ものを生み出す力は人知を超えた不可思議なものであり、それは説明され得ないものです。それを人間の言葉で説明しようとすれば、それは本来知ってはならないものである、という風に説明されることになるのです。

鳥となって女性が飛び去ることも、うぐいす=春告げ鳥の関係から農業生産との関係が連想されます。春を告げるうぐいすはつまり山の神が田に降りてきたことを象徴する存在だからです。

以上、神話との類似性に注目すれば、四方四季の庭とは、時間の質の違いといったものを象徴するというよりは、“農業生産=季節の動きを掌握する神が山中の他界に住まう家”であるがゆえに必然的に存在する、ということになるでしょう。また、タブーを破った男が急に年をとることには、神罰的な側面が加えられるべきでしょう。
(神話研究の吉田敦彦氏も似た考察をされていたはずです。出典は残念ながら不明)

「見るなの座敷」と比べ、浦島太郎のほうは山中他界でなく、にら(竜宮)という海中の他界に案内されるという違いはあります。しかし、ここで彼は大変な饗応を受けるわけで、亀を助けた報恩としてではありますが、やはり魚介という恵みをもたらす生産力の源泉である神に近づいたのであって、やはりこの類型に属すと考えるべきでしょう。
(浦島については、久野昭「日本人の他界観」にも若干論考があります)

いずれの物語にせよ、根底には現し世と他界の時間の流れ方が違うという観念は存在します。わが国ではそもそも時間の制限を受けないものが神である、という風に考えられてきたからです。
山部赤人の歌にもあるように、夏にも冬のものである雪を頂く富士山は時間を超えた存在であり、すなわちそれ自体が神でした。
日本書記で常世の国から持ちかえられる「非時香果(ときじくのかぐのこのみ)」の“ときじ”のように、“時に支配されない”ことは神の属性だったのです。そもそも常世の“トコ”とは“永遠”の謂いですから、時間が存在しません。その中で神の手によって時間が刻み出されるのですから、時間は神の手中にあるのです。
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この回答へのお礼

なるほど・・・、すごいです。
昔はただの昔話として読んで、こんな不思議な世界もあるんだな・・・って考えていただけなのに、今これほど色々な解釈があったんだと、ただただ驚くばかりです。
何事も考えるというのはおもしろいですね。
neil_2112さんの考えまで教えていただき本当にどうもありがとうございました

お礼日時:2002/12/07 22:43

私の知る限り、四方四季の庭を論じたなかで一番緻密なものは、徳田和夫「お伽草子研究」(三弥井書店)です。



この中で四方四季の庭は、異界では移ろう時間が存在しないこと、すなわちそこが理想郷であることを象徴するモチーフとして使われていることが指摘されています。
つまりお伽草子に頻出するこの庭は、人間界と異界での時間の質の違いを生み出す源泉として設定されたものであるということです。
(この見解を浦島太郎について神仙思想との関係から発展的に考察した著作に三浦佑之「浦島太郎の文学史」もあります。)

また異界研究で知られる小松和彦氏は「神隠し」(弘文堂)の中で四方四季の庭について短く触れています。
すなわち、四つの季節の庭を順に見ると主人公が地上の1年を体験したことになるわけで、この庭は人間の時間を早送りするための装置であったと分析しています。

いずれにしてもご自分でご覧になって考えることをお勧めしておきます。
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この回答へのお礼

これらの本は一応、目を通しました。
やはり、これらの本が一番よく書かれているのかもしれないですね。
どうもありがとうございました。

お礼日時:2002/12/04 07:45

浦島太郎のみについてですが、これについて述べてある一文を知っています。

 内容的には1ページしかさいておりませんが、興味深い解釈と思いますので参考にどうぞ。

時間と空間の起源

「ものぐさ精神分析」―岸田秀
中央公論社 文庫版より
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
近いうちに、是非その本を探してみたいと思います。

お礼日時:2002/12/02 23:48

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Q本のタイトルは『』に入れる?

大学入試の日本語による小論文指導を想定した場合に、本のタイトルを本文中で表記する場合には、単なるかぎ括弧(「」)ではなく二重かぎ括弧(『』)を用いるのがよろしいかと思うのですが。
(1)この理解でいいでしょうか?

もし、そうだとしたとき、この約束事の背景には文部省(あるいは文科省)なりどこかから指針のようなものが出ているのでしょうか? 句点について知り合いに以前に聞いたところでは、文部省から戦後に何か指針のようなものが出ているという話でした。
(2)本のタイトルに二重かぎ括弧(『』)を用いる背景なり根拠なりは何なのでしょうか?

Aベストアンサー

『くぎり符号の使ひ方〔句読法〕(案)』
(昭和21年、文部省教科書局調査課国語調査室作成)
では、

 「 」(カギ)、『 』(フタヘカギ)
   カギは、対話・引用語・題目、その他、特に他の文と分けたいと
   思ふ語句に用いる。これにフタヘカギを用ひることもある。

として、とくに書名は『 』を使うとは定めていません。

ただし、新聞や書籍では『 』を使うことが慣例になっています。

■標準 編集必携 (日本エディタースクール)
 『 』二重かぎ.「 」のなかにさらにかぎを用いたい場合,書名・雑誌名をくくる場合.

■最新 用字用語ブック (時事通信社)
 引用符の中に出てくる列車名、船名、航空機名、書籍・映画等の題名などには『 』を用いる。

■記者ハンドブック 新聞用字用語辞典 (共同通信社)
 (書名・作品名などは『 』を用いる)

■最新版 毎日新聞用語集 (毎日新聞社)
 作品名などに。 [例]「漱石の『草枕』を読んだ」

■朝日新聞の用語の手引 最新版 (朝日新聞社)
■読売新聞 用字用語の手引 (読売新聞社)
 … 朝日と読売は、『 』の項で書名・作品名などのくくり方には触れていません。

『くぎり符号の使ひ方〔句読法〕(案)』
(昭和21年、文部省教科書局調査課国語調査室作成)
では、

 「 」(カギ)、『 』(フタヘカギ)
   カギは、対話・引用語・題目、その他、特に他の文と分けたいと
   思ふ語句に用いる。これにフタヘカギを用ひることもある。

として、とくに書名は『 』を使うとは定めていません。

ただし、新聞や書籍では『 』を使うことが慣例になっています。

■標準 編集必携 (日本エディタースクール)
 『 』二重かぎ.「 」のなかにさらにかぎ...続きを読む


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