自分のことを「マゾかも?」って思っています。
マゾになる人にはどういった要因があるのですか?

(1)家庭環境に問題があるのでしょうか?

(2)幼少期に精神的肉体的虐待を受けた場合と何か関係があるのでしょうか?

A 回答 (2件)

>人間だれしもSの自分、Mの自分を持っているんです。



lupinmamaさんのこの言葉が、真だと思います。フロイトによれば、サディズム、マゾヒズムの両者は、すべての人に少なからず「傾向として」ある、と言うことです。

ところで、フロイト後期の理論で、「死の欲動」という理論があるのですが、これは、“人間は、そもそも「破壊願望」とでも言うべきものを持っていて、主体、客体に関わらず、攻撃の対象になり得る”というものです。なんだか、過激な感じがしますね。つまり、人間が持っている攻撃性が極端に外に向けば、サディズム。内に向けばマゾヒズムになる、と言う話です。例えば、嫌なことがあったとき、人間は攻撃性を発揮します。他人に当り散らす人もいれば、自分を責めまくる人もいるわけです。その根っこがこの攻撃性というやつです。ただ、これだけでは、「マゾになる人にはどういった要因があるのですか」というcoconutさんの疑問には、答えきれていませんね…。

そこで、またまた、フロイトの登場です。彼は、この両傾向の発生をcoconutさんが(2)で挙げられている「幼少期」に求めます。ただし、「精神的肉体的虐待」と必ずしもイコールではないようです。まず、子どもが、残酷なことを好むというのは、よく言われることですよね。これが第一次の攻撃性。ここにサドとマゾが、同居していると、彼は言います。初めの頃のフロイトは、このときに感じた罪悪感がマゾヒズムの原型だといいます。そして後で、外部に対する攻撃性になるとサディズムだとも言っています。(深層系の心理学説は仮説の域を出ていませんから[出ることが出来ないんだけど]、実感としてはそんな気もするという程度に考えておいた方が無難です。)

ここからは僕の考えです。自分のサド-マゾ傾向の起源を「幼少期」に求めるのは、正しいと思います。おそらく、育った環境の中で、こう生きるのが自分にとって一番良い生き方だというものを学習したのでしょう。心に溜まったもやもや(怒りとか悲しみとか)を、どのように解消するかと考えたとき、他人に当たるか、自分に当たるかという選択がなされたのかも知れません。それが、大人になってから、サドとして出るかマゾとして出るかというのは、よく分かりませんが、土台は子ども時代にあったのだと思います。

マゾになる人が問題のある家庭環境に育つとは限りませんし、まして精神的肉体的虐待を受けていると、必ずしも言えません。ただ、もしもそのようなことがあった場合に、その影響も考慮されてしかるべきだという程度には関係があるのだと思います。
    • good
    • 6

(1)(2)ともにあるといえばある、無いといえばない、


というところでしょうか。
coconutさんはこういう事に原因があって自分にマゾっ気があるのかな?
と思っているのでしょう。
この手の本(様々なSM関係の書物)にはそういう事がよく書かれていたりしますが、全部が全部そういう経験、環境の人であったわけじゃないですよ。
人間だれしもSの自分、Mの自分を持っているんです。
好きな子にいじわるしたり、怒られたのにちょっと嬉しかったり、
そういうのも広い意味では、SとMな部分では?と思います。
だから「マゾかも?」
という線引きにこだわらずに自分の傾向として
とらえていけばいいのではないかと思います。
私事で恐縮ですが、ダンナのおかげで
「私Mっ気がある!」と気がついた私です。(笑)
    • good
    • 2

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人はこんなQ&Aも見ています

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q高校英語の科目はどう再編すべきだと思いますか。

私案を次に示します。
英語I(4単位,必履修)
英語II(5単位,選択必修)オーラル・コミュニケーション,英語読解及び英語作文の基礎的な内容で構成
オーラル・コミュニケーション(3単位,選択必修)演説,討論なども扱う
英語読解(4単位,選択必修)いろいろな英語で書かれた文章の読解
英語作文(4単位,選択必修)手紙なども含む
※英語I+英語IIで英語A(9単位)に相当
※英語I+オーラル・コミュニケーション+英語読解+英語作文で英語B(15単位)に相当

Aベストアンサー

英語は、優秀な外人にレッスンビデオを作成してもらい、それをオーディオ・ビデオ環境の整った教室で生徒に見せるといいと思います。教師による質のかたよりもなくなります。外人は日本語しゃべれないし、文法も適当なので、ひつぜんてきにオーラルレッスンになるし。これが英語基礎編だとして、

応用編として会話クラスを別の専用教室(パーティションで区切って少人数制会話クラス)を外人講師中心でやる。

優秀な生徒のみ特別コース(多読やライティングなど様々なコース)を作る。ここはバイリンガルレベルの外人、日本人講師の出番

とかどうでしょう。

Q幼少期~児童期のサド・マゾの心理。

サドの心理が絡んだ事件として、神戸の中学生酒鬼薔薇が犯した小5殺人事件があげられると思います。
人や猫や小動物を殺すことに憧れ、実際にそうすることで強い性的快感を得ていたと言われています。

また、マゾの心理が働いていた例として事件ではありませんが、B子さんは、幼い頃、誰かに誘拐されることや、さんざんぶたれて殺されることに憧れ、地獄に行きたいと思っていた時期があったといいます。
非常に不謹慎で申し訳ありません。
子供の頃彼女が作った絵本もハッピーエンドじゃないんです。お姫様のお墓が出てくる。お姫様が鬼にめちゃくちゃに殺されて、森の動物達や王子様が泣いて終わる。
しかし、一見異常そうですが、B子さんの家庭は愛情に溢れた幸せな家庭で、B子さんも普通の明るい女性に育ち、現在は結婚して子供が2人います。

サド・マゾについては辞書には性的倒錯、とありますが、実際に仲の良い恋人同士にはありふれた健全な心理とも思えるのです。
しかし、大好きで信頼の置ける人に限っていじめたい、いじめられたい、というのではなく、不特定の人間やシンボル(鬼のことです)をいじめるどころか、性的快感のために殺したい、殺されたいというのは凄まじいと思うのです。
それでも性的快感に基づいているとすれば、自然なことと言えますか?それともやっぱり異常でしょうか?

広く一般的にサド・マゾの心理に関して、参考になる本などもあれば、教えて下さい。よろしくお願いします。

サドの心理が絡んだ事件として、神戸の中学生酒鬼薔薇が犯した小5殺人事件があげられると思います。
人や猫や小動物を殺すことに憧れ、実際にそうすることで強い性的快感を得ていたと言われています。

また、マゾの心理が働いていた例として事件ではありませんが、B子さんは、幼い頃、誰かに誘拐されることや、さんざんぶたれて殺されることに憧れ、地獄に行きたいと思っていた時期があったといいます。
非常に不謹慎で申し訳ありません。
子供の頃彼女が作った絵本もハッピーエンドじゃないんです。お姫...続きを読む

Aベストアンサー

大学は心理学専攻ですか?

それであれば、必ず心理学概論もしくは心理学入門を履修されたほうがいいですよ!

あと、文献なのですが、心理学辞典は一つ持っておいたほうがいいですよ!
心理学辞典もピンキリですが、最低でも心理学辞典(誠心書房)¥3800レベル位は持っておいたほうがいいです。
お金に余裕があるなら、ヒルガードの心理学(確か¥20000位)も持っておいたほうがいいです。
臨床を専門に学び、大学院進学を考えているのならば心理臨床大辞典(約¥30000)は必須です。
ちなみに私は、心理学辞典は¥22000の丸善心理学辞典と心理臨床大辞典他、10冊以上もってます。
心理学を専攻するなら本にお金がかかることを覚悟しておいてください。
大学の図書館にもありいますが、やはり試験やレポート時期になると学部生が一斉に見ますから、ある程度は自分で買う必要がありますからね!

Qアイホンの辞書設定のところにアメリカ英語 フランス英語 イタリア語-英語 オランダ語-英語 スペイン

アイホンの辞書設定のところにアメリカ英語 フランス英語 イタリア語-英語 オランダ語-英語 スペイン語-英語 ドイツ語-英語とあったのですが僕たちが学校で学ぶ英語はどれですか?あとなぜ英語が6ヶ国語もあるんですか?英語は世界共通じゃないんですか?

Aベストアンサー

もしご質問の通りに表示されているのだとしたら、例えば「イタリア語-英語」は「イタリア語と英語の相互の辞書」という意味ではないでしょうか。つまり、そこに設定を合わせた場合には、イタリア語の単語を調べると、その意味が英語で出てきて、英語の単語を調べれば、イタリア語でその意味が表示される、というわけです。べつに、イタリアふうの英語で表示されるとかそういうわけではありませんし、そもそもそんな英語は存在しません。

今の日本の中高で学ぶ英語はたいていアメリカ式の英語です。したがって、「日本語」とか「日本語ー英語」とか、ただの「英語」という設定がないのなら、「アメリカ英語」にしてみてはどうでしょう。

>英語は世界共通じゃないんですか?

基本的には世界共通ですが、例えば、アメリカとイギリスとでは、たまに単語のスペルが1文字ずつくらい違ったりします。英語を理解できる人には、どちらでも通じるのですが、自分が慣れているほうにソフトウェアを設定したがる人もいます。

Q幼児期、小児期、青年期の精神的な成長を例えた話について教えてください

人間の精神的な成長として

幼児期:「お母さんに怒られるから」、
小児期:「規則だから」、
青年期:自身の判断によって決める事が出来る、

…といったような例えがあったと思うのですが、
詳しい内容や、誰が例えたものかなどすっかり忘れてしまいました。

もしご存知の方がいらっしゃいましたら教えてください。
曖昧な内容で恐縮ですが、よろしくおねがいします。

Aベストアンサー

コールバーグの道徳性発達理論のことでしょうか。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/ローレンス・コールバーグ

Q英語が話せるようになりたいです。

こないだから、英語の勉強を始めた、社会人(男)です。

自分が使っている教材は、イギリス英語です。

なぜイギリス英語にしたかというと、イギリス英語の響きが好きだったからなんです。

アメリカ英語の響きはラフな感じで、どうも好きになれないのですが、
それを克服するため、アメリカ英語も学ぼうと思うんです。

日本で、英語の教材は、圧倒的にアメリカ英語が優勢ですよね。

好き嫌いは別にして、英語を学ぶのに、あまりイギリス英語とアメリカ英語は混ぜない方が良いのでしょうか? イギリスならイギリス、アメリカならアメリカとした方が良いのでしょうか?

Aベストアンサー

kaaaa2000さん、初めまして。

アメリカとイギリスで研究をしている日本人です。

アメリカ英語とイギリス英語って本当に違いますよね。
こないだから英語を始めたという事であれば、
初期レベルだと思うのでどちらでも構わないと思います。
(でも初期レベルでこの違いが分かるのはすごいですね)

しかし勉強を継続していく中で、
うまく上達しなかったり、分からない箇所にちょっと辛く感じる時も
出て来るかもしれません。

そういう事を考えると、
好きであるイギリス英語をどんどん勉強するのが良いかもしれません。

まずは好きなものに触れていく。
それで楽しいという時間を増やしていく。
そうすることで英語を学習する習慣が出来上がります。
習慣が出来上がると習得は時間の問題となります。

私自身、英語学習は楽しいものだと感じています。
それでいて習得した際の便益は大きい。
習得すべきスキルだと思います。
頑張って下さい!

Q家庭内での兄弟間における性的虐待の背景にあるもの

家庭内で本来あってはならないとされる近親相姦(および未遂、類似行為)が発生するに当たってのその背景や因子についてご意見を頂きたいと思います。
継父と娘のような非血縁のみならず、実父と娘や実母と息子の近親相姦も世の中にあるようですが、今回お聞きしたいのは、兄弟間に発生したものです。
別スレで相談をしておりましたが、こういう事件の背景にあるものについて、別にお聞きしたく思います。
できましたら、そちらのスレを参照いただきますよう、ご理解がえやすいかと思います。
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4827605.html

簡単に事件の内容を記します、
・兄から末の妹への性行為及び類似行為の強要
  →寝込みを襲われる。気づいたときはすでに着衣を脱がされており、恐怖か金縛りか体が動かず抵抗できず、兄は勃起せず→フェラの強要、拒否。多分、数度あったように記憶。ある時、入室時に気づきやっと大声を上げる事が出来る。以後なし。
・姉からの妹への同性愛行為の強要
  →姉が親しみを装って布団の中に招く。ハグ等。手を持って下腹部へ(この頃、妹は年齢の割りに性知識に無知。あれ、お姉ちゃんおしっこしてはる、おかしいなと思ったくらい)以後ははっきりした記憶がないが、状況的に指と口による愛撫の哀願かつ命令があったと思われる。私が現在思い出した事は、「やれやれこれでもう、お姉ちゃんにはいじめられなくて済む」という記憶。→数度あったのではないか。もう嫌といったことは思い出す。

さて、こういうことが発生したわけですが、私は当時のことを色々思い出し、起こるべくして起こった部分もかなりあるという気になりました。そこで、こういう事件が起こるにはそれを引き起こす環境、因子がやはりあるのではないか。現在以下のものに気づきました。

1)父母の夫婦の関係:私の両親はちょっと異常な関係でして、表「女王とそれを支える、女王にベタボレの夫」裏「DV夫と依存妻}の関係であった。通常の家庭より子供に対する干渉や取り込みが多く、子供を道具にする親であった。
2)兄弟の力関係:その影響を受けてか、家庭内に力関係が存在した。子供にあっては、一番が長男で二番が長女で末娘は最下層であった。これは親の優先順でそれが子供間にもしっかり影響を与え、末娘は当時執拗ないじめに合っていた。
3)行灯部屋という魔物:事件がおきた部屋は、納戸を改造したと思しき行灯部屋である。兄の事件時末娘の部屋、姉との事件時は姉の部屋であった。
4)引き金になるものの存在:これは推察中なのですが、兄の場合受験のプレッシャー、姉の場合、姉の優位性(学業、容姿、その他の社会的一般的評価)が脅かされてつつあったことかなと考察中。
5)被虐待児自身の問題:本人の性格的なもの。いじめを誘発しやすい性格。

思春期において、このような事が起きる因子、誘因など、何か決定的なものがあるのでしょうか?
また、何か考察に欠けている視点などありますでしょうか。
絡み合っているとは思いつつ、どれが一番影響力のある因子なのでしょうか。

印象でも、感想でも構いません。似たような例でのお話でも構いません。ご意見お願いします。

家庭内で本来あってはならないとされる近親相姦(および未遂、類似行為)が発生するに当たってのその背景や因子についてご意見を頂きたいと思います。
継父と娘のような非血縁のみならず、実父と娘や実母と息子の近親相姦も世の中にあるようですが、今回お聞きしたいのは、兄弟間に発生したものです。
別スレで相談をしておりましたが、こういう事件の背景にあるものについて、別にお聞きしたく思います。
できましたら、そちらのスレを参照いただきますよう、ご理解がえやすいかと思います。
http://oshiete1...続きを読む

Aベストアンサー

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E9%87%8D%E4%BA%BA%E6%A0%BC
記憶の欠落や自己に内包したことが驚きである衝動の類は、メカニズム的にこのような症状と同一なのかもしれません。でもこの病気ではないですね。私は心理の研究で、自らが特定の状態で、人格交代する経験をしていますから(一言で言って霊媒師を科学的に究明しようとする試み)このような傷が病気に進展したらどうなるか経験的に判ります。

質問者様は子供時代の記憶が整理しきれないために、大人として自立し切れていないと言うことなのでしょうが、程度はともかく誰にでもありえます。
特に性の問題で子供時代に外部から不本意に強要された経験があるため、自らが性に対して積極的になれないのでしょうが、女性にはありがちな事故です。

Q文科省の高校英語指導要領

12/22 に発表された2013年度から実施の英語指導要領では,英語で英語を教えるのだそうです.
このこと自体は正しいと思います.日本語で英語を教えることによる弊害として,英語を話せない教師が文法偏重に逃げ込み,堅固な日本式英文法の世界が構築されてしまったということがあります.日本の英語教育が進歩しなかった根本原因だと考えています.

ところで,英語で英語を教えるとなると,いろいろな問題があると思います.
たとえば,英語で英文法を教えられる日本人教師がいるでしょうか?英語を話せるからと言って,外国人教師に英文法教育を期待するのはさらに困難でしょう.なぜなら,一般のネイティブ英語教師は英文法に疎いですから.
その他,いろいろな問題が出てきそうですが,思いつく方は教えてください.

Aベストアンサー

>たとえば,英語で英文法を教えられる日本人教師がいるでしょうか?

 なかなか難しいでしょうね。文科省も「難しい文法については日本語でも構わない。」と認めています。

 この掲示板の回答者の中には「自分は英語が堪能だ」という自覚を持っておられる方もいるようです。試しに、そのような方にここでの回答をすべて英語でしていただくと(冗談ではなく)大変面白い実験になるのではないかと思います。

 ここでは単なる文法だけでなく内容の解釈や単語の微妙な違いなど様々な質問が見られます。質問者(や回答者)のレベルも様々で、初心者の方や高校レベルの方もいらっしゃれば(自称?)達人レベルの方もおられます。実験にはもってこいでしょう。

 実際の教室とこの掲示板とでは少し状況が異なりますが、英語に関心のある人が集まるこの掲示板において「英語による回答」がどれだけの効果的であるかということを示すことは今度の指導要領の効果を測る試金石となるかもしれませんね。(英語表現を標榜する人の中から、それくらいの矜持を見せる人が出てきても良いのではないかとは思いますが・・・。・)

>日本語で英語を教えることによる弊害として,英語を話せない教師が文法偏重に逃げ込み,堅固な日本式英文法の世界が構築されてしまったということがあります.日本の英語教育が進歩しなかった根本原因だと考えています

 上記のご質問について考えてみました。「学校英語は文法中心だ」という昔からの批判精神をお持ちの方も多いかもしれません。そのような批判は30年前であれば違和感はないのですが、時代は進んでいます。ここ10年ほどの教科書では、驚くほど「表現」に関する内容が増えています。

 今の中学・高校で「文法中心の授業」をしている学校は珍しいと思います。特に中学校では、私が前回示した(1)と(2)の指導くらいは普通に行なっているでしょう。高校でも「文法」の検定教科書はもう存在しません。文法は「Reading(読解)」の中で補足的に触れられるようになっているからです。

 過去のイメージに基づいた批判では進歩はありません。亡霊を追いかけるようなものです。もちろん大学受験を目指すレベルになると「訳読中心」や「英作文」中心の授業にはなるでしょうが、いまどき「文法」にこだわる指導者は少数派でしょう。それは最近のセンター試験や難関大学の二次試験の問題をみればすぐに分かることです。現在、生徒に問われているものは「文法」ではなく「読解力+表現力」です。

 では、教科書で「表現」の分野が増えているのに相変わらず英語を使える人がなぜ増えないのかという疑問が出てきます。その答えは簡単です。1つは、「英語を使う必要がないこと」です。二つ目としては「時間数の不足」と「クラスの人数の多さ」です。

 今の日本に住んでいて英語を使う必要がある人がどれだけいるでしょう。単に「カッコイイから」という理由ではモチベーションとしては不十分です。確かに英語は世界の共通語と言われています。英語が使えなければ困る社会も確実にあります。しかし、おそらく日本の90%以上の人が英語が使えなくても困らない社会に住んでいると言えるでしょう。高いモチベーションを持ち続けることが出来るのは一部の人だけでしょう。

 また、現在の週4単位という時間や1クラス35~40名の生徒数では、いくら英語での表現活動の活性化を目標にしてもそこには自ずから限度があります。

 教員の質を原因に挙げる人もいるかもしれません。しかし、教員の意識やレベルも依然とはかなり変わっています。上記の(1)や(2)くらいのことなら今でもありふれた風景となっています。高校でも実施しているところは一部(レベルの高い学校)ですが存在します。

 ただし、高校レベルでは、英語の歌や英語のビデオ(DVD)などのような単純なことでは物足りません。といっても前回示した(3)(4)(5)のようなことをやるにはかなりの指導力・計画力が必要です。日常の英会話ができるくらいのレベルでできることではありません。

 そこで求められるものが指導者としての「専門性」です。生徒の理解力、表現力を見極めながら英語による適切な問いを発することによって生徒の力を引き出していく指導力こそが文科省の新しい指導要領を生かすためには必要なものです。

 すべての教員がその「専門性」を身につけることが必要です。その意味において指導者は「専門家」にならなければなりません。しかし、それを最大限に生かすためには環境を整えることが必要です。

 今回の文科省の指導要領改訂の志は評価したいと思います。しかし、それを効果あるものにする環境はまだまだ不十分です。現在の状況では英語難民を増やすだけではないかと思います。

 時間や人数の問題はこれから時間が経てば解決されるかもしれませんが、「必要性」の問題はたぶん早急に解決されることはないでしょう。したがって、「話せる英語」を取り入れて、しかもそれが効果あるものにしたいのであれば、まずは対象人数を絞ることが最も必要なことでしょう。

 意欲と能力のある対象に絞って「英語を用いた授業」を実践すること。これだけは、すぐにでも変更してもらいたいものです。ご参考になれば・・・。
 

>たとえば,英語で英文法を教えられる日本人教師がいるでしょうか?

 なかなか難しいでしょうね。文科省も「難しい文法については日本語でも構わない。」と認めています。

 この掲示板の回答者の中には「自分は英語が堪能だ」という自覚を持っておられる方もいるようです。試しに、そのような方にここでの回答をすべて英語でしていただくと(冗談ではなく)大変面白い実験になるのではないかと思います。

 ここでは単なる文法だけでなく内容の解釈や単語の微妙な違いなど様々な質問が見られます。質...続きを読む

Q幼少期に感じた死への絶望

このまえ母と会話していたら自分が死へ絶望して手に負えなかった頃の話をしてきたのでその事について質問させてもらいます。

私はまだ小学生になっていない時期に死ぬという事にとてつもない恐怖を感じて年をとりたくないといって号泣している時期がありました。

父や母はまだ80年ぐらいも生きれるじゃないといっていました。私は決して80年を短いと思っていませんでした。

ただ一度死んでしまえばなにをしても永遠の無になるという事が怖かったです。
この永遠という点がなんともいえない恐怖でした。
一度死んだら絶対に生き返れないからこそ生命には無限の価値を感じていました。その無限の価値を失うような感覚でした。無限の損失をする事なので有限することの出来ないような無限の恐怖を感じていました。今まで感じた恐怖で一番強い恐怖がこれです。

父や母には「どうせ死んでしまえば皆一緒なら生きる意味ない」「無限の悲しみ」という事をいっていたそうで(無限ということばをどこでしったのか知りませんが)自分でもそういう事を考えていたのは覚えています。幼少期なのにこういう事考えるのはおかしいと思います

今では永遠に生きれる事の方が怖いと思うようになっています。死の恐れが収まったのは「恐竜時代自分は死んでいた。でも怖いと思う事もなければ苦しいと思う事もない。ならば死ぬ事は怖くないと思いました。ですが今度は不老不死になったら怖いなぁと思うようになりました。

どういった事が幼少期にこういう風に考えさせる要因に考えられますか?3~5歳でこんな変な事考える例はほかにありますか?私は昔からIQが優れているわけでないと思うので心理的観点からの考察教えてください。

このまえ母と会話していたら自分が死へ絶望して手に負えなかった頃の話をしてきたのでその事について質問させてもらいます。

私はまだ小学生になっていない時期に死ぬという事にとてつもない恐怖を感じて年をとりたくないといって号泣している時期がありました。

父や母はまだ80年ぐらいも生きれるじゃないといっていました。私は決して80年を短いと思っていませんでした。

ただ一度死んでしまえばなにをしても永遠の無になるという事が怖かったです。
この永遠という点がなんともいえない恐怖でし...続きを読む

Aベストアンサー

下記サイトなどを見ると、思っていたより、そういうお子さんは多いように見えますね。
http://mikle.jp/threadres/1741385/
わたしなどは鈍感だったせいなのでしょう、そういった幼時経験はしていませんが。
さて、その要因についてですが、これは、「タナトス」と関連性があるのではないか、という気がします。
タナトスはフロイトが主張した「死の欲望」のことで、対義語がエロスと呼ばれる「(性ではなくて)生への欲望」です。
たとえば、陶器やガラス製の皿などを叩き割るとスッキリした気持ちになるのは、このタナトスの欲求が満たされるからだ、という考えかたがあります。
茶碗は、その形を維持するために何らかの無理をしているわけで、砕けて粉々になることで安定性を回復するから、という論理。
「死の欲望」と言えば恐ろしげですが、言ってみれば、安定を求める欲望なわけで、これは、どんな生き物でも、というより、どんな存在でも所有している原初的な欲望である、とフロイトは考えたのだと思います。
自らが創始した精神分析の理論を深めるうちに辿りついた後年の理論であり、なかなか興味深いものがあります。

前置きが長くなり恐縮です。
子供は無から生じたばかりの存在ですが、これは、死から生へ向けて動き出したばかりの存在である、という見方もできると思います。
エロス(生への欲望)が発揮され始めたばかりの状態であるため、元(死=無)の状態に引き戻されてしまう危険性を察知しやすい状態にあるのではないでしょうか。
一般的には周囲の人間の死を身近に体験することが、その引き金になる場合が多いようですが、一概にそうとは限らないようです。
生への欲望、遠大な未来への期待などが最も強い時期であるだけに、その反動とでもいうべき怖れが幼い心を襲う可能性はあり得ると思います。
どうしても欲しいと強烈に欲求する対象があるとして、それが失われることに対しては、通常以上の、極めて強い怖れ・心配が生じるはずで、これと似た理屈。
こうした感覚を得るのは、基本的に想像力の豊かな方のはずで、あとは、それを納得できる方法で解決できる(できた)かどうか、ということになると思います。

下記サイトなどを見ると、思っていたより、そういうお子さんは多いように見えますね。
http://mikle.jp/threadres/1741385/
わたしなどは鈍感だったせいなのでしょう、そういった幼時経験はしていませんが。
さて、その要因についてですが、これは、「タナトス」と関連性があるのではないか、という気がします。
タナトスはフロイトが主張した「死の欲望」のことで、対義語がエロスと呼ばれる「(性ではなくて)生への欲望」です。
たとえば、陶器やガラス製の皿などを叩き割るとスッキリした気持ちになるの...続きを読む

Q日本人は英語大好き?

日本人は英語大好き?

こんにちは。毎度くだらない質問です
よく、フランス人は英語が嫌いなので英語を話さないとか聞きますが、必ずしもそうではないようです。フランス人の場合、イギリス人でさえフランスに来ればなるべくフランス語で話そうそうとする人が多いのに、日本人の場合は互いに外国語である英語で、しかもフランス人にはことさら分かりにくい英語で話しかけるので困惑するのだそうです。ただ、日本人のが英語で話しかけられて、英語が話せないことに引け目を感じる場合が多いだけのようです。

日本人は英語が下手だと言われますが、その割には英語が巷に氾濫しています。コマーシャルとか必要以上に英語を乱用しています。

日本人が英語を熱心に学び始めたのは明治になってからですが、当時は世界レベルではまだフランス語の方が若干強かった時期でした。おそらく、100年後にたとえスペイン語の方が英語より優勢になったとしても 日本人は英語を最重要視し続けるでしょうね。


それと、日本人は英語の学習熱も高いですね。韓国の方が高いかもしれませんが、特に
幼児から英語を覚えさせようとする親御さんは 成果はどうであれ 日本の方がずっと多いでしょう。日本人が英語を熱心に学習するのは、単に必要性だけでのためではないように感じます。

一方で、英語が嫌いだという人も それは英語という教科が嫌いなのであって、
英語という言語が嫌いな人は少数です。

そこで質問です。どうして、日本人はそんなに英語が好きな人が多いと思いますか?

日本人は英語大好き?

こんにちは。毎度くだらない質問です
よく、フランス人は英語が嫌いなので英語を話さないとか聞きますが、必ずしもそうではないようです。フランス人の場合、イギリス人でさえフランスに来ればなるべくフランス語で話そうそうとする人が多いのに、日本人の場合は互いに外国語である英語で、しかもフランス人にはことさら分かりにくい英語で話しかけるので困惑するのだそうです。ただ、日本人のが英語で話しかけられて、英語が話せないことに引け目を感じる場合が多いだけのようです。

日本...続きを読む

Aベストアンサー

英語教育ビジネスの広告に乗せられているということに尽きると思います。英語教育は巨大なマーケットですから、関連ビジネスは何としてでも顧客を増やそうとします。英語が苦手な日本人は、これに乗せられているのです。また、近年、幼児の英語教育の広告が盛んなのは、小学校での英語教育の導入など、将来性が見込めるからです。世のお母さんたちもやっぱり子供かわいさのあまり、これにうまく乗せられているのです。

また、戦後の欧米追従の教育も理由の一つでしょう。欧米のものは何でも良い、と錯覚していることもあると思います。欧米人と英語で会話できたらカッコイイ、とか。

さらに、英語ができればお金儲けや出世に有利に働くと知っているからです。No.1さんが仰っているように英語は世界で最も力を持つ言語ですから。ただ、英語を武器にするには、英語以外の得意分野と、英検1級程度の英語力が必要ですが、そこまで到達する人はまだ少数派です。それは日本で生活する分には英語が必要ないからです。日本では、日本語で大学で勉強ができて、日本語で給料の良い職場に就職することが可能です。海外には英語圏でなくても、英語ができないと大学で勉強できなかったり、就職できなかったりする国があります(途上国に多いでしょう)。そういう国で立身出世したい人たちは何としてでも英語を身に着けようとします。英語が上達しないのは日本人が幸せな証拠です。…蛇足ですね。

上達しないがゆえに、英語に執着してしまう…そして、英語ビジネスの餌食となってしまう…幸せで哀しい日本人の生態が見えてきます。

英語教育ビジネスの広告に乗せられているということに尽きると思います。英語教育は巨大なマーケットですから、関連ビジネスは何としてでも顧客を増やそうとします。英語が苦手な日本人は、これに乗せられているのです。また、近年、幼児の英語教育の広告が盛んなのは、小学校での英語教育の導入など、将来性が見込めるからです。世のお母さんたちもやっぱり子供かわいさのあまり、これにうまく乗せられているのです。

また、戦後の欧米追従の教育も理由の一つでしょう。欧米のものは何でも良い、と錯覚している...続きを読む

Q幼少期のトラウマについてずっと考えてしまいます

5歳の時に一度ものすごい怖い思いをしたのですが、最近魔がさすとその事ばかり考えてしまいます。
将来の夢をソコから決めて今勉強中というのも大きいと思うのですが…。
トラウマになってる一連の出来事で一番怖かったところがものすごく不鮮明なんです。それを思い出したくないのに無意識に思い出そうとしてしまいます。
これって普通なんでしょうか?解消方法などは無いでしょうか?

Aベストアンサー

トラウマの解消の仕方

トラウマとなった出来事をはっきりと思い出す。脚色しないで、事実のみを認識する。
「認識」だけしたら「そういうこともあった」と処理し、それ以上は何もしない。

解説しますと、トラウマという怖かった辛かった体験の記憶が、あなたの内側からモウモウとガスのように噴き出しています。
怖いからといって蓋をすると、出口を失ったガスは内部で圧が高まって爆発しそうになるのです。
それがあなたを苦しめているのです。
そして蓋をして見えない状態でいるから、つまりあなた自身がその正体を掴んでいないから、恐怖が更に増大し続けるのです。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花」
幽霊だと思って怖がっていて、よく見たらただの枯れ木だった。
人間は正体のわからないものは怖いと思うものです。
それが事実、本当に怖いものであったとしても、「現実は妄想ほど酷いものではない」です。

とりあえず蓋を開けて恐怖のガスを逃がしてやることです。
蓋を開けた途端にガスに直撃されて苦しむことでしょう。
でもそれは現実というガスを浴びているだけで、一度解放したガスは必ず時間とともに薄まります。

蓋を開けて事実だけ明確に認識したら、「そういうこともあった」とつぶやいてみて下さい。
だって、それが事実ですもの。
この時絶対に、自分の都合の良い解釈をしたり苦しみを回避するための言い訳をしないことです。
真実と違った認識をすると、それがまたあなたの内部に正体のわからぬ恐怖として残ります。


ここまで書いたことを理解されたなら、蓋を開けてください。
相当辛い思いをする覚悟が出来たなら、ということです。
これはトラウマ解消に大変有効な方法ですが、自分に責任持てないのに無理に開けてはなりません。

トラウマの解消の仕方

トラウマとなった出来事をはっきりと思い出す。脚色しないで、事実のみを認識する。
「認識」だけしたら「そういうこともあった」と処理し、それ以上は何もしない。

解説しますと、トラウマという怖かった辛かった体験の記憶が、あなたの内側からモウモウとガスのように噴き出しています。
怖いからといって蓋をすると、出口を失ったガスは内部で圧が高まって爆発しそうになるのです。
それがあなたを苦しめているのです。
そして蓋をして見えない状態でいるから、つまりあなた自...続きを読む


このQ&Aを見た人がよく見るQ&A

人気Q&Aランキング