はじめての親子ハイキングに挑戦!! >>

『とも限らない』という言葉の意味と使い方について教えてください。
考えているうちに訳が分からなくなってきました^^;

例えば、『天候が悪ければ悪いなりに、いい写真が撮れるとも限らない』という使い方。
なんかちょっとおかしいような気がするんですが、どうでしょうか?

敢えて(?)言うなら、
1.『たとえ天候が良くても、いい写真が撮れるとも限らない』
2.『天候が悪ければ悪いなりに、(それなりの)いい写真が撮れることもある』
じゃないかなあ?と思うんですが…。

例文のままだと、結局どういう意味になるんでしょうか?
『いい写真が撮れるとも限らない』=『いい写真が撮れないこともある』ですよね?
とすると、前半の『天候が悪ければ悪いなりに』と文章的に合ってなくて、ちょっとおかしいように思うんですが。
これに対しダンナは『いい写真が撮れるとも限らない』=『いい写真が取れることもある』だから合ってるんだよ!!と言い張りますが
そういう意味で使いたいなら『いい写真が撮れないとも限らない』じゃないか?と私は思います。
私の理解は間違ってますか?

なんだか2人で色々言ってるうちに結局どっちが正しいのか分からなくなりました^^;

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A 回答 (4件)

『二重否定は肯定文』、という格言があります(いや、格言ではないか・・・)。


とりあえず、例示されたのとは別の文で説明しますと・・・

「雨天のときは、人出は少ない」
 (「雨具の用意、ぬれるのが気持ち悪い、などの理由で出かけるのが億劫になる」
  という前提の存在)
 ↓
「雨天のときは人出が少ない、とも限らない」
「雨天のときも、人出が少ないとは限らない」
→「雨天でも、人出が多い場合もある」
 (「例えば紫陽花寺のように、雨の方が映える景色もある」という例外を意識)
※1文目は「雨天~少ない」全体を否定、2文目は「人出が少ない」の部分を否定、
  という構造の違いによる、助詞「は/も」の使い分け


上記のように、「~(とも)限らない」は、ある前提に対して、それに反する例外を念頭に
置いたときの言い回しだと思います。

従って、ご質問の文を改めて見直しますと・・・
「天候がよいといい写真が撮れる」という前提での話とすれば、
 「天候がよくても、いい写真が撮れるとは限らない」
 「天候がよければいい写真が撮れる、とも限らない」
ということになり、「天候が悪いといい写真が撮れない」という前提なら
 「天候が悪くても、いい写真が撮れないとは限らない」
 「天候が悪いといい写真が撮れない、とも限らない」
ということになるでしょう。
(「~(とも)限らない」を使用する場合)

ですので、
> 『いい写真が撮れるとも限らない』=『いい写真が撮れないこともある』ですよね?
> とすると、前半の『天候が悪ければ悪いなりに』と文章的に合ってなくて、ちょっと
> おかしいように思うんですが。
は、その通りだと思います。

つまり、「天候が悪ければ」は「天候が悪いといい写真が『撮れない』」という前提に
立っているので、それを否定したい(=「いい写真が取れることもある」と言いたい)場合は、
「撮れないとは限らない」という否定がくるはず、ということですね。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。
そうですね、『天気が悪くても(悪い写真ばかりとは限らず)いい写真が撮れることだってある』
というような意味を言いたいので、後半は『取れないとは限らない』とするのが良いですね。
前半の『天候が悪ければ悪いなりに』という言い方?が良くないのかな…とも思いました。

お礼日時:2008/09/28 10:06

1.『たとえ天候が良くても、いい写真が撮れるとも限らない』



こう考えるには、
「天候が良いと、いい写真が撮れる」
と言う常識なり前提が必要になると思います。
【プロの凄腕写真家】なら、
「天候に関係無く、いい写真を撮る」
と言うかも・・・。

2.『天候が悪ければ悪いなりに、(それなりの)いい写真が撮れることもある』

その通りだと思います。
「いい写真」とは、「曇天」や「雨」や「嵐」でも撮れるモノですよね?

『いい写真が撮れるとも限らない』=『いい写真が撮れることもある』

この部分だけだと、全く「その通り」です。
要するに、
>『いい写真が撮れるとも限らない』
と言う書き方は、
■『いい写真が撮れることもある』
と言う意味(含み)も有るけど、
■『いい写真が【撮れない】こともある』
と言う反対の意味(含み)も持つ訳です。

つまりは、「どっちにも解釈できる」。
混乱の原因は、ソコに有りでしょう。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。
>「いい写真」とは、「曇天」や「雨」や「嵐」でも撮れるモノ
かどうかの話ではないのですが、その辺の認識の違いによっても理解に違いが出てくるということですよね^^;
確かにダンナは『いい写真が撮れることもある』という意味で理解し、
私は『いい写真が【撮れない】こともある』という意味で捉えていました。

お礼日時:2008/09/28 10:14

集合論で言う部分真理です。


みんなが2乗したものは正であると主張したとします。
そのときあなたは「2乗したものは正である」とも限らない
と主張することができます。裏づけがあるときにあなたは
補集合体の中の非合同対比項によって反撃することができる
のです。それを言葉で表したのがそのいい方です。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

お礼日時:2008/09/28 10:10

”いい写真が撮れるとも限らない”と言う部分を活かしたいのであれば、否定的な意味合いなので、その前に来るのは条件の良い内容になる気がします。



だから、”良い天気だからといって”とかになるんじゃないでしょうか?

逆に”天候が悪ければ悪いなりに”を活かす場合、悪い条件を打ち消す内容の文が続く様に思えます。

なので、”趣のある写真を取る事もある。”とかになる気がします。

最終的に何を言いたいかが強調される文になっていれば判りやすいと思います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。
そうですね、『天気が悪くても(悪い写真ばかりとは限らず)いい写真が撮れることだってある』
というような意味を言いたいので、後半は『取れないとは限らない』とするのが良いですね。
というか、前半の『天候が悪ければ悪いなりに』という言い方?が良くないのかな…とも思いました。

お礼日時:2008/09/28 10:08

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Q「あくまで」「あくまでも」の意味

「あくまで(飽くまで)」「あくまでも」という副詞の意味ですが、辞書をひくと「物事を最後までやりとおすさま・徹底的に」とあります。例文も「あくまでもがんばる、あくまでも主張を貫く」などとあります。

しかし、よく話の中で「あくまでも個人的な考えですが・・・」「あくまでも噂です」「あくまで一例です」「あくまでの話しです」などという風に使われます。このような文章中では「徹底的に」という意味ではないと思うのですが、どうなのでしょうか。

Aベストアンサー

あくまでも、という意味の「徹底的に」という所から転じて、「完全に」とか「中途半端ではなく(どこまでも)」という様な意味合いも持っています。


「あくまでも個人的な」
完全に個人的な

「あくまでも噂です」
=「あくまでも噂[に過ぎません]」
完全に噂に過ぎません

「あくまで一例です」
=あくまで一例[に過ぎません]」
完全に一例にすぎません

「あくまでの話です」
・・・すみません、この用法は聞いた事がありません。

Q「を通じて」と「を通して」の使い分け

 私は中国人で、日本語を勉強中です。「を通じて」と「を通して」は形的にも意味的にも非常に似ています。皆様はどのように使い分けをするのでしょうか。中国人の著者が書く参考書で調べてみたのですが、使い分けの説明が付かずに例文しか並んでいません。疑問に感じるのですが、下記の例文の中の「を通じて」と「を通して」とお互いに交換できるでしょうか。また、これらの例文は中国人の著者が作った例文なので、不自然のところがありましたら、ご指摘いただけますと幸いです。

P.S.「を通じて」の「一年を通じて」、「一生を通じて」、「生涯を通じて」のような使い方はさておき。

「を通じて」
1.秘書を通じて社長との面会を乞う。
2.学生会を通じて、学校側に意見を出した。
3.テレビを通じて広告をする。
4.問題があると、民主的論議を通じて解決する。

「を通して」
1.書物を通して世界を知る。
2.両国の文化交流を通して、相互理解を深める。
3.仲人を通して娘の縁談を進める。
4.臨床実践を通して治療経験を積み重ねる。

 また、質問文に不自然な箇所がありましたら、併せてご指摘いただけますと幸いです。どうか、よろしくお願い致します。

 私は中国人で、日本語を勉強中です。「を通じて」と「を通して」は形的にも意味的にも非常に似ています。皆様はどのように使い分けをするのでしょうか。中国人の著者が書く参考書で調べてみたのですが、使い分けの説明が付かずに例文しか並んでいません。疑問に感じるのですが、下記の例文の中の「を通じて」と「を通して」とお互いに交換できるでしょうか。また、これらの例文は中国人の著者が作った例文なので、不自然のところがありましたら、ご指摘いただけますと幸いです。

P.S.「を通じて」の「一年を...続きを読む

Aベストアンサー

他の方(No.4の方)にもお答えいただいて、よかったです。
私の自信のない(誤っているかもしれない)回答で、質問者の方が誤解したまま終わってしまうようなことがあったらいけないですから。

#2でも少し書きましたし、No.4のご回答でも似た指摘がありますが、
>4.臨床実践を通して治療経験を積み重ねる。
という文は、(「通して」「通じて」の問題以前に)
意味がわかりにくく、何か読みにくいような、くどいような、自然でない印象を受けます。
(でも、「日本人はこんな文は書かない」と言えるほど不自然な文ではないです。)
なぜそう思うのかはよくわからないのですが、以下の理由があると思います。
・「臨床実践」という言葉を聞き慣れない。医学の世界ではどうか知らないが、普通の日本人が使うような言葉ではない(#4のご回答でも指摘がある。)
・「臨床実践」「治療経験」・・・四字の漢語が二つもあって、重苦しい印象を受ける。更に「積み重ねる」があることによってごてごてした印象を受ける。

私なら、もっと軽い感じに、
「実践的な臨床経験を積み重ねる。」
「臨床経験を積み重ねる。」
「臨床の経験を重ねる。」
「臨床の実践経験を積む。」
などなどでもよさそうに思います。


#4の方もおっしゃっている通り、質問の例文に関しては、#2と#4は、似ているようです。
特に、思うのは、

>4.問題があると、民主的論議を通じて解決する。
→このとおり「つうじて」
>2.両国の文化交流を通して、相互理解を深める。
→「つうじて」
>3.仲人を通して娘の縁談を進める。
→このとおり「とおして」

この三例は、#2と#4で同じですし、自分が改めて考えても、この通りでおさまりがいいと思います。
改めて、いくつか意見を述べておきます。

一つ目は、
「民主的論議」「文化交流」などの長めの漢語があると「をつうじて」で、
「仲人」というような和語だと「をとおして」の傾向があるのではないか、
ということです。
(短めの漢語は、中間。)

二つ目は、
「を通じて」というのが、何か形式的な印象を与える、ということです。
「仲人をつうじて」とはあまり言わないような気がしますが、
もし「仲人をつうじて」と言えば、何か仲人を(人ではなくて)道具のように扱っている感じがします。

三つ目は、
「を通じて」は、二つのものの間に「何かが挟まっている」が、その間に挟まっているものそのもの(秘書、書物、・・・)を重要視せず、二つのものの関係を重要視している。
「をとおして」は、「間に挟まっているもの」を重要視している、ということです。

四つ目は、
「を通じて」という表現は、公式であり外向きであるが、
「をとおして」という表現が、ややくだけた表現だということです。

これらは、「まあそんな気がするかな」程度の意見なので、きちんと詳しく検討する必要があるだろうと思います。

改めて考えても、#2#3も、#4のご回答も、みんな正しいような気がするのです。

#4では
>「通して」という場合,文字通り「それを通り道にして」という意味があるように思います.(q304さんの#3のご意見と矛盾してしまうのですが...あくまで私の個人的印象です.)
とのご指摘がありますが、必ずしも矛盾とまでは言えず、別のご指摘かもしれません。
#3では
>「秘書を通じて」というのは、秘書を、単にそういう地位とか役割のようにとらえていて、
>(秘書を単なる「とおりみち」のようにとらえている。)
>具体的な人を思い浮かべていないんじゃないかな、
>ということです。

「秘書を単なる「とおりみち」のようにとらえている」
というのは、"単なる" に意味の重点があって、
「秘書に重きをおかない」という意味です。


ところで、質問では、
「皆様はどのように使い分けをするのでしょうか。中国人の著者が書く参考書で調べてみたのですが、使い分けの説明が付かずに例文しか並んでいません。」
とありますが、
この著者自身、本当に使い分けすべきと考えているのでしょうか。

他の方(No.4の方)にもお答えいただいて、よかったです。
私の自信のない(誤っているかもしれない)回答で、質問者の方が誤解したまま終わってしまうようなことがあったらいけないですから。

#2でも少し書きましたし、No.4のご回答でも似た指摘がありますが、
>4.臨床実践を通して治療経験を積み重ねる。
という文は、(「通して」「通じて」の問題以前に)
意味がわかりにくく、何か読みにくいような、くどいような、自然でない印象を受けます。
(でも、「日本人はこんな文は書かない」と言えるほど...続きを読む

Q「~やら~やら」と「~とか~とか」の違い

物事を複数並列する時に「~やら~やら」と使っていますが、
最近の若者がよく使っている語で、同じようなものに「~とか~とか」があります。
「~やら~やら」と「~とか~とか」は、どう違うのでしょう?
なんとなく用法が違うとは思うのですが、正確にはわかりません。
以前から気になっています。どうぞ御教示ください。

Aベストアンサー

「~」の部分に入るものを名詞に限定して書かせていただきます。

「~やら~やら」には意味が二つあります。
1 名詞の並列
  例:スーパーでパンやら牛乳やら買った。
2 どちらか決めがたいことをあらわす。
  例:真っ黒に日焼けして、どちらが前やら後ろやらわからないほどだ。

それに対して「~とか~とか」には、
1の名詞の並列の意味しかありません。

それでは
「スーパーでパンやら牛乳やら買った。」

「スーパーでパンとか牛乳とか買った。」
は完全に同じ意味でしょうか?

ここから先は、個人の語感によって、或いは世代によっても意見が分かれそうな部分ですが、
私は「パンやら牛乳やら」からは、並列の意味に加えて、「いっぱい」や「必要もないのに」という印象を受けます。
「パンとか牛乳とか」の方は並列の意味に加えて、ちょっとあいまいに表現しようという気持ちが感じられます。

これは例文を変えてみるともうちょっとはっきりするかもしれません。
1「バーゲンでコートやらスカーフやらいっぱい買ってしまった。」
2「バーゲンでコートとかスカーフとかいっぱい買ってしまった。」
1の方がいっぱい買ってしまった感が強いような気がします。
2の方は普通の並列ですが、この言葉を言う人によっては、本当はコートとスカーフ以外に重要なものを買ったんだけどそれをわざとぼかして言っているような感じも受けるかもしれません。

1「彼女の気を引くために、バッグやらアクセサリーやらプレゼントした。」
2「彼女の気を引くために、バッグとかアクセサリーとかプレゼントした。」
これも、1の方があれこれたくさんプレゼントした感じがよく出てると思いますがいかがでしょう。
2は素直な人が話しているなら単なる並列。
ものをはっきり言わない人が話しているなら、ひょっとしたら車もプレゼントしているかもしれません。

とまあ、こんなところです。
前にも書きましたが、ここまで来ると、個人の語感や世代によって感じ方はさまざまだろうと思います。
色々な回答がつくといいですね。

「~」の部分に入るものを名詞に限定して書かせていただきます。

「~やら~やら」には意味が二つあります。
1 名詞の並列
  例:スーパーでパンやら牛乳やら買った。
2 どちらか決めがたいことをあらわす。
  例:真っ黒に日焼けして、どちらが前やら後ろやらわからないほどだ。

それに対して「~とか~とか」には、
1の名詞の並列の意味しかありません。

それでは
「スーパーでパンやら牛乳やら買った。」

「スーパーでパンとか牛乳とか買った。」
は完全に同じ意味でしょうか?
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Q「基」と「元」の使い方

経験を"もと"に話す。
上記の場合の”もと”は元、基のどちらが正しいのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

はじめまして。

ご質問1:
<上記の場合の”もと”は元、基のどちらが正しいのでしょうか?>

「基」になります。

1.「経験を"もと"に話す」とは言い換えれば「経験にもとづいて話す」ことと同じです。

2.「もとづい(て)」は「もとづく」の連用形です。

3.「もとづく」は「基づく」という漢字しか存在しません。

4.従って、ここでは元、本、素などの漢字は適切ではありません。


ご質問2:
<経験を"もと"に話す。>

1.「~をもとに」という語感が「~を元に戻す」といった語感になるため、「元」の漢字を想定されたのだと思われます。

2.しかし、ここで使われる「もと」とは「土台」の意味になります。

3.他の漢字「元」「本」などには「土台」「ベース」といった意味はありません。

4.従って、ここでは基が適切な漢字となります。

以上ご参考までに。

Q「いずれか」と「いづれか」どっちが正しい!?

教えて下さいっ!
”どちらか”と言う意味の「いずれか」のかな表記として
「いずれか」と「いづれか」のどちらが正しいのでしょう???

私は「いずれか」だと思うんですが、辞書に「いずれか・いづ--。」と書いてあり、???になってしまいました。
どちらでもいいってことでしょうか?

Aベストアンサー

「いずれか」が正しいです.
「いづれ」は「いずれ」の歴史的かな遣いですので,昔は「いづれ」が使われていましたが,現代では「いずれ」で統一することになっていますので,「いずれ」が正しいです.

Q「通して」「通じて」の使い方

ネットユーザーにOKWebをよりよく知っていただくため、年間を通して広報活動を行います!

ネットユーザーにOKWebをよりよく知っていただくため、年間を通じて広報活動を行います!


どちらが正しいですか?

同じのような気がするのですが、どういう違いがありますでしょうか・・・

Aベストアンサー

「通す」は、下記辞書の、
4(イ)全期間、また、全体にわたってする。「夜を―・して話す」「書類に目を―・す」
という用法に該当すると思います。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/157292/m1u/%E9%80%9A%E3%81%99/

「通ずる(通じる)」は、下記辞書の、
6 (「…を通じて」の形で)
(ア)全体に及ぼす。包括する。「一年を―・じて暖かい」「全国を―・じて流行する」
という用法に該当するでしょう。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/146333/m1u/%E9%80%9A%E3%81%9A%E3%82%8B/

両者を比較すると、
「年間を通して広報活動を行います」→これからの1年間全体にわたって、順次、継続的に広報活動を行っていきます、というニュアンス。1年間、継続する主体は発言者である、という意図が強い文。
「年間を通じて広報活動を行います」→「広報活動を行います」という他動詞表現でありながら、行為者の主体性が希薄な文になっており、広報活動というものが年間を通じて存在している、というニュアンスの強い文。「通じる」が自他兼用動詞であることも関係しているのかもしれません。
端的には、
「通して」→行為者に重点を置いた表現。
「通じて」→広報活動に重点を置いた表現。
このように捉えることができるでしょう。
よって、意気込みを示す意味では、「年間を通して広報活動を行います!」のほうが自然だと、わたしは感じます。
「通じて」は、「年間を通じて広報活動が行われる予定です!」のような表現の中で使われるほうが適していそうです。
  

「通す」は、下記辞書の、
4(イ)全期間、また、全体にわたってする。「夜を―・して話す」「書類に目を―・す」
という用法に該当すると思います。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/157292/m1u/%E9%80%9A%E3%81%99/

「通ずる(通じる)」は、下記辞書の、
6 (「…を通じて」の形で)
(ア)全体に及ぼす。包括する。「一年を―・じて暖かい」「全国を―・じて流行する」
という用法に該当するでしょう。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/146333/m1u/%E9%80%9A%E3%81%9A%E3%82%8B/

両者を比較すると、
「...続きを読む

Q「該当」と「当該」の違い

辞書には、「該当」・・・その条件にあてはまること。「当該」・・・その事に関係がある。
・・・とあります。
“あてはまる”と“関係がある”、微妙に違うようで似ているようで、お恥かしいのですが私にははっきり区別ができないのです。
該当とすべきところを当該としたら、意味はまったく違ってくるでしょうか?
わかりやすく両者の違いや使い方を解説していただけませんか?宜しくお願いします。

Aベストアンサー

よく似た意味の言葉(名詞)ですが、

○該当…「する」をつけて「当てはまる」という意味の動詞として用いることができる

○当該…主に他の名詞の前につけて「今議論の対象になっている、まさにそのもの」という意味で内容を限定する形容詞的な形で用いる

といった違いがあります。逆の用法はありません。

・この条件に当該する人は申し出てください。

・○○事件につき、該当被告人を有罪に処す。

いずれもおかしな使い方で、反対でないとアウトです。

ご参考になれば幸いです。

Q「ともすれば」について

「ともすれば」の意味がわからず、辞書で調べてみたんですが、「ともすると」と同じと書いてあり、「ともすると」を調べると「ややもすると」、「どうかすると」となっていて、具体的にどういう意味なのかよくわかりません。
意味の分かる方、教えてください。

Aベストアンサー

この「ともすれば」は、その前に何か説明を補うところであっても、その後に続く言葉と重複するので、その前を省略して使われる言葉です。

たとえば「ともすれば私たちは、うっかり忘れがちである」という用い方をしますが、これは

「うっかり忘れてしまうときは、私たちは、うっかり忘れがちである」

という文章と同じことだと思います。

また、「ともすれば」とは「ケースバイケースで」ということと同じときにも使われています。
やはり、その後に続くことを「ケースバイケースでありうる」ということを言っています。

こんな説明でいいでしょうか?

Qなくして、なしに、なしで の違い。

途上国の発展なくして、世界の発展はありえない。
地図なしに、旅行はできない。
音楽なしで、勉強できない。

この三文は、それぞれ置き換えられるでしょうか。用法の違いがよくつかめません。中国人に日本語を教えるのは大変です。日本人が国語として考えるのと、外国人が日本語として考えるのとは、大きな違いがあるようです。

ネイティブの我々にとっては、何気なく使っている言葉が、外国人に説明できません。どなたか助けてください。

Aベストアンサー

 いったいどんな説明が相応しいものなのか…、何とか挑んで見ました。

1.途上国の発展なくして、世界の発展はありえない。

 この文章は前提節と判断節からなり、この場合「…なくして」が、形容詞(連用形)+接続助詞の形で<ない状態においては…>となり、前後両節を繋いでいる。

2.地図なしに、旅行はできない。
 
 「なしに」は、形容詞「なし」(終止形)+助詞「に」の連語としての副詞なのだが、この文章での係り方が不明瞭になっている。
 「できない」という判断を言明するには、その条件や前提、更にそれらの接続や係りを明瞭にしなければならない。
 「地図なしに<は>、旅行できない」

 そうではなく、このまま「なしに」を使うなら、「地図なしに歩く(動詞に係る)」、「地図なしに旅行を愉しむ(形容詞に係る)」など、事情どまりで条件や前提を避けるとスッキリする。

3.音楽なしで、勉強できない。

 なし・で:形容詞(終止形)+理由・原因を示す助動詞「だ」(連用形)。
 こちらも、係助詞「は」を加えれば、
 「音楽なしで<は>、勉強しづらい」

 こちらも、このまま「なしで」を使うなら、「音楽なしでする勉強は味気ない」、「音楽なしで勉強に集中しなさい」など。

>ネイティブの我々にとっては、何気なく使っている言葉が、外国人に説明できません。

 外国人向け日本語教科書は、一般に使われている国語の表現形式とは異なるスタイルがあるようで、それだけに「何気なく使っている言葉」ではないものとの対比説明が大変なのだと思います。
 今回の例も全て、名詞+形容詞「なし」という助詞を欠落させた形での、普通ではあまり使わない表現ばかりであり、しかも接続と副詞の係りが入り混じった構文なので何とも戸惑いやすいのですね。

 いったいどんな説明が相応しいものなのか…、何とか挑んで見ました。

1.途上国の発展なくして、世界の発展はありえない。

 この文章は前提節と判断節からなり、この場合「…なくして」が、形容詞(連用形)+接続助詞の形で<ない状態においては…>となり、前後両節を繋いでいる。

2.地図なしに、旅行はできない。
 
 「なしに」は、形容詞「なし」(終止形)+助詞「に」の連語としての副詞なのだが、この文章での係り方が不明瞭になっている。
 「できない」という判断を言明するには、その条件...続きを読む

Q「…おきに」と「…ごとに」の違いを教えていただけないでしょうか

 『日本語文型辞典』によりますと、「おきに」について次のような説明がのせてあります。

(1)大学行きのバスは10分おきに出ている。
(2)この道路には10mおきにポプラが植えられている。
(3)この薬は二時間おきに飲んでください。
 以上の例文のように、時間や距離の軸上の点を意味する場合は、「ごとに」と置き換えられる。ただし、1という数の場合は、次の例のように「おきに」を「ごとに」変えると意味が変わる。
(例)一年おきに大会が開かれる。(2年に1回)
(例)一年ごとに大会が開かれる。(1年に1回)

 ここでお伺いしたいのは、「おきに」と「ごとに」の意味が違うのは1という数の場合だけでしょうか。例(1)~(3)の場合は「ごとに」に置き換えても意味に何の変わりもないですか。そうだったら、「一年おきに」と「二年おきに」の意味が一緒になるのではないでしょうか。
 わずらわしいですが、どうか教えていただけないでしょうか。

Aベストアンサー

「Nおきに」(Nは数量)というのが、「Nごとに1回」なのか「(N+1)ごとに1回」なのかを明確に決める文法上のルールはないようです。

 単位によって違うのだとか、数によって違うのだとか、連続量(アナログ)と離散量(デジタル)で違うのだとかいろいろ説明できますが、どれも決め手に欠けます。

「2年おきに」は「2年に1回」かもしれないし、「3年に1回」かもしれません。

~おきに
といわれたら、聞き返したほうがよいと思います。
人によって意味が異なるからです。

(例1)
Aさん「この行事は、来年から2年おきに行います。」
Bさん「3年に1回ということですね?」
Aさん「いえ。2年に1回です。2年ごとに開催します。」

(例2)
Aさん「5分おきにベルを1分間鳴らしてください。」
Bさん「5分に1回鳴らせばいいのですね?」
Aさん「いえ。1分鳴らしたら5分休みます。6分に1回鳴らすということです。」

何かの文書に書いてあって、聞き返すことが不可能な場合は、残念ながら本当の意味は不明のままになるかもしれません。

自分が使う場合は、「~おきに」は意味が明らかな場合以外は避けたほうがいいと思います。
「~ごとに」とか「~に1回」を使うのがいいでしょう。

http://www.nhk.or.jp/bunken/research/kotoba/kotoba_qa_02100101.html
研究中らしいですね。あいまいな表現は避けようという内容です。

http://allabout.co.jp/auto/carmaintenance/subject/msubsub_9.htm
「2年おきに」を2年に1回という意味で使っています。

http://www.city.hakodate.hokkaido.jp/suidou/ryokin/keisan.htm
「水道料金は2か月おきに下水道使用料といっしょに請求いたします。」とありますが、3か月に1回でなくて、2か月に1回請求されるはずです。

「Nおきに」(Nは数量)というのが、「Nごとに1回」なのか「(N+1)ごとに1回」なのかを明確に決める文法上のルールはないようです。

 単位によって違うのだとか、数によって違うのだとか、連続量(アナログ)と離散量(デジタル)で違うのだとかいろいろ説明できますが、どれも決め手に欠けます。

「2年おきに」は「2年に1回」かもしれないし、「3年に1回」かもしれません。

~おきに
といわれたら、聞き返したほうがよいと思います。
人によって意味が異なるからです。

(例1)
...続きを読む


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