漢字の書き順についてです。
質問1「書」という字、皆さんはどのように書きますか?

私は1画「横(一番上のもの)」
  2画「横(上から2番目)」
  3画「横(上から3番目)」
  4画「縦」
  5画「横(下から2番目)」
  6画「横(一番下のもの)」(後略)

と、書いていたのですが、小学生のめいから学校で習った書き順は違う!と言われ、調べてみると、確かに違いました。しかし、そんな書き順で習った覚えがなく・・・。

覚えがないだけなのかなのかもしれませんが、もしかしたら「途中で書き順に変更したorすることがある」可能性ももあるかな、と自身では自分をかばいたい気持ちもあり・・・。

で、本当のところはどうなのでしょうか(送り仮名も昔とかわりましたしね)。「変更された」or「昔から変わっていない」のか。どっちなんでしょうか。宜しくお願いします。

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A 回答 (5件)

ニンテンドーDSの漢字ソフトは縦が6画目ですね。


でも習字とかの楷書でも書道の大家が書き順を換えて書いているのを見たことがあります。
間違いなくきれいに書けて読んでいただくことができればそれで十分と私的に思っています。
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その後,漢字の筆順の本を見てみたのですが,やはり基本は昔から「ヨ二|日」の順だったようです。


でも確かに私が小学生の時は「ヨ|二日」で習いました。筆順にはかなりうるさい先生だったので,私の記憶違いということはたぶんないと思います。(しかも,同じように習った,という人がこれだけいますし)
だとすると,「ヨ|二日」にも当時何らかの根拠があったのだろうと思うのですが,いったいどこから出てきたのでしょう。

昔から書道で使われている伝統的な筆順は,しばしば学校で教わるものと違うので,そちらかなと思って調べてみましたら,これまたびっくり。
書道の世界では,昔から一貫して「ヨ二日|」だそうです。縦棒は最後の最後。
「書」の文字の縦棒を途中で書く人がいれば,書道に関してはモグリだといってよい,のようなことさえ書いてありました。
というわけで,書道が出どころというわけではないようです。
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こんにちは。

私も質問者さんと同じように習った記憶があります。
筆順の一般的な原則として、「縦に貫く棒は最後に」というのがあり、「津」とか「筆」などでは上下に突き出ていますからまさにそのパターンに当てはまるわけです。
ところが、「書」は上だけ突き出していて、下は横画で止まっています。
縦棒を4画目に書くやり方は、たぶん「下までは貫いていないから」ということで、この原則が適用されなかった結果ではないかなと思います。

ところが、「書」という漢字の成り立ちまでさかのぼると、「聿」+「日」で突き出していたので、それを考慮すると、縦棒は最後、ということになります。
ほかにも、一見よく似た構造の「右」と「左」で筆順が違うのも、字の成り立ちを考慮したものです。

とはいえ、いちいち筆順を考えるときに漢字の歴史まで調べていたのでは大変です。
そこで(かどうか、実はよくわかりませんが)、最近は「上下の少なくとも一方に貫く縦棒は最後」と言われているようです。

>「教師の裁量」で書き順に違いが出ても現場ではOKという風潮、とおっしゃられていますが、では何のための「書き順」なのか、と首をかしげざるを得ません。

もしかして、筆順とは「国語で試験をするためのもの」であり「答えは一つに統一すべきなのに、複数の答えがあっては変だ」とお考えなのでしょうか。

いうまでもなく、本来筆順は、漢字を「書きやすく」、また「出来上がった文字のバランスなど、見た目が良く」書けるようにするためのものです。
テストで子供たちを悩ませるためのものではないのです。

>「最終字形」のみで判断、は「実生活」ならありかと思います。
言い換えれば、教室の中では唯一の筆順を定め、それ以外は×として扱え、と。

いや、昔の文部省の「筆順指導の手引」でも、これは唯一のものではない、複数の筆順が正しい場合もある、とはっきり書かれているのですよ。
にもかかわらず、実際の現場では、一つの書き方だけを○、ほかは×とする指導がされることがけっこうありました。
たとえば、こちらの記事を参照。
http://www.geocities.jp/hituzinosanpo/hituzyun.h …

(ただし、そうだとすると、「書」の筆順がいろいろに分かれて教えられたのはなぜ、という最初の問題に戻ってしまいます。
すぐに回答が出るかどうかわかりませんが、もう少し調べてみたいと思います。)

質問者さんは、教師の自由裁量を認めたら漢字の筆順がめちゃくちゃになるとご心配なのかもしれませんが、実際には複数の筆順が認められる文字はそう多くないでしょうから、そんなに混乱することはないと思います。
困るとしたら、筆順テストの採点がしにくくなることぐらいでしょうかね。
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私もKIKAさんと同じ書き順ですがサイトで改めて調べたところ書き順が間違っていました…


書き順は昭和33年に文部省が定めた『筆順指導の手びき』以降変更していないそうです。

参考URL:http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question …
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質問者の思い違いの可能性大です。

昔から変わっていない。
以前は「のぎへん」(禾偏)はねてはいけない、風ははねないと間違いだったが、いまは教師の裁量でほとんどの場合正答として扱う(積、風)

小学2年生で教える書き順は姪が正しいでしょう(^^)
ヨ(横に抜ける)、二、それから縦棒です。
http://kakijun.main.jp/page/kaku200.html

いまは(大手の)学習塾も基本は文部省の方針だが、個別の教師が違う方法教えるときはその児童の立場思いやる、、(教師のやり方否定しない)、、です。
筆順といえば「心」「必」や「友」、「右」や「左」(ナの部分の書き順違う)などは人さまざまです。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question …

実生活では最終的な字形が問題で書き順は個人の自由です(書き順テストなら出題者が正解決める)
書道教室では基本的に「正しい書き順」でしょうね。
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この回答へのお礼

なるほど、ありがとうございました。
「書」に関しては私の思い違いということで頭の整理をしておきます。
同様に「津」も最後に縦でした。

本題とはずれますが、「教師の裁量」で書き順に違いが出ても現場ではOKという風潮、とおっしゃられていますが、では何のための
「書き順」なのか、と首をかしげざるを得ません。

今回、私の「書き順を間違って覚えていた原因」が当時の担当教師にあるのか、授業をきちんと聞いていなかったからなのか、その辺の追求はできませんが、もしおっしゃられるような風潮があるのなら、その弊害ではないでしょうか。

そういう意味では「書き順」にあまり意味・意義を見いだしていないんだなぁという結論にたどり着いてしまいますね・・・。

(世間も含め、文部科学省も)所詮書き順など「後付け」のものだから、色々な書き順があってもいい、という考え方なのかな?

「最終字形」のみで判断、は「実生活」ならありかと思います。

個人的には今回の質問の結果として、「正しい」ではなく「一般的な」「一応学校で指針にしている」書き順が存在する、という認識になりました。

御回答ありがとうございました。

お礼日時:2009/05/26 15:20

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Q漢字の書き順が書いた本

漢字の書き順が詳しく載った本ってなんですかね?
きちんとした書き順で漢字など書きたいのですが、いざ電子辞書とか(漢字辞書付き)買ったはいいものの、書き順がついておらず(なんとなくそんな気がしましたが)いざ、きちんとした書き順を調べようと思っても何を見ればいいのかわからなくなってしまいました。児童用の漢字辞典とかじゃないと漢字の正しい書き順とか載ってないのでしょうか?どなたか教えてください。

Aベストアンサー

過去に同じような質問がありましたので、
参考URLをチェックしてみてください。
回答者さんの中には、電子辞書に書き順が表示されるものが
あるそうです。ソフトがあったら、探してみてはいかがでしょうか。

書き順は・・・私も不正確に覚えていることが多いです。
最近、クイズ番組や一般常識クイズ番組が増えて、書き順では、しょっちゅう間違えています。(汗)
ただ、誰かに見張られているわけではないですし、最終的には美しく完結していれば良いと思いますので、学校時代ほど、ストイックに書き順にこだわってがくがくするより、自分の慣れた書き方で美しく書ければいいと思うのですが。
そう言いながら、よく、本屋の子供用コーナーで、漢字の書き取り、や算数、などの問題集をついぱらぱらめくってしまいます。

参考URL:http://okwave.jp/qa1778308.html

Qくさかんむり(4画)の書き順

くさかんむりを4画で書く場合の書き順をご存知の方、どなたか教えてください。

Aベストアンサー

書き順って意味がありませんが
縦横横縦も横縦縦横もあります
江守賢治さんの『字体辞典』

参考URL:http://64.233.179.104/search?q=cache:eZOm_xd-Be8J:academy4.2ch.net/test/read.cgi/gengo/1087132921/l50+%E8%8D%89%E5%86%A0

Qそもそも漢字の書き順って昔からあったの?

子供に漢字の書き順を教えるたびに、違うって言われて困っています。 私たちが学校で習った書き順と違う漢字がたくさんあります。 昔の書き順で書けば、×になって減点されます。 聞けば、文部省の委員会とかで学者たちが集まって変更したりするんだとか ・・・

そこで感じたのですが、漢字が発明された何千年前から 「正しい書き順」 ってあったのでしょうか?

もしあるのなら、途中で書き順が変更されるというのは変ですよねえ。

極論をいえば、結果として他人が判読できる漢字が書ければいいのだから、右から書こうが、左から書こうが、あまり関係ないように思います、あくまでも極論ですが。 書き順という考え方は、多分、美しく漢字を書けるため、という理由かな、と思うのですが ・・・

それと、アルファベットとかアラビア文字とかロシアのキリル文字なんかでも、学校で書き順を習うのでしょうか?

また、アジア諸国で漢字を日常的に使う国があると思いますが、そこでも 「正しい書き順」 を学校でならうのでしょうか?

Aベストアンサー

 
>漢字が発明された何千年前から 「正しい書き順」 ってあったのでしょうか?

ありません。書き順どころか、漢字を構成する縦線や横線や点の数や有無などについて、ばらばらで、歴史的に統一された「標準字体」などが考えられたのは、17世紀か18世紀になってからです。清朝帝国の康煕帝が命令して編纂させた、「康煕帝字典」において、「正字」とされたものが、康煕帝字典準拠での「正字」です。それ以外を、「俗字」とか「異字体」などと呼びますが、「正字」は康煕帝字典における標準で、必ずしも、それが「正しい字体」ではないのです。

それまでの漢字は、パターン認識で区別ができればよいのであって、現に、漢和辞典に出てくる、いわゆる「正字」と「俗字」を比べると、相当に違いがあることに気づきます。正字と俗字の関係は、単に、康煕帝字典で標準字体として採用された字体が、正字であるというだけで、この採用基準が、どこにあるのかはっきりしません。

康煕帝を初めとして、少数民族の支配国家である清帝国は、多数民族である漢族の文化を、国家的に統制しようとします。古代から伝わる様々な文書を編纂して、標準版を造る一方で、多彩な写本を排斥しようしました。漢の文化を満州族の帝国が一元的に支配することが、清朝の支配の方法でもあったのです。康煕帝字典の編纂も、このような文化の国家管理政策のなかで策定されているので、根拠は何でもよいので、「正字」を定めることが重要だったのです。

いまの漢和辞典は知りませんが、昔の古い漢和辞典には、後ろに付録として、様々な漢字について、歴代名筆家の墨跡・筆跡を一覧で載せていました。筆跡は、あまり古い人になると残っていないので、確か唐代頃までが古いものだったように記憶していますが、しかし、「名筆」と言われているものは、眺めてみると、随分と色々な文字の特徴があります。繊細な線の筆跡や、肉太の筆跡や、色々あるのです。

なかでも驚いたのは、筆跡は草書体なので、印刷活字が筆跡の漢字の下にあるのですが、比べてみると、「筆順」が無茶苦茶だということです。確かに、そういう形の漢字ではあるが、それは「漢字の絵」であって、縦線とか横線とか点とか、どこに行ったのか、また扁や旁を合成したり、続けて書いてどうしているのか、というような例が結構たくさんあります。

しかし、元々、漢字は、「絵」だったのです。活字体ばかり見ているので、本来、絵の一種だったということが忘れられてしまっているのでしょう。別に、甲骨文字や金石文字の時代の話ではなく、紙に筆で書いた文字でも、やはり「漢字の絵」だったのです。

「崩し方を間違うと、違った字になって読めなくなる」というのは、一見、もっともらしいですが、それは活字字体が漢字の字体だという錯覚から来ています。日本でも、漢字伝来以来、千四百年か、漢字は、全部「手書き」だったのです。元々「崩れた字体」を見慣れていたのであり、色々な人の色々な崩し方の文字の絵を見慣れていると、正式な文書などで使われる「楷書体」の漢字を見て、これは何の漢字だと分かるのです。

「楷書体」の漢字を覚えて、それを崩したのではないのです。普通に考えれば、一点一画など一々書いていては、うたや手紙をさらさらと書くという訳にはいかないでしょう。「親鸞」という高僧の「鸞」という字は非常に難しい形をしています。この字の簡略体があり、古くから伝わっていたのですが、近代になって、親鸞を宗祖と仰ぐ宗派で、宗祖の名の漢字を、かような俗字であらわすのは、懼れ多いとか言っていたのですが、親鸞の弟子の手紙や、親鸞が弟子に宛てた手紙などを調べると、親鸞も弟子も、その簡略体を使っていたということが分かったということがあります。

「親鸞」の「鸞」の字は画数が多いので、一々書いていると手間がかかるので、簡略字体で書いていたということで、合理的な話です。

>書き順という考え方は、多分、美しく漢字を書けるため、という理由かな、と思うのですが

違うでしょう。「書き順」がどうこう言い始めてから、日本人は草書体が書けなくなり、読めなくなりました。どんな「字の絵を描くかが」重要なはずが、線の数だとか、書き順がどうとか言っていると、文字の全体の姿は、どうでもよくなって来ます。漢字は「絵」だという原則からすれば、筆順は、絵から逆に出てくるのです。そもそも、名筆とされる草書字体を見本に、文字を書くのを練習するので、草書の手本を見て、草書を書くのですから、最初から崩れているし、筆順は草書をよく見れば、自然に分かるのです。楷書の字を、どういう筆順で書いて、それを崩すとどういう形になるというのと話が反対なのです。

>それと、アルファベットとかアラビア文字とかロシアのキリル文字なんかでも、学校で書き順を習うのでしょうか?

ラテン文字とかシリル文字は、日本語の文法書などの最初には、文字の草書体の書き方などが載っています。しかし、英米人の肉筆の文字を見ると、どうも個々人が勝手な筆順で書いているように思えます。ラテン文字やシルリ文字は、そんなに文字が複雑でないので、違った筆順と言っても、あまりないのです。

アラビア文字は少し特殊です。あれは非常に人工的な文字です。ヘブライ文字は、フェニキア文字の象形文字の面影を残していて、一字一字違った字形をしていますし、文字を並べる順序が、「アルファベット順」です。つまり、「アーレプ・ベート・ギメル・ダーレト・ヘー・ヴァウ……」という風に続いています。これは、「ABCDEF」に対応しています。古代ギリシア文字は、「アルパA・ベータB・ガンマΓ・デルタΔ・エータH・ディガンマF」で、ここまでは、ヘブライ文字、ラテン文字、古代ギリシア文字と、同じ文字が同じ順序で並びます。シリル文字も「アーA・ベーБ・ヴェーB・ゲーГ・デーД・イェーE」というのは、ラテン文字の「ABCDE」に対応しています。

アラビア文字は、形がよく似た文字を模様にして、フェニキア文字まで遡ると、本来、違う形の文字を同じ形にまとめ、ヌクタとか子音点で文字の区別をし、この文字の形によって、文字を整理して並べ直しているので、アルファベットとは全然違う並び順になっています。(ラテン文字などのアルファベットを並べて書いても、一字一字違う文字です。しかし、アラビア文字は、二個とか四個とかセットになって、同じ形の文字が並ぶので、全体にアラベスク模様になります。「同じ形の文字」で、どうやって区別するのかというと、点を一個、文字の上か下に打つとか、二個打つとかして区別します)。

またアラビア文字は、四つの字形を持ちます。「独立形」「右接続形」「左接続形」「両接続形」というような感じです。「独立形」は文字単独で書く場合の字形で、「左右の接続形」は、右の文字と繋いで書くときや左の文字と繋いで書くときの形で、左右に両側で繋ぐときは、「両接続形」です。

「右接続形」は、その文字で文章が終わる場合の字形で、「左接続形」は、その文字で文章が始まる場合の字形です。また文章のなかにあるときは、連続して書かれる結果、「両接続形」を使います。アラビア文字のなかには、右接続形はあるが、両接続形のない文字が幾つかあります。その文字が現れると、文章の途中でも、文字の連続は止まります。

アラビア文字は、文字を勝手にデザインして、元々違う形の文字を、模様として同じものにしてしまっているので、筆順とか文字の形、線の長さやカーヴの曲がり具合など、もの凄く重要になってきます。例えば、ラテン文字のRとDに当たるアラビア文字は、微妙なカーヴの違いで区別されます。筆順や字形は厳密に守らないと、そもそも文字が連続して書けなくなります。

>あははっ 漢字の成り立ち
>http://www3.kcn.ne.jp/~jarry/kanji/kan008.htm
 

 
>漢字が発明された何千年前から 「正しい書き順」 ってあったのでしょうか?

ありません。書き順どころか、漢字を構成する縦線や横線や点の数や有無などについて、ばらばらで、歴史的に統一された「標準字体」などが考えられたのは、17世紀か18世紀になってからです。清朝帝国の康煕帝が命令して編纂させた、「康煕帝字典」において、「正字」とされたものが、康煕帝字典準拠での「正字」です。それ以外を、「俗字」とか「異字体」などと呼びますが、「正字」は康煕帝字典における標準で、必ずしも...続きを読む

Q左右ほか「ナ」がつく文字の書き順の覚え方

左右ほか「ナ」がつく文字の書き順の覚え方を教えてください。
「-」が先の文字と「ノ」が先の文字

Aベストアンサー

漢字を書くときは、出来るだけ
「縦」「横」「縦」「横」「縦」「横」…
又は
「横」「縦」「横」「縦」「横」「縦」…
のような筆順にすると書きやすいので、「ナ」の部分の次に書くところが縦なのか横なのかによると思います。
左の場合、「エ」の上横棒を次に書きますから、
「ー」「ノ」「ー」「|」「ー」
右の場合「口」の縦棒を次に書きますから
「ノ」「ー」「|」「┐」「ー」
の順番になります。
2画目と3画目が同じ方向にならないように…。
(見ずらいと思いますがわかりますか?)

Q漢字の書き順について

当方、今年42歳。私の子どもの頃に、私の親は、今の漢字の書き順は、自分が習ったのと違うと言っておりました。そして今度は、職場で、私達の年代の人々も同じように、今の子が習っている書き順と自分達のは違うと言っています。そこで私は、日本語学習者用の漢字の書き順の載っている本を買ってきて、自分自身の書き順をチェックしたところ、ほとんど合っておりました。人間の記憶とはいい加減なものです。もし、途中で漢字の書き順が変わったような事があったなら、いつ頃、どのように変わったかを教えて下さい。但し、戦後限定でお願いします。

Aベストアンサー

参考URLで「上」の二通りの筆順が見られます。
筆書きで行書風に書くとき、平仮名の「よ」のように書くのが普通で、
書道界では「横が先」が標準だったのです。
『漢語林』でも「縦が先」をメインに掲げながら、括弧に入れて「横が先」も載せています。
私は学校ですでに「縦が先」と習いましたが、筆の動きに無駄が有りますね。
たしかに先に真ん中あたりに短い横棒を書いておいて、縦棒を交叉もせず、離れもせずに書くのはちょっと難しいので、縦棒を先に書いておいて、横棒をチョンと附ける方が形が整いやすいとは言えるでしょう。

これと逆なのが「書」です。
私は三番目で教わりましたが、昭和三十三年に一番目に変更されました。
「書」の場合、一番目 (および二番目)が書道界の書き方でしょう。
字の成り立ちから、「聿」の筆順を保存するものですが、すでに字画が変わっていて、最後に縦棒を書いたのでは、気をつけないと下に突き抜けてしまいます。
私は三番目でなんら問題なかったと思います。
「美」「告」の上部は「羊」「牛」ですが、縦棒を後から書いてはいないでしょう?
なぜ「書」の字だけ○○の一念のごとく“頑張る”のか理解できません。
『漢語林』では一番目をメインにして、二番目を括弧に入れています。

参考URL:http://www.sky.sannet.ne.jp/kyoshio/DW/Hitsujun/Hitsujun.htm

参考URLで「上」の二通りの筆順が見られます。
筆書きで行書風に書くとき、平仮名の「よ」のように書くのが普通で、
書道界では「横が先」が標準だったのです。
『漢語林』でも「縦が先」をメインに掲げながら、括弧に入れて「横が先」も載せています。
私は学校ですでに「縦が先」と習いましたが、筆の動きに無駄が有りますね。
たしかに先に真ん中あたりに短い横棒を書いておいて、縦棒を交叉もせず、離れもせずに書くのはちょっと難しいので、縦棒を先に書いておいて、横棒をチョンと附ける方が形が整いや...続きを読む

Q「画」の旧字体は「畫」ですか?「劃」ですか?

戦前の日本はどちらの文字を使っていたのかという質問です。
ネットで調べてもはっきりしませんでした。

Aベストアンサー

戦後日本の「新字体」の「画」は、正字体の「畫」と「劃」の両方に対応しますが戦前の日本の「旧字体」ではどちらの文字を使っていたのでしょうか、
  という質問と解釈させてもらいます。

若干の資料をあたっていますが、手間取りそうですので、とりあえず1資料についてのみ、その全例を書き込みます。資料1は池崎忠孝著『大英帝國日既に沒す』(昭和6年)で、本文各ページ41字×12行、約300ページ、推定全20万字のうち該当字は11字のみ。本文は総ルビ、註釋はルビなし。

○池崎忠孝『大英帝國日既に沒す』(1931.03)先進社

大英帝國(だいえいていこく)の運命(うんめい)について不快(ふくわい)な想像畫(さうざうぐわ)を描(ゑが)くものは、今日(こんにち)までにも稀有(けう)ではない。

大英帝國(だいえいていこく)の歷史(れきし)にとつて、これが劃期的(くわくきてき)な大事(だいじ)でなくて何(なん)であらう。

この時(とき)に當(あた)つて、軍備縮小會議(ぐんびしゆくせうくわいぎ)を計畫(けいくわく)したものはアメリカであつた。

アメリカにおける大海軍計畫(だいかいぐんけいくわく)は着々(ちやくゝヽ)として進行(しんかう)し、……

註釋 初めの計畫では、四年毎に會合が催されることになつてゐたが、それは必ずしも嚴守されてゐない。

註釋 ゼームソン侵入事件は、南阿の歷史に一轉機を劃した大事件であつた。

殊(こと)に、向(むか)う見(み)ずのアメリカ人(じん)のことだ。英國(えいこく)の態度(たいど)次第(しだい)では、どんな大計畫(だいけいくわく)を建(た)て、英國海軍(えいこくかいぐん)の威力(ゐりよく)をして、全然(ぜんぜん)無力(むりよく)に等(ひと)しい程度(ていど)にまで低下(ていか)せしめるやうな無鐵砲(むてつぱう)なことを仕出(しで)かさないにも限(かぎ)らない。

稀世(きせい)の帝國建設者(エムパイア・ビルダー)ともいふべきセシル・ローズの腦裡(なうり)には、いはゆるアフリカ縱貫鐵道(じうくわんてつだう)の大計畫(だいけいくわく)が渦卷(うづま)いてゐた。

ラツセルはいふ。『自分(じぶん)は、彼(かれ)の描(ゑが)いた繪畫(くわいぐわ)が、さほど誇張(こちやう)にすぎてゐるとは思(おも)はない。』と。

一九〇四年(ねん)に至(いた)りまして、私共(わたくしども)に馴染(なじみ)の深(ふか)い、日 露 戰 爭 が勃發(ぼつぱつ)し、印度(インド)革命運動(かくめいうんどう)の上(うへ)に、一つの大(おほ)きなエポツクを劃(くわく)するやうなことになつたのであります。

第(だい)三インターナシヨナルが立(た)ててゐる世界革命(せかいかくめい)の大計畫(だいけいくわく)の中(なか)には、印度革命(インドかくめい)といふものが、すこぶる重視(ぢうし)されてゐるのであります。

戦後日本の「新字体」の「画」は、正字体の「畫」と「劃」の両方に対応しますが戦前の日本の「旧字体」ではどちらの文字を使っていたのでしょうか、
  という質問と解釈させてもらいます。

若干の資料をあたっていますが、手間取りそうですので、とりあえず1資料についてのみ、その全例を書き込みます。資料1は池崎忠孝著『大英帝國日既に沒す』(昭和6年)で、本文各ページ41字×12行、約300ページ、推定全20万字のうち該当字は11字のみ。本文は総ルビ、註釋はルビなし。

○池崎忠孝『大英帝國日既に沒す』(...続きを読む

Q漢字の書き順 (筆順) の不思議

先日、親戚の子供にある漢字の書き順を説明したところ、今では 「×」 との事で驚きました。

確認のため家内に聞いたところ、私と同じ書き順で書いていました。

聞けば何年か一回の割合で文科省から委託を受けた学者たちが集まり、書き順をどうするか相談し 「今回はこんな風に変えようか」 というノリで決められるとの事。

従って、世代毎に学校で教えられる 「正しい書き順」 が変ってしまうのだと ・・・

そこで、ムムムと疑問を感じました。

1.かりに美しく書けるのが目的としても、そもそも漢字発祥の国である中国に 「正しい書き順」 を示す古代の文献や資料があるのか?  あるいは韓国では?  (正しい書き順の学術的根拠?)

2.中国の小学校では、日本と同じように書き順を教えられ、またその度にテストが行なわれ、一ヶ所でも間違うと 「×」 となるのか?

3.中国でも何年に一回の割合で、学者のアソビと思われるような 「書き順の変更」 が行なわれるのか?

4.何の学術的根拠のない (?) 「正しい書き順」 を、算数や理科の定理のように普遍の真理と同じ扱いにして、テストで採点する事に意味があるのか?

5.書き順を変えるという事は、その前の審査で 「この書き順で正しい」 とした国語学者の判断を 「間違い」 と断ずるわけですよね?  となれば、先に正しいとした学者との間で激しい論争になるはずと思うのですが、実際そんなケースはある?


どなたか詳しく教えて頂けないでしょうか?

先日、親戚の子供にある漢字の書き順を説明したところ、今では 「×」 との事で驚きました。

確認のため家内に聞いたところ、私と同じ書き順で書いていました。

聞けば何年か一回の割合で文科省から委託を受けた学者たちが集まり、書き順をどうするか相談し 「今回はこんな風に変えようか」 というノリで決められるとの事。

従って、世代毎に学校で教えられる 「正しい書き順」 が変ってしまうのだと ・・・

そこで、ムムムと疑問を感じました。

1.かりに美しく書けるのが目的としても、そ...続きを読む

Aベストアンサー

面白いお話ですね。
実は私の手元にある電子辞書(学研漢和大辞典)には漢字の筆順のムービーが載っています。容量をとるばかりで何の役に立つのかと思っていましたが、この時とばかりに引いてみました。
すると...なんと、長には筆順が2つ載っていました。他にも耳など複数の筆順が載っているものがあります。

この辞書には、
・筆順は人々の長い間の経験から生まれたものであり、ひとつの文字に対して、いくつかの筆順があることがある。
・文部省が1958年(昭和33年)に『筆順指導の手引き』を発表して、筆順の統一を図った。
・けれども『手引き』にもことわられているように、示された筆順だけが正しいというものではない。
という説明(要約しています)が載せられています。
これからは『手引き』自身にも、「示された筆順だけが正しいというものではない」と書かれているようです。
この辞書に複数載っているのは「『手引き』の筆順から類推した標準的と考えられる筆順」「その他の筆順のうち代表的なもの」だそうです。

Q「齊」の書き順

「齊」の書き順

斉の旧字体「齊」の書き順を教えてください

Aベストアンサー

その字をコピペして
↓のサイトで検索しよう
http://kakijun.main.jp/

アニメーションでわかりますよ

Q漢字の書き順について

「右」と「左」の書き順が違っていることに最近、気づきました。調べて見ると、他にも部首が同じ漢字同士でも書き順が、違うものが多数あることが分かりました。

また、書き順通りに書くと、書きにくいものが多数あります。代表例は、「布」、「情」などです。どこが書きにくいかと言いますと、布の一画目が「ノ」というところと、情のりっしんべんは点々から先に書くというところです。

漢字の書き順は、綺麗な字が書けるよう合理的にできているとは思うのですが、とても書きにくいもの、とても書き分けていられないものが多数あります。皆さんは、どうしていらっしゃるのでしょうか?

Aベストアンサー

草書を観ると書き順というのはいろいろあることがわかります。
公文書が草書だった時代には臨機応変にその違う書き方のを全部わかっていたということですね。
結局漢字というのは字形・字のエレメントがとにかく決め手だという考え方が基本にあるようです。

書き順はおおざっぱに上から下、左から右という規則があって、その理由はそうすると書きやすいからです。左から右と上から下のどちらを先にした方が書きやすいか迷う場合に質問のような迷いが生じるのだろうと思いますが、そういう字の場合は書き順の本来の趣旨から言えば本当はどちらでも良いということになるんではないかと思います。

なおレタリングの場合は立心偏の縦棒を先に書くのはバランスを取りやすくするための一種のコツですから、質問に書いていらっしゃることには合理性があるように思います。

ただ右と左などはよくクイズにも出るんでオーソドックスをおぼえていた方が良いと思います。どちらでもいいようなことでも異端を嫌う人は意外と多いですね。
もう試験とか関係無いのでしたら自己流でかまわないように思います。
http://clioz39.hi.u-tokyo.ac.jp/ships/ZClient/W34/z_srchDo.php
http://www.hi.u-tokyo.ac.jp/ships/shipscontroller

これまでの書家の作を観るなら、書き順の統一と書としての美しさは別の問題と考えるのが適当と思います。

草書を観ると書き順というのはいろいろあることがわかります。
公文書が草書だった時代には臨機応変にその違う書き方のを全部わかっていたということですね。
結局漢字というのは字形・字のエレメントがとにかく決め手だという考え方が基本にあるようです。

書き順はおおざっぱに上から下、左から右という規則があって、その理由はそうすると書きやすいからです。左から右と上から下のどちらを先にした方が書きやすいか迷う場合に質問のような迷いが生じるのだろうと思いますが、そういう字の場合は書き順の本来...続きを読む

Q「写」3画め、「考」5画目の横棒について

『「写」の3画めの横棒は左から右に書く』であっていますか。
『「考」の5画めの横棒は右から左に書く』であっていますか。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

>今はこうなんですか。

昔からそうだと思いますけど。違っていたとすればいつ頃の話でしょうか。

「考」の5画めは、やや右上から「ノ」のように書きます。
昔から変わっていないはず。教科書体もそうなっています。

「写」の3画め(「与」の1画目と同じ)は、左から右へ書き、
崩して書くときは次の縦棒の始点につながります。
「与」を崩した平仮名の「よ」も同じ運筆ですね。
これも昔から変わっていないはずですが。


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