
家庭教師のバイトをしている者です。
中学国語を教えていて、隠喩法が出てきました。隠喩の例を挙げようと便覧を調べると、隠喩の例に「人間は考える葦である」がありました。
そこでふと思いついたのですが、キャプテン翼の名台詞、「ボールは友達だ」は隠喩法なのでしょうか?
幾人から「それは隠喩ではない」、「喩えになっていない」と言われました。
以下は私が考えたことなのですが、
「友達」が「喩え」になるには、「一般的にボール(やモノ)が友達になりえない」という前提が必要になると思います。 しかし、「友達」という概念が人間や生物だけを対象にしているのかどうかはよくわかりません。
もし「ボールは友達だ」が、モノも友達になりえるので喩えになっていないのなら、「ボールは友人だ」にすれば喩えになるのでしょうか?
ちなみに、私は隠喩法を、直喩法の(まるで)「~のようだ」「~のように」を使わないでたとえるものだという認識しかありません。他の定義や基準から考察できるのかもしれません。
皆さんは「ボールは友達だ」は隠喩法だとお考えになりますか? 理由を添えてご回答いただけると幸いです。
No.6ベストアンサー
- 回答日時:
その認識で問題ないと思います。
ただ、確かに隠喩ではあるのですが、この場合「擬人法」が先に目についてしまうので、
説明のための例としては、あまり適切でないと思います。
直喩(simile)と隠喩(metaphor)とは、西欧語における比喩表現の分類法の一つで、
その構文形式に着目して二つに分類したものです。
具体的には、直接的に比喩であることを示す "A is as ... as B." や "A is like B." のような形式と、
比喩であることを明示しない "A is B." のような形式とに分けられます。
日本語ですと、「ボールは友達のようだ」「ボールはあたかも友達だ」が直喩、
質問文の「ボールは友達だ」は隠喩と言えるでしょう。
このように擬人法を伴った隠喩としては、ほかに「仕事が恋人」なんてのもありましょうか(嫌な言い回しですけど)。
しかしながら、日本語では文の構造だけからは完全に切り分けができないことも多く、
あまり区別を意識しにくい概念でもあります。
元来、西欧の修辞学を発祥とする概念ですので、日本語の場合に完全な適用ができなくても不思議ではないのですが。
・切り分けがしにくい例(Wikipedia「直喩」):
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%B4%E5%96%A9
また、もともと日本語には比喩を多用する文化があるので、
そもそも比喩なのか、そうでないのかという切り分けも難しい場合が少なくありません。
例えば「成金」「うさぎ小屋」「うなぎの寝床」「絵にかいた餅」「風見鶏」など、
現在は特定の意味をもっていますが、最初はただの比喩だったはずです(例が古臭いのは気にしないでください)。
そのため、「ボールは友達」が比喩には思えないという人も結構いるのでしょう。
このような事情も、問題をややこしくしているのではないでしょうか。
なお、今さら言うまでもありませんが、通常、意志を持たない無生物は「友達」になりえません。
例えば、以下の2文を比べてみてください。
A「ボールはまるで友達のようだ」
B「岬くんはまるで友達のようだ」
構文は全く同じですが、意味するところは全く違います。
Aではボールに対して友達(のような)関係性を認めているのに、
Bでは岬くんに対してそのような関係性は認めていません。
これは、ボールが(通常)友達にはなりえないことを表しています。
以上、ご参考になりましたら。
丁寧にお答えいただき感謝いたします。
直喩と隠喩が西洋における区分であるとは知りませんでした。また、日本語での切り分けのしにくさや、日本語の比喩を多用する点など非常に興味深い情報をいただきました。「太鼓のような腹」と「太鼓腹」もその一つでしょうか。(例が古臭いのは気にしないでください)
「ボールは友達だ」が隠喩であると信じることにしました。しかし、おっしゃる通り、例としてはややこしくなりそうなので避けることにします。
例や参考URLも記入してただき、本当にありがとうございました。
>>「岬くんはまるで友達のようだ」
この例で少し笑いました。
No.5
- 回答日時:
>幾人から「それは隠喩ではない」、「喩えになっていない」と言われました。
私もそれはたとえではないと思います。
翼にとって、ボールは友達そのもの(いつも一緒にいて、自分の意のままになってあたかも心が通い合っているように思える、そんな意味なのでしょう)なので、翼以外の人間に普遍するものではなく、たとえではないですね。
友達も友人も同じようなものでしょう。
翼が、例えば「ボールは活発な少年である」といえば、立派な隠喩になると思いますが。
ご回答ありがとうございました。少々遅くれて申し訳ございません。
確かに、翼にとっての「ボールは友達」は比喩になっていないのかもしれません。人間の友達とは違った意味での「友達」でモノに対してもあり得るのなら、比喩ではないですね。
どうやら、翼くんの場合と一般的な表現との意味で分けなければいけないようです。
No.4
- 回答日時:
「友達」という言葉は、
一緒に何かをしたり、遊んだりする仲の良い人を意味します。
「(サッカー)ボール」は、人ではありません。
が、翼という人物にとってボールは、「一緒にサッカーを楽しむ」
という点で「友達」と類似性があります。
「隠喩」は、類似性に基づいた比喩です。
ご回答ありがとうございます。
私もそう考えています。ですが、翼くんにとっての「友達」という言葉の意味が、辞書的な意味のレベルではなくて概念レベルで、「類似」ではなく「一致」している可能性を示唆される方もいらっしゃいます。そのあたりをどう考えるのかが難しいですね。
貴重なご意見ありがとうございました。
No.2
- 回答日時:
キャプテン翼に限っては隠喩にはならないと思います。
何故ならつばさ君はそれを本気で言ってるからです。
友人の居なかったつばさ君にはボールは本当に文字通り
たった一人の(一つの?)友達でした。
ただ、実生活で例えばサッカーの指導者が
「ボールは友達だよ。そう思って大切に扱いなさい」とおっしゃるなら
それは隠喩になるかもしれませんね。
貴重なご回答ありがとうございました。
なるほど、文脈を考える必要がありました。確かに、つばさ君に関して言えば、ボールは唯一無二の友達だったのかもしれません。なら、ボールは人と同じものであって、「ボールは友達」は、「岬くんは友達」と同じ意味になり、比喩ではないのかもしれません。また、実生活の例との比較もわかりやすくて納得しました。どうやら、背景の文脈を無視して、一般的な意味で考えれば隠喩でいけそうですね。
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