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歴史上、帝国と王国、あるいは皇帝と王という呼び名の違いがありますが、実質的には何が違うのでしょう?
それから、イギリスはじめ欧州各国に王国があるなら、日本も天皇を仰ぐ王国と言ってもいいような気もしますがそんな話は聞いたこともありません。
また、天皇を英語ではKingではなくEmperorと呼ぶのは何か意味があるのですか。
受験生時代には疑問にも思ってなかったことが、今更になって知りたくなりました。

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A 回答 (12件中1~10件)

↓#11の者ですが帝国と皇帝がごっちゃになってました。


帝国の最高権力者が皇帝というわけではないですね。
すみません。
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私も以前からどう違うんだろうと思ってました。


自分なりに考えたことですが、みなさんが言うことと
ほとんど同じです。

(1)中国の皇帝
 中国の統一王朝の天子は皇帝と呼ばれてきました。
(2)古代の強大な軍事国家の権力者
 ローマ帝国・ペルシャ帝国などの皇帝
 でもなぜか、古代エジプトの王は王と呼ばれています。
 ギザ王・クフ王など。
 それから本を見るとアッシリア帝国のアッシュルナシル
 パル「王」・・・と書いてあったりします。
(3)法王から戴冠された王
 神聖ローマ帝国の皇帝・ナポレオン皇帝(王じゃ
 なかったですけど)
(4)よくわからない例
 大英帝国というのにイギリスの国王は皇帝とは
 言わない。(植民地からは呼ばれていたかもしれない)
 ティムール帝国というがティムールを皇帝と呼ばない。
 史上最大の国を作って、しかも多くの国や民族を
 支配したのにチンギスハンを皇帝とも王とも言わない。
 これは「ハーン」だから?

こう考えるとあまりはっきりした決まりはないような
気もします。習慣的なものでしょうか?
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本論とは少しずれますが、日本の「天皇」という呼称は確か、飛鳥-奈良時代にできたと思います。

一定の地域を統べる「キミ」を更に統治する「オホキミ」という呼称がそれまで使われていたのが、政権が強固になってくるとともに「スメラミコト」と称するようになり、「天皇」と字をあてたと記憶します。
諸外国に対してはどうなんでしょうね。遣唐使の頃は冊封制の形を取ってましたから、中国に対しては「臣何某王」でしたでしょうけど。朝鮮や渤海に対してはどうかなあ。
天皇をEmperorは抵抗ありますね。天皇は訳しようがない。
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実質的な違いは他の方が回答されているので私は建前上の話を少し。

キリスト教がローマ帝国の国教になってから聖界の頂点は教皇、俗界の頂点は皇帝とされ、この体制は建前上は永遠に続くものとされました。しかし実際は帝国も教会も東西に分裂し、西ローマ帝国は滅びます。その後フランク王国はピピンの寄進などで教会に取り入り、教会も権力者と仲良くするのが得策と考えてカールを皇帝にします。その後東フランクのオットーが勢力を拡大し、皇帝を与えられます。従って神聖ローマの皇帝は建前上は西ローマ帝国の皇帝なのです(実質的にはドイツ王)。ヨーロッパの皇帝は建前ではキリスト教世界のすべてを支配し教皇に地位を与えられることになっています。(ナポレオンは勝手に皇帝になりました)。ロシアのロマノフ朝がなぜ皇帝と称することができるかというとモスクワ大公のイワン3世がビザンツ皇帝とギリシア正教会長の地位を継承したことになっているからなのです。従ってロシアの皇帝は建前上は東ローマの皇帝なのです。オスマントルコのスルタンがなぜ皇帝と呼ばれているかと言うとカリフと称していたからなのです。サラセン帝国もフラグ汗に滅ぼされる前頃はバグダット周辺を支配しているに過ぎませんでしたが。戦前の日本は神の国とか称し(今でも某元首相はそう言っていますが)大日本帝国と言っていたので天皇がemperorということになったのでしょう。これに対しあるイギリス人が帝国と称するには小さすぎると言っているのを読んだことがあります。こうしてみるとヨーロッパにせよイスラム世界にせよ日本にせよ建前と実際は随分違うことが分かります。
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再び登場、chaffです。


gokuh_さんの回答を見て思い出したので、余計なお話をもう一つ(ご質問の主旨からどんどん離れていきますが...)

中華社会では「皇帝」は天下に一人しかおらず、その他の地方の支配者は「皇帝に領土を柵封され」て「王」を
名乗ることを許されていたのだそうです。(中国の歴史には、皇帝のほかに○○王というのがやたらとでてきますね)
で、わが国ではと言うと武家の頭領が中華社会に対し「王」を名乗っていたようなのです。
足利家もそうですし、徳川家もそうです。

さて、徳川幕府が崩壊し、大政も皇室に奉還され、明治革命政府のスタッフはその旨を諸外国(中華社会)にさっそく伝えようとします。なんて紹介したらいいかな?
「前のさむらいの政権は『王』だったのに、もっとエライはずの皇室が同じ『王』ではかっこ悪かないか?」
「ウチワで使っている『天皇』を使ってみてはどうかな?」「うん。エラそうでよいぞ。よかろう」
てなわけで、年号も"明治"に改めて早速お隣の仲良しの朝鮮国へ使いを遣ります。

「いままでの『日本国王』に代わってこんどからもっと偉い『日本天皇』が支配者です。よろしく。...」
さあ、これを読んだ朝鮮国のお役人の驚くこと驚くこと!
「なんと!『皇』ですか!天下に皇帝は中国に一人しかおわさず、ウチの王様でさえも『王』なのに...
 ちょっと、この『皇』の字はマズイよ。書き直して下さい。これじゃウチの王様に見せられないよ。怒られちゃうよ。」
「いや、もう決まったことなので...]
「いーや!直してください!」
「なにおっ!」「やるかっ!」
と言うわけで、それから日本国と朝鮮国は仲が悪くなったのだそうです。
今でも韓国のマスコミでは「天皇」と言う言葉は使わず「日王」と書くところも多いそうです。

..というハナシが韓国の歴史の本には大抵出てきます。
(韓国の歴史によると、明治政府スタッフはこれを戦争の口実とできるよう、意図的に『皇』の字を使ったのだそうです)

字一つで大変な騒ぎになるという一席でした。
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Emperorというのは、chaffサンの回答にもあるように、古代ローマの総司令官インペラトールから来ています。

もともとは複数の軍団の指揮権を持つ人という意味にすぎず、必ずしも国家のトップを表す言葉ではなかったのですが、カエサルがこの称号を用いて以来、次第にローマ帝国の最高権力者(皇帝)を意味するようになりました。当時のローマ帝国は、傘下にいくつか王国を抱えており、同盟国の王位継承の調整等も行う実力がありましたから、ローマ皇帝は同盟国の王なんかよりかなり格上だったのだと思います。そこで、void2000さんのおっしゃるような「複数の王国を支配する」というような意味が出てきたのだと思います。

一方、中国の皇帝は、天命により全世界(のうち文明が及んでいる部分)を支配する者とされていましたから、周辺の蛮族の王なんかよりは断然格上です。だから、西欧の人が皇帝の訳語にEmperorを持ってきたのは、自然なことだったのでしょう。

日本の天皇には、もともと「複数の王国を支配する」という意味合いはなかったと思います。ただ、中国の皇帝より格が下では不満だったので、天皇と言う称号を用いたのだと思います。「皇」の字が入っているので、西欧の人も素直にEmperorと訳してくれたのでしょう。あるいは、ひょっとしたら、日本人が、王よりは格上だぞという思いを込めてEmperorと訳したのかもしれません。

蛇足ですが、Emperorについての逸話をひとつ。大英帝国の最盛期の女王はビクトリアという人ですが、この人が皇帝になったのは次のような経緯があったという説があります(かなりまゆつばものですが)。

ビクトリアは女だったので、英国の王家に継承されてきたハノーバー選帝侯の位が継げませんでした。「女だからって馬鹿にしてるわ<(`^´)>」とプンプンの女王に、お気に入りの大臣ディズレーリが言いました。「陛下、選帝侯の位など気になさることはありません。皇帝になってドイツの野蛮人を見返してやればよいのです。幸い、クライブという者がインドを分捕っておりますから、インドの皇帝におなりあそばせ。なあに、皇帝にさえなってしまえば、インドの皇帝にすぎないことなど、誰も気にはとめませんよ。」こうして、大英帝国は始まったのだそうです。

結構いい加減なものかもしれませんね(^_^;)
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厳密的な区分けは難しいかもしれません。


一口に「帝」「王」と称しても日本語の訳であって実質的な地位や権限は各国家・時代によって微妙に異なりますよね。
例えば日本の場合、日本国内で現在「王」と言えば天皇の皇位継承者三世以下(女性は女王)を指しますので「王」は決して筆頭にはなりません。
ですから他の王国(イギリスやオランダ・サウジアラビア等)での「王」の地位や権限とは全然違います。
もちろんイギリス国王・オランダ国王・サウジアラビア国王相互も地位や権限は全然違います。

一般的に「王」の上に立つものとしての「皇帝」となりますが、下位に「王」の存在しない「皇帝」もいますし。
国や時代によって皇帝の親族が王として封ぜられたり、貴族身分から王にひき上げられたりする場合もあります。

ですから、その国が自国の首長の呼び名を最初になんと訳したか?
(自国から英語等で国際的に認知→さらに和訳)に左右されるかもしれませんね。

> 日本も天皇を仰ぐ王国と言ってもいいような気もしますが
> そんな話は聞いたこともありません。
聞いたことないかもしれませんが、日本は紛れも無く「立憲君主国家」に分類されるのではないかと思います。
王政・国家元首の世襲制の国であっても国号に「王国」を附ける必要はありませんから。日本の教育社会で「国号・国旗・国歌」問題はご法度と思うほど生徒に教えてくれませんから聞き覚えがないのでしょう・・・

明治・大正・昭和初期の日本は「大日本帝国」でしたが、皇族(王)より上の地位に立つので天皇を皇帝と同列において「帝国」としたのではないでしょうか?

また、これは憶測ですが「日本国王」を称した例に足利義満がいます。
江戸時代に於いても幕府将軍は外国には王として接しておりましたので
将軍の上に立つ天皇が王では辻褄が合わぬと思われたのかもしれません。

>実質的には何が違うのでしょう?
という問いに対する回答と趣旨が異なってしまうかもしれませんが、余談とでも思ってお読みください。
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同感です。


Kingの語源は「血族」とか「血筋」を表すKINから来たそうです。
Emperorの語源は古代ローマの総司令官"インペラトール"から来ているそうです。(綴り知らない...)

Kingは代々受け継がれた血筋による権威
Emperorは戦争の勝利等による権威
といった解釈が成り立つでしょうか?

だとすると、日本の天皇は英国の王様なんかアシモトにも及ばない位の思いっきり"King"だと思うのですが。

余談ですが、西欧には王制はあっても天皇制はありませんでした。(あたりまえですが...)
ならば、天皇制に立脚する天皇を"King"または"Emperor"と訳すのは一種の誤訳であると感じます。「天皇」はやはり"Tennou"と表記されるべきです。
(それを言ったら「ローマ法王」の「法王」はどうなんだ?と突っ込まれそうですが)
幕末の頃までは、天皇は英語でも"Mikado"または"Gosyosama"でした。似ているからといって"Emperor"とか"King"と超訳するような乱暴者はいませんでした。
きっと明治の頃の日本人がわけもわからずに訳してしまったのでしょう。
"Emperor"の方が景気良く強そうですからね。

参考URL:http://www.jbook.co.jp/product.asp?PRODUCT=23615 …
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 余談をもう一つ


中国で王といった場合は、皇族男子のことを指します。(重臣に認めることもありますが例外です。)女性であれば公主、直系以外であれば群主を名のります。
 また、日本の皇族も王、女王が存在します。現在、王はいませんが、女王は何人かいらっしゃいます。(高円宮家の御子様方が該当します。)
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ご質問についてはすでに回答があるので、余談を。



「王」と「皇帝」の使い分けは元々中国で(当然ですが)、最初の皇帝は秦の始皇帝です(めちゃめちゃ当然ですが)。
「皇帝」という呼び名自体は伝説の賢人群、「三皇五帝」から取ったと言われています。

emperorは本来「皇帝」を意味し、日本の天皇が帝国のトップだったのはほんの一時期しかありませんが、それ以外に「天皇」に合う単語がないというのがもっとも近い答えかと思います。あるいは幕末のインテリが「天皇がただの王と同じ扱いというのはおかしい」としたのかもしれませんね。
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Q帝国と王国の違いについて

帝国と王国の違いについて教えてください。

帝国の定義としては「ある特定の民族が他の民族や領土の支配をともなって統治している場合」という記述がありました。

歴史を見るとナポレオンは自らを皇帝と称しましたが、この時代のフランスは帝国ですか?

また明治維新以後敗戦までの日本は「大日本帝国」ですが、これは台湾や朝鮮などを支配していたからでしょうか?

ドイツは小王国に分かれていたのが統一されてドイツ皇帝
Kaizerを戴きましたが、ワイマール共和国が成立するまでは帝国だったと言えますか?

中国は明帝国、清帝国など、周辺の諸民族を柵封し、支配していたので帝国ですよね。

しかし、オランダ、スペイン、ポルトガルなどは植民地をもって多民族を支配していたのに、王国でした。

はっきりとした違いはあるのでしょうか。

Aベストアンサー

本来は他の方もおっしゃるとおり、皇帝の称号はある文明・文化圏における最高の君主が名乗るものです。
古代ペルシャの「諸王の王」という表現が一番ぴったり来るでしょうか。

××帝国、という言い方はかなりあいまいな基準によります。
皇帝を擁する大国を帝国と呼ぶのはもちろんで、オーストリア帝国とかムガル帝国、歴代の中国統一王朝などはそれにふさわしいものですが、これが中央アフリカ帝国となると歴史も由緒も???なところがあります。
このほかにイギリスやスペインのように、帝国主義政策を取った国とその植民地をあわせて帝国と呼ぶことがあります。この場合、アメリカ合衆国やソビエト連邦のように君主国ですらない国についても帝国と呼ばれることがあります。

西アジア~南アジアではペルシャ帝国崩壊後、イスラム教のカリフ(後にスルタン)が皇帝と訳されるようになります。

ヨーロッパ圏ではローマ皇帝の後継を称する君主が名乗るものでした。エンペラーだのカイゼルだの、という称号はそれぞれ古代ローマのコンスルが有していた最高指揮権(インペリウム)、及びカエサルの名に由来します。ローマ帝国末期の東西分裂などのため皇帝位は大雑把に西系(ローマ教皇により戴冠)と東系(ビザンツ皇帝→ロシア皇帝)に分かれますから、皇帝が複数いる事態が異常とは思われていなかったようですが、相応の由緒と実質がないと他国が認めませんでした(ロシアの君主が皇帝となるのは1721年のことです)。

スペインが皇帝位を名乗らなかったのは、すでに本家オーストリアのハプスブルク家が神聖ローマ皇帝位を名乗っており、分家たるスペイン・ハプスブルク家が皇帝を名乗るわけにはいかなかった、という事情があります。
ポルトガルやイギリス・フランスといった他の王家が皇帝位を名乗れなかったのも同様の理由によります。

ナポレオン1世もローマ教皇から戴冠を受ける、という形式を整えた点ではこのラインに属しますが、あまりにもなりあがりぶりが露骨だったため評判はよろしくありません。また、神聖ローマ皇帝がありながら皇帝を名乗ったため、皇帝位の価値を下げた、とする見方もあります。いずれにせよ、まずありえないことですがボナパルト家の人間がフランスの君主になった場合、その人物はフランス皇帝を名乗ることになるでしょう。

オーストリアはナポレオン1世による神聖ローマ帝国解体後も皇帝位を維持しました。ただしオーストリア皇帝、ということになったため、結果的にプロイセンが統一したドイツが、我こそは神聖ローマ帝国の後継国家なり、としてドイツ皇帝を名乗る余地を与えています。

東アジアでは始皇帝が皇帝という称号を発明しました。それまで分裂していた中原諸国を統一した、という点で、王という称号に満足せず、伝説の三皇五帝からとって皇帝と名乗ったとされます。
本来は天帝から天命を受けた者が皇帝として地上を支配する、という建前なので、皇帝が乱立する分裂状態は中華文明としては異常事態と考えられていました。
中央アジアの遊牧民たちのハーン位も皇帝と訳される場合があるのは、中華皇帝が大ハーンを名乗ったことがあるためです。唐のように遊牧民への威圧から皇帝がハーンを名乗ることもあれば、元のように遊牧民が中国を占領して皇帝になる場合もあります。

日本はまあ、夜郎自大、という見方もありますが、大陸及び半島に対しては欧州の海に比べ格段に波の荒い海で隔てられた別個の文化圏と見るべきでしょう。なお、天皇の称号の由来はどうやらかの則天武后によるようです。
今となっては日本の天皇は世界唯一の皇帝になってしまいました。

大韓帝国は日清戦争により清の冊封体制から外れ独立国となったときに李朝の王が皇帝を称し、皇帝と名乗るにはいささか弱小でしたが、独立した君主国であることを明示しました。

エチオピアの君主は15世紀ころから皇帝を名乗っていましたが、1974年に社会主義クーデタにより最後の皇帝ハイレ・セラシエ1世が廃位されました。

中央アフリカでは1976年のクーデターでボカサが政権を掌握、77年に壮大な戴冠式を挙行して皇帝を名乗りましたが79年に失脚しました。数々の残虐行為で何かと物議を醸した人物で、大統領と名乗っておけば十分なところを皇帝と称し、戴冠式まで挙げたのは彼の虚栄心のなせる業と思われます。

以下蛇足。
 奇人変人の類ですが、アメリカ合衆国皇帝にしてメキシコの護国卿ノートン1世、なんて御仁もいました。よーするに南北戦争前後、19世紀後半のサンフランシスコにいた浮浪者なんですが、なぜかアメリカ皇帝を名乗った人物です。当時のサンフランシスコ市民も相応の敬意を払って彼の発行した国債を引き受け、税を納め(商店主に月50セント)、汽車などの交通費は請求せず、衣装や靴が傷んだら洋品店が無料で代わりの品を献上(?)したとか。1880年に死去した際、彼の葬儀には1万人以上の市民が参列したといいますから立派なものです。

本来は他の方もおっしゃるとおり、皇帝の称号はある文明・文化圏における最高の君主が名乗るものです。
古代ペルシャの「諸王の王」という表現が一番ぴったり来るでしょうか。

××帝国、という言い方はかなりあいまいな基準によります。
皇帝を擁する大国を帝国と呼ぶのはもちろんで、オーストリア帝国とかムガル帝国、歴代の中国統一王朝などはそれにふさわしいものですが、これが中央アフリカ帝国となると歴史も由緒も???なところがあります。
このほかにイギリスやスペインのように、帝国主義政策を取...続きを読む


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