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尊皇攘夷と尊王攘夷の違いは何か、ということがよく分かりません。
攘夷の意味は分かるのですが、尊皇と尊王はどういう違いなのでしょうか。
ニュアンスが違うことはなんとなく分かるのですが...。
わかり易く説明していただけると嬉しいです。
よろしくおねがします。

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A 回答 (5件)

「尊王攘夷」というのはもともと中国の歴史の上で用いられた言葉です。

これに対して「尊皇攘夷」は幕末の日本で使われた言葉です。

つまり、中国で周(紀元前11世紀~前256年)の時代には、封建制度といって周王室を中心に各地に公や侯などが国を建てており、これら諸侯と周王とは血縁関係で結ばれて(いることになって)いました。時代が下って春秋時代(前770年~前403年)になると西方からの異民族(これを簡単に夷と呼びます)の攻撃により、周は都を東に移します。こうして周王室の力が衰えたことから諸侯は「尊王攘夷」を唱えて他の諸侯と同盟を結び、その盟主となることで形式上は周王室を尊びながら事実上は天下を支配する覇者になろうとして争います。これが「尊王攘夷」という言葉のおこりです。

さて、次に時代は下って宋(969年~1279年、北宋は1127年まで)の時代になると中国の北方に金という女直族の国が起こり、宋を圧迫して中国の北部を占領します(1127年)。これにより宋は南方に移転して南宋(1127年~1279年)となりますがこの時代に朱子が朱子学を起こして「大義名分論」などを唱えます。つまり中国の正統政権は宋であると強く主張したわけです。そしてこの朱子学は日本では徳川幕府によって正統学問とされ、水戸藩の徳川光圀(黄門様として有名な人です)が推進した「大日本史」の編纂事業によりこの主張は「尊皇論」となります。

こうした下地があって、幕末になりアメリカなど諸外国がやってくると欧米人を夷荻ととらえた人々は水戸学の影響もあって、日本では王ではなくて天皇が存在するということから「尊王攘夷論」をもとにした「尊皇攘夷論」を唱えることになります。

つまり、「尊王」と「尊皇」の違いは中国と日本の違いや時代の違いを示しているのですが、インターネットで検索しても判るように両者の違いを意識していない人、あるいは中国の「尊王攘夷論」を知らない人たちが無差別に使うことから混同されてしまっています。(また、#2の方の言うように幕末時の人々は漢字の字義にさほどこだわらず両方の言葉を使っていたという側面もあります。)
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この回答へのお礼

「尊王攘夷」が中国からとはまさか思いませんでした。
ということは、日本は「尊皇攘夷」という事なんですよね。
詳しい説明ありがとうございます。よく分かりました。

お礼日時:2004/05/21 23:13

もともと「王」と「皇」は違う意味です。


「皇」は中国の皇帝だけが使用できる文字で、「王」は中国の皇帝から与えられる位です。
遣隋使のときも手紙の差出人の「天」や「皇」の字が問題となり「皇帝」の煬帝は怒っています。
(「天」も皇帝が支配している範囲を表します。
つまり「天下」は本来皇帝の支配下という意味です)
明治維新後日本の天皇から朝鮮へ手紙を送ったとき、それまでは「日本国王」、「大君」等の名で出していたのが「天皇」と変わったため、礼儀を知らない手紙だということで読まれもしませんでした。
ちなみに朝鮮は中国を宗主国としているため「王」の位を中国から与えられていました。

天皇は「王」ではないので本来は「皇」の字でなければなりませんが、人に通じれば字は気にしない時代なので意味は同じでしょう。
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この回答へのお礼

>「皇」は中国の皇帝だけが使用できる文字で、「王」は中国の皇帝から与えられる位
初めて知りました...なるほど。
本来は「皇」だけれど、結局のところ意味は同じなんですね。よく分かりました。ありがとうございます。

お礼日時:2004/05/21 23:20

天皇の呼称が「天皇」に統一されたのはそんなに古いことではありません。

例えば、日清戦争・日露戦争の開戦の詔勅は「大日本帝国皇帝」の名で発布されています。
尊王(皇)とは、徳川将軍とは別の古来のミカド(天皇、皇帝、国王、天子などの呼称があった)を尊ぶという意味であって、「王」と「皇」の表記の差異に特別な意味はありません。
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この回答へのお礼

ふむふむ。表記の差異に特別な意味は無いのですか…。
どちらの漢字が使われていても意味は同じということになりますね。
ありがとうございます。

お礼日時:2004/05/21 23:16

 歴史についてはそこそこいろんな本を読んでおりますが、素人の意見です。



 まず、厳密には尊王と尊皇とではちがうのでしょうが、それほど気にしていたわけではないだろうと思います。
 具体的には、尊王とは「王様をたっとぶ」わけで、イギリス国王でもオランダ国王でも、王は王。
 対して尊皇といえば、基本的にはすめらみことの天皇をたっとぶことになり、日本の天皇家に対して用いられるのが通例です。

 幕末の頃、はじめは「尊王攘夷」が志士たちの題目で、「ソンノーソンノー!」と言っていたのが、それでは
「王であれば誰でもいいのか、そんなことはない。天子様こそが王である。他の王様なんぞとは差別化しなくちゃなるまい」
 と、「王」の字の使用をやめて、「皇」の字をつかうようになったのではないでしょうか。


 しかし、たぶんそんなことは考えてなかったと思いますよ。
 日本人は漢字の使用にはかなりいい加減だったので、当て字でも何でも、バンバンつかっていました。
 坂本龍馬を、「坂本良馬」と書いていたり、
 沖田総司を、「沖田総二」と書いていたり、
 そんな例はほかにもいくらでもある。

 あまり目くじらたてて厳密に漢字をあてていたとも思えません。
 人によって、尊王とも尊皇とも書いただろうし、
 同じ人でもどっちでもつかっていただろうと思います。

 
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この回答へのお礼

なるほど、よく考えればその時代はあまり漢字を厳密に使ってはいませんでしたね。
ありがとうございます。

お礼日時:2004/05/21 23:09

こんなページがありました



参考URL:http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/3776/sonn …
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Q尊皇・勤皇・尊王・勤王って違う思想なのでしょうか?

最近幕末関係の本を読むのにハマっています。そこでちょっとよくわからないことが・・・・尊皇・勤皇・尊王・勤王って違う思想なのでしょうか?

「歴史を動かす力」という司馬遼太郎さんの対話集を読んだところ、勤皇と尊王の2つが分けて使われていました。「尊王というのは普通の概念である。勤皇というのは行動である、だから革命運動である。勤皇というのは恐ろしい、これは容易にやれないものだ」「勤皇といえば泥棒という語感に似ている。犯罪のにおいがして、非常に恥ずかしくて容易にいえなかった」と書いてありました。またいろいろ本を読んでいると、漢字が違う尊皇・勤王とかも見かける気がするのですが、これらの思想はどのような違いがあるのでしょうか。

詳しい方はぜひ教えてください。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

尊王は、中華思想にある普通の概念です。「王を尊べ」ということです。
尊皇は、そこから派生した日本独自の概念です「天皇を尊べ」ですね。中国では皇は皇帝しかいませんから、これは尊王とは別の次元なのです。
勤王・勤皇は「王(皇)の為に勤める」ということです。つまり王(皇)のためなら、殉死できるという考えです。

司馬氏の「勤皇といえば泥棒という語感に似ている~」という文章は、たしか明治維新と2.26事件辺りの青年将校のクーデター事件を踏まえての発言だったと思います。
その後「子供だった私でもとんでもないことがおきたことが分かった」というような文章があるのではないでしょうか。(うろ覚えです)

これは、明治維新のころは権力者として祭り上げられた天皇も、戦前の昭和になると、「天皇機関説」が天皇実権のコンセンサスになっており、平たくいえば現在の象徴天皇制とあまり変わらない役割しか、天皇は担わないという解釈が一般的になった時代に、「天皇の為に殉死する」と言い切る一部軍人の言葉が、非常に反社会的に響いたという、司馬氏の印象を書いたものだったと記憶しております。

事実、司馬氏は「この国のかたち」という本の中で、総帥権を引き合いに出して、同様のことを語っています。
よろしければこちらも一読ください

尊王は、中華思想にある普通の概念です。「王を尊べ」ということです。
尊皇は、そこから派生した日本独自の概念です「天皇を尊べ」ですね。中国では皇は皇帝しかいませんから、これは尊王とは別の次元なのです。
勤王・勤皇は「王(皇)の為に勤める」ということです。つまり王(皇)のためなら、殉死できるという考えです。

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Qイデオロギーって何ですか???

イデオロギーとはどんな意味なんですか。
広辞苑などで調べてみたのですが、意味が分かりません。
どなたか教えてください。

Aベストアンサー

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオロギ-には賛成・反対といった概念がないのです。

例えば、環境破壊は一般的に「やってはいけない事」という一定の考えに
組織されています。つまりみんなが根本的な共通の考え(やってはいけない事)として組織されているもの、これがイデオロギ-なんです。
しかし、社会的立場によってはその「やってはいけない事」を美化して
公共事業と称して環境破壊をする人達もいますけど。
ここでイデオロギ-という概念に対して色んな論説が出てくるわけです。
一応これは一つの例ですけど。

というかこれくらいしか説明の仕様がないですよ~~・・。
こういう抽象的な事はあまり難しく考えるとそれこそ分からなくなりますよ。
この説明で理解してくれると思いますけどね。

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つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
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Q「幕府」と「朝廷」の違いを教えて

中学校1年生の子供からの質問なのですが、

・「幕府」と「朝廷」の違いが分からない。
・そもそも「幕府」って何?「朝廷」って何?

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お恥ずかしながら的確に説明できません。
教科書には説明が載ってないし、「先生に聞いてみたら?」と言うと
「先生は授業が終わるとすぐに職員室に戻ってしまうし、あまり質問しやすい先生じゃないもん!o(;△;)o 」
とのこと・・・(´_`;)

どなたか教えていただけますか?
私も勉強したいです。よろしくお願いします。<(_ _;)>

Aベストアンサー

朝廷というのは天皇を頂点とした政府のことですが、ここが日本全国を完全に支配していたのはせいぜい平安時代までで、その後紆余曲折はありますが、鎌倉時代、室町時代、戦国時代(この時代は全国を支配した政権はありません)、安土桃山時代から江戸時代まで、ほとんどは武士が支配することになります。
ただ、ややこしいのは武士が支配していた時代でも一貫して朝廷は存在していたことです。幕府の長は征夷大将軍ですが、これは形式的には天皇の部下なんですね。ただ、現実には天皇が将軍を自由に選べるということはほとんどなく、武士に言われるがままに任命していたわけですから、実権は武士の側にあったということになります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%81%E5%A4%B7%E5%A4%A7%E5%B0%86%E8%BB%8D
これを端的にお子さんに説明するのは難しいかもしれません。
ただ、今の天皇陛下も政治的な実権はまったくなくて象徴として存在しているわけなので、それとちょっと似ているというような説明は、できるかもしれませんね。(今でも首相を任命するのは天皇と決まっています。ただし天皇が首相を選ぶことはできず、国会が選んだ人を形式的に任命するだけです)

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Q原油と石油

原油と石油の違いって何でしょうか?
中学校の社会で習った時からの疑問なんですが、「原油埋蔵量」って書いてあったり、「石油埋蔵量」とも書いてあったりしたんです・・・。
当時、先生に質問したら「両方とも同じものだ」と返答されました。
でも、何かしっくりきません。
どうぞ、どなたか教えてください。

Aベストアンサー

化学工業分野の研究をしています.
原油は,天然に地下から産出した状態の未精製の石油のことで,通常,赤褐色ないし
黒褐色の粘ちょうな液体です.
石油は,原油およびこれを精製して得られる各種石油製品(灯油など)の総称です.

これらは,業界や分野によって定義が種々存在すると思います.
原油の方は「掘り出されたまま」の状態のもので,土砂が含まれたものを指すことも
あるようです.
石油の方は,化学工業の分野では原油を精製したもののことを指す場合が多いですが,
地質学の分野などでは原油と同義に使うようです.
よって,「原油埋蔵量」と「石油埋蔵量」は同じものと推測されます.

Q倒幕と、討幕の厳密な違い?

幕末の歴史本などで「倒幕」「討幕」と二種類の表記があるようですが、
これは歴史学などの世界で厳密に分けられて使われているものなのでしょうか?
もしそうならどう違うのか、意味合いの方を教えていただけるとありがたいです。
字面で見れば軍をくりだした後は討幕かと思うのですが・・・

Aベストアンサー

ご質問の通り、武力の使用を伴うか、伴わないかという点が異なると思います。

「倒幕」:例えば反幕府勢力の力を集めて、密かに幕府の支配を終わらせる行動(密議など)をする場合は、「倒幕運動」となるでしょう。

「討幕」:軍を集めて武力で圧力をかけ、場合によっては武力で幕府を攻め滅ぼす場合。

ポイントとして、天皇から幕府追討の院宣が出た後でないと、反幕府軍は「官軍」になりません。(単なる武装集団)
武力による行動を伴う場合でも、朝廷より幕府追討の院宣が出るまでは「倒幕」(クーデターに近い)で、天皇から幕府追討の院宣が出た後は、反幕府軍が正式に「官軍」になり「討幕」になると思います。(つまり討ち滅ぼして良い)

Qリベラルとは?

・左派、革新、社会主義
・右派、保守
という分類ができると思うのですが、
リベラルや自由主義は、どう考えたらいいのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共和党政策が旧保守主義(右派リバタリアン)で、それ以後を新保守主義(ネオコン)といい保守と名乗っていますが、実態は左派リバタリアン(左派が保守に転換し、現状を保守する為に革新的手法(戦争など過激な改革を許容する)を執ると言う主義)です。

 自由主義の反対となる統制主義も左派だと共産主義や社会主義、比べると右派に成るイギリスの「ゆりかごから墓場まで(高福祉政策)」などが有ります。

 簡単に言うと、積極的に変えようとするのが左派で、変わらないように規制するのが右派です。そして変える方向(変えない方向)が自由か統制かで分類できます。

 日本には明確に保守を謳う政党が無いので、イメージがわき難いのかも知れませんが…。
 (自民・民主党は中道で、共産党は左派統制主義ですから…。)

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

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Qエルサレムに、なぜ3宗教の聖地が在るのですか?

エルサレムでは、紛争が延々続いていますね。
あんなに狭い所に、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教という3宗教が聖地を持っているから、トラブルが起きるのは当たり前だとは、とは思います。その3つの宗教は、ユダヤ教、それから発生したキリスト教、そしてそれらと影響のあるイスラム教、という関連のある宗教ですね。
世俗的には、エレサレムの街自体は、たとえば交通の要所とかではなく、たいして重要な街とは思えません。
それなのに、、なぜ3宗教は、エルサレムに聖地を持っているのですか?
たまたまエルサレムに3聖地が混在するだけなのですか? あるいは、歴史上や宗教上で、何か慨依性を持っているのですか?

Aベストアンサー

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ(イスラエル)の地にやってきて、神様は「よーしお前ら、ここをお前たちに与える」と畏れ多くもありがたくおっしゃいました。しかしそこは当然先住民がおりまして、「なんか、先に住んでる人がいますけどこれはどうすればいいですか?」と伺いましたところ、「お前たちに与えたから殺しちゃってオッケーよ」とおっしゃいました(本当)。かくして彼らはそこにユダヤ人国家を作りました。ユダヤ人がイスラエルを「約束の地」と呼ぶのはそういうことです。
そんなこんなの経緯は旧約聖書に書かれています。

さて、ユダヤ教徒はエルサレムに神様を祭る壮大な神殿を作りました。その頃がユダヤ教とユダヤ王国の絶頂だったといえるでしょう。その後神殿は破壊されてしまい、その一部が残るのみとなりました。その遺跡が「嘆きの壁」と呼ばれるところで、そこでは常に敬虔なユダヤ教徒が祈りをささげていますが、そのお祈りの内容は、「神様、あの栄光の日々がまた訪れますように」というものです。その「また訪れてほしい栄光の日々」とは3000年くらい前の話なんですけどね。

ユダヤ人の国は、あんなこんながイロイロとありまして分裂したりして、やがてローマ帝国の属州となりました。ローマ帝国ってところは実は非常に寛大な帝国で、帝国に従うなら信教の自由も認められていました。日本人レベルでいえば、「それならいいじゃん」というものですが、「この世で神様とお呼びしていいのはおひとりだけ」と信じる彼らにとって異教徒がウロウロしているのが非常に気に障って障ってしょうがないのです。イスラエルでは、ローマ帝国に対するテロ活動が盛んでした。
ユダヤ教徒の歴史では、そういう「ユダヤ人受難のとき」にはエリヤとか神様の言葉を預かる「預言者」が登場して人々を導きました。ユダヤ教徒たちは、そういう「救世主」が出てくることを待ち望んでいたのです。

そういったタイミングに登場したのが、ナザレ生まれのイエスでした。イエスはユダヤ教史上、というか宗教史上において革命的な言葉を発しました。「ベイベー、愛だぜ」と。彼は、あの神様のことを「父ちゃん(アバ)」と呼びました。後になんだかんだでイエスは神の子となりました。マリア様が処女のまま神の子を受胎したお話はご存知でしょ?
それがどれだけ革命的であったのはまた別の機会に譲るとして、「憎みあうより、愛し合おうぜ」と言い出したイエスは人々からローマ帝国を排除する指導者となることを熱望されましたが、「だから俺は憎みあうのは嫌なんだよ。愛し合おうぜ」といって人々を失望させ、エルサレムからすぐ外に出たところのゴルゴタの丘で十字架にかけられてしまいました。
その後、実は一度もイエスと会ったことがないパウロが「イエスは救世主(キリスト)だったー!」と言い出してキリスト教が誕生します。なお、旧約聖書では「救世主はベツレヘムに生まれるよ」と書いてあったので、イエスはベツレヘムで生まれたことになりました。
当然のことながら、キリスト教にとってエルサレムは「イエスが十字架にかけられた場所」ですので極めて重要な聖地であります。

そのイエスが十字架にかけられて50年くらい経ったとき、「もう我慢ならねえ、ローマ人は出ていけ!」とユダヤ人は反乱を起こしました。それ以上にブチ切れたのはローマ人です。「人が下手にでてりゃあ属州のくせにでけえ態度をしやがって。ローマ帝国の恐ろしさを骨の髄まで教えたるわ」と本気で怒り、反乱を鎮めただけではなく、何かとややこしい神殿を破壊し、「ややこしい神を信じてるお前らはこの辺りに住むんじゃねえ」とユダヤ人をパレスチナから追放しました。
これがディアスポラです。以来約2000年、ユダヤ人はイスラエルの地に再びユダヤ人の国を再興することを願いながら世界中でお金を稼ぐこととなります。

時代はずーっと下りまして、メッカの洞窟で、青年ムハンマド(マホメット)の前に大天使ガブリエルが現れて「君が預言者だよーん」と告げました。イスラム教の誕生です。ムハンマドの元にガブリエルを派遣したのはあの、例の、何かとややこしい「神様」でいらっしゃいます。そういや、マリア様の前に「あなたは神様の子を宿したよ。おめでとう」と告げに来たのもガブリエルでした。ガブリエルさんはどうもややこしいお仕事を何度もされているようです。
ムハンマドのあまりに偉大な足跡に関していちゃもんをつけると冗談抜きでアルカイダから死刑宣告されてしまいますので、それについては割愛します。
イスラム教にとって最も重要な聖地は、ムハンマドが神の啓示をうけたメッカです。しかしムハンマドは一神教教徒なわけですから、「死ぬまでに偉大な神殿があったエルサレムで死にたいなあ」と当然といえば当然で、ややっこしくなることを願います。
そして、そのエルサレムの地で天に旅立ってしまったのです。エルサレムはイスラム教にとっても「教祖様が入滅された場所」となってしまったのです。

かくして、エルサレムの地はユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒が俺の場所だ、いいや俺の場所だと大変にややこしい場所となってしまいました。

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ...続きを読む

Q目処(めど)と目途(もくと)

目処と目途の使い分けについて教えてください。
送り仮名に違いがありますか。
PC辞書で「めど」の変換を探すと目途が入っているのもありますね。
これは明らかに誤用ですよね。

Aベストアンサー

めどはやまと言葉ではないでしょうか。もしそうなら漢字は当て字であり、どちらが正しいというものでもなく、世間で一般的にどう使い分けされているかということに過ぎないと思います。

広辞苑ではめど(目処)もくと(目途)と分けて記載されているだけで説明がなく
不親切です。朝日新聞社の漢字用語辞典では、めど(目処、目途)とあり、私のPCでも、めどで両方が転換できます。

解決のめどがつくとか、目標達成のめどが立ったなどと使われるので、
ものごとがその完成、実現にちかずいたということを意味し、目標とは若干ニュアンスが異なると思います。目標は高くとは言いますが、目途(目処)は高くとはいいませんね(この部分は蛇足です)

Q『更迭』と『罷免』の意味

皆様、こんにちは。

最近何かとよく耳にする『更迭』と『罷免』ですが、意味が同じように思えてなりません。(他にも『解任』などもあったりして)

どちらも、『人を辞めさす』という意味で間違いないと思いますが。
gooの国語辞典で調べると、『罷免』は単に辞めさす事。
『更迭』は他の人に変える事とでてきます。
だとしたら、『更迭』の用法としては『○○を△△に更迭する』という形となると思うのですが、新聞やTVなどメディアでは『○○を更迭』と使っている気がします。
これは単にメディアがきちんとした使い方をしていないという事なのでしょうか?

なんだかうまくまとまりませんが、『更迭』と『罷免』について分かりやすい用法や明確な違いをご存知の方がいらっしゃれば是非教えて下さい。
よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

罷免--免職と同じで、辞めさせる事. **を罷免する。はやくいえば首
解任---任を解く  課長の任、地位を解く。**さんを解任するはその人の任(地位)を解くで、**さんを辞めさせるという事ではない。結果的には首もあるでしょう.
更迭---人を変える。**を更迭する。--に***を更迭でもいいし、**を更迭するでも、どこへ行こうが更迭をされる事実がわかれば、いいのだから、**を更迭でもかまわいと思います.地位を下げられる人もあり.

Q「ご連絡いたします」は敬語として正しい?

連絡するのは、自分なのだから、「ご」を付けるのは
おかしいのではないか、と思うのですが。
「ご連絡いたします。」「ご報告します。」
ていうのは正しい敬語なのでしょうか?

Aベストアンサー

「お(ご)~する(いたす)」は、自分側の動作をへりくだる謙譲語です。
「ご連絡致します」も「ご報告致します」も、正しいです。

文法上は参考URLをご覧ください。

参考URL:http://www.nihongokyoshi.co.jp/manbou_data/a5524170.html


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