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モナコやルクセンブルクは「公国」で、君主に「公」なるものが居ます(アルベール2世公とか)

王は 何となくどういう者か分かりますが
公は よく分かりません

王と公の違いは何でしょうか?

A 回答 (9件)

Wikiには以下のように記載されています。


 ヨーロッパの君主には皇帝、国王、大公/公(プリンス)の
 3つの概念がある。元々は各地域ごとに君主の名称があった訳
 だが、ローマ帝国以降のヨーロッパの秩序においては、皇帝や
 教皇から王として承認を受けた存在のみが王であり、そのよう
 な承認を受けない小君主が総称的にプリンスと呼ばれた。

詳しくは以下のリンクの『西洋の王』の項目を見てください。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E7%8E%8B
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この回答へのお礼

ありがとうございました

お礼日時:2014/12/31 18:13

「王」というのを「公爵より上位にある一種の爵位」と思えば話は簡単.



ただし, たとえば「神聖ローマ帝国内では『王』という『爵位』は許されていなかった」というネタもある. この辺はプロイセンの君主の称号の歴史などを調べてもらうといい.

余談だけどいまのルクセンブルクは「大公国」.
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この回答へのお礼

ありがとうございます

お礼日時:2014/12/31 18:12

>モナコやルクセンブルクは「公国」で、君主に「公」なるものが居ます。



その通りで、モナコ公国・ルクセンブルク公国・リヒテンシュタイン公国などがありますね。
王様が君主でなく、爵位を持った貴族(侯爵)を君主にいただいています。
ですから、公国と記載したり侯国と記載したりもしますね。

>王と公の違いは何でしょうか?

王様は、専制君主ですよね。
この王様の家臣団を構成する貴族が、侯爵です。
つまり、王様の家臣です。
アジアでもヨーロッパでも、家臣には「領地」を与えます。
現在ある公国の多くは、神聖ローマ帝国皇帝から領土を得た侯爵が支配する地域が元になっています。
中世・近世、侯爵は支配する土地を守ったのですね。
例えば、モナコ公国。
神聖ローマ帝国滅亡後はフランス王国と渡り合い。近世では、ムッソリーニ・イタリアに支配されても、大戦後領土を回復しました。
本来なら、国王を名乗っても良いのですが伝統を重んじているのでしよう。
※歴代モナコ公には、絶対君主として君臨した侯爵も存在しました。
まぁ、独立国家ですから「侯爵・国民が望めば、王国になる」事が出来ます。^^;
国王を任命する権力を持った者は、既に存在しませんからね。あくまで、国内問題です。
アジアでは、歴代中国皇帝が高麗・朝鮮国王を任命していました・・・。
1895年。日清戦争で日本が武力で朝鮮を奪ったので、独自に国王即位が可能になりました。
※下関条約第1条。清国は、朝鮮の独立を承認する。
1945年。日本の敗戦により朝鮮半島は戦勝国に返還しました。
今でも、南北朝鮮主導者は中国に度々朝貢していますよね。DNAが、求めるのでしようか。
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この回答へのお礼

ありがとうございました

お礼日時:2014/12/31 18:12

「王」も「公」も漢字であり、中国の史書から判断すべきです。


西欧の言葉を翻訳して用いることも可能ですが、何処の国の言葉かを明確化しておかなければ、意味を取り違えてしまいます。西欧には西欧の独特の用語がありますから、原文をどう理解するかはその国の言葉の意味を知るしか有りません。
古代中国では国の大小を問わず、統率権を持つ者が王であり、後に「帝」ともされました。秦の始皇帝の時代から、諸国の王の上に君臨する大王が、自ら「皇帝」を名乗りました。
公は貴族の中の特筆的人物への敬称です。
釣り人を「太公望」に例えますが、大公はとても立派な人という意味での尊称。従って、太公望は「望」という名の偉人の意味です。もっとも、その当時の王の補佐役は偉人視されていましたから、公と高官は通用されています。
王の中にも個人名に公を付して尊号とすることは可能でした。
「公」と呼ばれる人が全て王になり得た訳でも有りません。
「こう」の読みは同じでも、「候」の場合は、王族ではない臣下の地方長官を指しています。
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この回答へのお礼

ありがとうございました

お礼日時:2014/12/31 18:12

明確なものではないですが概念的には



公→一大地方を束ねる貴族・領主
王→一民族を束ねる君主
帝→複数の王・民族を束ねる国家の君主

それで公が治める地域がそのまま国を名乗っているのが公国なのでしょう。

ただこの定義からすると天皇が帝位なのがおかしくなるのですが、中国の皇帝と肩を並べるためには必要だったと解釈されていると思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます

お礼日時:2014/12/31 18:12

 王は明らかに地位ですが、公は公爵という地位の他に、敬して呼ぶときにも用いるので注意が必要です。

しかし、公国は定義としてははっきりしていて、爵位が公爵である者が君主である国のことです。

 日本語に訳している場合の、王、公については、(皇)帝というものも含め、古代における中国での君主の地位、自称が強く影響していることがあります。

 古代の周王朝前期(最盛時~春秋時代まで)ですと、周の君主だけが王を号し、中原(中国中央部、当時の先進地域)の頂点に君臨しているとされていました。王の上位として帝はあったのですが、伝説上の神に等しい存在であったので、それに遠慮して一段低い王を名乗ったわけです(それだけに、例えば有名な一句「帝力、何ぞ我にあらんや」は「神なんぞ知ったことではない」と同義の、かなり大げさな言いようであったりする)。

 春秋時代となり、各地に実力者が自立しても、周王に遠慮して、あるいは簒奪者と思われることを恐れて、公を名乗っていました。権力としては事実上の王ですが、権威として周王を頂く姿勢を示していたわけです。

 しかし、春秋時代末期に周辺国である楚などでは、君主が王を名乗るようになります。周の使者に対して楚王が「鼎の軽重を問う」(自分が周王に取って代わる用意がある、の意)といったことが起きています。続く戦国時代になると、各地の強国の君主は全員、公ではなく王を名乗るようになります。

 そして、秦の中国統一となります。秦王は各地の王の上位であることを示すため、帝を用いようとしましたが、単なる帝では飽き足らず、二文字の「皇帝」としました(さらに、歴代の皇帝は番号で呼ばれるように計画した)。

 それ以降、中国の君主は○○帝と呼ばれるようになります。しかしその後、呼ばれるのは死後ですが(贈り名であるため)、○○宗となります。死後も○○帝のままだと、贈り名をされなかったことを意味し、何らかの事情で皇帝にふさわしくなかったとされたことが分かるようになっています。

 まとめますと、日本語での尊貴の順位の基本は「帝>王>公」ということになります。権威としてだけだとしても「帝」と目される人がいれば、他の実力者は王以下の称号で呼びます。やはり権威だけだったとしても「王」と目される人がいれば、他の実力者は公とします。

 なお、ヨーロッパについては、kingが王、(皇)帝がemperorですが、ローマ帝国時代にそうした地位概念が確率し、それに応じて帝、王を訳語として採用し、王以下について必要なら公と呼び、さらにその後に生まれた階級である爵位に応じて、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵を新たに訳語として採用しています。これは、明治維新後に公卿(上級貴族)、諸侯(上級武士)を華族として整理し、彼らに与えた称号に対応しています。
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この回答へのお礼

ありがとうございます

お礼日時:2014/12/31 18:12

azuki-7 さん、こんばんは。




王とか公とかは君主の称号にすぎません。ただ、一般に王よりも公のほうが格下だそうです。
詳細は下記のURLを参照ください。
貴族の称号
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%88%B5%E4%BD%8D
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この回答へのお礼

ありがとうございました

お礼日時:2014/12/31 18:13

公とは、貴族の称号の略です。

対して王とは君主の称号の一つです。
ですから、モナコ、ルクセンブルグなどは、貴族としての「公」が君主としての地位を持っている国ということになります。
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この回答へのお礼

ありがとうございました

お礼日時:2014/12/31 18:13

王は王様です。


公は公爵様です。
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この回答へのお礼

ありがとうございます

お礼日時:2014/12/31 18:13

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