幸田露伴の葬式のときの話を記した、
幸田露伴の娘、文の随筆小説の「葬送の記」についての質問です。
中学校の授業でやっていて、
中間試験に出ると言われ調べています。
この小説の最初の方に
「案じていたあじさいの花の匂いはまったくないようであったが、
なきがらを見ねば心を緩めるわけには行かなかった。
幾日も沈の水ばかりを飲んでいたという丁謂の死にかたが思われ...」
という表現がありました。
あじさいの花の匂いとは死体の腐臭のことだったと思います。
つまり前半は父・露伴の死体が腐ってないか不安だが、
ひとまず腐臭はしない。
しかし、実際見るまでは安心できない。
という意味だと思う。問題は後半なんですが、沈の水(ぢんのみず)と丁謂(ていい)の死にかた
の意味がわかりません。
丁謂の死に様が分かれば沈の水の意味も分かるとおもうのですが...。
どなたか分かる方はおられませんか?
テストにで出る確立高めです!
助けて下さい!

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A 回答 (1件)

 授業で「丁謂」について先生から説明はなかったのでしょうか。



 「丁謂」は中国・宋代の人物のことでしょう。直接「沈の水」のエピソードは見つけることができませんでしたが、「ウィキペディア」には「神仙の道を好み、自らを漢代の仙人丁令威の末裔と称した」とあります。

 幸田文が父・露伴の屍臭を気にする話の中で、死の前に「沈の水」を飲み続けたという人の話が出てくるわけですよね。何のために水を飲んだのか考えてみましたか。

 「沈の水」はおそらく香木の「沈香」で香を付けた水でしょう。
 丁謂は、死後、自分の体から屍臭がするのを厭(いと)い、自分の死を予期してからは、死体からよい香りがするように、幾日もその水を飲んでいたと言うことだと思います。

 あ、それから「確立」でなく「確率」ですね。

 
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TVで観ていて「この事件は被害者も犯人も少女ではなかったか?」と見出しに違和感を覚えました。

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被害者の女性はまだ特定されていないと思いましたが。。
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語源としては、死者を墓へ送り届けることのようです。参考URLは gooの辞書『大辞林』ですが、『広辞苑』にもほぼ同様の解説があります。

ただ、現代の一般的な仏式の葬儀では、葬儀を終え、自宅または葬儀会場から火葬場へ送ることを指すようです。「出棺」そして「野辺送り」ともいいます。
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出棺から火葬場で火を入れるまでが、現代語での「葬送」ではないかと思います。

やはり現代語で、お墓へ送ることは「納骨」になりますね。

参考URL:http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%C1%F2%C1%F7&kind=jn

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こんにちは。日本語勉強中の者です。
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「沈みかける船」
今まさに沈もうとしていて、目で見て船が水面に没していく様子が確認できる状態の船

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「沈みかけた船」
過去沈没の危機に瀕したものの沈没にはいたらず、遠い将来はさておき今現在はすぐには完全に沈没する様子がうかがえない船

文例
「私は沈みかけた船にしがみついて救助を待っていたところを救われた」

Qブッダ葬送がやっぱし必要ではないでしょうか

ブッダ葬送がやっぱし必要ではないでしょうか


 (α) 末法が 現実であるのではないでしょうか。

 (β) もう何も新しい思想は ブディズムからは出て来ないのではないでしょうか。あとは 広義の訓詁註釈のみではないでしょうか。

 (γ) 後世に現われた広義のブディズムは ブッダをきちんと葬送して初めて その生きた思想は生きるのではないか。
 

 (δ) 《慈悲》は 人間にとっておこなうことは出来ないと なぜ明らかにしないのでしょう。出来るのなら ふつうの思いやりです。無縁慈悲は 絶対の愛のごとく 実践はむつかしい。

 (ε) 《縁起共生=空観》――てっとり早くは 関係主義の思想――は当たり前だと なぜはっきりさせないのでしょう。そうでなければ ただ精神において理念や美を描こうとしたその想像世界です。

 (ζ) 《仏性》ほど 唱えていながら それにもかかわらず はっきりさせないものはないのではないでしょうか。絶対普遍のことなら そうだと言うべきでしょう。そうでなければ ただのお慰みのおもちゃです。思いやりの問題に還元されます。

 (η) 一たんきちんと 葬送をしておく必要があるのではないでしょうか。そうすれば ひょっとして 復活する恵みが起きるかも知れません。
 言いかえると いまもこれなら生きているというおしえを おしえてください。

ブッダ葬送がやっぱし必要ではないでしょうか


 (α) 末法が 現実であるのではないでしょうか。

 (β) もう何も新しい思想は ブディズムからは出て来ないのではないでしょうか。あとは 広義の訓詁註釈のみではないでしょうか。

 (γ) 後世に現われた広義のブディズムは ブッダをきちんと葬送して初めて その生きた思想は生きるのではないか。
 

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Aベストアンサー

> (δ) 《慈悲》は 人間にとっておこなうことは出来ないと なぜ明らかにしないのでしょう。出来るのなら ふつうの思いやりです。無縁慈悲は 絶対の愛のごとく 実践はむつかしい。

万人に絶対的な慈悲をすぐ実践しなさいとは述べてないはずです。
できる範囲で慈悲を実践し、日々その範囲を拡大しなさいということでしょう。
また、ふつうの思いやりが一番素晴らしいと思うのですが・・・

> (ε) 《縁起共生=空観》――てっとり早くは 関係主義の思想――は当たり前だと なぜはっきりさせないのでしょう。そうでなければ ただ精神において理念や美を描こうとしたその想像世界です。

例えば、ピタゴラスの定理も当たり前のことですが、たくさんの人の活動を支えており素晴らしい知恵だと思います。
びっくりするようなものでないと尊ぶことができないのでしょうか・・・

> (ζ) 《仏性》ほど 唱えていながら それにもかかわらず はっきりさせないものはないのではないでしょうか。絶対普遍のことなら そうだと言うべきでしょう。そうでなければ ただのお慰みのおもちゃです。思いやりの問題に還元されます。

《仏性》を万人が潜在的に備えていることと《仏性》を万人が理解できることは同じではありません。


まあ、本来の仏教は退屈で地味ですからね。質問者さんの気持ちも分かります。
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> (δ) 《慈悲》は 人間にとっておこなうことは出来ないと なぜ明らかにしないのでしょう。出来るのなら ふつうの思いやりです。無縁慈悲は 絶対の愛のごとく 実践はむつかしい。

万人に絶対的な慈悲をすぐ実践しなさいとは述べてないはずです。
できる範囲で慈悲を実践し、日々その範囲を拡大しなさいということでしょう。
また、ふつうの思いやりが一番素晴らしいと思うのですが・・・

> (ε) 《縁起共生=空観》――てっとり早くは 関係主義の思想――は当たり前だと なぜはっきりさせないのでしょ...続きを読む

Q読めない漢字と意味を知りたい文節(高村光太郎の随筆)

読めない漢字と意味を知りたい文節(高村光太郎の随筆)

高村光太郎の随筆「小刀の味」で読み方のわからないところと意味のわからない箇所があります。
http://www.aozora.gr.jp/cards/001168/files/46368_25623.html

1)「沈丁油」の読み方
こちらの読みは「じんちょうゆ」でいいのでしょうか?
新明解国語辞典と大辞林では見つけられませんでした。
文脈からは刃物の錆どめに使う油の一種と分かるのですが、読み方も知りたいと思います。

2)「かった押さえ棒」
”さて静かに胡坐をかいて膝に膝当てをはめ、膝の下にかった押え棒で、ほん山の合せ研を押えて、”
という節の「かった押さえ棒」の意味がわかりません。

上記1~2 片方でもお解りになる方がいらっしゃいましたら、ご回答のほどお願いいたします。

Aベストアンサー

こんにちは。通りすがりの検索好きです。

1)「沈丁油」の読み方
 はっきりとはわからなかったのですが(すみません)、
 刀のさび止めで検索したところ、「丁字油(ちょうじあぶら)」というのが出てきました。それにならって、これも「じんちょうあぶら」で良いのではないでしょうか。
 丁字油は、スパイスにも使われるクローブの精油から作られているものだそうです。
 そして、沈丁花の名前は「沈香」と「丁字」を合わせたもので、沈丁花=丁字と呼ぶこともあったようです。
 ですので、丁字=沈丁のつもりで書いたのかもしれません。(もしくは、校正や写植の段階で誰かが取り違えたか)
 なお、沈丁花の油がさび止めに使われるという記述は見つかりませんでした。

2)「かった押さえ棒」
 この「かった」というのは、「支う」という動詞の活用です。
goo辞書↓
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn/30904/m0u/%E3%81%8B%E3%81%86/
 (1)棒などをあてがってささえとする。
 (2)鍵(かぎ)や閂(かんぬき)などをかけて扉が開かないようにする。
 今回の文章では、(1)の意味で使われています。
 最近では、日常生活で棒を使う場面はあまりないので、こういう動詞は口にしませんよね…。

こんにちは。通りすがりの検索好きです。

1)「沈丁油」の読み方
 はっきりとはわからなかったのですが(すみません)、
 刀のさび止めで検索したところ、「丁字油(ちょうじあぶら)」というのが出てきました。それにならって、これも「じんちょうあぶら」で良いのではないでしょうか。
 丁字油は、スパイスにも使われるクローブの精油から作られているものだそうです。
 そして、沈丁花の名前は「沈香」と「丁字」を合わせたもので、沈丁花=丁字と呼ぶこともあったようです。
 ですので、丁字=沈丁のつも...続きを読む

Q葬送曲

皆さんは自分の葬送曲にどんな曲を流してほしいですか?
あ、カテ違いかもですけど。

私はデヴィッド・ボウイの「ロックンロールスイサイド」かビートルズの「レット イット ビー」「ロング アンド ワインディングロード」のどれかが流れてくれればなぁと思っています。

ツェッペリン信者ですが「天国への階段」は嫌です。

Aベストアンサー

もちろん ショパン - ピアノソナタ第2番「葬送」:第3楽章
しかし有名なわりに実際に使われるところはソ連の指導者が死んだときくらいだった

ベルリオーズ「幻想交響曲」 第4楽章「断頭台への行進」
ベートーベン 交響曲第3番「英雄」第2楽章
マーラー交響曲第一番「巨人」第3楽章「座礁して」

Q集、記、伝、抄、書、記、物語など物語や書籍名の後ろにつく接尾辞を集めて

集、記、伝、抄、書、記、物語など物語や書籍名の後ろにつく接尾辞を集めています。
一文字じゃなくてもかまいません。
なるべく多く集めたいので、思いつく限り書いていただけるとありがたいです。
また、それはどういった風に使われるのか、どこで使われたのか例を挙げてもらえるとありがたいです。

Aベストアンサー

「録」「拾遺録」「語録」
「譚」「綺譚」
「章」
「稿」
「論」
「経」
「聚」「類聚」
「疏」「義疏」
「註」「訓註」
「鑑」
「話」「夜話」
「考」「論考」

仏教関係(特に禅宗関係)の書物をよく読むので、そちら方面に擯出するものを挙げました。
どういったふうに使うのかは、文字の意味を見ていただければだいたい分かると思います。

具体例はたくさんあって面倒なので省略m(_ _)m
もしどうしても具体例をお知りになりたいのであれば、補足してください。

Qブッダ葬送を執り行なうときではないでしょうか

 末法が 現実であるのではないでしょうか。
 もう何も新しい思想は ブッディスムからは出て来ないのではないでしょうか。
 あとは 広義の訓詁註釈のみではないでしょうか。

 《慈悲》は 人間にとって おこなうことは出来ないと なぜ 明らかにしないのでしょう。出来るのなら ふつうの思いやりです。
 《縁起=空観》――てっとり早くは 関係主義の思想――は 当たり前だと なぜ はっきりさせないのでしょう。そうでなければ ただその場の気をそらせるための想像物(エポケー)です。
 《仏性》ほど 唱えていながら それにもかかわらず はっきりさせないものは ないのではないでしょうか。絶対普遍なら そう言うべきでしょう。そうでなければ ただのお慰みのおもちゃです。思いやりの問題です。

 一たんきちんと 葬送をしておくときではないでしょうか。そうすれば ひょっとして 復活する恵みが起きるかも知れません。

Aベストアンサー

こんにちは

私はそうは思いません
仏舎利を拝見したことがありますが
まだまだ魂は生きておられる。と思います

Q甲・乙・丙・丁

記号?として甲・乙・丙・丁を使う事がありますが、これは十干十二支の十干からきているんですよね?
でも続きの戊・己・庚・辛・壬・癸は記号として使われているのを見た事ありません。
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Aベストアンサー

私は契約書を作成する時は、戊以降の使用は避けています。
1.読めない人がいる。
2.「己」という文字は一般文に頻出します。
「己の責任で」という表現を「自己の責任で」と誤解することがおこりえます。

全く余談ですが、古代中国では太陽は10個あると考え、
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その後陰陽五行説で十干を木・火・土・金・水に割り振ったそうです。
だから、日本では甲は木の兄できのえ、乙は木の弟できのと
と読むんだそうですよ。


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