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歴史にifはありませんが
もし、バグラチオン作戦時に、ヒトラーが余計な口をださず、
ブッシュ元帥等の撤退の許可を受け入れ、国防軍に自由な行動を
許可していたとしたら、ソ連の進撃をどの程度食い止められたでしょうか

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A 回答 (2件)

非常に運良くいけば、もしかしたら前線145キロ後方のべレジナ川のラインという事も。


戦史家リデル・ハート著書の「第二次世界大戦」の中に・・ブッシュとその幕僚が、べレジナ川までの後退を望み、適時そこまで後退できれば、ソ連の攻勢の調子を狂わせる事ができるはずであった。というような事が記述されています。
実際に当時、指揮していたブッシュとその幕僚がべレジナ川までの後退を望んだのだから、そこにある程度の展望があったのではないかと思います。

ただ、私個人の意見としてはべレジナ川でも厳しいのではないかと・・・
もともと南部にソ連軍の攻勢がくると予想されていた事から、中央軍集団は兵力を引き抜かれ34個師団に弱体化していましたし、そのうち装甲師団はわずか1個師団。予備兵力も少数。
そのうえ、航空兵力も他戦線に送られ、戦闘機はわずかしかなくたったの40機。
だから実際にソ連の攻勢が始まると、制空権は握られ空からの攻撃でドイツ軍は大損害を被っています。
また、パルチザンによるドイツ軍後方への攻撃も見逃せません。攻勢開始前にパルチザンの大規模な破壊工作が行われ、1万5千ヶ所で爆破工作があり、鉄道は破壊され補給線を乱され電話線も千ヶ所以上で切断されています。
制空権と後方の破壊活動の大きな被害はヒトラーの口出しとは関係なく被ります。これはかなりの痛手です。
まあ、それでも中央軍集団がヒトラーの計画した固定防御戦略を採らず、最初から機動防御戦を行っていたら、史実よりは良い結果が出ただろうとは思います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
なるほど、べレジナ川ですか。ブッシュがどう考えていたのか、実際にブッシュ元帥に話が聞きたいものですw

しかし戦闘機40機は驚きました、ルフトバッフェの弱体化はかなり辛いですね。
パルチザンの襲撃や、制空権を失い、中央軍集団は兵力引き抜きで弱体化。
たとえ機動防衛ができたとしても、なんとなく絶望できな感じですが。実際にはそこにヒトラーが死守命令があったわけですから、当時のドイツ軍の悲壮感がわかるような気がします・・・

お礼日時:2010/02/03 22:34

歴史にifが無いのを理解されているなら、答えが無いことも理解されていると思いますが。


許可したとして、他の様々な要素がどんな影響を及ぼすか誰にもわかりませんね。
勝手な想像でしかあり得ませんし、それを元にして何ができますか?

この回答への補足

軍事はifを語るところから、明日へのヒントとして得られることも大きいのですよ?
思考が硬直するのはよくないですよ、もう少し気持ちにゆとりを持ちましょう^v^

補足日時:2010/02/03 22:37
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Q第二次世界大戦時で最も優秀な戦車は?

ドイツのタイガー戦車が強力で有名ですが、
ソ連軍のT-34という戦車がそれを打ち負かしたということを知りました。
さらにタイガー戦車より最新のパンター戦車というのもあるらしいです。
総合的に見て最優秀の戦車(一対一で勝てる)は何だったのでしょうか?

又日本は戦車の開発には関心が薄かったようですが、
それはどうしてでしょうか?
中国戦線では大活躍すると思うのですが。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

兵器の優秀さというのは、1対1で強いかとかカタログデータで決まるものではないのですね。別に兵器に限った話ではないのですけれど。
1対1で単純に強いといったらドイツのタイガー2(キングタイガー)だったと思いますが、じゃあキングタイガーは無敵で前線の兵士から歓迎されたかというと、前線の兵士の評判はあまりよろしくないのですね。なぜかというと、これはまあドイツ軍重戦車の宿命でもあるのですが故障しやすくて部品ひとつひとつがやたらと重い。つまり整備が大変だったからです。

1対1で強い戦車があれば戦争に勝つかというとそうでもないのです。例えば1940年のフランス電撃戦のとき、ドイツ軍の持つ戦車は3号戦車と4号戦車(前期型)が中心で、武器としては機関銃しか持っていない2号戦車の数もまだまだありました。
一方のフランス軍にはシャールB1という重戦車があり、イギリス軍にもマチルダ2という戦車がありました。カタログスペックだけ見たら、B1戦車もマチルダ2も3号戦車や4号戦車より優れているのです。しかも、その数はドイツ軍に比べると英仏連合軍のほうが多くの戦車を持っていたのです。
しかし、戦争にはドイツ軍が勝ちました。その勝因は、戦車を集中して運用したからです。

プロ野球でも、ものすごい4番バッターがいたら優勝するかというとそうではないですよね。チームとしての全体のバランスが重要です。サッカーもそう。軍隊(戦争)もそうなんです。
第二次大戦のときのアメリカ軍の主力戦車はM4シャーマンです。カタログスペックだけ見ると、ドイツ軍の4号戦車よりちょっと優れている程度です。だからドイツ軍のタイガーやらパンターやらには直接対決では勝てなかった。でも、アメリカ軍はそれでよかったのです。アメリカ軍にとってM4戦車は歩兵支援用です。だから、それ用のための性能を重視しました。そして、ドイツ軍の強力な戦車には、航空機などの戦車の苦手な手段で当たればいいと考えていたのです。これぞアメリカ人の超合理主義。「戦車の相手は戦車がしなきゃいけないと誰が決めたのだ」というわけです。

戦車というのはですね、基本的に消耗品なのです。いくら優れた戦車でも1両だけじゃどうしようもない。それなら平凡な性能の戦車が10両あったほうがいいのです。
これが基本的に理解できなかったのが日本軍。理解できなかったというか、受け入れられなかったというべきでしょうかね。基本的に貧乏な日本軍では、お金のかかる戦車を大量に用意して消費しながら戦うなんて贅沢な戦い方はやりたくてもできなかったのです。

日本軍悲劇の戦車チハタンこと九七式中戦車は、カタログスペックだけを見ると同時代の戦車、例えばドイツの3号戦車初期型とほぼ同等の性能を持っています。3号戦車初期型が37ミリ砲を搭載していたのに対して、チハタンは57ミリ砲を搭載していたので、カタログ上は上です。
しかしこの、「カタログ上は」ってのがネックで、実はチハタンの57ミリ砲、初速が遅くて徹甲弾の性能が低かったので対戦車砲としては使い物にならなかったのです。これは日本工業力の限界。
そしてなによりエンジンの性能が低かった。3号戦車が300馬力のエンジンを持っていたのに対してたった170馬力しかなかった。だから、改良を加えたくても性能に余裕がなかったのです。

日本軍は戦車の開発に関心がなかったわけではないです。ただ中国軍にはほとんど戦車はなかったし、アメリカ軍も第二次大戦前にはほとんど戦車を持っていませんでした。しかしソ連軍は戦車を大量に持っていたので、ソ連軍への対抗上戦車への関心は持っていました。
しかし、ソ連軍が戦車を「大量に動員する」という戦い方をしてきたノモンハン事変を目の当たりにして、「あんな戦い方は(貧乏で戦車を揃えられない日本には)とてもムリ」となったのです。
戦車は戦車単独で存在しているわけじゃなくて、修理をする整備兵や、補給をするトラックなども必要ですよね。ところが当時の日本人にはそもそも車の運転ができる人がいなかった。自動車運転は「特殊技能」扱いです。ましてやそれの整備ができる人となるともっといない。だから運用にも限界があるのです。国に車が行き渡っていて、当然自動車修理工がいっぱいいたアメリカとの違いです。

兵器の優秀さというのは、1対1で強いかとかカタログデータで決まるものではないのですね。別に兵器に限った話ではないのですけれど。
1対1で単純に強いといったらドイツのタイガー2(キングタイガー)だったと思いますが、じゃあキングタイガーは無敵で前線の兵士から歓迎されたかというと、前線の兵士の評判はあまりよろしくないのですね。なぜかというと、これはまあドイツ軍重戦車の宿命でもあるのですが故障しやすくて部品ひとつひとつがやたらと重い。つまり整備が大変だったからです。

1対1で強い戦車があ...続きを読む


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