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戦前の教科書は皆、カタカナ表記でしたが、戦後平仮名表記に変わって平仮名日本語を表記し始めたのはなぜですか?

外来語表記をカタカナでして、その外来語と区別するために平仮名を使用したのですか?

それとも、女性の地位向上を目指して、女文字の平仮名を使用したのですか?

それとも、戦前の教育体制を180度変えるために平仮名を採用したのですか?

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A 回答 (3件)

日本を占領していた連合国軍の指示によって1947年から「ひらがな優先」の教科書「みんないいこ」が採用されました。

私の記憶では「みんないいこ、おはなをかざる」で始まっていました。

占領軍の言い分はもっともで、日常の使用では「ひらがな」が圧倒的に多い、直線的なカタカナが覚えやすいとは限らない、というものです。

これ以来、法律文などは「ひらがな」となり、「カタカナは外来語専用」という習慣が確立しました。このことは、日本語のために良かったと思います。

参考書:「日本語の表記」武部良明;角川書店 p.455
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この回答へのお礼

良く分かりました。

お礼日時:2007/08/12 14:04

戦前から平仮名を使っていました。


片仮名のほうが平仮名より書くのが容易なので、小学校では片仮名を先に教え、その後で平仮名を教えたのです。
つまり「ア」や「レ」のほうが「あ」や「れ」より簡単だからです。
教わる順序のが入れ替わっただけで、戦前でも、大人になれば漢字・平仮名で書いていたのです。
新聞記事や書籍などほとんどのものがそうでした。
片仮名は法律の条文その他特別な場合に使われただけです。
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この回答へのお礼

そうだったんですね。納得しました。

お礼日時:2007/08/12 13:51

リンクしましたが、昭和22年に文部省が決めたので


その時の担当者しかわかりません。
文部科学省に問い合わせたらいかがですか?

私は戦後教育でしたが、最初は全部ひらがなを習いました。
それからカタカナを習いました。
外来語をカタカナ表記すると習いました。

>女性の地位向上を目指して、女文字の平仮名を使用したのですか?
これはないと思います。
戦後、急に外来語のカタカナ言葉が増えたので
ひらがなは古来の言葉
カタカナは外来語として区別したと思います。

>戦前の教育体制を180度変えるために平仮名を採用したのですか?
これも違うと思います。

参考URL:http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoukasho/ga …
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この回答へのお礼

文部省への問い合わせの仕方が分かりません。
いきなり電話かけて答えてくれるんでしょうか?

平仮名の方が画数が少ないからと言うのが正当な理由なのでしょうか?

お礼日時:2007/08/12 13:44

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戦前、日本では漢字とカタカナで文章を書いていたのですが、戦後は漢字と平仮名で文章を書くようになったのはどうしてでしょうか?詳しい回答をよろしくお願いします。

Aベストアンサー

>戦前、日本では漢字とカタカナで文章を書いていたのですが
そういう事実はありません。

詔勅・法令などの公式文書以外、
新聞・雑誌・書籍などほとんどのものが漢字+平仮名でした。
小学校では、まず児童が書きやすい片仮名を教え、その後で書くのが難しいけれども実際に社会で使う平仮名を教えたのです。
その小学校一年生の国語の教科書や、軍人の手記などを見て、誤解する人が少なくありません。

樋口一葉の自筆原稿「たけくらべ」
http://tomoki.tea-nifty.com/tomokilog/2006/05/post_717c.html

夏目漱石「心」(東京朝日新聞)+尾崎紅葉「金色夜叉」(読売新聞)
http://newspark.jp/newspark/floor/archives2004.html
(「明治 大正 昭和 新聞小説史展―高木健夫文庫から」の項)

下に引くものは小説ではありません。明治四十五年の新聞記事です。
「墨斯其(めきしこ)」「香港(ほんこん)」「弗(どる)」に御注目下さい。
>十餘年前まで我邦の通貨であつた一圓銀貨を更に鑄造し之を支那の各市塲に流布して墨斯其(めきしこ)銀、香港(ほんこん)弗(どる)、英銀等の如くならしめんとする希望がある、……
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=00813821&TYPE=IMAGE_FILE&POS=1

「軍人勅諭」の画像を御覧下さい。
http://walumono.typepad.jp/blog/2008/06/post-b6af.html
「教育勅語」は漢字・片仮名交じりです。下記が原本です。
http://www.nippon-saisei.com/2_kyouiku/image/tyokugo1.jpg

『朝日新聞』の紙面
>「全日本號」上海に出陣
>天翔ける「擧國赤心」の雄姿
>果敢敵陣を偵察す
http://masanori-asami.hp.infoseek.co.jp/JP/ww2after/t-asahi_e19370909zoomup.jpg

そのほか
http://www.yane-pro.com/diary.cgi?mode=image&upfile=217-5.jpg

>戦前、日本では漢字とカタカナで文章を書いていたのですが
そういう事実はありません。

詔勅・法令などの公式文書以外、
新聞・雑誌・書籍などほとんどのものが漢字+平仮名でした。
小学校では、まず児童が書きやすい片仮名を教え、その後で書くのが難しいけれども実際に社会で使う平仮名を教えたのです。
その小学校一年生の国語の教科書や、軍人の手記などを見て、誤解する人が少なくありません。

樋口一葉の自筆原稿「たけくらべ」
http://tomoki.tea-nifty.com/tomokilog/2006/05/post_717c.html

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Q日本語にはなぜ「漢字、平仮名、カタカナ」があるのですか

大学の授業の発表で、「日本語にはなぜ『漢字、平仮名、カタカナ』があるのか」という疑問を調べていますが、漢字、平仮名、カタカナの歴史はわかりました。
でも、なぜ今もその漢字などがなぜ使われているのかという疑問が浮かんできました。英語やその他の外国語が日本に入ってきたのに、なぜ、今も漢字、平仮名、カタカナが使われているんでしょうか。しかも、なぜ日本語には、漢字、平仮名、カタカナの3種類が今でも存在しているのでしょうか。よかったら参考文献も教えてください。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

まず、漢字については、中国の影響を受けて一番はじめに伝わったものとされる。その後、日本国内で独自の発展を遂げ、漢字と漢字の組み合わせにより、例えば、「峠」(とうげ)のような文字も付けられるようになった。
カタカナについては、諸説あるが、仏教の法典を訳すために、付すために使われることが多かった。当然仏教関係と言うことで、男性が使うことが多く「男言葉」と呼ばれていた。
ひらがなについては、平安時代女性貴族が、使い始め、「女言葉」あるいは「やまとことば」と呼ばれた。それが、紀貫之により、日記文に男性でも使うようになってきたのである。
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と言う大まかな流れがあります。

※「日本文学史」の参考書と「日本教育史」でも見てみてはどうでしょうか?

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Qカタカナ文からひらがな文に変わった理由

昔はカタカナ文だったようですがひらがな文に変わった理由を教えてください。

Aベストアンサー

公用文や学術書は江戸期の漢文が正式の文書と云う意識から明治期に、訓読体(所謂文語体)になりました。当時、漢文の訓点はカタカナ書きするのが常識であり、その流れからカタカナ書きとなりました。(濁点、半濁点も使わない)
大正期や戦前戦中も口語化やひらがな書きが提案されたりもしましたが、結局は戦後の幾つかの通達で「ひらがな」を用いる、口語などが決まって行きました。
参看⇒http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AC%E7%94%A8%E6%96%87%E4%BD%9C%E6%88%90%E3%81%AE%E8%A6%81%E9%A0%98

高木貞治(貞二は誤り)「解析概論」は著者晩年に改訂作業が進められ著者没後に弟子達の手で作業を完了させたものが出版されています。これはひらがな文です。(改訂3版)増訂版は戦時中に出版されたものでカタカナ文です。多分外来語がひらがな表記だったと思います。(「ぐらふ」、「べくとる」等)改訂3版は、元の堅表紙のものは版元品切かもしれませんが、簡易装丁のものが手に入ると思います。

蛇足、昔「剰余価値学説史」(改造社版マルクス・エンゲルス全集)の訳書を見ていたら、第二巻第二部の訳者猪俣津南雄は本文はひらがな文なのに数学的記述の部分だけカタカナ文にしていました。(昭和4-5年頃の刊行?)

公用文や学術書は江戸期の漢文が正式の文書と云う意識から明治期に、訓読体(所謂文語体)になりました。当時、漢文の訓点はカタカナ書きするのが常識であり、その流れからカタカナ書きとなりました。(濁点、半濁点も使わない)
大正期や戦前戦中も口語化やひらがな書きが提案されたりもしましたが、結局は戦後の幾つかの通達で「ひらがな」を用いる、口語などが決まって行きました。
参看⇒http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AC%E7%94%A8%E6%96%87%E4%BD%9C%E6%88%90%E3%81%AE%E8%A6%81%E9%A0%98

高木貞...続きを読む

Qなぜ日本は植民地にされなかったのですか?

19世紀、他のアジア諸国は欧米列強の植民地にされたのに
なぜ日本は植民地にされなかったのですか?
日本の教育水準が高かったからですか?
それとも単に運がよかったからですか?

Aベストアンサー

日本は鎖国していたとはいえ、オランダを通じて最新の科学、軍事技術もわづかに取り入れていました。
アヘン戦争の時、中国側の大砲は1600年代のヨーロッパ製だったという…
江戸幕府も同じなのですが。
ところが長崎に高島しゅうはん、という人が役人でいて、脇荷貿易の権限もっていて新式大砲を研究していました。それは出島にくるオランダ船が礼砲を撃つと威力、性能が進化しているのをしっていて、です。
幕府も国防上、江戸へ呼んで演習。一日でその平地は「高島平」(たかしまだいら)になりました。今もそう呼ばれてます。伊豆代官江川が引き継いで、青銅砲でない鋼鉄砲をつくる高熱の製鉄炉(反射炉)をつくろうとしたり(大砲、兵学などはなんとかヨーロッパの技術においつこうというカンジ)、日本人は形式・格式でガチガチのバカな武士社会の中でも一部の有能な、志ある人たちに助けられてなんとか西洋とわたりあえる学術・軍事・文化・行政制度をもっていたのです。
(ほとんどの藩はド貧乏、借金まみれ。一部の外様大名とかだけです。意識あったのは)

ペリーが来航した時も(一年前くるっていったのに来ないと思って内緒にしちゃったバカな幕府上層部のせいで大慌てしたが)、一年後返事をもらいにくる、といったあと年明け10ヶ月にきた時には、無防備だった江戸湾に砲台島を築かせて防衛体制つくった(江川が指揮)
これが砲台場、今の「お台場」です。
これにはペリーも驚いた。
あと吉田松陰みたいに単身(2人だったけど)黒船に乗り込んで
「我アメリカに行かんと欲す」と叫びまくって返ってきた若者とか。
こんな人他のアジアの国にはいなかった。

日本は天文、数学、測量でもヨーロッパの文献研究したり、和算でも微分積分できたらしい。水準高かったンですよ。富豪商人は学問する人たちが多いとか、そういうこともあったらしいし、町民文化も小説、演劇、レベル高かったです。

アメリカと国土交渉する際もペリーが小笠原はアメリカ人住んでる、国際的に通じる文書で証明しない限りアメリカ国土だ、といった時、フランス語版・林子平著三国通覧図説をだして、出版年からも日本領土だと証明。
松平定信が迫害した林子平の著作が、大黒屋光太夫一行のうちロシア日本語学校教師にのこった一人とドイツ人言語学者の手で訳されて、小笠原諸島をまもったわけですね^^

ま、そんなこんなで、日本は他のアジアの国より運がよかった。
・一応、統一国家でまとまってた。いくつか勢力が争ってるとかじゃなかった
・文化水準がヨーロッパと同程度だった(これは不思議なものである)
・一部の蘭学者のおかげで、外国の情勢なども在る程度はつかんでいた?!ジョン万次郎がいたといなかったじゃ、また違ったろうなぁ
江川さんがいなかったら大変だったと思うよ
・穏健バランス派の阿部が老中(筆頭?)だったのもよかった。水野忠邦だったらボロボロだったんじゃないかなぁ
最後は大分大胆に物事運んだけど。
・武士階級、常時帯刀武装してる階級が行政してる、というのはなかなかすごいかも^^
・シーボルトが日本の文化レベルを紹介する書物を発表してくれていた
(ペリーもちゃんと読んでた)→日本は交渉するレベルの国だと思ってもらえた。おそらく礼砲をちゃんと返せる国なんてアジアで日本ぐらいだったでしょう。

兵力でいえば、この前NHKでもやってましたが薩摩とイギリスの争い、中国のイギリス艦隊きた時は薩摩ボロ負けですよ。海戦は特に。
最初、不平等条約だったのもしゃーない。
しかし、交渉のテーブルがある、というのは在る程度、相手を認めてのことだし、全面開戦しなかった、というのはお互いのメリット、リスクも含めて必然だったのかも。
まぁ頑張りましたね、当時の日本^^

日本は鎖国していたとはいえ、オランダを通じて最新の科学、軍事技術もわづかに取り入れていました。
アヘン戦争の時、中国側の大砲は1600年代のヨーロッパ製だったという…
江戸幕府も同じなのですが。
ところが長崎に高島しゅうはん、という人が役人でいて、脇荷貿易の権限もっていて新式大砲を研究していました。それは出島にくるオランダ船が礼砲を撃つと威力、性能が進化しているのをしっていて、です。
幕府も国防上、江戸へ呼んで演習。一日でその平地は「高島平」(たかしまだいら)になりました。...続きを読む

Q混雑の「混む」は「込む」でもOK?

 表題の通りです。

 人がたくさんいて混雑しているときに使う漢字は「混む」だと思うのですが、
最近、新聞などでも「込む」という漢字が使われているのを見かけます。
 ヤフ○の辞書で検索してみましたが、違いが分かりません。

 ことばは時代毎に用法も変わっていくものなので、特に明確な基準などはないのかも知れませんが、
特にどちらかが間違っているという訳ではないのでしょうか?

 正しい用法を知りたいと思うので、明快なご回答をお待ち申し上げます。

Aベストアンサー

 幾つかのポイントを立てて考えてみました。
1.こもる(自動詞)
隠もる(中に入って出ないでいる)、籠もる(社寺に泊まって祈念する)。
2.こめる(他動詞)
籠める(集めて中に入れる)、罩める(霧などで辺りが一杯になる)、込める(入れ物などに詰める)。
3.こむ(古語)
「こもる」と「こめる」の意味を担って、「こむ」には、自動詞と他動詞、また活用も四段と下二段の四通りに拡大し、「籠む」の他に、「進む意味を表わすシンニョウに、入を加えて、積極的に物を入れることを表わす」(「角川 漢和中辞典」)ための国字(和製漢字)「込」が用いられるようになった。
4.…こむ(接尾語的用法)
多くの動詞の連用形に付いて、様々な複合動詞として用いられる。
5.込み…(補助動詞を伴う)
他の動詞を補助的に伴って複合動詞を作る。

以上、ざっと見たとおり、「込む」という動詞は極めて多様な役割を持って来ています。
6.ラッシュアワーの訳語
"rush hour"という英語は、1898年(明治31年)に出現しているようです。(「ランダムハウス英和大辞典」)
角川小辞典「外来語の語源」によれば、この邦訳語は田中一郎編「新しい外来語の辞典」に「混み合い時間」として、英語出現の26年後である1924年(大正13年)に現れています。
では何故「込み合い」という字を使わず、「混み合い」という、当時の辞書にはない用法を採用したのか。
こみあふ【込合】直(ヒタ)ト群ガル。雑(マザ)リ集マル。雑沓。(大槻文彦「言海」)
ここで、小学館「国語大辞典」の「込み合う」の項の(三)に、「異性に手を出す/ちょっかいをかける」という意味が出ています。例文「宿屋の女にこみやふ位は大目に見てくれてもいい訳だ」(歌舞伎綴合「新著膝栗毛」)。
もしかすると、ちょうど「待ち合い」にもそのような意味があるように、当時はまだそのへんの意味も生きていたので、あえて造語風に「混み合い」という、いわば無機的な意味をのせたのではないでしょうか。

その5年後(1928年(昭和3年))には、「混雑時間」(竹野長次監修「音引正解 近代新用語辞典」)や「混雑する通勤時間」(国語研究会編「新外来語辞典」)など「混雑」という言葉の用いられ方が現れています。
日本で電車が運行を開始したのは1909年(明治41年)からであり、この年末には内閣鉄道院が設置され、いわゆる院電(後の省線電車)が走り出します。やがて、サラリーマン(月給取)(大正13年)、ホワイトカラー(職人階級以上の人)(昭和6年)といった新用語も生まれています。

以上のようにして、おそらく院電(省線電車)関係者か、時のサラリーマン通勤者、もしくはそのラッシュアワーの酷さを報道するマスコミにおいて、「混み合う」という新用語や「混雑」の新たな用法が広まって行ったと見てはいかがでしょう。
言い換えれば、交通機関(電車や道路)や集合場所(広場や浴場)「混雑」「混み合う」以外では、これまでの辞書用例どおり、「込む」で十分なのではないでしょうか。
電車に人がどんどん乗り込み、ますます込んでくると、もはや身動き取れないほどに中は混み合ってしまって、息もできないほどだ。

 幾つかのポイントを立てて考えてみました。
1.こもる(自動詞)
隠もる(中に入って出ないでいる)、籠もる(社寺に泊まって祈念する)。
2.こめる(他動詞)
籠める(集めて中に入れる)、罩める(霧などで辺りが一杯になる)、込める(入れ物などに詰める)。
3.こむ(古語)
「こもる」と「こめる」の意味を担って、「こむ」には、自動詞と他動詞、また活用も四段と下二段の四通りに拡大し、「籠む」の他に、「進む意味を表わすシンニョウに、入を加えて、積極的に物を入れることを表わす」(「角川...続きを読む

Qlolとは?

よく英語のBBSをみていると、会話の最後等にlol(エルオーエル?)と書かれているのですが、どのような意味なのでしょうか?

Aベストアンサー

”laughing out loud”で、「笑い」の意味らしいです。
こちらで言うところの、 (^^) (^_^) (笑)とかみたいなものではないかと。

Q★以上・以下★

『30以下』って30も含みますか?
含むとなると、『30以上』も30を含みますよね?

『30未満』は30を含まないですよね?

未満の反対の言葉ってありますか?

すみません。ばかばかしい質問ですが、どなたかご回答ください

Aベストアンサー

「以下」「以上」はそれを含みます。
未満は含みません。
覚えやすいのは漢字の意味を考えたらいいですよ! (^-^)v
以上の以は「もって」という意味がありますよね。
だから「○○以下」は「○○を以て下」という意味。
「○○未満」は「未だ満たず」だから「○○に未だ満たず」で含まない。

Q昭和の初任給と年収

昭和31~32年頃の中卒者の初任給と年収
昭和40年頃の、23~27歳くらいの年収
昭和46年頃の、30歳の年収

いろいろ検索して探しているのですが
なにぶんかなり限定したものなので解決しません。
今回初めて質問する初心者で至らない点はありますが、
どうぞよろしくお願い致します。

Aベストアンサー

(昭和26年物価)はがき:5円、公務員初任給:6,500円、豆腐1丁:10円、入浴料:大人:12円

(昭和35年物価)白米10kg:870円、公務員初任給:12,900円、豆腐1丁:15円、日雇労賃:494円

(昭和40年物価)白米10kg:1,125円、公務員初任給:21,600円、日雇労賃:972円、週刊誌:50円

(昭和55年物価)白米10kg:3,235円、公務員初任給:101,600円、日雇労賃:6,550
円、週刊誌:200円

から推測しますと。

昭和31~32年頃の中卒者の初任給と年収 8千円、10万円くらい。

昭和40年頃の、23~27歳くらいの年収 40~70万円くらい。

昭和46年頃の、30歳の年収 70~100万円くらい。

根拠はありません。
 

Q外来語とカタカナについて

中学の国語の授業で外来語とカタカナについて調べています。
質問なのですが、なぜ、外来語をカタカナで表す必要があるのでしょうか。
回答お願いします・・・

Aベストアンサー

外来語とは、外国から入ってきた(外国語に由来する)日本語のことですね。実は古い時代に入ってきた漢語も外来語ですが、これはもう日本語の中に定着してしまったので、特に必要ない限り漢字で書きます。
 問題は、中世や江戸時代以後入ってきた外来語で、それを漢字や平仮名で書かれるとかえって意味が分からなくなる場合、カタカナで書きます。バケツ・ミシン・ハンカチ・カルテなど沢山存在しますね。でも、わざと漢字で書いたりする人もいます。夏目漱石などが得意にしていました。バケツ(馬穴)ハンカチ(手巾)カルタ(歌留多)など。
 おもしろいのは「カルタ」(ポルトガル語)・カルテ(ドイツ語)・カード(英語)など、元は同源と思われるのに、入った時代、使い方などで違っていることですね。
 No.1の方が書いていらっしゃるように、webで検索すると沢山出てくることでしょう。

Qなぜ韓国人の名前は漢字でも書かれる?

韓国はハングル語でそれしか見たことはありませんが、
名前では例えば日本でキム・ヨンギュン(金軟景)のように漢字で書かれているのを見かけます。
何故漢字での表記があるのでしょうか?

ハングル語はもともと漢字から派生したものですとか、
今は漢字抑制政策がなされているとか聞きましたが、
実際韓国では名前を漢字で表すことがあるのでしょうか?
それとも日本で便宜的に漢字表記にしているだけなのでしょうか?

回答お願いします。

Aベストアンサー

友人に韓国人が多数います。

No.4の方が書かれたように、もともとは漢字を多用していたので、漢字を使った名前を付けるのが一般的で、字は名前を付ける人が名前を付けるときに決めます。例えば、日本の名前でも「ゆきえ」をひらがなにするか、それとも「幸恵」、「幸枝」、「ゆき江」にするか、など、同じ音の名前でもどの字を使うかは、名前を付けるときに決めます。

日常的に使うかという点については、表記として日常的には漢字はほとんど使いません。

ただ、公的な書類(例えばパスポートの申請書)など、ハングルの他に漢字での姓名記入欄がある場合には、漢字表記が不可能な名前でない限りは漢字での姓名も記入します。

例えが良くないかもしれませんが、日本の方の名前で無理やり例えると、「山田太郎」さんというお名前の場合、普段は漢字を使わず「やまだたろう」という表記を使いますが、自分の名前を漢字で「山田太郎」と表記することを本人も知っていて、書類などで漢字の姓名も記入する必要がある場合は、必要に応じて漢字も使う、ということになります。


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