街中で見かけて「グッときた人」の思い出

前の質問からも分かるように「神経症」、「自律神経失調症」、「社交不安障害」などが
疑われる状態なのですが、治療法や自分でもできるようなこと
はありますか?

緊張する要素がない

ただ、初めての場所に行くというだけで異常な緊張がして吐き気がします。(吐くときもあります)

本当に辛いです。
早く治したいです。

時間はかかると思いますが、少しでも早く治したいです。
何かアドバイスを下さい。
お願いします。

A 回答 (6件)

不安恐怖症から開放された経験が在ります。

もう30年も前になります。森田療法を受けた結果という事と、鈴木大拙博士の書いたものを学んだと言う事が、神経症の完治の後押しをしたと思っています。

神経症は治り難いメカニズムで発症しています。そのメカニズムを始めに書いて見ますが、今の貴方には、理解できないかも知れませんが、知っておく事で何時か役に立つと思いますので書いてみます。又どういう療法や、治療を受けたとしても治るか、治らないかは、貴方の考え方、或いは生き方、或いは世の中の認識の仕方が、大事な鍵になります。只言える事は、是は鈴木知準先生の受け売りと、私の実感からですが「神経症の人は素直な生き方」が一番大事な事になります。世の中をひねくって見ない生き方の事です。

神経症とは『自我意識』ともう一つの意識との、食い違い、或いは意識のずれ。或いは認識の違いから起きています。今貴方は生き難い、という思いの中で生きているかと思いますが、この思いは、貴方のもう一つの意識からの情報を、貴方が勘違いをして受け取っているためです。この勘違いが全ての『神経症、或いは自律神経失調症或いは、社交不安障害』等の原因となっています。

その意識とのずれという事を説明してみます。貴方は自分自身が、貴方の自我意識のみで成り立っていると思っていると思います。処が貴方の自我意識の他に、貴方にはもう一つの『意識』が存在しています。この事が判りにくい事から『今の医学は「精神疾患」「神経症」、「自律神経失調症」、「社交不安障害」』等に付いては本当の意味では、内因性の疾患の原因を究明出来ていない、という立場となっています。

内因性の疾患の原因を究明出来ていない、という事は『完治』を求めていないと言う事を意味しています。何故ならば、原因が分からない所には完治は在り得ないからです。今の医学では『精神疾患』の完治ではなくて『寛快』止まりと言う意味になります。

私の神経症が完治した経験からするならば、精神疾患の完治は当然在り得ます。その完治と言う観点から話を進めてみます。

鈴木知準先生の言葉には意味がありました。『ノイローゼは悟りを開かないと治らない』『ノイローゼの一年は十年座禅をした事と同じ』という言葉です。精神疾患や、神経症や、自律神経失調症や、不安障害やパニック障害等は、皆同じ原因から起きています。それは『心の矛盾』というものが根本原因です。人間には心が二つ在るという意味になります。

人間には自我意識=顕在意識というものが在ります。この意識は説明する必要は無いと思いますが、ひとつだけ説明しておきます。自我意識は言葉で考えて、言葉で全てを処理していると言う事です。ですが『言葉には限界が在って』生きてゆくためには言葉以外にも必要な事が在ると言う事です。違う言い方をするなら、自我意識には限界が在る、もっと言うならば自我意識には『有限』の世界しか理解できないと言う限界が在るという意味になります。

もう一つの意識は『無意識』の中に在ると言う事です。自我意識と絶えず交代しながら、毎日の生活が成り立っていると言う事になります。この事が分かる事が『悟りを開く』という事になります。従って『精神疾患や、神経症や、自律神経失調症』はもう一人の『無意識の意識』と仲直りする事が『完治』という事になります。


具体的には神経症の症状とは『無意識の意識』が自我意識に加えている圧迫という事になります。精神疾患の症状も同じ事になっています。そういう事で『薬』に頼ったとしても、その症状を治そう、症状を軽減しようという試みには『限界』が在って、又治りにくいという事になります。此処が今の医学の限界の『寛快』という事になります。

神経症の完治を求めるなら、症状を軽減しようという試みは捨てる事です。症状を無くしたい、軽減したいという『自我意識』の計らいが症状を醸し出しているからです。症状とはもう一つの自分自身からの『言葉によらない』メッセージです。このメッセージは自我意識を助けようとするメッセージです。不安とは悪いものではないという事になります。この不安を受け取ろうとしない事から、もう一つの意識はこの情報をもっと大きくして送ろうとします。この大きくされたメッセージが『恐怖』という事になります。パニック障害の本当の意味は、小さな不安でも受け取ろうとしない『自我意識』に受け取ってもらいたくてもう少しそのメッセージを誇張して送ってくる事に当たります。

従って神経症の完治を望むなら、症状は『受け入れる』他にはないという事になります。症状を『心から』受け入れることができた時は『自分自身を知る』時です。すなわち『不安を起こしていた者と仲直りをする時』です。キリスト教ではこの事を『神に会って和解する』と言います。
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自律訓練法 (九州大学病院心療内科)


http://www.med.kyushu-u.ac.jp/cephal/methods/AT. …

深呼吸のリラックス効果と健康効果 - goo ヘルスケア
http://health.goo.ne.jp/column/fitness/f002/0060 …

毎日続けると想像以上に効果があります。
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「1回の治療で50%の患者はカウンセリングで治る!」などとメチャクチャな理論を書いている輩が居ますが、無視してください。



さて本題。
自分でも、何の病いか気付いているし、早くラクになりたいと考えているようですね。抗不安剤を飲めば15分程度で、すごくラクになります。即効性があり効果も非常に高いクスリです。ただこのクスリは対処効果はありますが、根本的な治療にはあまり役立ちません。
そこで「森田療法」を行っている精神科・心療内科を探すことを勧めます。5~10件のうち1件程度の精神科・心療内科しかやっていません。「森田療法」をマスターすれば、再発予防になるし、今後ラクに生きられます。お大事に。
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自分でできることを探すならカウンセリングを受けてみてはどうでしょう。

お医者さんに薬を貰う前に自分でやってみる、極めて自然な考えですばらしいことと思います。

カウンセリングでは日常生活の細かな点検をすることによって何ができるか考えて観ます。案外本人が見落としていてそれを改善すれば悩みが解消するものが実は殆どなのです。

これは何度か行くうちに実現できますが、1回で解決できる率が50%もあるのです。カウンセリングは電話帳デイリーで探してください。
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何の病気でもそうですが、病院に行く気持ちがあるのなら、まずはそれが先決ですよ。


まず専門医に今のあなたの状態を診断してもらい、今後の治療方針などを聞き、自分でもよく理解して納得することです。そこから、何をしたら良いかが見えてきます。
病院で正しい診断が下され、治療をする中で、自分の辛さがやわらいで来ないと、焦るばかりで良い知恵も浮かびません。
それに主治医を持てば、「自分でも何かできることはありますか?」とか「日常生活でどんなことを心がけたらいいでしょうか?」といった質問に対し、プロのアドバイスが聞けるではないですか。
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自分ひとりの力で治そうなんて思わないほうがいいです。


早めに心療内科か精神科を受診しましょう。

この回答への補足

自分ひとりで治そうなんて思っていません。
病院にも行きたいです。
でも、それ以外に自分でもできるようなこと
って無いでしょうか?

補足日時:2010/04/11 21:33
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