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結果無価値と行為無価値について

現在ロースクール2回生(既修1回生)のものです。 題名の通り、結果無価値と行為無価値についての質問です。

最近、「新司法試験では『結果無価値と行為無価値』の対立に拘泥することには意味がない。(試験対策の答案作成という意味で) 事案の事実を正確に評価し、適切な問題解決を図ることを答案で示すことが重要だ。 また、学説の争いにはまりこむより、判例が最も重要だ」というような言葉を頻繁に聞きます。

しかし、行為無価値の論者と結果無価値の論者では大きく論証は異なりますし、答案上にも大きな差が出てくると思います。(特に規範部分において) そこで、上のような発言の意図はどういうことかわかりやすく説明してただけるでしょうか?
 単に、結果無価値論者の立場からでも行為無価値論者の立場からでも、いずれにせよ同じような結論が導かれるのだから、どちらをとってもさほど不都合はない。 結局、論理の筋が通った妥当な結論さえ出せれば、それで良い。 というようなことを意味しているに過ぎないのでしょうか?

ちなみに、現在、私自身は刑法総論は西田典之「刑法総論」(第一版)を使っており、既に3回ぐらいは通読しています。また、既に論証は学部時代からのものを含め、たいていの部分につき既に自作しております。 (学部時代に山口厚「刑法総論」(第二版)も読んでいました)
しかし、判例理論と大きく異なる部分もあり、心配なところがあるので質問させていただきました。 

回答よろしくお願いします

A 回答 (1件)

「新司法試験では『結果無価値と行為無価値』の対立に拘泥することには意味がない。

(試験対策の答案作成という意味で) 事案の事実を正確に評価し、適切な問題解決を図ることを答案で示すことが重要だ。 また、学説の争いにはまりこむより、判例が最も重要だ」(以下、本件見解と記す)。

新司の過去問を制限時間を設けて解かれたことがあるならばお分かりになると思います(もちろん刑訴も一緒に4時間で)。とにかく時間が足りません。限られた時間の中で事案を「丁寧に」分析し、論理的に筋の通った論述をし、合格答案を書くためには答案のメリハリづけが必要とされます。結果無価値と行為無価値の対立に拘泥することは、つまり一般的に配点が低いと考えられている規範部分に相当の時間をかけることを意味します。判例と違う立場で論述する場合には判例を批判し、自説が正当であることを説得的に述べなければなりません。これは容易なことではなく本来ならばそれだけで何日もかかってしまうような作業です。適当に批判を書いて自説を展開すれば、場合によっては「判例のこと全然勉強できてないじゃないか」と思われかねません。
ですから、規範部分は多くの受験生が書いてくると思われる判例で通し、事実の抽出・評価部分で独自性を発揮した方が得策といえると考えます。
また、試験委員も判例を前提として問題を作ってきますから判例に乗っからないと事実の抽出・評価部分で丸々落とすということにもなりかねません。例えば、正当防衛で防衛の意思の有無が問われているときに防衛の意思不要説に立てば、他の受験生が書いてくる部分が自分だけ0点という事態になってしまいます。

ただ、注意して頂きたいのですが、規範部分はいついかなる時も薄くあっさりと書けばいいというわけではありません。問題文を読んで理論面の深い理解が問われているなと感じたら(例えば、原因において自由な行為の理論に関する問題)当然規範部分に大きな配点があるでしょうから、それに応えねばなりません。試験会場で瞬時に出題趣旨を察知する能力も問われているということです。


ロースクールに入って法律を勉強する目的は、いい法律家になるための力を養うことにありますから学説の対立について深く考えることは必須だと思います。このような考える力が合格後に大いに役立つことは間違いありません。しかし、試験を受ける目的は何でしょうか?専ら合格すること、ではありませんか?もしそうお考えならば「限られた時間の中で合格答案を書くにはどうすればいいのか」をとことん考えてみてください。そうすれば、本件見解の意味も分かってくるのではないでしょうか。

以上、駆け足になり雑な文章になってしまいましたが、参考にして頂けたら幸いです。
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この回答へのお礼

回答が遅れまして申し訳ありません
質問当時よりはずっと「何が問われ、何を書くべきか」ということを意識するようになりました。 今、あらためて回答を読んで、非常に納得させられました。

ご回答ありがとうございました

お礼日時:2011/01/05 23:06

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