第二次世界大戦で日本は絶対勝てなかったのでしょうか
もし日本がミッドウェーで勝利しアメリカ空母艦隊が崩壊したうちに
ハワイ・パナマを占領しアメリカ西海岸を爆撃、細菌兵器をアメリカ本土にばら撒き、
結果アメリカ国民の世論を反戦に動かし、日本が有利な形で講和できなかったのでしょうか。

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A 回答 (9件)

当時の帝国海軍及び陸軍の致命的な欠点の一つとしてあげられるのが「補給の軽視」です。


そもそも海軍の対米戦略は「艦隊決戦による早期講和」でそのために艦隊の整備を行って来ました。

長大な航続距離と偵察機を装備した「イ号潜水艦」はその典型で「艦隊決戦を行う前に敵艦隊の戦力をすり減らすため」といった通商破壊を主とするWW2での各国の潜水艦戦略とは大きく異なった運用法からも見てわかるとおり、「潜水艦はあくまで補助戦力」といった考え方から抜け出せず、米軍の魚雷の劣悪な性能も相まって「輸送・補給船団が潜水艦に攻撃されたとしても大した損害はないだろう」、「護衛は旧式駆逐艦でもつけとけばいいだろう」と考えた結果もともと少ない輸送船及び護衛艦は大損害を出し、次第に作戦遂行に影響を与え始めます。

昭和18年11月になってようやく「海上護衛総司令部」を設置し12月には護衛空母4隻を編入するなど、それなりの体裁を整えますが、主力となるはずの駆逐艦は「峯風型」や「神風型」といった旧式艦ばかりでした。

帝国海軍の駆逐艦は対潜戦闘よりも上記の艦隊決戦構想のため対艦戦闘と主眼とした装備で対潜性能が低く、狩るはずの潜水艦に逆に沈められるケースも多く、もっとも米潜水艦による駆逐艦の損害が多かった昭和19年だけでも30隻の駆逐艦が撃沈されています。

長々と書いてまいりましたが、
(1)日本海軍は開戦初頭に占領したウェーク島の補給が限界地点だといわれており、ウェークよりもさらに遠いハワイやパナマを占領し維持し続けるための輸送能力及び護衛戦力があるのか?

(2)ガトー級だけでも200隻あまりを計画し大戦中にほとんどを整備した米国の造船能力・潜水艦戦力に対抗できるのか?

(3)北方(ソ連)を重視し、泥沼の中国戦線を抱え、南方に戦力を割かなければならない状況を苦々しく思っていた陸軍からハワイ・パナマを占領し維持するために必要な戦力を抽出することが可能か?

等々、ハワイ・パナマを占領し維持するだけでも「日本軍には不可能」と言わざるを得ません。


西海岸の爆撃ともなると防弾性能の貧弱な日本軍機が、管制された雲霞のような米軍迎撃機群、対空砲火網を突破し、爆撃し、帰還出来る機体が何パーセントあるのか、など考えるだけでも恐ろしい損害を出すことが予想されます。

細菌兵器の使用に関しては昭和19年から実行された米本土爆撃作戦(ふ号作戦)で計画されたものの作戦内容を知った天皇陛下によって細菌兵器の使用が禁止されたことがあるため、今回のケースでも実行されることはないと思います。

長文失礼しました。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
パナマを封鎖できても維持するだけの輸送能力も無く細菌兵器も天皇陛下の一声で使えない。
その間に週刊空母と言われる驚異的な造船能力でアメリカ空母艦隊は数ヶ月で建て直し
忠実と同じルートを辿りそうですね・・・

皆様ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2010/08/05 22:22

実際の戦史で、太平洋上の米空母がたった一隻になるまで追い詰めた瞬間がありました。


1942年9月15日に伊19が空母ワスプを撃沈しましたが、この時点で、太平洋上の米海軍の可動空母はホーネットただ一隻です。
(サラトガ8/31被雷小破、エンタープライズ8/23第2次ソロモン海戦にて小破、ヨークタウン6/5ミッドウェー海戦にて沈没、レキシントン5/7珊瑚海海戦にて沈没)
この当時はガダルカナル争奪戦の最盛期でしたが、可動空母がたった一隻の米軍に対し日本が優位に立つことはありませんでした。
南太平洋戦線では既に米陸軍などの航空基地が建設されており、時すでに遅しだったとの見方もありますが、ひとつの事例です。
いずれにせよ、戦線が延びきった日本軍には小兵力でも対抗できるということです。
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この回答へのお礼

ミッドウェイで日本の空母艦隊が壊滅した後の出来事ですね
ミッドウェイで勝っていたらアメリカの艦隊は空母を沢山所有している日本空母艦隊に手も足も出ないと思います。

お礼日時:2010/08/05 20:50

>ミッドウェイ海戦で勝ち、アメリカ空母をゼロにすると2年以内に色々できると思うのですが。


何でこれに拘るの。
もしもしでつないだら、絶対勝てましたよ。
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この回答へのお礼

すみません。質問タイトルに書けばよかったですね。
日本がミッドウェイで米空母を撃沈できたらアメリカに勝てますかね?

お礼日時:2010/08/05 20:40

開戦当時1年以内なら勝てると判断し、開戦しました。


1年の理由は単なる物資不足があったからです。
絶対に無理でした。
原子爆弾の開発も遅れていました。
呉付近で開発していました。
もしなら、原子爆弾が先に開発されていたら勝ったでしょうね。
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この回答へのお礼

>開戦当時1年以内なら勝てると判断
山本五十六の言葉ですね。たしか2年は存分に暴れられると。(連合艦隊が)
物資不足ですが43年までは忠実でも持ったみたいですけど。
ただ忠実では連合艦隊が壊滅し制海権がなくなりニューギニアに物資が送れず大量の餓死者を
だして敗北したんですね。

ミッドウェイ海戦で勝ち、アメリカ空母をゼロにすると2年以内に色々できると思うのですが。

お礼日時:2010/08/05 20:18

歴史にもしもはありえないし、絶対に勝てませんでした。


圧倒的に物量作戦でかないませんでした。
ニューギニアは酷いもんですよ。2年以上食料、武器、弾薬なしでどうやって戦えというの。
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この回答へのお礼

今回の質問は「もし」の話です。
ニューギニアで苦戦したのは制海権が取れなかったからですよね
もしミッドウェイ海戦で勝っていた場合アメリカの空母はゼロ。
その場合制海権は日本にあるので物資を送れるとニューギニアどころかサモアまで攻略できたと思います

お礼日時:2010/08/05 19:12

仮に幸運が重なり、上手く戦況が進んだとしても結果は見えています。


非戦思想を説くつもりはありませんが、戦争とは外交の延長線上にあるものであり、政治の一手段に過ぎません。
それを履き違え、軍部主導に走った当時の日本に勝算はないでしょう。
質量共に劣る日本軍は、拡大した戦線を保持することも、大々的な攻勢に出ることも難しかったのが実情です。(真珠湾も、大義名分を得るため、あえて日本軍に攻撃させたという説もあります。)

行くも地獄、戻るも地獄の状態です。

仮に、細菌兵器を本土に撒けば、アメリカ国民の感情を逆なでし、更なる報復に遭うのがオチです。
日本全土に原子爆弾が投下され、莫大な負債を背負わされた可能性の方が高いでしょう。
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この回答へのお礼

忠実の日本は政治的にアメリカの手の上で転がされて戦争に入ったんですよね

質量ともに劣るといいますが1942年ミッドウェイ海戦の時は空母の数で上回り艦載機もゼロ戦が
活躍していた頃と思います。ミッドウェイで負けたのは作戦ミスです。

ミッドウェイで勝っていれば原子爆弾が実用化される前に核施設爆撃できそうな気がしますが。

お礼日時:2010/08/05 19:20

すでにいい回答がでていますが、太平洋戦争はアメリカに仕掛けられてやむなく開戦した側面と、ドイツという勝ち馬に乗ろうとした側面があります。


ドイツがイギリスを倒しアメリカと対峙する状況にならないと、日本はアメリカに対する勝ち目はありません。
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この回答へのお礼

ドイツからも攻めてもらわないと勝てないということですね。
ありがとうございました

お礼日時:2010/08/05 19:26

ドイツがソ連との不可侵条約を守っていればそれだけで非常に有利に展開したと思う。

英国は恐らくドイツに降伏していただろう。
アメリカは両面で戦わなければならず、日独に譲歩する形で休戦していたと思う。
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この回答へのお礼

そうでしょうね。
ドイツは調子に乗りすぎましたね

お礼日時:2010/08/05 19:23

寡兵を以て大軍を破った戦略家は...


大きなところでは、太公望、韓信、アレキサンダーでしょうか。
彼らは結果として周、漢(王は劉邦)、マケドニアという、
後世に残る(マケドニアは分裂しましたが)大国を作っています。

彼らには大義名分と新しい国を作る意欲がありました。
戦争ではどちらの国にも大義名分があるのですが、彼らの場合は
相手国にも自分たちへの同調者がかなりいました。

それに対して当時の日本はどうでしょうか?
日本の防衛戦をかってに他国につくり、それに含まれる朝鮮、
台湾、満州を併合しました。国際的に日本に同調してくれる
国はほぼなく(ドイツ・イタリアは戦略の都合上の同盟)、
日本に賛同する個人もほとんど無かったと思います。

ミッドウェー海戦にボタンの掛け違いで勝っていたとしても、
敗戦までの期間が1年延びただけのように思います。
細菌兵器でアメリカを攻撃するのは最悪の方法です。
これによって生き残ったアメリカ人は残りの人生を日本を
攻撃することに使うようになるでしょう。反戦の世論などは
全く考えられません。NYの貿易センタービルの事件は見ましたか?
あれによって、世論が一気に戦争へと傾いたはずです。

また、無人のアメリカ大陸を手に入れてどのように使うという
のでしょうか。人間の賛同があってこその国家です。
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Qミッドウェー海戦の敗因を教えて下さい

ミッドウェー海戦の敗因を教えて下さい。なぜあんなに強かった日本軍が負けてしまったのですか?理由を教えて下さい。ちなみに僕は戦史に関してはド素人ですので、その辺はご了承ください。

余談ですけど、先日新聞を読んでいたら「アベノミクス第三の矢はミッドウェー」とかいう記事が載っていて、要するに第一、第二の矢(経済政策)はうまくいったが問題は第三の矢で、これが日本の今後の経済趨勢を決するという内容でした。

それで僕は、緒戦の快進撃から一転、大敗北を喫したミッドウェー海戦の敗因とやらをどうしても知りたくなった次第です。

Aベストアンサー

○日本には防衛研修所戦史室 (現在の防衛省防衛研究所戦史部の前身)が編纂した「戦史叢書」という全102巻にも及ぶ太平洋戦争について書かれた公刊戦史がありまして、ミッドウェー海戦について書かれたものは、その第43巻が「ミッドウェー海戦」として出されています。
「戦史叢書ミッドウェー海戦」・・・市立や県立図書館でも置いてるところは結構あります。
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%89%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%BC%E6%B5%B7%E6%88%A6-1971%E5%B9%B4-%E6%88%A6%E5%8F%B2%E5%8F%A2%E6%9B%B8-%E9%98%B2%E8%A1%9B%E5%BA%81%E9%98%B2%E8%A1%9B%E7%A0%94%E4%BF%AE%E6%89%80%E6%88%A6%E5%8F%B2%E5%AE%A4/dp/B000J9GX1M

この本によると次の6項目が大きな日本軍の敗因として取り上げられています。

(1)情報戦の大敗。日本海軍の暗号が解読され、米軍は日本軍の計画を察知していたのに、日本軍は敵情がよくわかっていなかった。

(2)心のゆるみ。開戦以来の戦果から心にゆるみが生じ、作戦の計画と実行に慎重さを欠いた。

(3)山本長官の出撃。山本長官が戦艦に座乗して出撃したので、その位置を秘匿するため、無線の使用が制限され、作戦指導に支障を生じた。

(4)航空戦様相の事前研究、訓練の不足。索敵、偵察、報告などの地道な訓練及び、空母の被害局限対策の研究が足りなかった。

(5)5日の航空決戦の指導の誤り。二度の兵装転換によって弱点を作った。

(6)戦艦主兵思想の転換の不十分。戦艦部隊が後方遠く離れて航空決戦に寄与できなかった。


○ちなみに当時、敵であったニミッツ太平洋艦隊司令長官は戦後に出した著書の中で、「勝利は主として情報による。・・・日本軍は奇襲を試みようとして日本軍自体が奇襲された」と述べています。また日本軍が空母戦力を分散してアリューシャン作戦を行った事を批判し、その戦力分散が無ければ米艦隊が敗北していた可能性があると述べています。

○なお、アメリカ海軍公刊戦史を編纂したサミュエル・エリオット・モリソン少将はミッドウェー海戦について、日本の空母が最も脆弱な状態の時に、米爆撃隊が偶然に日本の空母を発見し攻撃できたという、幸運に恵まれた事から「100秒足らずの時間に起こった事実の相違で、日本軍はミッドウェイに勝ち、太平洋戦争にも勝利をおさめたかもしれない」と日本軍にも勝利の可能性が十分あったことを述べています。

○英国の著名な戦史家リデルハートはその著書で日本の敗因について、十分な数の索敵機を出さなかったこと、戦闘機の援護不足、空母の防火対策が不十分、空母での兵装転換時に敵に向かって航行したこと等、他にも色々指摘していますが、最後は「・・・これらの過失は自信過剰から生じたと言っても過言ではない」と述べており、日本軍の「自信過剰」を問題視しています。

○日本には防衛研修所戦史室 (現在の防衛省防衛研究所戦史部の前身)が編纂した「戦史叢書」という全102巻にも及ぶ太平洋戦争について書かれた公刊戦史がありまして、ミッドウェー海戦について書かれたものは、その第43巻が「ミッドウェー海戦」として出されています。
「戦史叢書ミッドウェー海戦」・・・市立や県立図書館でも置いてるところは結構あります。
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%89%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%BC%E6%B5%B7%E6%88%A6-1971%E5%B9%B4-%E6%88%A6%E5%8F%B2%E5%8F%A2%E6%9...続きを読む

Q第二次大戦中に現代の自衛隊を投入したら

くだらない質問ですが、気になったので書いてみます。

第二次世界大戦末期の1945年1月1日時点に、現在の最新鋭の自衛隊(航空・海上・陸上)の全戦力を日本本土に投入したら、日本軍は勝てるのでしょうか?兵器の生産設備などは投入しないものとします。

いくら最新鋭の戦力を持っていても核と資源がないのでアメリカが多大な犠牲を出しながらも勝つだろうという見方もできるし、当時の日本はインドネシアを占領していたので資源不足を克服し日本の勝利という考え方もあると思います。

Aベストアンサー

戦争に「絶対」は無いですから必ず勝てるとは言いませんが、面白い勝負にはなるでしょう。

近代軍では補給が重要な要素を占めるので、どれだけの弾薬や燃料、整備、補給品を保持しているかで、戦い方も変わってきます。自衛隊のそうした物資の正確な保有量が不明なので、推測するのは困難なのですが、とりあえず・・・

1945年1月の時点なら、できるかどうかは分かりませんが、まずは自衛隊の戦力を秘匿します。
2月の米軍による硫黄島攻略あたりで航空自衛隊の全力出撃です。
この次期、米艦隊は正規空母12隻、護衛空母17隻を含む大艦隊を出撃させてきており、このうちの正規空母12隻、護衛空母4隻が日本近海に現れ本土空襲を行っています。これを狙います。ちなみに、この当時の米艦隊の正規空母の数は14隻ですから全部撃沈できれば、後がかなり楽になります。
F2攻撃機、約80機を中心とする対艦ミサイル攻撃で、空母を撃破します。現代の対艦ミサイルを当時の米軍艦艇がそれほど迎撃できるとは思えないので、うまくいけばかなりの空母を撃破できるのではないかと・・・
また、B29への迎撃にもF15を出撃させます。最大で4発のミサイルを別々の目標に連続発射できるF15の戦闘力に、B29の部隊は大打撃を受けるのではないかと・・・
さらに海上自衛隊の潜水艦部隊によるハワイの真珠湾攻撃を行います。ハープーン対艦ミサイルは対地攻撃にも転用可能とという事なので、ハープーンで真珠湾の燃料施設や艦艇補修設備などに攻撃を行い、打撃を加えます。
要は自衛隊の進んでいる兵器を一挙に出して大打撃を加えるとともに、米軍にショックを与えます。
これでうまくいけば、アメリカは空母艦隊とB29の部隊とハワイの後方施設に大打撃を受け、直ぐには大きな作戦をできなくなるのではないかと思います。

その後は、まずシーレーンの確保です。九州から中国沿岸、そして台湾海峡を通ってシンガポールへの海上交通路の守備に海上自衛隊のP3C対潜哨戒機の部隊や、一部航空自衛隊の戦闘機部隊を派遣します。輸送船団には海上自衛隊の護衛艦隊も付けます。航空部隊の根拠地の設営は大変でしょうが、部隊が稼動すれば米潜水艦隊の脅威へ大きな力になると思います。日本の輸送船の撃沈された半数は、米潜水艦隊の通商破壊戦によるものだそうですが、当時の旧式な潜水艦なら現代の対潜哨戒機と護衛艦でかなりの確率で防ぎ、逆に戦果をあげられるのではないかと思います。
日本本土の防空は航空自衛隊の戦闘機とPAC3ミサイル部隊と、陸上自衛隊の高射特科団(改良ホーク地対空ミサイル部隊)が守ります。
攻撃には海上自衛隊の16隻の潜水艦部隊を使います。潜水艦隊で通商破壊戦を行います。第二次大戦末期のドイツで建造されたUボート21型は連合軍の対戦哨戒部隊にも察知されにくかったそうです。それよりさらに技術の発展している現代の潜水艦なら数は少なくとも大きな戦果を期待できると思います。
未だフィリピンの日本軍の抵抗は続いており、米陸軍20万人が投入されている時点で、米空母艦隊が大打撃を受け、さらに通商破壊戦を仕掛けられたら・・・米軍は楽勝とはいかなくなるでしょう。

米軍としてはこうした進んだ技術の兵器対策に苦慮する筈です。簡単には有効な対抗策は出てこないのではないかと思います。まずは打撃を受けた艦隊の再編と、戦略爆撃部隊の戦術の見直し、フィリピンへの海上補給路の守備を固め、真珠湾の設備の再建をしなければなりません。
建造中のエセックス級空母の建造を急いでも、半年以内に戦闘に参加させる事ができるのは5隻です。
大西洋から部隊を回す必要も出てくるかもしれません。

一方、自衛隊を除く日本の連合艦隊の状態はよくありません。
戦闘可能な空母は小型の鳳翔1隻ですし、戦艦は2隻、巡洋艦も数隻、駆逐艦も二十数隻というありさまです。
南方から資源が入ってきたら、まずは艦隊の増強が急務でしょう。まずは空母で建造途中の伊吹、天城や損傷状態の龍鳳、準鷹、葛城を戦闘可能な状態にしなければなりません。
他にも損傷を受けている戦闘艦艇があるので、大至急修理が必要です。
また、輸送艦の建造も急務です。1945年1月から終戦時までに約180隻の輸送船が建造されています。
しかし、同じ期間に実に700隻が沈められているのです。
まあ、自衛隊の参戦で、その数は減るでしょうが、しかし、1944年だけでも約970隻の輸送船が撃沈されています。
日本の造船所はとにかくフル稼働しなくてはならないでしょう。
また、航空機パイロットの育成や、戦闘機などの生産も必要でしょう。
時間は幾らあっても足りないくらいです。

こうした中で、日本の潜水艦隊がどれだけアメリカに打撃を加えられるかが重要だと思います。
そしてフィリピンの米軍を孤立させ、ハワイを孤立させる事ができれば、新たな展望が開けるかもしれません。
時間が立てば、連合艦隊の戦力もある程度は回復してきます。そうなれば、新たな作戦を立てる事も可能となるでしょう。

なお、そのうち満州にソ連軍が侵攻してくるでしょうが、これについては航空自衛隊の支援を受け、東満山地で持久戦を行えば、かなりの機間、持ち堪える事ができるのではないかと思います。

戦争に「絶対」は無いですから必ず勝てるとは言いませんが、面白い勝負にはなるでしょう。

近代軍では補給が重要な要素を占めるので、どれだけの弾薬や燃料、整備、補給品を保持しているかで、戦い方も変わってきます。自衛隊のそうした物資の正確な保有量が不明なので、推測するのは困難なのですが、とりあえず・・・

1945年1月の時点なら、できるかどうかは分かりませんが、まずは自衛隊の戦力を秘匿します。
2月の米軍による硫黄島攻略あたりで航空自衛隊の全力出撃です。
この次期、米艦隊は正規空母12隻、...続きを読む

Q日本が太平洋戦争で犯した最大の失策

みなさん、日本が太平洋戦争で犯した最大の失策はなんだったと思いますか?

また、アメリカとの国力差をみると負けるのは当然としても、もう少し善戦できなかったのかと考えてしまいます。



どうすれば、より善戦できたか。
また、善戦できなかった最大の理由はどこか、を教えてください。

Aベストアンサー

負けは当然ではありません。
ただ単に大本営の作戦指導にミスがあっただけの事です。
勝ち目はありました。

最大の失策はアメリカ1番の弱点を攻めきれなかった事です。
今も昔もこれからもアメリカの1番の弱点は人種問題です。
当時は現在よりもさらに人種問題は深刻でした。
その人種問題を謀略を用いて攻めきれなかった事。これが日本軍最大の失敗です。

当時の米国では黒人等の有色人種の権利は法的にも低いもので平然と差別が行われていました。
黒人等の有色人種はそれに不満をつのらせていました。
太平洋戦争が始まった時も黒人達は、対外戦争での勝利と、国内での人権向上の権利を得る戦いに勝つ、二つの勝利を目指す「2つのV」というスローガンを掲げていたぐらいです。
政府としては国内を平穏にしておくためと、不足する労働力を得る必要性から黒人への権利拡大に動きます。
その結果、それまで白人しか働けなかった職場に黒人が配置されたり、黒人がそれまで就けなかった地位に就くようになりました。
しかし、これに反発したのが白人労働者で「黒人と一緒に働くくらいならヒットラーやヒロヒトが勝ったほうがましだ!」とストライキや暴動を起こしています。軍需工場によっては白人労働者の9割が職場を放棄したり、2万人の労働者が職場放棄した造船所もありました。
1942年8月のライフには緊迫する軍需産業都市デトロイト(軍需物資の3割以上を生産していた都市)について「デトロイトでは人種対立が激化し、ヒットラーと戦う前に互いに憎しみをつのらせている。モラルの低下は国内でも最悪の状況で、デトロイトはヒットラーを粉砕する前にアメリカを吹き飛ばしてしまう危険がある」という記事を載せています。
実際、翌年にはデトロイトでは大規模な黒人対白人の人種暴動が発生し34人が死亡し1000人が負傷し、軍が動員され暴動が鎮圧されています。
こうした暴動はデトロイトだけでなく全米各地で発生しており47都市で100を超える人種暴動が発生しており、軍需生産にもかなりの影響を与えています。メキシコ系住民と白人との間にも暴動は発生しています。
人種対立は軍需産業における労働者だけではありません。
アメリカ軍内部でも発生しています。白人兵による黒人兵への差別、暴力は多く、それが暴動にまで発生した事件もありました。ルイジアナで起きた黒人兵の暴動では28人の黒人兵が射殺され3000人が逮捕されています。3000人といえば丸々1個連隊に相当する人数です。それが戦争に行く前に内部対立で失われているのです。
だから当時の黒人兵が回想で「我々が戦うべき相手はドイツ兵なのかアメリカの白人兵なのか」というような事を証言しています。
日本は白人と黒人、メキシコ系などの有色人種の対立を加熱させ利用するべきでした。
アメリカの国力は日本の10倍です。しかし、その巨大な工業力も人がいなければ動きません。
工作員を多数確保し白人側には黒人の社会進出の不満を煽り、黒人などの有色人種には白人支配の不満を爆発させるようにして、白人側、有色人種の側、双方から煽り対立を激化させアメリカ国内を紛争状態にし、その工業力を発揮させないようにするのです。有色人種が武器を持ち立ち上がり内乱状態にもっていければ最高です。
日本はスペイン人を利用して戦時中にアメリカ国内にスパイ組織を確保していますが、このように第三国を利用して工作員を多数確保するのもありでしょう。できれば戦前から工作員を確保しておくべきです。
日露戦争の時に明石元二郎大佐がロシア国内の反政府勢力を援助してロシア軍の大部隊を国内に釘付けにさせる事に成功していますが、そのような成果を狙えれば、なお良いでしょう。もしアメリカ最大の石油生産地帯である南部で大きな反乱が起こり、石油の流通に滞りがでればさらに良いでしょう。
日本も戦前からアメリカの弱点の一つとして黒人社会と接触していますが、その工作は規模が小さすぎ大きな力とはなっていないように見えます。これは完全な日本軍の手落ちでしょう。
なお、前述したデトロイトの暴動は日本人工作員によって発生したらしいという話しもありますが、確実な証拠に乏しく詳しい事は判明していません。

アメリカの国力は大きいですが、それが軍需産業としてフル活動するには時間がかかります。だから1942年10月には太平洋で無傷の大型空母は0隻になるという状況も発生しています。エセックス空母の1番艦が実戦に出て来たのは1943年からですし、アメリカ軍の戦力が大きく増強されるのは1943年以降です。
それまでの間にアメリカ国内で人種対立を激化させ内乱状態にまで持っていければ、アメリカは国内問題を先に解決しなければならず、日本に有利な態勢で講和という事もありえるかもしれません。
要は敵の内部を撹乱するのは兵法の常道でもあるにも関わらず、それを怠った大本営の作戦ミスです。

後はミッドウェー作戦での空母戦力の分散でしょう。
アリューシャン作戦を行い空母を分散させました。連合艦隊内部にもアリューシャン作戦は中止し、その空母を南雲機動部隊に合流させるべきだの意見がありましたが、採用されませんでした。
戦後、ニミッツ元帥もこの兵力分散を批判し、兵力を集中していれば日本が勝利していた可能性がある事を指摘しています。
ミッドウェー海戦では日本の暗号が解読されていた事を敗因に挙げる人もいますが、暗号を解読していたにもかかわらず空母ホーネットの爆撃隊は日本の空母を発見できず、20隻近いアメリカ潜水艦も空母を第1目標にするよう命令されていながら1隻も戦果を上げれなかった事からわかるように、必ずしも絶対的な要因ではありません。
もし、日本がミッドウェー作戦で空母を集中投入していれば勝利していた可能性はかなりあるかと思います。
そして、ミッドウェー海戦で勝利していれば、その後の展望も大きく違ってくるかと思います。

さらに日本潜水艦隊による通商破壊戦を全力で行う事でしょう。
アメリカは開戦時、Uボートの活躍で石油不足に陥っていますし、イギリスもUボートの活躍で海上交通路を攻撃され危機的状況にありました。これに日本の潜水艦による通商破壊戦の戦果が加われば、両国は一層苦しめられた筈です。
しかし、日本は潜水艦を全力で通商破壊戦に投入する事はしませんでした。潜水艦部隊から通商破壊戦実施の要望が出されてはいましたが採用されませんでした。

つまり・・・
(1)アメリカ本土での人種対立を激化させ国力を発揮させなくする。
(2)ミッドウェー作戦では空母を集中投入する。
(3)潜水艦による通商破壊作戦を全力で行う。
この三点だけでも成功すれば戦局は大きく動くでしょうし、日本の勝利の可能性もあるかと思います。

細かい事を言えば、まだまだありますが、多くの皆さんが言うように、日本の勝利が不可能だとは、少なくとも私は思っていません。善戦どころか勝利する可能性もあったのに、日本の軍部の作戦ミスで敗北したと私は判断しています。

負けは当然ではありません。
ただ単に大本営の作戦指導にミスがあっただけの事です。
勝ち目はありました。

最大の失策はアメリカ1番の弱点を攻めきれなかった事です。
今も昔もこれからもアメリカの1番の弱点は人種問題です。
当時は現在よりもさらに人種問題は深刻でした。
その人種問題を謀略を用いて攻めきれなかった事。これが日本軍最大の失敗です。

当時の米国では黒人等の有色人種の権利は法的にも低いもので平然と差別が行われていました。
黒人等の有色人種はそれに不満をつのらせていました。
太平洋...続きを読む

Q日本がハルノートをを受け入れ戦争しなかったら?

歴史で”たら、れば”は持ち出す事は駄目なんですが、もし、太平洋戦争に突入しなかったら日本はどうなっていたでしょう? 戦争で余りにも多くの方がなくなりましたが、戦争しなかった方が日本の将来は明るくなる事が期待できたのでしょうか?

Aベストアンサー

戦争をしなかった、という選択肢は
無かったと思われます。
日本が例えハルノートを呑んでも、米国は
必ずや、日本を戦争に引きずり込んだと
思われます。
あのイラク戦争のようにです。
フセインは、米国相手に戦争などしても
勝てる道理がないことぐらい、百も承知していました。
それでも米国に無実の罪を着せられて戦争に
持ち込まれ、処刑されてしまいました。
米国とはああいう国なのです。

当時の米国は、1930年に続く大不況の真っ只中でした。
GDPは1/2に、株価は1/10に落ち、1200万の失業者が
街に溢れ、あちこちで暴動が発生していました。
ルーズベルトは、ニューデールなどの政策を打ちましたが効果は
さっぱりです。
それでどうしても戦争をやる必要があったのです。
戦争は最大の公共事業ですから。その証拠に戦後、米国
経済は見事な復活を遂げています。
その現れがハルノートです。

これは私の偏見ではありません。
米国歴史学の権威チャールズ・A・ビーアド元コロンビア大教授は
公文書を調べて、ルーズベルトが巧妙に日本を戦争に引きづり込んだ
過程を明らかにした本を出版しましたが、これは事実上の発禁処分
にされてしまいました。

31代米国大統領のフーバーが、ルーズベルトを、日本を無理矢理戦争に
引きづり込んだ狂気の男、と評した書見を残しています。
彼は、ルーズベルトは真珠湾を知っていた、とも書き残しています。


米西戦争では、 1898年 2/15 ハバナ湾で、
米国戦艦メイン号が謎の爆発沈没しています。
これで米兵266名が死亡し、スペインの仕業だ、
ということになり戦争が始まっています。

ベトナム戦争では有名なトンキン湾事件が発生しています。
1964年8月、北ベトナムのトンキン湾で北ベトナム軍の
哨戒艇がアメリカ海軍の駆逐艦に2発の魚雷を発射した
とされる事件です。
これをきっかけにアメリカは本格的にベトナム戦争に介入しましたが、
その後、ニューヨークタイムズが、米国のやらせであることを暴露し
真実が明らかにされました。

湾岸戦争 1990年 では
アメリカの駐イラク特命全権大使のエイプリル・グラスピーが
イラクのクエート攻撃に対して
「介入するつもりはない」と発言しており
これを信じたフセインがクエートを侵略しましたが、
米国軍等により撃退されています。
米国は約束の存在を否定していますが、当の大使は、それ以後、公式の場には
一切姿を見せなくなりました。

その他にも怪しいのはいくらでもあります。
以上が、日本が戦争を拒んでも、ダメだったろうと思われる理由です。

戦争をしなかった、という選択肢は
無かったと思われます。
日本が例えハルノートを呑んでも、米国は
必ずや、日本を戦争に引きずり込んだと
思われます。
あのイラク戦争のようにです。
フセインは、米国相手に戦争などしても
勝てる道理がないことぐらい、百も承知していました。
それでも米国に無実の罪を着せられて戦争に
持ち込まれ、処刑されてしまいました。
米国とはああいう国なのです。

当時の米国は、1930年に続く大不況の真っ只中でした。
GDPは1/2に、株価は1/10に落ち、1200万の...続きを読む

Q第二次世界大戦の日本は世界から見たら脅威的だった?

第一次大戦では勝利国として、その後も
小さな島国のわりにはいくつもの戦いに勝利して
第二次大戦の太平洋戦争のときのアメリカは、自国に上陸される可能性を十分考えていたとか。
そして日本艦隊も強かったようなことを聞いてます。
最終的にはアメリカ、イギリス、ソ連の超大国を相手に
最後まで戦って負けてしまいましたよね。

そこで質問です。
第二次世界大戦の頃の日本というのは
世界から見たら大変な脅威、軍事力を持った国家だったのでしょうか?

Aベストアンサー

異論として聞いてください。
陸軍についてです。

陸軍力は、
1)ソ連
2)日本
3)ドイツ(ただし、新戦術を勉強中)
4)イギリス
5)フランス
6)イタリア
7)アメリカ

だと思います。あくまでも開戦時です。アメリカは陸軍を開戦時にはあまり持っていない軍隊でした。ただ、陸軍を作る産業の力はすべてにわたって文句なく1位です。

で、日本対中国は前述の方の言われるようになったわけで、ゼークト・ラインをデザインした中華民国のドイツ人顧問が拳銃自殺するほど、日本陸軍は精強でした。
その日本陸軍と二次大戦前に唯一対決した列強があります。ソ連です。いわゆる「ノモンハン事件」です。
この時は日本側の連絡が東京と現地で錯綜したり、ソ連側が兵力(特に航空機と砲兵)を集中して結果は事実上日本の負け、となったわけですが、やったソ連にしてみてもとんでもない大損害をだし、よく言われるソ連の戦車無敵、でもなかった事実が浮き彫りになりました。当時までの帝国陸軍は時代に即した近代兵器をそろえた軍隊だったのです。
この事件、を指揮したのはのちにナチスを倒すジューコフですが、彼が戦後西側のインタビューで「一番苦労した戦いは?」との問いに間髪いれず「ハルハン・ゴル(ノモンハン)」と言ったのは有名なハナシです。

ただ、英米欧は「よくわからないけど……よくわからないていい」という、対日情報の不備、というか、あえて無視したという感じがあります。日本なんて関係ない、と。
英国情報部が東京駐在武官とともに、日本は海軍強いのは知られているが、陸軍も戦車、航空機の充実した恐ろしい組織である、とシンガポールで報告したものの、パーシバルが「では、パーティに」といったエピソードがあります。
また、陸軍の二式(鍾馗)戦闘機に乗ったバトル・オブ・ブリテン経験したドイツ空軍パイロットは、世界最強の戦闘機は極東にある、と報告しています。
戦後、台湾にのがれた蒋介石は、日本軍関係者を極秘裏に台湾に呼んで、実践学舎という軍学校をつくりました。アメリカの将校教育を受けた中華民国の軍人は、それをはるかに上回る日本人教官の精密な指導に驚いたそうで、蒋介石も授業をよく聞きに来たそうです。この日本人顧問団を「白団」といいます。最盛期には60人以上が台湾にいたそうです。

雪原から砂漠、そしてトウキョウにまで展開している、極東の謎の巨大組織、というのが他国がみた帝国陸軍の実態ではないでしょうか。

異論として聞いてください。
陸軍についてです。

陸軍力は、
1)ソ連
2)日本
3)ドイツ(ただし、新戦術を勉強中)
4)イギリス
5)フランス
6)イタリア
7)アメリカ

だと思います。あくまでも開戦時です。アメリカは陸軍を開戦時にはあまり持っていない軍隊でした。ただ、陸軍を作る産業の力はすべてにわたって文句なく1位です。

で、日本対中国は前述の方の言われるようになったわけで、ゼークト・ラインをデザインした中華民国のドイツ人顧問が拳銃自殺するほど、日本陸軍は精強で...続きを読む

Q日本は強かったの? 他国から歴史をみたら日本なんてなんてことない国だったの?

第一次、第二次世界大戦の時代
私は今まで、日本はアメリカに負けたけど、日本は戦争に強かった。と思っていました。零戦とか戦艦大和とか聞くし、神風特攻隊を出撃させたのは、作戦には疑問を持ちますが、とにかく日本は強かったんだと思っていました。でも、実際そうなんでしょうか?戦争に関して知識は豊富ではないですが、昔のVTRなどをみていると、簡単に言うと、ずるい方法をとったりしていたようにいわれてました。(約束破り?)
私は日本で日本の歴史を勉強するので日本は負けたけど、すごかった、強かった、というような感じを受けるものが多いですが、ほかの国から歴史を見たら、日本なんてなんてことなかった かのような存在だったのでしょうか?教えてください

Aベストアンサー

ご質問が「第一次、第二次世界大戦の時代、日本は強かったの」
ですが、
「アメリカには勝てないが、かなり強かった」といえます。

第二次大戦の時期の列強陸海軍ランキングを仮に作成してみます。

陸軍
1) アメリカ
2) ドイツ
3) ソ連
<この間、かなりの差>
4) 日本 4) フランス 4) イギリス
7) イタリア
(他はランキング対象外)

海軍
1) アメリカ
2) 日本
3) イギリス
<この間、かなりの差>
4) イタリア 4)フランス
6) ドイツ
(他はランキング対象外)

<陸軍について>
日本陸軍は弱かった、人命無視のムチャクチャな作戦をやって自滅して行った…という悪いイメージがありますが、仔細に見るとそうでもありません。

A) 支那事変は、蒋介石率いる国民政府が、上海周辺にドイツ軍事顧問団の指導で建設した第一次大戦型の塹壕陣地(第一次大戦の常識では『突破不可能』。ゼークトラインと呼ばれた)を建設した上で、上海に駐屯していた海軍の上海特別陸戦隊を襲撃し、救援にやってくる日本陸軍を、上海周辺の塹壕陣地に誘致して殲滅する、という計画で始まりました。

蓋を開けてみますと、上海特別陸戦隊は意外なほど頑強に戦って陸軍の援軍が来るまで持ちこたえ、杭州湾に上陸した日本陸軍3個師団は、国民政府が頼みにしていたゼークトラインを「浸透戦術」を巧妙に用いることで少ない損害で突破し、国民党軍を包囲殲滅しながら国民政府の首都である南京へ進撃しました。

これは蒋介石にとって全く予想外のことで、国民政府軍は総崩れとなりました。日本陸軍は、上記のランキングでは「ランキング対象外」の国民政府軍より「遥かに強かった」と言えます。

ウィキペディア 第二次上海事変
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%AC%A1%E4%B8%8A%E6%B5%B7%E4%BA%8B%E5%A4%89

B) ポツダム宣言受諾の「後」に、ソ連軍が北方から千島と南樺太に侵攻しました。
千島列島の北端である占守島、日本領であった南樺太には、比較的装備が良く、兵員も充実した守備隊が残っていました。
8月15日以降のソ連軍の攻撃に対し、占守島と南樺太の陸軍部隊は善戦し、
「占守島においては、上陸したソ連軍をもう少しで海岸に追い詰めて全滅させるところまで戦う」
「樺太においては、ソ連軍の南下を食い止め、南樺太の日本人が北海道へ逃げる時間をかなり稼ぐ」
という戦いぶりを見せています。

<海軍について>
日本海軍については、アメリカに次いで世界第二位の戦力を持っていたのは異論がない所で、戦前においては、東太平洋は「日本の海」でした。

「空母機動部隊」はアメリカと日本だけが編成して運用できたものですし、18インチ砲搭載の戦艦を建造できたのは日本だけです。第二次大戦終結までに完成させた大型空母の隻数で言えば、アメリカが圧倒的に多いわけですが、次に多いのは日本です。第三位のイギリスにかなり差をつけているはずです。

無限の物量と高度な技術を持つアメリカと戦っては、昭和19年のサイパン沖海戦で日本空母機動部隊が壊滅し、レイテ沖海戦で航空機の援護のない「レイテ湾への特攻」を命じられた水上部隊がろくな戦果を挙げられずに甚大な被害を受け、「沖縄への大和特攻」(坊の岬沖海戦)で終わったわけですが、アメリカ海軍相手にここまで戦える海軍は日本海軍だけだった、というのは紛れもない事実でしょう。

ご質問が「第一次、第二次世界大戦の時代、日本は強かったの」
ですが、
「アメリカには勝てないが、かなり強かった」といえます。

第二次大戦の時期の列強陸海軍ランキングを仮に作成してみます。

陸軍
1) アメリカ
2) ドイツ
3) ソ連
<この間、かなりの差>
4) 日本 4) フランス 4) イギリス
7) イタリア
(他はランキング対象外)

海軍
1) アメリカ
2) 日本
3) イギリス
<この間、かなりの差>
4) イタリア 4)フランス
6) ドイツ
(他はランキング対象外)

<陸軍について>
日本陸...続きを読む

Qもし、第2次世界大戦で日本が勝っていたら

歴史に「もし」はないと言われますが、もし、第2次世界大戦で日本が勝っていたらどうなっていたでしょうか?
先にドイツで原爆を完成させ、日本とドイツが手を組んでアメリカに原爆を投下していれば十分に可能性はあったと思います。

Aベストアンサー

原爆なんか必要ありません。日本軍は終戦間際になると、苦し紛れの技として風船爆弾というものをつくり、上空を通る気流にのせて、アメリカに着地させるという安っぽい気球のようなもの使い始めました。実際、アメリカに到達したものも多数あったのですが、アメリカ軍は本気で風船爆弾のことを心配していたのです。「日本は中国で細菌兵器を使った国だ。風船爆弾に生物兵器を積まれたら、大変なことになる」という理由で。最初から本気で多量の風船爆弾を飛ばし、迷わず細菌兵器を投入していたら、勝てたんです。

ただ、この方法では、アメリカには勝てても、他の国には勝てません。中国戦線の泥沼化や、イギリス・オーストラリアとの戦争継続という事態の中で、最大敵国であるアメリカを倒したというバックグラウンドをもって、外交的に交渉を優位に進めて終戦に持ち込むしかないでしょう。

で、もし日独が勝っていたらという点ですが、ソ連邦が崩壊し、その後の冷戦はなかったというのが最も大きな違いでしょう。ソ連とナチは、似ている点がたくさんあって、形式上の民主主義と事実上の一党独裁であること、芸術を政治的プロパガンダに使い現代美術には無理解であったこと、市場原理を信頼せず計画経済的な政策をとることなど、ほとんど双子みたいなものです。意外と、ドイツがロシアを植民地化しても、その後のソ連邦地域の歴史には、大差がなかったかもしれません。

また、日独が勝った場合、第2次世界大戦後の講和条約における、「敗戦国への賠償金請求は放棄する」という原則が打ち立てられることがなく、日本は容赦なくアメリカから金を奪い、ドイツは容赦なくロシアを植民地にしたでしょう。

最後に原爆について。アメリカ人は今でも、原爆の投下によって戦争が終わったのだから、原爆の投下は正しいことだと思っています。しかし、これは事実誤認です。日本軍は原爆をふたつ落とされ、すぐにそれを原爆であると理解していましたが、それでも戦うつもりでいました。日本が敗戦を受け入れたのは、ソ連軍が日ソ中立条約を破って満州国に侵入してきたことがきっかけです。アメリカ人は、こういう事実を、多分、認めたくないんでしょうけど。

原爆なんか必要ありません。日本軍は終戦間際になると、苦し紛れの技として風船爆弾というものをつくり、上空を通る気流にのせて、アメリカに着地させるという安っぽい気球のようなもの使い始めました。実際、アメリカに到達したものも多数あったのですが、アメリカ軍は本気で風船爆弾のことを心配していたのです。「日本は中国で細菌兵器を使った国だ。風船爆弾に生物兵器を積まれたら、大変なことになる」という理由で。最初から本気で多量の風船爆弾を飛ばし、迷わず細菌兵器を投入していたら、勝てたんです。
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Q真珠湾攻撃で空母を大破していたら?

真珠湾攻撃の日に空母3隻は湾にはおらず打ち漏らした事は良く聞きますが、この3隻を大破していたら歴史は変わったのでしょうか? 3年8ヶ月の太平洋戦争が4年になったのでしょうか?? 大勢には影響しなかったと思いますが、実際はどうでしょうか? 歴史にたら、ればで論じても仕方のないことですが、こうなった事には変わりないくらいのコメントでも頂けると参考になります。

Aベストアンサー

>歴史は変わったのでしょうか?

その可能性はあります。
日本の勝算は上がったでしょう。

真珠湾攻撃の時、太平洋にはアメリカの大型空母3隻がいました。
エンタープライズはオアフ島西約200浬に位置し、レキシントンはミッドウェー島南東約420浬に位置し、サラトガは本土のサンディエゴで整備中でした。
これが全て真珠湾で大破し(大破の状況にもよりますが・・・複数の魚雷を受け大きな損傷負って修理に手間取り戦線復帰に半年もかかるとか、そこまでの損傷ではなく2~3カ月で復帰するとか、色々考えられますが)、それと空母に所属する飛行隊も壊滅したと仮定しますが・・・
まず、最初の日本軍の真珠湾攻撃において空母を大破させたなら、日本軍は史実では行われなかった第二撃を行う可能性もあるかと。第二次攻撃を行わなかった理由の一つが敵空母の所在不明です。それが真珠湾で大破し、ましてや史実での戦果予測ではハワイの敵航空部隊も壊滅に追い込んでいる状況です。特に日本側の水平爆撃隊は損失機0でもありました。第二次攻撃を行いさらなる戦果を得たかもしれません。
それはともかく、当然、米国としては空母を大西洋から回すと考えます。

当時、大西洋には就役したばかりで訓練中のホーネット(1942年2月より任務開始)、レンジャー、ワスプ、ヨークタウンの4隻の大型空母がいました。
ただし、レンジャーは防御に問題のある艦であり、史実でも太平洋での戦闘は無理だと判断され主に大西洋で輸送、護衛、訓練、上陸支援などの任務につきました。1942年10月の南太平洋海戦で米国は無傷の大型空母が0隻となる「アメリカ史上最悪の海軍記念日」と米国側が言うほどの最悪の状況だったにも関わらず、レンジャーが太平洋に投入される事はなかった事から、真珠湾で空母3隻が大破してもレンジャーだけは大西洋で任務につくかと考えます。
なお、ワスプは史実では1942年に太平洋艦隊に編入されるまでは、マルタ島への戦闘機輸送任務を数回従事するなどしており、日本との開戦後、すぐに太平洋に投入するとすれば、その分、マルタ島の航空戦力が低下し、地中海を通る北アフリカ戦線のドイツ軍への補給路への攻撃がその分、和らぎ、ドイツ軍に多少有利な状況になるかもしれません。

そんなわけで、おそらくワスプ、ホーネット、ヨークタウンが太平洋に回されると考えます。
そして、ミッドウェー海戦までは史実と同じような展開になるのではないかと考えます。
そして珊瑚海海戦でも史実と同じように米国空母1隻が撃沈され、1隻が中破となり、ミッドウェー海戦になるかと思いますが、ここで仮定の上に推測でしかありませんが、真珠湾で大破した空母が修理を完了し戦線復帰。
米国は無傷の空母1隻に復帰した3隻の計4隻の空母で日本艦隊を迎え撃ちますが、問題は空母の航空部隊です。
史実では、ミッドウェー海戦での米空母部隊は訓練が完了していないパイロットまで作戦に参加させるほど切迫した状況でした。
今回はハワイ攻撃時に3隻の空母の航空部隊は打撃を受けているので、なおさら酷い状況かと思います。空母は戦線復帰しても技量の未熟なパイロットを多数使う事になり、この点において、日本側は非常に有利になるかと思います。

ただし戦争に絶対はありませんから、日本が史実通りミッドウェーで敗北する可能性も充分あります。
その場合は、やはり史実通りの展開となり敗戦の道を辿っていくかもしれません。

しかし、ミッドウェー海戦で勝利した場合は戦局が大きく動くかもしれません。
まず、ミッドウェーで米国側がパイロットの低い技量が災いして敗北し、空母が全滅したとして、日本軍が次に狙うのはハワイです。
これは史実でもミッドウェー海戦前に、9月以降を目処にしてハワイ攻略戦の準備命令が陸軍では既に出されています。
ですが、その前にインド洋が焦点になります。
史実では6月に北アフリカ要衝のトブルク要塞を陥落させたドイツ軍が勢いに乗っており、ドイツとイタリアからインド洋での通商破壊強化と有力な艦隊派遣の要請が来ていました。
この状況に日本もインド洋で潜水艦隊や水上艦部隊を派遣する命令を出し準備していましたが、ガダルカナルの戦いが生じ、インド洋での作戦は極少数の部隊に任される事になりました。
しかし、ミッドウェーで勝利すれば米国はハワイの防備強化と航空部隊、艦隊再建に忙しく、ガダルカナルへの反攻は行わないでしょうから、日本は史実で予定されていた通りか、それ以上の戦力をインド洋に投入して通商破壊戦を行うかと思います。

インド洋は連合軍にとって、北アフリカ戦線、ソ連へのレンドリース(ソ連への軍事援助で全体の約3割がインド洋を通りました)、ビルマ戦線、中国戦線への補給路であるばかりか、インドからイギリスへ戦略物資を運ぶ海上交通路でもありました。
もし、この海上交通路が阻害されれば、各戦線は崩れるかもしれませんし、イギリスは戦争遂行に大きく響くでしょう。
特にイギリスは1942年にはドイツのUボートの通商破壊戦により、穀物などの輸入量が低下し消費量が輸入量を上回り備蓄で何とか凌いでいました。また貯蔵していた商船の燃料も3ヶ月分を切っている危険な状況でした。これにインド洋でさらに大きな被害を被ればイギリスは持ち堪える事ができないかもしれません。
元々日本には政府上層部の言う「通商破壊戦により英国の死命を制し米国の態度を変える」「英米連合軍の弱点は英国にあると考えられる。海上交通を断ち英国を餓死せしめて英国を屈服せしむること最も捷径なり」「英国の屈服に際し之と直ちに講和する事なく英国をして米国を誘導せしめる」という、まず英国を叩き、それにより米国との講和へ持ち込もうと言う戦略がありました。これが実際に成功するかどうかはともかく、英国の死命は海上交通路にあり、もしインド洋を日本が制すれば、前述した各戦線に致命的であり、英国にも大打撃だった事でしょう。

また、日本の潜水艦隊は開戦時に南方とハワイ方面に大きく二分され作戦しており、ミッドウェーで勝利した場合も当然、インド洋だけでなくハワイ~米本土、オーストラリア~米本土間で通商破壊戦に全力をあげる事になるかと思います。
史実では大戦初期は日本の潜水艦も遠く米本土沿岸で暴れ周りましたが、戦局の推移とともにそれもできなくなりました。しかし、ミッドウェーで勝利し米国の大型戦闘艦艇も多くを沈めたとなれば太平洋で通商破壊戦に力を入れる事も可能になるかと思います。
そうなれば、米軍も大西洋にばかり護衛艦を投入するわけにもいかず、その分、大西洋のUボートが楽になり戦果を拡大し英国を一層苦しめる事になるかもしれません。

そして、太平洋ではハワイ攻略戦となりますが、日本の潜水艦の通商破壊戦がうまくいけば、ハワイの防備も思うようには進まないかもしれません。
攻略自体は制海権、制空権をとれれば可能かと思います。あまり陸軍の大兵力を投入できないでしょうが制海権、制空権を握れば圧倒的有利になります。フィリピン攻略戦やマレー攻略戦、ジャワ攻略戦でも日本軍は連合軍より兵力が少ないにも関わらず勝利したのは、そうした要素において勝っていたからです。

ハワイの失陥は米国にとり大きな衝撃となるでしょう。
そもそも開戦前の米国の新聞には「日本は我々を攻撃する事はできない。軍事的にも不可能な事だ。ハワイの基地にしろ日本艦隊の有効攻撃圏の外にある」と載っていたくらいです。
おそらく、ここで活気付くのが米国内の黒人などの有色人種です。
開戦時、米国は一つに纏まっていたかのように言われますが、実はそうでもありません。
第一次世界大戦で黒人は待遇改善、地位向上を目指し、戦争に積極的に協力しましたが終わってみれば何も実りはなく失望だけが残りました。その経験から第二次世界大戦に米国が参戦した時も、有色人種の間では冷ややかに戦争を見ている部分がありました。
また、大戦を勝ち抜くため軍の増強と軍需産業での人員確保に黒人も組み込まれますが、黒人のこれまでの不満を和らげ、また人手不足を解消するために、これまで働けなかった職場や地位に黒人が就きました。
それに反発したのが白人労働者で職場放棄や暴動を起こしています。黒人側も歴史的に差別されている事から当然不満と反発がありました。1943年だけでも全米47都市で100以上もの人種暴動が発生しています。これにより、軍需産業の生産にも影響が出ています。デトロイトの暴動では黒人が軍の武器庫に突入しようとしました。軍内部でも黒人対白人の暴動が発生しています。
暴動で逮捕された黒人指導者の中には「黒人は米国内の日本軍だ」「東条首相に日本の勝利を祈る」と言い放った人もいました。
日本の勝利がこうした米国内の不満分子である有色人種を刺激し、より一層、反政府運動を大きくするかもしれません。
もしそれが広がれば米国内は酷い紛争状態となり兵器や物資の生産は遅れ、生活用品の流通にも影響を及ぼし、市民の不満を更に募らせるかもしれません。ただでさえ戦争で食肉やバター、ガソリンや暖房用燃料等色々な物が配給で不足気味なのです。それが更に悪化したら・・・
そうなれば、米国は日本と戦うより先に国内問題を解決しなければならず、日本に有利な状況で講和という事になるかもしれません。

史実では、前述した1942年10月の「アメリカ史上最悪の海軍記念日」の後に、米国では上下両院議員選挙が行われましたがルーズベルトの民主党は51議席も減らしました。ミッドウェーで負け、ハワイも攻略されたら民主党はもっと大敗し、ルーズベルト政権ももたないかもしれません。

>歴史は変わったのでしょうか?

その可能性はあります。
日本の勝算は上がったでしょう。

真珠湾攻撃の時、太平洋にはアメリカの大型空母3隻がいました。
エンタープライズはオアフ島西約200浬に位置し、レキシントンはミッドウェー島南東約420浬に位置し、サラトガは本土のサンディエゴで整備中でした。
これが全て真珠湾で大破し(大破の状況にもよりますが・・・複数の魚雷を受け大きな損傷負って修理に手間取り戦線復帰に半年もかかるとか、そこまでの損傷ではなく2~3カ月で復帰するとか、色々考えられます...続きを読む

Q第2次世界大戦のソ連の戦死者が多い理由は?

先日、池上彰さんのテレビ番組で「第2次世界大戦のソ連の戦死者は2000万人を超えている」「その恐怖からスターリンは、隣国を共産国にした」ということを知りました。

日本の太平洋戦争での戦死者は300万人くらいと聞いてますが、日本の戦死者と単純に比較できるのかどうかわからないのですが、日本の7倍の戦死者の数には、とても驚きました。

第2次世界大戦のソ連の戦死者が多い理由をお教えいただけましたら助かります。

よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

まあ、漫談です。

ソヴィエト軍はバルバロッサ作戦当初にその主体が壊滅したので、1941年のタイフーン作戦を乗り切って以降の部隊が、みな新兵、という特徴がありました。
また旧式の機械装備も壊滅したので、結果的に機械装備が新式のものにいれかわりました。
T-34は名高い戦車ですが、他につかえる戦車が当初はなくなってしまっていたから使った、というのが実態です。
最新装備と新兵がまぜこぜになった軍隊が、モスクワ正面の戦いを乗り切った、1942年当初のソ連軍でありました。

もちろん精鋭であり戦略予備といえるシベリアの部隊はありましたが、ノモンハンのときに日本の帝国陸軍と正面衝突を初めてして大損害をうけた経験から、軽々しく欧州戦線に移動させるつもりに、ソ連軍指導部はなれなかったのです。
そのノモンハンのソ連軍総司令官が、スターリン直々に任じられたジューコフでした。

ジューコフは、

1 ソ連軍は弱い

2 だから勝つためには、敵より多くの兵器と兵士を前線に惜しみなく投入し、その重みで押しつぶすしかない

3 だから、兵士も戦車も大砲も、とにかく数をあつめる

ということを、理解していたので、必要なだけの兵力を敵がつぶれるまで投入しました。当然ながら自分より強い相手を数でつぶすのですから、犠牲はふえます。
さらに、この考えをスターリンも支持したので、党、治安組織、軍事思考、動員体制、といったソ連という国家の戦争体制そのものが、勝てるまで人命も装備も前線に突っ込むように構築され、上から下まで人命軽視というより、人命より目的達成、のドクトリンが徹底しました。目的達成が勝利なら、なおよし、です。

そのような体制のもとで運用されたソ連軍の基本的ドクトリンは、

最低でも幅50kmの線に分厚く、最低でも敵の3倍、普通なら5倍、理想は7倍の二陣の部隊を結集させ、

まず砲撃と航空攻撃だけで相手の6割に損害をあたえ、

そして第一陣が弱った敵に突っ込みその第一陣が自分の損害を省みず敵をなぐるだけなぐったら、

味方第一陣の残骸を乗り越えて無傷の第二陣が第一陣と戦ってボロボロになった敵を蹂躙する、というものでした。

装備は更新されたし、戦車・武器も疎開した工場と米英のレンドリースでそろえてはいるが、兵士の教育が低い軍隊にむずかしいことはあまりできません。字の読めない兵士が珍しくないどころか、ロシア語がわからない兵士も珍しくありません。
なので、時には下級将校は選挙で選び出され、そのような将校には反抗するものを軍法会議抜きで「処分」する権利はあたえられました。戦争をしている国家と党に異を唱える者はいらない世界です。
また、女性が前線で銃をとったり、戦車兵をやったり、戦闘機・爆撃機パイロットをしたりしたのも、ソ連軍だけでした。

この残酷な単純化となりふりかまわなさが、精鋭のドイツ軍相手に血を流しつつも、ソ連軍を勝たせたのです。

まあ、漫談です。

ソヴィエト軍はバルバロッサ作戦当初にその主体が壊滅したので、1941年のタイフーン作戦を乗り切って以降の部隊が、みな新兵、という特徴がありました。
また旧式の機械装備も壊滅したので、結果的に機械装備が新式のものにいれかわりました。
T-34は名高い戦車ですが、他につかえる戦車が当初はなくなってしまっていたから使った、というのが実態です。
最新装備と新兵がまぜこぜになった軍隊が、モスクワ正面の戦いを乗り切った、1942年当初のソ連軍でありました。

もちろん精鋭...続きを読む

Qなぜ真珠湾に米軍空母がいなかったのですか?

なぜ真珠湾に米軍空母がいなかったのですか?

僕は死ぬほど歴史が苦手で、ろくに勉強してこなかったことを後悔しています。

最近知ったのですが、真珠湾攻撃に参加した零戦パイロットの原田要(はらだかなめ)氏(97)は、真珠湾に米軍空母はいなかったと証言しています。

なぜ真珠湾に米軍空母がいなかったのですか?偶然にしては出来すぎではありませんか?

Aベストアンサー

太平洋には3隻しか航空母艦がいませんでした。これはドイツの海軍が大西洋で活動を激化させたのと、英国への武器援助法などのほうが重要だったので、大西洋に重点的に空母を配置したからです。

太平洋にいた空母ですが、サラトガは、サンディエゴで整備をしていました。攻撃後、あわてて真珠湾に進出しましたが1月12日に真珠湾の近くで日本の潜水艦から魚雷を撃ち込まれて大損害をだし、またもや本土のブレマートンで修理する羽目となりました。

同じ型式のレキシントンは、ミッドウェイに飛行機運んでいました。

エンタープライズは、ウェーク島に飛行機を運んでいた帰りに母港の真珠湾が襲われたので、日本艦隊を1隻で探していましたが空振りであります。6隻もいる空母機動部隊に一隻で立ち向かうのですから、温存どころか無謀に近い勇気があるものだと感心します。

航空母艦は英語でCarrier 単なるキャリアーです。文字通り飛行機運びをしていたわけですね。で、戦艦は大事に要塞地帯である真珠湾に温存されていました。

空母が温存、どころか、飛行機運びと修理していただけでです。運んでいただけですから攻撃能力もありません。

空母しか残らなかったので、空母でしか初期の戦争行動ができなかったのが真相で、珊瑚海ではレキシントンまで沈められてしまうし、ミッドウェイでは1隻が半分こわれた状態で使われています。

情勢はガダルカナルが終わるまでアメリカにとって決して楽ではありません。

陰謀とか空母を温存しておいたというウソがこの時代になっても大手をふって出てくるということこそ、歴史を学ぶ上でひっかかってはいけないホラ、都市伝説でしかないことを、見抜けるようになってください。

その証拠に、陰謀を言い立てる人は、証拠を出すことができません。ネタとしても、もう賞味期限切れでしょう。

太平洋には3隻しか航空母艦がいませんでした。これはドイツの海軍が大西洋で活動を激化させたのと、英国への武器援助法などのほうが重要だったので、大西洋に重点的に空母を配置したからです。

太平洋にいた空母ですが、サラトガは、サンディエゴで整備をしていました。攻撃後、あわてて真珠湾に進出しましたが1月12日に真珠湾の近くで日本の潜水艦から魚雷を撃ち込まれて大損害をだし、またもや本土のブレマートンで修理する羽目となりました。

同じ型式のレキシントンは、ミッドウェイに飛行機運んでいました...続きを読む


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