今日図書室にてぼけっ~っとしていたら「新保守主義」とかなんとかいう文字が目についた。
かつて(いまだに?)産経新聞などでワーワーやってたような連中が勢揃いでまたぞろワーワーやってる。
内容は・・ようわからんが確か「日本人は日本人としての誇りを取り戻すべき」なんだそうな。
そういや今小学校の教科書が問題になっているらしいし・・・
皆さんはどう思われますか?

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A 回答 (16件中1~10件)

誇りを持つべきです。


ぴったりのサイトもありました。
http://fromabroad.web.fc2.com/

「日本は素晴らしい国」を再認識したい人!
日本や日本人のことを外国人に説明したい人!
日本のことをもっと知りたい人!
必見のサイトとのことです。

日本や日本の特徴を挙げ、それぞれの特徴が
「どうしてそうなったか」というのが分かるように記載してあります。

参考URL:http://fromabroad.web.fc2.com/
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もうひとつ付け加えると


現代においては例えば日本という国が鎖国し自給自足の循環社会を形成することを目指すことと,地球上の国家全体をひっくるめて一国家としその閉回路の中で循環社会を形成することと同じ意味を持つ.

では地球上で一国家が統制支配し全体として循環社会を形成するのが良いか
地球上の国家群がそれぞれ循環社会を形成する方向性が良いかということになっていくのであるが.
日本が機械の生産だけを請け負う国に成らなければいけなくなったとしたら嫌だと思わないかい?
毎日ロボットのように働く.
ロボットは石油によって動く.
人間は食料によって動く.
その両方を輸入に頼っていかざるを得ない方向にあるとすれば
どういうことが予想できるか.

米を含む農産物の自由化はそれを予感させる.
日本人はどっかの国の家畜同然に成るだろう.
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絵空事して


一言付け加えると

やっぱり鎖国はないだろうね.

独自性もなく外国と江戸時代あたりにまでしか見られない人にとっては
発想の限界だろな.
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農耕民族の生活維持形態.手法そのものが日本人としての精神性の元型なのではないでしょうか.


日本人としての誇りを取り戻す.
はそのまま
後継者不足の日本の故郷.農業に息吹を取り戻す.
と置き換えられる.
それには中央に集中する人間を分散させることが必要です.
ひとつの基本的な構想としては
中央集権的構造は維持しつつ国家内自立国家群(道州制)を構成してそれぞれに企業,工場を分散させる.
地域で育った人は地場の企業に就職し,人にはそれぞれの自足分としての農地が付与される(第二種兼業農家的).
なんていうのが考えられます.
しかし今の世の中,こういう国の構造改革は国体維持のための国家的な使命であるとも言えると思います.

孔子や孟子といった古聖は農神が世を司るような尭や舜の時代を理想社会とし乱れた世からそれへの回帰を説いた.
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今、現在においていうならば、日本人というのはただ日本に生まれていて、日本の規範の中で生きている人間と称するのが正しく思います。

だから、誇りを持つ必要はないと思うし、自国のことを良く理解する気もない人に誇りを強要すること自体間違えているのではないでしょうか?今は情報も氾濫して色々な国の文化も取り入れ放題だから、選ぶのは結局、自分でしょう?個人責任でいいんじゃないでしょうか?
日本人というのは、元来適応能力がとても高い民族のようで、新しいものは嫌うわりには意外と、取り入れ上手!だったりするようだから、すでにもう日本人という民族は絶滅寸前!状態だと思います。身体的なことでいうと、滅びたりはしていないんですけど。
だから、そもそも日本人とかいうカテゴライズが古いんじゃないですか?誇りをもつかなんて、自由でしょ。民主主義なんだし。だいたい、政治だってアメリカに踊らされてるだけだし。みんな、そんなこと気にも止めてないんじゃないんでしょうか?だって、不自由なく、生きていければいいやって姿勢丸出しだし。国民根性ってこと自体、もう存在していないと思います。

個人的な意見としては、日本に誇りをもっています。政治的なこと意外で。
本来日本の持っていた文化は素晴らしいと思います。日本語の持つ美しさとか、謙虚さや、真摯さ、今はほとんど残っていないと思われるので、全然、自慢する気なんかないんですが。日本で生きている方にもっと日本のことを知って頂けたら、嬉しいと思います。自分も日本人に生まれて、幸せ半分、恥ずかしさ半分ですが。
ロクなアドバイスにはなりませんでしたが、参考まで。
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私たちは、どんな時に、自分の属する集団に誇りを持つのか。


うまくは言えないが、集団の一人一人が、お互いのことを本当に大事だと思い、集団の目指す目標に向かって、ひたすら努力していることを感じ合った時ではないだろうか。「私には、この素晴らしい集団がある。そして私も、この集団で努力する一人なのだ。」
素晴らしいと思えるだけの国にしていきたいと私たちが本当に願い、みんながその目標に向かって努力と協力を惜しまぬとき、日本人としての誇りはおのずと生まれてくると思います。
自国に誇りを持てと教えることは不可能ですが、自国に誇りを持っている人がいるということは教えるべきでしょう。どこにどのように誇りを持っているかという情報を与えることで、その子は自分の国について考え始めるはずです。勝手に暮らしているつもりになっているこの国は、実は過去のあまたの人々の努力によって成り立ってきた国であり、これから自分たちが作っていく国である。今までの人たちはどんな努力をしてきたか。自分たちはどうしていくべきか。
…私たちが、自分の属する国に素晴らしいものを感じ、自分自身もこの国をよくしていくために努力していきたいという願いを強くしたとき、日本人としての誇りは生まれると思います。それは決して排他的なものではなく、人生を支える勲章のようなものになるのではないでしょうか。結論。努力なくして、誇りは生まれず。
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ここで定義される日本人とか、日本民族など、どうでもいいことだし、


興味はない。

自分が●●民族や●●人であることなど、単なる属性にすぎないし、
たまたま受け継いだ遺伝的形質でしかありえない。となれば、それは
●型という血液型であることに誇りを持つかどうかという程度の
論理に他ならない。

要は、自分に誇りを持つ為になんらかの後ろ楯が欲しいのか、欲しくないのか。
議論はそこの一点に尽きると思う。

僕自身としては、いかにそのようなものに頼らぬ確固たる自己を形成するべきか?
ということのほうが重要に思えるが。
さて、いかがなものか?
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わたしは「どうでもいい」と思います。



ここで問題は、なにが「日本人」なのか?ということだと、私も思います。

また、こう言う人もいると思います。「地球人 ノ 誇リ ダ」
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この回答へのお礼

返信どうもありがとう。

いやいやまったく。
僕もそう思っているのだ。

お礼日時:2001/04/14 00:29

論点は大まかに見て2つあると思います。


1つは世界中のあらゆる国民が自国民として誇りを持つことの是非。
もう1つは他国民が誇りを持つことは認めるが日本人が誇りを持つことの是非。

1つ目に関しては、私は誇りを持つべきだと考えます。
実際のところほとんどの国では誇りを持っている人が多数を占めているように思えますし、自分の所属に誇りを持つことは自然なことと思えるからです。
ここで注意しなければならないのは、民族ではく文化を内包する国籍に誇りを持つべきだということです。

2つ目に関しては、日本人であることを特化する必要は無いと考えるのでやはり誇りを持つべきであると思います。
ここでは過去の誇りを取り戻す云々は特に意識する必要は無く、現在において誇りを持つことを云々する必要があると考えます。
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この回答へのお礼

返信どうもありがとう。

>論点は大まかに見て2つあると思います。
1つは世界中のあらゆる国民が自国民として誇りを持つことの是非。
もう1つは他国民が誇りを持つことは認めるが日本人が誇りを持つことの是非。

いやあ・・・たかが誇りを持つのに是非を吟味せねばならんかね。
知らなかったよ。迂闊だったね。

お礼日時:2001/04/15 00:01

「誇りを取り戻す」、「名誉挽回」、「汚名返上」


どれももともと誇り、名誉、名をもっていた者が
言う言葉と思います。まずそれらが日本人という
集団にあったのでしょうか。私は疑問です。

というのも、「日本人はそも始祖は~」って言っ
たとしてもそれを私個人の誇りとすればそれは虎
の衣であり、また、他国に諂うも諂わないも個人
の選択であり、集団が諂っても個人が諂っている
とは思わない。

ですので、この新聞記者は「国会はとか~省は」
とか付ければいいんじゃなかったのではと思います。

個人的には他国の人に諂う必要はないと思います
す。個の誇りは個でもっていたいと思います。
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この回答へのお礼

返信どうもありがとう。

>「誇りを取り戻す」、「名誉挽回」、「汚名返上」
どれももともと誇り、名誉、名をもっていた者が
言う言葉と思います。まずそれらが日本人という
集団にあったのでしょうか。私は疑問です。

おっしゃるとおりだね。
日本は世界に冠たる長寿国なんだが、それは彼らが命大事で生きてきたからだろう。なんにせよまずは命、これが大事なんだ。
こんなんで誇りもへったくれもないわな。
そういや日本でも江戸時代、切腹を善しとする風潮があったらしいけど、官僚化した武士はそうそう往生際がよかったわけじゃない。
たいていはオカミに逆らえずメソメソ腹を切ったのだ。
一方で誇り、名誉、名を持っていた者なんて個人じゃいくらでもいたと思うけど。

>個人的には他国の人に諂う必要はないと思います
す。個の誇りは個でもっていたいと思います。

賛成だね。

お礼日時:2001/04/14 01:01

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Q「日本人らしい」、「日本人っぽい」

 日本語を勉強中の中国人です。「日本人らしい」って結局本人は日本人なのでしょうか。「日本人っぽい」などの言い方もあるのでしょうか。シチュエーションによって文を作りましたが、とても自信がありません。自然な日本語に添削していただけないでしょうか。自然という基準は人それぞれで、とても難しいと思います。回答者は自分の表現が自然だと思ったら、それで良いです。よろしくお願いいたします。

1.Aさんは日本人である。

「Aさんは日本人らしい顔をしています。Aさんの顔を見ると、日本人であることがすぐ分かります。」

2.Aさんは日本人ではない。

「Aさんは中国人です。日本人らしい顔をしています。日本人とよく間違えられます。」

3.Aさんは日本人である。

「Aさんのこのしぐさは日本人らしいですね。さすが日本人です! 」

4.Aさんは日本人ではない。

「Aさんのこのしぐさは日本人らしいですね。どこで覚えてきたのでしょうか。」

 また、質問文の中には不自然な表現がありましたら、指摘していただければ大変嬉しいです。よろしくお願いいたします。

 日本語を勉強中の中国人です。「日本人らしい」って結局本人は日本人なのでしょうか。「日本人っぽい」などの言い方もあるのでしょうか。シチュエーションによって文を作りましたが、とても自信がありません。自然な日本語に添削していただけないでしょうか。自然という基準は人それぞれで、とても難しいと思います。回答者は自分の表現が自然だと思ったら、それで良いです。よろしくお願いいたします。

1.Aさんは日本人である。

「Aさんは日本人らしい顔をしています。Aさんの顔を見ると、日本人である...続きを読む

Aベストアンサー

「日本人らしい」も「日本人ぽい」も「日本人的な」という非常に曖昧な表現であり、また、曖昧だからこそこの言い回しが必要になってもいるのです。

1.Aさんは日本人である。

「Aさんは日本人らしい顔をしています。Aさんの顔を見ると、日本人であることがすぐ分かります。」
⇒「Aさんは日本人らしい顔をしています」だけでは、Aさんが日本人なのかどうかはまだわかりません。
これが、
⇒「Aさんは日本人特有の顔つきをしています」
⇒「Aさんは、これが(これこそ、これぞ)日本人だ、という顔をしています」
⇒「Aさんはいかにも日本人らしい顔つきをしています」
となれば、これだけで日本人であることが判ります。

ところが、
「Aさんは日本人ぽい顔をしてる」となると、外国人だけど日本人的な顔をしているという意味にもなりますし、日本人の顔をした日本人という意味にもなります。


2.Aさんは日本人ではない。

「Aさんは中国人です。日本人らしい顔をしています。日本人とよく間違えられます。」

この場合、このままの言葉遣いを使うのであれば、
「Aさんは中国人です。でも日本人らしい顔をしているので、よく日本人と間違えられます」と、「でも」を入れるだけでかなり聞きやすくなります。
⇒ここでは「日本人ぽい」も使えます。
⇒「Aさんは中国人ですが、日本的な顔をしています。」

3.Aさんは日本人である。

「Aさんのこのしぐさは日本人らしいですね。さすが日本人です! 」
⇒ここも、このままの言葉遣いを生かすのであれば、
「Aさんのこの仕草は、いかにも日本人らしい仕草ですね。(【さすが日本人です】は、何かのコンクールとかコンテストとか競い合っているような場合はともかく、普通は必要ないかもしれません)
⇒「Aさんのこの仕草は日本人独特(特有)の仕草です」
⇒「Aさんのこの仕草は、日本人でなければ出来ない仕草です」

4.Aさんは日本人ではない。

「Aさんのこのしぐさは日本人らしいですね。どこで覚えてきたのでしょうか。」
⇒ここでも、
「Aさんのこの仕草は、いかにも日本人らしい仕草ですね。いったい何処で覚えてきたのでしょうか」とすると聞きやすいですね。
⇒ここでも「日本人ぽい」は使えます。
⇒「Aさんのこの仕草は日本人的な仕草ですね。」

★このような表現を使うときに、「顔」という言葉を、「顔つき」「目鼻立ち」と置き換えると、何処を以って日本人らしさを表しているのかが鮮明になります。

★「日本人らしい○○」「日本人ぽい○○」ではなく、「日本人らしいですね」「日本人ぽいですね」という表現になると、日本人である可能性が非常に強いことを匂わせています。
⇒仮面をいつけて踊っている人々を見て、「あいつは日本人ぽいね」というと、「あいつは九分九厘日本人だ」というニュアンスになります。

こうやって考えてみると、「らしい」「ぽい」は説明するのがとても難しい表現であることが判ります。
何となく使っている言葉の一つかもしれません。
あまり自信がなくなってきました。

「日本人らしい」も「日本人ぽい」も「日本人的な」という非常に曖昧な表現であり、また、曖昧だからこそこの言い回しが必要になってもいるのです。

1.Aさんは日本人である。

「Aさんは日本人らしい顔をしています。Aさんの顔を見ると、日本人であることがすぐ分かります。」
⇒「Aさんは日本人らしい顔をしています」だけでは、Aさんが日本人なのかどうかはまだわかりません。
これが、
⇒「Aさんは日本人特有の顔つきをしています」
⇒「Aさんは、これが(これこそ、これぞ)日本人だ、という顔をして...続きを読む

Qみなさんは誇りをもっていますか? 僕にはプライドと誇りの違いがわかりません。天狗になるの誇りをもって

みなさんは誇りをもっていますか?
僕にはプライドと誇りの違いがわかりません。天狗になるの誇りをもってるからですか?こだわりは頑固ってことですか?

Aベストアンサー

こんにちは。

★ みなさんは誇りをもっていますか?
☆ 世辞としては ≪持つほどの誇りはありません≫という
のが 一般です。

では 本心では持っているか?
けれども 理屈をこねますが 誇りにかんしては≪持つ・持
たない≫にこだわらないという立ち場もあると思いますね。

≪誇りを持つかどうか≫という世間の≪こだわり≫から自由な
立ち場のことです。

と言ったところで それについて誇りを持つかもわかりませ
ん。〔と言っておかないと ≪天狗になる≫ことになります〕。

このわが立ち場について わたしは≪頑固≫です。

誇りは やや内向きですが プライドとなると 外向きであ
って たやすくほかの人の目に留まる。と見てみましたが
ほかにも定義はあるかもわかりません。

Q【日本人の海外旅行】日本人が海外旅行に行くとなぜ上から目線なんでしょうか? 基本的におばさんは現地

【日本人の海外旅行】日本人が海外旅行に行くとなぜ上から目線なんでしょうか?

基本的におばさんは現地の人に上から目線で、さらに基本的に不満ばかり言ってますよね。

そんなに不満だらけなら海外旅行に行かなければいいのにと思います。

ムスっとした顔で現地のホテルの対応が悪いやら、飯が不味いやら。

なぜそれでも海外旅行に行くんですか?

Aベストアンサー

ツアーで行ったことあるけど…おばさんも性格悪かったけど大学生も性格悪かった
まぁ旅は人間性が出るということだね
日本人は宗教観がなくて、周りの目だけだから、性格悪いと思われる心配がなければ、性格が悪い行動取る人が多いんだよ

Qやおろず神と日本版新自由主義

やおろず神と日本版新自由主義

日本版新自由主義の特徴を考えてみると経済的合理性のみで社会と組織を分析する点にあると思います。
この「思わぬところと思わぬところが関係しているかもしれない」という意識の欠如はどこからきたのでしょうか?

個人的に思うのは
一神教においてはひとりの神が万物を制御していると考える為に、世界全体は極めて精緻で人間がうかがい知れぬという認識になり
多神教においては多数の神どうしの関係が相対的に緩やかである為に、世界の捉え方がアバウトになるのかと思っています。

例えれば、複数の学問分野を体系的にまとめて統一した仮説をたてるのは、個別学問分野の統一的仮説よりも難しいということかなと。

この文化的な癖が経済的合理性のみの説明で納得する要因になるのかと思っています。

Aベストアンサー

>「思わぬところと思わぬところが関係しているかもしれない」という意識の欠如

この言葉は抽象化能力の欠如の別な表現ですね。この能力のない人は、単に頭が悪いというだけです。例えばここに3冊の本と3本のバナナが在ったとして、チンパンジーにそれらの間に共通な部分があるかどうか聞いてご覧なさい。チンパンジーは共通部分がない、何故ならバナナは食べられるが、本は食べられないからと言うと思いますよ。私自身が質問者さんの主張を抽象化してみると、この主張は「日本版新自由主義の連中は、やおよろずの神という日本固有な文化が原因で、一神教の連中から比べるとチンパンジー並みになっているのだ」と言う主張をしているように思えます。

>一神教においてはひとりの神が万物を制御していると考える為に、世界全体は極めて精緻で人間がうかがい知れぬという認識になり、多神教においては多数の神どうしの関係が相対的に緩やかである為に、世界の捉え方がアバウトになるのかと思っています。

この主張に関していくらでも反例が在ると思いますが、直ぐに思い浮かぶのは、アメリカ人の物の考え方です。ご存知のようにアメリカは世界でも突出したキリスト教原理主義の国ですね。彼等の思考のナンセンスさ、バランス感覚の欠如は、しばしば芸術的です。何かの結論を導き出すときに、彼等は自分の目の前の事象を回りの事象から完全に孤立させてしまう。例えば、ある州でマリファナの取り締まりを強化する法律を作った。その結果、マリファナを未成年者に売った者は、麻薬の胴元か末端のチンピラに関係なく、25年だったか30年だったかの刑にしてしまった。そして、現にその刑の判決を受けているチンピラが何人もいます。ところが、どこかの州では12才ぐらいの女の子を強姦して殺してしまった者が10年以下の刑で釈放され、また同じような殺人を犯していることが問題になっている。まるでバランスが取れていないのですね。ある放送局の記者がマリファナに関するこの法律を通した政治家にこのバランスの欠如に関して質問をしたら、その政治家は、「今は殺人の話をしている訳ではない」と先ず話の範囲を回りの事象から完全に切り離し、麻薬の害を滔々と捲し立て、如何に自分たちの作った法律が合理的であるかを主張しておりました。

つい最近の例では、35才ぐらいのある女性が13才の男の子に自分の乳を触らせたことが訴えられ、その結果、その女性は未成年者に対する性犯罪として、終身刑を受けました。アメリカでは各州で法律が違いますから、性犯罪に関して、上の例の女の子の殺人に対する判決と比べて、これだけ開きが在ります。その女性の判決が出た裁判で彼女の弁護士が「もし彼女がその時その男の子を殺していれば30年ぐらいの刑で済んでいただろうに」と涙を流しながら裁判官に訴えていたのが印象的でした。

これらの例は、一神教で凝り固まった人達が、現象を全体として眺めつつ思わぬところで関係しているというバランス思考が出来ない、すなわち、抽象化能力が欠如した頭の悪さが露骨に出ている結果起こりえる現象だと思います。

一神教の物の見方は世界を超単純に眺めてしまう傾向があり、その結果、上の例のような馬鹿馬鹿しくて、かつ人迷惑な現象を生み出す原因になっている可能性もあります。ところが、世の中は複雑に出来ている物で、この単純さが、しばしば強力な武器になることもある。事実アメリカ人の幼稚さはヨーロッパでも評判ですが、そんな幼稚さが、若者達の向こう見ずな力を彷佛とさせるようなアメリカの底力の一因に成っているようです。

実は、私も普段から一神教の世界観が自然科学の後押しをして来たことを主張しているのですが、その西洋人の成功は、このアメリカ人の例と同列な彼等の世界観の単純さに原因が在るのではないかと考えています。

それに対して、八百万の神に代表される多神教的な発想は、始めから「多様性」の重要性を認識した世界観です。そして複雑なものを複雑なままで捉え、かつ理解しようとする。その結果、各部分を切り離すのではなく、各部分が互いに複雑に関わり合っている全体をとして捉えようとする。このような世界観で合理的な結論を下すには、大変高度な論理的思考が要求されます。長い時間を掛けてそのような訓練をされてきた日本人の間では、さすがに上のアメリカの判決を是とするような単純な連中を見付けるのは大変でしょう。

ところが、戦後この一神教的な単純な物の見方がアメリカから圧倒的な勢いで入り込んで来た。そんなことが原因で、貴方の憂えているような連中が日本にも出現して来たのかも知れませんね。

しかし、そのことを憂いている必要はないと思います。現在では自然科学でも複雑系の科学が長足な進歩を遂げており、いよいよヤオヨロズ派の出番になって来たようですから。

>「思わぬところと思わぬところが関係しているかもしれない」という意識の欠如

この言葉は抽象化能力の欠如の別な表現ですね。この能力のない人は、単に頭が悪いというだけです。例えばここに3冊の本と3本のバナナが在ったとして、チンパンジーにそれらの間に共通な部分があるかどうか聞いてご覧なさい。チンパンジーは共通部分がない、何故ならバナナは食べられるが、本は食べられないからと言うと思いますよ。私自身が質問者さんの主張を抽象化してみると、この主張は「日本版新自由主義の連中は、やおよろ...続きを読む

Q日本人と遺伝子的に遠い人種はコーカソイド系?ネグロイド系?

日本人と遺伝子的に遠い人種はコーカソイド系?ネグロイド系?

生物多様性の話を聞いてふと疑問に思いました
日本人と遺伝子的に異なる人種はどの人種になるのでしょうか?

生物学的条件に限定すれば、
多様な遺伝子を持っていた方が環境に適応しやすいということですが、
モンゴロイド系日本人と相性の良い人種ってあるんでしょうか?
(差別的な意図は全くありません)

Aベストアンサー

遺伝子は個人個人で当然異なっています。 もし、人類すべての遺伝子が同じだとすれば、世界中に同じ顔で同じ性格で、何もかも同じなワンパターンの人間しか存在しなくなります。 但し、どんな人種でも遺伝子の差はせいぜい0.012%しかないと言うのも事実です。 諸説ありますが、人類はネグロイド→コーカソイド→モンゴロイドの順に進化したと言う説もあります。 この説が正しければ、日本人から遺伝子的に一番遠いのはネグロイドと言うことになります。

Q「保守主義」とはなんですか?

「保守主義」という政治思想について、いまいちよくわかりません・・・

保守主義、保守思想、というのは政治思想を語るときによく聞く言葉だと思うのですが、自民党も確か長い間保守政党みたいに言われてたんですよね?そういうのもあって割と多くの人に支持されている思想のように見受けられるのですが…

どうもよく分からないんですけど、今までの歴史の中で培われてきたもの、伝統的なものを大事にするとか、そのまま継承するとか、そういう考え方ですよね?今までのものを引き継ぐだけならそれこそたいして頭良くない人でも政治家勤まりそうだし…(実際日本の政治家は人間関係の調整能力だけで勤まるとか蔭口は言われていると思いますが。)

先日、保守の論客として知られる西部すすむ(漢字が出てきません。)氏の本を読んでいて、全体の内容としては大変面白かったのですが、氏が自分の思想の核心的なことを語る段においては、やっぱり良く分からんな~と思わざるを得ませんでした。大体大学教授とか評論家みたいな知的エリートの人が語る割には、全然論理的に聞こえません。伝統を大事にしたいなら、その辺の町の長老みたいな人が「伝統を大事にせんといかんぞ~」というのと変わらない気がします。何で知的エリートの人が語る必要があるのでしょうか?学問としてはバークと言う人が有名だと思うので、そういうのも含め今度時間があるときに読んでみたいな、とは思うのですが。

最近では小林よしのり氏もおそらく保守論客なのではないでしょうか?

社会に何らかの問題が大きく膨らんできているときに、改革を唱えたがる政治家や評論家が出てくるのは自然、当然なことだと思うのです。そういう人の気持ちは私は分るつもりです。結果がどうなるかは別として。しかしこういう保守思想の人たちは、常に改革と名のつくものは、社会の邪魔もの、不要物みたいにみなすらしいのです。そこがどうしてもわかりません。社会問題が大きくなっているときに、伝統に従いながらゆっくり解決ゆっくり解決、とやっていては、その問題に潰されて人生狂わされる人も増えると思うのです。

経済においても、ケインズが正しいか、ハイエクが正しいかではなく、その時の状況はケインズ的な状況か、ハイエク的な状況か、と、状況に合わせて経済思想を使い分けることが正しいやり方だそうですが、政治思想についても、その時の状況に合わせて、保守で良い時は保守、改革が必要な時は改革と、使い分けるのが正しいのではないでしょうか?

「保守主義」という政治思想について、いまいちよくわかりません・・・

保守主義、保守思想、というのは政治思想を語るときによく聞く言葉だと思うのですが、自民党も確か長い間保守政党みたいに言われてたんですよね?そういうのもあって割と多くの人に支持されている思想のように見受けられるのですが…

どうもよく分からないんですけど、今までの歴史の中で培われてきたもの、伝統的なものを大事にするとか、そのまま継承するとか、そういう考え方ですよね?今までのものを引き継ぐだけならそれこそたいして...続きを読む

Aベストアンサー

保守と革新というのは、文脈や使った人の意図などで変わってきます。
特に、政治の話となればその時代、その地域の事情によって変わっていくので一定の定義は無いともいえます。

保守主義という言葉が現れたのは、18世紀の英国の政治家エドマンド・バーク(Edmund Burke)という人が、『フランス革命に関する省察(以下、省察と略)』という冊子を作った事から始まるとする説が普通です。
彼は「保守主義の父」であり、『省察』は保守主義者の聖書ともなっています。
彼が『省察』を書いた背景には、フランス革命があります。
「フランス革命」によって半ば強引に王政が倒され、フランスは共和制へと移行しました。
しかし、その急激な変化には暴力が伴うなど、マイナス点も多くありました。
そうしたマイナス面を指摘しつつ、「人間のあらゆる制度の基礎」を「歴史」に置き、長い時間をかけてゆっくりと培われたモノだけが永続性を持つと主張しました。
保守主義は決して変化を拒絶するのではなく、変化は歴史の流れに逆らわず、しかし斬新的に改革されながら国が続いていくとしました。
具体的には、法の支配・王室の血縁による相続・私有財産の保持・伝統、慣習の存続・保守と修正の二原理 などを主張しました。
これが近代保守主義の伝統的な考え方となりました。

しかし、文脈や使う人の意図によって微妙にブレがあるので、一概に「○○こそが保守だ!」というのは、なかなか難しい問題です。
それでも、強引に定義すると、「社会主義・共産主義」を掲げる方を「革新党」、「自由主義・資本主義」を掲げる方が「保守党」なります。
また、「革新」は「コスモ・ポリタン的」な主張をし、「保守」は「国粋主義的」な主張を行います。
因みに、この定義に従えば、民主党も「保守政党」という事になります。
とはいえ、日本国内事情では「自民党=保守政党」「民主党=革新政党」と位置づけられている面があります。
しかし、きれいに「保守政党」と「革新政党」という風に分かれておらず、自民党・民主党にもそれぞれ一定数の「保守派」と「革新派」が混じり合っています。(自民党も民主党も、所詮は利害関係で結ばれた烏合の衆です)


>経済においても、ケインズが正しいか、ハイエクが正しいかではなく、その時の状況はケインズ的な状況か、ハイエク的な状況か、と、状況に合わせて経済思想を使い分けることが正しいやり方だそうですが、政治思想についても、その時の状況に合わせて、保守で良い時は保守、改革が必要な時は改革と、使い分けるのが正しいのではないでしょうか?

ルネサンス期の政治思想家のマキァヴェッリは、『君主論』にて君主に必要な要素として、運命(フォルトゥーナ)と力量(ヴィルトゥー)に次いで「時代性(ネチェシタ)」が重要だと説いています。
運命に恵まれた賢明な力量のある君主でも、彼の「性質」が時代とそぐわないものになると滅亡してしまう。
なので、時代性に合うように自分を変えていかなければならない。
これは、現在の政治にも言えることかもしれません。
また、マキァヴェッリは君主という個人について説いていますが、現代民主主義では「君主」を「政党」に置き換えると良いかもしれませんね。
つまり、一方に「保守政党」があり、もう一方に「革新政党」がある。
主権者である国民は、時代に応じて「保守政党」と「革新政党」を使い分ける。(つまり、政権交代させる)
二大政党制も、そういったことを念頭に置いてる考え方ですしね。
ただ日本の場合、思想と政党が=で括れるように政界再編は必須でしょうけど。

ではでは、参考になれば幸いです。

保守と革新というのは、文脈や使った人の意図などで変わってきます。
特に、政治の話となればその時代、その地域の事情によって変わっていくので一定の定義は無いともいえます。

保守主義という言葉が現れたのは、18世紀の英国の政治家エドマンド・バーク(Edmund Burke)という人が、『フランス革命に関する省察(以下、省察と略)』という冊子を作った事から始まるとする説が普通です。
彼は「保守主義の父」であり、『省察』は保守主義者の聖書ともなっています。
彼が『省察』を書いた背景には、フランス革命...続きを読む

Q海外の反応のサイトについて

海外の反応というサイトがうさんくささを感じます。
誰もが日本人を称賛してますよね?
ヨーロッパの人もアメリカ人も。
あれは管理人がネトウヨで自分に都合のよい
コメントのみを選択していると思うのですが
みなさんはどう思われますか?

あんなサイトばかり増えてるので
今はマスコミと同じくらいにネットの情報も
信じられないですね

Aベストアンサー

ネットなんて自分に自信のないエセ右翼ばっかりですから気にしない方がいいですよ。正直僕も毎回そういうのをテレビやネットで見てこの国はもうダメなんだろうな思うことも多いです。

Q資本主義、共産主義、次は何主義?

資本主義も共産主義も問題が多いです。もっと良い主義はないのでしょうか?

考えたことありませんか?

資本主義も修正し共産主義も修正し人口爆発、資源の争奪戦をやてますが

何か・・・ボランティア主義?世界宗教?の様な 新しい思想はないものでしょうか?

僕は存在性思想を掲げましたが 桜咲かず 梅咲かず

何か良い主義ありませんか?

ちなみに当方病人のため、要点を教えて下さると有難いですm(_ _)m

Aベストアンサー

共存共栄を願う、win-winのを目指すサナダムシイズムでしょうか。

日本周辺の海に住み、最終宿主が人間であるサナダムシは、
宿主さまから栄養のお余りをいただく代わりに、
宿主さまがガンやアレルギーなどにならないような化学物質を作り、ひそかに宿主さまの健康を守っていた。陰ながら健康に貢献させていただいていた。
宿主さまに死なれると自分もともに死ななければならないので、長い進化の過程でこのようなwin-winの関係が構築された。

このサナダムシの活動を見倣おうというのがサナダムシイズムです。
あくまで控え目で謙虚に、そして、宿主さまへの感謝の念を忘れない。

実際の人間⇔サナダムシの関係は宿主⇔寄生虫の固定的な関係ですけれども、
人間社会においては、時に、宿主がサナダムシになり、サナダムシが宿主になったりと、その都度、その役割を変えますがね。宿主とサナダムシの役割は流動的であり、同時に流動的でなければならない。固定的になってはいけない。


ちなみに、西洋の海に住むサナダムシは凶暴で宿主から栄養を一方的に搾取して宿主を劇ヤセさせたり、宿主に様々な健康障害をもたらします。
西洋のものは、思想、原理・原則だけではなく、サナダムシまで凶暴なんですよ。
Win-Winの関係を目指したりしない。
そこにあるのは一方的な搾取であり、相手を根絶やしてまでも自身の利益や正義(?)のみを追求しようとする貪欲で非情な論理。

共存共栄を願う、win-winのを目指すサナダムシイズムでしょうか。

日本周辺の海に住み、最終宿主が人間であるサナダムシは、
宿主さまから栄養のお余りをいただく代わりに、
宿主さまがガンやアレルギーなどにならないような化学物質を作り、ひそかに宿主さまの健康を守っていた。陰ながら健康に貢献させていただいていた。
宿主さまに死なれると自分もともに死ななければならないので、長い進化の過程でこのようなwin-winの関係が構築された。

このサナダムシの活動を見倣おうというのがサナダムシイズムです。...続きを読む

Q日本人が英語が苦手な原因の一つとシャドーイングについて

日本人が英語が苦手な原因の一つとシャドーイングについて

現在海外に留学中で、普段のコミュニケーションは英語で行っているものですが、
留学して日本人が英語が苦手な原因の一つに気づきました。
それは日本人の話す速度が他の国に比べて格段に遅いということです。
普段の会話のスピードを聞いていても海外の人の話す速度が
日本人にとってめちゃくちゃ早く感じるのは、日本人が日本語で話す速度が遅いために
感じるのではないかと思うようになりました。
そのため、英語の学習法の一つにシャドーイングという方法がありますが、あの方法は
もともと喋る速度が遅い日本人にとって、ナンセンスなんじゃないかとも思うようになりました。
みなさんはこの意見に関してどう思いますか?

Aベストアンサー

日本人が喋るスピードが遅いのは、日本語の習慣で、全ての子音の後に母音を補って発音しようとするからです。

例えばbuildingは英語では2音節ですが、日本人が発音すると「ビ・ル・ディ・ン・グ」で5音節になってしまうので、単純に考えても2.5倍の長さがかかってしまうことになります。
 
日本式の発音を止めれば、日本人でも英語を喋るスピードは速くなると思いますよ。
シャドーイングは日本式の発音をしていたらついていけないので、英語の話すスピードをあげる訓練にはもってこいだと思いますけれど・・・
 

 

Q日本人としての誇り

日本は他国と比べ、非常に崇高な文化・心を持っていると考えています。
(愛国心ゆえかもしれないが)

そこで質問です。

皆様は、日本人として生まれたことに、誇りを持っていますか?

私は持っています。

武士道精神の発祥の地に生を受け、日々、何かに目を向けることの出来る国に生まれ、良かったと思います。

Aベストアンサー

常に意識しているわけではありませんが、日本人としての誇りは持っているつもりです。


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