今、横光利一の蠅を勉強しているのですが、
十のところに
「乗客の中で、その御者(ぎょしゃ)の居眠りを知っていた者は、わずかにもただ蠅一匹であるらしかった。」
とありますが、なぜ乗客の中に蠅を数えているのですか?

蠅を読んだことのある方教えて下さい。
明日テストなんです(>_<)

A 回答 (1件)

一種の諧謔です。


http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/35574/m1u/% …

冒頭の一では、
「ただ眼の大きな一疋(いっぴき)の蠅だけは、薄暗い厩(うまや)の隅(すみ)の蜘蛛(くも)の巣にひっかかると、後肢(あとあし)で網を跳ねつつ暫(しばら)くぶらぶらと揺れていた。と、豆のようにぼたりと落ちた。そうして、馬糞(ばふん)の重みに斜めに突き立っている藁(わら)の端から、裸体にされた馬の背中まで這(は)い上(あが)った。」
となっていますね。

そして、最後の十では、
「瞬間、蠅は飛び上った。と、車体と一緒に崖の下へ墜落(ついらく)して行く放埒(ほうらつ)な馬の腹が眼についた。そうして、人馬の悲鳴が高く一声発せられると、河原の上では、圧(お)し重(かさ)なった人と馬と板片との塊(かたま)りが、沈黙したまま動かなかった。」
という箇所があります。

つまり、これは、最初から蝿を擬人化した主人公とした小説なのです。
蝿の視点から見た光景として小説を作ったわけです。
ずっと馬車に居て一部始終を見ていたわけですが、馬車に同乗する乗客と同じ立場を与えることによって、最後の瞬間、崖の下へ転落していく馬車の状態を臨場感をもって読者に伝えることが可能になったのでしょう。
  
「なぜ乗客の中に蠅を数えているのですか」
に対する直接的な答えとしては、
「諧謔として擬人化することによって、最後の場面に臨場感を持たせるため」
とでもいうことになるでしょうか。
自信はありますが、もしも点数が悪くても恨まないでね。^^;

また、次からは、ご自分の考えを少しでも書いた上で質問なさると、もっと良い回答が得られるかもしれませんよ。
  
  
    • good
    • 1
この回答へのお礼

確かに臨場感でますね(^o^)
とても納得しました♪

ずっと蠅視点の文章だったので、いきなり蠅が乗客になってしまい誰視点になっているか頭の中で混乱していました。

↑を質問の時に書いた方が良かったですね(>_<)

とてもスッキリ解決できました!ありがとうございました。

お礼日時:2010/12/06 21:06

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人はこんなQ&Aも見ています

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q種蓮華ってなんですか?

横光利一の作品「蝿」の中で「種蓮華を叩く音」という表現が出てきます。
それは野草のレンゲなのでしょうか?レンゲは叩くものなのでしょうか?
そして音がするものなのでしょうか。手がかりがなくて困っています。
もしかするとレンゲの種は叩いて落とすものなのかもしれませんが・・・。
教えてください。お願いします。

Aベストアンサー

「種蓮華を叩く音」
これは、レンゲソウの種を採るために「からさお打ち」をしていた時の音と思われます。から竿とは竹の棒の先にくるくる回転する短い棒をつけたものです。これを乾燥した植物体の上にうち下ろすのですから、「パン・・パン・・」と周期的な音がします。

原文を読みました。「スイカ」、「夏」などのキーワードなどから考えて、時期的には7~8月でしょう。イメージ的には盆前という気がします。すると、ハスは花の時期で、種はまだとれない。レンゲソウは、6月ころに種は熟してきますが、梅雨に入ってしまい、直ぐに種とりというわけにもいかない。したがって物語の時期に種とりをするのは合理的な話です。

レンゲソウは水田の緑肥や牛馬の餌として栽培されます。緑肥の場合は種が取れませんので、どこかで熟するまで栽培しておく必要があります。熟するまで栽培したものは、収穫し、種を採った後は牛馬の餌にします。

「種蓮華」という仏教関係のものがあるかどうか詳しくは知りませんが、「蓮華」というのは仏教では非常に重要なもの。いくら種がつくとはいえ、それを叩くかなと思います。

参考URL:http://www.brain.go.jp/Info/Shiryo/iam_shiryo09.html

「種蓮華を叩く音」
これは、レンゲソウの種を採るために「からさお打ち」をしていた時の音と思われます。から竿とは竹の棒の先にくるくる回転する短い棒をつけたものです。これを乾燥した植物体の上にうち下ろすのですから、「パン・・パン・・」と周期的な音がします。

原文を読みました。「スイカ」、「夏」などのキーワードなどから考えて、時期的には7~8月でしょう。イメージ的には盆前という気がします。すると、ハスは花の時期で、種はまだとれない。レンゲソウは、6月ころに種は熟してきますが、...続きを読む

Q白樺派、とはなんですか?

久しぶりに小説でも読んでみようかな、と思いました。
中学生の時読んだ、武者小路実篤の「友情」が、
とても好きだったので、実篤について調べたところ、
彼は、白樺派の作家であることが分かったのですが、
その白樺派とはいったいなんですか?
調べてはみたのですが、難しい言葉ばかりで、
ちょっと理解できませんでした。
簡単な言葉で、説明してもらえると嬉しいです。
また、同じ白樺派の同人作家たちの作品は、
実篤の作品に共通するところがあるのでしょうか?
「友情」のような作品に再び出会いたいので、
もし良ければ、本の紹介、してもらえると嬉しいです。
アドバイス、よろしくお願いします。

Aベストアンサー

白樺派は、みもふたもない言い方をしてしまえば、金持ちの子で、いつまでもニート的生活を大学で送っていた、おめでたい人たちの集まりです。だから、彼らの作品は楽観的すぎるとか社会性がないという批判が出てくるのですね。Wikipediaにある、白樺派が「自然主義にかわって大正時代の文学の中心となった」とは、自然主義文学が人間の暗い側面や社会悪などをも描く傾向があるのに対し、白樺派はおおらかな人間賛歌だという対比構造になっていることを指摘しているのです。

白樺派の私小説というスタイルに決定的影響を与えたのは、哲学者ルソーの「告白」。文学と言えば、子供向けの昔話や、英雄物語や、勧善懲悪物や、サロン文化を背景とした甘ったるい恋愛物などしかなかった時代に、突如としてルソーが自伝というジャンルを「告白」で確立、本国フランスでもかなりの物議をかもしました。何せ、人生の中で犯してきた悪行も告白しており、実は露出狂だったとか、生まれた子供を孤児院の前に捨てたとか、そんなことまで書いてあるのです。白樺派はそれを、「そんなことまで告白できるのはすごいことだ」と受容したわけです。

白樺派が好きな人には、「告白」はお奨めです。「告白」こそが、白樺派の私小説というスタイルの原点です。ただし、白樺派は、ルソーが単なる文学者ではなく万能の人であり、フランス革命を支えた社会思想家でもあることは、ほとんど意識しているように見えません。逆に明治までさかのぼると、社会思想家としてのルソーを正当に評価している人もいます。いずれにせよ、ルソーは「告白」を世に放った文学者であり、「むすんでひらいて」を作った音楽家であり、「エミール」を書いた教育論者であり、かつ、フランス革命の理念を作り上げた社会思想家でもあるのです。その影響の一部が、思いもかけないところで白樺派に及んでいるというわけです。

白樺派は、みもふたもない言い方をしてしまえば、金持ちの子で、いつまでもニート的生活を大学で送っていた、おめでたい人たちの集まりです。だから、彼らの作品は楽観的すぎるとか社会性がないという批判が出てくるのですね。Wikipediaにある、白樺派が「自然主義にかわって大正時代の文学の中心となった」とは、自然主義文学が人間の暗い側面や社会悪などをも描く傾向があるのに対し、白樺派はおおらかな人間賛歌だという対比構造になっていることを指摘しているのです。

白樺派の私小説というスタイルに決定...続きを読む

Q写実主義と自然主義

日本文学の、写実主義と自然主義の違いがよくわかりません。
写実主義は明治初期に坪内逍遥が提唱して二葉亭四迷が確立したものですよね?
自然主義は明治末期より田山花袋などの私小説的なものをいうみたいですが、なんだかどっちも人間の心理とか真実とかを描き出すことには変わり無いと思うんですが・・。
主義というだけには何か決定的なものはないのでしょうか?ただ単に時期が違うというだけなんでしょうか?日本の自然主義はヨーロッパのものとはまた違うなどあるみたいですが・・。
便覧見ても人に聞いてもいまいちしっくりこなくてしこりを残してます。

Aベストアンサー

 実は僕も疑問に思いまして、調べてみたことがあるんです。
 本当に、疑問に思われても無理もないことだと思います。というのは、明治の文学史を見てみると、ひっじょーに奇妙なことが起こっているからです。
 まず、写実主義の方は、おっしゃるとおり、坪内逍遥の『小説神髄』に始まり、二葉亭四迷の『浮雲』を本格的な出発点とする流れです。言文一致が特徴ですね。文字通り、現実を描写するという意味で写実的でした。
 で、自然主義にいく前に、浪漫主義という流れがあったのをご記憶でしょうか。雑誌『文学界』を拠り所に、北村透谷や初期の森鷗外らが活躍しました。その『文学界』の創刊当初のメンバーに、あの島崎藤村がキッチリ顔を見せているのです。彼は、浪漫主義抒情詩人として出発していたのでした。これがハナシをややこしくする元なんです。つまり…日本においては、自然主義というのは、写実主義からではなく、浪漫主義から派生したと言える部分がある、ということです。ヨーロッパとは全然ちがう経緯を辿っている。そのため、「自我」であるとか「内面性」であるとか、そういう浪漫主義的要素を多分に引きずることになりました。
 さらに、日本における自然主義の出発点をなした、藤村の『破戒』、これがまた問題なんです。
 ヨーロッパにおける(つまり、もともとの)自然主義は、写実主義の客観的描写姿勢を受け継ぎつつ、より科学的・実証的・体系的に現実を捉えようとする、実験的な文学様式でした。現実を、あるがままに、しかも、歴史的状況や因果関係や社会全体の中での位置付けも視野に収めて、現実のナマの姿を浮き彫りにしよう…みたいな。
 で、『破戒』なんですが、まず、被差別部落問題を背景としている点に、上記の意味での自然主義の特徴を認めることができます。一応。あくまでも、一応。
 ところが、作品全体として見ると、明らかに焦点は主人公・瀬川丑松の内面的苦悩に置かれています。被差別部落問題は、ただ単に「背景」でしかなく、作品を通してこの問題の核心を追究しようという姿勢は、もうぜーんぜん見られない。つまり、本来の意味での自然主義文学としては、要件を十分に満たす作品ではなかったのです。
 にもかかわらず、『破戒』は発表当初から「自然主義小説」として宣伝されてしまった。おまけに、小説としての完成度が高かったことから絶賛を浴びた。大成功を収めた。…これが、皮肉なことに、日本における自然主義文学の方向を決定してしまったのです。社会的視点を欠いた自己告白的小説が「自然主義だ」ということになってしまった。藤村自身が、「いやー、実はねー、自然主義って、ほんとはこうなんだよ」と、ちゃんとフォローするような仕事をしてくれていればよかったかもしれませんが…やってないんです、結局。
 こういういきさつで、要するに、日本では写実主義も自然主義も、中身に大したちがいはないんです。強いて言えば、自然主義の方は、「浪漫主義混じり」のせいで内面描写に突っ走ることになり、自己告白が露悪的な方向に傾きがちになった点に、写実主義との違いがあるでしょう。写実主義の方にも露悪的なものはありましたが、どちらかというと、「現実って、こんなに厳しくて悲惨なんだよ」という、現実世間の描写でしたから。

 どうでしょ? これで、「しこり」、消えます?

 実は僕も疑問に思いまして、調べてみたことがあるんです。
 本当に、疑問に思われても無理もないことだと思います。というのは、明治の文学史を見てみると、ひっじょーに奇妙なことが起こっているからです。
 まず、写実主義の方は、おっしゃるとおり、坪内逍遥の『小説神髄』に始まり、二葉亭四迷の『浮雲』を本格的な出発点とする流れです。言文一致が特徴ですね。文字通り、現実を描写するという意味で写実的でした。
 で、自然主義にいく前に、浪漫主義という流れがあったのをご記憶でしょうか。雑誌...続きを読む

Q経済学部と経営学部の違いは何でしょうか?

経済学部と経営学部は何がどう違うのでしょうか?
たいした中身の差はないのでしょあか?

経済学部経営学科もてあるみたいですね。
これでますます分からなくなりました。

将来。起業するのなら経営学部の方が良いのでしょうか?
経営、経済にとらわれなくても良いのでしょうか?

どうぞ教えてください。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

私自身、経営学部を卒業しましたが経済学部か経営学部で、学習する内容も違ってきます。特に、経済学部経営学科だと、理論や政策などの講義が多くなります。また、経営学部経営学科だと、より「実践的な内容を学習」するといった感じです。

 経営学と経済学は似たようなものですが、経済学は、「理論・政策・歴史」を中心に勉強します。「ミクロ経済学」「マクロ経済学」「経済原論」「財政学」など高校数学の知識が必要になります。経済学は、経営学と比べて数学関係の講義も多くなります。グローバルな問題に対して常に関わっていくのが経済学であり、家計や企業や政府といった単位で経済の仕組みを考えるのが経済学で、それに対して経営学は、経営者として企業をどう動かしていくのか考えるのが経営学です。経営・会計・流通・情報などに興味があるのだったら経営学部です。

 特に、ブランドや洋服に興味があるんだったら「流通論」や「マーケティング」が絡んでくるから経営学部でしょう。「マーケティング」では、企業の戦略や小売業・卸売業・メーカーが一体となって商品の在庫管理などをとりあげたりして、企業側の戦略や業務分析など現場と密接な関係を持った感じの講義がたくさんあります。将来、企業家を目指すのであれば、経済学より、実践的な経営学をお勧めします。特に、中小企業論や社会起業家論などのゼミを選択されると良いと思います。また、大学によっては起業家をよんできてセミナーをひらいたり、ベンチャービジネスをゼミ単位でやっている大学などもあるようです。

 経済学部は、公務員試験に向けた講義が充実しているから、金融や公務員などを目指す人にお勧めでしょう。経営学部は、流通やサービス・金融などを目指す人に向いていると思います。経済学部に比べて、経営学部は、「実務や現場重視」といった感じがあります。商学部は、経営学部に似ていますが、「会計」「流通」「マーケティング」の比重が高くなります。商学部と経営学部は、商学部・経営学部は、ほぼ同じようなカリキュラムで、似たような講義をしているところもかなりあります。

 リクルートの進学系サイトのURLを載せておきます。大学の教授や学生などの情報ものっているので、参考にされてはいかがでしょうか?

参考になれば幸いです♪

 

参考URL:http://www.shingakunet.com/cgi-bin/shingakunet.cgi

私自身、経営学部を卒業しましたが経済学部か経営学部で、学習する内容も違ってきます。特に、経済学部経営学科だと、理論や政策などの講義が多くなります。また、経営学部経営学科だと、より「実践的な内容を学習」するといった感じです。

 経営学と経済学は似たようなものですが、経済学は、「理論・政策・歴史」を中心に勉強します。「ミクロ経済学」「マクロ経済学」「経済原論」「財政学」など高校数学の知識が必要になります。経済学は、経営学と比べて数学関係の講義も多くなります。グローバルな問題...続きを読む

Q面接時、将来やりたいことは…という質問について

面接のときに将来的なビジョン、職業観に関してどういう考えなのかを聞くためか、
「あなたは入社したらどのような仕事をしたいですか?」
「どんな仕事をやっていきたいですか?」
というようなことを質問をされます。

正直申しますと、全く働いたことがないわけだし、その企業の外側(パンフやサイトで)しか見ていないわけですから答えるのにいつも困ってしまいます。

私としては最初の数年間はどのような部署に配属されてどんな仕事でも勉強だと思って一生懸命やるつもりで、
その結果初めて自分の仕事での将来的な展望ややりたいこともわかってくるだろうと思っているのです。

こういう場合、このように正直に答えていいものでしょうか?
ビジョンのない奴、何も考えてない奴、と思われバツなのでしょうか?

どう答えるものか困っています…

Aベストアンサー

採用にかかわっていた経験から言って、その回答だとちょっと物足りなさを感じてしまいます。

「最初の数年間はどのような部署に配属されてどんな仕事でも勉強だと思って一生懸命やる」と言うのは、正解です。そのお気持ちは極めて大切です。ただ、勉強のためだと思ってやる勉強は、モチベーションが上がらず、結果として身に付きにくいと思いませんか?

サラリーマンには「与えられた事を与えられたようにやる人」と「自分なりの目的意識を持ちながら、与えられた仕事の中で自分なりの勉強や工夫をしていく人」がいます。そして今、(少なくともわが社では、多分世間一般でも)求められているのは後者の人材です。

大きな目的意識や、将来的なビジョンを持たない社員は前者になりやすいと考えられ、物足りないと思われる可能性があります。

一番良い答えは、志望動機と合わせて「志望動機でも話しましたように、私は、○○なことをしている時に最も力を発揮できますので、将来的に○○な仕事を手がけたいと思っております。具体的には○○や○○に関わる事ができれば必ず貢献できると思っています。但し、最初の数年間はどのような部署に配属されてどんな仕事でも勉強だと思って一生懸命やるつもりであり、その中から将来に向けての知識や経験を積むことができればと考えています。」と言う内容だと思います。

頑張ってください。

採用にかかわっていた経験から言って、その回答だとちょっと物足りなさを感じてしまいます。

「最初の数年間はどのような部署に配属されてどんな仕事でも勉強だと思って一生懸命やる」と言うのは、正解です。そのお気持ちは極めて大切です。ただ、勉強のためだと思ってやる勉強は、モチベーションが上がらず、結果として身に付きにくいと思いませんか?

サラリーマンには「与えられた事を与えられたようにやる人」と「自分なりの目的意識を持ちながら、与えられた仕事の中で自分なりの勉強や工夫をしていく...続きを読む

Q年齢確認が甘い居酒屋チェーン店

20歳をとっくに超えているのですが同い年の友人と居酒屋に行ったりするとたまに年齢確認をされます。
まだ未成年だった時はなんにもなかったのに…。
最近は厳しいのでしょうか。
しかし私は証明する物を持っていません。
免許もなければフリーターなので社員書もなし。
パスポートもありません。
なので口頭で生年月日を言えば通してくれる居酒屋ってどこですか?
甘い店を教えて下さい!

Aベストアンサー

最近確認が厳しいですよね…
私も、よく聞かれるんですが同じく運転免許持ってないし、
パスポートや保険証持ち歩くのも怖いので病院の診察券持ち歩いてます。

生年月日書いてるので、居酒屋チェーンとかならこれでOKですよ♪

直接の回答でなくてごめんなさい。

Qツルゲーネフ「あいびき」について

何回読み直しても伝えたいことが解りません。
どういう意味なのでしょうか?解説お願いします

Aベストアンサー

つい最近、この「あいびき」を二葉亭四迷訳ほかで読む機会があったので。

えーと、まず「伝えたいこと」というのは、「作者の伝えたいこと」という意味ですね。
そういう問題の立て方はちょっとうまくない。
「作者の伝えたいこと」は、だれにもわからないです。ツルゲーネフに聞いてみなくちゃ。ツルゲーネフだって、この『猟人日記』を書いた頃の記憶は、のちにはなくなってるかもしれないし。そうではなくて、読者にできることは、「何が書いてあるか」を読むことです。
質問者さんは、わからない、と思った。
つまりそれは「作者の意図」ではなく、「何が書いてあるか」がわからなかったんです。
まず「何が書いてあるか」を読むこと。

この短篇の流れは非常に単純です。

まず、主人公が九月の出来事を回想する。
 ↓
主人公は白樺林のなかにいる。
 ↓
ひと眠りすると、若い女性がいた。
 ↓
若い男が現れる。
 ↓
ふたりは話をする。
・男は貴族の従僕で、明日この地を離れる。
・娘はそれを悲しんでいる。
 ↓
男はそこを去る。
 ↓
娘は泣く。
 ↓
見かねて主人公が出ていくと、驚いた娘は逃げる。
 ↓
主人公は残された花束を拾う。
 ↓
主人公はひからびた矢車菊をとっている。

つぎに、「どうしてそうなったのか」を考えること。この「どうして」は、直接には書いてありませんから、自分が見つけてやらなくちゃなりません。
ここから質問者さんはご自身で質問を作ってみてください。このときの男はどんな気持ちだったんだろう、とか、主人公はどうして出ていったんだろう、とか。簡単に答えられるのもあるし、むずかしいのもあると思います。けれども、こうやって考えていくことで、表面に描かれていない登場人物の「気持ち」をつかむことができます。

で、ここではひとつだけ。
主人公はどうして「ひからびた矢車菊」をとっておいたんだと思います?

これはあくまでも解釈ですから、別に「アクリーナがかわいそうだったから」でもいいんですが、それだと冒頭の、白樺林の情景が描かれていった部分の意味がよくわからない。単なる話のマクラなのか。そうではないとわたしは思います。

刻々とうつりかわる天候、空のようす、木々のざわめき、下に生い茂るシダや落ち葉、木漏れ日。そこに聞こえてくる鳥のさえずり。
主人公は、自分を取り巻く周囲を、見て、感じて、味わっている。さらにそこで眠るということは、その自然と一体となることでもあります。

つぎにふたりが登場します。そのやりとりを、主人公は同じように、見て、感じて、味わう。ここで、林のなかの世界は、そのままふたりの世界に対応しています。

林のなかでは、主人公は昼寝をする。つまり、彼の行動は世界に受け入れられ、世界と一体となることができた。
ところがここで、若い女性の哀れさが、主人公に介入しようとする衝動を起こさせ、主人公は行動を起こします。すると彼女は逃げていく。ここでは主人公は女性に拒まれて、その関係の中に入っていくことはできなかったのです。残された彼にできるのは、彼女が残した矢車菊を拾い集めることだけです。

ふたりが去った後、同じ林を外から見るときの描写。

> のらに向いて壁のようにたつ林の一面はすべてざわざわざわつき、細末の玉の屑を散らしたように、煌(かがや)きはしないが、ちらついていた(青空文庫・二葉亭四迷訳)

同じ林、かつては自分をそのふところに抱いてくれた林が、こんどは背を向け、壁となっている。拒まれ、閉め出されたように感じているのです。つまり、主人公の心情が、そのまま林の描写となって現れている。

わたしたちは自分の心情にしたがって、外界を見ている。世界はわたしたちの心情に呼応して、わたしたちの目に、さまざまに姿を変えて映っていく。
そうして、わたしたちが世界と自らを一致させていこうとする限りでは、世界はわたしたちを受け入れてくれる。
ところがそこに介入しようとしたとき、世界は一転、わたしたちをこばむ。

主人公は、自分の経験をこのようにふりかえっているのです。
記憶は、それだけでは流れていってしまいますから、それを留めておく「記憶の器」のようなものが必要です。この矢車菊は、その器、主人公にとってはその記憶の換喩として働いていると考えることができるのではないでしょうか。

つい最近、この「あいびき」を二葉亭四迷訳ほかで読む機会があったので。

えーと、まず「伝えたいこと」というのは、「作者の伝えたいこと」という意味ですね。
そういう問題の立て方はちょっとうまくない。
「作者の伝えたいこと」は、だれにもわからないです。ツルゲーネフに聞いてみなくちゃ。ツルゲーネフだって、この『猟人日記』を書いた頃の記憶は、のちにはなくなってるかもしれないし。そうではなくて、読者にできることは、「何が書いてあるか」を読むことです。
質問者さんは、わからない、と思...続きを読む

Q大学の春休み?は何日から何日までですか?

厳格に決まっていない場合はざっとで結構です。

宜しくお願いします。

Aベストアンサー

 私の場合、2月21日~4月6日です。春休みが始まる日は人によって違います。私の場合、2月20日がレポートの締切日なので、私次第で数日は延ばせます。
 大学に行くのは何時までかという質問なら、2月6日までです。この日が最後の試験日だからです。
 最後の授業日となると、1月31日です。私の受講している授業に休講の多いものがあったので、補講が重なってこの日になります。

 ここまで読めば察しが付くと思いますが、学期の終わりは個人によって違います。学期の始まりや学期中の長期休暇(冬休み等)は揃えられますが、学期の終わりについては受講している授業の評価方法や締め切りで変わるので、学校によるのではなく、個人によります。

QワードのデータをUSBに保存したい。

タイトルのとおりです。
ワードで作ったデータを、USBに保存したいのですが、
パソコン初心者なので、やり方がわかりません・・・汗

また、そのUSBで、別のパソコンで見たいのですが、
そのやりかたもわかりません。。。汗
誰か教えてください・・・。

Aベストアンサー

UBSメモリに保存の操作(例)

1) 名前を付けて保存します。
※別のPCのOfficeが2003以前の場合は、[97-2003互換性]ファイルを指定して保存する必要があります。
2) USBメモリを装着します。

3) ファイルが保存されたフォルダを(普通は、「ドキュメント」)を開きます。
4) 右クリックから「送る」→「リムーバブルディスク」をクリックで、「USBメモリ」にコピーされます。

5) タスクバーの「通知領域」の「ハードウエアの安全な取り外し」をクリックして「USB大容量・ドライブ(*)を安全に取り外します」をクックして、「このディバイスはコンピュータから・・・」のメッセージに「OK」を押します。
6) USBメモリを抜き取ります。

USBメモリからデータを読み出す操作(例)

1) USBメモリを装着します。
2) 「フォルダを開く」を選択して「OK」を押します。(自動的に展開される場合もあります。)

3) 目的のファイルを選択して、右クリックから「コピー」を選択します。
4) ディスクトップなど分かりやすいフォルダを開いて、右クリックから「貼り付けします。

5) コピーされたファイルをダブルクリックなどで開きます。
6) 編集作業の途中と作業の最終には「上書き保存」します。

「USBメモリの取扱方法<Windows Vista(R)>」
http://dynabook.com/assistpc/faq/pcdata/006042.htm 

UBSメモリに保存の操作(例)

1) 名前を付けて保存します。
※別のPCのOfficeが2003以前の場合は、[97-2003互換性]ファイルを指定して保存する必要があります。
2) USBメモリを装着します。

3) ファイルが保存されたフォルダを(普通は、「ドキュメント」)を開きます。
4) 右クリックから「送る」→「リムーバブルディスク」をクリックで、「USBメモリ」にコピーされます。

5) タスクバーの「通知領域」の「ハードウエアの安全な取り外し」をクリックして「USB大容量・ドライブ(*)を安全に取り外しま...続きを読む

Q自分使う言葉にズレがある 意味、文脈、ニュアンス

最近よく経験するのですが、

自分の言葉の意味にズレがあるのではないかと思うことが多くなりました。
そしてネットで調べてみると思いもしない意味であったり、全然関係ない意味で使っていたなど、
恥ずかしい思いをすることがありました。

たしかに日本語であっても、(日本人が)意味を万全に理解して話す人は少ないと思うのですが、
やはりどうしても、ズレが生じてしまうことは避けられません。

ひとつひとつ調べて修正するという作業を繰り返しているのですが、
自分の学習してきた過程があまりに雑であったことを後悔したりします。

曖昧な言葉を駆使する私たちですが、だいたいの意味は通っています。
会話でよほどのズレが起きない限り、会話は成立し、相手に意思や主張を
伝えるには、だいたいの理解で十分であると思われます。

でも、どこかで納得いってない自分がいます。こんなにも言葉にズレがあったのか・・・と
自分の語彙の乏しさもですが、勘違いしてしまっていることがなおさら自信をなくします。

こういった、言葉を自分の中に取り入れる時、間違った意味で自分に吸収させないためには、
やはり地道に調べ上げて、正しいシチュエーションや、正しい意味として使用することを、
できるかぎり注意を払った上でやっていくしかないのでしょうか。

もしコツみたいなのがあればお聞きしたいと思います。
できる限り正しい意味、正しい使用状況で駆使できるような、
言葉の覚え方、取り込み方、が知りたいです。

最近よく経験するのですが、

自分の言葉の意味にズレがあるのではないかと思うことが多くなりました。
そしてネットで調べてみると思いもしない意味であったり、全然関係ない意味で使っていたなど、
恥ずかしい思いをすることがありました。

たしかに日本語であっても、(日本人が)意味を万全に理解して話す人は少ないと思うのですが、
やはりどうしても、ズレが生じてしまうことは避けられません。

ひとつひとつ調べて修正するという作業を繰り返しているのですが、
自分の学習してきた過程があまりに雑であ...続きを読む

Aベストアンサー

言葉の意味はやはり文章の中で覚えていくのがいいと思います。
自分で意味のずれがあると感じることの多いジャンルの本を意識的に読むうちに、言葉のずれは修正されていくんじゃないかと思います。
読んだ後はできるだけ文章を書いてみることです。
実際に自分で使う時は曖昧な理解では使えませんから、一つずつ言葉を確認しながら、使うことになると思います。
一度確認して使った言葉は自分の中に定着していきますから、確かな言葉を一つずつでも増やしていけるでしょう。
確認しながら使うというのはひどく手間がかかるように感じられるかもしれませんが、言葉のずれを正すにはそれがもっとも確かな方法だろうと思いますので、最初は面倒でもやってみてください。
そのうち、似たような言葉は見当がつくようになりますし、違和感を感じる言葉はやはり間違っていたということも察することができるようになるだろうと思います。

幸い、今はネットで検索できますから、辞書を引くよりもずっと手軽に確認できるでしょう。
普段から言葉を意識することで、言葉に対する感度は鋭くなりますから、違和感がある言葉にも気づきやすくなると思います。
日常から読むことと書くことを試してみてください。
書くものはブログでも掲示板でも何でもいいと思います。人目に触れる場に書くことで、間違いなく書こうという意識を持てるでしょうし、投稿前に検索で意味を調べる習慣をつければ、意味の確認はそう面倒でもなくなるだろうと思います。

言葉の意味はやはり文章の中で覚えていくのがいいと思います。
自分で意味のずれがあると感じることの多いジャンルの本を意識的に読むうちに、言葉のずれは修正されていくんじゃないかと思います。
読んだ後はできるだけ文章を書いてみることです。
実際に自分で使う時は曖昧な理解では使えませんから、一つずつ言葉を確認しながら、使うことになると思います。
一度確認して使った言葉は自分の中に定着していきますから、確かな言葉を一つずつでも増やしていけるでしょう。
確認しながら使うというのはひどく手間...続きを読む


このQ&Aを見た人がよく見るQ&A

人気Q&Aランキング

おすすめ情報