「覚え間違い」を教えてください!

 玄関の前で、お坊さんがチリンチリンって鈴を鳴らして黙って立っていることがたまにあります。お金とか何かをあげればいいのでしょうか?それともお米?
 お金ならいくらくらいあげればいいのですか?
何もしないとしばらくして立ち去って、またとなりの商店の玄関でチリンチリンしてます。
 ついでに聞きますと、あのお坊さんは何をしてるのですか?うちの平和を祈ってくれてたりするのでしょうか?よろしくお願い致します。

A 回答 (6件)

お坊さんの修行の一つで「托鉢」といいます。



修行の一環として行っていて、さらにお寺で待っている修行僧のご飯の元になります。交代で托鉢はされるようですね。

差し上げるのは仰る通り、お米かお金でいいと思います。量や金額はいくらでも構いません。あなたのお気持ちですから。
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この回答へのお礼

托鉢 というんですね。始めて知りました。
このサイトはいいですね。ほんと勉強になります。ありがとうございます。

お礼日時:2003/10/06 12:54

托鉢ですね。


差し上げるのであれば、お米などが無難なところでしょうか。

ちなみに、托鉢僧は必ず『托鉢許可証』なるものを持っているのだそうです。
#3さんのおっしゃる偽者と見分けるためには、この許可証の提示を要求するといいですよ。

天竜寺の托鉢僧がてくてく歩いている様子を思い出しました・・・。
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この回答へのお礼

 回答をくれた皆様、どうもありがとうございました。また一つ勉強になりました。今度、勇気を振り絞って、お金を少々あげようかと・・・。
 ちなみに先日、そのお坊さん、うちの自販機でお茶買ってました^^。
 ではまたよろしくお願い致します。

お礼日時:2003/10/06 12:58

ちなみに托鉢(たくはつ)と読みます。

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ご質問を読んで懐かしくなりました。


 
今はめっきり減ってきていると思いますが、#1さんのおっしゃられている「托鉢」のお坊さん、また、うちは四国でお遍路さんも多いですので、一昔前(いや、ふた昔くらい前、かな?)には、こういった方がとても多かったです。

そのたび、信仰心が厚くて律儀な祖母は、「まあまあ、御苦労さんです」と言ってお金を(気持ち程度の数百円だと思いますが)差し上げて、夏の暑い日には麦茶なんかも差し上げていたような。

・・・いや、いくら一昔、ふた昔前とは言っても、こういった托鉢のお坊さんに便乗した、こう言っては何ですが「半・物乞い」の人もいたかなー、とは思うのです。祖母もそこのところ、気づいていたとしても「まあまあ御苦労さん・・・」と言ってお布施を差し上げるような、、、今考えればとってもゆったりとした時代だったように思います(^^;)

今も、まあいろんな方がいらっしゃるのかも知れませんが、Ukon Teaさんが感謝やねねぎらいのお気持ちを示したい、と思われるなら、それをお金やお米などで表されれば良い、という「気持ちの問題」なのではないかかと思います(^^)
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托鉢ですね。


修行です。

>托鉢は禅堂経済を維持する主たる方法ではあるが、単なる経済的目的だけでするのではない。施主(せしゅ)に与える精神作用と社会的意義、そして、動中の工夫によって純一無雑の境地に至る自利的要素はともに見逃せない。

という事です。
施主が、このように考える事に対しても、
意義がある、という事でしょう。
気持ちでいいと思います。
お金、というのがあまり直接的で、と思えば、
何か、食べ物でかまわないでしょう。

ちなみに、たまに駅なんかに「偽もの」がいたりします。

なので、この意義に納得できなかったり、
そうしたい、と思うわないのなら、
しなくていい行為だとは思いますよ。

参考URL:http://www.gulf.or.jp/~houki/essay/zuihitu/tane/ …
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ああ、たまに見ますね。


仏教も色々の宗派がありますので、一くくりには出来ませんが、結局、寄付と言うか、物乞いですね。
気持ちがあれば、例え10円でも、かまわないと思います。
でも私の場合は、当然自分の宗派がありますので、お金をいれるような事は、ありません。
なさけで入れると、たびたび来られそうなので、その意味でも入れません。
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