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木の中には幹が空洞になっているものがあります。
たとえば桐やある程度大きくなった栗には空洞があります。
桐を輪切りにすると空洞の占める面積は小さいが、逆に空洞が多くを占める他の木を見かけます。
桐はどこかで読んだような気がするのですが「草」だそうですが、他の空洞のある「木」も草なのでしょうか?
こういう空洞のある「木」は分類上何科の何属に属するのでしょうか?
また総称する名前があるのでしょうか?

A 回答 (5件)

桐は木です、



木と草の違い
「大きくなるのが木で、小さいものは草だ」と思っている方があるかもしれませんが、木のような草があります。
ウドは高さ2.5m以上にもなりますが、「ウドの大木柱に成らぬ」(身体ばかり大きくて役に立たない人の喩え)という諺のように、幹が軟らかくて柱に使うような木材にならないのです。

また、何年経っても10cm位の高さにしかならない小さな木もあります。高山植物の一種でコケのような小さなモモだということで、コケモモという名前が付きました。

このように大きさだけで木や草の区別をすることができないのです。

木は毎年毎年成長を続けて大きくなりますが、草はだいたいが一年や二年で枯れてしまい毎年太くなることはありません。
キイチゴは木の仲間として扱われていますが、茎は花が咲き実がなると二年目に枯れてしまいます。

木の幹を輪切りにすると良く解りますが、木の樹皮と木部の間に形成層があり、
この層の細胞が活発に分裂して外側に樹皮、内側に木部を円周状に形成し枚とし繰り返して太くなっていくのです。
細胞の分裂には周期があり、春から夏にかけて分裂し形成された部分を早材(春材・春目)
夏から秋に分裂した形成された部分を晩材(夏材・秋材・秋目)といい、年間に形成された早材と晩材を合わせて年輪といいます。

年輪は長い年月を生きて毎年太り続ける植物にしかできませんから、一年や二年で枯れる草と区別できるのです。でも、
熱帯地方のフィリヒ「ン・インド・ボルネオ等に生えているフタバガキ科のラワン等の木には年輪が無いのです。
年輪は日本のような四季のはっきりした地域ではできますが、季節の変化がはっきりしない熱帯地方ではできないのです。

で~ 竹も中が空洞ですが、木です

この回答への補足

ご回答ありがとうございます。
>年輪は長い年月を生きて毎年太り続ける植物にしかできませんから、一年や二年で枯れる草と区別できるのです。

つまり日本では年輪ができるものは木とみなしてよいわけですね。

根本に遡って、なぜ空洞が必要なのでしょうか?
空洞は何の役割を担っているのでしょうか?
空洞はあることをなすために何かを犠牲にしなければならず、その犠牲になるものが中心部の空洞なのでしょうか?
たとえば漆の木は実をつけますが、養分を運ぶために空洞にしているのでしょうか?
それなら柑橘類や柿などの木も空洞であっていいはずです。
木の中心部は構造を支えるためだけくらいの役割しかなく、木が大きくなっていくためだけでは中心部は必要ないということです。
であれば4・5メートルくらいまでにしかならない木ならすべて空洞であっても差し支えない筈です。
ところが20メートルくらいにもなる高木で根回りの直径が4・50センチにもなる「朴(ほお)の木」にはたしか空洞があった記憶があります。
こうしてみると統一性がないのです。
こういう理由で空洞になっている、という統一の理論はないものでしょうか?

補足日時:2003/10/31 14:37
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あのう、桐も竹も学術的には草なのですけど、しかし


NO,1さんの、ご回答のように木なのです。
 空洞は、植物の進化に関係しているとの説もあるようです、木は元々、草から進化したものなので進化の過程で草の茎の遺伝子がのこったのではないかと言う事ですけど。
 

この回答への補足

草から進化して木が生まれた過程の産物だから、目、科、属などという括りを越えて空洞が残っているということでしょうか?
なぜ空洞が残らなければならなかったのでしょうか?

補足日時:2003/11/02 22:33
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参考URLをご覧頂ければ木の内部構造が分かりますが、生きているのは周辺部のみで内部(心材)は死んだ組織です。


心材には腐りにくくする成分が蓄積されますが、この程度は木の種類によって異なります。
一般に針葉樹はこの成分が多く腐りにくい、広葉樹は少なく腐りやすいといえます。

内部が腐ったものが空洞ですが、木が生きていく上では空洞があっても別に困らないということでしょう。

空洞になりやすい木となりにくい木の違いは上記の違いであって、草か木かということは関係ありません。

参考URL:http://members.jcom.home.ne.jp/souzounakano/wood …

この回答への補足

私は少年時代まで田舎で過ごし、よく野山を駈け巡っていました。
その経験で言っているのですが、ここでの空洞の木とは腐朽したり害虫に侵されたことによる空洞ではありません。
経験上そのような空洞と、若くて元気旺盛な木の空洞は明らかに違います。
余談ですがネコヤナギの木は比較的若いうちから害虫にやられます。
しなやかですが容易に折れて、中に蜂の子のような幼虫がいます。
私などはそれを丸のまま呑み込んだものです。

補足日時:2003/11/02 22:35
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中心部の細胞は死んだ組織なので、バクテリアや小動物によって分解されて空洞になることがありますが、空洞になるのが当然のわけではありません。

条件によってそうなっているだけだと考えた方がいいと思います。

成分として、リグニンやセルロースがありますが、構造的には分解しにくいものです(法隆寺などの建築物などみればわかるように、条件がよければ鉄やコンクリートより長持ちする)。
ただ、森の中で湿気が多いと腐朽菌やカミキリムシの幼虫やらの攻撃も受けます。
(樹木の方も、そういう分解作用がなければ森林が維持できないのですが)

腐りにくいといわれるヒノキでも、半分空洞になっているものもあります。
屋久島のスギはみたことありませんが、「縄文杉」ぐらいの年数だと中まで詰まっているとは思えません。

この回答への補足

No3のreimenさんへの補足に述べていますが、ここで取り上げている空洞は最初から形成されている空洞です。

補足日時:2003/11/02 22:36
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木だから、区さだから、ということではないとおもいます。



分類的には「草」の中にも双子葉植物、単子葉植物があります。
単子葉植物は構造上、(麦わらを思っていただければわかるように)管状のものが多いです。
同じ断面積であれば、「管」のほうが丈夫ですですから。

双子葉植物の場合は(桐もそうですが)、外側に向かって太っていくことができますから、管状になる必要がない。
ハスのようにわざわざ空気を通すために穴があいている植物がありますが、空中に伸びる桐には必要ないでしょう。
単に成長速度のアンバランスによる隙間みたいなもんでしょうか。
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