痔になりやすい生活習慣とは?

 社会形態は いやしくも国家と称するようになるならば 市民たちの第一階とそして公民圏としての第二階とから成ると考えられ この一階と二階との社会力学的な関係のあり方によって 市民一般の生活のありさまや 生活態度としての思想がかなりの程度において規定される。こう考えます。

 市民圏= 第一階: S 圏: 市民 S
 公民圏= 第二階: A 圏: 公民 A

 これら互いの力学関係: A ‐ S 連関制・・・(α)

 こういう用語で説明します。

 日本における国家は 《国ゆづり》型であるゆえ 市民 S らは おとなしい。もともとおとなしく けんかをするほどに仲良しであった。その中から出た公民 A らは 特に優秀であったゆえ 人びとは社会というヤシロにも特別な神棚をこしらえてやりもっぱらその空中庭園に住まわせた。この第二階となる神棚にまつりあげたことになる。

 優秀であるうえに品行方正で申し分のないほど人間的な人間たちであったが ただひとつ玉にきずなのは つねに人びとから注目を浴びていなければ落ち着かない。お山の大将型であったことだ。
 市民らは かれらに根負けして それならと言うので神棚をわざわざこしらえて そこを棲み処とさせた。檻に住まわせたとも言えるのだけれど これが のちのち或る意味でわざわいともなった。

 市民 S らの中には この第二階への出世志向が流行り病いのごとく起こり ひとつには とうとう A 者公民たちにこびへつらうようになり ひとつには ゆすり・たかりをはたらき甘い汁を吸おうとするようになる者が出た。
 このお二階さん志向――そして 別様に言えば お上意識――が絡んでくると 仲間どうしのあいだでも いざこざが絶えなくなる。
 簡単に言ってこういうわけで 市民 S 者のあいだには まっすぐな心持ちにもとづく行動と どこか歪んだところのある振る舞いと 両面が見られることになる。



 ちなみに西欧の市民は そして公民も 誰もがおのれの中にお二階さん志向(または アマアガリ症候群)を持つ。すなわち A = S としての市民 S であり この市民がおそらく誰もが 同じく A = S としての公民 A となる傾向を有する。と推し測られる。

 (ω) 欧米型(または遊牧民型): A ( A=S ) ∽ S ( A=S ) 連関制

 相似形の記号( ∽ )の意味は つねに転覆(回転=レヲ゛リューション)が起こり得るということを表わす。
 言いかえるとその社会では 第一階においてすでに 《人は人に対して狼なり。 / 万人の万人に対するたたかい》という市民( A = S なる市民 S )どうしの意識の流れが関係し合っている。意識の対立とその弁証法的展開が ふつうに見通されているのではないか?

 日本市民が このアマアガリ志向に対して《くにゆづり》をしたと言う時 それは非戦論であり そうだとすれば それに対して欧米市民は 主戦論に立つものと考えられる。
 土地に縄を張って ここはおれのものだと宣言したとき 言葉たくみににしろ力づくでにしろ その土地を獲ってしまえば 自分のものになると考える傾向なのだろうか。
 日本市民は これこれはおれのものだと主張するときに どういうかたちにしろ争うことは 人間の弱さから来ると考え それならと言って 非戦論を採った。いちどゆづったら その神棚に挙げてしまったのだから おいそれとは返せとは言えない。言わない。おとなしい。ただ それだけのことだと考えられる。
 ただしそのアマアガリ・シンドローム(末は博士か大臣かの出世症候群)の感染具合いに応じて 波風も立つこともある。



 ちなみに 別様の A - S 連関制がありうる。
 《アフリカ的段階》と呼ばれるもので 市民らに絶対主権があるようなかたちである。

 (κ) アフリカ型:S (=じつは A ) ∽ A 連関制

 ◆ (『アフリカ的段階について』 ヘーゲルを解剖学した世界観?) ~~~
  http://y-bat.txt-nifty.com/doyo/2009/01/post-8de …

 マルクスはインド・ヨーロッパ語圏の外にアジア的共同体を見出したが、吉本〔隆明〕はそのアジア的段階より前の段階としてアフリカを見出している。

 ( a ) そこには殺生与奪権を独占し自由に行使できる王(* A )がいる。

 ( b ) しかし、民衆(* ――《〈じつは A 〉なる S 》――)は豊穣と生活の保障と引き換えに王(* 権力)を認知しているのであって、不作や疫病があれば王は民に殺されてしまう。

 ( c ) 生命の等価交換(という原始的なシステム)の上に成り立っていた頃の世界がそこにはある。

 ( d ) 民衆(個人 S と共同性)と王(権力と象徴= amaterasity アマテラシテ)は等価なのだ。
 ~~~~~~~~~~~~~~~

 ☆ このアフリカ型(κ)は 民衆暴君型である。日本は対話型(α) 西欧は競争型(ω)であろうか。

   *     *     *


 Q1: 対話型なら もっと話し合いをすすめることが出来るはずではないか? 

 Q2: 口を開けば 権力者の悪口である。ぼろくそに言うのもいいが 中身がどうなのか? 

 Q3: それとも 例のアマアガリ・シンドロームが それほど酷くわれわれのこころを腐らせていようか。仲間どうし・同等の相手どうしとして 対等に自由に話し合える間柄であったはずが 何かと顔を合わせば 互いの悪口である。足の引っ張り合いが絶えないというのは やはり アマテラス志向・お上意識なるアマアガリ症候群にひどく手足を縛られてしまっていようか。気がついているのか いないのか。

 Q4: スサノヲ( S )市民の心意気は いったいどこへ行ってしまったのか。 欧米型の革命志向はそのかけらも――たぶんさいわいなことに――見られないとすれば ひょっとしてアフリカ型の破れかぶれ症候群が 隠然と深く静かに潜行しているのか。

 Q5: まさか そんなことはないと信じるけれど とにもかくにも ひとびとは もはや互いに話し合いが出来なくなっているのか?

 Q6: それとも もとから――《対話型》は 理念の上だけであって―― 隠微なけんかと互いを不幸のどん底へ落としやり合うという生活が消えることはなかったのか?

 Q7: あるいは 上の歴史および社会にかんする分析が おかしいか。

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A 回答 (24件中1~10件)

 こんにちは、ご返答いただきまして、どうもありがとうございました。

ひどっち でございます。

> 浜矩子は こうも言っているのを思い出しました。
 株価は リーマンショックの時の値まで挙げ戻したし 米ダウは さらに上をうかがうようになった。けれども リーマンショックあるいは住宅供給公社(でしたっけ)の破産危機の時点ですでにバブルになっていたのだから とうぜんそのバブルの分だけ収縮するようソフトランディングさせなければならない。各国政府のかじ取りは 容易なことではないと。
 各国の協調という道のみがあると。自国だけの利益を追い求めていては 治療はできない。


 「そのバブルの分だけ収縮するようソフトランディングさせなければならない」ここが非常に悩ましいところかと考えております。さらに、ある程度の不動産価格を下落させてから(落ち着いてから)、その後、価格安定化を考えているのかもしれません。いずれにしましても、この方向性に沿った政策をうたない限り、パニックセリングはまだ今後も続くものと考えております。

 因に、住宅供給公社(ファニーメイとフレディマック)は、下記にもございますように、まだまだアメリカは非常に苦しい状況にあるようでございます。

・「フレディマックが15億ドルの追加支援要請へ、ファニーメイに続き」 2011年 08月 9日 ロイター
http://jp.reuters.com/article/marketsNews/idJPnT …
・「差し押さえ物件転用案公募 米、住宅価格底上げへ投資家の知恵」 2011.8.12 産経ビズ
http://www.sankeibiz.jp/business/news/110812/bsk …


 残念ながら、一国のみが利益追求してしまいますと、前の大恐慌の例えば”スムート・ホーリー法”に見られます”ブロック経済化”は、戦争の引き金になった、とも言われています(少なくとも、あの大恐慌がなければ、前の大戦は起こらなかったというのは有力説となっております)。
 最悪の場合、前のようにアメリカも・・・

> ドイツあるいはフランスの国民も 南欧の国々にはやはり緊縮財政を要求するでしょうね。



 はい、そうなることは必至かと察せられます。


> ☆ ふたつ 質問があります。
 
 進化論は DNA による決定論が――環境要因としてのミ-ム説とか言っていても―― 動かされざる基本なのでしょうか?


 まず、DNAによる進化仮説(分子生物学的進化論)は、まだ理論・仮説の段階かと思われます(有力説にはなっているようではございますが)。もしこれが不動のものとなりますと、”進化論(理論)”ではなく”進化の法則(原理)”となってしまいますが、まだ、そこまでは進んでいない(結論付けられていない)と考えられます。
 実を申しますと、”進化論(進化仮説)”自体にもまだ解決すべき課題がございます(「なぜ。キリンの首の長さの中間の長さである種もあってよさそうなのですが、それが見つかっていないこと」、「ミッシングリンク(ヒトと他の種との分岐を示す種が発見されていない)の問題」等でございます。)。証明されるには、厳密には、タイムマシーンが必要かと考えられます。

 以下には、ドーキンス説(ミーム説:利己的遺伝子の進化説)の矛盾点を列記しております。

1. 超長期の問題。
 利己的遺伝子説では、「遺伝子は自己の複製を増やすことを目的として進化する」と考えます。とすれば、進化するにつれて、遺伝子は自己複製の能力がどんどん向上しているはずです。しかし、超長期の進化を見ると、その考えは現実に一致しないことです。

 進化の順序を見ると、おおまかに、次の順序になります。
単細胞生物→プランクトン類→腔腸類→魚類→両生類→爬虫類→哺乳類
 一方、自己複製の能力(出産数)を見ると、次の順序になります。
単細胞生物>プランクトン類>腔腸類>魚類>両生類>爬虫類>哺乳類
    
 以上から、「進化が進むにつれて、自己複製の量はかえって減ってきた」となり、矛盾が生じてしまいます。

2. 漸進的進化の問題
 実際には「断続的な進化」が起こります。このことを、利己的遺伝子説では説明できないことです。


> 自由意志の問題なのですが つまりは社会関係の流れによって必然性としての選択肢を選択せざるを得ないときにも 人はそのやむを得ない選択をするという自由意志の発揮をおこなっていると見るのですが 進化論は DNA にもとづくからだの仕組みが自由意志を凌駕するというのでしょうか?


 《死を望む回路》があるという前提をすでに置いて話をすすめているようです。

 おそらく、《死を望む回路》=「ヒトは、動物の中で唯一自殺を望むことがある種」ということを言いたいものと思われます。
 「DNA にもとづくからだの仕組み(=脳)が自由意志を持たせたのか?」 と言われますと、多くの進化論支持者はこれを肯定するものと思われます。ですが、”本当のところはわからない”、というのが事実かと考えております。



> もうひとつです。
 《精神的充足》を――その傍らでは 物質的繁栄を押さえて――目的とすることは 何だかアマテラス抽象普遍語を駆使しているという《幻術》であるように 思えるところがあります。そういう部分があると控え目に言うべきでしょうか。
 精神的充足を二者択一でえらぶのはどうもおかしいと考えわたしは質問のやり取りでも述べたのですが それは 精神的充足説を否定する説だとされました。しかもその否定説もけっきょく否定するという意志のもとに精神的充足を目指しているのだと もっともらしく あたらしい文章では書かれています。


 これはあくまで愚見でございますが、その背景にございますのは、以下のような事例に直面したときかと思われます。
 愚生の田舎にも、西浜・水軒口といった、きれいな海に面した真っ白な砂浜があったようでございます。しかし、経済発展に伴い、開発され、港が出来、貿易も盛んとなりました。また、四国にいくカーフェリーも盛んになりました。ですが、この不景気により、カーフェリーは廃止、貿易港も閑古鳥が鳴く単なるコンクリートとなってしまったのを見ました時に、思うのかもしれません。「きれいな海岸をコンクリートに固めてしまったけれど、これでよかったのか」という風にでございます。もし、物質的繁栄・利便性が充足感をもたらしてくれていた時には、そんなことは考えなかったものと思われます。ただ、充足感をもたらしてはくれなくなった時に、ふと思ってしまうのだと考えております。従いまして、かような二元論が生じたのはつい最近のことかと考えております。従いまして、少なくとも、かつての発展・利便性に満足感を覚えていたときには、”二者択一でえらぶ”ということはしなかったものと思われます。
 このご質問に関しましては、また深く読んでみたいと思っております。



> どうもふたつとも ひとつの串でつらぬかれているように思えます。
 まづアマテラス語の世界でものを考えているということ。


 少なくとも、前者はそのように考えられます。進化論が正しいか否かの検証はまだまだなのですから。後者におきましては、少なくとも、2、30年前までは、それにどっぷりと浸っていましたため、今頃言われましても・・・ というのが率直な意見でございます。

> そして その中で普遍抽象語を人びとの耳ざわりよくまとめれば それが世の中の関所(あるいはクウキによって造られた観念の運河)を難なく通ることが出来るというようなこと。


 まさしく、人を惑わせる、もしくは、そうであってもらいたいと願う理論が他の人達にも事実であるかのように見せかける”幻術”そのものかと思われます。

> この情況そして一人ひとりの状態は やはりそういうクウキが蔓延していて そのクウキにしたがって思考し行動している。と思えてなりません。


 仰る通りかと存じます。当の本人はそんな空気に支配されているとは思っていないかもしれません。ですが、実際は、それに支配されているというのが実情かと考えております。


> ★ アマテラス抽象普遍語による幻術
 
 ☆ これの具体的な事例を いくらかは研究しなくてはならないでしょうか?



 アマテラス用語の氾濫を目の前にしますと、事例を列記すべきかとも考えたくなります。


> ☆ 生活における現象として 《アマテラス世界の住民》症候群と言えましょうか? けっきょくアマテラス・ブランドというべき商品群が あるのでしょうか? そのブランドは 大きくアマテラス国の住民としてのシルシであり その意味でのアマテラシテ(アマテラスの抽象名詞化)になっているのかも知れません。

 

 特定のブランドと申されますと、断定しかねるのですが、やはり、年収280万円の人が、数十万ものバッグ・財布等で身を飾るのは、無理があろうかと考えております。もちろん、何を購入するかはその人の自由なのですが、「好きだから買う」といった以外の何かがあると思うのですが・・・



 最後まで、お読みいただきまして、どうもありがとうございました。
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この回答へのお礼

 ひどっちさん こんにちは。ご回答をありがとうございます。

 § ドーキンス

 たいへん分かりやすく解説をいただきまして まことにありがとうございました。微妙なところもやはりあるようですね。
 
 ただし その微妙な部分があるというのは 主張者にとっても同じ条件となるのだから 断定し切るのも 早とちりになる。

 ★ ~~~
 ドーキンス説(ミーム説:利己的遺伝子の進化説)の矛盾点を列記しております。

 1. 超長期の問題。
  利己的遺伝子説では、「遺伝子は自己の複製を増やすことを目的として進化する」と考えます。とすれば、進化するにつれて、遺伝子は自己複製の能力がどんどん向上しているはずです。しかし、超長期の進化を見ると、その考えは現実に一致しないことです。
 (――例示部分を割愛しましたが――)

 2. 漸進的進化の問題
  実際には「断続的な進化」が起こります。このことを、利己的遺伝子説では説明できないことです。
 ~~~~~~~
 ☆ ただし ドクターが 次のように括弧書きでも捨て去られはしないというニュアンスで触れておられるということは やはり微妙なのでしょうか。
 ★ まず、DNAによる進化仮説(分子生物学的進化論)は、まだ理論・仮説の段階かと思われます(有力説にはなっているようではございますが)。

 
 § 《精神的充足》優先の説

 ☆ 物質的繁栄と精神的充足の二項対立といった見方について:
 ★ ~~~
 ・・・もし、物質的繁栄・利便性が充足感をもたらしてくれていた時には、そんなことは考えなかったものと思われます。ただ、充足感をもたらしてはくれなくなった時に、ふと思ってしまうのだと考えております。
 従いまして、かような二元論が生じたのはつい最近のことかと考えております。従いまして、少なくとも、かつての発展・利便性に満足感を覚えていたときには、”二者択一でえらぶ”ということはしなかったものと思われます。
 〔このご質問に関しましては、また深く読んでみたいと思っております〕。
 ~~~~~
 ☆ なるほど 《背景》があるのですか。あまりそういう発想はわたしはしていなかったと おどろきです。純(?)理論的に考えていました。
 二者択一はやめて身と心またモノさえをも大きくは一体と捉えるとわたしが言ったら それは 物質主義だと言われています。それだから その補完として宗教的な互助精神を必要としているのであり そのからみはよく分かるとのことだそうです。(影響は見られるようです)。


 § 生活におけるアマアガリ現象かと思われる事例として:

 ★ ~~~ 
  特定のブランドと申されますと、断定しかねるのですが、やはり、年収280万円の人が、数十万ものバッグ・財布等で身を飾るのは、無理があろうかと考えております。もちろん、何を購入するかはその人の自由なのですが、「好きだから買う」といった以外の何かがあると思うのですが・・・

 ~~~~~
 ☆ 《好きだから買う》のでなく しかもただファッションであるゆえに買うのでもないとしたら? 生活水準から行けば 背伸びをしていると思われるのですが なぜ背伸びをするのか? といった問いですかね。


 § 世界経済

 ★ ~~~
 「そのバブルの分だけ収縮するようソフトランディングさせなければならない」ここが非常に悩ましいところかと考えております。
 さらに、ある程度の不動産価格を下落させてから(落ち着いてから)、その後、価格安定化を考えているのかもしれません。
 いずれにしましても、この方向性に沿った政策をうたない限り、パニックセリングはまだ今後も続くものと考えております。
 ~~~~~
 ☆ そうですね。政府や学者は考えているでしょうね。分かりにくいですが。

 米国債の格付けの下げやドル安をめぐって それはアメリカの陰謀だという声が 中国では出て来ているそうですね。
 みんながそれぞれ余力に応じて損失を負うかたちになっていくのでしょうか?

 相互依存の関係は かえって平和や生活の安定にはよいでしょうか? 
 EU が EU 全体で発行するユーロ債券を考えているようですね。各国に分かれた国債は どうも持ち堪えられないから駄目だと。




 特別講義 しかと受講いたしました。ありがとうございました。

お礼日時:2011/08/16 17:49

 こんばんは、ご返答いただきまして、どうもありがとうございました。

ひどっち でございます。

> ☆ つまり 遺伝子と《摸倣子=摸伝子=意伝子》とは その現象の形態こそ違え どちらも自然科学的なモノとして世界に存在する(生き続けている)と見ようとしているのですね。

 はい、生物学上の遺伝子とは、形態は異なりますが、遺伝情報伝達メカニズムと類似した「模倣によって伝わっていく”文化の遺伝子”」といったものかと考えております。
 ミーム、これのみで持って、社会の現象を全て解明できるとは、到底考えられないのですが・・・
 前回は、利己遺伝子との関連からの進化論の紹介となっておりました。改めて、深くお詫び申し上げます。

> つまりはたとえば アマアガリ・シンドロームという文化現象があるとすれば 《権力志向》あるいは《権力への追従》というヰルスがはたらいているのだと見るのですね。社会力学的な力関係(その上下関係)やあるいはクウキ(その強要度合い)そしてあるいは人間の意志これらの絡みの中から 信念や意志の強い弱いなどなどの具合いに応じて 行為を決めコトが決まるというふうに見るのではなく――または そう見た上で さらにその基底に―― 文化的行動科学的心理的ヰルス(つまり ミ-ム)の感染をつうじて世界はうごいている。と見るのでしょうか?

 はい、仰る通りでございます。ただ、感染していくという意味におきましては、”クウキ”も含まれるやもしれませんが・・・

> ふうーう。これは 唯物論というべきでしょうか? 物質主義であるようにも考えられます。物質の自己運動の理論。
 その根底には、”ミーム・マシーン”といった”人間機械論”があるようにも見受けられます。

> つまり もしそれが現実だとした場合 その場合にも 人には自由意志があってその物質の自己運動のツナミを自由意志は全部としてでもかぶって その押し流す力に屈しているし 甘んじている。というような・いまひとつのささやかな現実があると言いたいと思います。(これは 賛同を得られるか分かりませんが ジーンやミ-ムの帝国主義に対して国ゆづりを 人の自由意志は している。と)。

 はい。意見を等しく致します。

> ★ ~~~~
 「人間が多様性を超えた普遍的秩序なるものを認識できるのか。普遍性の確信が否応なく傲慢の狂気に至る。
 人は世界を前にして常に一つの選択を行っているが、それが他でもありえたはずの世界の一部だということを自覚している限りで、想像力によって新たな世界を再創造できるのではなかっただろうか。」
 ~~~~~~
 ☆ 最後の一文は おのれがつねに相対的な世界にいることを自覚していよというところでしょうか。

 理性によってのみ、ことの良し悪しを判断しようとしますと、価値相対主義に陥る可能性がございます。そこで、理性がしっかりした歩みを始めるためにも、その根底には、“理性では説明不可能なもの”も必要である、ということかと考えております。つまり、どちらかと申しますと、なんでもありの“価値相対主義”を批判しているものと思われます。

> ★ ~~~~
  これは愚見でございますが、“元の切り上げ”および、その背景となっております「貿易赤字」が絡んでいるものと考えております。かつて、“ジャパン・バッシング”という言葉も耳に致しましたが、そのときの日本とほぼ同じ傾向があろうかと推察しております。
 ~~~~~~
 ☆ ただし中国は 日本ほどには言うことを聞かない でしょうか。

 はい、おそらく日本ほどおとなしくはない、と考えております。日本の場合ですと、防衛をアメリカに依存している(そのため、国防費が少なくて済んでいる)という状況下にございます。ですが、中国はそのようなしがらみは全くございません。従いまして、日本程には、低姿勢ではないものと考えております。

> ☆ 経済政府をつくるそうですね。いまの EU 大統領のファン・ロンパイのもとにつくるのだとか。
 これでは 市場の期待するところではなかったようですね。
 はい、まずは、様子見といったとことろかもしれません。

> この質問でまだ行けましょうか?

 ご質問に対しましては、確かに直接のご返答はほぼ終わっているようにも見受けられます。
 後は、ご質問者様のご判断に委ねたいと思っております。また何かございましたら、微力を尽くせれば、とそう思っております。
 
 最後まで、お読みいただきまして、どうもありがとうございました。
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この回答へのお礼

 こんばんは ひどっちさん。ご回答をありがとうございます。

 当面のお聞きしている主題がありますので ここで続けていただければと思います。途中でほかのところにご回答くださるのもありがたいです。

 EU のいまの姿勢――ただいま現在 その将来を嫌気したのも手伝って米ダウが急落しているようですが―― そして 中国の姿勢 分かりました。

 ★ ~~~~~~~~~~~
  ▼(チェスタートン) ~~~~~
・・・
  人は世界を前にして常に一つの選択を行っているが、それが他でもありえたはずの世界の一部だということを自覚している限りで、想像力によって新たな世界を再創造できるのではなかっただろうか。」
  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
  ☆ 最後の一文は おのれがつねに相対的な世界にいることを自覚していよというところでしょうか。

 理性によってのみ、ことの良し悪しを判断しようとしますと、価値相対主義に陥る可能性がございます。そこで、理性がしっかりした歩みを始めるためにも、その根底には、“理性では説明不可能なもの”も必要である、ということかと考えております。つまり、どちらかと申しますと、なんでもありの“価値相対主義”を批判しているものと思われます。
 ~~~~~~~~~~~~
 ☆ ほかの文章と同じ趣旨ということですね。最後の一文では
 ▼ 想像力によって新たな世界を再創造できるのではなかっただろうか。
 ☆ と人間の努力を取り上げていると見たものですから 自分が相対的な世界にいることを自覚せよと言っているのかなと思ったようです。

 ミ-ムについては よく分かりました。
 相当きびしい態度で ミ-ム論者も世界観の構築に臨んでいるようですし そのように世界のすべてを解釈しうるように努めていると理解しました。
 《資本》に対する批判とは関係のない そして労働者の味方といった姿勢ともかかわらないところの唯物史観のように見えます。質料主義の最たる思想でしょうか。

 ★ その根底には、”ミーム・マシーン”といった”人間機械論”があるようにも見受けられます。
 ☆ ここまで行くのですね。
 信仰ではない思い込みとしての無神論のようです。おそろしいと言えば おそろしいように感じました。

 ★ ただ、感染していくという意味におきましては、”クウキ”も含まれるやもしれませんが・・・
 ☆ クウキも ミ-ム・ヰルスによるのだと。あぁ 遺伝子のほかは すべてなのですね。

 ありがとうございました。

お礼日時:2011/08/19 01:20

 こんばんは、ご返答いただきまして、どうもありがとうございました。

ひどっち でございます。

> 量子論がミクロの量子の次元で経験法則だと捉える内容が マクロの次元では別の見方となるのと似たかたちで 遺伝子の次元は 人間の行為を含む文化環境としてのミ-ムの次元とは別だということでしょうか?

 誠に申し訳ございませんでした。先程の分子生物学的進化論・仮説は、ミーム発案者のドーキンスの利己遺伝子による進化論を論じておりました。
 ミームの文化・社会論とは、ドーキンスによれば、ミームを脳から脳へと伝わる文化の単位としており、例としてメロディやキャッチフレーズ、服の流行、橋の作り方などをあげている、そうです。
つまり、ミーム伝達という理論は、進化論を応用した“文化の変容理論”、と解することができます。

「ドーキンスのミームの定義によると、文化は人の脳から脳へと伝達されるミームからできており、ミームは文化の原子のようなものである。遺伝子は精子と卵子を通じて広まるが、ミームは脳を通じて広まる。したがって、より多くの脳に広まったミームが文化形成に大きく関与していることになる。例えば、ミニスカートはミームであり、それが多くの心に広まることでミニスカートが流行し、文化を形作る。あるいは、歌のメロディはミームであり、人々がそのメロディを口ずさめば多くの心へ広まり、文化となる。このように、この定義により、文化全体を分かりやすい部分に分解し、それぞれがどのように作用しあい、進化していくのかを見ることができる。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%BC% … からの引用でございます。)

 これは単に、進化論的発想(突然変異、自然淘汰等でございます)をそのまま社会論に応用したものに過ぎないように考えられます。極論いたしますと、仮説の上にさらに仮説を上書きしたものに過ぎないと思われます。

> ☆ だとしますと 《理性》だけで生きている場合があるということでしょうか? それは いわゆる頭でっかちのことでしょうか?
 アマテラス抽象普遍語を先行させてものごとを考え人を説得しようとすることは 頭でっかちであり あるいは スサノヲ人間語で足を地につけて歩いているのではなくけっきょく逆立ちして人びととまじわっていると見ていますが。

 チェスタートンによりますと、以下のように、論理的整合性のにみにより進められてしまったが故に、陥ってしまいがちな陥穽について述べております。
「心の中でひっかかるわだかまりを無視して論理整合性だけでグイグイ推し進めていく進歩的思潮」
「人間が多様性を超えた普遍的秩序なるものを認識できるのか。普遍性の確信が否応なく傲慢の狂気に至る。人は世界を前にして常に一つの選択を行っているが、それが他でもありえたはずの世界の一部だということを自覚している限りで、想像力によって新たな世界を再創造できるのではなかっただろうか。」

 従いまして、理性以外のもの(感性等でございます)を失った、ある種の“狂気”に陥った、“頭でっかち(ですが、ヒラメキ等は欠如しています)”のことも意味しているかと推察しております。

> ということは 簡単に言ってしまえば 
 ○ 遺伝子論や量子論は どこまでスサノヲ人間語に根差しているか。
 ☆ というところに収斂しましょうか?

 後者の量子論は極めてまじめな学問かと考えております。ですが、かようなミーム論ともなりますと、アイデアは面白いかもしれませんが、それ以上のものではないものと思えます(愚生には、“普遍性を狙った欺瞞”のように映ります)。

> ★ まず第一に、”物質主義”とは、言い過ぎかと思われます。もし、これを全否定してしまいますと、日本経済は奈落の底に陥ってしまうのですが。
 ☆ 精神的充足論は ファッションであり飾りでしょうか。それを唱えても特に人が反対することもないというような。(でも まだ二者択一のかたちは 言い続けているようです)。

 「精神的充足論は、それを唱えても特に人が反対することもない」、これは事実かと思われます。ファッションに近く、“トレンディ”といったものかと推察しております。

> ★ サブプライム関連商品に対して高い格付けをし続け、問題が発覚した2007年秋以降になってはじめて、一斉にこれら金融商品を格下げしたというお粗末な経緯があるためでございます。
> ☆ 中国の元の切り上げを促すためなのでしょうか?
 
 これは愚見でございますが、“元の切り上げ”および、その背景となっております「貿易赤字」が絡んでいるものと考えております。かつて、“ジャパン・バッシング”という言葉も耳に致しましたが、そのときの日本とほぼ同じ傾向があろうかと推察しております。

> ★ EU 全体として、一種の”連帯債務”のような形で、これに対応するしか他に方法が見つからないように思われます。ですが、この副作用を考慮に入れ、対処していく必要があろうかと考えております。


☆ ユーロ圏共同債券。最新のニュースでは 一たん見送られたようですね。


 EU内での経済大国の意向があったようでございます。“連帯保証人”になるようなものですので、嫌がる気持ちはわかるのですが・・・
では、どういった策があるのか?というのもツメテ欲しかったように思われます。

「サルコジ大統領はいずれ実現する可能性はあるものの、今導入すれば「ユーロ圏で最も安定した国々を重大な危険」に陥れてしまうと指摘。メルケル首相は「欧州は持てるリソースを最後まで活用し切ってはいないと思われる。大掛かりな政策一本で問題を解決できるとは考えていない」と述べた。 」
「ユーロ下落、共同債否定や景気減速懸念が重し-株反落で円じり高」 ブルームバーグ 2011/08/17
http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=9092000 … 


 最後まで、お読みいただきまして、どうもありがとうございました。
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この回答へのお礼

 こんばんは ひどっちさん。ご回答をありがとうございます。

 ミ-ムとは こういうものでしたかぁ。
 ▼(ヰキぺ:ミ-ム) ~~~
 DNAウイルスは細胞のコピー機構を利用し、
 コンピューター・ウイルスはコンピューターのコピー機構を利用する。
 そしてマインド・ウイルスは心をコピー機構として利用する。

 マインド・ウイルスは心に侵入し、コミュニケーションを通じて他の心に自己の複製を作る。
 そして行動を引き起こすミームで心をプログラムし、私達に指令を発する。
 その行動が様々な出来事を引き起こし、多くの人々の心へ拡散する。
 ~~~~~~~~~~~~
 ☆ 《 nature or nurture ? 》でしたか ということで遺伝子が生まれつきの要因であるなら ミ-ムは後天的に身につけた文化要因だと思っていました。
 そうではなく と言いますか そのような区分のさらに上に(その根底に) 遺伝子と同じような《ミ-ムすなわち 摸倣子、摸伝子、意伝子》があるということなのですね。
 すなわち
 ★ ~~~~
 これは単に、進化論的発想(突然変異、自然淘汰等でございます)をそのまま社会論に応用したものに過ぎないように考えられます。 
 極論いたしますと、仮説の上にさらに仮説を上書きしたものに過ぎないと思われます。
 ~~~~~~
 ☆ つまり 遺伝子と《摸倣子=摸伝子=意伝子》とは その現象の形態こそ違え どちらも自然科学的なモノとして世界に存在する(生き続けている)と見ようとしているのですね。

 つまりはたとえば アマアガリ・シンドロームという文化現象があるとすれば 《権力志向》あるいは《権力への追従》というヰルスがはたらいているのだと見るのですね。社会力学的な力関係(その上下関係)やあるいはクウキ(その強要度合い)そしてあるいは人間の意志これらの絡みの中から 信念や意志の強い弱いなどなどの具合いに応じて 行為を決めコトが決まるというふうに見るのではなく――または そう見た上で さらにその基底に―― 文化的行動科学的心理的ヰルス(つまり ミ-ム)の感染をつうじて世界はうごいている。と見るのでしょうか?

 ふうーう。これは 唯物論というべきでしょうか? 物質主義であるようにも考えられます。物質の自己運動の理論。
 つまり もしそれが現実だとした場合 その場合にも 人には自由意志があってその物質の自己運動のツナミを自由意志は全部としてでもかぶって その押し流す力に屈しているし 甘んじている。というような・いまひとつのささやかな現実があると言いたいと思います。
 (これは 賛同を得られるか分かりませんが ジーンやミ-ムの帝国主義に対して国ゆづりを 人の自由意志は している。と)。

    *

 ★ ~~~~
 チェスタートンによりますと、以下のように、論理的整合性のみにより進められてしまったが故に、陥ってしまいがちな陥穽について述べております。

 「心の中でひっかかるわだかまりを無視して論理整合性だけでグイグイ推し進めていく進歩的思潮」

 「人間が多様性を超えた普遍的秩序なるものを認識できるのか。普遍性の確信が否応なく傲慢の狂気に至る。
 人は世界を前にして常に一つの選択を行っているが、それが他でもありえたはずの世界の一部だということを自覚している限りで、想像力によって新たな世界を再創造できるのではなかっただろうか。」
 ~~~~~~
 ☆ 最後の一文は おのれがつねに相対的な世界にいることを自覚していよというところでしょうか。

    *

 ★ ~~~~
  これは愚見でございますが、“元の切り上げ”および、その背景となっております「貿易赤字」が絡んでいるものと考えております。かつて、“ジャパン・バッシング”という言葉も耳に致しましたが、そのときの日本とほぼ同じ傾向があろうかと推察しております。
 ~~~~~~
 ☆ ただし中国は 日本ほどには言うことを聞かない でしょうか。

    *

 ★ ~~~
 EU 内での経済大国の意向があったようでございます。“連帯保証人”になるようなものですので、嫌がる気持ちはわかるのですが・・・
 では、どういった策があるのか?というのもツメテ欲しかったように思われます。
 ~~~~~
 ☆ 経済政府をつくるそうですね。いまの EU 大統領のファン・ロンパイのもとにつくるのだとか。
 これでは 市場の期待するところではなかったようですね。

    *

 この質問でまだ行けましょうか?

お礼日時:2011/08/18 00:25

 こんばんは、ご返答いただきまして、どうもありがとうございました。

ひどっち でございます。

> たいへん分かりやすく解説をいただきまして まことにありがとうございました。微妙なところもやはりあるようですね。


 お役に立つことが出来、愚生とい致しましても光栄に存じます。

> ☆ ただし ドクターが 次のように括弧書きでも捨て去られはしないというニュアンスで触れておられるということは やはり微妙なのでしょうか。

 ★ まず、DNAによる進化仮説(分子生物学的進化論)は、まだ理論・仮説の段階かと思われます(有力説にはなっているようではございますが)。


 はい、それなりに、説明できてしまうからだと思われます。
 ですが、”メンデルの法則”等ではなく、あくまで”進化論(理論)”でございます。
 繰り返すようではございますが、タイムマシーンが発明されるまでは、実証不可能と考えられます。
 ですが、次のチェスタートンの言葉を想起してしまいました。

Gilbert Keith Chesterton
"The madman is not the man who has lost his reason. The madman is the man who has lost everything except his reason."
“狂人とは理性を失った者ではない。狂人とは理性以外の全てを失ってしまった者のことである。"

> ☆ なるほど 《背景》があるのですか。あまりそういう発想はわたしはしていなかったと おどろきです。純(?)理論的に考えていました。

 これは、あくまで愚見でございますので、その是非につきましては、さらなる検討も必要かと思っております。
 「露と落ち 露と消えにし 我が身かな バブルのことは 夢のまた夢」・・・

> 二者択一はやめて身と心またモノさえをも大きくは一体と捉えるとわたしが言ったら それは 物質主義だと言われています。それだから その補完として宗教的な互助精神を必要としているのであり そのからみはよく分かるとのことだそうです。(影響は見られるようです)。



 まず第一に、”物質主義”とは、言い過ぎかと思われます。もし、これを全否定してしまいますと、日本経済は奈落の底に陥ってしまうのですが。



> ☆ 《好きだから買う》のでなく しかもただファッションであるゆえに買うのでもないとしたら? 生活水準から行けば 背伸びをしていると思われるのですが なぜ背伸びをするのか? といった問いですかね。


 はい、そうでございます。「なぜ、そこまで無理をしてまでも、背伸びをするのか?」でございます。

> ☆ そうですね。政府や学者は考えているでしょうね。分かりにくいですが。
 米国債の格付けの下げやドル安をめぐって それはアメリカの陰謀だという声が 中国では出て来ているそうですね。
 みんながそれぞれ余力に応じて損失を負うかたちになっていくのでしょうか?


 ご存じでいらっしゃいましたか。中国が神経質すぎる程、アメリカに緊縮財政を求めていることから(格下げは債権国の中国に対し悪影響を及ぼします)、香港のメディア等がこのように報じているようでございます。
 そもそもなぜ、格下げがそんなに問題であったという疑問もございます。格付け会社の信頼度は、先日のサブプライムローン問題で、”当てに出来ない”と烙印されたばかりでした。サブプライム関連商品に対して高い格付けをし続け、問題が発覚した2007年秋以降になってはじめて、一斉にこれら金融商品を格下げしたというお粗末な経緯があるためでございます。

参考:http://toshukou.at.webry.info/200909/article_5.h … 


> 相互依存の関係は かえって平和や生活の安定にはよいでしょうか? 

 非常に難しい問題かと思われます。第一次世界大戦がなぜあのように”世界大戦”まで拡大したにつきましては、定説がないと言われています。そもそも、オーストリア=ハンガリー帝国とセルビアの二国間問題だったからでございます。ですが、この有力説と致しまして、”張り巡らせていた緊密な同盟関係”というものがございます。
 従いまして、”緊密な同盟関係”というのも一長一短あるように見受けられます。


> EU が EU 全体で発行するユーロ債券を考えているようですね。各国に分かれた国債は どうも持ち堪えられないから駄目だと。

 
 EU全体として、一種の”連帯債務”のような形で、これに対応するしか他に方法が見つからないように思われます。ですが、この副作用を考慮に入れ、対処していく必要があろうかと考えております。

 特別講義 しかと受講いたしました。ありがとうございました。

 いえいえ。誠におそまつ様でした。


 最後まで、お読みいただきまして、どうもありがとうございました。
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この回答へのお礼

 お早うございます ひどっちさん。ご回答をありがとうございます。

 ★ ~~~~
   ★★ DNAによる進化仮説(分子生物学的進化論)は、まだ理論・仮説の段階かと思われます(有力説にはなっているようではございますが)。


 〔* 有力説と見られている。→〕はい、それなりに、説明できてしまうからだと思われます。
 ですが、”メンデルの法則”等ではなく、あくまで”進化論(理論)”でございます。
 繰り返すようではございますが、タイムマシーンが発明されるまでは、実証不可能と考えられます。
 ~~~~~~
 ☆ 永遠に仮説・理論の段階にとどまるであろうということですか。
 何とも悩ましいものですね。もっとも創造説は たとえですので 進化論の中身を容れてしまう余地さえあると考えますが。
 わざと大雑把に言えばとことわらねばならないと思うのですが 量子論がミクロの量子の次元で経験法則だと捉える内容が マクロの次元では別の見方となるのと似たかたちで 遺伝子の次元は 人間の行為を含む文化環境としてのミ-ムの次元とは別だということでしょうか?
 でもマクロの次元でも 家庭電化製品は 量子力学にもとづいて作られているとか。遺伝子も ミ-ムの次元にも影を落としているのでしょうね。
 (この表現は まったく自分でもおかしなものになっていると思いますが)。

 ★ ~~~
 Gilbert Keith Chesterton
 "The madman is not the man who has lost his reason. The madman is the man who has lost everything except his reason."
 “狂人とは理性を失った者ではない。狂人とは理性以外の全てを失ってしまった者のことである。"
 ~~~~~
 ☆ だとしますと 《理性》だけで生きている場合があるということでしょうか? それは いわゆる頭でっかちのことでしょうか? 
 アマテラス抽象普遍語を先行させてものごとを考え人を説得しようとすることは 頭でっかちであり あるいは スサノヲ人間語で足を地につけて歩いているのではなくけっきょく逆立ちして人びととまじわっていると見ていますが。
 スサノヲ市民圏に主権がありかつこの S 圏が主導する A - S 連関制が 民主制だと見ますが  A 圏が主導する A - S 連関制は 逆立ちしていると見ます。
 (実際には A 圏の政治家公民は S 圏が自主的にえらぶその代表であるというタテマエです。ということは 《朕は国家なり》の立憲君主制(ただし 人びとが天皇の赤子だとすれば家産国家のごとくある)やあるいは固定した身分制にもとづき S 圏が A 圏に従属するかたちの封建制に見られた A - S の逆立連関制が 余韻のごとくいまだに人びとの心に残ってはたらいているということでしょうか)。


 ということは 簡単に言ってしまえば 
 ○ 遺伝子論や量子論は どこまでスサノヲ人間語に根差しているか。
 ☆ というところに収斂しましょうか?

    *

 ★ 
 まず第一に、”物質主義”とは、言い過ぎかと思われます。もし、これを全否定してしまいますと、日本経済は奈落の底に陥ってしまうのですが。
 ☆ 精神的充足論は ファッションであり飾りでしょうか。それを唱えても特に人が反対することもないというような。(でも まだ二者択一のかたちは 言い続けているようです)。

    *

 ★ サブプライム関連商品に対して高い格付けをし続け、問題が発覚した2007年秋以降になってはじめて、一斉にこれら金融商品を格下げしたというお粗末な経緯があるためでございます。
 ☆ だとしますと 国の債務上限の引き上げに絡んで 民主党と共和党のかけ引きは 掛け合い漫才であったかも知れず それに例の茶会党の突きあげがあったとしますと こちらも茶番劇に重要な役を演じたことになります。格付け会社をも巻き込んだ一幕芝居だったと。中国の元の切り上げを促すためなのでしょうか?
 いやあ 何とも分かりません。

   *

 ★ ~~~~
 第一次世界大戦がなぜあのように”世界大戦”まで拡大したにつきましては、定説がないと言われています・・・が、この有力説と致しまして、”張り巡らせていた緊密な同盟関係”というものがございます。
 従いまして、”緊密な同盟関係”というのも一長一短あるように見受けられます。
 ~~~~~~
 ☆ なるほど 同盟と言えば たしかにすでに敵を想定していますね。

   *

 ★  EU 全体として、一種の”連帯債務”のような形で、これに対応するしか他に方法が見つからないように思われます。ですが、この副作用を考慮に入れ、対処していく必要があろうかと考えております。


☆ ユーロ圏共同債券。最新のニュースでは 一たん見送られたようですね。


 いつもありがとうございます。

お礼日時:2011/08/17 11:18

 こんばんは、ご返答いただきまして、どうもありがとうございました。

ひどっち でございます。

> ☆ <中略> それと昔は このくらいはおしゃれをしないとつき合いから はぐれてしまうという消極的な理由もあったように感じますが いまはほとんどが上昇志向でしょうか。いえ そう簡単に上昇することは出来ませんから 

 ”セレブ”、”プチ・セレブ”といった言葉が今、はやりのようでございます。Wikipediaを調べてみますと(”セレブリティ”にて検索)、「意味が拡散し、拡大傾向にある。」との記述にありますように、”成金”からはじまり、さらに意味が拡大しつつあるようでございます。その背景には、コマーシャリズムが存在していると思われますが、「憧れの対象である」ことは、例えば女性雑誌での扱いから見ましても、じゅうぶん頷けるものがあろうかと思われます。その裏返しと致しまして、”(女性)一人では、そう簡単に上昇することは出来ない”ことを示唆しているものと察せられます。

 また、一方では、以下のような書籍も人気があるようでございます。価値観が以前と比べまして、多様化しているのかもしれません。

竹内 かなと著「働かずに年収333万円を手に入れて「幸せ」に暮らそう!」(ごま書房新社) なお、帯には「ほどほどのお金で自由に生きるのが一番」との記載がございます(著者はヤフオクで稼いだ方なのだそうです。どちらかと申しますと、愚生は、こちらの方に属するような気がしております)。

> ★ ~~~~
 
 ・・・おそらく”ステータス”といった何かしらの”証”が欲しいものと思われます。
 これらのことを鑑みますと、現実はそうではないのだけれども、そのような”言葉”や”モノ”を、一種の幻術のように働かせ、アマアガリをめざしているのでは?というのが愚生の思うところでございます。

 ~~~~~~~

 ☆ そうしますと 妹思いの少年といった姿は――生活態度は―― 時代遅れとして一掃されてしまっているのでしょうか? そこまでは行っていない側面もあるということでしょうか? どうも流れから行けば わたしなどは いかに田舎者かと自覚が足りないことになります。


 おそらく、この少年の話を聞きましても、感動する人は以外と少ないと思われます(ですが一方では、強く感銘を受けたという方達もおられようかとも思っております)。
 「時代遅れとして一掃されてしまっているのでしょうか?」と申されますと、いえ、まだかような生活態度に感動をおぼえる方々もおられるものと思っております。従いまして、まだ、そこまでは行っていない、と思っております。

 ただ、幻術を駆使し、アマアガリを目指している人達は確実に存在しているように思われます。



> 経済学者の浜女史が言っていました。(昨夜か一昨夜 NHK.BS でした)。
 リーマンショックのときには 政府が金融機関等に資金を援助し有効需要を確保し レスキュー隊となった。けれども このところの世界同時株安現象は こんどはその結果膨らんだ財政の危機としてレスキュー隊がレスキューを必要としている状態になったのだ。つまり投資家は その事態を見越して行動しているのだと。
 どうでしょう? 分かりやすいようですが。


 仰られますように、”レスキューを必要としている状態”と言えると思われます。根本原因であります住宅価格の下落が止まらないため(Case-Schiller指数の低下と中古住宅販売件数の減少)、まだまだ油断はできないものと考えられます。第三の量的緩和をする予定もなさそうでございますし(先週9日のFOMCでも、全く量的緩和には触れなかったようでございます)、どのように対処していいのか分からない、というのが実情かもしれません。ただ、唯一の救いは”デフレ”に陥っていないことぐらいかもしれません(消費者物価指コア指数と生産者物価コア指数はゆるやかなインフレ状況を示しております)。

 ですが一方、その陰にイタリアの問題もございます(下記日経新聞の記事をご参照くださいませ)。案の定、イタリアの株式市場も強い下落傾向が見られます(日米伊の比較からです)。もちろん、イタリアに万が一のことがございますと、イタリアの債権国であるフランスにも影響を与えてしまいます。
 将来何が起こっても不思議ではない、という状況となっております。

 最もデフォルトの可能性が高いと言われ続けられました日本ですが、今では(震災復興の目処がついていないにも関わらず)”健全”という状況になっているように見受けられます。

・「「積極的に国債購入」欧州中銀が声明 イタリアなど視野」
2011/8/8 日経新聞
http://www.nikkei.com/markets/features/12.aspx?g … 
・FTSEMIB(イタリア株価指数), DOWとN225(日経平均株価指数)の比較(過去3ヶ月)
http://it.finance.yahoo.com/q/bc?t=3m&s=FTSEMIB. … 


 最後まで、お読みいただきまして、どうもありがとうございました。
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この回答へのお礼

 こんばんは ひどっちさん。ご回答をありがとうございます。

 浜矩子(でしたか)は こうも言っているのを思い出しました。
 株価は リーマンショックの時の値まで挙げ戻したし 米ダウ(でしたか)は さらに上をうかがうようになった。けれども リーマンショックあるいは住宅供給公社(でしたっけ)の破産危機の時点ですでにバブルになっていたのだから とうぜんそのバブルの分だけ収縮するようソフトランディングさせなければならない。各国政府のかじ取りは 容易なことではないと。
 各国の協調という道のみがあると。自国だけの利益を追い求めていては 治療はできない。

 ドイツあるいはフランスの国民も 南欧の国々にはやはり緊縮財政を要求するでしょうね。


 ★ ただ、幻術を駆使し、アマアガリを目指している人達は確実に存在しているように思われます。
 ☆ ふたつ 質問があります。
  進化論は DNA による決定論が――環境要因としてのミ-ム説とか言っていても―― 動かされざる基本なのでしょうか?

 自由意志の問題なのですが つまりは社会関係の流れによって必然性としての選択肢を選択せざるを得ないときにも 人はそのやむを得ない選択をするという自由意志の発揮をおこなっていると見るのですが 進化論は DNA にもとづくからだの仕組みが自由意志を凌駕するというのでしょうか?
 《死を望む回路》があるという前提をすでに置いて話をすすめているようです。

 分かりませんが 事実であるのか それともけっきょくアマテラス普遍語による説明を頼りとするというそれとしてのアマアガリ指向がその思考や認識の態度に作用していると見られないのか。

 もうひとつです。
 《精神的充足》を――その傍らでは 物質的繁栄を押さえて――目的とすることは 何だかアマテラス抽象普遍語を駆使しているという《幻術》であるように 思えるところがあります。そういう部分があると控え目に言うべきでしょうか。
 精神的充足を二者択一でえらぶのはどうもおかしいと考えわたしは質問のやり取りでも述べたのですが それは 精神的充足説を否定する説だとされました。しかもその否定説もけっきょく否定するという意志のもとに精神的充足を目指しているのだと もっともらしく あたらしい文章では書かれています。


 どうもふたつとも ひとつの串でつらぬかれているように思えます。
 まづアマテラス語の世界でものを考えているということ。
 そして その中で普遍抽象語を人びとの耳ざわりよくまとめれば それが世の中の関所(あるいはクウキによって造られた観念の運河)を難なく通ることが出来るというようなこと。
 この情況そして一人ひとりの状態は やはりそういうクウキが蔓延していて そのクウキにしたがって思考し行動している。と思えてなりません。

 でも それぞれにおいて――自然科学としての結論ないし研究の姿勢に支えられているという一面あるいは 精神をとうとぶことは悪いことではないという一面があり―― もっともなことを言っている部分がありますので 扱いづらいと思っています。


 ★ アマテラス抽象普遍語による幻術
 ☆ これの具体的な事例を いくらかは研究しなくてはならないでしょうか?

 ★ ”セレブ”、”プチ・セレブ”といった言葉が今、はやりのようでございます。Wikipediaを調べてみますと(”セレブリティ”にて検索)、「意味が拡散し、拡大傾向にある。」との記述にありますように、”成金”からはじまり、さらに意味が拡大しつつあるようでございます。
 ☆ 生活における現象として 《アマテラス世界の住民》症候群と言えましょうか? けっきょくアマテラス・ブランドというべき商品群が あるのでしょうか? そのブランドは 大きくアマテラス国の住民としてのシルシであり その意味でのアマテラシテ(アマテラスの抽象名詞化)になっているのかも知れません。

 このようなアマアガリ・シンドロームが影響を与えているかぎり 人びとのあいだの《対話》は 上辺をかするかたちに終わるかも知れません。

 というような反応になりました。どうでしょうかねぇ。

お礼日時:2011/08/15 23:21

 こんばんは、ご返答いただきまして、どうもありがとうございました。

ひどっち でございます。

> どうもこの質問は 質問者の示すたたき台について賛同がもらいたいという一面が強いかも知れなかったですね。そういう批評を かつて わたしの質問一般について荒らし屋さんからもらったことがありますが この点については当たっているかも分かりません。
 
 いえいえ。それもあり、と考えてございます。
 アマアガリ指向というのは、顕著に見られるといのが実情かと思われます。
 例えば、”言葉”にしましても、そうでございますし、また、ファッション関係もそのように見受けられます。これは、某雑誌(講談社)に載っていたのですが、どのあたりの平均年収の人が購入しているのかを調べたデータでは、ヴィトンで平均280万円(因に、エルメス平均316万円)なのだそうでございます。つまり、これら高額なバッグを購入するのに、実際はかなりの無理をしているように見受けられます。なぜそこまでするの?、でございますが、おそらく”ステータス”といった何かしらの”証”が欲しいものと思われます。
 これらのことを鑑みますと、現実はそうではないのだけれども、そのような”言葉”や”モノ”を、一種の幻術のように働かせ、アマアガリをめざしているのでは?というのが愚生の思うところでございます。



> ☆ こういったことが 具体的に議論されてよいかと思います。


 ご理解賜り、暑くお礼申し上げます。

> アマテラス普遍語ならば 何が人びとの生活にとってよいか 社会として秩序の内にいとなまれ しかも新しい変革をも容れて行ける仕組みは何か 答えは案外そして相当程度に出せるものと思われます。
 あるいはすでに出ているかも知れません。その答えをオモテのタテマエとして あとはウラでこそこそ操作しているだけかも知れません。

 

 はい、出ている、もしくはそれを知っている方達は相当数いるかと思われます。ですが、すぐ忘れてしまうのか、それとも、保身のためか、ないことにしたいのかもしれません。



> それと 日本人の心といったことで新聞記事が目に就きました。
 
 ▼ (復興をめぐって)
  ~~~
 
 (日経 今朝の朝刊 社説)
 
 ~~~~~~~~~~~

 ☆ ややもすると精神論が しかもアマテラス普遍語のころもをまとって 聞かれたりしますので こんな話を――スサノヲ語の実態として――引きました。



 感動的な話をお聞かせいただきまして、どうもありがとうございました。


 
> ですが どうも世は 逆の方向へ向かっているのかも分かりません。アマテラス語がほころびを見せているのなら さらに上を行くスーパーアマテラス語をしゃべるスーパーアマテラスに登場願いたいというアニメチックな流れになっているかも分かりません。その次善の策として 野田首班による大連立であるのかもです。



 実を申しますと、この大震災のため、一時的に”政党政治”を止め、大連立を組むというのは愚生は反対ではございませんでした。ですが、あくまで”臨時的”にであります。これがそのまま、大連立を復興後も続けていかれますと、”スーパーアマテラス登場!”になろうかと思われます。



> ☆ このような役員の人たちも かつては案外 高架下の靴磨きの少年でさえあったかも知れません。その心が 真逆になったのではないかと言いたくなるような・・・。



 はい、以前、「シュリーマン旅行記」についてご紹介させていただきましたが、その著作を一読致しますと、現在とは、もうほとんど別民族のように映りました。戦前におきましては、まだそうした日本人の[スサナオ]意識がのこっていたのかもしれません。



> 漫談のほどご無礼いたしました。(ということは もっと漫談をつづけたいという浅はかさなのですが)。
 

 いえいえ、お意見賜りまして、厚くお礼申し上げます。また、非常に律儀なご回答者様も来られたようでございます。将来の展望は決して暗くはないものと推察しております。

 最後まで、お読みいただきまして、どうもありがとうございました。
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この回答へのお礼

 ひどっちさん こんばんは。ご回答をありがとうございます。

 ★ ~~~
 アマアガリ指向というのは、顕著に見られるといのが実情かと思われます。

 例えば、”言葉”にしましても、そうでございますし、また、ファッション関係もそのように見受けられます。これは、某雑誌(講談社)に載っていたのですが、どのあたりの平均年収の人が購入しているのかを調べたデータでは、ヴィトンで平均280万円(因に、エルメス平均316万円)なのだそうでございます。

 つまり、これら高額なバッグを購入するのに、実際はかなりの無理をしているように見受けられます。なぜそこまでするの?、でございますが、おそらく”ステータス”といった何かしらの”証”が欲しいものと思われます。
 ~~~~
 ☆ そうなんですか。昔は 一点豪華主義という行き方があって 服は一流のものを着るとか 時計だけは豪華なものを身につけるとかいうようにする場合があったと思いますが この場合 バッグならバッグというように決まっているということですね。そしてそれは アマアガリにつながるからこそなのだと。
 それと昔は このくらいはおしゃれをしないとつき合いから はぐれてしまうという消極的な理由もあったように感じますが いまはほとんどが上昇志向でしょうか。いえ そう簡単に上昇することは出来ませんから 
 ★ ~~~~
 ・・・おそらく”ステータス”といった何かしらの”証”が欲しいものと思われます。

 これらのことを鑑みますと、現実はそうではないのだけれども、そのような”言葉”や”モノ”を、一種の幻術のように働かせ、アマアガリをめざしているのでは?というのが愚生の思うところでございます。
 ~~~~~~~
 ☆ そうしますと 妹思いの少年といった姿は――生活態度は―― 時代遅れとして一掃されてしまっているのでしょうか? そこまでは行っていない側面もあるということでしょうか? どうも流れから行けば わたしなどは いかに田舎者かと自覚が足りないことになります。


 経済学者の浜女史が言っていました。(昨夜か一昨夜 NHK.BS でした)。
 リーマンショックのときには 政府が金融機関等に資金を援助し有効需要を確保し レスキュー隊となった。けれども このところの世界同時株安現象は こんどはその結果膨らんだ財政の危機としてレスキュー隊がレスキューを必要としている状態になったのだ。つまり投資家は その事態を見越して行動しているのだと。
 どうでしょう? 分かりやすいようですが。

 ★ また、非常に律儀なご回答者様も来られたようでございます。将来の展望は決して暗くはないものと推察しております。
 ☆ あぁ えぇ あたらしいひとですね。ふつうなのですけれど そういう態度を採る(採れる)場合というのは ほとんど見かけなかったようです。

お礼日時:2011/08/15 00:30

 こんばんは、ご返答いただきまして、どうもありがとうございました。

ひどっち、でございます。



> A - S 連関は 対話型で社会をいとなみ国を推し進めて来たのだ。


 はい、そのように解してございます。もちろん、すんなりとはいかなかったところもあったかと思われます。また、Aの優位性等も見られたかもしれません。ですが、結果論かもしれませんが、それなりに「国を推し進めて来た」と考えております。


> 低成長ないし安定成長期に移行すると 何故だかしなくてもよいところで競争をしたがる。それも すでに出発点が決して対等ではないかたちで その競い合いが始められる。


 愚見でございますが、バブル崩壊後、日本人は自信を失ってしまい、当時景気のよかったアメリカを物真似したものと考えております。そして、小泉ー竹中路線でそれが頂点に達したものと考えてございます。
 営業(経常)利益増で役員報酬が増額というのは、当然のこととして理解できるのですが、減益にも関わらず、役員報酬が増額の企業が存在するというのは日本独自のものかと思われますが(日産等でございます。円高が原因とは言われましても・・・)。

> ☆ 《「痩せたソクラテスよりも、太った豚」なのかもしれません。》とつづきます。――たしか当時わたしも卒業間近かの学生だったか 東大総長の大河内一男が言ったというニュースを聞いたおぼえがあります。(大河内は 社会思想史専門なので覚えています。眠狂四郎の作者・柴田練三郎に顔が似ていました)。――なのですかねぇ。人それぞれかも分かりませんが。


 そうでいらっしゃいましたか。当時のことを直接肌で感じておられましたbragelonne様のご意見は、愚生にとりましては、改めて感慨深いものがございました。


> ☆ の遠慮版の対話型と捉えればよいでしょうか。


 何かしらの行動から感じ取られるような”呼吸”のようなものがあったのかもしれません。


> 少し前までですと、民衆の不満は、デモや学生の抗議運動を通して訴えてきました(ことの是非はともかくとして)。

 ~~~~~~~~

 ☆ このあたりも さらに詳しく――基調をおさえたかたちで分かりやすく――捉えられればよいと思うのですが これは 追い追いということにします。単純に言って・大きく言って 日露戦争の勝利に自信を持って――いえ 持ちすぎて―― 人びとが膨れ上がって行く過程にありましょうか? いえ現実がそれほど厳し過ぎたのだと言うべきでしょうか?


 これも、愚見でございますが、例えば、江戸時代にも”大塩平八郎の乱”、さらにまた”南部三閉伊一揆”のような大規模な”百姓一揆”もございましたため、日露戦争以前の日本人にも、気概なるものがあったかと推察しております。


> そしていわゆるイデオロギーによる闘争については もはや対話型の共同自治は風前の灯だったようにも――ふり返ってみてですが――思われます。幸か不幸か ドイツや朝鮮半島のように国が二分されることはなかった。


 はい、これは日本人には幸運であったと考えております。ドイツはともかく、朝鮮半島のようにお互いが戦争までをもしてしまい、収拾が極めて困難な状況になってしまったことを鑑みますと、幸運であったと考えております。

> 競争がどのようにあるかについて 言論もしくは学問にかかわるようなところでは――と採って見てみたのですが――


 一例を挙げさせていただきますと、昨今では、原発利権というものが言われていますが、反原発を主張した学者は干されてきたという経緯もございます。ですが、これのみにとどまるものではないものと考えております。
 これは愚生の実経験でございますが、研究費獲得のため、以下のところのような所に応募したりします。ですが、この採択を決めるのは誰か? となりますと、極めて政治色が強くなります。例えが悪いかもしれませんが、ワールドカップ予選での”日中戦”におきまして、北朝鮮人がレフリー というのが実情でございます(ズブズブの関係が存在します。天下った会社(法人)の元官僚役員がレフリーでは、公平性が確保できないかと・・・)。

http://www.meti.go.jp/press/20060531002/20060531 … 


> また学術語にしても・アマテラス普遍語と言っても 社会の各層や各分野にまんべんなく有効・有益な政策を策定しうるものでもない。この点でも 対話型の本領を発揮して行って欲しいものです。


 はい。愚生もそう願っております。自己をアマテラスに見せかける”幻術”のように扱われますのは・・・

> そうして何よりも 自分たちの足は スサノヲ市民社会にしっかりとつけていて欲しいと思います。その意味で アマテラス公民は アマクダリを果たして欲しい。その方向でみづからの将来を決めてくれたらと思います。

 実を申しますと、愚生は”アマクダリ”自体は否定致しておりません。例えば、ドイツの(旧)連邦銀行のトップは一般にアマクダリの人達であったと言われています。つまり、人脈・人望もあり、責任感に満ちた人物がかような要職に就くことの方が、国益に適うという理由からでございます。そう考えますと、責任感のある有能な人物が然るべき場所にいっていただくことは、各地域社会にも益することがあろうとも考えております。
 ですが、”ズブズブの口利き”だけのアマクダリですと、おそらく下々の誰もがやる気を消失してしまうものと思われます。


> うわぁ 言いたい放題になりました。
 
 いえいえ。貴重なご意見を賜りまして、どうもありがとうございました。

 駄文、最後まで、お読みいただきまして、どうもありがとうございました。
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この回答へのお礼

 ひどっちさん お早うございます。ご回答をありがとうございます。

 どうもこの質問は 質問者の示すたたき台について賛同がもらいたいという一面が強いかも知れなかったですね。そういう批評を かつて わたしの質問一般について荒らし屋さんからもらったことがありますが この点については当たっているかも分かりません。
 
 ですから ひどっちさんももし賛同していただける場合には 回答の仕方に苦労なさったかと思います。ということは たとえば
 ★★(回答No.14) ~~~~~
  戦前
 ・「第一次護憲運動」(大正2年:1913年)桂内閣総辞職
 ・「越中女一揆」(大正7年:1918年)この騒動が全国に拡大して「米騒動」となり、寺内毅内閣総辞職
  戦後
 ・「60年安保闘争」
 ・「70年安保闘争」

 少し前までですと、民衆の不満は、デモや学生の抗議運動を通して訴えてきました(ことの是非はともかくとして)。
 ~~~~~~~~
 ☆ のように具体的な事例を歴史やあるいは現代の情況の中に捉えてそれらを検証するという作業 これが質問の主要な仕事であるかも知れません。
 ★ 例えば、江戸時代にも”大塩平八郎の乱”、さらにまた”南部三閉伊一揆”のような大規模な”百姓一揆”もございましたため、日露戦争以前の日本人にも、気概なるものがあったかと推察しております。
 ☆ こういった具体的な検証――その作業を前回ではわたしは 追い追いそのように進むとだけ言ってしまっています――を問うていたのかも知れません。

 もっとも社会のいとなみについて国の推し進め方も その基本的な成り立ちを互いに分析し確認し合うことが ないがしろにされることはないわけですから この質問もひとまづ提出したということになると思います。引っ込めるまでには行かないであろうと。
 


 さらにあるいは 歴史の中に事例を検証しつつ前向きにも将来のあり方を考えることも 大きな仕事であると考えます。
 ★ ~~~
  実を申しますと、愚生は”アマクダリ”自体は否定致しておりません。例えば、ドイツの(旧)連邦銀行のトップは一般にアマクダリの人達であったと言われています。つまり、人脈・人望もあり、責任感に満ちた人物がかような要職に就くことの方が、国益に適うという理由からでございます。そう考えますと、責任感のある有能な人物が然るべき場所にいっていただくことは、各地域社会にも益することがあろうとも考えております。
 ですが、”ズブズブの口利き”だけのアマクダリですと、おそらく下々の誰もがやる気を消失してしまうものと思われます。
 ~~~~~
 ☆ こういったことが 具体的に議論されてよいかと思います。
 アマテラス普遍語ならば 何が人びとの生活にとってよいか 社会として秩序の内にいとなまれ しかも新しい変革をも容れて行ける仕組みは何か 答えは案外そして相当程度に出せるものと思われます。
 あるいはすでに出ているかも知れません。その答えをオモテのタテマエとして あとはウラでこそこそ操作しているだけかも知れません。
 補助金制度における申請案件にかんする審査のあり方も問題だと指摘されました。


 それと 日本人の心といったことで新聞記事が目に就きました。
 ▼ (復興をめぐって) ~~~
 後に米ハワイ州知事をつとめたジョージ・アリヨシ氏が昭和20年 廃墟の東京にやってきた。暮れに有楽町の高架下から街角を歩いていて 少年に靴磨きをしてもらった。心をこめて一生懸命やってくれたので感心し 兵舎にもどってパンにバターとジャムをいっぱい塗り 少年にプレゼントしようと引き返して《これを君にあげるよ》と手わたした。
 
 腹ぺこだから その場でかぶりつくかと思ったら 七歳という少年は そのまま風呂敷にしまった。《なぜ食べないの?》と聞くと 《家にマリコという三歳の妹が待っていますから》と答えた。
 わんぱく盛りの男の子が ひもじさを我慢して 妹のためにパンを持ち帰ろうとする――。この瞬間アリヨシ氏は《物としての日本は失われたが 日本人の心は失われていない。必ずや 日本民族はよみがえる》と確信した という。
 (日経 今朝の朝刊 社説)
 ~~~~~~~~~~~
 ☆ ややもすると精神論が しかもアマテラス普遍語のころもをまとって 聞かれたりしますので こんな話を――スサノヲ語の実態として――引きました。


 

 ですが どうも世は 逆の方向へ向かっているのかも分かりません。アマテラス語がほころびを見せているのなら さらに上を行くスーパーアマテラス語をしゃべるスーパーアマテラスに登場願いたいというアニメチックな流れになっているかも分かりません。その次善の策として 野田首班による大連立であるのかもです。



 ★ ~~~
 営業(経常)利益増で役員報酬が増額というのは、当然のこととして理解できるのですが、減益にも関わらず、役員報酬が増額の企業が存在するというのは日本独自のものかと思われますが(日産等でございます。円高が原因とは言われましても・・・)。
 ~~~~
 ☆ このような役員の人たちも かつては案外 高架下の靴磨きの少年でさえあったかも知れません。その心が 真逆になったのではないかと言いたくなるような・・・。



 漫談のほどご無礼いたしました。(ということは もっと漫談をつづけたいという浅はかさなのですが)。
 

お礼日時:2011/08/14 09:20

こんなに情報をいただいていいのかなと、申し訳ない気持ちで


一杯になってしまいます。

どうしてだろう。
そこまで、何も知識のない、
肩書きのない私は
自分自身に直接頭のいい方からそういう情報をもらうにはお金がいります。

互いが賢くなり、知識を掛け合わせたら、
よりよい社会が生まれるのでしょうね。

ありがたく参加させていただきます。
ありがとうございます。
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この回答へのお礼

 こちらのほうこそ おそれいります。

 またたびさんは めづらしく貴重なかたのようです。
 
 ★ ~~~
 互いが賢くなり、知識を掛け合わせたら、
 よりよい社会が生まれるのでしょうね。
 ~~~~~
 ☆ えぇ まさにこれを目指しています。

 残念ながらわたくしも肩書きがありませんが ぼちぼちまいりましょう。

 (省エネご返答になってしまいますが)。

お礼日時:2011/08/13 20:35

何度読んでも難しい。


他の回答者の回答を読むと、
あぁ確かにそういう趣旨の質問だなとわかるのですが。。
答えを読むとわかった気がする、わかってないんだなと。

今の政権をそのような過去に照らし合わせてみるとは、
私にとっては色々な古いものが取れ、新鮮で勉強になります。

歴史に学ぶとはそういう考え方をするのかと。

対話に関しては、この質問内でのやりとりにより、
片方が優秀であれば、
成り立つと考えました。
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この回答へのお礼

 つづいてです。

 ★ 歴史に学ぶとはそういう考え方をするのかと。
 ☆ わたくしの場合 きっかけはたまたま古代史にその理解の鍵があると思ったところから始めています。
 むろんそれぞれの時代に現代日本の理解にとっての鍵があるかと思います。
 古代史が 有益なところは 国家が成立したという歴史を扱えることではないでしょうか?
 二階建て構造の家が なかった時代とそれが建てられた時代とのちがいは よい見方を提供しているくれると思うのです。
 No.14のひどっちさんは 特に明治以降の現代史にくわしい方ですので わたくしが古代史にもとづく分析理論を提出しつつ 吟味してもらいつつ 現代日本論についておそわって来ています。


 あとは こういうこともあるというお話ですが ともかく昔は アマテラスのアマを出すだけで 人びとの顰蹙を買ったものです。天皇論などは 一般の人間がやるものではないという世の中でした。その空気を読めたのですが その空気にはわたしは従わなかった。おかげでうだつが上がりません。
 そろそろあたらしい時代に入るのではないかとは思っております。


 対話にかんしては すでに触れましたように 一方がひとこと《タイム》と言っておけば それは中断はしますが 対話は正式に成立していますし 継続しています。それがない場合が 往々にして見られます。

 こういう主題については みなさんの考えが共同化されていくことで あたらしい常識となり 社会も全体としてあらたな動きを見せて来るようになる。こう考えます。つまり そういう――むろん民主主義の――過程は 気長に進めて行くものだと思われます。
 ので これからも ときどきはこのような質問も覗いてみるようにしてくださるとうれしいです。

 というように思いました。どうでしょう。

お礼日時:2011/08/13 19:59

こんにちは。


用語集本当に心からありがたいです。
何故そんなに、私がこのレベルだったら、
哲学に入っていきやすいだろうとわかったのか。

賢いんだなと驚かされます。

おかげで実生活において、少しずつ自分の意見を言えるようになってきました。
まだ、答えを聞くのは怖いですが、
今迄いただいた回答を思い出して、大丈夫だと思えるようになりました。

時間が取れず、先にお礼のみお伝えいたします。
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この回答へのお礼

 ともかくわれわれ現代の日本人が 日本社会をどう捉えて行けばよいかを考えた結果です。

 またたびさん こんにちは。ご回答をありがとうございます。

 基礎として 人間論ですとか社会とは何かやその歴史的な推移についての議論ですとかを下敷きにしなければいけないと考えますが とにもかくにもこのわれわれの社会をどう捉えれば分かりやすいか そして将来へどう変えるところは変えて行くのがよいか こういった問い求めをしています。
 この質問じたいは ちょうど話し合いを問う質問がありましたので それに合わせて問うてみたものです。

 ご自分の意見を言えるようになられたとか。よかったですね。

 さらになおゆっくりとまいりましょう。もうひとついただいています。

お礼日時:2011/08/13 19:40

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