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思春期(中学生)の時に「死ぬ時」の事を考えてしまいます。死ぬとそうなるんだろう?苦しいのかな?いつ死ぬのかな?死にたくないな。これは、誰にでもあることなのでしょうか?一生考えることになるのでしょうか?時期的な事なのでしょうか?

A 回答 (4件)

私も、中高生のときぶち当たった疑問でした。


私の場合は死ぬとどうなるのか、よりもなぜ生きているのだろう、
の疑問の方が強かったですが。

私は今23歳ですが、
たくさんの人に生きることについての考え方を聞いて、
今でも生きる意味を自分なりに模索してます。

死は100%誰にも訪れる未来であるので、
質問者様がもし後に「今が楽しかったらいいじゃん」
という考え方になるのであれば「死ぬこと」についての疑問もいずれなくなるでしょうし、
もしそうならなければ一生考え続ける問題ではないかと思います。

いろんな年代の方を見ていても、
そういったことを考える人と考えない人は半々ではないでしょうか。

私個人としては、そういった哲学的なことを何も考えていない人より、
質問者様のような人の方がよっぽど素敵だと思いますよ。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました!

お礼日時:2011/08/08 22:30

はじめまして!



49歳のおやじです。

俺も中校生の頃「死」が怖くてどうしようもない不安に襲われる瞬間がよくあり、そういう時は生きていて楽しい事だけを考えるようにしていました。

それから数年後「死」を直前に控えた祖父は、自分から「死」を選び延命治療はしたくないと無理やり退院してきました。

その時俺は祖父に「死ぬ事が怖くないの?」と聞いてみた。

祖父は、「ばあさんも友達もいっぱい俺が来るのを待ってるからちっとも怖くない」と言い残し二日後に死にました。

それから20年以上たった今、妻に離婚され生きる糧は子供だけ、その子供も下の子が来年から社会人、学生が終われば、俺の仕事も終わったかなと全く「死が怖くありません」

49歳ではまだちょっと早いけど、サッカーの松田直樹選手のかわりに死んであげてもいいと思えるようになりました。

きっと、時期的な事だと思います。
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この回答へのお礼

実体験を使った説明、ありがとうございました!時期的なものですね^^

お礼日時:2011/08/08 22:27

ぼくは「死」というものは無いんじゃないかって思います。


死とは無くなることで。
自分自身が無くなる時点で死というものの意味は無いのだから。

苦しいかどうかは本人でないとわかりません。

現在、日本人の平均寿命は80歳程度だったと思います。
2045年後頃に技術的特異点があり、何かが大きく変わるかもしれません。希望は持ちましょう。

死にたくない思いは恐怖として人間の精神に組み込まれているでしょう。
脳の損傷で恐怖を感じなくなった人もいるかもしれません。

「自分が存在しておりまもなく死ぬ」ということをやがて忘れてしまうことが社会に適応すること、成熟することである。と中島義道さんは述べています。

ぼくは死や消滅そのものよりも、人間として生きることの苦しみ、痛み、恐怖のほうが嫌いです。
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この回答へのお礼

そういう考え方もあるのですね!2045年後頃に技術的特異点があることを信じましょう!

お礼日時:2011/08/08 22:29

気分がふせっている時ほどそういうことを考えるものです。

僕も、寝ながら突然ふと死について考えて悲しくなって枕を濡らしたことは何度もあります。

でも次の日には忘れてますし、その都度「死んだら死んだでしょ」と言い聞かせてます。

おそらく、時期的なものではないかと…子供の頃に死について考え自分なりの考え方を見出し、大人になってそれを忘れ死を気にせず生きる。退職して近づくしについて考え準備を整えてやがて死ぬ。

そういう流れなのかも…
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました!時期的なものですね…きっと。

お礼日時:2011/08/08 22:30

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